PandoraPartyProject

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『双竜宝冠』

 メフ・メフィート、フィッツバルディ別邸。
 文字通り、竜の巣を突いたかのような騒ぎは先のアーベントロート動乱と変わらない。
 対岸の火事に驚いていたら、自身等に同等が降り掛かって来たのだから因果は巡るといった所か――
「父上の容体は落ち着いている。一先ず最悪の事態だけは免れたな」
 場の年長であるミロシュ・コルビク・フィッツバルディがそう言うと集まった他の三人の中に幽かな安堵が漏れていた。
「『兄上』の件もあった上だ。裏は取った心算だがな。『今回については』事件性は無いと見ていいだろう。
 現時点では父上は執務室での日課中に持病の発作を起こされた……と見る他は無いな。
 ザーズウォルカの目を掻い潜れる人間が居ないという前提だが、そこは信頼出来るだろう?」
 レイガルテ・フォン・フィッツバルディが重篤な状態で発見されたのは過ぎた夜の出来事だった。
 ミロシュの言ったザーズウォルカ・バルトルト――フィッツバルディの黄金騎士こそ、その第一発見者であり、事態が『最悪』に到らずに済んだ功労者である。
 驚くべき事に彼はレイガルテの『気配』で異変を察知したらしいのだ。夜のルーティーンの最中に邪魔される事を嫌うレイガルテは人払いにも余念は無いのだが、結果としてそれでも『気付く』辺り彼がどれだけ規格外の人間かは良く分かる。
「流石の私だろうと彼を疑ったりはいたしませんわよ。
 フィッツバルディは毒蛇の巣。腹に何を抱えた不埒者が何処に潜んでいるか何て知れませんけど。
 ……ああ、いえ。変に勘繰りなさいませんよう。私は『兄さん』達も別だと思っておりますから」
 家格を示すかのように絢爛な青いドレスを身に纏っている。
 当然のように豪奢な長い金髪とサファイアのような碧眼は確かな血筋を思わせるものだ。
 意地の悪い調子で剣呑とそう言ったリュクレース・フィッツバルディに水を向けられた兄三人が何とも言えない顔をした。
 これはフィッツバルディの会合である。『フィッツバルディ派』の会合と称するのは正確ではない。
 別邸で当主の病状というトップシークレットに触れ、今後を検討する四人は何れも『フィッツバルディそのもの』なのだ。
 元々は傍流の出、後継レースから言えば脱落したも同然だったのだが、本家の本命筋が早逝した事から頭角を現した連中である。
(……表立ってはお父様を敬愛しているような顔をして。しかし、信用なんて出来るものですか)
 揶揄するように笑ったリュクレースは内心だけで毒吐いてちらりと三人の兄の顔を伺った。
(コイツは……生理的に無理)
 ミロシュ・コルビク・フィッツバルディは二番目の兄でこの場の最年長だ。神経質な性格をしており、選民意識が特に強い。四人の中では比較的実家が強く、一番上の兄であるアベルトが凶刃に倒れた事から現状での『繰り上がり本命』のような顔をしている勘違い男だ。
(コイツは、お父様を蔑ろにしている)
 フェリクス・イロール・フィッツバルディは三番目の兄だ。比較的柔和であり、庶民にも融和的だ。フィッツバルディの中では異端的に市井の連中に『媚びている』が、リュクレースに言わせれば『確信犯的にお父様の方針に違和感を差し挟む問題外』だ。外様のファーレル等に持ち上げられている辺り、理想主義を掲げて何かをやらかしてもおかしくはないと見る。
(そして、コイツは問題外だ。何を考えているか分からない)
 パトリス・フィッツバルディは四番目の兄でリュクレースのすぐ上だが、彼女は或る意味で彼を一番信用していない。気安いような雰囲気で誰にでも接する癖に、目が全然笑っていないのだ。後継レースに興味等無いような顔をして、本家に呼ばれるなり母譲りの黒髪を金髪に染めてきた辺り等、形容し難い感情を思わせるではないか?
 リュクレースの内心の値踏みは兎も角、フィッツバルディの会合は続いている。
「犯人……は居ない、という事か」
「流石に、この国の連中は父上には手は出さないだろうさ。
 ……好き嫌いで評価されるなら、フィッツバルディは嫌われ者だとは思うけどね。
 で、実際父上が倒れたら誰がこの国の政治をやるのさ。
 少なくとも俺は三世陛下が船長をやる船には乗りたくないし、遊楽伯でも御免だね。
 暗殺令嬢は美人だけど、それも最悪だ」
 フェリクスの言葉にパトリスが肩を竦めた。
 咳払いをしたミロシュは「不敬だぞ!」と咎めたが、感想はほぼ同じだったらしくそこまでだ。
「……先の件では、どうアーベントロートに責任を取らせてやろうか考えなくはないのだがな」
 考えなくはないがそうしていない……理由は簡単だ。
「しかし、父上は今回それを企図してはいなかったのだろう?
 理由は分からない。父上らしく無いと言えばらしくはないが……
 兄上の報復をする構えでは無かったようだ。
 ……あのお方の内心をめくるのは難しい。これもバルトルト卿の話から察するに過ぎない事実ではあるが」
「奴が言うならそうなんだろうさ」
 独白めいたフェリクスにミロシュは頷いた。
 ザーズウォルカ・バルトルトは最もレイガルテ・フォン・フィッツバルディに近い。
 バルトルト家の忠誠は当代たるザーズウォルカは言うに及ばず、歴代のフィッツバルディ家に向けられている事も周知の話である。
 紆余曲折ありながらもフィッツバルディとして産まれ落ちた四人はその一点のみに関しては何ら疑いを持つようには出来ていないのだ。
 ザーズウォルカはレイガルテの絶対的な味方であり、自身等の守護者である。
 もし、万が一後継となったらばその価値はより絶大な意味を持とう。
(……しかし、このタイミングでか)
 もし事態に事件性が無いとするならば『最悪』であるとフェリクスは考えた。
 動乱でアーベントロートが弱体化したこの時機に、関わりの中で兄アベルトが倒れた。
 レイガルテさえ健在ならばどうという事も無かっただろうが、『当主』と『絶対的な本命』の両方が一時的にせよ動けない状態になった事は不吉を予見するに十分過ぎた。
(何事も無ければ良いのだが……)
 折りしも宿敵であるゼシュテルでも国を揺るがすような政治的な大乱が続いているという。
『絶好機』に幻想の身動きが取れないのは良い事であり、悪い事でもあるのだが……
 アーベントロートがあの状態で、今フィッツバルディの屋台骨までもが揺らいだら最早それを他人事と笑う事も難しくなろう。
「兄上が復活してくりゃ話は早いんだけどねぇ。
 ほーら、だってアベルト兄は実際父上の仕事バリバリ手伝ってた訳じゃん?
『俺達、兄弟だし、一刻も早い回復は祈るしか無いよねぇ』」
 大根役者(ミロシュ)が引き攣った顔をして、リュクレースは白々しい言葉を鼻で笑う。
 フェリクスは他人事のように呟いたパトリスに思わず苦笑いを浮かべていた。
(『この場の全員が素直にそれを望んでいるなら何も怖くは無いのだ』)
 そしてそれが有り得ない事をフェリクスは知っていた。
『少なくとも自分がそう思わないのだから有り得ない事を知っていた』。
 アベルトも含め、今後継レースに上る五名は元々フィッツバルディの大看板を背負う予定の無かった人間に他ならない。
 だが、それを求めなかったと言えば嘘になる。
 例えばフェリクスはその力を私利私欲に使おうとは思わないが、より良い形を目指すならば当主になる他は無いと承知していた。
 理想を求めるには力が要る。天運も不可欠だ。
 アベルトが健在ならばやはり目は薄かっただろう。だから本音を言うならば『兄には命に障らない程度にゆっくりして頂きたい』。
(分かっていて言いやがる。いちいち気に障る奴だ)
 ミロシュは特に貴族主義が強く、後継という冠に強いこだわりを見せている。
 コルビク家の意向も含めてこの戦いには勝つ以外の意味が無い事を知っている。
 彼はフェリクスよりもう少し先鋭的であり、アベルトが死んでしまえば話は早いと思っている位なのだ。
 そして、リュクレース。彼女は四人の中でも特に『原理主義』だ。
(……百歩譲ってアベルト兄さんにならば兎も角。この三人に負ける訳にはいきませんわ)
 リュクレースは強烈なレイガルテの信望者あり、彼を些か病的に敬愛している。
 フィッツバルディ後継に際する彼女の価値観は『父を継ぐ』の一点であり、その資格があるのは自身か精々彼に忠実なフォロワーであるアベルトだけと認識している。
 故に『妥協出来る本命』が転んだのは最悪であり、或る意味で最良だった。
『リュクレース・フィッツバルディはこの連中が相手ならばどんな手を使っても後継を目指せるのだから』。
「あー、兄弟揃ったのに皆怖い顔しちゃってる。
 兄弟仲良くやらなきゃ、父上の体調も悪くなっちゃうかも知れないからねぇ。
 しっかり、後先考えて――これからどうするか考えないと、ね!」
 パトリスの気安い言葉が軽薄に、何処か無機質に部屋に響いた。
 先のリュクレースの言葉を借りるなら、フィッツバルディは毒蛇の巣。
 双竜は互いを喰らい合うもので――これまでも、宝冠に架せられた宿命は何時の世も。

 ――禍々しい、血の匂いを帯びている。

※レイガルテ・フォン・フィッツバルディは一命を取り留めたようですが……
※新皇帝派・『新時代英雄隊』の暗躍は続いています……。
 ※極寒はひとまずの収まりを見せています……。

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