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噴水前の歌広場

PPP一周年記念SS


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 レガド・イルシオンの夏は、とても暑いです。
 夏の日射しで暖められた入り江からの海風が吹き溜まり、王都は空前の湿気に晒されるので、簡単に気温だけでものを語れません。まして汗腺が少なくて汗をほとんどかかないものだから、比較的ヒトよりも海の生き物に近い形質を持っているタイプの海種としては、一歩気を抜けば倒れかねない危険な気候。実際こうして少しでも涼しいところに居ようと噴水のへりに座って水しぶきを浴びていると言うのに、不快指数は上がる一方。いっそ足でもつっこんじゃおうかな? でも、この街では服をびしょびしょにしたまま歩き回っているとおかしな目で見られるので、我慢です。目の前に天国はあるのに、そこにたどり着けないという矛盾に苛まれます。
 つまり、うきうきごーごーな気分。今日も最高。
 膝の上に置いた滑らかな楽器はしっかり八十八鍵ある本格使用で、ボディはスリムながらも多少乱暴に扱っても大丈夫。いくつかあるつまみを回してから自分の魔力を丁寧に通すと、ぷぅんぴぃんと甲高い割れた音がまろび出ました。いきなり思い切り行かずに、アルペッジョでたらたらとコードを進行させていきます。

おひさま きらきら わたしをにらむ
なぜに おまえは はいでてきたと
くらい うみの むこうには
おまえの すべてが あるだろに♪

 誰かが足を止めました。
 歌う僕を珍しげに視止めて、演奏を聞いてくれ始めたようです。
 男の人。
 女の人。
 こども。
 機械、ケモノ、トリ、魚。
 まずまずいい調子。喉も暖まってきました。よぅし。もっとディストーションもかけちゃおう。きらきらしていた音がぐわんとひずんで不安でわくわくする。リズム・パターンもトラックに入れて、盛り上がってきました。

うみの なかは よいところ
くらくて しずかで なにもない
なにもないから うつくしい
それでも おひさま おねがいだから
わたしの こかげを つくってよ
ここにはいろんな ひとがいる
きたなく ひっしで とてもきれいな
にんげんたちの こころがみたい
あなたの いのちを みてみたい♪
ぎゅうーん。ぴろぴろぴろ。
 あれ? 真っ暗。 ……あ、そっか。
 途中から、盛り上がりすぎて目を閉じて演奏していたようです。
 僕もけっこうぼんやりしたところがありますのでね。
 さてどうかしらと自分ひとりの世界から抜け出してみると、目の前にはすでに誰もいませんでした。みんな聞き終わって、静かに立ち去ったのでしょう。足下に置いていた空の布袋を覗き込んだのですが、やっぱり何も入っていません。
 ひそひそと、声が遠巻きに聞こえます。試しにぽろろん、と楽器を爪弾いて見ると、ひそひそ声は鰯の群れに鼻を突っ込んだ時よりも迅速に散っていきました。
 今日も最高。僕は僕の歌を歌えた。
 そう思いながら立ち上がろうとした時。
 ぬっと、何かが顔を覗き込んできました。
 何かは、何かとしか言えないのですが、それはのぺっと何もついていない目鼻をひくひくと動かして真っ赤な目をぎょろぎょろとさせています。
「こんにちは」
 すぐそこに顔があるのでお辞儀は出来ないのですが、僕は礼儀正しく挨拶をしました。挨拶はとても大事だからです。
 何も見えないのですが、黄色い外套を纏っているように見えるその何かは、僕の挨拶を聞いているのか、いないのか、もごもごと何かを喋ると(とてもなまぐさかい息ですが、僕はあまり鼻が良くないので失礼な顔をせずに済みました)、べっと何かを僕に押し付けました。
 ねっとりした感触に思わず押し付けられた何かを見下ろすと、それはねばついた液の付いた小瓶でした。“みつろう”で栓をされているその中身は、何やら黄金色の液体のようです。
「これは、なぁに?」
 顔を上げて訊いたのですが、そこには誰もいませんでした。誰もいないのは当然です。誰もいなかったのですから。
 ……はて、さて。それにしても、どうしよう。不思議なものを貰ってしまいました。とりあえず開けてみようかしらと思ったのですが、どうもかなり分厚く封がされているようで、かるくコツコツ叩いた位では剥がれないようです。ナイフで削げば開きそうですが、僕は刃物を持っていないので、困りました。
「……開けてくれるひとを、探そっかな」
 ひとりつぶやくと、僕はえいっしょとシンティッザトーレを肩に担いで歩き出しました。
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「ラァナさん……それで、私のところに来たんですか?」
「うん」
「こんな怪しいものを開けるために?」
「うん」
「えひ、えひひ、困りますよぉそんな……えっ、これほんとに私が開ける流れですか?」
「エっちゃんだけが頼りだよ」
「そんなん今言われても嬉しくありません……いや嬉しいんですけど!?」
 街角の、路地裏の片隅でぼうっとしていたところを後ろから捕まえたところ、ごめんなさいごめんなさいと言うだけで話をできるくらい落ち着くのにしばらくかかりました。
 そんな紫の髪のしおしおした女の子は、すごく複雑な顔でじたじたと手を動かしています。おどおどしていて、自分のツッコミですら慌てて取り繕って僕が怒ったりしないか伺う始末で、それを見るとなんだかぞくぞくします。
 エマ(p3p000257)ことエっちゃんは、僕の友達です。
 実のところ、僕はもっと優しく普通に遊びたいのですが、エっちゃんを目の前にするとなぜかそれが出来なくなってしまうのです。それは彼女のきょろきょろとどこを見ているか定まらなかったり、目を見た瞬間逃げ出すようにどこか違う方を向いてしまう目のことだとか、つねにおたおたとどこかをさ迷う手の動きだとか、ちいさくちいさく縮こまりたがる身体とか、そういう色々な要素を目の前にしているうちに、段々とイケナイ感情が湧き上がってくるせいでしょう。
 まったく罪作りな友達です。
 それとも罪を抱えているのは僕でしょうか。
 得体の知れないものを押し付けて、脅かして、遊んでしまうなんて。これはひょっとして、自分は無意識に彼女を見下してしまっているのでしょうか。
 ちょっと、罪悪感。
 でも実際、ただのいじわるだけではありません。刃物、特に小さいそれの扱いとあれば普段の、ともすれば鈍くさいとも思える動きが嘘のようにひらりと煌いて光ります。天才的とも言える小器用さです。器用さではないところがポイントです。これだけ固い蝋封でも、彼女ならすぱすぱっとやってくれることと思いました。
 が、頼んで拝み倒せば手伝ってくれるだろうと思っていたのですが、何やら彼女は渋い顔をしています。
「……あのね、ラァナさん。液体ってけっこう危ないんですよ?
気化したのを吸い込んだり、うっかり触れちゃっただけで悪い影響が出ないとも限りませんし……」
 そう云う彼女の顔は、驚嘆すべき怯懦にみちみちて居ました。それは生き抜く上でもっとも重要な資質のひとつと思います。
「なのでね。これは、しかるべき知識を持った誰かにまず相談してほしいなと……」
「ちしき」
「ちしきです」
「なら、あすこだね」
「あそこですね……えひひ」
 そういう意味では。
 これから尋ねようとしている館のあるじは、生き抜く資質に大いに欠けていると言えるでしょう。それじゃあ私はこれで、とどっかに行こうとする紫おっぱいの手をむんずと掴むと、僕は揚々と足を目的地に運ぶのでした。
「馬の骨さん助けてくださーい!」
「はぁ?」
 書庫の扉を開けるなり、どさどさと積んだ紙束が崩れました。
 どうやら、また自分の戦術について研究と研鑚を重ねていたようで、紅玉色の瞳はどろどろ濁っているし目の下にはくまがどさどさ積もっています。まるまるっと背中を丸めて文字と首っ引きになっていたのですが、僕らが現れるなりしゃんと伸ばすのは女性としてとても立派だと思います。
「ごきげんよう。いきなりどうしたのよ」
「それが……」
 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)ことイーちゃん、通称馬の骨とか司書とか、なんとかかんとか。足りない足りないと言い続けるその人生には正直頭が下がります。いつも必死なその姿は、エっちゃんとはまた違った意味でかわいく、いじましく見えます。己の知らざるを知れば、焦ろうが焦るまいが知れることは知れるし、知らないことは死ぬまで知らないと思っている僕は、ああして身の丈に合わない成果を求め続けることはとてもできそうにありません。
 なので、とても尊敬しています。
「ラァナさん聞いてくださいよ!」
「え? ごめん、考え事してたんだ」
 そんなことを、事情をガーっと説明しているエっちゃんの声に、勝手に腰を落ち着けて楽器をずうずうしく広げ、伴奏を付けながら思っていると、エっちゃんに叱られてしまいました。ふぅん、と言いながらイーちゃんは小瓶をくるくる揺らして覗いています。
「まあ、あんまり聞かなくてもカタラァナの持ち込んだ厄介だっていうのは分かったわよ」
「……名探偵ですか、馬の骨さん」
「違うわよ。なんだかさっきから妙にむずむずとむず痒かったから」
「お風呂はちゃんと入った? イーちゃん」
「身体は拭いてるわよ。そうじゃなくて、何というか……楽しくて堪らないというか、面白くてしょうがないというか、そんな感じ。そしたら扉の外から段々カタラァナの鼻歌が聴こえてきたから、ああそういうことかって思って」
「ラァナさん、道すがらさっき見たお化けの歌ずーーっと私の耳元で聞かせ続けてきたんですよ……えひ、えひひ」
「あぁ。また伝染っちゃったんだ? ごめんね」
 申し訳なさに、頭がしゅんと下がります。
 僕の歌は、ときどき、僕の気持ちを相手にも体験させてしまいます。同じ気持ちになってくれるのはとても嬉しいのですが、誤爆は痛恨の極みなのです。ちゃんと歌詞を一から理解してもらわないと。
「じゃあ、きちんと一から歌いなおすね?」
「やめてくださいよぉ!」
「……いや、お願いするわ」
「えっ?!」
 僕の横ですごく厭そうな声が聴こえました。
「……いいの?」
 もちろん、歌を聞いてもらえるのは嬉しいのですが。
 ならなぜ改めて問うたのかというと、今イーちゃんの興味は手の中の小瓶に集まっているように見えたからです。片膝を胸に抱え込んで、椅子の上で小瓶を明かりに掲げて透かす姿はとっても綺麗ですが、僕は集中の邪魔はしたくありません。
「いいのよ。でも、お願いしたいのは、お化けの歌じゃなくて、いつものあれね」
「いつもの?」
「ほら、何といったかしら……るるぅ、何とか」
「いいの!?」
 自分の顔がぱぁっと明るくなるのがわかります。
 なぜなら僕にとってこの歌はとくべつだからです。
 嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねてから、楽器をいそいそと隅に置くと、床に膝を付いて、胸の前で手を組み、頭を垂れます。
 正しい姿勢で唄う歌にこそ意味があるのですふんぐるい。
 エっちゃんは自分を抱きしめるように腕を回して、イーちゃんの傍で小さくこちらとイーちゃんを交互に見ていますむぐるうなふ。
 僕の歌は微かに朗々と綺麗に歪んで部屋を満たしますくつるぅ。
 歌が部屋を満たすに連れてイーちゃんがいつも手放さず持ち歩いている本のページが独りでめくれまするるいぇ。
 本棚がカタカタゆれてみしみし床がきしみひそひそ声がしますうがふなぐる。
 ふたぐん、と最後の一節を歌い終えた瞬間、バン!! と大きな音を立てて先程入ってきた扉が何かに叩かれ、内側に思い切り開かれました。
 だれも喋りません。
 しん、と静寂が耳を叩いて、ほこりのつもる音が聞こえます。誰も動かない、まるで海の底のような静かな時間が続きました。
「わかったわ」
「ぴぇい!?」
 ぎしっと音を立てて、イーちゃんが立ち上がりました。その音をおっかながって涙目のエっちゃんが飛び跳ねます。どきどきどきどきと心臓の音がここまで聞こえてきます。
「蜂蜜酒よ、これ」
「みーどぉ? ……えひ、えひひ。なぁんだ。ただのお酒なんですね。え、でも今のとそれと何の関係が?」
「さあ。必要だと思ったから、歌ってもらったの。飲んでみても問題ないんじゃない? と言っても、この国の法律だと誰も飲める年齢じゃないけどね」
「はぁ……え。今の怪現象についてのツッコミはナシなんですか?」
「まぁ、まぁ。今すぐに危ないということはないわよ。安心して」
「そういうなら信じますけど……どうします? ラァナさん。お望みのようでしたし、開けましょうか?」
「え?」
 ぼうっとしていた僕は、その申し出に面食らってしろくろしてしまいました。確かに、モノに問題はないのでしょう。それ自体は。
 でもそれを開けるという行為が、なにか取り返しのつかないことのような気がします。イーちゃんの顔を見ると、何だかわくわくしているように見えました。僕も、これを開けるということは何だかとても楽しいことのように思います。
 たとえば、これを開けたら、とても綺麗だろうと、そんな風に。
「……ラァナさん?」
「……うーん。やめとこっかな」
 そんな想像を、ふっと掻き消しました。
 そうですか、とエっちゃんはナイフをくるんと仕舞います。基本的に危ない橋を渡りたくない彼女は、あまり未練もないようです。
「ごめんね、エっちゃん。わざわざつき合わせて」
「えひひ……ほんとですよ。怖かったんですから」
「おわびにご飯、御馳走させてよ」
「いいんですか?! わーい!!」
 ぷりぷりしていた彼女は、僕の言葉に一転顔を輝かせると、扉の外に駆けて行きます。ちょうどお昼時。もっと大きく育ってもらいましょう。収穫が楽しみです。
イーちゃんも行こうよ。篭りっきりだと、頭も働かないよ?」
「そうね、そうしようかしら」
 そう言うと、イーちゃんはがばっちょと立上り、んっと背伸びをしました。彼女も負けず劣らず、実はけっこうなものをお持ちです。固まりきった身体をばきばきと解すと
「……よかったの?」
 そう、尋ねてきました。僕は躊躇いなく、うんと答えました。
 きっと、ここに来たばかりなら間違いなく黙って開けさせていたことと思います。
 ですが、僕は、実はけっこう、変わりました。
 綺麗なものが好きです。
 失われるもの、滅び行くものが大好きです。
 それに必死に抗う姿も大好きです。
 ですが、ともだちは、それとは違うモノです。
「あの小瓶さ。イーちゃんにあげるよ」
「……押し付けられただけにも思えるけど」
「大丈夫だよ。因果は僕のところにあるから。むしろ、持っていないほうがいいって思って」
「……いいけれど」
「ありがと。だいすきだよ」
「…………いいけれど」
 ふいっと目をそらすと、転ぶわよと言いながら、イーちゃんはエっちゃんを追っかけて行きました。
 うん。
 今日もほどほどに、最高です。
 こんな僕にも居場所があるから、この街も、ローレットも大好きです。
 願わくば、もう少しこんな陽溜りのような時間を、僕に。
そう思いながら、先ほどから開かれっぱなしだった扉のノブに手をかけました。
 外は暑く、まだまだ辛いですが。僕はもう少し、生きていようと思います。
「だから、またこんどね」
 誰もいない書庫の中に声をかけて、内開きの扉をばたん、と閉めました。

 

 これはその後イーちゃんから訊いた話ですが、書庫の扉に誰かが泥の手形を付けたそうです。
 内側に付いていたから、ギルドメンバーの誰かの仕業だとぷりぷり怒っていました。
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間違えてギルメンのみ発言に設定してしまったので、感想などはメッセージか街角かギルドの別のところでもらえると喜びます。

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