シナリオ詳細
俯き牡丹の言う事には
オープニング
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「セーヴィル、どうしよう。咲いちゃったよ」
覇竜領域ウェスタ、其の片隅に氷で作られた神殿がある。
何人をも寄せ付けない雰囲気を持ちながら、子どもたちが足しげく通うその神殿の名は『アルビレオ』。
其処の司祭を努めているのは双子竜、セーヴィルとユークだ。
「――“俯き牡丹”か」
「そう」
セーヴィルは遊んでいる子どもたちをユークに任せると、中庭へと脚を向ける。
春夏秋冬、神殿の構造上寒さに強い植物たちが自生している中庭は神殿での数少ない憩いの場、なのだが。
この“俯き牡丹”が咲いた時だけは、子どもたちを中庭に通してはならないという不文律が双子竜の間にはあった。
「――……大分咲いたな」
青い茂みに咲く牡丹は、まるで雪のような白。
中には桜色をしたものもある。八重に重なった花弁が豪奢で、だけれど恥じらうように、下を向いて咲いている。
見てくれだけはいつだって美しいのだ、この花は。
「……」
セーヴィルは金色の目で、中庭から見える空を見上げる。
――まるで水鏡のように変質した上空に、溶け落ちる『アルビレオ』が見えた。
ああ、いつだって変わらない。
俺が恐れているのはこの『アルビレオ』の崩壊。安らかに眠る竜の遺骸を暴かれ、荒らされ、そしてユークを失う事。
「……覇竜にも不安は広がっているという事か」
上空から視線を戻すと、セーヴィルはぷつり、と牡丹の花弁を一枚千切り、口の中へと放り込んだ。
……不思議な甘さが口内に広がる。
まじないに司祭が頼るのは何らおかしい事ではないが、こればかりは自分たちの努力で防ぐしかあるまい、と、セーヴィルは再び踵を返す。
●
「覇竜全体に、不安が広がってるみたいなんだよね」
グレモリー・グレモリー(p3n000074)は静かに言う。まあ、冠位魔種が関わってきた地域で――今もなお緊張の融けない地域なのだ。当然だろうね、とグレモリーは頷いて。
「他にもラサでの紅血晶騒ぎだとか、色々……君たちも不安を感じてるでしょ。覇竜領域ウェスタの神殿からね、招待状が届いたんだ」
主はウェスタの神殿『アルビレオ』を管理する双子竜の片割れ、ユーク=アルビレオ。
以前は御神体を護るためにお世話になりました、という挨拶から始まり、神殿で起きた事についてつらつらと書かれている。
「でね、“俯き牡丹”っていうのが咲いたんだって」
グレモリーは言う。
これはアルビレオにしか咲かない植物なのだという。覇竜の人々に不安が広がった時に咲く、不思議な花なのだと。
此処数十年花咲く事はなかったが、最近になって結構な数が咲いたと言う。
「で、覇竜の人がお参りに来てますから君たちもどうですか、ってお話。俯き牡丹には伝承があってね。“考え得る最悪の未来”を写して見せる花なんだけど、花弁を食べるか持っておくと、其の未来を回避できるっていう不思議な話が伝わっているんだって」
ちなみに食べると甘いらしいよ。不思議だね。
グレモリーは皆を見渡していった。中には烙印を施された者も、覇竜の不安を感じ取っている者もいるだろう。
「まあ、息抜きだと思って行っておいでよ。たまには必要だからね。こういう切羽詰まった時は、特に」
- 俯き牡丹の言う事には完了
- GM名奇古譚
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年05月26日 21時30分
- 参加人数29/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 29 人
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参加者一覧(29人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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氷結神殿『アルビレオ』。
ニルが見下ろす。俯き牡丹は咲いている。
まるで咲いてしまった事を詫びるかのように、色づいて、けれど慎ましく。
サンディが花弁にひたり、と触れた。常から見ている花と変わらぬ感触だった。スクがぱくりと食べてみると、砂糖菓子程ではないが、甘みがあった。
メイメイは俯き牡丹をちょんと触る。
こんなに美しいのに、咲く事を望まれない。少し可哀想な気もする、けれど。
「……悪い未来を避けるおまじないになるのでしたら、救いもある、のです、ね」
そうしてメイメイは息を吸って、ゆっくりと空を見上げる。
流れる雲に映り込むものがある。其れはメイメイの故郷。黒い影。家族の、友人の、見知った者達の死。死、死、死が、ただ渦巻いて、
「……ああ」
もう見ていられないとメイメイは視線を外し、牡丹を一枚千切ると急いたように口に含む。其の甘さは総てを忘れさせてくれるような気がした。
「リィさま」
「ん?」
一連をただ見守っていたリリィリィに、メイメイは静かに問う。御覧にはならないのですか、と。
リリィリィは笑う。僕はね、健康に良いものしか食べたくないんだと。
サイズは静かに空を見上げる。
其処には絶望がある。平和になった妖精郷で、称えられる己の姿。其れは栄光に見えるかもしれないが、サイズにとっては間違いなく最悪の未来だった。
歪んだ奇跡を称えられる。望んでいなかった事を栄誉だと言われる。そんなのは御免だった。妖精たちに奇跡の代償を一部押し付けて、何が英雄だ。
そんなものは認めない。けれどサイズはぐっと顎を上げて、其の光景を見ていた。
牡丹は食べない。簡単なまじないでは変えられないから。だけれど、俺は。見詰め直す事できっと足掻ける。
わたくしが、恐れる事。
ネーヴェは静かに、空を見上げた。
大事な人が、傷付く。悲しむ。
すきなひとが、……しあわせになれない、未来。
空に映り込んだのは、座り込んでいるネーヴェ。其の膝に頭を預けて横になっているのは? ネーヴェが顔を両手で覆っている、其の理由は?
「……いや、」
いやよ。こんなの、見たくない!
ばっと顔を背けて、ネーヴェは涙が滲んだ目元を拭う。
わたくしが護るの。例え立場が逆になっても、……こんな未来には、させない。
含んだ花弁は甘かった。けれど、ネーヴェの渇きを癒してはくれない。
鏡禍は静かに見ていた。
赤い髪が広がって、青い瞳は閉じられて。誰より美しい鏡禍の恋人。其の死が空に広がっていた。
其れが寿命であればどれ程良かっただろう。けれど、そうではないのだ。何者かに殺されて、……鏡禍は其れを護れずに、そもそも其処に居もせずに。
鏡禍は思っている。“殺されるのなら、僕に殺されてほしい”と。其の思いすら裏切られる、まさに最悪の未来。
涙は出なかった。ただ、奪われたと怒りが沸いた。其の怒りを感じて、ああ、矢張り人間ではないのだな、と鏡禍は己を思う。
牡丹の花弁一枚で、この未来が変わるのなら。
喜んで口に含みましょう。
ムサシの絶望。
“宇宙保安官ムサシ・セルブライト”にとっての絶望の未来は、何も救えない事だ。
其れならば乗り越えられる。そんな絶望を現実にしない為に、何度だって立ち上がれる。
――けれど。
今“ムサシ”の目の前に映り込んでいる光景は違った。初めてできた『いちばん』。其れが奪われてしまう。
やめてくれ。
見せないでくれ。
俺は其れには耐えられない!
祈るように牡丹の花弁を口に含む。そうしてお守り代わりにと、もう一枚千切って握り締める。
どうか。どうか、お願いします。
見てしまった絶望が現れないように、力を下さい。
空。綺麗。
レインは見上げる。其処にはとても単純な絶望があった。死だ。
どんな風に死ぬのだろう? レインは想像する。手足を切られる? 海ではよくある事。 何かに引き潰されたり、破裂する事? 大きなものに食べられたら、そうなるかも。
――炎に焼かれる事?
……想像出来なかった。陸でしかない死に方。レインは想像出来なくて、きっと其れは“怖い”んだろうな、とぼんやり思った。
痛いのにごめんね、と思いながら牡丹を一枚千切る。
其の柔らかな甘さは、一瞬走った恐怖を遠ざけてくれる。レインは静かに、牡丹の鮮やかな紅を瞳に映していた。
フーガが恐れる未来とは。
大切な人達が命を落とすことである。
もっというなら……大切な人達が、フーガが知らないうちに命を落としてしまう事だ。
そんな事が起きる前に、傍に居たい。出来る限りの力で助けたいし、避けられない死ならば見守りたい。
そして。最愛の妻なら、……一緒に永遠に眠りたいのだ。
他人の運命は都合よく縛るものじゃない。だから、これはただのフーガの我儘にすぎないのだけれど……そう願わずにはいられない。
ああ。
おいらの大切な人達が、これからも幸せでありますように。
願いを乗せて、牡丹の花弁を舌に載せた。甘い味がして、牡丹の花が少し死んだ。
彩陽は見た。
元の世界に戻った自分が、追放された筈の家に戻っている光景を。
呼吸が止まる。そんなはずはない。どうして。嫌だ。今更戻りたくない。思考がぐちゃぐちゃに交じり合って、振り払うように視線を逸らす。
焼き付いて離れない。空を見上げる勇気がなくて、だから、牡丹に手を伸ばした。
願わくば、もう二度と戻れませんように。
そんな懇願を込めて、花弁を口に含んだ。慰めるような甘さだった。
セレナには家族が出来た。
マリエッタ。ユーフォニー。ムエン。四葉の姉妹。とても幸せな時間を共有してきた、大切な姉妹たち。
――ああ、どうして?
マリエッタは血に塗れ魔女となり、磔刑に。
ユーフォニーはまるで何もなかったかのように消えて。
ムエンも知らない顔を、怖い目をして、何処かへ行ってしまった。
また、セレナは一人。
また独りになってしまうの? そんなのは嫌。誰も何も、今も未来も、私は失いたくない!
僅かに震える指で、牡丹の花弁を取る。
誰もいなくならないで、ずっと一緒にいて。其の願いを安らげるように、牡丹は甘かった。
トールにとって最悪の未来。
其れは、元の世界で使えていた女王と再会できなくなる事。
物心ついた時から使えていたが、まあ傍若無人な人だった。デレない、媚びない、上から目線。面白半分にトールに女装を命じ、自身に溢れ、嗜虐的な……けれど何処か人を惹きつけてやまない、不思議な人だった。
一度口にした願望は必ず実現させる。“夢”なんて淡い言葉とは無縁な人だった。
――ああ。客観的に分析してはいけませんね。
なんて思うけれど、トールにとっては誰よりも大切な人に変わりはない。
会えない未来なんて見たくないから、空は見上げない。
だからというわけではないが、お守り代わりに一枚、牡丹の花弁を頂いた。
目眩がした。
リリーベルが見た未来。ルエルが居なくなる未来。この世界の何処にも、ルエルちゃんはいない。ずっとずっと一緒だって言ったよね? 何度も何度も、わたしの作った星を滅ぼしてきた、愛しくて忌々しいルエルちゃん。
――貴方もわたしを裏切るの?
涙が止まらなかった。思わずぺたり、と地面に座り込んでしまった。必要とされないのは嫌。独りは嫌。
震える手で牡丹を千切る。何枚か花弁が散ってしまったけれど、そんなのに構わずリリーベルは花弁を口に入れた。
こんな未来、来ないで。
来るのなら、……私は、もう。
「あら?」
ルエルは首を傾げた。空を見上げて、絶望を確かめようとしたのに。
其処には“何もなかった”のだ。
「……ああ……ああ。そういうことですの」
つまり、そう。“何もない”が私ちゃんにとって最悪の未来ですのね? そう、そうですわね。何も得られず、腹も満たされない日々が一番恐ろしい。退屈で死んでしまいますわ。
ああ、お腹が空きました。牡丹の花弁を頂きましょう。少し甘くて、とても美味しい。酷いものほど魅惑的。
ルエルは友を思う。友と呼べるかは知らないが。
リリにとっての最悪の未来は、どんな形かしら。其処に私ちゃんはいるかしら?
ピリアはうみちゃんを抱き締めて、空を見上げた。
其処には一人ぼっちのピリアがいる。声が出なくて、ひとりぼっちで、暗い海の底。
――あのとき声がもどらなかったら、こうなってたのかな。
思うと怖くて、悲しくて、ぽろりと零れた涙がうみちゃんの頭にぽとんと落ちる。
いなくなってしまったお友達も、こんな悲しい思いをしているのかな。ピリアにはあたたかい人たちやうみちゃんがいるけれど、あの子はどうだろうか。
ひとりぼっちになりたくない。
ひとりぼっちにさせたくないの。
かなしいのは、いやなの。
そっとうみちゃんを抱き締め直す。あたたかい。ピリアはまだ、がんばれるよ。
ユーフォニーは一人、空を見上げている。
絶望、を数えてみる。ひとつあった。召喚されて直ぐに空中庭園で言われた言葉。曰く“近い将来、世界は滅亡するでごぜーます”。
あの時はぼんやりしていて、頷くしか出来なかったけれど。
今はなんとなく、実感として判る。世界の滅びは案外直ぐ傍にあって、少し足を踏み外せば落ちてしまうのだ。
……ユーフォニーには、助けたい人がいる。けれど彼は冠位魔種。ただ戦って勝つよりも、ずっとずっと道程は険しい。
進む一歩一歩が怖い。ねえ、私がしようとしている事は合っていますか? 何を幾つ犠牲にすれば、世界を護れるんですか?
……手元のバングルを、其処に灯った温もりを見下ろす。そうして花弁を其の手で一枚とると、舌にのせてゆるりと融かした。……こわいもの全部、融けてしまえば良いのに。
アルビレオとは懐かしい。
練倒は幼い頃に忍び込んで怒られた記憶を思い返しながら、中庭へと踏み入る。幼い練倒はただ、神殿の奥底に眠るという竜の亡骸に夢中で、中庭の事なんて考えもしなかったけれど。
今はこうして、絶望を見上げられるほどに成長した。
練倒の夢は竜種に至る事。だから絶望とは、その夢を諦める事だ。
難しい事は重々承知だ。だけれど、不可能だと誰が証明できる? 試す前に諦める、其れはきっと、死ぬのと変わらない。だから練倒は牡丹を一枚千切り、天を向いたまま口に含んだ。真っ向から立ち向かってやる、と。
花自体は綺麗なのにね。
瑠藍はゆっくりと俯き牡丹を見て回る。そうして少しだけ深呼吸すると、空を見上げる。
――瑠藍は一族の中でも、飛びぬけて鮮やかな色をしていた。“敵に見つかりやすいから”と半ば幽閉されるように過ごした幼少期、其の再来が空に映っていた。
大切に思われている、其れも過ぎれば毒なのだ。特異運命座標として召喚されてから、やっと色々な場所に行けるようになって。自由に出歩ける素晴らしさを知ったのに。
「今更縛り付けられるなんて御免だわ」
瑠藍は肩を竦めると、判っていた最悪を跳ね除けるために牡丹の花弁を口に含む。……甘い、けれど、楽しめないわね。辛めのお酒で口直ししましょ。
「噂で聞いた事はあったのですが――」
ヴィルメイズはこれが、と俯き牡丹に軽く触れる。淡く色づいた其の花はとても美しく華麗で、故に人々は希望を見出すのだろう、と思った。
さて、では絶望とは一体何だろう。ヴィルメイズが空を見上げると、矢張り。予想通りの光景が其処にあった。
滅んだフリアノン。冠位魔種が何もかも、大切な父すらも呑み込む恐ろしい未来。
知らずぞわりと背筋を駆けるものがある。こんな悪夢は迎えさせない。ヴィルメイズは少しだけ、牡丹のように俯くと、其の淡い花弁を一枚とった。
「どうか私にお力添え下さい」
運命に抗う力を。こんな私のようなみなしごを救ってくれた、父や里の方々の為にも。
ヨゾラが、横たわっていた。
たった一人で、傷だらけで、真っ暗な中で倒れ込んでいる。其れを支え起こす者はいない。ヨゾラは最悪の未来の中で――ひとりきりだった。
「親友たちも、領地の人たちも、大切な人達も……護れなかった未来、かな」
ヨゾラは見上げて呟く。けれど其の声は、横たわる未来には届かない。
こんな未来はいやだ。ヨゾラは思う。親友も領地の人たちも護りたい。幸せになって欲しい。だから――喪いたくない。
ヨゾラは顔を下向けると、牡丹の花弁を一枚とり、口に含んだ。不思議と甘い味だった。其れは、希望の甘さだろうか。
「もう1枚持ち帰っても良い?」
お守りにしたいんだというヨゾラに、双子神官は勿論と頷いた。
「考え得る最悪の未来、ねえ」
そう言われるとみるのが怖いわ、とジルーシャはいう。おばけがいっぱい見えたらどうしようかしら。おばけに囲まれる未来? 冗談じゃないわ!
「なーんて、そんな未来ある訳ないものね? 大丈夫。だいじょ、」
軽い気持ちで見上げたジルーシャは、しかし息を呑んだ。其処にいたのは自分。“何にも囲まれていない”自分。灰色の世界にただ一人佇む己。
精霊は見えない。声も聞こえない。『ただの人間』になってしまった景色。
――そうだ。思い出しちゃった。アタシの魔力は人並み以下で。調香の腕も半人前。そんなあたしが香術師になれたのは、精霊に好かれる右目があったから。
でも、鉄帝での戦いで右目を失くして、……精霊たちの声まで聞こえなくなったら、アタシは。アタシは?
牡丹を含もうと手を伸ばす。……震えて、巧く花弁を掴めない。
武器商人と妙見子、そしてクウハの3人は、それぞれ違う未来を見ていた。
行こう、と言ったのは武器商人だった。2人とも烙印が付いて不安だろうし、ただの呪いだとしても心の支えになる事もあるからだ。
クウハは見上げていた。正気を失って、周りの人間を殺して回る己を。愛したいと願い、愛されたいと願い、護りたいと誓ったにも関わらず、命を刈り取っていく様を。そうなるくらいならいっそ死んだ方がマシだと拳を握り締めたクウハに、大丈夫かと声をかけたのは妙見子だった。
「大丈夫ですか……? こういうのは、あまり凝視しない方が良いのですよ、本当に……」
そう言う妙見子も顔色が若干悪い。彼女の見た未来。この無辜なる混沌を「頭打ちになった」と破壊して回る未来。暴力的で、厭世的で、無感動で、寒気すら感じる無味乾燥とした未来。
クウハも、妙見子も。“己の生きる世界を滅ぼしたくない”という願いは共通していた。其れだけ今の世界を愛しているのだ。
「水天宮の方こそ大丈夫かい? 牡丹食べる?」
「あ、……ええ、食べます。けれど……ごめんなさい、食べさせて頂けますか?」
手が震えて摘まめないのです、という妙見子に、勿論さと武器商人は牡丹の花弁を含ませる。そうして、クウハにも。
「……大丈夫、食べてしまえば全部なくなる」
クウハが言い聞かせるように呟いた。そうだよ、と武器商人も言って、牡丹の花弁を一枚口に含む。
溶けてしまえ。
孤独な未来など。眷属も、トモダチも、みんな我を置いて死ぬ未来など。
そんな寂しさは、この甘みで忘れてしまおう。
●
「やあ、ご招待ありがとう二人とも。相変わらず綺麗な神殿だよねぇ、此処」
「いらっしゃい、ルーキスとルナール。こんな話題で呼んで申し訳ないのだけれど」
「顔を合わせるのは久々だな」
ルーキスとルナールは、セーヴィルとユークを迎えてお茶会を。ルーキス手製の焼き菓子をテーブルの中央に置いて、ユークが用意するのは手製の花茶。俯き牡丹が咲く中庭には様々な花が咲いており、其れを乾かして作ったのだという。
「で、珍しい花が咲いたって?」
「うん。人々が不安になると咲く花なんだけど」
「ふうん……? 悲観とか絶望という言葉は、私たちには余り縁がないからなぁ」
ねぇ、旦那様。
ルーキスがルナールをみると、ああ、とルナールは頷く。
「縁がありそうでない。もしくは……」
「もしくは?」
「随分と昔に置いてきた、というべきか。いま俺の隣に愛すべき片翼がいて、それさえあればどんな感情もプラスだからなぁ」
「わあ! 其れって惚気? すごいねえ。ね、セーヴィル」
「凄くはないだろう。能天気なだけだ」
「こら! セーヴィル」
「あは。そうかもね。じゃあ能天気ついでに、甘いものでもどうぞ」
「うちの奥さんの焼き菓子は美味いぞ。勿論、焼き菓子以外も美味いが」
「じゃあ頂きます。焼き菓子以外には何を作るの?」
「そうだなあ。たまにケーキを焼いたりするし……」
お喋りに花が咲くルーキスとユーク。其れを見て溜息を吐きながらもクッキーをつまむセーヴィル。
其れを微笑ましく見守りながら、ルナールは花茶に口を付けるのだった。
●
「……ベルナルド、大丈夫?」
グレモリーは座り込んだベルナルドに無感情に声をかける。
だが其処には、僅かに心配が滲んでいた。
「ああ、……少し、見えちまっただけだ」
絵を描こう、と思っただけだったのに。空の色を確認した時に、見えてしまったのだ。
冷たくなった彼女。アネモネ、其の傍に立つ――青い翼の己の姿を。
『この世界に美しい色なんて存在しない。全て穢れている』
『自分の力で変えられないのなら、せめて、自分だけは自由にいてやる』
『もう、筆を持つ必要などない』
冷たい悪魔の手が、ベルナルドの心臓をぎゅっと握り込むかのような悪寒。僅かに震える手。恐ろしいのは、其れが“ない訳ではない”事を無意識に思っているからだろうか。
「なあ、グレモリー」
「なに」
ぶちり、と何かを引き裂くような音がする。ベルナルドは俯いたままだ。
「俺にもしもの事があったら。――其の時は、終わらせてくれないか。俺が画家で、むぐ!?」
友の顔を見上げたベルナルドの口に、押し込まれるものがある。でかい。大きい。何だこれ、と噛み千切ったのは、甘い花弁。
「……僕は、送り出す事しか出来ないし、ナイフも巧くない」
まるまる一房、花を千切ってベルナルドに押し付けていたグレモリーは静かに言った。
「だけど、……まあ、君がそう望むなら」
「……ああ。ありがとうな」
いつものマリエッタなら。
一年前のマリエッタなら。
血に濡れた己を、空に見ていたのだろう。いつも夢に見る、“死血の魔女”としての己だ。
――私も変わったものですね。
マリエッタが見上げた空には、穏やかで平穏な、“赦された自分”が映っていた。其れを絶望だと思う程に、己はこの1年で変わったのだと知る。
そうだ、と思い立って、マリエッタはシルエットを探した。そうして、真っ赤な牡丹の傍に画家はいた。
「グレモリーさん」
「君は、マリエッタ。どうしたの」
悪戯に絵を覗き込むと、さっくりと描かれた牡丹がある。
「素敵な絵ですね。……写しって、作れますか?」
「……多分出来るけど、どうしたの」
「……今日の事を、思い出に残したくて」
其の牡丹を見れば、きっと今日を思い出せるから。そう言って、マリエッタは笑った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
誰だって一人にはなりたくないし。
誰だって大切なものを失いたくない。
さあ、立って。そうして、護るために歩き出そう。
君たちは切り拓く力を持ってる。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
覇竜のイベントシナリオをお送りします。
ウェスタの片隅にある氷で作られた神殿『アルビレオ』でのお話です。
●目的
貴方にとっての最悪の未来とは?
●立地
覇竜領域ウェスタの片隅に立つ氷の神殿『アルビレオ』の内部です。
此処には人々が不安を抱えるとどうしてか“俯き牡丹”が咲きます。白、或いは桃色をしていて、恥じらうように下を向いてに咲く花です。
この“俯き牡丹”に関する伝承は下記の通りです。
●出来ること
1.絶望を見据える
俯き牡丹が自生している中庭で上空を見上げると、其処には水鏡のような奇妙な光景が見えます。
其処には“貴方の最も恐れる最悪の未来”が映り込むのだそうです。
ですが、中庭にりんりんと咲き誇る俯き牡丹の花弁を一枚とって食す・もしくは持っておくと、その未来を避けられるという言い伝えがあります。
最近は不安をあおる事ばかりが続いています。おまじない程度かもしれないけれどきっと効くよ、とはユーク談。
2.セーヴィル、ユークと話す
セーヴィルとユークは其の育ちの関係上、“里おじさま”と懇意にしていた訳ではありません。
ゆえに冠位魔種の脅威も何処か“他人事”のように感じている節はありますが――だからこそ、不安を吐き出すには丁度良い人たちだと思われます。
誰かに言いたい悩みを聴くのも司祭の役目。二人とお話したい方はこちらの選択肢をお選び下さい。
3.その他
リリィリィ、グレモリーと話したいだとか。
中庭(そこそこ広いです)の植物を見て回りたいという方はこちらをお選び下さい。
●NPC
リリィリィが周囲を散策しています。
グレモリーは牡丹をスケッチしています。彼には最悪の未来というのは判らないようです。
お声がけがあれば反応しますのでどうぞ。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように合言葉などを添えて下さい。
また、やりたいことは一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってイベントを楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
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