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March of the Motherland II
鉄帝国東北部――ヴィーザル地方には、賊軍が巣くっている。
頭目の名をシグバルドと言う。今や、誰もが知る所だ。
ここ数年は、ノーザンキングス連合王国の、統王を僭称していた。
そんな男だが、実のところ、いつどこで生を受けたのかも定かではない。
ノルダインの民は、父の名を姓とする事が多い。けれど彼は『シグバルド』とだけ名乗るから、一説によれば、孤児だったとも、奴隷だったとも伝えられていた。
始まりは、今から二十年以上も前になる。
若きシグバルドは、僅かな手勢を率いて、ハイエスタの『廃王』ケイネス二世を殺害した。
そして返す刃で、ケイネスの一族郎党根を、根絶やしにしたのだ。
ハイエスタは、当時から帝国領である。
だからケイネスは、厳密にはもう何代にも渡って、帝国法における王ではなかった。
しかしハイエスタの民達の、精神的な支柱ではあったのだ。
事件を皮切りに、シグバルドはみるみると頭角を現していく。
周辺諸部族を武力で従え、一気に勢力を拡大していった。
鉄帝国領土内の賊とはいっても、ほとんど統治を諦められていた極寒の地での事。帝国の討伐隊が次々に打ち破られるという、前代未聞の為体が続いていた。やがて領主の座を押しつけられたのが、『金狼』ことヴォルフ・アヒム・ローゼンイスタフであった。
再占領すれども、資源の乏しい土地に旨味は全くない。そればかりか、補給線すらままならない始末だ。
領土奪還には、戦線を拡大せねばならない。
そして戦線を拡大するほどに、物資は浪費される惨状であった。
ヴィーザルの厳しい自然と賊共に、ヴォルフは大いに苦しめられる。
だが彼は、十年以上の歳月の中で軍備を増強し、兵站を整え、経済力を増していった。
全てを整えきったヴォルフは、多くの領地を奪還してのけた。
かつて旗持ちと誹られたローゼンイスタフ家の武勇が、帝国中に轟いたのだ。
それから両者は好敵手として、歴史や戦略教練、戦術教書等に幾度も名を刻んでいくことになる。
またついに先日、ローゼンイスタフ家の息女が、不凍港ベデクトの街へ再び帝国旗を掲げた勇姿もモノクロームのフィルムに収められ、徐々に帝国中へと伝わっていくだろう。
旗持ちという言葉が、真の名誉に変わった瞬間だった。
――そんな夜の事だ。
シグバルドは一人、急ごしらえのロウリュ(ノルダイン式サウナ)の中で、静かに目を閉じていた。周囲を覆って石を真っ赤に焼き、水をかけただけの、極めて簡素なものである。
還暦を間近に控えてなお、腰布一枚を纏う肉体は、若人の如く隆々と逞しい。彼は灰色熊のように巨大な分厚い手のひらで、腹の深傷へ、揉んだ薬草を当てていた。親子より年の離れた小娘に、刻まれたものだ。
肩には、砂漠の戦士に斬られた大きな傷がある。更には無数の刀傷や裂傷を負っている。
既に血が止まっているあたり、尋常ではない。だが腹の傷などは常人ならず一角の戦士だろうと、命を失うほどの深手のはずであった。
不凍港ベデクトから撤退した賊軍は、この針葉樹林を、今夜の野営地と決めている。
いつもよりずいぶんと、時期の早い流氷を見つけたから。航行可能かを、調査するためだ。
吹雪の勢いは一向に衰えず、むしろずいぶんと、強くなってきている。
あたりは風の、大きな音に包まれていた。
分厚いローブを着込んだ者が近付いてきたが、シグバルドは気にも留めなかった。
その瞬間、刃が閃く。
ちょうど傷口のある場所へ、巨剣が深く突き刺さっていた。
傷がなければ、剣が分厚い筋肉を抉ることはなかっただろうに。
視界が霞み、目眩が襲ってくる。シグバルドは、深い雪の中で片膝をついた。
顔を上げると、場違いに可憐な少女ではないか。
辺りは純白の雪が、真っ赤に染まり始めている。
「死んじゃえ、おじさん」
ターリャと呼ばれていた魔種(デモニア)だ。
その背後にはヘザーという、やはり魔種の美しい女が控えている。
「血塗れの賊に雷神ルーの制裁を。シグバルド、これはハイエスタの復讐よ」
「何のことだ。焼いた村の数など、いちいち覚えとらんわ」
「……ドルイドの毒は如何かしら。奪った命の数でも思い出しながら、オーディンへ祈りなさい」
勝ち誇った表情のヘザーを一瞥し、シグバルドは凄絶に笑った。
「よもやこれしきで、余に勝ったつもりでは、おるまいな?」
答えるや否や、剣を振り払ったシグバルドは、猛烈に突進した。
「……ッ!?」
シグバルドはヘザーの頸椎を瞬時にねじ折り、手に取った斧を、瞬時に投げつける。
鋭く回転する斧がターリャの喉を掠め、トウヒ木の太い幹を半ば以上両断した。
肩の傷が僅かに狙いを逸らしたから、ターリャは避けるのに間に合った。
「どっちが化け物なのかしら」
「死にぞこないのクソじじい! 死ね! 死ね! 早く死んじゃえ!」
ヘザーはすぐにコウモリへ姿をかえ、ターリャは意識朦朧とするシグバルドへ、幾度も幾度も斬撃を繰り出した。シグバルドが深い雪に、ゆっくりと膝をつく。
「じゃあね、ばいばい」
それからターリャはヘザーを追うように、雪積深い森の奥へと去って行った。
無数の傷がなければ、シグバルドはもう少し素早く動くことが出来たろう。
彼女等が魔種でなく人だったなら、どうだろう。
あるいはシグバルドによる両者への攻撃手段が、逆であったならどうか。
結果はまるで、違ったかもしれない。
けれど、そうはならなかった。
シグバルドは大きく息を吐き出し、ゆっくりと座り込んだ。大層に落ち着いた態度だ。けれど全身の色は、今や蒼白であった。誰かが見れば、いよいよ致命傷に思えたろう。
そんなときだ。
斧を受けて傾いだ大木が、雷鳴のような音を立てながら倒れた。
ベルノ・シグバルソンは、ちょうど野営の支度を終えた所だった。
「親父! 敵襲か!?」
大きな音を聞きつけ、すぐさま駆けつける。
剣を手に、降り積もる雪を両足で蹴散らしながら。
「ベルノか……声が、遠いな。もっと、こっちへ来い……」
何事かと思えば、ぼろ布を纏った父がへたり込んでいるではないか。
ひどい傷だ。それに誰かが雪の向こうへ消える、後ろ姿が見えた。
「今の奴等は、昨日の魔種か。おいテメエら、すぐに追いやがれ!
魔種なんざ、この俺が! 薪みてえに、脳天かち割ってやら!」
ベルノはすぐさま毛皮のマントを脱いで、冷え切った父の身体を覆う。
そして怒り任せに、木の幹へ拳を叩き付けた。
重い音をたてて雪が落ち、ベルノの頭へふりかかる。
馬鹿にされたような気分になって、ますます腹が立った。
こんな吹雪でなければ、とっくに気付けたろうに。
ここまでアホらしいことが、あるものか。
「クソが、魔種が。毒かよ。ふざけんじゃねえ。おいクソ親父、こんな傷ごときで、くたばる訳ねえよな!」
シグバルドはゆっくりと木の根に背を預けると、瞳を閉じる。
「ノーザンキングスは……貴様が統べろ……」
幾人かの戦士達が集まって来た。また別の幾人かが、武器を取り魔種を追った。
「それから……あの槍使いの小娘……砂漠の戦士、怪異、幻想種の娘共……奴等に会ったら伝えておけ。
余を討ち取ったのは……金狼でも魔種でもなく、勇敢な戦士である貴様等だったのだと……な」
「何言ってんだ親父、ざけんな。ふざけんじゃねえぞ、クソ親父。親父ッ!!」
シグバルドの口元から血の泡が吹きこぼれるびに、ベルノは怒り心頭の金切り声をあげた。
なのにも関わらず、父が魔種でもなく毒でもなくイレギュラーズだと言ったことに、彼等が強く勇敢な戦士だったことに、不思議と救われたような気持ちでもいた。
その言葉は、何も持とうとしなかった父の、戦士として最後の意地とも思えたから。
記憶の限りに、父の姿が初めて『人間らしい』とも感じた。
「……戦乙女が呼んでおるわ。……ベルノ、いずれヴァルハラ……で……」
傷がなければ、流氷がなければ、吹雪でなければ、結果は違ったかもしれない。だがこの奇妙な偶然の連続が、鉄帝国の歴史に大きな転換をもたらすことになる。
フェンリルの咆哮を思わせる暴風の音は、まるで慟哭にも聞こえていた。
翌朝、シグバルドの遺体は母なる海へと返された。戦士達の流儀だ。
そして夕刻。ベルノは満身創痍のままだった。まさに疲労困憊といった様相で、不凍港ベデクト――その庁舎の門戸を懸命に叩いている。あの戦いの後で一睡もせずに居たから、両目は悪鬼のように血走っていた。
一行は彼を武器で厳重に囲みながらも、迎え入れる。
ベルノが広間の床へ置いたのは、シグバルドの王冠と巨大な斧だ。
「シグバルドは死んだ。勝手な言い分なのは承知だが、ノーザンキングスはお前等と休戦協定を結びたい」
そして続ける。
「俺達は魔種共を許さない。必ず討つつもりだ。信用出来ないなら、俺の首でもなんでもくれてやる」
その瞬間、凄まじい音が室内に響いた。
鬼のような形相をしたヴォルフの拳が、モルタル壁を粉砕したのだ。
「シグバルド、貴様。勝手な奴め。なぜ、なぜ俺に狩られなかった!」
あの冷静沈着なヴォルフが、拳に血を滴らせるまま、激情もあらわに吐き捨てる。
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)が、父ヴォルフの手をそっとハンカチで包んだ。彼女にとっても、父の顔はおおよそ初めて見る表情をしていた。
「それからあんたら、親父……シグバルド最後の言葉だ」
ベルノはゼファー(p3p007625)や武器商人(p3p001107)、リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)やルカ・ガンビーノ(p3p007268)達に、些細な遺言を伝える。
「親父をヴァルハラへ送ったのは、断じて魔種でも毒でもねえ。あんたらと戦い、勇敢に散ったんだ」
いかにも、ノルダイン流の価値観だ。
戦場の傷で死ぬなら、それもまた戦死と同義。名誉なのだろう。
「俺は、俺達は……親父とあんたらを、誇りに感じる。誓って、嘘じゃあねえ」
彼等は鉄帝国の民と同様に、強い者へを敬意を払う。
「そしてノルダインに泥を塗った魔種共を、ぜってえに許さねえ。ぶっ殺してやる」
しばしの静寂を破ったのは、ゼファーだった。
「だったら、そういうことに、しておいてあげるわ」
「儚いものだねえ」
リースリットは抑揚の薄い声音で「そうですか」とだけ述べ、雪が降り続けるバルコニーに出た。
そこにはアルエット(p3n000009)がおり、リースリットと視線が合うと、硬く引き結んだ唇を震わせた。
押し黙ったままのルカとて、全く以て面白くないのは同じだ。
なにしろ腕っ節一つで、ノーザンキングスを築き上げた男なのだ。
戦い、打ち破り、いずれは酒の一杯でも酌み交わしたかったのに。
そんな望みの全ては、遠くラサの蜃気楼のように、むなしい夢と消えてしまったのだ。
剣に指をかけたまま、凍てついた視線でベルノを射抜いていたギルバート・フォーサイス(p3n000195)は、何も言わずにそっと部屋を出て行った。ヴォルフやルカとは全く違う心境ではあろうが。
心をざわつかせたジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)が、その後を追っていく。
北辰連合(ポラリス・ユニオン)は、大きな岐路に立たされている。
東の要所に位置する拠点ローゼンイスタフ領は、軍備に物資、武名と全てが揃う派閥だ。
現状は独立島アーカーシュと協調し、不凍港ベデクト解放などの事態に当ってきた。鉄帝国が分断される前、元々の役割はヴィーザル地方を拠点とする賊――ノーザンキングスへの対処だった。だがノーザンキングスが、帰順とまでは言えなくとも、脅威でなくなったとすれば、どうすべきか。
唯一、古代兵器に乏しいといった事情はあるが、そのあたりはアーカーシュが強い。今や鳳圏と轡を並べ、さらには魔種討伐を叫び始めたノーザンキングスが足並みを揃えるとあらば、目下国内で最大の勢力、その中心点となるかもしれない。
ならば求められるのは、帝都へ向けた『大西進』ではないかと、そんな声が囁かれはじめている。
ルベン駅方面へ進撃し、新皇帝派が占拠する街や村を開放して、ベデクトの物資を行き渡らせるべきだと。
確かに軍隊を軍隊として真に機能せしめるのは、尉官や佐官にあらず将だ。伯爵以上に、事実上の辺境伯(中央から完全独立した権限を多く備える)ローゼンイスタフの軍事規模は、兵站も含めて充分だと言える。
しかし、果たして。万事が上手く運ぶものだろうか。
ノーザンキングスと、周辺との確執は深い。
先程のギルバートの目を思い返せば、よく分かるはずだ。
ギルバートはハイエスタの出身だ。
ノーザンキングスに、大切な身内を、無残に殺されている。
人の感情というものは、いつだってままならず。
今、本当に為すべきことは、何なのか。
事態が風雲急を告げる中、猛吹雪はローゼンイスタフにも吹きすさび、ここベデクトまで迫っていた。
※ノーザンキングス『統王』シグバルドが死亡しました。
※ノーザンキングスが停戦、および共闘を提案してきました。
※全派閥の生産力が100ダウンしました。
※雪が降り続いています……
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