シナリオ詳細
幸せの詩、本質の鎖
オープニング
●獄
――イレーヌ・アルエという女の名前を憶えている。
天義の神学校、その寮にて同室だった女の名前だ。
あの女はひどく優秀であり、先進的であり、まぶしかった。
当時の天義の、あらゆる悪徳と悪意に耐え、むしろはねのけて力に変えるような奴だった。
私は思ったものだ。あの女なら、きっと世界を変えるのだろうと。
このクソみたいな世界を変えられるのだろうと。それこそが信仰だ。それこそが神の力だ。
イレーヌ・アルエは顔色ひとつ変えずに(その内に多大な努力をしていた。同室の私が知っていたことから、知らないことまでだ)神学校で結果を残し続け、続け、続け、幻想に帰った。
しかし翻って、あの女はどうだ。幻想一つ変えることはできなかった。いや、幻想の化け物どもと対等に渡り合っているというのは評価できる。が、あの女はもっとやれるはずなのだ。
勝つことが、出来るだろう。幻想の化け物どもと対等か、それ以上に、世界を変えることができる筈だった。
何故やらない。何故できない。お前はそういうものではないはずだった。あの日、あの絶望の中で(私だったら壊れていた)まっすぐ前を見て歩み続けたお前なら、出来る、はず、なのに。
世界はそんなにも。壊れている、のか――。
「夢?」
マザー・カチヤと呼ばれる女は、ふと呟いた。アドラステイア中層、オンネリネン本部。豪奢なしつらえの柔らかな椅子に腰かけたカチヤは、ふと目を開いてそう呟いた。
「寝ていましたか……」
うたたねであったはずだった。入れたばかりの紅茶は湯気を立てたままだ。ほんの一瞬。或いは、数分。わずかな、意識の喪失。それをはっきりさせるように、紅茶を含む。味がしない。味も、匂いも、まったく感じなくなってから、どれくらいたっただろうか。どうしてそうなったのかは全くわからない。ある日突然、そうなったのだ。どうしてだろう。ストレスか。あるいはもっと違うもののせいか。
「馬鹿らしい」
カチヤは呟いた。何かどうも、おかしかった。気分が。夢を見たこともそうだ。久しく見ていなかった夢。それも、過去の、かつて焦がれた女の夢だった。今は捨てた想いの夢であった。世界を変えようという大それた夢は、それを託した神女にさえなしえなかった。
「ならば、あなたの信仰は間違っていたのでしょう、イレーヌ」
それは、一方的な想いであった。一方的な愛と敵意の肥大であった。帰ってこない想いは、闇に反射して勝手に大きくなる。これはそういった類で、独りよがりなひとり相撲だ。
「私がかえる。あの悪徳の天義の都も、あなたの居る場所も。その為には、この街の悪魔どもだって利用してみせましょう」
それは間違いなく、恋する女の顔ではあった。が、その表情は瞬く間に消え失せる。いつもの、マザー・カチヤの表情が戻ると、今度は怜悧な思考が戻っていた。しかし、心に籠った熱に、怜悧な思考は非論理的な結論を下した。厭な予感がする、だ。第六感的な、それ。
「……念のため、常駐する子供たちを増やしておきますか。確かに、昨今はオンネリネンを動かし過ぎた……『敵(ローレット)』が何かを感づいたとしたら……」
くる、可能性は、あった。何か大きなうねりが、渦巻いているような気がした。警戒しすぎるという言こともあるまい……。
カチヤは呼び鈴を鳴らした。すぐに表れたのは穏やかな笑顔を浮かべた一人の女性である。
「ティーチャー・エアリス」
カチヤがその女の事をそう呼ぶ。エアリスと呼ばれた女は、頷いた。
「ええ、マザー。御用ですか?」
「ティーチャー、あなたから『売られた』子供たちは、非常に士気旺盛で、『家族のつながり』を大切にする優秀な子供たちです」
「ありがとうございます」
エアリスが一礼する。うすら寒い表層上の言葉をやり取りしながら、カチヤは続けた。
「そのため……あなたの『精鋭』と共に、しばらくここに滞留を願いたいのです」
「何かご不安でも?」
内心に嘲笑を浮かべながら、しかしその瞳はそれを写さぬほどに穏やかで愛を騙っている。エアリスの言葉にカチヤは頷くと、
「ええ。もしかしたら、一波乱あるかもしれません。本部の警備を厳重にお願いします」
「ええ、かしこまりました」
エアリスは優雅に一礼をした。顔が隠れる。その陰に、聖女の笑顔は消えていた。そこには打算を即座に計算する狐の顔があった。
(……臆病風に吹かれた……いいえ、違いますね。この女の勘は異様に鋭い。ならば、何らかがある可能性がある……さて、どう立ち回るべきか……)
エアリス。カチヤ。二人の悪人は表層上に聖女の笑顔を浮かべながら、『その時』を待つ――。
●セーフ・ハウス
「以上だ」
バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインが、『あなた』を始めとするローレット・イレギュラーズ達にそう告げた。その言葉の内容は、アドラステイア中層、傭兵部隊『オンネリネン』の本部施設の場所であった。
「念のために言っておくが、メモなど取るなよ。すべて頭に叩き込め。これ以上は私も何も言わん」
「ご協力に感謝を」
Я・E・D(p3p009532)が静かに一礼をした。旅人(ウォーカー)であるЯ・E・Dは、その所作の一つ一つに細心の注意を払っていた。相手は反旅人(アンチ・ウォーカー)、いや、憎悪(ヘイト)思想を持っている相手だ。如何に『敵の敵』と言えど、その心の内は穏やかではあるまい。
「お見送りを?」
「結構だ。歩いて帰る」
バスチアンが言った。
「私にとっては……まだここは安全な都市だ。まだ、な。だが、貴様らの働きによって変わるだろう。次に会う時は、皆殺しにしてやる。薄汚い旅人(ゴミ)め」
バスチアンの狂気的な部分が、この時漏れ出ていた。漏れ出ていた、程度で済んだのは、彼が幻想の伏魔殿で相応の地位を確保している理由である。狂気的であるが、理性的な一面も持ち合わせている。厄介なタイプの相手であった。
イレギュラーズ達が(形式上などを含めて)一礼をすると、バスチアンは部屋から去っていった。あらためて見てみれば、バスチアンが普段逗留する屋敷よりはワンランク下がった調度品の部屋である。バスチアンが用意した、中層用の隠れ家(セーフ・ハウス)だ。どっと疲れた。幻想も現状騒動が起きているが、その中でも精力的に動けるバスチアンが相手だ。
『何度あってもおっかない奴だね』
Tricky・Stars(p3p004734)の虚がそういうのへ、キドー(p3p000244)が笑った。
「幻想の化物(きぞく)はみんなあんなもんだ。で、オンネリネンのガキどもともこれで仕舞いか」
「壊滅というよりは、どちらかと言えば調査を最優先です」
小金井・正純(p3p008000)がそう言った。
「『子供たちのやり取りの記録』。および『イコルについての情報』……これの確保ですね」
「それがあれば、天義本国を動かせるでしょう」
只野・黒子(p3p008597)が言う。天義本国を動かすための確定的な証拠と、危機が迫っていることを、証明できるという事なのだ。
「速く動いた方がいいだろう」
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が言った。
「なるべく……早く。終わらせよう」
その言葉に、仲間達は頷いた。アーマデル、いや、Tricky・Starsも黒子も、オンネリネンのこどもたちを保護している経緯があった。今は領地で生活する彼らとの、長い長い悲劇の因縁を、此処で断ち切ることができるのならば。
「はじめようか」
Я・E・Dが言った。
「オンネリネン本部に襲撃を仕掛けるぞ」
キドーの言葉に、仲間達は頷く。
やがて太陽が悲劇を見たくないと隠れ、月がせめて英雄たちを照らそうと顔を出した時、ローレットに選抜された特務部隊が、ちゅそうへと忍び込んだ。向かうは、オンネリネン本部。一つの決着と、次の戦いへ続く足がかり。それを得るための戦いが、始まろうとしていた。
- 幸せの詩、本質の鎖完了
- GM名洗井落雲
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年11月25日 22時06分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
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参加者一覧(30人)
リプレイ
●onnellinen
幸せだと思ったことはあるか。
どんな些細なことでもいい。つまらない事でもいい。他人に理解されない事でもいい。
夕飯が少しゴージャスだった、ってのもいいだろう。
嫌いなアイツが不幸な目にあった、何てのも幸せに感じるかもしれない。
金を稼げたことが幸せかもしれない。
愛する人と出会えた、なんてのはきっと綺麗だね。
何らかの創作をしていることが幸せってのもありだ。
人は幸せを感じることができる。どんなことにも。どんなことにでもだ。
でも、その幸せが偽りであったとしたら、人はどうするのだろう。
諦観するのか。絶望するのか。切り替えるのか。忘れるのか。それでも、すがるのか。
その幸せな子供たちに、幸せを吹き込むものは、アドラステイア中層にいた。
バスチアンから伝えられた情報を、一言一句忘れずに街を進む。下層に比べればずっと綺麗で、かつての港町の風景を残した街々。林立する多くの建物はまだ暖かさを感じられる。ここに来られるのは、限られた者たちだけだ。優秀な子供たちと、それを使役する大人たち。上層にはもっと大人たちがいるのだろう。子供たちはそれを信じて、いつか中層で、上層で、大人になれるのだと信じて、隣の友達を崖に突き落としているのだろう。或いは、オンネリネンと呼ばれた傭兵部隊のように、隣の友達のために、家族のために、外で人を殺して、自分もどこかで野垂れ死ぬのだろう。
「クソが」
『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は静かにそう呟いた。最悪の気分だった。仕事で負った傷を治すために、痛み止めを低品質のアルコールで流し込んだ時の方がよっぽどマシだった。
「相も変わらず嫌な空気だこと」
「そうね」
『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が頷いた。
「とても嫌な感じ――ああ、なんというべきなのかしらね。これは――」
とても言葉に言い表せない。悪徳が眠る、無辜のものが利用される。そういう悪を、人は何と呼称すればよいのか。吐き気を催すほどの、とか、もっとシンプルに、クソ野郎とでも言えばいいか。ヴィリスには似つかわしくない言葉だったから、その言葉はヴィリスの唇を震わせることはなかったけれど。
「目標を、確認する」
『金色凛然』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)がそう言った。
「オンネリネン本部に突入して、『情報』の回収。その間の、敵の引き付けと、建物正面入り口の制圧。
マリアたちの仕事が、それだ」
「ここは少し入り組んだ場所にあるが」
『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が声をあげた。
「それでも、戦闘が発生すれば、外からは丸見えだ。間違いなく、外からの増援も来る」
「あら、責任重大ね」
コルネリアがおどけるように言った。
「中からも外からもひっきりなしにやって来る敵を、延々と引き付けなきゃならない。大変ねぇ。手当(ボーナス)が欲しいわ」
「わりぃな。ちゃっちゃと片付けてくるわ」
『最期に映した男』キドー(p3p000244)がそういう。キドーは内部調査のチームだ。
「あのおっかねーお貴族様に念を押されたからな。
ま、俺はああいうタイプは好きじゃぁないが……」
「バスチアンだね」
『赤い頭巾の魔砲狼』Я・E・D(p3p009532)が答えた。因みに、Я・E・Dも内部調査のチームである。内部調査チームには2チームあって、キドーは『イコルの情報』についての調査、Я・E・Dは『子供たちの取引記録』についての調査である。どちらもおそらくは別の部屋に隠されていると思われていて、その為1チームで室内をくまなく調べている時間もないだろう、という観点からチームを二つに分けている。1チームごとの戦力は低くなるが、そこは時間とのトレードオフだ。
「確かに、酷い狂気を感じたね。反転とかじゃなくて、あれが純粋に人の憎悪か」
「俺は欲望まる出しで生きてる方が好きだがね」
キドーが肩をすくめる。
「ただ、幻想の伏魔殿で生きているひとだ。優秀なのだろうね、いろんな意味で」
「それはそう」
キドーが言う。
「逆を言えば、機嫌を損ねた場合、マリアたちも、危ういということだ」
エクスマリアが言う。
「今回で言うならば、その期待を裏切ったら、か。確かに、いろんな意味で気が抜けないな」
マカライトが頷いた。もしここで失敗という醜態をさらしたならば、バスチアンはこちらとの縁を完全に切るだろう。切るだけならいいが、此方をアドラステイアに売るくらいのことは刷るかもしれない。何にしても、ここは正念場だった。
「そんでまぁ、もうすぐ噂のお屋敷だが」
『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)が言う。
「準備は良いか? 入り口に見張りくらい入るだろうから、俺たちは一気にそいつを制圧。アンタらを屋敷内に送り込む。
後は、アンタら帰って来るまで、耐え切るって寸法だ」
「脱出はポイントも確保したいな」
『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)が言う。
「チョウカイ、出来れば、連れてくるべきじゃなかったのかもしれないが――」
「ううん、大丈夫だよ、ベルナルドおにーさん」
チョウカイは、少しだけ口元を引き締めていった。
「僕も……きっと、やらなきゃいけない事だと思うから……」
そういうチョウカイに、ベルナルドが頷いた。
「あんまり気負うもんじゃないぜ、ガキンチョ」
ブライアンが言った。
「浅く広く、だ。それ位のスタンスでいた方が潰れないでいい」
「ん……ありがと」
チョウカイが頷く。果たしてそんな会話をしているうちにも、一歩一歩屋敷には近づいていった。屋敷、つまりオンネリネンの本部だ。
「ふむ……やはり見張りはいるな。五人……それもすべて子供か……」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が目を細めながらそう言った。本部屋敷の入り口には、格子状の扉があったが、どうやらカギは外されていて、押せば容易に開くだろう。その奥には前庭があって、屋敷の扉が見えた。前庭には、今は五人の子供たちがいて、それぞれ剣を腰に佩いている。見張りだろう。前庭は魔法の明かりか何かでも設置されているのか充分明るく、行動の障害になるようなことはない。
「動くぞ……迅速に、だ」
汰磨羈がそういうのへ、仲間達は頷いた。門扉を開く。以外にも、格子状の扉は、きぃ、という軋みの音すら立てなかった。手入れが行き届いているのだろう。その手入れのために必要な金も人員も、きっと子供たちの命と引き換えに得たものなのだろうが。
「ごめんよ……!」
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)が声を上げつつ、その手を掲げた。その手の先から、熱砂が巻き起こる。シムーン・ケイジ。熱砂の魔術。巻き起こる場違いに思えるような熱く苛烈な砂が、不意打ち気味に子供たちを狙う。
「な、なに!?」
「敵だよ!」
子供たちが声をあげた。全く、きびきびとした行動と判断は、彼らが『戦闘慣れしている』ことの証左であり、吐き気を催すような事実である。熱砂に身体を叩かれながらも、子供たちは即座に武器を抜き放った。ぴぃ、と笛を鳴らす。警戒笛。恐らく、周辺に敵の存在を知らせるもの。まぁ、それは良い。元より織り込み済みである。問題は、ここからどれだけ耐えらえるかだ……!
「聖獣様を連れてきて!」
子供が叫んだ。
「それはさせねーです!」
『航空司令官』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が叫び、子供たちの足止めを敢行する。自らに攻撃を引き付け、この場にくぎ付けにする。
「最終的には聖獣もくるでしょうが……でも、今ここに来させるわけにはいかない!」
ブランシュが子供たちと相対する。ぞっとするような瞳が、ブランシュを見つめていた。明確な敵意と殺意を伴った、子供の瞳。それはどれだけ恐ろしい現実だろうか……。
「今、です……。
突入……してください……」
『罪の檻』ヴァイス・ヴァイス(p3p009232)が、子供からの攻撃を受け止めつつ、そう言った。イレギュラーズ達は、子供たちをひきつけ、押し込みながら、道を作る。突入チームが入り込むための道。屋敷の扉までの道の安全を確保する。
「こちらは……お任せを。
皆様が戻るまで……必ず、耐えきってみせましょう……」
それは、静かに、たどたどしくも感じられたが、しかしその言葉に込められた決意と約束は本物であった。自らが盾となって、この場を守る……それが、ヴァイスの決意であった。それを感じ取ったから、17名の突入部隊も、その意を組んだ。仲間達が激しく打ち合う中を、突入する!
「こちらですわ」
突入チームが扉に近づくのを確認したように、内部から扉が開いた。シスター服を着た『味のしない煙草』リドニア・アルフェーネ(p3p010574)だ。事前に潜入していたようだが、
「ごめんなさい、大きな情報は」
得られなかった、という事だろう。とはいえ、屋敷内部、入口付近の敵がいないのは、リドニアの力に違いあるまい。
「おう、キドーよ!」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が、戦場のただ中から声をあげる。
「てめえらがケツまくって逃げてこれるくれえの時間は稼いでやる。
だがチャチャっとやれよ。見やがれ、気持ち悪ィバケモンがウヨウヨいやがるぜ。
こいつらと長々イチャつくなんてゴメンだからな!」
それは、この街に臭う、聖獣の気配を察してのことだろうか。グドルフの言葉に、キドーは頷いた。
「アンタが潰れる前には戻ってきてやるよ!」
そう叫び、屋敷の中へと消えていく。イレギュラーズ達はそれを見届けると、入り口を前に布陣した。ここからは、この前庭を自分たちの最終防衛ラインとして、決死の覚悟で此処を守り切らなければならなかった。
「こんな……本気、なんですね。あの子達は……!」
『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)が思わず声をあげる。傷つき、仲間が倒れても、此方に憎悪と敵意を向ける子供たち。もちろん、ローレットにも彼らと同じくらいの年齢の子達はいるかもしれない。だが、そう言った子達は戦うが故のケアはしっかりとされているに違いあるまい。
オンネリネン……幸せ、を名乗る彼らはどうなのだろうか? 戦い、殺し合い、家族という鎖に縛られ、きっと死ぬまで解放されることはなく、その境遇を『間違っている』と理解できない……。
「こんな事……終わらせないといけないんです……!」
涼花はそう言った。あまりにもつらく、悲しい現実が目の前にあった。でも、それを変えるだけの力と責務を、今この場にいる涼花は、イレギュラーズ達は持っているはずだった。それを行使しなければならない。今、ここで。
「うん、そうだよ! 止める! ここで止めなきゃいけないんだ!」
『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)が、強い決意のこもった瞳で、そう言った。
「そのためにも……アタシたちは! 絶対にここで負けたりしない……!」
根底にどのような感情があれど、『ここで負けない』という感情は、この場にいるすべての仲間達が持ち合わせているものだった。そしてその決意を胸に、終わりの見えない厳しい戦いの中に、13名のイレギュラーズ達は、身を投じていくこととなる――。
●幕間
ぴぃ、と笛のなったのを確認している。
マザー・カチヤは執務室の椅子に腰かけて、その眉を不愉快気に曲げた。
「バレた……ようですね。この場所が」
何か、拭い去れない『違和感』、或いは『不安』のような感覚の答えがこれであったことを、カチヤは瞬時に理解した。となれば、続いて考えるのは、この襲撃の理由だ。
可能性としては、いくつかある。一番高い可能性は、カチヤの首をとること……だろうか? だが、それにも何か、奇妙な違和感を覚える。何か違う、というような。第六感。
確か随分と前に、フォルトゥーナが落とされたはずだ。その時は、確か……バイラムは『逃げおおせた』筈である。おかげでイコルの供給の大半が止まり、随分と厄介なことになったのを思い出す。忌々しい。
イコルはそもそも、『神の血』と『バイラムの肉』を混ぜて作ったものだが、そのバイラムが敗北を喫してどこぞへと姿をくらませた(上層の人間は行方を知っているのだろうが、カチヤに情報はおりてきていない)以上、イコルを利用した子供たちの戦力化にかなりの『鈍化』がかかってしまったのは事実だ。
とはいえ、カチヤにとってはこれはチャンスでもあった。元よりイコルを使用せず、『家族の絆』なる不安定な希望による洗脳実験部隊でもあったオンネリネンは、言ってしまえば『イコルが無くても子供たちを戦力化する』ための部隊であり、イコルの供給が途絶えても自由に動ける部隊、でもあった。その為、端的に言ってしまえば、『回ってくる仕事が増えた』わけである。
バスチアンは詳細には知らない事だったが、オンネリネンの活動活発化、にはおおむねそう言った理由がある。イレギュラーズ達はハチの巣をつついた……というか、ハチの巣の三分の一ほどをぶっ壊したようなものである。そうなれば、働きバチは外に出ざるを得ない。この場合の働きバチは、オンネリネンの子供たちである。
ついでに言えば、少ないイコルの供給効率化実験も、オンネリネンに回されていた。何せ、これまでほぼ無尽蔵に供給されていたイコルのそれが止まったわけである。となれば、もっと、より効率的に、子供たちに与える必要があった。
そう言った理由から、イコルのデータもオンネリネンに集積されることになった……という理由があった。
泥をひっかぶった、といえば聞こえは悪いが、しかしカチヤにとっては『発言権が高まる』というわけで、メリットではあった。どうせ働くのは『子供たち(はたらきばち)』である。カチヤはここで書類仕事をすればいいだけだ。かったるいが。
そこまで考えて、カチヤは自分が覚えいていた違和感、不安感のようなものの正体に気づいた。
つまるところ、ずっと……ローレットにいいようにやられていた、という事実だ。自分の権力構造に一定の成果が出るのは好ましい。だが、その土台を作ったのはイレギュラーズ達。それがたまらなく『気に入らなく』『不満であり』『不安であった』。敵の作った土台など、気持ちの悪いだけだ。
「ふ、む」
カチヤは唸った。ここで一度、イレギュラーズ達に反撃をしておきたい気持ちはあった。攻めて此処にいる連中の何人かは、命を奪ってダメージを与えておきたいという、邪悪な反骨心というものを、とっさに抱いていた。
カチヤは、屋敷内にとどまっていた聖銃士を二名ほど、思い出した。双子の少女だ。確か、そろそろ2人そろって『大人の儀』を迎えるはずだ。『早まってもいいだろう』。
カチヤは呼び鈴を鳴らした。魔術話のラインが、プリンシパルの待機していた部屋に通じる。
「ストル、ルクス。私の部屋に来てください。お茶にしましょう」
●teacher
「内部に入れたのは良いが」
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が声をあげる。本部施設は、元々あった洋館を改装したのだろう。二階建ての建物で、広さはかなりのものだ。
「どこから探す? 情報通りなら、地下などはないはずだ」
「それはこちらでも確認していますわ」
リドニアが言った。
「可能な限り、ですけれど。そこは時間もありませんから、ないものと考えていいでしょう」
「となれば、一階と二階、で分けて探すべきだと思います」
『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)が言った。
「別メンバーは、カチヤの執務室へと向かうはずです。執務室は二階ですから……」
「こちらは一階を調べるべき、ですね」
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)がそう言った。
「情報を手に入れるだけでしたら、それを知る者の死体があれば十分ですが、それだけでは証明になり得ません。
仲間内で情報を伝えるための帳面は、我々にとっても重要な情報源ですから、まずはそれを探さないと」
その言葉通りだろう。天義全体を動かすためには、どうしてもわかりやすい証拠が必要になる。それは出来れば、書面のような物証が望ましい。というのも、特に『子供たちの取引記録』などは、『何が眠っているかわからない爆弾』でもあるのだ。例えば、どこぞの有名貴族が、教会が、子供を売っていた……などという悍ましい事実が隠されているかもしれない。
「では、私たちはこのまま二階に向かいます」
『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)がそう言った。
「どうか、お気をつけて……」
マリエッタの言葉に、残る11名のイレギュラーズ達は頷いた。慎重に、同時に素早く、マリエッタら6名のイレギュラーズ達が階段を駆け上っていくのを確認してから、
「さて、虎穴に入らざればなんとやらってヤツかしら。
もっとも、出てくるのは虎じゃ済まなさそうですけどねぇ」
『凛気』ゼファー(p3p007625)がそう言った。これより虎穴に突入するのだ。わずかに緊張が、一同の中を駆け巡った。
「リドニア、なんか気になる場所とかあった?」
ゼファーが尋ねるのへ、リドニアが頷く。
「全部は確認できませんけれど、いくつかは」
「そこを狙って探すとするか」
キドーが言う。
「細かい探索は任せな。そこは盗賊の面目躍如……いや、今回は押し入り強盗だが」
「そう言われるとなんだか嫌だね……」
『カモミーユの剣』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)が苦笑する。
「でも、子供たちを助けられるなら……多少の泥は被ってみせるよ」
「良い覚悟だ」
キドーが言う。果たして一行は進み始めた。屋敷の内部は、今はあわただしい空気が漂っている。とはいえ、子供たちが警備に飛び交っている……という事はないようだ。何人かの子供たちが滞留してるようだが、大体の『兵隊』は、外の宿舎にいるのだろう。となれば、比較的、屋敷内は安全とは言えた。
「敵が来てるのかな……」
不安げな声が、近くの部屋の中から響いた。中には、何名かの子供たちがいた。どれも年長の子のようだ。大人と子供の、中間の面影を持っているように見えた。
「もうすぐ『大人の儀』だから、僕たちはここにいていいって言われてるけど……」
「『大人の儀』かぁ。どういうの何だろうね」
その声に耳を澄ませてみる。同時に、キドーが扉の影から中を覗いてみた。休憩スペースのようだ。いくつかの簡易なベッドとテーブルが置かれている。
「分からないよ。誰も教えてくれないし……そう言えば、大人になった子達は帰ってこないよね」
「きっと上層がすごくいい所なんだろうね」
くすくすという笑い声が聞こえた。
「大人の儀って言うのは」
リエル(p3p010702)が言った。
「なんなのかしら……? 大人に、なる、イニシエーション? 大人になった子達は、上層から降りてこないの……?」
情報はまだ足りない。
「ルゥ、なにか、わからない……?」
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の言葉に、ルゥが頷いた。
「わたしも、大人の儀については分からないのだわ……でも、確かに、大人の儀を受けた子は誰も帰ってこなかった……」
「きな臭いですね」
『夜を裂く星』橋場・ステラ(p3p008617)がそういう。
「……情報を整理したい所ですが、まずはここから離れましょう。中の子達に気づかれたら厄介です」
ステラの言葉に、皆は頷いた。しばし奥まで進む。あまり日当たりが良くないのか、この辺りは特に薄暗くて、黴臭く埃っぽく感じられた。とはいえ、人の往来はあるようだった。最低限の掃除は一応されている様子。
「何かあるとしたらこの辺りでしょうか」
『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)が言う。
「イコルの摂取記録だとしたら、子供たちが万が一にも入らないような部屋に置くでしょう。
となれば、やはり屋敷の奥……出入りも頻繁でないようなあたりに、私なら隠します」
正純がそういうのへ、言葉を返したのは仲間ではなかった。
「なるほど、なるほど。薄汚いアッシェ。あなたらしい思考ですね」
ぱち、ぱち、ぱち、と小馬鹿にするような拍手の音が聞こえた。仲間達が構える。目の前にいたのは、10名の子供たちと、一人の女だった。
「アッシェ、まさか生きているとは。神に選ばれなかったあなたが、どうしてここにいるのです?」
「アッシェ……?」
正純が眉をしかめた。何故だろう、頭が痛む。胸がその名に覚えがない。覚えがある。何故だ。何故だ。何が。
「私が……アッシェ……? それは……?」
正純がそういうのへ、女――ティーチャー・エアリスは不快気に眉をしかめた。
「はぁ? まさか、記憶喪失だとでも?」
それから、ふ、と思わず吹き出した。「あははははは!」愉快気に笑う。
「アハァハ! まさかそんな! 記憶喪失ぅ!? あははははは!」
「何がおかしいのです、何が……あなたは! 私の何を知って……!?」
「全部知ってますよ。アッシュのこと。アッシェのこと。まさか忘れているとは。ふ、ふふ!
でも、好都合ですよ、アッシェ。あなたはそのままでいいんです。全部忘れて、忘れて、思い出さないまま――」
エアリスがその手を掲げた。同時に、強烈な魔力の奔流が、その手に集まる!
「死になさい」
解き放たれた! 強烈な魔力衝撃波が、イレギュラーズ達を狙い、叩く! 廊下の壁面をぶち壊して、強烈な攻撃があたりを薙ぎ払った!
「ああ、これってアッシェ、あなたに請求しても大丈夫ですか?」
ぱらぱらと粉塵が舞い散る中、エアリスは叫んだ。
「殺しなさい、子供たち。アレは悪い奴らです」
『はい、エアリスせんせぇ!』
子供たちは声をあげて、その手にした武器を抜き放った! 無邪気な、それでいて敵意の満ちた視線が、イレギュラーズ達を叩く!
「エアリス……彼女がか!」
モカが叫ぶ。同時に、飛び込んだ! 上段から振り下ろす蹴撃が、エアリスに迫る! エアリスは身じろぎもしない。その目の前に、子供が立ちはだかったから。
「せんせいをいじめないで!」
女の子がそう声をあげて、モカの一撃からエアリスを庇った。モカの瞳が、悲し気に揺れる。
「くっ……!」
エアリスを叩くならば、子供たちを攻撃しなければならない……それがなにを意味するのかを、モカは理解していた。
「ああ! お優しい英雄さん方は、子供たちを攻撃なされないのですか?」
エアリスが挑発するように言う。
「この……っ!」
ステラが叫び、その手を掲げた。指輪がほのかに輝き、強烈な空間粉砕の術式を編み上げる。
「ごめんなさい、拙はその罪を背負います!」
放つ! ぐわり、と空間が歪曲、それに巻き込まれた子供たちが吹っ飛ばされる!
「ああ、酷い。今の子、死んだんじゃないですか?」
エアリスがそういうたびに、ステラの表情が苦し気に歪んだ。
「クソ野郎がよ」
キドーが言った。
「俺も別に真っ当なゴブリンじゃねぇが、オマエも大概だな、クソが!」
その隙をついて、キドーが走る! ククリが輝いた。振り下ろされた剣閃を、エアリスは防御術式で弾き飛ばす。
「お見事ですね」
「お褒めの言葉ありがとよ!」
弾き飛ばされた勢いを利用して、キドーは再度ククリを斬りつけた。斬撃ががりり、と防御術式を削りきる。
「やれ、ハイン!」
「はいっ!」
気づけば、エアリスの背後に、ハインが回り込んでいた! その手を突き出す。巻き起こる、ウークナルの衝撃波!
「皆の痛み、思い知れ……っ!」
ハインが叫ぶ。同時に放たれた衝撃波が、エアリスを打ち据えた! ハインの衝撃、エアリスの術式、二つがぶつかり、強烈な爆発を巻き起こす!
「ちっ……!」
痛みに顔をしかめながら、エアリスは舌打ち一つ。衝撃を受け止めつつ、その手を振るい、近接迎撃術式を発動させた。ショットガンの散弾のような無数の魔術弾が、ハインを正面から打ち据えた。
「ああっ!」
「ハイン君!」
リュコスが思わず声をあげる。Urrr、と唸るリュコスが、鎖を振るい、一撃を喰わらすべく跳躍。エアリスの眼前に、再び少年が割り込んでくるのを、リュコスは辛い表情で叫んだ。
「どう、して……! どうして、そんな人を、守る……の……!?」
「せんせぇは、僕たちを助けてくれたんだ!」
少年が、子供たちが声をあげた。
「お父さんは、僕をぶった。お母さんは、僕を殺そうとした。そんなところから、せんせぇは助けてくれた!」
「ここが僕たちの、本当の家族なんだ!」
子供たちが、真剣な表情でそう叫んでいた。
「そんな……」
シャルティエが声をあげた。
「でも、それでも……この都市は、君たちを利用しているだけなんだ!」
それは事実だ。だが、子供たちの言う事も事実だった。巧妙なのは、一見地獄からすくい上げたような顔をして、結局別の地獄に落とし込んでいるアドラステイアのやり口だろうか。
「気に入らないのよね……そういうやり口! がきんちょ共を利用して、然も自分達が救ってやってますって空気が!
生憎、そういうやり口も御題目も大嫌いなの」
ゼファーが声をあげる――エアリスは笑った。
「ふふ、それじゃあ、その子供たちと存分に遊んでいったらどうでしょうか?」
「にげるのですか!?」
正純が叫んだ。
「貴方は……あなたは、私の何を知って……!?」
「アッシェ、あなたはそのまま、何も知らないままでいなさい。
そして二度と、私の前に顔を表さないで。
そうすれば、殺さないでいてあげます」
「ティーチャー・エアリス!」
リドニアが叫ぶ。
「ティーチャー・ナーワルも此処にいるのでしょう!?」
「さぁて、お友達ならその動向位把握されては?」
挑発するように言い放つと、エアリスは闇夜に消えていく。子供たちはその後ろを守る様に、イレギュラーズ達の前に立ちはだかった。
「……先生は逃げましたよ」
瑠璃がそういう。
「あなた達も、そうしなさい」
「逃げない」
子供たちは返した。
「せんせぇは、命に代えても守る!」
その言葉に、瑠璃はひどく、悲しそうな顔をした。
「そうですか。そうなのですね」
それは、悲しい諦めだった。戦わなくてはならない。どうしても。どうしても。
「これが揺らいだ信仰の末路、ね。
生活の土台に信仰、はわかるけど……。
上に立つ者が、拠点放棄……下に従う者にもこれくらいの寛容さをあげたらどう?」
リエルがそういうが、子供たちは答えない。そのように教育されているのだろう。だが、大人たちは、そんな子供たちに感謝の念など抱くこともなく、使い捨ての便利な道具として扱っているのだろう。
それが酷く悲しい。
「やろう。やるしか、ない」
シャルティエがそういうのへ、仲間達は頷いた。
未だ覚悟を語れず。手にした剣は重いまま。
されど剣を振るい、罪を重ねる。その先に、本当の幸せがある事を信じて。
●children
前庭では、今も激しい戦いが繰り広げられていた。入れ代わり立ち代わり、次々と襲い来る子供たちは、戦力による体力以上に、イレギュラーズ達の精神を疲弊させていたともいえる。
「さぁさぁさぁ! どんどん来なさいな!
相手が子供だろうと関係ないわ。私はいつだって踊るだけ。
プリマドンナの魅せる踊りをその目に焼き付けるといいわ!」
ヴィリスが躍る。戦場を跳躍するなか、現れたのは、巨大な狼のような聖獣だった。
「聖獣様、おねがいします!」
子供たちがそう声をあげる刹那、聖獣は奇怪なる吠え声をあげた。それは、人には出せぬ声であった。
「聖獣……!」
咲良が声をあげた刹那、それは弾丸のごとく戦場を駆けだした。走るだけで、その周囲にソニックブームが巻き起こり、強烈な真空の刃があたりを無差別に切り裂いていく。
「くっ……くそおっ!」
思わず出た声は、悔しさのにじみ出た声だった。敵の強烈な攻撃へのそれではない。もはや助けることのできない子供たち……聖獣となった子供たちの存在が、咲良の心をかき乱していた。
助けられない。戻してやれない。なら、終わらせてやるのが、正義であり、救いであるのだろう。そう信じて、咲良は踏み出す。
「止めて見せる……! こんな事!」
「ボクは……!」
“涼花”は、呟いた。いや、その言葉は、“涼花”ではないのだろう。彼女の、心からの声。
「ボクは絶対に、負けない……こんな悲劇に!
“涼花”ならばそう考えた……じゃない。
ボクの思いで、ボクの心で……許せないって思う!
だから、ボクは血反吐を吐いてでも、今ここにいる英雄たちを死なせはしない!」
彼女は歌う――それは英雄たちに捧ぐ歌だ。哀しい宿命を断ち切るための歌だ。その優しくも激しい歌を背に、マカライトは聖獣に銃弾を打ちこむ。
「テメエらだって殺しに来てんだ。お互い死に方選べる様な事してねえだろ?」
あえて冷徹な態度を崩さない。実際には、特に子供たちには加減しているのだが、それを気取られては、それを『利用』されかねない。
結局、冷たい大人を演じるしかないのだ。そうなれば、子供たちはかたくなになるのかもしれない……ジレンマがここにある。
「やれやれ──勝ち目もねえくせ、こんな細っこいガキどもがおれさまに剣向けやがる姿は泣けて来るねェ。
ま、しょうがねえ。バカの目ェ覚まさせてやるのも大人の役目ってやつだ。
前歯の一本や二本、叩き折られても文句言うなよ!」
グドルフは雄たけびを上げつつ、突撃。まずは聖獣に向けて、その斧を叩き落とす。加減はない。もう救えない。叩き込まれた斧が、ぐしゃり、と聖獣の肉と骨を砕いた。ぎゅうお、と聖獣が吠える。痛みに震えるまま、聖獣はその手をグドルフに叩き落とした。強烈な一撃が、グドルフの額に傷をつける。垂れ堕ちてきた血を、グドルフは舐めた。
「アー……ちょいと下手に出りゃ、調子ブッコキまくりやがってよ……最高にキレちまったぜ」
にぃ、と笑い。その斧をもう一度聖獣へと叩きつける。ぐわり、と聖獣の身体がういた。そのまま、力強く叩きつけられる。聖獣はぐあおう、ほえると、無理矢理に体勢を立て直し、その去来の周りに衝撃波を生み出し、イレギュラーズ達を吹き飛ばす!
「チョウカイ、援護を頼む!」
ベルナルドが叫ぶ。チョウカイがクロスボウをうち放ち、聖獣を狙った。ずだん、と矢が足に突き刺さって音をたてる。ベルナルドが突撃して、聖獣に魔力衝撃波を叩き込んだ。
「こいつで……!」
撃ち込まれた衝撃波が、聖獣の身体を強かに打ち据える――だが、偉業と化したそれはまだ誌に到達しない。聖獣は吠えると、再びその手を振るった。ベルナルドが吹き飛ばされる。激痛。入れ替わる様に飛び込んだのは、汰磨羈だ。
「もう、動くな!」
叫びと共に、霊刀を斬りつける。聖獣の首に、一筋の剣閃が走った。するり、と走った刃が、聖獣の首を切り落とす。すとん、と首が落ち、身体が、首が、ずぶずぶととけていった。その中に、一つの小さなリボンがあった。吐き気がした。かつてこの聖獣が、リボンをつけた子供であった証。グラグラとめまいがする。
「くそ……くそ! こんなことを、いつまで……!」
流石の汰磨羈も、その胸にこみあげる何かを隠すことはできなかった。殺さなければならない。もう聖獣は元に戻せない。犠牲者は増える一方だ……。
「なんでなのですか!」
ブランシュが叫んだ。子供たちに向かって。
「どうしてそこまでこの場所に固執するですよ……!
自分たちの境遇に疑問を持ったことは無いんですよ!?
この場所は! 君たちを使うだけ使って捨てる! そういう場所です!
だからもうやめましょうよこんな事……! 戦い合うだけ無駄なんですよ!」
「ちがう……!」
子供たちが、叫んだ。
「ここに来る前は、もっとひどかった。寒くて苦しくて、食べるものも無くて!
でも、ここには家族がいるんだ! 同じ境遇の仲間がいて、一緒に助け合って暮らしているんだ!」
「それは、偽りなのです……!」
「嘘だったとしても、辛い本当よりずっと良かった……!」
子供たちが、苦しんでいる。今は幸せなのだろうか。それが悪意によってくみ上げられた楼閣だったとしても。
幸せとは何なのだろうか……たとえその先に徹底的な破滅が待っていたとしても、今ここに明確な幸せがあるのだとしたら、それは正しいのだろうか。
それが外からどれだけ歪に見えていたとしても、これは幸せなのか。
分からない。ただ、子供たちはきっと、そう思ってしまうほどに、辛い『本当』を体験してここに来た。孤独。飢え。暴力。そう言ったものを経て、同じ境遇の『家族』と共に生き、共に戦い、そしてその命を家族に捧げる、幸せな共同体が完成してしまっていた。
吐き気を催すほどにキレイな嘘だった。
「そうなんだろうな。ああ、きっと、そうだ」
ベルナルドが言った。
「だが……そうだとしても、俺たちはお前達を否定しないとならない」
そう言った。そうするしかなかった。どれだけ子供たちが幸せを感じていても、これは洗脳に間違いなかった。『間違い』であることに違いはなかった。絶対的な悪の所業であり、本来あってはならない偽りの幸せであった。
それを断言できる。
しなくてはならない。
こんなつらい現実は間違っているのだと、我々は手を差し伸べてやらなければならないのだ。
「それが多分……大人の義務なんだろうさ」
ベルナルドが言う。
「やれやれ、どいつも踏み込み過ぎだぜ」
ブライアンが言った。
「だが……やることは変わらねぇ。子供を叱って、くだらないごっこ遊びを終わらせるだけだ」
ブライアンの言葉に、仲間達は頷いた。
戦いは続く。
まだ終わらない。
●Advent
「はぁ……」
と、その女は大きくため息を吐いた。
執務室、の中である。
イレギュラーズ達が踏み込んだ先に、それがいた。
一人は、女。先ほどのため息を吐いた女。その姿に、見覚えのあるものも居ただろう。マザー・カチヤ。オンネリネンの首魁。
そして、その近く、椅子に腰かけて、虚ろな目をした二人の少女がいる。同じ顔立ちだ。双子なのだろう。右手と左手を、しっかりとつないで、何かに耐えるように、震えていた。
「マザー・カチヤか」
『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がそう言った。
「見覚えがある……ああ、だが、今のあなたは随分と……燻る熾火のようだ」
「それは褒めてくれてるんですか?」
カチヤが肩をすくめる。見た目は、聖女のような女は、しかしそこ意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「まぁ、いいのですけれど。
それで、この様な夜にどのようなご用件でしょうか?」
「話に応じてくれるなら助かるけれど」
『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が、警戒を隠さぬようにそういう。ちらり、と部屋の中を見た。書類棚のようなものはある。もし目的の書類があるならばあそこだが、少女二人と、カチヤを越えねば到達はできない。
念のため、書類を破棄されないように注意を、と仲間に目配せをしてから、スティアは続ける。
「そういうタイプじゃないよね?」
「ええ、まあ。でも……そうですね。もう少しだけ、お話に付き合ってもらっても構いませんよ?」
カチヤが言う。
「どういう風の吹き回しだ?」
『貪狼斬り』クロバ・フユツキ(p3p000145)が尋ねた。
「まさか改心したわけではないだろうさ」
「そんな人間に見えます?」
肩をすくめてみせた。
「まぁ、気まぐれですよ。皆さんがお越しの理由は――ああ、イコルのことですかね? 皆さんには随分と苦渋を舐めさせられたようですねぇ、バイラムも。ありがとうございます。私あいつ嫌いなんですよね」
「別にあなたのためにやったわけじゃないよ」
Я・E・Dが言う。
「でも、その言い分だと、結果的にあなたの益になってしまったようだ」
「アドラステイア的には大損害ですけれどね。おかげでフェーズが一つ二つ早まった。だいぶ焦ってるんですよ。これは本当。
おかげで、あの野良犬に此方の動きを気取られた」
おそらく、サントノーレの事をさしているのだろう。サントノーレがアドラステイア、とりわけオンネリネンの動きの活発化を察知したのは確かだ。
「どうやら、諸々の動きをお前達が請け負ったようだな」
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の稔が言う。
「お決まりの質問をしていいか? ヨエル、と言う子供に聞き覚えは?」
そういうのへ、カチヤは笑ってみせた。
「お決まりの返答をしても? あなたは使い捨ての鉛筆にいちいち名前を付けて可愛がる趣味がおありで?」
「だろうさ」
稔は言った。
「だが……それでも。あいつはおまえたちを家族と呼んだんだ……」
「冥利に尽きますね」
馬鹿にするようにカチヤが言う。
「私の理論と成果が間違っていなかったという事です。強固な洗脳なんて、薬なんてなくても作れるんですよ。人間ってのは間抜けですからね」
「まるで、自分は人間ではないと言いたげですね」
マリエッタが不快気に言った。
「貴方は……実に傲慢です」
「私は『傲慢』ではありませんが」
カチヤが言った。
「まぁ、そういう事ではないのでしょうね……まぁ、一つくらい、お話してもいいでしょう。どうせバイラムの失点ですし。
イコルについて、お話しましょうか?」
カチヤは馬鹿にするように言った。
「皆さんのおかげで、イコルの供給量は減ってしまっています。というわけで、いかに効率的にイコルを飲ませれば効果が出るか、という実験を、私が引き受けることになりました。ああ、ちょうどティーチャー・エアリスがいるあたりの部屋で、やっていましたよ。どうせ、そちらにも仲間を送っているのでしょう。だからここでこうして説明しているわけですが」
「イコルというのは結局」
スティアが尋ねた。
「神の血と、バイラムの肉片、を混ぜたもの……なんだよね?」
「そうですよ。あなた達は、その片方をやってしまったわけで。そうなるとイコルは作れません。在庫ももう底をつくでしょう。だから、動かざるを得なかった」
そう言った意味では、アドラステイアも追い詰められていたようだ……。
「あなたがやっていたのは」
マリエッタが言った。
「イコルが……どのくらいの量で、どれくらい作用するか、の実験なのですか?」
「ええ。ちびちび与えたり、逆に多量に与えたり。その辺の資料もエアリスが守っているのでは。
ああ、ちなみにここでこうしてべらべらしゃべっているのは、どうせここであなた達が死ぬからなのですが」
そういうと、カチヤはゆっくりと立ち上がった。明確な、濃密な、魔の気配が、感じ取れた。
「やはり、魔種か……!」
アーマデルが呟く。間違いなく、それは魔種の気配だった。
「ですが。私は別に、皆さんと戦うつもりはないんです。
これはそうですね、一つ楽しいお話を」
そう言って、カチヤは微笑む。
「大人の儀、をご存じですか? あれね、子供たちが大人になるための儀式なのですがね。大人の儀を受けた子は、帰ってこないんですよ。どうしてでしょうね? 上層が天国だから? そうかもですね。あはは」
「何が言いたい」
クロバが言う。
「例えばそこの双子の子。明日にでも大人の儀を受ける予定だったんですよ。ねぇ、ストル、ルクス。楽しみでしたね。因みに儀式の内容をご存じですか? ええ、神の血をね、飲ませるんですよ。イコルの原材料ですね。所で、神の血って言うのは強力です。原液なんて飲んだら、どうなってしまうか。だから、バイラムの肉片を混ぜて、効能を調節する必要があったんですね。ふふ、テストに出ますよ?」
「その二人を連れて、逃げる気か!?」
クロバが叫んだ。
「させない! その子たちはお前の好きにはさせない!」
「あ~あ~、勇ましい。かっこいいですね!
所で、まさか私がヒーロー小説の悪役みたいに、意味もなくべらべら悪事をしゃべってるのだと思いました? 阻止される可能性があるかもしれないのに? まっさかぁ~~~~」
ぱちん、とカチヤが手を叩いた。
「そこにいる子にはね、あなた達がこの屋敷に入ったタイミングで神の血を飲ませました。
そろそろ耐えられないですよね~~~? ストル、ルクス?」
「お兄ちゃんたち」
ストルが言った。
「にげて」
ルクスが言った。
同時に――その身体が『裏返った』! 内部から何かが吹き出し、肉が、骨が、臓物が、悍ましい何かへと変換していく。繋がていた手から、肉が蠢いて接続された。二人の肉体が気持ちの悪い肉の塊と混ざり合って、一つになった。
「ああ! ルクス! ストル! あなた達仲が良かったですからね! いつも一緒にいましたから! 一つになれてよかったですねぇ!
ストルクス、何て名前どうですか? ああ、聞いてないか。もう人間じゃないですものねぇ?」
「あなたは……ッ!!」
Я・E・Dが叫んだ。同時に、マスケット銃が火を噴く。カチヤは人外の反応速度でそれを回避してみせると、その拳で窓を叩き破った。
「それじゃあ、生きていたら上層でお会いしましょうか!」
倒れ込むように飛び降りる。音はない。落下もしていないのか、途中で飛びずさって逃げたのか。そう、間違いはない。逃げたのだ。ここで二化け物を放って。
「Я・E・Dさん!」
スティアが叫んだ。肉の塊は、やがて体毛を帯び、双頭の狼巨人となって顕現した。聖獣ストルクスは、雄たけびを上げると、Я・E・Dに向かって殴り掛かる。強烈な打撃が、Я・E・Dの身体に食い込んだ。
「いっ……くそっ!」
Я・E・Dが叫び、手にした銃でストルクスを殴りつけた。ぎゃう、と悲鳴を上げたストルクスがわずかに怯む刹那、Я・E・Dが距離をとる。同時にクロバが飛び込んだ。ガンブレードで斬りかかる。トリガは引けなかった。わずかの躊躇。
「こんなことが……!」
クロバが叫ぶ。目の前で、少女が怪物に変わった。救えなかった。そして今も救えない。
「くそぉっ!」
憤りは言葉にならず、叫ぶしかできない。アーマデルが蛇鞭剣を振るった。鞭のように、刃がストルクスの腕に食い込む。
「……俺はまだまだ甘かった」
アーマデルが、悔しげにうめいた。
「……こんな状況でも……子供たちは、大人になるのだと信じていた……!
悪しき者であろうと、命を繋ぎ、世代を作るのだと……!
間違っていた……彼らは……命を繋ぐこともできない……させてもらえない……!」
それは絶望だった。わずかの望みも、ここでたたれたような気分だった。間違いも何もかも、やり直せる。過ちを過ちだと反省もできる。生きていれば。生きてこそ。だが、彼らはそれすら許してもらえない。
「なんという事だ」
稔が言った。
「なんという……ことだ……!」
稔が呻いた。
子供の死。哀しみ。怒り。何度も味わってきた。何度も味あわされてきた。頭がおかしくなりそうなくらいに。それが目の前で、最もきつい残酷な現実として見せつけられていた。
「ああ、壊れてしまいそうだ……!」
呻く。怒りか、絶望か。そう言った感情と共に、稔がストルクスに不吉の帳を墜とす。
「頼む……終わらせてやってくれ……!」
稔が叫んだ。呼応するかのように、ストルクスは吠える。その両腕を、助けを求めるようにでたらめに振るった。その手を取ってやることはできない。ただ生み出された強烈な衝撃波、イレギュラーズ達を強かに打ち据える。
「攻撃は、私がひきつけるから!」
スティアが叫んだ。
「お願い!」
すがるように叫んだ。Я・E・Dが銃を構える。間髪入れず、射撃! その弾丸は、双頭の狼巨人の頭を片方吹き飛ばした。ああ、と狼が吠える。
「クロバさん、頼む!」
Я・E・Dの叫びに、クロバは頷いた。再び、ガンブレードを振るう。肉を、骨を、切り裂く感触がした。今度は、引き金を引く。ためらいを捨てる。同時、火薬の衝撃で加速した刃が、双頭の狼巨人の身体を切り裂いた。ぶちん、と切り捨てられた体が宙を舞って、床に転がり落ちた。ずぶずぶと、その身体が崩れていく。最後に残ったのは、つなぎ合った小さな手だった。子供の小さな手が、肉と骨の間から見えて、そのまま一緒にずぶずぶととけて消えていった。
「……」
やるせない顔をして、クロバが刃をしまい込む。何もできなかった。これ以上は、なにも。
「どうして……」
マリエッタが言った。
「どうして……どうしてこんなことをできるのですか?
人ならざるものだからですか……!?
人の悪しきところを持っているからなのですか……!?
私は……あのカチヤという人から、なにも感じ取れませんでした……!
なにも理解できなかった……。
何も……!」
マリエッタが声をあげる。スティアが、落ち着かせるようにその肩に手をやった。
理解しがたい悪意のようなものが、そこにあった。心にあいた、大きな洞のようなものが、そこにあった。
それは、マリエッタにとっても、酷く恐ろしいもののように思えた。だが、同時に……何か、奇妙な感覚を、その悪徳に覚えたのも事実だった。
「大丈夫ですか?」
ふと、扉から声がかかった。そこには、一階を探索しているメンバーがいて、声をかけたのは瑠璃だった。
「こちらはあたりでした……イコルに関しての資料です。
服用に関しての、詳細なデータが記されていました。
……どの濃度でどれだけ投与すれば、何日後に聖獣になるか、など」
瑠璃ですらわずかに眉をしかめるような、陰惨な記録が記されていたようだった。例えば、通常濃度のイコルは平均10日ほど与えれば聖獣に変化するらしい。下層の子供たちには、かなり薄めたイコルを飲ませて調節している様だ。また、その原液の『神の血』を与えれば、即座に聖獣化するのは、先ほど見た通りだった。
「こっちは、取引記録はあったのかい?」
モカがそういうのへ、稔が頷いた。
「ああ。この書類だろう」
手にしたのは、いくつかの書類の束だ。
「カバンに入れて帰ろう。流石に落として帰ったら洒落にならないからね」
Я・E・Dの言葉に、スティアは頷いた。
「うん……マリエッタさん、大丈夫?」
「はい……何とか……」
マリエッタがそう頷いたので、スティアは肩においていた手を離した。
「行こう。外で仲間が戦っているはずだ」
アーマデルの言葉に、仲間達は頷いた。
窓から覗く空はあまりにも暗かった。
「お前達を導くはずのティーチャーもマザーも、お前達を盾にし逃げた、ぞ?
さあ、まだ続ける、か? 大事な聖獣を使い潰して、何を得られる?」
エクスマリアがそういう。前庭での戦いも、いよいよ限界に近づいていた。ほぼ無尽蔵に現れる敵相手に、終わることのない戦いを繰り広げていたのだ。
「……もう、やめよう」
エクスマリアが、呟くように言った。子供たちは、しかしその件を振るう事を止めなかった。コルネリアが、襲い掛かってきた子供の一人を殴り飛ばした。
「くそ」
コルネリアが毒づく。
「こいつらは……今犯した罪の重さを理解した時、どうすりゃいいんだ。家族のためとか、神のためとか……植え付けられた正義が偽りだと知った時、こいつらの汚した手は、誰がぬぐう……!?」
「分からない……」
雲雀が言った。
手をぬぐってはやれない。それは、本人が心から向き合わなければならない問題だからだ。だが、ああ、罪を犯した子よ、その罪に向き合った時、君は壊れずにいられるのだろうか。
「わからない……けれど、俺たちが足を止めちゃいけないんだ……!
これ以上理不尽に振り回される子供を増やさない為にも……!」
それは、皆の共通する決意であったかもしれない。これ以上、子供たちを傷つけてはならない。それが、自分たちがなすべき責務なのかもしれなかった。
「だが……そろそろしんどいかな……?」
汰磨羈がそういう。実際に、ここのメンバーの限界は近い。最も苛烈で、最も重要で、最も激しい戦闘が行われたのがこの場所だった。心も体も、限界に近い。
「ゴメン、遅くなった!」
シャルティエが叫んだ。同時に、扉から複数のイレギュラーズ達が飛び出してくる。内部を調査していた仲間達が、今この瞬間戻ったのだ。
「いや、いいタイミングだ! 戦果は?」
「大丈夫、必要なものは手に入れた!」
「よし!」
シャルティエと汰磨羈がそう言い合うのへ、リエルが頷いた。
「ええ、離脱しましょう。
……これが揺らいだ信仰の末路、ね……」
悪しきの眠る街を見ながら、そう呟く。揺らいだ信仰。揺らがぬ神を望んだその成れの果てがこれなのだろうか。
世界は何も答えを示さない。
「よし、行こう」
アーマデルがそういうのへ、皆は頷く。重要書類を持つものを真ん中に、一行は本部からの撤退を開始した。
撤退は問題なく成功する。ただ、子供たちは未だそこに残され、暗闇の中立ち尽くしているだけなのだ。
彼らを真に救うのは、次になる。そのことを理解しながら、今は一路、帰途へとつくイレギュラーズ達であった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆さんの得た重要な証拠は、フェーズを次に進めることでしょう――。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
アドラステイアにて、作戦開始です。
●成功条件
『子供たちのやり取りの記録』および『イコルの情報』を確保する。
●特殊失敗条件
上記二つの情報が失われる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●独立都市アドラステイアとは
天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●『オンネリネンの子供達』とは
https://rev1.reversion.jp/page/onnellinen_1
独立都市アドラステイアの住民であり、各国へと派遣されている子供だけの傭兵部隊です。
戦闘員は全て10歳前後~15歳ほどの子供達で構成され、彼らは共同体ゆえの士気をもち死ぬまで戦う少年兵となっています。そしてその信頼や絆は、彼らを縛る鎖と首輪でもあるのです。
活動範囲は広く、豊穣(カムイグラ)を除く諸国で活動が目撃されています。
●状況
アドラステイアが不穏な動きを見せています。表立った動きはないものの、子供たちの確保は以前よりも活発的になり、何らかの備えをしていることは予想ができます。
そこで、動きを見せるアドラステイアの『情報』を探るべく、大規模な作戦を行う事となりました。
この依頼に参加した皆さんの目的地は、アドラステイア中層『オンネリネン本部』。オンネリネンの子供たち、と呼ばれる外部派遣傭兵部隊。その本部組織への強襲です。
目的は二つ。
一つ目は、『子供たちのやり取りの記録』の確保。これは、子供たちが、誰によって、どのようにアドラステイアへとやってきたか……という事の記録簿の確保です。メタ的なネタ晴らしをしてしまえば、『各国(天義すら含みます)の悪徳貴族や孤児院から売り払われているという証拠』になるわけです。これがあれば、天義としては大きく動かざるを得なくなります。
そして、二つ目は『イコルに関する情報』です。イコルとは、結局なんであるのか。服用することにより、どのようなプロセスや期間を経て聖獣へと化けるのか……そう言った情報資料の確保が必要になります。これがあれば、天義も動かざるを得ない……というわけです。
オンネリネン本部は、広大な洋館風の建物と、精鋭の子供たちが住まう大きな宿舎に分けられています。敵は(ゲーム的な都合で)ほぼ無尽蔵に沸いてくるものと思ってください。
皆さんは、おおむね三つの戦場で戦う事になります。以下に戦場を記載します。
A:本部施設外部戦闘
本部施設の外、前庭などで戦い、内外からの敵を可能な限り引き付けます。
派手さはないですが、しかし一番重要で激しい戦いが繰り広げられます。敵はほぼ無尽蔵の波(ウェーブ)ごとに襲い、オンネリネンの子供たちや、外を警戒していた聖銃士、はてや聖獣も襲ってくる可能性があります。
ですが、此処を抜かれて施設内部に増援を送り込まれてしまえば、内部の情報調査などは困難になります。
なので、鉄壁の意志を以て、此処を確保する必要があるのです。
B:内部施設調査
オンネリネン本部施設の調査を行います。ここでは、ティーチャー・エアリスと、彼女の率いる精鋭オンネリネン部隊との戦闘が主に繰り広げられます。同時に、内部を調査し、『イコルに関する情報』を確保する必要もあります。戦闘と調査をバランスよく行う必要があるのです。
ティーチャー・エアリスの生死は、本シナリオの成功条件には含まれません。強力なユニットですが、相手は賢いので振りを悟れば撤退します。倒すのではなく、追い払ってやるのがいいでしょう。
C:マザー・カチヤ接触
オンネリネン本部施設の内、マザー・カチヤの居る執務室を直接襲撃します。ここには『子供たちのやり取りの記録』が存在するのです。
花形ですが、敵地のど真ん中です。少数精鋭で向かうのがいいでしょう。また、カチヤの生死はシナリオ成功条件には含まれません。というか、高確率で逃げます。放っておいていいでしょう。
ここには精鋭の『少年兵』がいます。オンネリネンとは違うのでしょうか。異様な気配を感じます。最大限の注意を払ってください。
以上の戦場から、参戦場所を決めて行動してください。
作戦エリアは、オンネリネン本部施設。決行時刻は夜。施設は十分に明るいですが、明かりなどを持ち込むと便利です。
●エネミーデータ
オンネリネンの子供たち
少年兵で構成された傭兵部隊です。いずれも大人顔負けの剣技や魔術を駆使します。
連携前提での戦術を行うため、数が多いうちは強いですが、単独では脆い、という事になります。
一気に数を減らしてやるのが、楽な戦い方になるでしょう。
聖銃士
アドラステイアで一定の功績をあげた子供たちが昇格する『騎士のようなもの』です。
戦闘能力は単体でも高く、指揮官、或いは中ボスクラスとして行動します。
このシナリオで遭遇する聖銃士は、剣を持った近接タイプがほとんどです。接近される前に遠距離から攻撃してやるのもいいでしょう。
聖獣
イコルを多量摂取した子供が変貌するといわれる、怪物です。本シナリオでは、ボスクラスとして行動します。
その性質は様々ですが、本シナリオで遭遇する個体は、特に獣のような姿をしたものが多いです。
その鋭い牙などによる出血などのBSに警戒してください。
ティーチャー・エアリス
アドラステイアのティーチャー。本来は外周の孤児院で生活をしていますが、子供たちを『売りに来た』ついでに、マザー・カチヤの指示を受けしばらく本部護衛として、子供たちと逗留していました。
エアリスの子供たちは、エアリスへの帰属意識が非常に高く、エアリスの命令なら、どんなこともやってのけるでしょう。
エアリスは神秘攻撃を中心としたウィザードタイプです。遠距離攻撃に長けていますので、詰めて本領発揮を阻止するとよいかも。
マザー・カチヤ
アドラステイア、オンネリネンの子供たちを指揮するマザーです。恐らく戦闘にはなりません。
もし戦闘になるとしたら……何か異常な気配を感じます。まるで、魔のもののような。
カチヤの直掩である『少年兵』たちも、何か異様な気配を感じます。爆発する寸前の爆弾のような。いずれにしても警戒してください。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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