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シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>ラサ支部壊滅!? 紅き天使、襲来!

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●遠き夜空より飛来せし、紅き天使
 恋人達が、夫婦達が、互いを想い合う者達が愛を伝えるグラオ・クローネの夜。
 素敵な時間になるはずの憩いの夜は、ここ、ラサ首都ネフェルストにおいては混乱と喧噪に包まれていた。
 晶竜(キレスアッライル)がネフェルスト目掛けて押し寄せ、それに応じて紅血晶が人々を晶獣(キレスファルゥ)へと変えていったからだ。
 暴れ回る晶獣達、泣き叫び逃げ惑う人々、晶獣達を何とか止めようとする傭兵達。その様は、まさに阿鼻叫喚と言うに相応しい。
 そんな中、流れるような長髪に端整な顔立ちの貴族然とした風貌の、全身鎧の騎士風の男が、ネフェルストの街を歩いて行く。灯りに照らされた男の肌と鎧は、まるで紅血晶で出来ているかのように紅い結晶質の輝きを放った。
 男の歩みは、周囲の混乱と喧噪とは世界が隔絶しているかと思えるほど、悠然としたものだった。ネフェルストがこうなることを識っていたかのように――否、男はこうなることを「識っていた」のだ。何故なら、男はネフェルストを混乱の坩堝に陥れた側の者であるのだから。
 やがて、男は歩みを止めた。その視線の先には、ギルド・ローレットのラサ支部の建物がある。
「麗しき我らが王の御名に拠りて、余が命じる! 来たれ、ルージュ・アンジュよ! 我らが『月の王国』の為に!」
 男は、掌にある円い石を握り込むと、そう高らかに叫んだ。同時に、夜空にキラリと紅い光が星のように輝く。その輝きは、流星が迫ってくるかのように急速に大きくなっていった。
 遠く夜空から瞬く間にラサ支部の上空数十メートルにまで至った紅い輝きの正体は、全身が紅血晶で出来ているかのような、長い丈のローブを纏い背中に翼を生やした女性型の天使――の姿をした、晶竜だ。
 もしも、この晶竜を下から見上げる者がいれば、目にした光景に驚愕を禁じ得なかっただろう。ローブの中の腰に当たる部分から下には脚はなく、代わりに無数の結晶質の槍がびっしりと生えているのだ。
 ルージュ・アンジュと呼ばれた晶竜は、ラサ支部の上空で静止すると、結晶質の槍の穂先から新たに結晶質の槍の穂先を生やし、その結晶質の槍の穂先からまた新たに結晶質の槍の穂先を生やすのを、超高速で繰り返していく。その様を遠くから見れば、ローブの中から紅い植物の根がラサ支部に向けて高速で伸びていくように見えただろう。
「斯様な策に出られるも、『博士』のこの石のおかげよな――」
 男は、掌にある円い石をまじまじと見つめた。この石の使い心地は、別の場所で既に堪能している。この石と、ルージュ・アンジュの存在とが、男の策を実現可能にしていた。
 男の策とは、ラサ支部を急襲して人的資源やその機能に大打撃を与えることだ。混沌において様々な事件を解決してきたローレットのことを、男は当然識っている。となれば、彼ら『月の王国』の目論見を果たす上で、ローレットは障害になる存在だった。いや、もう障害になっていると言っても良い。ローレットは、紅血晶絡みの事件の解決に向けて既に動いているのだから。
 では、如何するか。ラサ支部の機能を壊滅させれば良い。ローレットの活躍は混沌中に跨がっているとは言え、ラサにおける拠点が機能しなくなれば、ラサでの活動は鈍らざるを得ないだろう。人的被害も出せれば、なお上々だ。そうなれば、ラサにおける『月の王国』の活動は有利なものとなる。
 その目的を果たす上で、広域殲滅兵器たりうるルージュ・アンジュは良い『廃棄物』にして『拾い物』だった。
 男がそれまでの経緯を思い起こしている間にも、ルージュ・アンジュから伸びる紅い結晶の根が、ラサ支部を完全に包み込まんとしている。中にいる者達は、おそらくもう逃れられまい。男は、策の成功を確信していた。

 ――だが、男はローレットの力を警戒しつつも、なお油断していた。拠点の壊滅を狙うのなら、男は高みの見物をせずに自身も支部襲撃に加わるべきであったのだ。そう言う意味で、男はルージュ・アンジュの力を過大評価し、かつイレギュラーズの力を過小評価していると言えた。

●支部の命運は託された
「あああもおおう! 何でこんなに忙しいんですかねえええ!」
 ローレットのラサ支部で、情報屋である『真昼のランタン』羽田羅 勘蔵(p3n000126)はぼやき混じりの悲鳴をあげた。
 晶竜の襲来により人々が晶獣と化し、混乱に陥ったネフェルストの人々はローレットを頼った。次々と舞い込む依頼に、このままでは過労死するんじゃないかと言う勢いで次々と対応していく。まぁ、人間そんなに簡単には死なないのだが。
「そりゃ、バレンタインにリア充爆発しろと言ったことはありましたけど……」
 勘蔵の出身世界のグラオ・クローネにあたるバレンタインデーに、チョコをもらえなかった僻みとパートナーのいない寂しさからそんな事を口走ったことはある。だが、それはあくまでうらやましさの裏返しであって、本気でカップルや夫婦の爆死、そこまで行かずとも不幸を願ったわけではない。
 勘蔵は、今年もチョコをもらえない寂しさを味わいつつ、一人のんびり過ごすつもりでいた。と言うよりも、そうするしかないはずだった。忙しくしていれば孤独も紛れる――とは、働くのが大嫌いな勘蔵は考えない。寂しい思いをしようが、働かずにすむのならその方がいいのだ。大体、こんな状況で孤独が紛れても、嬉しくも何ともない。
 ともかく、そんな感じで勘蔵が忙しなく支部中を駆けずり回っていると、破壊音と悲鳴が聞こえてきた。何だろうと気になった勘蔵がその音のした方へ向かうと、支部内に紅い結晶質の槍の穂が侵入してきていて、イレギュラーズが何人か倒れているのを発見した。
「ひっ――!」
 その禍々しさに、勘蔵は腰を抜かしてへたり込んだ。だが、それが勘蔵にとっては幸運だった。紅い槍の穂は、へたり込んだ勘蔵の頭をわずかに掠めただけだ。もし勘蔵がへたり込んでいなければ、槍の穂は勘蔵の心臓を貫いていただろう。
 もう一つ勘蔵にとって幸運だったのは、勘蔵が可能性の力を有していたことだ。そうでなければ、今頃勘蔵の身体は紅い結晶と化して粉々に砕け散っていたはずだ。
「勘蔵さん! 大丈夫ですか!?」
「は、はい……!」
 そこに、別のイレギュラーズ達が現れて紅い槍の穂を叩き斬った。そのイレギュラーズ達は、勘蔵の身体を支え、倒れたイレギュラーズ達を抱え上げ、次々と迫り来る槍の穂を次々と斬り払って血路を開く。
 未だ逃れきっていないとは言え、救出されたという安心感からか、勘蔵の頭脳は高速で回転を始めた。ローレットの支部が、偶然襲撃されるとは考えにくい。この襲撃には、必ず何者かの意図があるはずだ。
 そこまで考えつけば、支部襲撃の目的が支部の機能を潰すことにあるとの考えに至るのは、造作もないことだった。折しも、ネフェルストでは紅血晶絡みの事件が次々と起きている。それが何者かは不明だが、こうも紅血晶絡みの事件が頻発していれば、これまでの経験からも裏で糸を引く者がいるのは明白だ。
 その者達の蠢動を抑える意味でも、ラサにおける拠点であるこの支部を壊滅させるわけにはいかない。
「……すみません、ちょっと頼まれてくれませんか?」
 勘蔵は、同行しているイレギュラーズ達にそう声をかけた。

 救援に来たイレギュラーズ達に護衛してもらいながら、何とか支部の外に逃れ出た勘蔵は、長く連なる槍の穂の先にいるルージュ・アンジュの姿を確認。その後、この場で集められる限りの最高の手練れ達を集めた。
「今回皆さんにお願いしたいのは、この根のように槍の穂を伸ばしてきている敵の撃破です」
 勘蔵はそう言うと、支部の真上に陣取って紅く妖しく輝くルージュ・アンジュを指差した。
「紅血晶絡みの事件が頻発している現状、これ以上支部の機能を損なわせるわけには行きません。
 現状の事件に対応するためにも、それらの事件を起こしている連中の今後の蠢動を阻止するためにも」
 そのためにも、支部を襲っている無数の槍の穂を根元から断つべく、ルージュ・アンジュを撃破して欲しいと勘蔵は言う。
「幸い、倉庫からこれを借りてくることも出来ました。
 ――支部を守れるかどうかは、皆さんが頼りです。どうか、よろしくお願いします」
 装着者の意志に応じて翼を生やし、飛行を可能にすると言うアンクレットをイレギュラーズ達に配ると、勘蔵は深々と頭を下げて、支部の命運を託した。

GMコメント

 こんにちは、緑城雄山です。今回は、<晶惑のアル・イスラー>のシナリオをお送りします。
 彼らの障害となり得るローレットに大打撃を与えるべく、騎士風の吸血鬼(ヴァンピーア)が晶竜(キレスアッライル)「ルージュ・アンジュ」にラサ支部を襲撃させました。
 ネフェルストをはじめとするラサにおける、現状の、そして今後の事件に対応するためにも、ラサ支部を壊滅させられるわけにも、その機能を喪失させられるわけにもいきません。根のように紅い槍の穂のような結晶を伸ばしてラサ支部を攻撃しているルージュ・アンジュを撃破し、ラサ支部を護って下さい。

●成功条件
 晶竜「ルージュ・アンジュ」の撃破

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ロケーション
 ネフェルストのギルド・ローレット、ラサ支部の上空数十メートル。
 時間は夜間ですが、敵は輝いているため、命中や回避に不利な影響を受けることはありません。
 他、環境による戦闘への補正はありません。

●ルージュ・アンジュ ✕1
 ローレットのラサ支部を急襲している、全高約20メートルの晶竜(キレスアッライル)です。
 長い丈のローブを纏い背中に翼を生やした、長髪の女性の天使のような姿をしています。
 その身体は、全身が紅血晶で出来ている像を思わせるような色彩と質感を持っています。
 しかしローブの下には脚はなく、腰から下には無数の結晶質の紅い槍がびっしりと生えています。
 ラサ支部上空から動かないため、回避能力は皆無です。一方、生命力は尋常ではないレベルで高いです。
 攻撃力、防御技術も高い水準にあります。

・攻撃能力など
 結晶質の紅槍 物特特 【識別】【多重影】【スプラッシュ】【変幻】【邪道】【鬼道】【晶化】【出血】【流血】
  ローブの下から高速で無限に伸びる、結晶質の紅い槍です。
  スローで見れば、穂先のような結晶から別の穂先のような結晶が獲物の方を向いて生え、さらにその穂先のような結晶から……と言う様子で伸びているのがわかることでしょう。その繰り返しで、植物の根の成長が超高速で行われているかのように伸びていきます。
  その距離には、際限がありません。そのため、射程と範囲はともに「戦場全域」となります。
  物理攻撃ではありますが、その先端に神秘力を纏っているため、ルーンシールドなどによる物理無効を貫通してきます。
 【封殺】無効
 【怒り】無効
 BS緩和
 飛行
 マーク・ブロック無効
 
●サン・エクラ ✕?
 不運にもルージュ・アンジュの周囲にいたために晶獣(キレスファルゥ)に変異してしまった、小精霊達です。
 小型の紅いクリスタル、と言った姿をしており、もしかすると紅血晶と見間違ってしまうかも知れません。
 ルージュ・アンジュの周囲を散開しながら飛び回っています。
 能力傾向としてはスピード型ですが、戦闘力はさほど高くはありません。

・攻撃能力など
 突撃 物超単 【移】【変幻】【出血】
  自身の鋭利に尖った部分で、敵を傷つけようとします。
 飛行

●吸血鬼(ヴァンピーア)『???』
 OP1章目に登場した男です。
 全身が紅血晶で出来ているような肌の、同じく紅血晶のような輝きを放つ全身鎧を纏った騎士風の吸血鬼です。
 戦闘は晶竜に任せて、自身は隠形で姿を隠したため、戦うことは出来ません。

●BS【晶化】
 このシナリオオリジナルのBSです。受けた者の身体を蝕み、紅い結晶へと変えて砕け散らせます。
 パンドラを持たない一般人は瞬く間に侵食されて全身が結晶化し、即座に砕け散ってしまいます。が、パンドラを有するイレギュラーズは継続ダメージを受けるだけですみます。
 BSであるため、BS無効で無効化出来ます。また、BS緩和を有している場合、そのレベルを問わずダメージを半減させることが出来ます。

●ウィングアンクレット
 今回皆さんに貸し出されている、装着者の意志に応じて翼を生やし、装着者を飛翔させてくれるアンクレットです。
 【飛行】スキルがなくても、飛行戦闘を行うことが出来ます。また、飛行戦闘のペナルティーを軽減します。
 サポート参加される方にも貸し出されます。

●サポート参加について
 今回、サポート参加を可としています。
 シナリオ趣旨・公序良俗等に合致するサポート参加者のみが描写対象となります。
 極力の描写を努めますが、条件を満たしている場合でも、サポート参加者が非常に多人数になった場合、描写対象から除外される場合があります。

 それでは、皆さんのご参加をお待ちしています。

  • <晶惑のアル・イスラー>ラサ支部壊滅!? 紅き天使、襲来!Lv:50以上完了
  • GM名緑城雄山
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月05日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)
氷の狼

リプレイ

●紅き天使への飛翔
 ネフェルストの夜空に、紅いローブ姿の天使が妖しく輝く。そのローブの下からは根のように結晶質の槍が伸び、ギルド・ローレットのラサ支部を襲撃していた。ラサ支部は現在、侵入してくる結晶質の槍やそれに応じるかのように出現した晶獣によって、混乱の坩堝にあった。
 この天使は、ルージュ・アンジュ。ラサ支部を攻撃するべく放たれた、晶竜(キレスアッライル)だ。
 だが、ローレットもやられっぱなしではいない。間一髪難を逃れた情報屋によって十人のイレギュラーズが集められ、いままさに反撃に出ようとしていた。
 イレギュラーズ達は、情報屋の用意した魔導具『ウィングアンクレット』の力で飛翔し、ルージュ・アンジュへと迫りつつある。
「私達の家を予告なく襲った罰……忘れないほどに刻み込むから」
 ルージュ・アンジュを睨み付けながら飛翔する『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)の声は、怒りのせいか普段よりも低く、震えていた。
 ルージュ・アンジュによる襲撃時にちょうどラサ支部の中にいたアリアは、同じく支部の中にいたユリーカ・ユリカ(p3n000003)を護衛し避難させた後、情報屋の召集に応じてルージュ・アンジュの討伐に参加していた。
(この場所を、守れるか、どうか)
 ゆっくりと、噛みしめるように、『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は内心でつぶやいた。ラサ支部だけが壊滅しても、それだけで大勢が決することはないだろう。だが、ラサ支部を護りきれるかどうかが大きな分水嶺である事は想像に難くなかった。
(――変わらないし、変えないで)
 だが、どんなに重大な依頼であろうと、行人にとってやるべき事はいつもどおりだ。
「前もって謝っておく。空に上がったらうるさくするよ」
 そして行人は、傍らにいる気の置けない友人、ハーピィのような外見の風の精霊ベンヌに話しかけた。
「あんなのが空にいるだけで、うるさい……」
 ウンザリしたような表情で、ベンヌが返す。
「だから、あれを倒すならさっさと倒してくれると嬉しい」
「わかった。頑張るよ」
 懇願するかのようなベンヌの言葉に、行人はコクリと頷きながら応えた。
「……後ろを振り返ったら、駄目よ」
 『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は、横でローレットを振り返ろうとする『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)にそう声をかけた。
 ラサ支部の方でも、仲間達が頑張ってくれているはずなのだ。だから。
「あたし達は、あの元凶を根っこから引き抜いてしまいましょう! ひとりでも多くの仲間を救う為に、手早く片付けるわよ!」
「そう、だね……わからないことも多いけど、目の前で今やれることをやっていこう! リア、サポートを頼んだよ!」
「任せて! あたしの音色と奇跡でサポートするから、全力で暴れちゃって!」
 シキの要請に、リアは深く頷きながら返した。それを聞いたシキも、意気が上がった様子で頷き返した。
「……うん、よろしくない感じ」
 『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)が、ルージュ・アンジュの姿を見上げながら、渋い顔でボソリと言った。
 史之にとって、魔物ごときが街の上空にのさばっているのも、その魔物がラサ支部を攻撃しているのも、気分が悪い。
 それに何より、どんなに見た目が綺麗であっても、人に仇なすのではその存在を許しておけようはずもなかった。
 ならば、これ以上被害が出る前に速やかに排除するまでだ。
(指揮所と言える様な支部が壊滅すると、影響が大きいわね……)
 『狐です』長月・イナリ(p3p008096)も、支部が壊滅した場合の影響をそう判断している。
(各所に影響が出る前に、あの晶竜を撃破して支部の機能を回復させるわよ!)
 そう意気込みつつ、イナリは『稲荷式九式短機関銃-改』の銃把を握りしめた。
(よりによって、グラオ・クローネの夜に襲撃するなんて……人の心がないとしか思えない!)
 そう憤るのは、『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だ。
(私達が来たからには、これ以上の犠牲者は出させやしないよ! そして一刻も早く、静寂を取り戻す)
 グラオ・クローネ、愛し合う者達にとって特別な日がこれ以上悲しみで彩られないよう、スティアは全力を尽くすつもりでいた。
「紅い天使。なるほど名にふさわしい美しい姿をしているが……」
「確かに、名前に違わず、惚れ惚れするような天使だな」
「所詮、見てくれだけの化け物だ」
「ああ。中身は怪物でしかない」
 『彼岸花の弱点』リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)のつぶやきに、『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)が応じる。
 全高二十メートルの巨体が、まるで根のように結晶質の槍を生やし、地上で殺戮を繰り広げているのだ。これが、化け物やら怪物やらでなくて何であろうか。
「ゲームで喩えるなら、黒幕(ラスボス)と言われても文句なしの強敵だ」
「『ラスボス』とは、言い得て妙だな」
「だけど、アレを墜とすのが仕事だと言うならやるしかないね」
「そうだな。速やかにご退場願おう。あんなデカブツにラサの支部を滅ぼされたら、たまったもんじゃねえしな!」
 リーディアの言に、紫電は同意を示した。
(___那由他の微塵に、切り刻み滅ぼすとも!)
 憤激しつつ、そう固く意を決しているのは、『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)だ。
 天使か竜、その名にどちらかを冠しているのみであれば、ウォリアにとってはまだ笑うところだった。だが、晶竜ルージュ・アンジュはそのいずれも冠している。
 ルージュ・アンジュが真に天使であるか、真に竜であるかは不明だが、ウォリアにとってその存在は逆鱗に触れるほどに受け容れがたいものであった。

●ラサ支部
「迸れ、紫閃の蒼刃よ! 邪を宿す偽りの天使ごと、紅き結晶を斬り砕け!」
 雷霆の如き速度で急上昇しながら、紫電は『特式・紫電影式【黒猫】改』を抜刀した。そして、その速度を乗せたまま、ルージュ・アンジュの腹部を横薙ぎに一閃する。ルージュ・アンジュに刻まれた剣閃の痕からは、紅い梅の花弁が舞い散った。
「何だ、こいつは――?」
 傷口から血が流れ出るのではなく、花弁が舞ったことに紫電は一瞬困惑する。だが、困惑しつつも紫電の身体は次に向けて動いていた。
「これも、くれてやる!」
 さらに紫電は、刀身に闇と呪いを纏わせて、呪刻と奪命の一閃を放った。今度は縦に刻まれた傷から、再び梅の花弁が散る。
 紫電の剣閃を受けたルージュ・アンジュは、その輝きを増した。そして、紫電やこの場にいるイレギュラーズの全員に向けて、結晶質の槍を伸ばしていく。アリアとリアを除き、程度に差はあれ結晶質の槍はイレギュラーズを傷つけた。その傷から、生ける者を紅い結晶へと変異させる力がイレギュラーズ達を蝕んでいく。結晶化は可能性の力が阻んだが、体内での力同士のせめぎ合いはイレギュラーズに苦痛を与え、ダメージとなった。
 さらに、数十体はいるであろうか。ルージュ・アンジュの周囲を飛び回る紅いクリスタルの姿の晶獣サン・エクラが次々とイレギュラーズに襲い掛かり、イレギュラーズ達――その中でも、ウォリアにさらなる傷を負わせていった。
「あんたなんか、滅海竜や冠位憤怒に比べれば怖くないの!」
 「家」を襲撃された憤怒と憎悪を込めて叫びながら、アリアは破邪の結界でルージュ・アンジュを包み込んだ。結界に囚われたルージュ・アンジュの体表から、次々と梅の花弁が舞っていく。
(手ごたえあり! ……どう?)
 アリアが破邪の結界を展開したのは、ルージュ・アンジュにダメージを与えるだけでなく、結晶質の槍を封じる目的もあった。舞った梅の花弁を見るに、ダメージはしっかり与えたと判断したアリアは、結晶質の槍も封じられたのではと期待する。だが、結晶質の槍は封じられるには封じられたのだが、ルージュ・アンジュはすぐにその影響下から脱してしまい、この後もイレギュラーズ達を攻撃し続けた。
「まずは、こいつから食らってもらうよ!」
 ルージュ・アンジュの背後に回り込んだ史之は、その手にしている太刀『衛府』で幾度も斬りつけた。その都度、ブワッと梅の花弁が舞っていく。そして、滝の如く傷口から血を流させる剣閃の痕からは、血こそ流れ出ては来ないものの、継続的に梅の花弁が舞っていった。
 史之はルージュ・アンジュを状態異常で攻め立てていくつもりであり、この剣閃はその手始めだった。
「手数で攻撃してくる敵が相手だと私は不利だけど、挑むしかないわね!」
 イナリは、運命を逆転する可能性の力を自身に付与する術式を発動。そして。
「私の上空に立って偉そうにしているけど、すぐに地べたに這いつくばらせてあげるから覚悟しなさい!」
 さらに稲荷神の構築した式を降ろして身体の能力を強化すると、ルージュ・アンジュをラサ支部の上から弾き飛ばすべく、超高速の体当たりを連続して仕掛けた。だが。
「うっ……重い、わね……」
 ルージュ・アンジュはイナリの体当たりを受ける度に梅の花弁を撒き散らすも、イナリが期待したほどには大きく動かない。
 全高二十メートルの巨体を有するルージュ・アンジュは、その身体が結晶質と言うこともあって、相当な質量を有している。そこに、いくら高速であるとは言えはるかに質量で劣るイナリが体当たりを仕掛けても、質量差が大きすぎてそう大きくは動かせない。さらに、ラサ支部へと根のように伸ばした結晶質の槍が錨のようにルージュ・アンジュをラサ支部の上に固定させてしまっていた。
(最初の一当ては、これで。少しでも、その生命力を削らせてもらう)
 行人は、ヒュッと刃渡りの短い短剣をルージュ・アンジュへと投擲した。その刃は、少しだけルージュ・アンジュの身体に傷を付け、わずかに梅の花弁を散らせたに過ぎない。だが、行人の本命は短剣に塗られていた致死性の毒でルージュ・アンジュの生命力を蝕むことにあった。
 継続的にルージュ・アンジュの身体から舞い散る梅の花弁の量が増えたのを見て、行人はその目論見が成功したのを察した。
「その御首級、是非とも貰い受ける___!!!」
 気炎を吐きつつ、ウォリアは立体的な機動でルージュ・アンジュに急接近した。そして、慣性を乗せたまま神滅剣『アヴァドン・リ・ヲン』でその胸部を突きにかかった。急接近の勢いが乗ったアヴァドン・リ・ヲンの刀身は、結晶質の身体の硬さによる抵抗を受けながらも、その半分ほどがルージュ・アンジュの体内へと突き刺さり、梅の花弁が舞う。
「うおおおおっ!」
 さらにウォリアは、雄叫びを上げながら強引にその刀身を振り降ろした。アヴァドン・リ・ヲンによって穿たれた傷が、点から線になるように下へと伸びていく。新たに付いた傷からは、再度梅の花弁が舞った。
(一度に全員を攻撃してくるとなると、厳しいけど……)
 その攻撃を受ける仲間達を自身の癒やしで支えきれるか、スティアは不安を覚える。だが、こういう時こそ癒やし手としての腕の見せ所だと思い直しながら、スティアもまたルージュ・アンジュへと接近する。
(全力で癒やして、皆の負担を軽減してみせる!)
 そして、固く意を決しつつ、スティアは自身の周辺に花弁を象った自身の魔力を舞わせた。魔力の花弁は、スティア同様にルージュ・アンジュに接近しているウォリア、史之、イナリ、紫電の傷を、軽傷と言えるところまで癒やしていった。

(元は精霊たちだと聞くけど……)
 出来ることなら、エン・サクラは殺めることなく元の姿に戻してやりたいと、シキは思う。だが、現状では攻撃して斃すしかなかった。
「……ごめんね。どうかせめて、ゆっくり眠っておくれ」
「君達は被害者とも呼べるけれど、天使狩りの邪魔をするなら壊すしかない……すまないね」
 シキと行人は、エン・サクラとされた精霊達への謝罪を口にしつつ、それぞれ散開するエン・サクラを攻撃した。
 シキが、エン・サクラ達の中へと飛び込んで『ガンブレード・レインメーカー』を手当たり次第に振るっていく。その攻撃は一見雑であるように見えて、周囲のエン・サクラ達を的確に捉えていた。ガンブレード・レインメーカーに斬りつけられたエン・サクラ四体の結晶の身体には、いずれも大きなヒビが入っていた。
 そこに、リーディアが銃弾の雨を降らせていく。銃弾を受けたエン・サクラ達の、その身体に入ったヒビはさらに全体に拡がって致命的なものとなり、バキン! と音を立てて砕け散った。
(こうするしか救う方法が無くて……ごめんなさい)
 百メートル以内にいる者の感情が旋律として聞こえてしまうリアには、エン・サクラ達の発する苦しそうな旋律の多重奏が聞こえていた。エン・サクラ達がシキと行人によって砕け散っていく様を見ながら、その苦しみから解放する手段が他にないことを、心の中で詫びた。
 だが、リアは何時までもそれを悲しんでばかりはいられない。シキとリーディアを、支えなければならないのだから。
 リアは、シキとリーディアの中間へと移動すると、瞳を金色に輝かせながら、空中庭園を守る神託の少女の旋律を奏でた。その優しくも何処か悲しげな旋律は、シキとリーディアを蝕む結晶化の力を完全に消滅させた。

●残るはただルージュ・アンジュのみ
 エン・サクラは、一体一体の戦力自体は高いものではなかった。だが、広く散開しているのが厄介であり、シキ、リーディアの範囲攻撃に加え、時折攻撃に回ったリアの放つ炎を以てしても、その数を減らすのには時間を要した。
 ウォリア、史之、イナリ、紫電、アリアは、ルージュ・アンジュへの攻撃を続けていた。ルージュ・アンジュの結晶質の身体は次第に傷ついていきつつも、まだその巨体全体に影響する程とは言えず、その生命力の底は未だ見えないでいる。
 その間に、戦場全域で暴れ狂うルージュ・アンジュの結晶質の槍は、イレギュラーズ全員を傷つけていった。スティアは自身と共にウォリア、史之、イナリ、紫電、アリアを癒やしていくが、次第に回復が追いつかなくなり、傷が深いものとなり始めていく。リアも自身とエン・サクラに当たるシキ、リーディアを癒やしていったが、リーディアについてはダメージに回復が追いつかず、深手を負ってしまった。
 まだエン・サクラも斃し切れておらず、力尽きた時に可能性の力で再度起ち上がるにしてもタイミングが早すぎるため、行人はリーディアがこれ以上傷を負うことのないよう、盾となって護りに入った。

(何より短期型だからな、本来は。上手く、立ち回らねえと)
 紫電は、最初の攻撃以降は気力の消耗を抑える立ち回りに徹していた。ルージュ・アンジュの生命力の底が見えない以上、気力切れは避けたい。
 ルージュ・アンジュは状態異常からすぐに脱してしまうため、気力が有り余っているならば雷霆たる一撃でルージュ・アンジュの抵抗力を下げ、仲間の状態異常付与を援護したいところだ。だが、それではすぐに気力が枯渇してしまう。
 気力が有限である以上、立ち回りは効率的でありたい。幸い、紫電はそれを可能にする技を有していた。
 紫電の姿がブレて、無数に分身しながらルージュ・アンジュへと迫っていく。そのうちの一つ――紫電の本体が、ルージュ・アンジュの脇腹に特式・紫電影式【黒猫】改を深々と突き刺した。結晶質の身体を豆腐のように易々と貫いたその傷から、梅の花弁が舞っていく。
 さらに紫電は、その刀身を引き抜きながら黒き大顎を創り出すと、今刻んだ傷の上へと噛みつかせた。大顎が肉を食い千切る動きをすれば、幾つもの牙の痕がルージュ・アンジュに刻まれ、その傷からまた梅の花弁が舞う。
 反撃に出たルージュ・アンジュの結晶質の槍が、イレギュラーズ達を襲う。
「すまない。助かるよ」
「何、俺の分まで奴をやってくれたら、それでいい」
 行人は、変わらずリーディアを盾となって護る。詫びるように言ったリーディアに、行人はその分の働きは期待していると言わんばかりの笑顔を向けた。
 リーディア以外のイレギュラーズは全員、結晶質の槍を受けてさらに傷を深めていった。
(随分と、時間がかかってしまったわね。流石のスティアでも、一人で支えるのはもうきつそう。
 これで終わらせて、早く二人で支えましょう!)
 リアは、聖女の嘆きを再現する旋律を残る最後のエン・サクラに聞かせるように響かせた。旋律に込められた悲哀は猛火と化して燃え盛り、エン・サクラを炎で包んだ。最後のエン・サクラは、炎の中で砕け散っていった。
「体力に自信があるなら、これを受け続けても大丈夫だよね?」
 アリアはそう問いかけながら、掌底に魔力を集約させて、ルージュ・アンジュの鳩尾に叩き付けた。もっとも、アリアは返答など期待してはいないのだが。
 一点に集められた魔力が、ビキビキビキビキッ! と言う音とともに、掌底を押し当てられた周囲を砕き、クレーターのように穿った。
(状態異常祭りにするつもりだったんだけどね……このお綺麗なデカブツ、攻略難度が高そうだよ)
 ルージュ・アンジュが初手で付与された状態異常をすぐに回復し、さらにそれ以降は状態異常を付与しにくくなったのを見て、史之はルージュ・アンジュを状態異常で攻め立てていくのは厳しいと判断していた。
 では、如何するか。堅牢な結晶質の身体など意味を成さない斥力を用いるまでだ。
 史之は、ルージュ・アンジュに立て続けに斥力を放った。斥力が命中する度に、ルージュ・アンジュの体表に紅いプラズマと共に、梅の花弁が飛び散っていく。
 斥力の衝撃は、そのままルージュ・アンジュの体内へと浸透し、過負荷をかけダメージを与えていた。
 ダラララララ……。イナリの機関銃による銃撃が、ルージュ・アンジュの翼を狙い撃つ。翼を損傷させればルージュ・アンジュの飛行能力が落ちるのではないかとの狙いが、そこにはあった。銃弾が翼を次々と貫通し、その度に梅の花弁が舞い散っていく。ルージュ・アンジュの片翼の半ばほどは蜂の巣にされた――が、ルージュ・アンジュは変わらずラサ支部上空を飛行――と言うよりも、浮上し続けている。
(……なかなか、思いどおりに行かせてくれないものね)
 身体の堅牢さなど関係ないかのように、イナリはルージュ・アンジュに攻撃を直撃させ続け、傷を負わせ続けている。だが、ルージュ・アンジュをラサ支部の真上から排除する方策に関しては上手く行っていないことに、忸怩たるものがあった。
 エン・サクラの相手を終えたリーディアは、愛銃『彼岸花』を構え、スコープを覗き込んだ。その瞬間、ある感情がリーディアの頭を過ぎる。
 それは、あの場所――ラサ支部に愛弟子が、愛しい赤頭巾が居なくてよかったと言う、安堵だ。そう考えるのは、狙撃手としても、イレギュラーズとしても、『師匠』としても、良くないことだとリーディアは理解している。理解していて、なおリーディアは安堵せずにはいられなかった。
(――だからこそ、今は、『赤頭巾が彼処に居ると思って闘おう』)
 そう、リーディアは思い定めた。実際、愛弟子くらいの歳のイレギュラーズは、ローレットでは珍しくないし、そう言うイレギュラーズがラサ支部の中にいてもおかしい話ではなかった。
 愛弟子がラサ支部にいるものと思い定めたことで、より冷静に、冷徹になれたリーディアは、(お前は絶対零度の氷狼だ)と自らに言い聞かせながら、彼岸花の引金に指をかけ、静かに引いた。
 一弾一殺たる魔弾が――さすがに、晶竜相手にそれを叶えるのは厳しいが――ルージュ・アンジュの眉間に深く突き刺さり、その周囲に梅の花弁が舞った。
「お待たせ! 私も晶竜への攻撃に加わるよ!」
 そう仲間達に告げながら、シキは黒き大顎を創り出し、ルージュ・アンジュへと放った。大顎は、紫電が放った大顎が噛みついたのと同じ場所へと噛みつくと、その牙を深々と突き立てる。そして、結晶質の身体をバキッ! と音を立てて噛み砕き、抉り取った。それとともに、抉り取られた場所の周囲を梅の花弁が舞う。
(これで、囮は終わりか)
 エン・サクラの全滅を知ったウォリアは、そう考えた。ウォリアは敵に狙われやすくなる特質を有しており、エン・サクラはそんなウォリアに集ってきたために、ウォリアは敵の攻撃を誘き寄せる囮として味方を護ってこれた。だが、ルージュ・アンジュはウォリアも狙ってきているが、他のイレギュラーズも同時に攻撃していていた。おそらく、この後も変わらないのだろう。
「オレこそが、お前の死の運命だ。天より地に堕ち、その罪を悔いるがいい___!!」
 ウォリアはそう叫びつつ、ウィングアンクレットから生えた翼を羽ばたかせた。まるで地上を走っているかのように、ウォリアは空を駆けていく。そしてウォリアは、神威たる刺突を放ち、アヴァドン・リ・ヲンでルージュ・アンジュの胸を深々と貫いた。ブワッ! と梅の花弁が吹き荒れるように舞った。
 それにしても、とウォリアは思う。
(……このアンクレット、本当に便利だ。貸与されるだけの信用を勝ち得ているという証左か)
 それだけ信用されていると言う事実自体は、ウォリアにとってありがたい。一方で、ウォリアの胸中にはウィングアンクレットを自身の所有物としたいと言う欲望も生まれている。
(……斯様な物欲に塗れるとは、我ながら混沌、否……ニンゲンに染まってきたものだな)
 その欲望に気付いたウォリアは、内心で苦笑いした。
(もうすぐ、リアさんが合流してくる……これで、戦線を支えきれる?)
 最後のエン・サクラを撃破したリアの姿に、スティアはそんな期待を抱きながら、自らの周囲に魔力の花弁を舞わせた。花弁が舞い散る中にいた紫電、アリア、史之、ウォリア、そしてスティア自身が受けている傷が、ある程度癒えていった。

●砕け散った紅き天使
 イレギュラーズ側は、ルージュ・アンジュとの距離に多少の差はあれど、スティアの魔力の花弁が撒かれる範囲に全員が入った。普通なら範囲攻撃を警戒して散開するところであろうが、今回は何処にいても全員に結晶質の槍が飛んでくるのであるから、魔力の花弁の範囲に入らない理由はなかった。
 スティアが全員を癒やし、リアが傷の特に重い者を癒やす。この二人がかりの癒やしに加え、行人の用意した『エンジェル・レイン』を以てしても、なおルージュ・アンジュの攻撃は支えきれなかった。癒やしが追いつかなくなるペースは落ちたものの、可能性の力を費やす寸前から浅いとは言えない程度まで、全員が深手を負わされた。
 一方、ルージュ・アンジュもイレギュラーズの熾烈な攻撃に、深く傷ついていた。その結晶質の身体は多くの場所がボロボロになり、結晶質の身体には何カ所も深い亀裂が入っている。
 生命の削り合いの様相を呈している両者の戦闘は、やがて最終局面へと入っていった。

「もう、貴方の身体の何処を破壊しても、綺麗にサンプルを回収するのは難しそうね。
 ……とりあえず、その首は頂くわね!」
 イナリは、ルージュ・アンジュに気取られることなくその首筋の側まで移動すると、機関銃での零距離射撃を敢行した。ダララララララ……と言う連続した発射音と共に、無数の銃弾をルージュ・アンジュの首に叩き込んでいく。イナリの零距離射撃の間、ルージュ・アンジュの首からは梅の花弁が舞い散り続けていった。銃弾を受けた場所は蜂の巣のように穴だらけになっていたが、ルージュ・アンジュの生命はまだ尽きないでいる。
(体が、痛い……!)
 シキの、アクアマリンの瞳が輝いている。それは、命を賭けてでもルージュ・アンジュを斃すと言うシキの意志の表れであり、同時に、シキら貴石の民が罹る貴石病の症状が加速度的に進行していると言う証でもあった。パキ……パキ……服の下でそう音を立てながら、シキの胴の半分から先が少しずつアクアマリンと化してきている。シキが感じているのは、その痛みだ。
 だが、だからこそ、シキはこの痛み程度で止まるわけには行かない。シキは痛みに耐えながら黒き大顎を創り出し、ルージュ・アンジュの首筋の、イナリが無数の銃弾を叩き込んだ場所へと噛みつかせた。大顎の牙が深々とルージュ・アンジュの蜂の巣になった首筋に突き立てられると、大顎は肉を引き千切るように、蜂の巣になって脆くなった部分を砕き、抉り取った。大量の梅の花弁が、その周囲を舞っていく。
「さぁ、オレがさらなる高みへ昇る糧となれ___!」
 ウォリアが、ルージュ・アンジュの首を狩るべく畳みかける。狙いは、シキの大顎が砕き削り取った場所。そこを目掛けて、ウォリアはアヴァドン・リ・ヲンを横薙ぎに振るった。神威の一閃が、ルージュ・アンジュの首筋を深く斬っていく。首の中程まで亀裂が拡がると共に、梅の花弁が舞った。
(あと少し……あと少しだけ、みんなを支える力を――!)
(今、行人さんを倒させるわけには……!)
 祈るような面持ちで、スティアが自身の周囲に魔力の花弁を舞わせ、仲間全員を癒やしにかかる。リアは、現状で最も傷の深い行人に、星々の瞬きによる癒やしを施した。
 二人がかりの回復がルージュ・アンジュから受けるダメージに追いついていないとは言え、ここまで誰も可能性の力を費やすことになっていないのは、やはりスティアとリアが協力して仲間達を癒やしていったからだ。どちらかでも欠けていれば、誰かは可能性の力を費やして戦線復帰し、その上で戦闘不能に追い込まれていたかも知れない。
「紫雷の剣! その身に受けて、砕け散れえぇぇぇ!!!!」
 もうルージュ・アンジュは長くはもたないと見た紫電は、残る気力を全て注ぎ込んで勝負に出た。圧倒的な速度と共に、特式・紫電影式【黒猫】改の刀身をルージュ・アンジュの胸に深く突き立てる。ビキビキ……ビキッ! ルージュ・アンジュの体内を貫く刀身の周囲から、亀裂が拡がっていく音がして、梅の花弁が舞っていく。
 ビキビキ……パキパキ……ルージュ・アンジュの身体からは、その中身に亀裂が入り、砕ける音が止まらない。だが、ルージュ・アンジュは最期の力を振り絞るかのように、結晶質の槍を伸ばしてイレギュラーズ達を攻撃した。しかし、その攻撃はイレギュラーズの誰かを戦闘不能にするどころか、可能性の力を費やさせることさえ出来なかった。直前の、スティアとリアによる癒やしがあればこそだった。
 そして、リーディアの盾となった行人に傷を負わせたことで、ルージュ・アンジュの体内から聞こえる音のペースはさらに速くなっていき、身体に刻まれたあらゆる傷から梅の花弁が放出されていく。
「これで……終わり!」
 アリアは魔力を掌底の一点に集め、紫電の刀で貫かれた痕の上に被せるように叩き付けた。ビキビキビキ……バキバキバキ……! 掌底を受けた場所から放射状に大きな亀裂が入り、周囲へと拡がっていく。一方、ルージュ・アンジュの内側からも、外側に向けて多数の亀裂が走った。もう、体内からの梅の花弁の放出は止まらない。
「しぶといね……何時までもここに居座られると、迷惑なんだよ。さっさと、倒れてくれない?」
 身体中に亀裂が入り、梅の花弁を放出し続け、それでもなお斃れないルージュ・アンジュに、史之は立て続けに斥力を放っていく。斥力が命中する度に、紅いプラズマが迸ると共に、その周囲が梅の花弁を撒き散らしつつ砕けていった。ルージュ・アンジュの身体に走る亀裂は全身に広がっていき、その身体からは紅い結晶の欠片がこぼれ落ちていく。ビキビキ、バキバキと言う破砕音も、大きくなっていった。
「――さあ、羽根を休める時間だよレディ。もう君が飛べる空は無いのだから」
 彼岸花を構え、スコープを覗いたリーディアが、その引金を静かに引いた。ルージュ・アンジュの胸の一点に命中した銃弾は、生命を嘲笑する死神のように、ルージュ・アンジュの生命を奪い去った。彼岸花からの銃弾を受けた一点から、放射状に亀裂が走っていく。その亀裂は、既に入っている他の亀裂と繋がり、さらにまた別の亀裂と繋がってを繰り返し、ルージュ・アンジュの全身へと拡がっていった。
 バキィン! 一際大きな音を立てて、ルージュ・アンジュの身体がラサ支部に伸びている結晶質の槍もろとも砕け散った。それを、同時に放出された無数の梅の花弁が包み込むように覆っていく。
 梅の花弁が消え去った後、ルージュ・アンジュの痕跡はもう残っていなかった。

●不審なる者の気配
「――これ、ルージュ・アンジュ単独犯じゃないよね?」
「うん。こんなデカブツが、意志もないまま動いてるわけはないね。操っている誰かがいるのかな?」
 アリアも史之も、ルージュ・アンジュ襲撃の背後には何者かがいると感じていた。
「……まだ、気を抜かないで。もしかしたら、その『誰か』がまだいるかも知れない」
 その二人に、そして他の仲間達に、リアは小声で気を抜かないように、だがあからさまに警戒している様子は見せないようにしながら、地上に降りるように頼んだ。
 そうして、地上へと降下すべく高度を下げていく最中。
(……聞こえた。まだ、ここにいるのね)
 ルージュ・アンジュを討伐すべく飛び立つ前にリアが聞いた、良からぬ旋律。それがまだ聞こえると言うことは、この旋律を奏でる者がまだここにいると言うことだ。

(ふむ……所詮は、拾い物か。この程度とわかっておれば、余自ら動くべきであったか?
 ……まぁ、よい。壊滅まで至らぬは残念であったが、幾ばくかの打撃は与えたであろう)
 ラサ支部の近辺で、長髪の貴族然とした風貌の、騎士風の全身鎧を纏った男が、その身を周囲の景色に溶け込ませつつ、砕け散ってゆくルージュ・アンジュの姿を失望したように眺めていた。
 そして、踵を返してこの場を去ろうとした、その時。
「……ほう、余の陰形を見破るか。大したものよ」
 男が、すっと一歩動く。一瞬遅れて、リアの放った斬撃が男のいた空間を斬り裂き、それに合わせるように放たれたシキの大顎が空を切った。
「あんたは誰? 敵なら容赦しない」
 自身の敵意感知にこの男が引っかからなかったことに動揺しつつも、それを抑えてシキは声の主に問う。
「ククク……そう問われて素直に答えるは、愚者の所業よ」
 だが、姿を見せないままの男の返答は、嘲り混じりのはぐらかしだった。
 ならばと、シキは続けて大顎を放とうとし、リアもまた斬撃で斬りつけようとする。他のイレギュラーズ達も、声の元へと攻撃しようとした。
「おっと。余はもうここには用はないでのう。さらばだ」
 だが、男はそう言うと今度こそこの場から去って行った。
「ラサにちょっかい出さないでよね! 何回来たって返り討ちだけど!」
「ハハハハハハ……」
 あらん限りの殺意を込めた強烈な眼光で鋭く睨み付け、武器を構えて威嚇しながら叫ぶシキに男が返したのは、嘲るような笑い声だけだった。
 声の主が何者かは不明であるが、この時点で用はないと言ったことで、男がルージュ・アンジュをラサ支部にけしかけたことはイレギュラーズ達には容易に想像が付いた。
 そしてリアは、この男が放った旋律を強く脳裏に刻み込んだ。

 その後、任務達成を情報屋に報告して、イレギュラーズ達は解散した。晶竜の騒動も落ち着いて静かになったラサ支部の一室で、リアは心配そうにシキに問う。
「……ねぇ、シキ。貴女、何処か調子悪いんじゃない?
 戦闘中、動き辛そうにしていたし、何より旋律が」
「大丈夫だよ、リア! ちょっと疲れたのかなぁ、なんて」
 だが、シキは自らの貴石病の進行のことは言わずに、誤魔化した。
「……そう。何も無いなら、いいのだけど」
 そう言って、リアは部屋を出た。そして、ドアの前で哀しげにつぶやく。
「……貴女も、やっぱりあたしに何も教えてくれないのね」
 だが、そのつぶやきはシキに聞こえていた。
「……リアだって、教えてくれないじゃない」
 シキもまた、哀しげにつぶやくのだった。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
優しき咆哮
伏見 行人(p3p000858)[重傷]
北辰の道標
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
ウォリア(p3p001789)[重傷]
生命に焦がれて
寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
リア・クォーツ(p3p004937)[重傷]
願いの先
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)[重傷]
真打
アリア・テリア(p3p007129)[重傷]
いにしえと今の紡ぎ手
長月・イナリ(p3p008096)[重傷]
狐です
リーディア・ノイ・ヴォルク(p3p008298)[重傷]
氷の狼

あとがき

 シナリオへのご参加、ありがとうございました。皆さんの活躍により、ローレットのラサ支部は壊滅することなく守られました。
 MVPは、【賦活】【奇跡】付きの範囲回復で戦線を支え続けたスティアさんにお贈りします。

 それでは、お疲れ様でした!

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