PandoraPartyProject

シナリオ詳細

豊穣ますかれぇど

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●きつねにばかされて
 ちょっとボラれたなあ、なんてあなたは思っていた。
 お祭りの屋台ってなんであんなに高いんだろう。きゅうりを冷やして割り箸で串刺しにしただけのものが500Gもするなんて暴利ってものだろう。
 だけども今夜は月もきれいだし。ここの大明神は霊験あらたからしいし。すこしばかり浮かれた気分で、お祭りっぽいことがしてみたくなっただけなのだ。
 人混み。人波。人いきれ。
 夏の予感漂う夜は暑すぎず寒すぎずいい塩梅。心地よい汗を流し、人の流れに乗る。ゆらゆら、金魚の尻尾みたいな兵児帯。ちかちか、あの七色に光る飛ばない風船はたぶん練達産。くんくん、いい匂い、そこかしこ。どこどん、腹へ響く音。あれはきっと太鼓。櫓の上から響く。小さな人影が、キネマみたいに忙しく動いているのが見える。
 夜のさなか、燦然と輝く赤い提灯。誇らしげにぎっしりと並ぶ。熱に浮かされたように、誰もが笑顔でいる夜。
 あなたも知らず知らず微笑を浮かべていた。お祭りの熱気に当てられたから? それとも隣の誰かさんの存在感に?
 どっちだろう。どっちみち、答えなんかわかっている。どっちも、だ。
 最近の豊穣は開国しただけあって、いろんなものがある。霞帝の統治の下、豊穣は穏やかに良い方向へ向かいつつある。ゆっくりと、ゆっくりと。佳き日へ、善き世へと。
 なのであなたが少しくらい祭りにあてられたとしても、誰がそれを責められようか。すぐ横を通り過ぎていく、浴衣姿の黒い肌の女みたいに、屋台飯を買い漁って、りんご飴なんか、かじっちゃったりして。
 あなたのすぐ横を、女が通り過ぎる。独り言が聞こえてきた。
「あれあれ、わたくしのかわいい子どもたちは、どちらへ行ったのかしら。もう、はぐれてしまうなんて、本当に困った子たちだこと。リリコ、どこへ行ったの? ベネラー、お財布返してちょうだいな。ユリック、ミョール、ロロフォイ、ザス、チナナ? やれやれ、かくれんぼでもしているのかしら」
 女は通り過ぎた。すぐに人にまぎれ、見えなくなってしまった。あなたは気にもとめなかった。

●あなたはそこにいた
 ウロウロしていた小さな影が、あなたの姿を見て取るなり、人の隙間をすり抜けて駆け寄ってきた。
「……私の銀の月、鬼灯さん、章姫さん、シスターが……迷子になっちゃった」
 リリコは薄緑のやわらかそうな浴衣を着ている。大きなリボンが困惑したようにぴこぴこ揺れていた。
「シスター? シスターイザベラがかい? おおかた屋台飯へ夢中になってはぐれたんだろう。財布をベネラーへ預けておかないからだよ」
 武器商人は呆れたようにあたりを見回した。見渡すかぎり、人、人、人。
「……途中からそうしたのだけど、もうその時には遅くて」
 ごめんなさいと何故かリリコが謝っている。
 やさしい人形が手を伸ばしてリリコの頭を撫でた。
「だいじょーぶなのだわ? あなたたち孤児院の子供のおかーさんは、鬼灯くんたちが、必ず見つけてくれるのだわ」
 鬼灯はゆっくりとうなずく。
「水無月」
「はっ」
 するりと影が形を持った。
「シスターイザベラを探せ。祭りの雰囲気は壊すな」
「承知」
 影は来たときと同じように消えた。鋭い羽ばたきの音。鷹が宙を滑っていく。その背に月を背負って。
「さて、せっかく屋敷を出てきたのだ。俺たちも祭りを楽しもう。章殿、ほしいものはあるか?」
「そうね、歩きながら考えてもいいかしら鬼灯くん、だってお祭りってそういうものなのだわ?」
 愛らしいやりとりに、武器商人が喉を鳴らし笑う。
「我(アタシ)はどうしようね、かわいいお気に入りのために、シスターを探してあげてもいいし」
 そして顔の横を彩っていた狐の面を、深くかぶった。
「今日ばかりは狐めの眷属として振る舞ってみようかなァ、ヒヒヒ」

●月がポッカリと
 豊穣でも月は特別視される。古来より月の美しさを詠んだ歌は数知れず。農耕を基盤とする豊穣では、暦に月が用いられることもある。太陽と並んで、月もまた生活に根ざした信仰を向けられているのだ。
 ヤオヨロズと呼ばれるグリムアザース、そしてゼノポルタ。彼らの鋭敏な感性は、身近にある様々な事象に神を見出した。
 例えば狐。
 五穀豊穣、商売繁盛。に、とどまらず、安産、厄除、家内安全、金運、学業から勝負事全般に至るまで。その御利益は多岐にわたる。
 お祭りの屋台には、お面屋が混じっている。
 顔の上半分を覆う狐面が人気だ。お約束の白に赤の化粧の狐面。さて、余談だが、人は額、眉、目でもって人相を記憶しているという。その人相をすっぽり隠す狐面をかぶれば、今宵、あなたもまた稲荷大明神の御使いなのだ。

GMコメント

みどりです。
みずゆかの季節ですね! 頼めた人も頼めなかった人も、熱いパッションをこのシナリオにぶつけるといい。
このシナリオは、字数の多いイベシナ扱いです。

みどりのNPCは、プレで呼び出せます。
みどりのNPCって誰? シスターイザベラってなに? リリコ? どこの女よ! という方は、みどりのGMページや、リリコのイラスト一覧をご覧ください。フレーバーが乗ってます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。


同行者
同行者の有無を問うものです。

【1】有
同行者がいる方は、この選択肢を選び、【専用タグ】を記入してください。

【2】無
おひとりさまも歓迎します。関係者とイチャイチャしたい人も是非に。


行動
 以下の選択肢の中から行動をザックリ選択して下さい。

【1】シスターイザベラを探す
TOPに立っている浴衣のおねーさんを探します。お祭りもほどほどに楽しみます。

【2】祭りを楽しむ
お祭りを全力で楽しみます。屋台を出したい人もこちらです。

【3】コンコン
狐の面をかぶり、今夜だけお稲荷さんの御使いになります。あなたは小さな願い事を叶えることができます。

【4】おみくじをひく
おみくじを引きます。みどりがガチで引きます。その結果とPCさんの反応を主に描写します。

  • 豊穣ますかれぇど完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別長編
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2023年06月29日 22時05分
  • 参加人数20/20人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
流星(p3p008041)
水無月の名代
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い
神倉 五十琴姫(p3p009466)
白蛇
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
メイ・ノファーマ(p3p009486)
大艦巨砲なピーターパン
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
メリッサ エンフィールド(p3p010291)
純真無垢
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ

「……さて、そろそろ仕事に入らにゃ」
 襟を正したるは刑部省の制服。『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は背筋をしゃんと伸ばす。隣を歩く『白蛇』神倉 五十琴姫(p3p009466)の視線を受けて、支佐手は目をパチクリさせた。
「お、どうした?」
「べつにー?」
 言えるわけがない。真面目くさった横顔がちょっといいのう、だなどと思ったことは。よりによって支佐手相手にそんなことを思ってしまうだなんて。五十琴姫は視線を滑らせ、りんご飴の屋台を目に留めた。
「まつりが盛況で何よりじゃ、そう思わんか支佐手」
「きっとお稲荷様も喜んどられるじゃろ。月は明朗。りんごは輝照。提灯行列是綺羅々」
「うかれとらんと仕事せい。ほれ、まだ少し乱れておる」
 五十琴姫は白蛇のように白い手をのばし、もつれたすそをはらってやった。支佐手からの「かたじけない」を受けて、「当然じゃ」と胸を反らす。
「そなたのようなぼんくらであっても、仮にも刑部省所属ぞ。悪い噂が立つような真似はこのわしが阻止してみせる」
「ぼんくらて」
「いかんか?」
「琴は相変わらず高飛車じゃのう」
「ふん」
 ついと横を向くさまも祭りのせいかどこか愛らしく。赤い提灯の光に照らされた白い顔はほんのりと朱をまとっているようにも見受けられ、支佐手は相好を崩す。
「さて、こげんな時こそ、おかしなことが起こらんよう気を配るんがわしらの役目ですからの。琴、準備はええか?」
「勿論じゃ。とうにできておるわ」
 凛とした支佐手の視線が、なんだかいつもより遠く感じられて、五十琴姫は支佐手のすそをつまんだ。
「どうした? 裾引っ張って」
「どうもせん。迷子になったら困るのはそなたのほうであろう」
「迷子になるんが前提か」
「そういうつもりではない。念のためというやつじゃ」
「あやしーのー」
「だまらっしゃい」
「そこのおふたかた、お役人様とお見受けしてお頼申す」
 呼ばれたふたりは同時に声の主を見た。四十路をすぎた面倒見の良さそうな女だ。目元はすっぽりと狐面で隠れており、人相は判別つかない。女と手をつないでいるのは、年端も行かない子供だ。泣くのを我慢しているのか、拳を固く握りしめている。
「これなるはお稲荷さまの参拝へ参った子。親とはぐれ大泣きしておるところをわしが保護いたしました」
 ほれ、おいき、と女は子供の背を押す。
「わしはそろそろいかねばならぬ身。どうぞこの子をよろしくお頼申します」
 そして女はするりと人混みへ溶けた。支佐手と五十琴姫はその子を見る。前髪をひとつにくくった子だ。年の頃はいつつかそのへんか。
「この人混みで迷子とは、さぞお困りでしょう。わしらがおるけえ安心したらええ。おんしの親とはどこではぐれたか、教えてもろうてもええですかの?」
「う」
 子供は赤い顔をさらに赤くする。泣き出す前兆だ。
「支佐、もちっと優しゅうしてやれ」
「精一杯やっとる。おんし、思い出せんのか? 年はいくつな。どこから来たが? 親が見つからんかった時の連絡先は……」
 最後の言葉がわるいほうの琴線に触れたのか、子供はうわんと泣き出した。
「……これじゃけえ子供は苦手よ」
「そなた、そう勢い込んで話しかけたらおびえるに決まっておるではないか。どれ、わしに任せてみよ」
 口をへの字にする支佐手の代わりに、五十琴姫がやさしく話しかける。
「童よ、りんご飴はすきか?」
「……すき」
 気を逸らすことに成功し、子供は一時泣き止んだ。五十琴姫はにんまり笑う。
「こわかったのう、心細かったのう。もう大丈夫、わしらが一緒に探してやるし、見つかるまで一緒にいてやるからな。ほれ、支佐、りんご飴じゃ、大至急」
「わかったけえ、裾を引っ張るなや」
 赤いりんごを与えられて、子供はようやく泣き止んだ。こんこん、ここん。狐の鳴き声が聞こえた気がした。
「む? あの誰ぞさがしておるのがそなたの両親ではないか?」
「とうちゃ、かあちゃ!」
 子供が毬のように走っていく。若い夫婦が子供をギュッと抱きしめた。
「ああ、よかった。探したのよ。お役人様、ありがとうございます」
「いやいや、ええ結果になってよかったですな」
 手を振って見送る支佐手と五十琴姫。
「琴、つきあってもろうて悪かったの。礼といえば何じゃが帰りがけにで店で何ぞ買うてやろう。昔と違うて、今はそれなりにもっとるけえの」
「ふふ。頑固者の偏屈者が言うようになってではないか。では遠慮なく」
 五十琴姫は周りを見回す。
「そうじゃの。リンゴ飴に焼き鳥に、それと……ちょこばなな…という異国の菓子が食べたい……」
「ちょこ?」
「以前、ぐらおくろーねとやらの催しで一緒に食べたちょこというのがあろう? あれをばななという果実にかけた物らしい!!! どうやら初めてこの祭りの屋台で出されるようでな、一緒に食べようではないか」
「ええで。琴がそんなに言うんなら」
 チョコバナナなるものを、自分も試してみよう。きっとそれは幸福の味に違いない。

 もう祭りといえばこの御方ですよね。料理界の重鎮、『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)。安心安定の頼もしさ。
「ぶははははっ! いい月じゃねえか! お稲荷さんも照覧あれ! 俺の料理の腕で、この祭りをさらに楽しく盛り上げてやらあ!」
 さっそく屋台へ入り、甘い味付けの大豆を練りこんだ下地をこしらえ、焼き上げたらふんわり丸める。その際、よーく折った紙切れを挟むのを忘れない。乾燥すればからからと音のなるそれは、辻占入り鈴煎餅。
 ひとつおくれとさっそく手が伸びる。小さなその手に鈴煎餅を握らせてやり、ゴリョウはにかっと笑った。
「どんな結果だろうと、それは今の自分を占うものであって、努力次第でいい御縁が来るもんだ。さて、ぼっちゃんの運勢はどっちを向いてるんだろうな?」
 さっきまで支佐手と五十琴姫のもとでべそをかいていた子供は、わくわくしながらさっそくパキリと煎餅を割り、占い結果を取り出した。
「吉かー」
 よくもなけりゃわるくもない。そう子供は首をひねっている。
「願い事の欄を見な、かなう、って書いてあるだろう?」
「うん!」
「ぼうやの願い事はなんだろな?」
「もういっこ食べたい!」
「はっはー、そいつは父ちゃんと母ちゃんに頼んでみてくれ!」
 とうちゃ、かあちゃ、ひとつだけ、もうひとつだけ! 子供がねだるので、苦笑しつつ夫婦はふたつ買い求めた。
 妻はからからと音を楽しみ、夫はそんな妻を優しい目でながめている。
(俺もひとつあの子へ土産にもってかえってやるかねえ……)
 夫婦の慈しみにあふれた視線を見て取り、ゴリョウもつられてそんなことを思う。
 煎餅部分は子供へやり、夫婦は占い結果を楽しんでいる。やあ、大吉だ。まあ、わたくしも。いい結果がつづいたせいか、親子三人満足げ。
「辻占の紙片はお稲荷さんに提供してもらってるんで、何なら賽銭の一つでも奉じてやってくんな!」
 心得たとばかりに参拝へ戻る親子、子供は真ん中。両の手を親とつなぎ、子供はぺちゃくちゃとおしゃべりしている。
「いいもんだな。ああいうのは」
 しみじみしていると、不意に声をかけられた。
「ちーっす、ゴリョウ大先輩」
「おおっ、その声、ウルズじゃねーか」
 狐面の上から、さらに狼の皮面をかぶった『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)は、まったくといっていいほど人相の判別がつかない。どうやら近くに屋台をだしたらしく、挨拶回りに来たようだ。
「コンコン! ウルズじゃねーっすよ、あたしはいま、『フォクシー』! 稲荷明神のお使いさんっす! 冷えたきゅうりいかがっすか?」
「ひとつ頼まあ」
「まいど! 500Gになりゃーす」
「たっか」
 おもわず引いてしまったゴリョウ。ならばとばかりに自慢の鈴煎餅をトレードにだす。
「うーん、現金が欲しかったっすけど、ゴリョウ先輩手作り煎餅とあらば、初心を曲げるのもやぶさかではねーっす」
「おう、もってけもってけ。オメェさん、孤児院の子たちの手伝いをしてやるつもりなんだろう? いいっていいって、顔に書いてあるって。辻占の中身が意外なヒントになるかもしれねぇぜ!」
「祭りなんでね、そういうこともあるかもしれないっすね。それじゃひとついただきゃーす」
 さっそく味見。ぱりぱりと音を立てて煎餅をかみくだくと、辻占の紙片を開く。
「小吉。人のために尽くして感謝せよ??? 慈愛の心を持てってことっすね! そんなの、あたしにとっちゃお茶の子さいさい、今日もみんなの幸せのために、駆けずり回っちゃうっすよー?」
 狼面のせいで、ウルズの可愛いお顔は見えない。が、それでいいのだ。身バレなんかしたらのちのちめんどくさいことになる。特に、きゅうりを冷やして割り箸で串刺しにしただけのものを500Gで売りさばくならば!
「はいはい、そこのおにーさん。となりのおねーさんの火照った顔に気づかないたあヤボっすね。そこはこのキンッキンに冷えたきゅうりをさしだして、僕のおごりだよといくもんっすよ。おにーさんは株が上がる、おねーさんは涼むことができる、あたしは懐が潤うといいことづくめっす!」
 はたと気づいた様子で、声をかけられた男がきゅうりを買い求める。気を良くしたウルズはどんどん声を上げていく。
「くっくっくー、人間観察に優れたこのあたしにまかせれば、きゅうりが500Gに化けるのはとーぜんのことっす! さあさあそこの少年! 野菜嫌いはダメっすよ! お金はいらないから食べな! お婆ちゃんにはお孫さんの分までサービスしちゃうっす、オマケもきゅうりっす!」
 元手がタダ同然なので、ここは羽振りよく。案の定、いい屋台があると人がわんさか集まってきた。あざやかにさばいてのけたウルズは、さっさと屋台を閉め、面をはずす。
「人を騙して稼いだカネで買う酒はうまいっすねえ……! きゅうりより酒のほうがうまいに決まってんだろバーロー……うまぁ……」
 なんていいながら、見かけたリリコの手へ金貨袋を握らせる。彼女が振り向いたその時には、もうだぁれもいなかった。

 こんこん。狐が鳴いた気がして、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は振り返る。
「……イザベラ殿?」
「どこだい?」
 彼の保護者こと技官イシュミルは背伸びをして遠くを見ていたが、やがてすとんとかかとをおろした。
「見えなかったね。なんだい、アーマデル、言いたいことでも?」
「なぜ……割烹着」
「ああこれ。豊穣にはなかなかいいものがあるね。これなら顔以外全身ガードできる」
「……」
「なんだいその沈黙は?」
 ちょっと浴衣期待してたのに。アーマデルは唇を尖らす。技官はそんなことおかまいなしに、ゲーミングカラージュースを作り始めた。
「ごく当然のように光るな。普通の薬草茶でいい。人類向けのやつだ。くれぐれも。普通のだぞ?」
「ちょっと光るだけじゃないか。祭りに光り物はつきものだろう。ほら、あれとか光ってるしね?」
「あれは提灯だイシュミル。夜道を照らすものだ。あれが光るのは仕方がない」
「飲み物が光っちゃいけないなんて、差別じゃない?」
「差別じゃない、区別だ。頼むから光らせるな」
 イシュミルはくつくつ笑いながらジュースをかきまぜる。
「さすがにこういう時に薬物で不意打ちするのはどうかとは思ってるさ」
「わかってくれるか、イシュミル」
「だから飲む前に見た目でわかる効果で妥協しているだろう?」
「せめて蛍光カラーにとどめてくれ」
「OK、蛍光カラーなら問題ない。了解した」
「都合のいいほうにとるな」
「私のほうは準備万端だよ。アーマデルのほうはどうなんだい?」
 あからさまに話題をそらしに来たな、と、アーマデルは感じた。とはいえ、人でごった返すかきいれ時。せっかく屋台の許可を取ったのに何もしないというのもつまらない。
 アーマデルはでっかいプランターをどすんと置いた。頑丈な蓋がしてあり、漬物石が置かれている。にもかかわらず、中から、どん、どん、と大きな音がしていた。まるで猛獣が暴れているかのように。イシュミルは心得顔でうなずく。
「領地『常山』の土だね」
「ああ、なぜかカジキマグロが生えてくる土だ」
「土からカジキマグロ」
「……来いよカジキ! 常識なんか捨ててかかってこい!」
 アーマデルが漬物石をどかしたとたん、ふたを跳ね飛ばしてカジキマグロが飛び出てきた。アーマデルは問答無用でデッドリースカイをぶちこむ。
「こうして! 直接! 攻撃を当てることで! おいしくなあれの魔法がかかる! はず!」
 一仕事終えたアーマデルは、カジキマグロをさばいて野菜とともに串へさしていく。そして焼こうと振り返り、固まった。屋台前にはみっしりと観客がいる。
「……殴ってみるか? カジキマグロ」
 歓声が上がった。

「音楽のない祭りなんて、豆腐の入ってない味噌汁だよな」
 なんて言い切るのは『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)。豊穣勢MCとしては、やはり音楽は欠かせない。浴衣は青に流水紋様。流れる水は災難苦難を消し去ってくれるという。その言葉を体現するかのような笑顔で、腰へ手を当て柔軟もばっちり。
 スピーカー、フォルテッシモ・メタルをON。打楽器セットを櫓のうえへ広げて、爆音でアップテンポな祭囃子を披露。琴の音、笛の音を取り入れた豊穣風ビートに人々はノリにノッテいる。イズマは打楽器をかろやかに演奏し、フォルテッシモ・メタルにあわせて声をかけた。
「お陰様でお祭りは大盛況、お稲荷さんもきっと喜んでる! だがこの人混み、お連れさんとはぐれてしまったりしてないか? そんな人はこの櫓を目印にして合流するといい。熱中症と迷子には気を付けて楽しもう!」
 わあっと歓声が広がり、踊りが激しくなる。
「本当に熱中症が気になってくるところだな」
 といいつつ、演奏の合間を縫って自分もかち割り氷をぱくり。倒れないようにしようと言った手前、自分がへばっていては沽券に関わる。イズマは適度に休息を取り入れながらも、演目に手を抜かない。
「次は高天京音頭だな、よし、すこしアレンジしてもいいか?」
 受け取った楽譜へざっと手を入れ、サビは転調。打楽器パートは大盛り。櫓の上に陣取っていた、和太鼓組もこれを見て奮起。超絶技巧のオンパレードを、イズマと若い衆は景気のいい掛け声とともにさばいていく。
 大太鼓と小太鼓が楽しく響きあうのを、イズマの横でベネラーが感心したように見つめている。
「せっかくだから演奏してみるか、ベネラーさん」
「僕でも出来ますか?」
「もちろんだ。この摺鉦がおすすめだ、桴で打つだけでいい」
 イズマが渡した摺鉦を、ベネラーは興味深そうに見ている。
「左手に持ってみて。そうそう、それから右手の桴を軽く当てる」
 ちゃんちゃんちゃきちゃき、まつりの夜にふさわしい音が立つ。持って行っていいよとイズマに笑いかけられ、ベネラーは頭を下げた。

「それじゃ、せーのでかぶるよ?」
「「せーの!」」
 『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)と『純真無垢』メリッサ エンフィールド(p3p010291)は同時に狐面をかぶった。
「お稲荷さんの御使いになれたかな?」
「なにかすごいことが起きるのかと思ってましたけど、なにも変わらないですね」
 フォルトゥナリアとメリッサは笑い合う。
「でもせっかくだから、御使いらしいことをしませんか、フォルトゥナリアさん」
「もちろんそのつもりだよ。祭りの場に困った顔や泣いている顔はあまり似合わないからね。それを一つでも笑顔に変えることができたら、まあお稲荷様も喜んでくれるのではないかと思うよ」
 落ち着いた声で話していたフォルトゥナリアがふっと横を向く。
「こんこん、迷って出てきたのかな? 参道はこっち、お稲荷さんの本殿はあっち」
「フォルトゥナリアさん、なにとしゃべっているのですか?」
 メリッサがふしぎそうにこくびをかしげる。
「ああ、ご老人の霊魂だよ、ずいぶん長い間ここをさまよっているみたいだね。すりきれかけて姿も消えかけているから、メリッサさんからは視えないのではないかな」
「まあすりきれかけ、ということは、地縛霊一歩手前ですね」
「今日私たちと出会えたのもなにかの縁だよ。動けないみたいだから、途中まで送っていこう」
 フォルトゥナリアは、自分が持っていた提灯を空中へ差し出す。なにものかがそれを手に取ったようだ。メリッサからは、空中に提灯が浮いているだけの奇妙な図でしかないが、そこになにものかが居て、今から道案内してあげるのだということはわかった。フォルトゥナリアが手を打つ。柏手のように。
「おにさんこちら、てのなるほうへ」
 メリッサも声を合わせる。ほがらかに。
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」
 夜空にふたりの柏手が登っていく。縫い留められたかのように動かなかった提灯が、おずおずと動きだした。
「おにさんこちら」
「手の鳴るほうへ」
 祝福の音が響き渡るたびに、提灯は足取り軽やかになっていく。フォルトゥナリアからは、腰も折れ疲れ切った老人がゆっくりと若返っていくのが見えていた。
「鬼さんこちら」
「てのなるほうへ」
 メリッサからは提灯しかみえない。けれども、後ろにいるだろうなにものかが、喜んでいるということはわかった。メリッサは笑みを深め、誘うように声音を変える。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
 おいでおいでと誘うように、フォルトゥナリアは先導し、メリッサは周りを巡りながら手を叩く。
「やあ、もうだいじょうぶだ。ひとりで逝けるね?」
 フォルトゥナリアが手を叩くのを止めた。メリッサは彼女がなにものかと話し込むのをじっと見ていた。やがて提灯がフォルトゥナリアの手に戻る。
「あの方、最後になんて言っていたんです?」
「世話になったね、ありがとう。隣の天使さんへもよろしくと」
「私のことかしら」
「他に誰がいるの」
 フォルトゥナリアは声を立てて笑った。メリッサもつられてころころ、笑い声弾ける夜。周りの人が、よくわからないなりに笑みを浮かべて過ぎ去っていく。笑いすぎておなかがいたくなったメリッサの足元へ、ドラネコがじゃれついた。
「あら、なぁにドラン」
 にゃあと鳴くドラネコ。ふたりはしゃがみこみ、しばし愛らしい小ささを、心ゆくまで楽しんだ。清潔な毛皮は生き物特有のぬくもりを保ち、ふたりの手のひらへたしかな存在感を残していく。それがもっとほしくて、メリッサとフォルトゥナリアはひたすら猫をなでなでした。
「にゃあん」
 猫は液体のようにするりとふたりの間から抜け出した。
「夜のお散歩? ドラン」
「にゃああん」
 ついてこいとばかりにしっぽをふりふり歩く猫。ふたりがついていくと、やがて前方に右往左往している少年少女の一団が見えた。
「あ、あの子たちは孤児院の子」
「メリッサも知り合い?」
「ええ、年越しのとき顔合わせをしたのです」
「私もこのあいだ水着を売るときに仲良くなったよ」
 水着でレジはたいへんだったとフォルトゥナリアはからりと話す。やがて孤児院の子供たちの方から、ふたりのもとへ駆け寄ってきた。
「……ひさしぶりね、元気だった?」
「もちろんだよリリコさん、どうしたの、そっちはなんだかしょんぼりしているね」
「……かくかくしかじか」
「え、シスターが迷子なのですか?」
 この人混みじゃねと、フォルトゥナリアとメリッサは顔を合わせる。お礼はこれ、と、リリコが真新しいりんご飴をふたりへさしだした。
「私たちも探しましょうか、フォルトゥナリアさん」
「ヴェルでいいよ。そうだね、ふふ、なにせ今日は、お稲荷様の御使いだからね!」

「よう孤児院の子供たち」
『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)の声に、ロロフォイがまっさきに反応した。
「ひさしぶり! 納涼百物語以来だね、おじさん元気だった?」
「お、おじ……自覚はあるが、はっきり言われるときついものがあるな」
 ベルナルドは苦笑し、ロロフォイの肩へ手を置いた。
「じつは、俺も孤児院育ちなんだ」
「おじ、えっと、おにいさんも?」
「はは、気を使わなくていい。そうさ、オッサンさ。見たところ、イザベラが迷子なのか」
 そうなんだ、と、ロロフォイは顔を伏せた。心配なのだろう。
「でもそっちのほうは、頼りになるイレギュラーズさんがたくさんいてくれてるから、おじさんは祭りを楽しんできなよ」
「逆に心配されるようじゃ、俺はまだまだ魅力的なオッサンにゃなれてないようだな」
 ベルナルドはチャーミングにウインクすると、クロッキー帳を取り出した。
「おえかきするの?」
「ああ、祭りの風景を描きに来たんだ」
 そういうとベルナルドは、ロロフォイへ手を振って、わき道にそれた。そこから一心不乱にお稲荷さんを目指す。鬼気迫る勢いに、周りの人が避けてくれた。
(天義を出て、ローレットのおかげであちこち見て回って、ようやく八百万に神様って発想にピンときた……いや、正確に言えば、自分に都合のいい神様なら、もう何でも信じまうかもしれない)
 境内へ入り、まっすぐにおみくじを引きに行く。
(いい年したオッサンがなにやってんだ……わかってるよ。だが、だが、『束縛の聖女』アネモネ・バードケージ。彼女のことを、今になってようやく、好きなんだと自覚した)
 ベルナルドは息を整え、おみくじの箱をじゃらじゃら振る。
(お願いだ、教えてくれ、導いてくれ、お稲荷さんとやら、アネモネを支えてやるために、どうやったらアイツを喜ばせてやれるのかイマイチわからないこの俺に、啓示を……!)
 おみくじ結果を見た巫女がしゃらりと一枚の紙を渡す。そこには大きく。
「大吉」
 ベルナルドはそこに書いてある文字が信じられなかった。じわじわと喜びが後から湧いてくる。
「恋愛……最良の縁に恵まれる……はは、そうか、そうか、やっぱりアネモネは、俺の、運命の人だったのか」
 ベルナルドはぐっと拳を握り、本殿に向けて頭を下げた。豊穣ではこうするものと知っていたからだ。
「ありがとうよお稲荷さん、この啓示を忘れず、全力で運命を掴み取ってみせる!」

「出席とるぞー、メイ」
『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)が狐花と書いてある旗を振った。
「はーいだよ!」
『大艦巨砲なピーターパン』メイ・ノファーマ(p3p009486)が元気よく手を挙げた。
「ルミエールとクウハと、えーと?」
「ミ、ミレイなの」
「うちで保護してる幽霊の一人だ。よろしくな」
「OK、ルミエールとクウハとミレイ。楽しもう」
「が、がんばる」
「姫さん、そう緊張するな。俺がついてる」
「ふふ、これはエスコートしがいがある乙女だこと」
 ミレイをまんなかに、『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)と『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)は優しい目をしている。さっきからおどおどしっぱなしだったミレイだが、それを見て少し安心したようだ。
「はいつぎ、彩陽」
「へい、おるで、ここや」
「お、さっそく無断飲食か?」
「失礼なやっちゃな、ちゃんと金はろうてるわ」
 たこ焼きをほおばりながら、歩いてくるのは『放逐されし頭首候補』火野・彩陽(p3p010663)。
 隣でくすくす笑っている少年に、大地は視線を映した。
「ジョシュア」
「はい」
『星巡る旅の始まり』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)、今日は紺の地に流水紋と、水仙が描かれた洒落た浴衣を着ている。
「よし、全員そろってるな」
「よろしく頼むゼ、皆々様? それじャ、おみくじプチツアー始めるゾ」
 それぞれに答えを返し、ぞろぞろと大地の後をついていく。境内へ至った一同は、まずは手水所で手と口を清めた。
「へえー、豊穣って意外と礼儀作法を気にするんだね」
 メイは物珍しそう。流れる水へ手を差し出し、目を細める。
「あ、冷たくてきもちいい。これで手を洗って口をゆすいだら……うん」
 生まれ変わったように、メイはまばたきをくりかえした。
「すっきり!」
「お、そいつはよかっタ」
「今日は蒸すからな。あとでかき氷を買いに行くのも手だ」
「かき氷。そいつはおいしそう。もふもふドラネコランドのえんちょーとしても見のがせないね」
 メイは嬉々として大地の隣へ並んだ。今日のメイは翼に合わせた落ち着いた瑠璃色の浴衣。その上から黒の薄いショールをまとっている。にこにこしながら、メイは大地へ話しかける。
「たっくさん人がいるねー。ボク、お祭りって楽しいから大好きー。屋台の食べ物もおいしいから好きー」
「豊穣の屋台の味は、俺としても慣れた味だ」
「うまいよナ」
「あの冷凍おみかん、気になるなー」
「じゃあ先にお参りを済ませよう」
「さんせー」
 大地たち一行は、本殿の前でお賽銭をささげ、挨拶を兼ねてお祈りをした。長いものもいれば、短いものもいる。それぞれにそれぞれのペースで神とのふれあいを楽しみ、いざ、おみくじ。
 メイががっちゃがっちゃおみくじ箱を振り回す。
「ふふ。なんでも激しくすればいいというものではなくてよ。典雅に、優雅に、上品に」
 ルミエールにうながされて、がっちゃがっちゃが、カチャカチャに変わる。メイは巫女から結果を受け取った。
「吉ー! ふんふん、仕事運は?」
 がーんと、メイはわかりやすくへこんだ。
「いまだ成らず、だって」
「神様から警告が出てんダ。今は雌伏の時ってやつだナ」
「そっかー。そうだね、えんちょーの仕事はいっせきにちょーにならず、だよね」
「……もしかして、一朝一夕?」
 いぶかしげな大地の様子に、メイは舌を出す。その舌はすぐにかき氷のいちごシロップカラーに染まった。
 続いて前へ出たのはルミエールだ。
「ミレイはおみくじ自体が初めてなのよね?」
「うん……」
「こういうものは真面目に受け止めてはだめよ。お稲荷様の権能なんて、父様の足元にも及ばないわ。当然、眷属であるクウハの庇護のもとにいる貴女もそうよ」
「そうなの、クウハ?」
 きゅっと手を握ってくるミレイへ、クウハは優しい笑みを見せた。
「どんな結果になろうと、なにがあろうと、俺が守るから。大船に乗ったつもりで俺の分まで引いてこい」
「わかった」
 からからとおみくじ箱をまわしたミレイは、結果を巫女に見せた。一枚の紙を受け取り、しょげた様子でクウハの元へ戻る。
「……ごめんね、クウハ、小吉だった」
「謝ることはないさ。それに、さっき言っただろ。俺が守るから、だいじょうぶだ」
 どれどれ、健康運は、とクウハは小吉を広げる。
「善き医者見当たらず、努力すべし」
 ま、そりゃそうだな、とクウハは思った。袖で隠れた右手首、その青い鱗。鱗泡病の兆しはこの身に刻まれている。今後どうなるのか、クウハ自身にも予測はつかない。ただ、運命が導いてくれるだろうと、淡い期待はあった。
「えっとえっと、私はね、家族運……」
 クウハはミレイの代わりによみあげたやった。
「疑い自ずから晴れる。心清らかに保つべし」
「え、っと?」
「家族に対してネガティブな感情を抱くと、うまくいかなくなるってことだろ」
「私、そんなものもってない」
「知ってるよ、ウチの姫さん」
 ミレイの肩を抱き、よしよしと背をさすってやる。ミレイは安心したのか、クウハへぴったりくっついている。
「で、ルミエールの結果は?」
「私はこう」
 ぺろりと広げられた紙には「中吉」。
「神は平等に不平等だから、私の本当のお願いはきっと聞いて下さらないわ。それに、限定的な権能しか持たない豊穣の神へ、この世界全ての理を願うのも酷というもの。その程度の慈悲は私にもあってよ。ええ、でも」
 ルミエールは感慨深げに中吉の紙を読んでいる。
「この結果は、神がくださったエールだと思っておくことにするわ」
「見てもいいか?」
「もちろんよ紫苑の月」
「状況悪し、されどくじけることなかれ、光有り、か」
 なるほどな、と、クウハは短く息を吐いた。
「運命は変えられるもの、変わってしまうもの。一匹の蝶の羽ばたきで世界が揺らぐ事があるように、未来は不安定なものですもの。おみくじってってそういうものでしょう?」
 クウハは静かにルミエールを見つめた。その骨ばった手をルミエールがとり、頬へ寄せる。
「この関係が『悪し』とされたのだとしても、私、気にしないわ。……ええ、本当に。本当に。貴方がずっと一緒にいてくれるというのなら。私はその言葉を信じるわ。意地悪な神様よりも、貴方の事を信じるわ」
「ルミエール」
「だからどうかこの手を離さないで。愛しているの。愛しているわ。今もこれから先もずうっとずっと、私は貴方の可愛い妹」
 クウハは何も言わずルミエールの頬を撫でた。ルミエールは儚いまでの涙を一粒こぼしたかと思うと、次の瞬間にはいつもの表情に戻った。
「ねぇ、私、林檎飴が食べたいわ。紫苑の月も林檎、好きでしょう?」
「ああ。ミレイも食べるか?」
「うん……」
 ミレイはうつむいた。そっと思いを秘める。
(林檎は知恵の実、なんだっけ。知恵を付けるのが悪いことでも、それが必要なら、私は)
 ミレイはつよくクウハの手を握った。
 それを横目で眺めながら、彩陽はしずかに前へ出た。
(なんやいろいろ抱えてるお嬢ちゃんやな。まあ、そういうときもあらぁな)
 一人でうろうろするのも楽しいが、こうして人間模様を眺めるのも楽しい。へらりと笑みを浮かべて、彩陽はおみくじ箱を手に取った。上下左右へ念入りに振る。
「いい結果頼むで、お稲荷さん」
 小吉。
「あかーん! ノーカンやでノーカン、やりなおし! 運は自分で引き寄せるもの!」
「彩陽様、だだっこみたいですよ」
 ジョシュアに言われて、しぶしぶ彩陽は結果を受け取る。
「なぁんやあ、いい運勢なら、みんなの役に立てると、思って……」
 彩陽の言葉が途切れた。
「心おだやかに他者へ奉仕せよ、道は開く?」
「ん、つまり、彩陽様は誰かの役に立つ素質十分ということで?」
「うわっ、横からのぞくなやジョシュア。運が逃げる」
「それはすみません。僕も結果が気になりましたので」
 くしゅくしゅっと紙をまるめて、彩陽はふところへ入れる。ジョシュアはふしぎそうに彩陽を見上げる。
「悪い結果ではなかったのですか? そういうときはご神木へ結んでいくといいと聞きましたが」
「いや、ええねん。俺にとっては、最良の結果や」
 誰かの役に立ちたい。彩陽の中で目覚めた思い。このあと屋台を巡ったら、話に聞いた孤児院の子たちの保護者も探してやりたい。仕事モード全開になったっていい。
 すこし、頑張りたい。そう思った。それを後押しするような結果は、彩陽にとって、まちがいなく最良の運だったのだ。
「さて」
 ジョシュアは腕まくりをした。白い腕があらわになる。紺の生地から生まれた肌の色は、月あかりを受けて冴え冴えと光った。
「お祭りは、以前は人が多くて騒がしいと思っていましたが、今はわくわくもするような」
 ひとりごちたジョシュアは空を仰ぎ見る。
「……いい月が出ていますね。月の光は、毒のある僕の血を変えてくれるから好きです」
「そうなん?」
「ええ、僕が授かった恩寵なんです」
 いいでしょう? と、ジョシュアはにっこり。イレギュラーズとして行動を始めて、すこしだけ、自分のことを好きになれた気がする。昔はもっと、なんて言葉、彼にはまだ早いけれど。
「よ、おみくじ引いたカ?」
「まだの人は早く引けよ」
「あ、大地様」
 うながされたジョシュアは、おみくじ箱をぶんぶん振った。
(どんな結果になるのでしょうか。僕にとってこんな風に人と過ごす時間は大切な時間です。できれば知り合った方々とよい関係でいたいものです。隠し事をしない方がいいのはわかっていますが、まだ言うのを怖いと思ってしまう。きっと心配しているようにはならないでしょうけど……。そんなこんなで)
 ジョシュアはちらりと大地を盗み見る。
(例えば大地様を友人と思いたいけど、思っていいのか、どうか……お稲荷さん、教えてください)
 巫女から結果を受け取ったジョシュアは内心どきどきしながら読んだ。
「吉」
 急いて手を出せば失う。
「どんな結果だった?」
「俺にも教えてくれヨ」
 隣の大地と赤羽の声で、我に返る。
「じつは、こんな結果に」
 ジョシュアはしょぼんとしながら大地へ紙を見せた。
「なんだ、よかったな」
「え、そうなんですか?」
「そうダ、こういうのは裏返して読むんダ」
「裏返し?」
 紙の裏には、何も書かれていない。ジョシュアがきょとんとしていると、大地が笑いながら言った。
「そういう意味じゃなくて、言葉をそのまま受け取るんじゃないってことだ」
「そうそウ、この場合は、あせらずじっくりいけば成る、ってことダ」
「あせらずじっくりいけば、成る」
 ジョシュアは繰り返した。もしかして、ならつまり、希望はあるということ? 大明神様、啓示をありがとうございます。がぜん元気になったジョシュアは、さっそくご神木へおみくじをくくった。
「お言葉、胸に留め置いて、また明日から頑張ります!」
「その意気その意気」
「ジョシュアくんの今後に期待ってナ」
 いまは無邪気に笑っているあなただけれど、そう遠くない未来に、大切な友人になってみせましょう。ジョシュアはきれいな笑みを見せた。
「それでは、オオトリ、大地様、お願いします」
「オウ、いってくるワ」
「もちろん狙うは大吉だな」
 がちょんがちょんとおみくじ箱を振り、大地は結果を巫女から伝えられ、肩を落とした。
「どうしでした?」
「小吉」
「ふふっ。やりなおします?」
「いや、そんな真似はしない。こういうのも縁だからな」
「意地はってます?」
「はってなイ」
 それはそれは、とジョシュアはほほ笑んで隣を離れた。大地と赤羽はあらためて結果を見直す。
「えーと、健康運は……医者、見つからず、病と相対せよ」
 大地は皮肉気に笑った。鱗泡病はいまだこの身をさいなんでいる。病にかかったものの末路は、灰色の泡になって消えていくのみだ。
「病と相対せよ、か」
「そうカ。しかたねぇナ」
 黙り込んでしまった大地の唇を借り、赤羽が軽口をたたく。
「まア、この赤羽様の器が壊れてもらっちゃあ困るからなァ。せいぜイ、この先もチャキチャキ俺の手足として働いてくれヨ、大地クン」
「人魚の歌でも、お前の生意気な物言いは掻き消そうにないな……」
「ふたりしてへこんでても仕方ねぇだロ?」
「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」
 大地は丁寧に折りたたんだおみくじを懐の財布へ入れた。
「さて、次は屋台で食べ歩きーってもうしてるなみんな、じつは、みんなに紹介したい店がある」
「なになにー?」
 メイがかき氷をしゃくしゃくしながら寄ってきた。
「そこの角にある蕎麦屋だ。うまいのを食わせてくれる穴場スポットらしい。そこで遊んでるチャラチャラした霊に聞いた」
「そばってなにー?」
 ジョシュアも想像がつかないのか、首をかしげている。
「食えばわかる。こう、ちょっとつゆにつけて、一気にすするとうまいんやで」
 彩陽が自慢げにうなずいている。
 林檎飴をかりりとかんだルミエールは思案気、すてきな衣装が汚れてしまわないか気にしているのだろう。乙女とはそういうものだ。クウハはそんなルミエールの顔色を読んだ。
「俺のハンカチをエプロン代わりに使えばいい」
「そうね、そうさせてもらうわ」
 ミレイは自分も食べていいものかどうか悩んでいるようだった。
「俺に取り付いて味覚を共有すりゃいい」
「いいの、クウハ」
「かまわねェよ」
 おいでとミレイを促すクウハに、大地も笑む。
「裏通りだからすこし歩くぞ」
「そのぶん混んでなイ。夏の夜にふさわしい、うまいのを食おうゼ」
 大地は旗を振り振り皆を先導する。
 プチツアーはもうすこし続きそうだ。

「意外とおっちょこちょいなんでしょうか、彼女……」
「否定できないのが悲しいねぇ」
『愛し人が為』水天宮 妙見子(p3p010644)のつぶやきに、『闇之雲』武器商人(p3p001107)が答えた。そのまま子どもたちのひとりにおいでおいでをする。
「リリコもおいで、一緒に楽しもう」
「……ん、うれしい」
 すなおについてきた少女に笑みを返し、武器商人はゆるりと歩き出した。
「なに、我(アタシ)の権能をもってすれば見つけるのはたやすい。それもまた味気のない話、そぞろ歩きも楽しもう」
「そうですね、商人様。お祭りの夜といえば! おさんぽです」
 妙見子の提案に、リリコもほんのりうれしそう。大きなリボンがふわふわ揺れていた。妙見子はまっしろなこぎつねを呼び出し、孤児院のほかの子たちへ渡した。
「この子は妙見子の眷属です。なにかあったら、連絡をくださいね」
「おっけーねーちゃん。わかったぜ」
 かわいらしいこぎつねを抱き上げてうれしそうにしているロロフォイの隣で、ユリックが請け負った。
「ユリック様は年の割にしっかりしていますよね」
「当然じゃん? 俺はキャラバンの出で、自分のことは自分でするのが当たり前だったからな」
「いまもそうなんですか?」
「いーや口だけ番長、当番はサボるし、いたずらばっかりだし、なんど諫めても、人の言うこと聞かないし」
 ミョールがぶちぶち言っている。それもまた仲の良さの表れだろう。深い関係がなければ、そも悪態をつく気も起きないからだ。
「妙見子しゃん、お祭りの夜はいろいろへんなものがでてくるらしいでちよ。気を付けてくだち」
「でもさチナナ、武器商人のねーちゃんがいるからだいじょうぶだって」
 ザスの言葉に、最年少のチナナはそうでちね、と同意した。その言葉には武器商人への深い信頼がにじんでいる。武器商人はその視線を受け取ると、くすぐったそうに目を細めた。
「さて、そろそろ出かけようか水天宮の方。リリコは手をつないでいようねぇ。はぐれないように」
「……うん」
 うれしはずかしというやつだろうか、大きなリボンはピコピコ動いている。武器商人と妙見子、ふたりの間で手をつなぐリリコ。妙見子と武器商人は、歩幅を調節し、リリコの動きにあわせてやる。
 やがてお面屋の店先に流れ着いた。紅化粧がうつくしい白狐の面を手に取る妙見子。武器商人はほほ笑む。
「あァ、そうだった。キミには『狐』も居たね、水天宮の方」
「ええ」
「であれば、今晩はひと時、おそろいの仮面をつけてキミの使いになろうか? ヒヒッ、ご主人サマとでも呼べばいい?」
「ご、ご主人様だなんてそんな……ちょっと有りかもなんて思ってませんよ、そんな、ねえ、リリコさんもそうおもうでしょう?」
「……心のままにふるまえばいい、今日は、祭り」
「わ、私は商人様をどう呼べば」
「なァんてね。冗談だよ」
「も、もう。揶揄わないでくださいまし! まあ狐は狐でも妙見子は悪い狐さんなので? ガオ~食べちゃうぞ~?」
 狐面を付け、リリコの前で声色を変える妙見子。リリコはしずかにほほえんでいる。
「……怖くない。あなたはいい人。私の銀の月の大切なおともだち」
「うふふっ、よく見てるんですね。お祭り、一緒に楽しみましょうね? まずは射的なんてどうでしょう。魔術の練習とかにいいんじゃないでしょうか?」
 一番夢中になっていたのは妙見子だった。むきになって景品を狙っている。
「こう、できるだけ腕を伸ばして、狙いを定めて……ほら! 落とせましたよ!」
 ぶさかわいい猫のぬいぐるみを手に、おおはしゃぎの妙見子。リリコもがんばってキャラメルの箱を落とした。武器商人はゆうゆうと一番上の棚の、一番小さなものを狙い、みごとに射止めてみせた。
「リリコさん、よかったらこのぬいぐるみ、どうぞ♡ 妙見子はあっても荷物になっちゃうだけですから……」
「……とっても、ありがとう。よかったら、このキャラメルと交換しよ。これなら、荷物にも、ならないとおもうし」
「ええっ、いいんですか!?」
「受け取るべきだよ水天宮の方。我(アタシ)の『目』がそう言っている。そうだねえ、我(アタシ)からは、いま縁ができたばかりのこのコをあげよう」
 武器商人はおもちゃのピンキーリングを妙見子へさしだした。
「『荷物(えん)』は、あるに越したことはない。特にキミのようなモノはね」
 どうかすると、キミは……。そこまでいいかけて、武器商人は口を閉ざした。言霊の持つ威力を、そのモノはよく知っていたが故に。
「さて、屋台の列はまだまだ長い。次は金魚すくいなんてどうだい?」
 そのモノと一柱と、無口な少女は、連れ立ってゆっくりと歩いていく。
「ところでイザベラ様探しはいいので? 商人様」
「あァ、『今は』ね」
 武器商人は意味深に笑った。

「めぇ……」
『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は当惑していた。
「シスターと、というより、シスターが、はぐれてしまったと……」
「そうなんだよ、ねーちゃん。ねーちゃんイレギュラーズだろ? ぱぱっと見つけてくんね?」
「めぇ……ユリックさま、そういう割りにはあんまり困ってない様子……」
「ははっ、ばれたか。シスターの財布が手元にある内に、みんなで使い切っちゃおうぜって相談してたんだ」
「そんなことできるわけないでしょ!」
 とつぜん割って入ってきた声に、メイメイはすこーしおどろいた。金髪ツインテール、青と緑のオッドアイ、桜の浴衣、ミョールだ。
「ほんとごめんなさいね、メイメイさん。ユリックったらお祭りだからってはしゃぎすぎよ」
「……いいえ、いいえ、なにも謝られることはありません。今夜は、お祭り、なのですから……」
 はしゃいで当然ですとも……。メイメイはやわらかく微笑んだ。せっかくだ。自分も祭りを楽しみながら行きたい。
「メイメイさんってたしか、食べ歩きが趣味だっけ」
「はい……ミョールさんはよくご存知で……」
「これ、軍資金。買い食いの足しにして」
 ミョールはシスターの財布から多少の銭をとりだすとメイメイへ握らせた。
「あー! 抜け駆け! 抜け駆けしてるやつがいまーす! あとで言いつけてやろーっと!」
「うるさいわよユリック。これは、正当な報酬ってやつだから!」
「めぇ……お気遣いありがとうございます。それでは……無駄遣いしないよう……大切に、お財布へしまいます……」
 メイメイは対等であろうとするミョールの、どこか滑稽な律儀さに微笑みを深くした。ありがたく軍資金を受け取り、からろころろと下駄を鳴らす。黒字に黄色が咲き乱れる浴衣は夜によく馴染んでいる。小さな手提げには夢がいっぱい。角は赤の組紐で飾り結び、青い花でワンポイント。狐のお面をそっと斜めがけすれば、何処から見ても艶姿。
 ……あの子かわええなあ。おんや、たしか中務卿の……。ああ、あのかわいらしさならうなずける。町の人々は口々に噂する。メイメイはきょとんとした顔のまま、通りを歩く。今宵は熱気に浮かされて。どこまでだって歩いていけそう。
「……露店を巡って、目撃情報を追っていってみましょう。聞き込みをするからには……お礼代わりに買い物もしなくては……!」
 焼きそば、たこ焼き、お好み焼きに、箸巻き、フルーツ飴。どんどん買い込んでいく。どんどんおなかへ消えていく。メイメイは満足そうにハンカチで口元を拭き、次の屋台を目指す。
「……あれ、シスター?」

「わたがしーもふもふーなのだわ、りんごはおおきすぎるから、ひめりんごあめー、なのだわ!」
「章殿はきょうもかわいい」
「完全に同意」
『やさしき愛妻家』黒影 鬼灯(p3p007949)を『水無月の名代』流星(p3p008041)が諫めるわけがないのだ。むしろ全力で同調している。
「奥方の素晴らしさは俺も認めるところだし、時間が許すなら可能な限りおそばでお仕えしていたい。が、今現在の急務は、イザベラ殿探しだ」
 師匠の水無月のほうが、よっぽど冷静だった。
「ふわふわモコモコの綿あめに夢中な章殿かわいい。ひめりんご飴という存在へ全世界へ感謝したい」
「頭領、気持ちはひじょうによくわかる、が、いまはイザベラ殿を探そう?」
「水無月ぃ! 名前の通り情のないやつだな!」
「いや、やることやってからにしましょう、な、流星も」
「ド正論ありがとうございます、師匠」
「水無月さんのいうとおりなのだわ」
「章殿まで!?」
「甚兵衛姿に黒地に金の模様の羽織、とってもすてきなのだわ鬼灯くん」
「やはり章殿は天使」
「頭領」
「わかっているとも」
 鬼灯の腕の中、章姫はほんわか笑う。
「それじゃ、みんなにお願いなのだわ。孤児院の子たちのためにも、イザベラさんを探してほしいのだわ」
「おまかせを、奥方」
「やる気チャージできた」
「がんばって鬼灯くん」
「奥方殿の願いとあらば、必ずやイザベラ殿を見つけてご覧に入れましょう」
 急にキリッとした流星は拳握りしめて天に、いや、章姫に誓った。
「暦が部下、水無月班所属・流星、いざ参る!」
 で。さて。
 水無月と逆方向へ、てってけ歩いていく流星。するりするりと人混みを抜けていく様子は、まるで急流を泳ぐ魚のよう。身のこなしはやはり忍だけあってすばやく、キレがいい。
 てってけ進んだその先、一本松の下で流星は相棒に頼み込んだ。
「よろしく、玄。師匠に日頃の鍛錬の結果を見せる良い機会だ」
 人探しは上からするのが効率いい。定石というやつだ。水無月も同じようにナナシを従えている。功を争う気はないが、ここで師匠に先んじてイザベラを見つけたら頭ナデナデしてもらえるかな。なんて流星は思う。お前が弟子で鼻が高いとか言われちゃうかも。
「い、いやいや。取らぬ狸の皮算用はよせ、自分。いまは目の前の任務のために、全力!」
 いっしょについてきた茶色い柴犬や、ちびスライム探偵さんにもお願いして、イザベラ捜索の始まりだ。
 さあやるぞ! と意気込む流星。じぶんも夜空を飛び、高いところからイザベラを探す。
 鬼灯の方は方で。
「チョコバナナ? パイナップル? いいよ、なんでも買おう、章殿」
「頭領」
「わかっていると何度言わせる」
「承知しております」
「イザベラ殿だろう?」
 こくりとうなずく水無月を相手に、焼きそばをすすりながら鬼灯はこともなげに言った。
「魔種の相手をしている」
 水無月の顔に緊張が走った。鬼灯はずるずるとなぜか口元が隠れたまま、器用にやきそばを平らげると、かるくげっぷをした。
「なんの因果かまでは知らぬ。だが、魔種はイザベラ殿へ手を出す気はないようだ。イザベラ殿もそれを知っているようだから、しばらくはほうっておけ」
「……かしこまりました」
 頭領と仰ぐ男の采配に、水無月は深くおそれいった。

 あぶられたように暑い夜、イザベラは裏通りを抜けて人気のないところへ出た。
 月影にしんと立つは色欲の魔種。イザベラは愁眉をよせる。
「イザベラ」
 その老齢の、シスター服を着た魔種は、抜き身の剣を抱えていた。その剣を手品のように消し、魔種はあきれたようにため息を付いた。
「また買い食いをして」
「だぁっておいしいんですものぉ。レイチェルおねえさまもおひとついかがかしら」
「私は甘いものは好みません」
「でしたらこのたこ焼きなんていかがかしら。あつあつですのよ、おねえさま。半分こいたしましょう?」
 レイチェルと呼ばれた魔種は、額へ手を当ててもう一度ため息をつくと、中空を撫で、不可視のベンチを作った。
「隣へ座りなさい、イザベラ」
「はい、おねえさま」
 ちょこんと座る姿は童女のようだ。イザベラは隣の魔種の肩へ、ことんと頭をのせる。レイチェルもまた、イザベラの髪を愛おしそうに撫でる。そこだけをみれば、仲睦まじい姉妹のようだった。
 湯気を立てるたこ焼きをひとかじりしたイザベラは、ふーふーしたそれをレイチェルの口元へ寄せる。レイチェルは遠慮せずぱくりといった。
「……あつっ」
「ふふっ、おねえさまの猫舌もあいかわらずで……」
 そこで言葉を切ったイザベラは、レイチェルへ顔を寄せた。
「イザベラはおいたわしゅうございます、レイチェルおねえさま」
「……イザベラ、なぜ、リリコを手元へ置き、愛を注いでいるのかしら。わたくしはあれほど、止めたでしょうに……」
 しんと夜気がしずまりかえる。イザベラは悲しそうに身を引いた。
「おねえさまの頼みでも、イザベラはお受けできません」
「あの子はいつか破滅を呼ぶ」
「喜んで受けましょう。それが、愛するということでしょうから」
「平行線ね」
 レイチェルは頭を振った。
「ほんとうにもう、あなたときたら、昔からおてんばでわたくしをはらはらさせてばかりで、そちらも、あいかわらずですこと……」
 すっと立ち上がったレイチェルは、そのまま夜気に紛れて消えていく。
「今夜は、すこしだけ昔を思い出せて、うれしかったわ。また会いましょう、イザベラ」
 消えていくレイチェルを見送り、イザベラは優雅に一礼をした。

「イザベラ殿」
「鬼灯さん」
「魔種は引いたか」
 ええ、とイザベラがうなずく。
「周りの人間を巻き込まないために、単独行動をしたのだな」
「いえ、そういうわけでもなかったのですけど」
「なら普通に迷子だったのか」
「……あはは」
「帰ろう、子らが心配している」
 はい、とイザベラが笑う。いつもの、やさしくおっとりとした笑顔で。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

豊穣の夜、いかがでしたか?

またのご利用をお待ちしてます。

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