PandoraPartyProject

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復讐のゆくさき

「はうざー? いぬ!」
「俺は犬じゃねえ! ぶっころすぞ!」
 パドラがハウザーたちの傭兵団に預けられたのは、言葉をやっと話し始めた頃だった。
 両親が死に、身寄りの無いパドラを成り行きで引き取ったのが始まりだった。
 乱暴者の狼男と、彼と似たような荒くれ傭兵たち。。好きなものは金、女、食べ物。好きな事は自分より弱い相手をいたぶる事、自分より強い気になっている相手に屈辱を与える事、殺す事。そんな連中の中で女の子が育つのはなかなかにヘビーだった。
 乱暴者の中でパドラはすくすくと育ち、平気で中指を立てられるようになった頃には案外サマになっていた。
 そういえばある日、こんなことがあった。
 パドラの誕生日。何を思ったかハウザーがオモチャの銃を買ってきた。木で出来た安っぽい、しかし女の子に渡すにはあまりに不似合いなアイテムだ。
 パドラが微妙な顔をしていると、ハウザーはそれでドラゴン殺しごっこを初めてくれた。
 それはなにより楽しい体験で、ハウザーは幼いパドラをドラゴン殺しの英雄にしてくれた。
 そういえば、こんなこともあった。
 パドラが風邪を引いて熱を出したとき、ハウザーはキッチンをめっちゃくちゃにしながらドロドロのおかゆを作って持ってきた。
 『俺がメシなんて作れるわけねえだろ』と悪態をつきながら、スプーンですくったそれをパドラの口まで運んでくれた。
 そういえば、こんなこともあった。
 パドラが20才になった日、ハウザーは銀色のリボルバーピストルを包装もせずにごろんと目の前に置いた。
 『プレゼントだ』とだけ言うハウザーの頬は、どこか赤らんでいたように思える。
 大人の女性にあげるものがピストルだなんて。あの頃から何も変わってないんだと思えて、おかしかった。本当に笑ってしまったら、ハウザーはキレ散らかしてたけど。
 そしてその日に、パドラは凶(マガキ)の一員にしてもらえた。
 ドラゴン殺しの英雄よりも、ずっとずっとなりたかったものに、パドラはなれた。
 それはきっと、『家族』ってやつに似ていたんだと思う。





 ラサはカーマルーマの先にあるという異空間、月の王国。そこにラーガ・カンパニーがアジトがある。
「こちらの吸血鬼は倒したでござる。幻想種たちの運び出しを始めているでござるが……パドラ殿はどこへ?」
 仲間達と一度合流した如月=紅牙=咲耶(p3p006128)はパドラの姿が見当たらないことに首をかしげた。
「パドラさんはラーガを追ったよ。今回の仕事はアジトの制圧と幻想種たちの救出だからね」
「それが済んだから、あとはプライベートな時間ってこと」
 水月・鏡禍(p3p008354)シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が応えると、零・K・メルヴィル(p3p000277)チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)が顔を見合わせた。
「確かに、こっちの作業はマラティー達に任せておけば大丈夫だろう」
「だね、パドラさんを追いかけよう!」
 合流したイレギュラーズたちがパドラを追いかける、一方その頃では――。

 鉄のにおいがしていた。
 リボルバー弾倉の中で全長44ミリの.500SPECIAL弾が回転し、次の撃鉄に打たれる準備を終えるのを指先から確かに感じる。
 引き金をあとほんの数ミリほど引けば、銃はその仕組み通りに雷管を叩き爆発を起こし、ライフリングの溝をそった回転を加えその350グラムある鉛製の弾頭を、この男の額に叩きつけてくれるだろう。
 それを確信できるだけの時間をこの銃と過ごし、それを確信せしめるだけの手入れを欠かさなかった。
 だってこれは、あの人に貰った銃だから。
「フウ……」
 余計な思考が挟まったのを実感して、パドラは唇から細く細く息を吐いた。
 それをどんな感情の動きだと読み取ったのだろう。目の前で両手を顔の高さまであげた男――ラーガは黙って見つめている。
 イレギュラーズと共に月の王国にあるアジトを襲撃して、今しがたこうして追い詰めたところだ。
「なあ、煙草を吸ってもいいか?」
「いいけど、その汚い口に咥えた瞬間下顎を吹き飛ばすことにする。さあ、どうぞ?」
 据えるものなら、と続けるように顎をしゃくってみせると、ラーガは舌打ちをして肩をおとした。
 その不遜な態度に、喉をグルルと鳴らす声が彼の肩越しに聞こえた。
 ハウザー・ヤーク(p3n000093)だ。
「態度に気をつけろよクソ野郎。テメェは今まな板にのった赤砂ウサギだ。今生きてるのはアンガラカの出所と残りの部下の居所を吐かせるためでしかねえ。テメェの腕や足がなくなっても俺らは困らねえんだぜ?」
 ハウザーの態度は、普段の彼からすればひどく落ち着いていた。実際腕や足をへし折ったあとにこの会話をしていたっておかしくないのだ。
 ――『私のせいだろうか』
 と、パドラは冷えていく頭の中で考えていた。
 彼女がやっと言葉を話すようになった頃、パパとママが何物かに殺された。
 その犯人が、目の前にいる。
 ラーガ。私の両親の仇。
 パドラの頭の中で小さなパドラが叫んでいる。そいつを殺して。ぐちゃぐちゃにしてやって。今すぐ頭にその銃弾を撃ち込んで!
 口からもう一度息を吐き出す。余計なことを考えるべきじゃない。
 ハウザーの言った通りだ。今は彼をこの場に押さえつけ、あとで情報を吐き出させないといけない。感情にまかせてラーガを殴りつけたらスッキリするかもしれないが、それで情報が失われれば多くの人の損になる。
 パドラは自分の立場をもう一度考え直した。私はパドラ。凶(マガキ)の一員。ラサの傭兵。仕事に私情を挟んだりしない。
「なあ、そっちのお仲間が来るまで暇だろ? お喋りしようぜ」
 へらへらとした顔でラーガが言う。ハウザーの眉間により一層皺が寄るのが見えた。
「少しは我慢して。こっちは仇討ちだって我慢してるんだから。そうでしょ?」
 銃口を近づけ、ラーガの額にぴたりとくっつけてやった。
「それとも『我慢してなくていい』?」
 その時、ラーガが笑ったように見えた。
「いいぜ」
 ラーガは今度こそ笑みを作って肯定した。
「『いいぜ』って言ったんだ。撃てよ。仇なんだろ? しっかり狙えよ? 一発で殺さなきゃな」
 けど。
 と、ラーガは顔から表情を一度だけ消した。
 まるで時間が止まったように。

「お前の両親を殺したのは、ハウザーだぜ?」

 場が冷えて固まった。
 脳に直接爆弾でもぶつけられたような言葉だった。
 言葉は理解できても、パドラの脳はそれを処理しきれない。高まった自分の体温が、怒りと焦りのせいなのだとどこか冷静な自分が分析していた。
「は? 笑えないジョークなんだけど」
 かろうじてそう口にすることができた。
 口にしながら、冷静な自分が囁く。あの日、燃える家の中で見た男は、本当にラーガだったのかな?
 クローゼットの隙間から覗き見た、パパの腹を貫いたものは、本当に?
 息をもう一度吐こうとして、杯の中身が空っぽだと気付いた。
 反射的に吸い込んだ息は冷たく、息を無意識に荒げさせる。
「ねえ、ハウザー。あんたからも何か言ってやって」
 ラーガの肩越しにハウザーの顔を見る。
 きっと眉間に皺を寄せ、怒り狂って今にもコイツの喉笛をかみちぎりそうな顔をしている筈だ。
 筈だった。
 筈だったのに。
「…………」
 ハウザーは大きく目を見開いて、そして、パドラの顔を見た後、一瞬だけあった目を斜め下にそらした。
「嘘じゃねえって。俺見てたんだよ」
 それまで大人しくしていたラーガが笑い出した。下を出して、顔を左右非対称に歪ませる。
「パドラ、お前のパパはい~い人間だったぜ。俺みたいな奴と取引を持てるくらいにはな。俺はあの日見てたんだよ。家に乗り込んでいって、ごちゃごちゃに揉めたあとに腹をぶっすりと――」
「黙れ!」
 気付けばラーガの頭を銃のグリップで殴りつけていた。
「この期に及んで、そんな嘘ついたって」
「嘘じゃあない。今そんな嘘ついて俺に得があるかよ」
 頭から血を流しながら、ラーガは笑ってた。
「大体嘘なら、なんでアンタは黙ってるんだ? ええ? ハウザー?」
 身体をぐねんとのけぞらせ、ハウザーへ笑いかけるラーガ。
 その胸を蹴りつけ、パドラは仰向けに蹴倒した。顔面に銃を突きつけ、その銃を両手でしっかりと構える。
 狙いは額。引き金をあと数ミリ引けば、こいつの頭をぐちゃぐちゃにできる。
「おい、よせパドラ」
 ハウザーがパドラの肩に手をかけようとしたのを、強引に振り払う。
「触らないで! ねえハウザー、本当なの? なんで否定しないの。こんな奴の言うことを信じろっていうの!?」
「それは――」
 言葉に詰まるハウザー。その表情に浮かぶのは、確かな『弱さ』だった。
「あああああああああ!!」
 引き金をひく。
 銃声が正確に鳴り響き、銃弾が正確な回転を伴って発射される。
 それはラーガの額から数十センチ外した地面にめり込み、地面に放射状の破壊跡を残した。
 顔を上げる。ハウザーは目を合わせない。
「お願い。嘘だって言って。ハウザー」
 声にするのが難しかった。呻くみたいに言うのが精一杯だった。
 沈黙が続いた。もしかしたら数秒もなかったかもしれない。
 けれど何年もそのまま固まっていたような錯覚を、パドラは覚えた。
 ハウザーから漏れる、その一言が聞こえるまで。
「……すまねえ、パドラ」
 そのとき目の前に居たのは、『家族』を殺した男だった。

 ※パドラの仇がハウザーだと判明しました……。
 ※混乱に乗じてラーガは逃走してしまいました。


 ※天義騎士団が『黒衣』を纏い、神の代理人として活動を開始するようです――!
 (特設ページ内で騎士団制服が公開されました。イレギュラーズも『黒衣』を着用してみましょう!)

これまでの覇竜編ラサ(紅血晶)編シビュラの託宣(天義編)

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