PandoraPartyProject
黄昏崩壊
暴食とは、在り方であった。
飢餓とは人間に課せられた罰だ。己にはお似合いの罰を背負って生きてきたと感じていた。
だが――
――もう駄目なんだよ。
どうやら、世界という者はうまく出来ている。その様な感情を得るべきでは無かったと運命は嘲笑うのだ。
七つの罪の内、たった一つの暴食は何もかもを内在していたように感じていた。
愛も、命も何もかも。兄妹達の内で、誰よりも人間という者を理解しようとしたのは己だったのかも知れない。
「莫迦なやつだにゃあ」
気怠げに『兄』が言うものだから、ついつい笑ってしまったものだ。
「莫迦な子なのよ」
困った様子で言う『兄』だって、本当は愛されたかっただけであったろうに。
自分だけ輪の外で見て居るような心地であったのは『覇竜領域を滅ぼす』事から目を背けていたのだ。
――それは、もう駄目なんだよ。
口をついて出た言葉は『彼』のものだった。一度だけ、彼が笑いながらそういったことを覚えて居る。
末の妹など「お兄様にそうやって仰って頂けるだなんて羨ましいですわぁ!」と怨みがましい視線を向けていたか。
……私にとっては、それは死刑宣告であったのだが。
――父よ。
ベルゼー・グラトニオスは、冠位暴食は、オールドセブンは、決して人になれぬ『世界の滅びを象徴する存在』は顔を上げた。
ジャバーウォックは彼を父と呼ぶ。「時間が無いならば我を喰え」と、告げた言葉は只の献身に他ならない。
「無理ですなあ」
「何故」
三百年余前に、竜を一匹喰らったではないか。美しい金の娘『パラスラディエ』。
彼女がベルゼーに己の身を喰わせたからこそ、三百年と言えども短い歳月を彼は何とか忍んできた。
これまでも竜が実に献身的とも言える選択をし、彼の餌となったと聞いている。
だからこそ、ジャバーウォックとて。
否定的な言葉にジャバーウォックは渋い表情を見せた。己の身が悍ましいからか、と問うたジャバーウォックの鱗を優しく撫でる。
「この肉体は徐々に竜種を消化しやすくなってしまった。ジャバーウォック、おまえを喰ったって碌に時間は稼げやしないさ。
あの娘……リーティアだって三百年余しか保たなかった。おまえを喰ったとてこの腹は碌に保ちはしないでしょう」
彼がそう言うからにはそうなのだろう。
――『煉獄篇第六冠暴食』 ベルゼー・グラトニオス。
彼の悲しげな眼差しがジャバーウォックはどうしようもなく、苦しかった。
普通の男として、普通に生きていくべき存在だったのだろう。己達とも関わることはなく、只の人として。
ジャバーウォックは人間など所詮は虫螻だと考えて居た。だが、ベルゼーのような『人間』がいれば悪くはないのかも知れない。
……ああ、彼は人間などではなく、その様な姿をしているだけの大いなる災いの種でしかない。
彼は人に近付けば、その人間をいとも容易く崩壊させる性質を有していた。
故に、専ら過ごすのは上位的存在であった竜が中心であったのだろう。幸運なことにこの男には竜に好かれやすい『性質』が備わっていたのだから。
だからこそ、金鱗のアウラスカルトは父祖としたって歩いた。ジャバーウォックとて父と呼び慈しんだ。
ジャバーウォックは父とは知らぬが全幅の信頼を置ける彼は父親と呼ぶに相応しい存在であったのだろう。
父よ。
呼び掛ければベルゼーは情けなく笑った。
「おまえを巻込んでしまったなあ」
彼は穏やかで、愛情深い男だった。
竜種であろうとも、人の子であろうとも、其れ等を分別せず愛を保って接してきた。
世界を滅ぼすために産み出された冠位魔種としては例外的な存在だとも思えるほどに――善性を有していた。
彼を愛する者は数多く居ただろう。しかし、彼は『滅び』そのものだ。
暴食の冠位魔種。
「……特異運命座標が、奇蹟に頼ればベルゼー様を『人』に戻せるのではないかと言って居ました。
反転とは所詮は病の一種。その根源を切除すれば人間に戻れるのではないか、と。……しかし、あなた様は……」
「その病そのもの。この世界が与えた宿命を翌々分かって居ますからなあ」
ベルゼー・グラトニオスは『反転』した結果がこうなのではない。生れ落ちた時からオールドセブン、冠位魔種と呼ばれる存在だ。
故に滅びそのものである。幾人もが命を賭して、喪って尚も『人間になどなれる訳がない』と自覚する程に。
「白堊、ジャバーウォック。琉珂が、イレギュラーズを連れてくるでしょう」
琉珂。フリアノンの里長は、フリアノンを護る為にここまでやってくるだろう。
――ああ、そうだろう。ベルゼーは亜竜種を愛している。深く、深く、心の奥底から彼らを愛してしまった。
覇竜領域を護る為ならば、亜竜種の心を傷付けても良いのかと問われたか。
構わない。喰えば全ては無になってしまう。
己の手で、愛しい者を喰う絶望を彼等は知っているだろうか。
……何時か、この世界が滅びるときに『手を下すのが己でなければ良い』――というのは、只の逃げだ。
それでも、そう願って仕舞うほどに、ベルゼー・グラトニオスの心は悲鳴を上げていた。
「あの娘達が、我が元に辿り着かぬように」
「……ええ、ベルゼー様。あなた様の心を御守りできますように」
白堊が跪いてその指先に口付けた。ジャバーウォックは胡乱に首を振る。
それでも尚も、遣ってくる。
……殺し尽くすしかない。父の目の前で何者かが死ぬ前に。全てを白紙にしてしまおう。
それが、この者の心を護る為の一番のことであろうから。
「ヘスペリデスが――!」
悲痛な声を上げた珱・琉珂 (p3n000246)は崩れて行くヘスペリデスを見詰めていた。
美しく名も知らぬ花が咲いていたその空間が崩れ去って行く。
琉珂は遂に、時間が迫っているのだと察知した。
「皆……!」
琉珂にとって、ベルゼーは父代わりだ。
幼少期の『不慮の事故』で両親を喪った琉珂に教育を、そして、愛情を注いでくれたのは間違いなくベルゼーであったからだ。
だからこそ、忘れ難い存在である彼が魔種であるなど嘘であった欲しかった。
けれど。
――嘘では無いから。
「ベルゼーを止めましょう」
彼は優しい。彼は、穏やかだ。
其れは知っている。けれど、目的のために何かを犠牲にすることを厭わない事を知っている。
覇竜領域を傷付けたくはないとベルゼーは言った。愛おしい亜竜種と『フリアノン』の骨を護る為なのだろう。
その為に彼がとった行動は何か。
R.O.Oで疲弊した練達にジャバーウォック達を始め竜種を嗾けたのだ。その地を制圧し喰らい尽くせば滅びに一歩近づく筈だと。
制圧に失敗したならば、冠位怠惰と協力し深緑を手中に収めようとした。理由作りだと言った。冠位魔種である以上は世界を滅ぼさねばならない、と。
その権能が暴走したのは紛れもなく『滅びに向けての行動』を体が勝手に起こしたのだとも認識している。
(けど、オジサマは……覇竜領域を喰う前に、他の国に向かうはず。
練達も、海洋も、幻想やラサだって……私にとっては未知ではなくなった。既知の場所になったのだもの)
琉珂はゆっくりと顔を上げた。
「オジサマは、何れだけ優しくったって、何れだけ私達を慈しんでくれたって、冠位魔種よ。
あの人が他の国を犠牲にすることを選んでいるならば……それを許容は出来ない。私は家族としてあの人を滅ぼす事を選ぶわ」
彼は決して人間には戻れないからこそ、人間らしいのだ、と。
彼は暴食であるからこそ、誰かを愛してしまうのだ、と。
そう聞いた。
「……私の我が侭だわ。皆に、犠牲になって欲しくない。
皆が犠牲になるなら、私だってイレギュラーズだもの。私がこの身を賭してでも――!」
皆を護りたい。宣言した琉珂は暗い影と竜の声に気付き、顔を上げた。
「……ジャバーウォックと白堊を倒さなくちゃ。
オジサマの所にまで辿り着けない。行かなきゃ。……オジサマをぶん殴ってやらなくっちゃならないのだもの!」
荒れ狂う天気に、周囲が引き込まれていく奇妙な感覚。
それが、この空間を『食い始めた』事に気付いたのは、一歩踏み出した時だった。
※覇竜に存在するヘスペリデスが『崩壊』し始めました……!!
※『双竜宝冠』事件が望まない形の進展を見せたようです。
各地でアベルト派、パトリス派、フェリクス派が武力衝突を開始し、市中にも被害が出ているようです……
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