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帝都星読キネマ譚:宵、水銀灯II

 其れは、ただ揺蕩っていた。
 其れは、決して何も答えはしない――。

 社に、しゃんと鈴の音が聞こえる。
 此岸の辺の双子巫女は神楽を舞い終えると、楚々と後ずさった。
 その佇まいはいくらか大人びており、混沌世界の彼女等よりも幾ばくか年上に見える。
 ここはヒイズル。R.O.Oにて歪な情報増殖の果てに生じた、偽りの豊穣郷だ。
 旅人曰く所の『大正時代』を彷彿とさせる古きと新しきの融合は、都に艶やかな文化を花開かせた。
「四神様の様子、なんか変じゃない?」
「そそぎ、そんなことを言っては駄目」
「……」

 社に集った四柱の名を、それぞれ青龍朱雀白虎玄武と呼ぶ。
 思いの外『気さくな神様達』は、こうした催しにおいて、はしゃぎ回るのが常であったが――
「夜が近付いているよ。闇の力だ」
「国産みの神を、穢さんとする者である」
 白虎のお告げに、玄武もまた応えた。
「夜妖トハ、覆ウ者……祓フベキ存在――」
「瑞様は、どうお考えじゃろうな。黄龍様は首を横に振り、ただ『保留』と」
 青龍と朱雀もまた、小さく呟く。

 ひたひたと、何かが迫っている。
 それは遅々として、未だ静謐だけを湛えたまま。
 合わせ鏡の表と裏は――

 ――

 ――――

「これは麗しき天香が遮那(若)殿、お早いお帰りにあらせられる」
 狩衣雑面の人影が男とも女ともつかぬ奇っ怪な声音を発した。
「下らん美辞の麗句は要らんと言ったはずだ。反吐が出る。次に言ってみろ――殺すぞ」
「――おそれながら」
 波止場近くにある赤煉瓦作りの倉庫を改造した粗末な場所は、けれど隠れ家にはうってつけだろう。
 紙巻き煙草をくわえた天香遮那(p3n000179)は、鹿ノ子(p3p007279)が差し出すマッチの火に顔を近づけ、たっぷりと天井を見上げてから紫煙を吐き出した。
 豊穣では十五ほどの少年だったはずだが、無辜なる混沌の歪な模造品――ネクストにおけるヒイズルでは、二十歳(はたち)を超えた一角の青年である。栄えある家を捨てた、ただの一人の青年風情に過ぎない。
「ふ、ふ。進捗の程はいかほどにありましょう?」
「渡来の兵器だが、国を相手するにはまだ足りんな。銭を調達しておけ。私も今夜一件あたりをつけている」
「おおせのままに」と雑面が応じる。
「伽羅太夫は正純に、未だ全ては伝えていないようだが。時間の問題だろうな」
 遮那の言う伽羅太夫――タイム(p3p007854)小金井正純(p3p008000)は、天香と縁深い人物だ。
 天香の家長長胤は大政大臣であり、つまりヒイズルという国家そのものであるとも言えること。
 さしものタイムとて、遮那の協力者ではあるが、天香は裏切れまい。正純と姫菱安奈も同様に――
 いずれ国と、即ちや天香と事を構えるならば、帝の庭番衆たる暦と、頭領も厄介な存在となろう。
「私は、お前のような男になれたろうか。いや、なれるだろうか」
 今は亡き忠臣、楠忠継は優しく、厳しく、その太刀さばきは修羅のように険しい。そんな男であった。
 思い起こせば、亡き喜代も、また同様。
 そして敵(あちら)側へ置いてきた、けれど守るべきあれそれ――
 断ち斬れぬ、別れ得ぬ因果に――されど愛刀は、黙して語らず。
 ほろり零れる涙のように、煙草の灰が地に落ちた。
 紫煙吐くのは溜息替わり、灰を落とすはこぼせぬ涙――と。教えたのは忠継であったか。

「遮那さん、あの日のことを覚えてるっスか?」
 鹿ノ子が遮那の手を優しく握る。
「忘れるものか。だから、そう不安そうにしてくれるな」
「……煩わしくはないっスか?」
「気にするなと言っている。それよりも、神異だ」
 遮那は吐き捨てるように呟いた。

 ――お前には、私しか居ない。私には、お前しかいない。

「そのための夜妖の力にありましょう」
「……ああ」
 応えた遮那に、雑面の者――《転輪穢奴》忌拿家・卑踏がくつくつと喉を鳴らした。
 ヒイズルでは豊底という神が信仰されていた。四神、瑞、黄龍を従え、此岸の辺に祀られている。
「神咒曙光は神の国。八百万の頂点たる水神、豊底の比売は、穢れを祓い国を産む……」
 卑踏はそう言うと、大仰に両手を広げて見せた。
 ヒイズルの驚くべき急速な繁栄は、『神の御業である』と卑踏は云う。
「陽あれば陰あり。瞬く間の繁栄は闇を産み、百妖の夜行が此の世を挽き潰しましょう」
「だから滅ぼす。闇を持ち闇を制す。私にしか出来ない、単純な事だ」
 立ち上がった遮那は紙巻き煙草を踏み消すと、ぽつりとこぼした。
「己は当代巫女殿の遠縁なれど、たかが妖風情に過ず。さりとて――朝敵となっても世を憂うは同じ」
 卑踏が嗤い、謳う。
「ならば世に仇為す、私は今――悪か」

 ――R.O.O 2.0イベント『帝都星読キネマ譚 現想ノ夜妖』が再びアップデートされました。
 ――ヒイズルの四神が何かを察知したようです。
 ――ほしよみキネマが天香遮那の姿を捉えたようです。

これまでの再現性東京 / R.O.O

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