シナリオ詳細
<ラドンの罪域>前門の暴風、後門の恐亜竜
オープニング
●
絶対不可侵、死の気配待つ帰らずの森『ピュニシオン』――強力な魔物たちや、亜竜、そして『本物の竜種』が住まうその地を越える。
それはその先にいるであろう『冠位暴食』ベルゼーの姿を射程に収めるために絶対的に必要なことだった。
ある者は本物の竜種に出会いその暴威を感じ、あるいは竜種に認められた者もいるのだろうか。
「あぁ、また、きてしまうのよ。どうして……ううん。わかっているのよ。
貴方達は里おじ様を追って地の底にだって、火の中だって空の上、水の中だって行くのよ」
少女は独り、ピュニシオンの奥地に悲しみを吐露していた。
深い、深い霧の中、少女は切なく目を伏せる。
黒の霧と、身を打つような黒風は行先を覆い隠すようだ。
「悲しいことなのよ……あぁ、風が鳴いているのよ……来るのよ、来てしまうのよ。
どうか、私のことを知らない子でありますように……知り合ってしまえば、殺す時が辛いのよ……」
嘆きのままに、少女は少しだけ風の向かう先を見やる。
「ほんとう、辛いのよ。どうして貴方達は勇敢なの、恐ろしいのよ……あぁ、どうか、どうか。
私を知らない子が来てくれますように――その方が殺すのに苦しくないはずだから」
はらり、はらりと涙を流す少女。
あぁ――けれど。
鬱蒼と茂った木々、先を隠すような黒い霧と風が吹き荒れる地。
竜の闊歩する絶対不可侵の死の森のその先、出口付近にあたるこの地――『ラドンの罪域』と呼ばれるこんな場所に、少女の姿などあろうものか。
亜竜種を思わせる容姿の少女は、決して亜竜種などではない。
ただの亜竜種(じんるい)が、この地に独りで立っていられるはずなど、ないのだから。
「……あぁ、でも。どうすればいいの……どうすればいいの?
あの人たちはきっと、私と遊んでも無事でいてくれる人達なのよ……」
それは人類の宿敵、世界を救うべく奮闘する特異運命座標が絶対を以って撃ち滅ぼすべき敵。
心臓を鼓動するだけで滅びを助長する魔種と呼ばれる存在の1人でしかないのだ。
●
いくつか行われてきた『ピュニシオンの森』調査、その中で『フリアノン里長』である珱・琉珂を中心に行なわれたものは、一つの結果が齎した。
即ち、ピュニシオンの森の先にベルゼーは退避している。
彼の周囲には竜種達が存在し、人の文明を真似て作られた竜種の里が存在している、と。
『ヘスペリデス』と呼ばれるらしき彼の地、黄昏の似合う、最果ての地。
目指すべき場所は定まり、イレギュラーズは遂に暗き森を越えるべく動き出す。
そのうち、空気感が変わってきていた。
吹き荒ぶは黒風、立ち込めるは濃霧などと言う単語では説明のつかぬ黒霧。
それは森の奥地、『ラドンの罪域』と呼ばれる地域だった。
見通しは極端に悪く、息苦しさを覚える黒風は向かい風。
空の景色は鬱蒼とした木々に定かにあらず。
「……こんにちは、なのよ。
初めましての人も、もしかしたらいるかもしれない2度目ましての人も。
私は翠璃。貴方達の前に立つ敵、なのよ」
声がした。年はもいかぬ少女の声だ。
「本当を言うと、私も戦いたくはないのよ。
殺したくはないのよ。けれど、これも里おじ様のためなのよ」
そんな声と共に、あたりの黒霧が晴れ――否、違うだろうか。
それは言うならば、強烈な風を以って濃霧全てを吹き飛ばしたかのような光景だった。
「……貴方達はいい人が多いと思うのよ。
だから、なるべく戦いたくはないけれど、私もここを守る役目があるのよ」
黒霧で見えてなかった向こう側、きっと進むべき方角には亜竜種を思わせる少女がいる。
あれが翠璃と名乗っていた人物だろうか――と、その時だった。
微かな振動が大地を揺らし、背後に気配を感じて振り返る。
鋭い爪と牙を持つ、小さな亜竜が複数、それらは何かに怯えているように見える。
『ギャァオォォ!!!!』
咆哮が響き、小さな亜竜の向こう、まだ霧の深い方から1つの首が生えた。
そのまま姿を見せた亜竜は、10mはあろうか。
逃げる小さな亜竜の1匹に食らいつくや、そのまま振り回して地面へ叩きつけた。
「だから、どうか、どうか。死にたくなくば、退いてほしいのよ……」
翠璃は哀しげに呟いた。
「ごめんなさい、でも。私を越えてラドンのいる場所にまで行くのか――あるいは、彼らを倒して退くか。2つに1つしかないのよ」
小さく呟いた翠璃が高密度の魔力を纏い、その両手が竜の爪のような形を作る。
周囲が再び濃霧に囲まれていく。道を失わぬためにも、突き進むか、戻るか、選ぶ必要がありそうだ。
- <ラドンの罪域>前門の暴風、後門の恐亜竜完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月25日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
背後から亜竜の悲鳴が響いていた。
退くという選択肢はイレギュラーズには無かった。
「……共存するためには、境界が必要だって話は俺がとある場所で散々考えた話でもある。
けれども、俺としては話を聞きたくとも門戸を開かないのは『困る』んだ」
術式を起動しながら『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が言えば、翠璃が少し驚いたように目を瞠る。
「それはそうね。お兄さんの言う通りなのよ」
そのまま少女はゆっくりを微笑する。
舞台を整える雨帳、整えられた準備のままに、カイトは術式を起動する。
終わらざりし弾幕を叩きつけて行く。
放たれた魔弾に翠璃が驚いたように目を瞠った。
「すごいのね」
叩きつけられる魔弾を平然と受けて、少女が感心したように笑う。
「死ぬ気で進むか、危険を冒して退くか。
そんなの二択にすらなっていない、俺らは前へ進むだけだ」
愛銃を構えながら『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が言えば、翠璃は少しばかり考える様子を見せた。
「たしかに、そうかもしれないのよ。でも、まだ退く方が楽だと思うのよ?」
「だとしても、だ」
「……そう」
「――だが、殺したくないのはわからねえな、俺らは敵だろ?」
「そうね、そうなのよ。でも、敵だから殺すのは獣でもできる事なのよ」
「なら、少し遊ぼうぜ」
その言葉と同時、アルヴァは飛び込んだ。
背後へと回り込み、威風激魂を上げる。
「前後を挟まれて、進にも引くにも戦わなきゃいけない状態……確かにピンチかもしれないね。
でも、ボク達だってここが危険な場所だってわかってて、それこそ竜種とだって戦う事になるかもって覚悟で来てるんだ!
これくらいのピンチ、乗り越えてみせるよ!」
カグツチを構えて言う『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)に翠璃は再び悲しそうに首を振る。
「分かってはいたけれど、貴方達は本当に命知らずなのよ」
「――だから、こんな所で引き返すつもりも、ないよ!」
目の前の少女が開いた視界を突くように、焔は走り出す。
「どうして、そうまでして……分かっていても、悲しい事ね」
肉薄と同時に打ち出す刺突が翠璃の身体へ触れる刹那、翠璃は最低限の動きでそれを躱して後退する。
「ほう、このような未踏の地に魔種ですか。暴食配下……いえ、家族でしょうか?
いずれにせよ、通してもらいますよ」
愛剣を握る『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)は一気に剣を振るう。
鮮やかなる斬撃の軌跡は守りを穿ち、大いなる衝撃を生む真空波。
「里おじ様は皆の家族のようなもの、私だけの家族ではないのよ」
斬撃を受けた翠璃が隙を見せつつもそう答えを残す。
「『暴食』の優しさなぞ、手塩にかけて育てた『食材』を余す事なく喰い尽す程度のモノだと思うが。
目の前の娘もそんな感じだと思うがね。人間でも居るだろう。産地とか気にするのが」
人型を取る『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)が言えば。
「たしかに、そう言う人達も多いのよ。でも、私は違うのよ?」
「どうだろうね」
「信じてくれないのなら仕方ないのよ」
少しばかりふくれ面をみせる翠璃を無視して愛無は静かに彼女を観察する。
「戦いたくないというのなら、通してほしい……というわけにもいかないみたいだね。
……1つだけ聞いておきたいんだ。あなたが戦うのはベルゼーさんのため? それとも他に何か理由があるの?」
ヴィリディフローラに魔力を籠めながら『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は問う。
「魔種なのだろうと、戦わずに済むなら戦いたくはないよ、だから、戦う理由をしっておくのは悪いことじゃないでしょう?」
「優しい人なのよ。お友達になれるかしら? ふふ、冗談なのよ。
私達は敵同士、だからそれはきっと無理なのよ」
はにかむように笑った後、しょんぼりとした様子で翠璃が頭を振る。
「ええと、私が戦う理由、なのよね? 知りたいのよ。私。貴方達の事、この世界の事。
きっと、貴方達は沢山のことを知ってるのよ。私は、知りたくとも外に出るわけにはいかないのよ」
首を傾げて少し考えた様子を見せた少女はそう答えた。
「知りたい……」
アレクシアは目を瞠る。
嘘をついているように見えぬ少女の願いは嘗ての自身にも重なるモノだったがゆえに。
「……でも、そうだね。時間がないのもたしか。
戦いも避けられない……なら、少なくとも全力は尽くすよ!」
「そう――なら、死なないでほしいのよ」
翠璃が再び悲しそうに笑うのを見ながら、アレクシアは葬送の霊花を撃ち込んだ。
「悪いね、私だって戦いたいわけじゃないんだけど。
でも、その先に用があるんだ。大丈夫、死ぬつもりなんてないからさ!」
愛刀を払い『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が言えば、翠璃は悲しそうに目を伏せて「そう、なのよね」と小さく呟いた。
「本当に、死ぬつもりなんてないのね?」
「きっとね。だから、許してね!」
シキはそのまま近づいて、愛刀を振り抜いた。
海賊提督『バルバロッサ』が得意とする超絶技巧の殺人術が戦場を走り抜ける。
「――そう、ね」
弱点を暴き立て、加護を破壊する剣閃が少女の身体を打つ。
「でもね。死にたくてここから先に進む人なんて、それこそごく少数なのよ?
死にたくなくても迷い込んでしまったか、死ぬと思ってない命知らずかが殆どなのよ」
少女の纏う魔力の鎧はまるで陰りを見せていない。
加護(ふよ)の類ではないのだろう。
(まさか、戦艦(フネ)たる武蔵が地の果てを目指すとは! これもまた、巡り合わせというものか)
物思いに更けていた大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)は既に始まった戦闘に向けて砲身を向ける。
「我が名は武蔵! 砲煙弾雨を以て、この地を踏破するものなり!」
「そう。私は翠璃……って、もう自己紹介はしてたのよ」
名乗りを上げた武蔵に首をかしげながら翠璃は言う。
搭載された三連装砲の狙いを整えれば、翠璃が目を瞠っていた。
それはどこか初めて見るものに目を輝かせる子供のようにも見える。
「九四式四六糎三連装砲改――砲撃開始」
三基の三連装砲、計九門の砲台より放たれた砲撃は緩やかな放物線を描いて戦場を翔け、翠璃の方へと叩き込まれていく。
ありったけの弾幕をぶちこんで見せれば、霧に加えた土埃が視界を覆いつくす。
「素敵! 素敵なのよ! 初めて見たのよ! それ、なんていうものなの!」
年相応の子供のように、少女が目を輝かせていた。
●
戦いは続いている。
イレギュラーズの攻勢一方だった。
叩きつけられる攻撃の多くはアルヴァに向いているが、時折に範囲を吹き飛ばすような旋風が巻き起こる。
「私は戦艦として、己が在り方を全うするのみ」
高速で回避と激突を繰り広げるアルヴァと翠璃へ銃口を向ける。
「――逃がさん!!」
砲身へと装填される9つの徹甲弾。
描く放物線を計算して射角を調整し、一斉に射出した弾丸は退避を許さず翠璃へと炸裂する。
翠璃が叩きつける風の一つ一つを見ながら術式を撃ち込むカイトは違和感を覚えつつあった。
地より這い出た黒顎が翠璃の身体を呑みこんでいく。
その様を見据え、カイトは言う。
「優しい優しいお方の温情に報いるならば『全力で以て応えるべき』だろ。
きっとそこにいるのは、どっかの誰かと同じ、あんまりにも『優しすぎる』ヤツだってことだ。
でも、だからこそ、だ。『俺達はその先へ通らなければならない』。
……聞きたいのは口伝の意志じゃねぇ。直接の真意だ」
しばしの沈黙の後、黒顎逆雨を振り払うようにして少女が姿を見せた。
「そう。それは『貴方』の意思なのね?」
蓄積する凶兆を受けながらも、少女は静かにカイトの方を見てくる。
「あぁ、そうだ」
「それなら、仕方ないのよ。誰かの意思じゃなくて、貴方の意思なのなら、仕方ないのよ」
カイトの言葉に翠璃は少しばかり溜息を吐くようにして笑う。
「捉えたよ!」
その隙を突いて、焔は飛び掛かっていく。
潜るようにして打ち出された刺突は音速の蹂躙となって翠璃の身体を後方へと吹き飛ばす。
散り付く炎が少女の身体を苛んでいるのはたしかだろうが、翠璃の様子はそれを気に留めているようではない。
「黄昏のヘスペリデス……世界の果てで、黄金の林檎の木を守るとされる。
その果てには世界では生きられぬ化け物が集まる、今の状況ですね」
ウルリカは真空波を叩きつけながら静かに推論を紡ぐものだ。
「私の好奇心は異世界の神話ではなく、黄金の林檎ですけれど……
林檎、それはベルゼーの飢餓を緩和しうるものである」
少なくとも、この世界には黄金の木があるらしいというのは知っている。
その当時にこの世界にはいなかったが、絶海の果てに消えたある海賊はそれを得て不老の肉体を経たらしい。
それがこの先に待つヘスペリデスに存在するかは全く分からない。
ただの推測でしかないからだ。
「違う、も、知らない、もありとしましょう。何れにしても確かめるのみ」
「お姉さんが何を言っているのかは私、よく分からないのよ。
だからお答えできるようなことは、ごめんなさい、何もないのよ」
斬撃を受け止めながら少女が申し訳なさそうに呟いた。
「そろそろ、本気でこいよ。てめえが止めなきゃ、俺はどんどん進むぞ!」
アルヴァは自らの身体能力を強化して、一気に飛び込んでいく。
追い込むように、追い立てるように、罪域の奥地へ向けて突き抜けるように駆ける。
銃床に神聖を纏い、殴りつけるように振り下ろす。
「本当に? 本当にそれでもいいの……?」
震えるように翠璃が呟いたのを聞いて、アルヴァを見た視線。
それはどこか泣きそうな子供のようにも見えた。
「交代の時間だ」
愛無は体表に形成された魔眼を以って少女を見た。
これまでの交戦の情報を纏めなおしつつ、少女の動きを絡め取るように前へ。
「何のつもりで手を抜いているのかは知らないが、その間に手遅れにするまでのことだ」
「私はね、貴方達を殺したくはないのよ」
「いつまでそれが続くだろうな」
ただそこに立つ翠璃へ愛無が爪を構築しながら言えば、目を瞠えう翠璃がいた。
「――危ないのよ!」
不意に翠璃が叫ぶ。
先に反応したのはシキだ。
地響きに振り返り見れば、雄叫びをあげるダイノロドンがこちら目掛けて突っ込んでくる。
視線をあげる。
新たな獲物を狙う獣の目がそこにはあった。
「悪いね、ここは通せないんだ」
ダイノロドンにも見えるように示した竜鱗片と合わせ、シキは静かに亜竜を睨み据える。
「グゥルル――ぎゃぁぁあ!!」
警戒と共に亜竜が立ち止まる。
「私の装甲を以ってすれば、貴様を受け止めることも可能だ」
武蔵は迫る亜竜めがけて立ちふさがるように姿を晒して砲身をそちらに向けた。
「貴様ほどの大きさがあれば仲間を巻き込む心配もないだろう!」
迫るダイノロドンへと肉薄し、武蔵は高角砲や機銃の銃口から一斉掃射をぶっ放す。
弾幕を形成する砲撃は追撃を為してダイノロドンの皮膚に傷を増やしていった。
●
戦いは続いている。
アルヴァは肉薄する。
愛銃の銃床を叩きつけるように振り下ろす。
神聖を抱く打撃は再び少女の魔力に勢いを奪われながら衝撃を叩きつける。
「やむを得ず俺らを止めなきゃいけない理由。
例えば何か弱みを握られていて、失敗すればお前にとって不都合が起きちまう。
それでも、そうだとしても俺らは進まなきゃなんねえ。だが」
――そんなことは分かっていた。
「たとえ敵だとしても、哀しい顔した女の子を男が放っておけるかよ!!」
真っすぐに視線が合う。
驚いた様子を見せた少女が、瞳を微かに潤ませたようにも見えた。
「――それなら、もっともっと、力を示してほしいのよ。
……でも、本気では来ないでほしいのよ」
不思議な事を少女はそう呟いた。
「これはただの持論だけど」
自身の渾身の術式を受け止める少女へ、カイトは真っすぐに視線を向ける。
「知り合いでも、殺す時が辛いってんなら、それは運命だ。
酷い運命は飲み込んで、背負う十字架にするための物だろ」
「――そう、ね。そうなのかもしれないのよ……それでも、殺さずに済むのなら、殺さないでいたいのよ」
「良い魔種ですね。これだけの力があれども人前に出なければ反転はない。
あるいはその力は、食える他者あって湧きうる原罪だとでも?」
ウルリカは翠璃という魔種のもつ性質を推測していた。
「ええっと、つまり、どういうことなのよ?」
だがそれは少女には分かりにくい言い回しであったのか、首を傾げられる。
「つまり、共食いこそが貴女の性質なのではないか、ということです」
「共食い……うぅ……想像するのも嫌なのよ……獣じゃないのよ」
「人間だって動物だ。共食いでもない、その優しさが捕食者故の優位から来るものでもないというのなら、君はどういう罪を負っている」
粘膜の爪を振るいながら愛無は問う。
彼女の観察を続けて既に結果は得ていた。
翠璃という魔種は、『観察』するよりも『正面から問いかけた方が早い』タイプだと。
「私の罪? それは……そうね。別に隠す意味もないのよ。
私は、知りたいの。あらゆることを聞いて、見て、知りたくてたまらないのよ」
「――――」
目を瞠る愛無の前で目を輝かせて魔種が笑う。
その表情が彼女の言葉が嘘ではない事を雄弁に語っていた。
「つまり、『知識欲』……学習とは『知識を捕食して自分の糧にする』こと。
君は生きている限りあらゆる知識を手に入れ続ける欲求を抱えているわけだ」
(なら、殺したくないという感情も『死なれては何も学べない』からか)
静かに推論を立て、愛無は粘膜で構成された爪を一閃する。
「……ねえ、やっぱり退いてもらえないかな?
それとも、私達を倒さないと戻れないとかあるのかな?
傷つけ合わずに済むのなら、今からでも遅くないと思うんだ」
アレクシアは緑と視線を合わせて声をかけた。
「特にはないのよ。ふふ、お姉さんは本当に優しい人なのよ。
最後には私達は殺し合わないといけないはずなのに」
「それでも、私は翠璃君と分かり合うことを諦めないから」
「……そうなのね」
「大丈夫だよ、この先にどんな危険があったとしても、ボク達は簡単にはやられたりしないよ。
アナタとまた会う時まで、死んだりなんかしない。だから、この先で待っててよ、絶対に辿り着いて見せるから」
アレクシアに続けるように焔が言えば、驚いた様子を見せて、そのまま微笑んだ。
「そう、そこまで言うのなら。仕方ないのよ。
絶対、絶対なのよ。絶対に、私のところにまで辿り着いてほしいのよ。
約束、してほしいのよ」
少女は縋るような調子で語り、最後には微笑んだ。
そして刹那、少女の姿が消えた。
「ねえ、お姉さん」
直後、シキは耳元で翠璃の声を聞いた。
「しゃがむか、それとも他の人達のところに行くといいのよ」
忠告のような声を聞いた刹那、旋風が背後から駆け抜けた。
「また、私と遊んでね?」
笑いながら願うような声色で言って、翠璃がダイノロドンの方へと手を薙いだ。
旋風が三度にわたって亜竜の身体を切り刻む。
「ありがとう、そしてごめんね、優しい君」
そう言うシキに少女が亜竜の方を振り向くことなく微笑んだ。
その様子を見ながら、シキは奥へ向けて走り出した。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
翠璃との停戦は『それが可能だと示し』た上で『再会を約束すること』でした。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
いよいよ本格的に始まる覇竜編、よろしくお願いします。
●オーダー
【1】か【2】のどちらかの成立。
【1】翠璃を撃退して『ラドンの罪域』奥へ突破する
【2】亜竜を撃退して『ピュニシオンの森』奥地へ撤退する
●フィールドデータ
ピュニシオンの森、出口付近です。
黒き靄、霧、風が吹き荒れ先を見通すことが出来ません。
周辺の見通しは悪く、黒い風が重苦しい空気を纏っています。
立ち込める黒霧のせいで視認性が悪いため、命中、回避にペナルティが発生しています。
●リプレイ開始時状況
現在、イレギュラーズは以下のような状況にあります。
↑『ラドンの罪域』奥 方面
翠璃
↑
20m
↓
イレギュラーズ
↑
60m
↓
亜竜
↓『ピュニシオンの森』奥地 方面
●エネミーデータ
・『翠月の暴風』翠璃
非常に強力な魔種です。属性は暴食です。
10代前半と思しき緑髪碧眼、緑の鱗を持つ女の子の亜竜種風。
優しく穏やかな性格のように見えます。
以前に1度だけイレギュラーズとの遭遇が確認されています。
纏う魔力は堅牢な守りを担い、反応速度も高そうな印象があります。
魔力で出来た竜爪での攻撃、風による斬撃での攻撃が確認されています。
皆さんとの交流や攻防をとても好んでいます。戦闘狂とも違うようですが……?
突破を狙う場合、ある程度の交戦後に撤退すると思われます。
また、何らかの方法で停戦が可能――かもしれません。
どちらにせよ、全力で戦わねば普通に負けます。
なお、【2】を選んで撤退する場合もある程度は追撃を行ないます。
恐らくイレギュラーズを『見逃した』のではなく『撃退した』という方便が必要なのでしょう。
それがベルゼーの命令なのか、個人的な理由なのかは不明です。
・ダイノロドン×1
全長10mほどで翼のない二足歩行の亜竜、見る人が見れば肉食恐竜っぽさがあります。
鋭い爪や牙による近接戦闘も脅威的ですが、その呼気には【毒】系列のBSを持つ効果があります。
また、この呼気をブレスのように吐くことで大地を溶かし、【足止め】系列や【乱れ】系列のBSを引き起こします。
【1】の達成を狙って亜竜と戦わない場合、恐らくはラプターを狩りつくしたら別の獲物を探すと思われます。
とはいえ、翠璃との戦闘が長引けばイレギュラーズを『手負いの獲物』と認識する可能性も捨てきれません。ご注意を。
【2】の達成を狙う場合、ラプターより美味しそうなイレギュラーズを確実に獲物と認識するでしょう。
【2】の達成を狙う際のボスエネミーといえます。
・ラプター×10
全長1~2m程の二足歩行の亜竜です。鋭い爪と牙を武器とします。
連携が得意で群れで行動することが多いようです。
ダイノロドンの襲撃から逃れるままに突っ込んできています。
【1】の達成を狙って亜竜と戦わない場合、
ダイノロドンに追いつかれて決死の抵抗を試み、そのまま食い散らかされます。
【2】の達成を狙う場合、ダイノロドンに食われるよりはマシとばかりにやけくそで攻撃してきます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
Tweet