シナリオ詳細
断罪Paradox
オープニング
●聖なる進軍
天義こと聖教国ネメシスの東部より出発した一団は、あたかも聖者の行進のように西へと旅しつづけた。
先頭をゆくのは思い思いの鎧に身を包んだ民兵隊。装備は高級には程遠いものながら、自警で培った戦の腕と信仰に殉じんとする戦意は侮り難し。
続いて、立派な鎧に身を包んだ聖騎士隊。信仰の前には個であることを捨てた彼らに掛かれば、民兵らでは太刀打ちのできぬ敵をも巧みなる連携で討ち滅ぼすことだろう。
そして、司祭隊。一団の指導者であり、癒し手でもある。一団全ての心を支える、まさに支柱と言って過言ではない中心人物たちだ。
その後に、輜重隊、酒保商人、その他諸々……。その有様はまるで戦争でもおっ始めるかのごとくであったが、事実、この一団の目的を『聖戦』と呼ぶ者も少なくはない。
冠位憤怒バルナバス・スティージレッドによる帝位簒奪に端を発した、隣国ゼシュテル鉄帝国の大動乱。かつて同じく冠位魔種たるベアトリーチェ・ラ・レーテにより国家を揺るがされた天義の人々の中に、その脅威がいつ我が国にまで及ぶかと戦々恐々とする者が少なからずいたのも当然の理と言える。
ゆえに鉄帝から最も遠いはずの東部に教区を持つロレンツォ・フォルトゥナートが鉄帝の支援のため自ら発つと表明した時には、人々は口々に褒めそやしたものだ……「あれこそが神を讃え不正義を憎む者の正しい在り方だ」「まさしく魔種らに対する聖戦である」と。
そうして感銘を受けた者たちが次々にロレンツォの『鉄帝支援団』へと加わったのが、行進する集団の正体であった。
出発した時には影も形もなかった鉄帝の万年雪の山影が、朧げに行く先の空に浮かび上がっていた頃。支援団は非戦闘員まで含めれば1000人以上もの規模に膨れ上がっている。この後、鉄帝領内に到着後、出身地ごとに隊を分けて各地で活動を開始する予定だ。
「もう少しで鉄帝だ! 神の導きのあらんことを!」
誰かが感極まって声を上げる。きっと困難は訪れるだろうが、何も魔種の勢力下で活動するわけじゃない。奉仕への歓びが不安に勝る。歓喜の声は1つから2つ、2つから4つと増えてゆき、徐々に一団全てへと広がって……その時。
「目的地に着いたら俺たちもなすべきことをやるぞ! 神の御心のま……」
「……異端者に、神の御心を代弁する資格などありません」
腕に力こぶを作ってみせた大工の首が軽々しく飛んだ。
突然の出来事に人々は悲鳴すら咄嗟には上げられず。ようやく何が起こったのかを理解できた時には、大鎌の刃は次々に首へと当てられるところ。
恐慌が始まった。
何故なら刃は一つのみならず、街道脇の森から次々に現れたのだから。
殺戮者を止めるため立ち向かう者。
一縷の望みに賭けて逃走を選ぶ者。
刃はそれらに等しく降りかかり、街道を血濡れた殺戮の場へと変えてゆく……。
「あの鎌は確か……断罪の聖女!」
聖騎士の一人が襲撃者の正体を言い当てて、そして他の犠牲者と同様に散っていった。脳裏に、ひとつの疑問を浮かべたままで。
すなわち――断罪の聖女こと異端審問者メイヤ・ナイトメアの鎌が何故正義のため集った自分たちに向けられるのか?
その答えは、誰も知ることはない……彼女の父モーリスと、襲撃を知って鉄帝領内に逃れるため速度を上げた、ロレンツォを除いては。
- 断罪Paradox完了
- GM名るう
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年10月17日 22時21分
- 参加人数25/25人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 25 人
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参加者一覧(25人)
リプレイ
●決死の抵抗
人とは解せぬものであるとは承知していたが、今日ばかりは流石に呆然を禁じ得なかった。咄嗟に動いた『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)の腕は、『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)が無闇に飛び出してしまわぬように伸びている。
血。血。腕。血。首。
悲鳴と怨嗟と怒号の渦巻く中で為すべきは。
決まってる。何があったのなんて落ち着いて問いかけられるような状況ではないのだから、まずは為すべきことを為し、それから事情を探ってゆこう。そうよね、おじさま?
「そうだな……悠長に状況確認をする時間も無さそうだ」
目の前には既に新たな獲物を暗殺者が迫っているところ。それ以上どちらから言葉を交わす必要もなく、勇者としての記憶を忘れた幼き勇者ルアナは前に、老いた魔王グレイシアは後ろに分かれ。ルアナの大剣が暗殺者の刃を受け止めたところへと、グレイシアの矢の嵐が降り注ぐ!
「チッ……」
ルアナが押し出した剣の勢いに自らを委ね、しばし距離を取った暗殺者ではあったが、その肩には矢傷が刻まれていた。此方の動きを読んでいただと? 異端者どもに随分と連携に長けた護衛がついたということを、暗殺者は初めて理解する。
だとしても、彼らはただ勝利に向かって突き進むのみではあるのだが……それこそが、彼らの信仰の体現たるがゆえ。
とはいえ闇雲に動けば神の御心に適うなどと錯誤してくれるほど、彼らとて盲信的ではいなかった。突出すればどんな目に遭うのかは、『風と共に』ゼファー(p3p007625)にすっかり証明させられてしまっていたから。
「これでフェアになったんじゃないかしら?」
まるで巨大な魔狼でも相手しているかのごときプレッシャーを前に、暗殺者はじりじりとした足取りで引き下がる。彼は確かに互いに抱きしめ合い恐怖する母娘を手に掛けようとしたはずだ。なのに、横合いから飛び込んできた女のせいで、逆に自分が恐怖する羽目になっている!
「散開しすぎてはならん! 各個撃破に気をつけよ!」
そんな指令とともに彼らは断罪を一時中止して、数人同士の班で互いに背中を預ける戦いへと移行した。おそらく、彼らが巧みな連携を選んだならば、特異運命座標たちとて一筋縄ではゆかぬのだろう。
(だとしても……猶予が有り難いのはこちらも変わらない)
周囲の民兵たちに呼びかけて、円陣を組ませる『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)。敵が集まって有利になるならば、数で優れるこちらはそれ以上の有利を得るはずだ。地に流れた血潮は武器妖精の力。何のために奮うかを変えた今でも、それが無念に抗うものであることは変わらない。
「何が『暗殺』だ……手当たり次第命を奪う蛮族が、神様に仕えるものであっていいはずがない!」
サイズの悲痛な叫びを合図にするかのように、暗殺者たちは一斉に動きを開始した。狙いは、叫びの主たるサイズ……それはこの妖精が彼らの信仰を冒涜したからか?
いいや、冒涜というなら彼らとの敵対を選んだ時点で済んでいる。標的選択の理由はもっと単純明快だ――サイズが数を力に変える戦いに長けているのなら、力を与えられた個々でなく、大元のサイズ自身を討てばいい!
「させるか!」
庇いに入った民兵の胸を暗殺者の刃は突いていたが、彼の口許には勝利の笑みすらが浮かんでいた。刃に纏わりつく赤は、彼の心臓ではなく地からの鎖。そして暗殺者の目を霞ませるのは、辺りを舞い散る秋の花。
サイズの呼び覚ました無念に抗う力と秋の結界が、刃を致命傷から遠ざけていた。民兵は健勝そうにサイズに呼び掛ける。
「元よりこの命神に捧げた身……即死さえしなけりゃどうにでもできる。ありがとよちっこい旅人さん。ここは構わず、アンタは他の奴らを助けてやってくれ!」
数を頼りに暗殺者を取り囲んで武器を振り上げる民兵たちの意を汲んで、サイズは次の民兵たちの元へと駆け出した。彼らへの心配がなくなったわけではないが、未練に呑まれてはいけない。後ろ髪を引かれて振り向いてしまったら、その間にもまた新たな命があの無知なる者よりも罪深い者たちに奪われるのだから!
でも、心配しなくたって問題はない。彼らの覚悟を決死のものとしないため、『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はここにいる。
「よく耐えてくれたね……もう大丈夫だよ」
暗殺者を囲んで叩く民兵の首を後ろから掻き切ろうと目論んだ別の暗殺者の前に自らの身を投げ出すと、スティアは聖女の微笑みで祈ってみせた。愚かな女だ。偽りの正義など信じても、神はお前を助けぬというのに。
だというのに降り注ぎはじめた魔力の花弁の中で暗殺者がナイフを引き抜けば、スティアの傷は見る間に癒えていた。そればかりかサイズを庇った民兵の傷も、足元に倒れたままだった瀕死の聖騎士の傷も。
動揺する暗殺者に向けて、今度はスティアは深刻そうな表情を見せた。
「ナイトメア家が動いてるってことは……宗教団体セフィロトが関係している?」
暗殺者は、答えない。それは敵に情報など渡さぬという忠誠心ゆえか、はたまた末端まで目的が知らされておらぬだけなのか。
おそらくは後者――だが此度の襲撃の首魁に近い、メイヤ・ナイトメアならば知らぬことはないだろう。
「メイヤ? ああ、『断罪の聖女』、でしたか……どうやら有名人らしいですねぇ。ですがチンケな正義を掲げる割に、世界の真実をご存知ないようだ。つまらない企みに巻き込んでくださったお礼に……この世には悪徳こそが蔓延るものだと教えて差し上げましょう」
たとえば幻想では悪徳貴族と知られる、『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)のような!
●守るための力
戦場にウィルドの下卑た高笑いが響く。停止した馬車の幌の上で体を反らす悪党に注意を奪われるのは、うずくまり嘆いていた人々も、不正義の香りを嗅ぎつけた暗殺者たちも。
そんな一瞬の意識の途切れ。それが生む効果がほんのコンマ数秒に過ぎないものであったのだとしても、時にそれが致命的な乱れになることを武道を研鑽してきた中で『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)は知っている!
「とうっ!」
足止めを目論んだ暗殺者の虚を突き大跳躍すると、一嘉は街道から逸れて逃げている支援団のいちグループを見て取った。空中で体を捻り軌道を変えて、勢いよく宙を蹴る。逃げている、といっても負傷者を庇いながらだ。遅々とした足取りに追いつくことなど造作ない。
「気をつけろ! もたついている相手を奴らが追ってこなかった理由を考えろ!」
ミサイルの如く一団の目の前に“着弾”し、受け身の姿勢のまま呼びかけた。答えは……『その必要がないから』だ。何故か? 空に跳び上がった一嘉だからこそ見えている……このまま進めば彼らは断崖に突き当たり、襲撃現場に戻るか幸運を信じて谷川に身を投げるかしかなくなる未来が!
ちらりと元いた上空を見上げれば、一羽の鳥が奇妙な旋回を見せていた。
「なるほど……あちらが手薄ということか」
足を怪我した兵士を背負うと、一団とともに、鳥に示された方角へ向かう。召喚されて日も浅く、この世界の事情は判らぬが、自分に課せられた使命だけは解るから。
「このまま安全な場所まで逃げたいところだが、森や茂みは見通しが悪い。こんな状況では武器は無駄だ。盾なり適当な木板なりを構えたほうがいい。罠があるかもしれないし、いつどこから伏兵が仕掛けてくるかも判らないからな」
一嘉たちが無事に包囲網から十分に遠い辺りまで逃げのびたことを、現場を旋回する鳥――使い魔の目を通じて確認すると、マルク・シリング(p3p001309)は使い魔に「もう大丈夫」の合図をさせた後にようやくひとまずの溜息を吐いた。どうやら暗殺者どもは逃亡した少数より今も残る大多数を殲滅することを優先しているようで、些細な逃亡者に構っている余裕まではないらしい。
たかが数人。されど数人。一嘉が果たすべきことを果たしたならば、マルクも為すべきことを為すとしよう。一嘉が一団を目立たぬ場所に避難させ、また別の一団を安全な場所まで送り届けられるよう戻ってくる前に。
祈りの唄を歌い続ける『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)の傍らに寄り添うように立ち、合唱するかのように歌声を紡ぐ。どうして、何の罪もない人たちまで……遣る瀬なさに歌声を詰まらせそうになる想いはマルクとて同じ。けれども、同じ想いの二人が補い合うように歌うから、互いに止めることなく歌いきることができる。支援団の人々が願った鉄帝の人々の苦しみを救済しようという想い。それをこんな半ばで断ち切らせる形にせぬために!
だというのに二人の願いを嘲笑うかのように、暗殺者たちはにじり寄ってくる。どれほど二人が喉を枯らしても、人々は一命を取り留めただけ。しかも、二人の癒やしの歌声が届く範囲ばかりで。直近の命の危機からは救われたとしても、誰もが再び立ち上がれるようになったわけではないというのに!
「引いてください、もうこの方たちに戦意はありません……! 何故、何故そこまで執拗に!」
リンディスの懇願に対しても、暗殺者たちが心動かされた様子は見られなかった。本人たちに自覚がなかったとしても、扇動によって膨れ上がった団体は、何かが間違っていたとしてもそれに気付かぬこと自体は彼女も解ってはいる。
「ですが、それは虐殺で止めて良いものではないはずです! もし誰かが言葉を悪く使って、その方向に導いたとしても……向き合い、互いに言葉を交わせば、必ず、その言葉に対しての何かが導き出せるのではありませんか!?」
それが甘い考えで、彼らにはこれこれこのような言い逃れの余地のない罪がある――せめてそう説得されたなら、リンディスも理解に努めたかもしれないが。暗殺者たちはそんな説明さえしようとしなかった。
「……やるしかない。リンディスさんは支援団の皆さんを頼む」
マルクが一歩前に出る。この先では鉄帝の人々が、新皇帝の圧政に苦しんでいるではないか。
「鉄帝の人々は、皆さんの支援を心待ちにしています。神の思召しではなく、人として行動してくれた貴方がたに、僕は敬意を表したい」
困難を承知でそれに助けを差し伸べようとした人々を……これ以上傷つけさせるわけにはゆかない!
……が、決意を抱いたマルクの耳に、ノスタルジックなギターの音色が届いた。
「その怒りはごもっとも。俺とて心中穏やかでいられるわけじゃないさ」
ボロン。
だが、暗殺者たちに立ち向かうのは彼らの為すべきことじゃない。かといってギターの主――『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)の仕事でもない。
「おれたちの仕事は息のある奴を救い、逃がす手伝いをすることじゃあないかい。どの方向に逃げればいいのかを教えておくれ。そしたら、後はよしなにやってみせるさ」
「かたじけない。そうだな――」
意識を使い魔へと集中させれば、幾つもの情報がマルクに流れ込んできた。敵はどこ。要救助者の一団はどこ。
「リンディスさん。リンディスさんの見立ても教えてほしい」
「そうですね……支援団長のロレンツォさんの馬車が包囲網の突破のため前進を試みていて、暗殺者たちは食い止めるべく防衛線を張っています」
今は暗殺者たちはそちらに手を奪われているようだから、逆に後退すれば追っ手は長い間は構っていられないだろう。
ナイトメア家の狙いはロレンツォの周辺にある? その問い対する正解こそリンディスの知識の中にはないが、何をすればいいのかが判ったことは傷ついた人々にとって僥倖だ。
とはいえ目下の課題はこちらに向かってくる暗殺者たちだ。幸いにして今は彼らの狙いはロレンツォ周辺に定められており、相手せなばならない暗殺者は多くない。
死屍累々の彼らの通り道。むせ返るような血の匂いと地を汚す赤。真っ直ぐにいまだ戦意ある者たちへと向けられた殺意は『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)にめまいをもたらすようで、自分が本当に自分なのかも感覚をあやふやにさせるが、これ以上の血と死を辺りに広げないために、呂律の回らない啖呵が口を衝いて出る。
「異端は狩ると言うなら、まずはこの『魔女』のわたしを狩りなさいよ――!」
するとそれが安い挑発にすぎないとは解っていても、暗殺者たちはセレナを無視はできなかった。箒に乗って空へと舞い上がる彼女。それをみすみす見過ごしてしまえば、後々何が起こるかも定かではない。
一切の躊躇なく喉元を狙う投げナイフ。その鋭さは魔法の障壁をも貫いて、首筋に酷い痛みを与えるが……それが致命傷でないならセレナの勝ちだ!
「そんな刃でこの首を狩れるものなら、やってみなさいよ!」
セレナが騒々しく暗殺者たちを引きつけてくれたお蔭で、『元魔人第十三号』岩倉・鈴音(p3p006119)は倒れ伏したままの人々の元へと容易く忍び寄ることができた。目を閉じて耳から聞こえるものに全神経を集中させれば、浅い呼吸音、呻き声、心臓が脈打つと同時に血液が傷口から溢れ出る音。
(早い話が、まだ死んでないなら何とかなるってこった!)
ぱぱっと展開する聖域は、鈴音の即席の手術室。断たれた血管を縫合し、折れた骨さえ接合をする。
「でもこれ、どこまでくっつくんやろな」
ここまでの惨事を辻治療したことなんて初めてだから、自分でもどこまで治せるのかさっぱり判らない。だが、流石に泣き別れになった頭と胴体はくっつけられずとも、飛んだ腕くらいならいけそうな気がする!
「また聖戦ヒャッハーできるくらい癒やしてやるぜえ~……って、瀕死の状態から実際に立ち上がってくる奴がいるとは思わんかったわ。流石聖騎士ってとこかいな。だけど、ホントにまた暗殺者に挑んでくのは勘弁な。理想よりもまず命、元気であればまたやり直せる。キミにとって敵を倒すことは大切なのかもしれんけど、そのために救える命を見過ごしたらいかんじゃろ」
つまり、折角動けるようになったなら、自力で動けない負傷者を動かすのを手伝えってこと。聖騎士も物凄い表情で歯噛みしながら意識のない負傷者を担いでくれたから、多分、それこそが今の自分にできる唯一のことだと理解してくれたのだろう。
「でもまあ心の中で罵るくらいならご自由にどうぞ。『いい加減にしろこの天義の暗殺令嬢! 死んだ連中は後で責任持って埋葬しとけよ!』ってな感じでなっ!」
態度こそちゃらんぽらんなように見えても、腕ばかりは証明した鈴音。
これで、大怪我を負った生存者たちももう大丈夫……そう思った瞬間にセレナの腕から力が抜ける。あっと思った時には体は箒から離れ、大地に向けた自由落下を開始する。ホワイトアウトする空の光景の他には、しばし、何も感じない時間が過ぎる。
が……来たるべき衝突の衝撃はやってこなかった。代わりに背中に感じるものは、自分を優しく受け止める無骨な手。
「ご安心ください。これ以上の犠牲を出すわけにはゆかないというのは、支援団の方たちに限った話ではありませんから」
『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)の腕だった。けれどもハインの眼差しは、セレナではなく別のほうを凝視する。
「誰が真に標的とすべき相手か判別がつかないから、可能性のある全員を始末する。この上なく合理的であることは僕も認めます」
だが、本来は同じ価値観を持つよう作られたに違いないのに、ハインの中の何かがそれを否定する。
「確かに、弱者を支援するという名目で搾取し利を得ようとする不届き者もいるとは聞きます。とは言え、支援団の中に断罪されるべき者がいるのでしょうか? たとえ合理的であるのだとしても、僕には皆さんの遣り方は賛同しかねます」
「だから……わたしたちに真実を教えて! わたしたちだって不正義を放ってはおけない。もっといい方法を一緒に考えるから!」
「異端審問官は取引には応じぬ」
暗殺者はハインにもセレナにも答えることはなく、懐で短剣を構え直した。
「仕方ありません……」
ハインの掌に集まる動力エネルギー。再現するは開闢原初の力。
どうしても戦いを避け得ぬというのなら、こうする他に道はない。烈光が暗殺者を吹き飛ばす。ハインは、その結果を見届けることもなく踵を返す。本来、自分が相手すべきは彼らではないから。この光は人々を導くためにあるべきものだから!
「よくやってくれた。お蔭でこっちも準備は万端だ」
遠くではヤツェクが何かの手振りを見せていた。
「あれは何を意味しているのでしょう……なるほど、罠の位置を教えてくださっているのですね」
そうと判ればどう動くべきかは簡単だ。すぐに追いかけてくるだろう暗殺者たちを罠へと誘導し、彼らの動きを確実に止める。然る後に、反攻に出る。損耗率が一定を超えれば、狂信的な暗殺者たちとて作戦を諦めるはずだ。それまで人々が恐慌に陥らなければ……これ以上の犠牲は起こるまい。
●モーリスの誤算
「なんだこれは!?」
「忌々しい奴め!」
ヤツェクを殿とする一団を追って木々の間に足を踏み入れた暗殺者たちは、足元に散りばめられた罠の数々を受けて悲鳴を上げた。
下草に隠されたワイヤートラップが足止めを意図したものだと看破して、足を前方に出さずに上から踏み潰す歩き方を選んだならば、真上から撒き菱を踏みつけることになる。
ならば、短剣でワイヤーを切りながら、摺り足で移動するようにしたならどうか? するとこちらの思惑を見透かしたかのように、切ると鳴子の鳴るワイヤーが混ざるようになる。だからどうした──そう思いたかったところだが、今度は足元でモーター音が鳴る。
「そうだ。いつも通りやってくれ、E-A」
ヤツェクが誰にともなく嘯いたと同時、モーター音の鳴った足元が爆発。偶に厄介な独創性を発揮する人工知能に操作された、練達製の自走式爆弾だ。暗殺者どもにとってはそれも目眩まし程度の役にしか立たない玩具かもしれないが……こういう小さな嫌がらせが積み重なるだけで、人の意思というのは容易く折れてしまうものだ。
「申し上げます! 支援団の後方を攻略していた部隊が、一部の者たちを取り逃したばかりか追撃を断念したとのこと!」
森の中に簡易的に設えられた指令所にて、報告を受けたモーリス・ナイトメアの表情は渋さを増した。
「後方部隊など、元より経験の浅い者らの実践訓練のようなものだ。多少逃がしたところで目的に影響はない」
本来の意図こそ必ずしも偽りではないものの得られた結論が虚勢にすぎぬことなど、他ならぬモーリス自身が知っている。だとしてもこの作戦が完全な形では成功しないと認めることなど、決してできはしないのだ。
聖教国を混乱に陥れた首謀者を誅するために。
娘ミリヤを誑かした大罪人に死を賜るために。
そんなモーリスの思惑を『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は知らなかったし、たとえ知っていたとしても看過などしなかったろう。
何故なら……彼は特異運命座標だからだ! いかに善行ばかりが空操パンドラを満たすわけではないといえども、目の前の凶事を見過ごすようでは、世界を救う役目など務まるものか!
「統率を乱すな! 敵は包囲網を崩しつつある! 勝利は手を伸ばせば手の届く場所にある……生き残りたいなら纏まって抗え!」
陰陽の術にて幻を描き、今の敵の居場所を周知する。全員で逃げさせてもらえるような布陣はしてくれていないが、殲滅のための陣というよりは牽制を主にした陣だ。いきなり虐殺から入ってみせたのは、恐怖で場の全体を支配するためか? あるいは……その状態から生まれる変化にこそ意味があるのか。
いずれにせよひとたびネタが割れてしまえば、あとは対症療法だけでも十分そうだ。
「牽制なんて生半可な気持ちで俺を相手してたらどんどん不利になるぜ?」
手近な暗殺者に向けて杖を振りかぶったかと思いきや、その柄に式符を貼りつける。炎か何かでも纏うのか? 付与術を警戒して身構えた暗殺者の脳天を、突然杖の先端に生えた盾が斧の刃となり襲う……初見殺しにも程がある!
「こちとらまだまだ手札はあるぜ。連携の乱れの起点になりたいのは誰だ?」
錬がまた別の式符を指先に挟んでひらひらさせてみせたなら、暗殺者たちは示し合わせたかのように散開していった。それが諦めてくれた証拠なら言うことないのだが、散開した先が身を寄せ合う支援団のところだから厄介と言うほかはない。
「でもね、見えているんだよ」
たとえ暗殺者が放置された馬車に身を寄せながら移動していても、『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)の邪眼には彼らのあらゆる動きが見えていた。
自分勝手な連帯責任論に命を奪わせるつもりなんてない。無知は罪とは確かに言うけれど、それは無知に胡座をかいたまま改めないことだ。ただ無知なだけの者たちまで命を以って贖えと言われるのなら……こちらも物陰の出会い頭から、その横暴の罪を贖わせるだけだ!
「皆、慌てず身を守るんだ。力のない者は安全な場所まで逃げて、力のある者は攻撃に備えてほしい」
「そのとおりだ! 民兵の人たちは仲間同士で庇い合って身の安全を優先しろ! 無理して攻撃しようと考えなくていい!」
『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)の声も張り上げられた。聖騎士たちならまだしも民兵が対人殺害のプロフェッショナルと正面きって戦えるわけがないのだから、特異運命座標らの到着まで持ち堪えられればそれでいい。そうすれば雲雀が彼らの動きを封じ、それを風牙が撃破するだけで済む!
「てめえら、どこのナニモンだ! なんでこんなことをする!」
啖呵を切って敵を殴りつけた風牙の大暴れを抑え込むことなんて、雲雀の呪いを受けて全身を苛まれる暗殺者にできようはずもなかった。
それでも、彼らには降伏の道など選べない。一体どうして選べよう?
「この人たちは、鉄帝で苦しんでる人たちに救いの手を差し伸べようと集まってきた人たちだ。それに対して刃を向けるってのが、どういうことか解ってんのか!?」
解っているとも……それは暗殺者たちが敬虔な神の僕であり続けるためには不可欠なこと!
「……困ったね。不必要な殺しで犠牲者が出て得するのは、それこそ暗殺部隊が一番の標的にしている本人ぐらいだろうに」
雲雀が眉根を寄せたなら、暗殺者は絞り出すようにそれを批判した。
「貴様ら余所者が、我々の標的の何を知っている」
なるほど確かに雲雀は、モーリスが実のところ誰を狙っているのかなど知りやしない。
けれども……今までこちらからの言葉に何も答えなかった暗殺者の口から、ようやくこちらに反論するような言葉が洩れた。それは彼らの信念が、自分にも言い聞かせるようにしなければ貫けないものになってしまったからじゃないのかい?
君が忠誠を誓うべきだとされてきた信仰に、押し込められた良心が疑念の声を上げはじめた証拠じゃないのかい?
「悪魔の手先め……知ったような口を!」
大振りになった暗殺者の懐は、風牙にはあまりにも空虚な伽藍堂に見えた。力んだ腕には激情的な魔力が宿り、自らの道に立ちはだかる敵全てを薙ぎ払わんと欲してはいる。が、それだけだ。力を支えるための支柱が彼にはまるでない。それこそ、風牙がちょっとその懐に入り込んでやり槍の石突で体を突いてやったなら、容易く姿勢を崩してしまうほどに。
彗星の槍と一体になった風牙の全身が、憤りの雷に覆われる。ここまでやられても暗殺者は命令を絶対のものとして固執する。そんな狂信の光が瞳に浮かぶ。
だったら……そいつを完膚なきまでに打ち砕いてやろうじゃねえか。バランスを失った暗殺者へと、さらに半歩踏み出してゆく風牙。すっかり浮足立った暗殺者の下側に潜り込むように体を沈め……その反動を乗せて敵の体を下から上に!
「聖教国に、栄光あれ……!」
まるで玩具のように天へと打ち上げられた暗殺者が地面に落下するところを一顧だにせずに、風牙の目は次の暗殺者を探して辺りを見回していた。もっとも風牙たちの周囲には、既に動く暗殺者の影は残されれていなかったのではあるが。
●逃げる者・追う者・阻む者
突然のいななき。響く鞭の音。不意に幾つかの馬車が強引な現場の突破を企てはじめたのに気が付いたのは、特異運命座標たちと暗殺者たち、はたしてどちらが先だっただろうか?
襲撃者たちの勢いが弱まった今、一人でも多く命を救う手段としてそれは合理的な判断であるとは言える……ではその判断の恩恵を受けた幸運な人物は誰か?
「なるほど、あの馬車にいらっしゃるのがロレンツォ様なのですね」
息も絶え絶えの聖騎士に無限の治癒の奇跡を施しながら尋ねれば、彼が『純白の矜持』楊枝 茄子子(p3p008356)に返したのはそのような答え。
通り過ぎる馬車の窓からちらとだけ見た顔は、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が“知っていた”顔だった。
(あれはまさか……本人?)
いや、そんなことはないはずだ。アリシスが彼の名と顔を知ったのは百年以上も昔、彼が中年から老年に差し掛かる頃のことだったのだから。
その後行方不明になったまま歴史から忘れ去られた人物が再び現れた。伝説に語られる記録もあやふやな人物でもないかぎり、人間種がそれほど長生きして今なお姿が変わらないなんてこと、ありうるとは思えない。
だが、もし、彼が人間種でなかったら? 人間種よりも遥かに長い歳月を過ごし得る旅人種が出自を偽っていたのだとしたら?
異端審問官が異端認定をすることも、その影響を危惧して関係者全員を葬り去ろうと目論むことも、何もオーバーだとは思えない。もしも件の司教が本当にロレンツォ・フォルトゥナートであるというのなら……教皇をはじめとして天義という国全てを騙し、何か恐ろしいことを企てていたのだとしても不思議には思えぬのだから。
「つまり……やはり鉄帝支援団は断罪に値する何かを隠していたというわけですね?」
そうと決まれば茄子子のすることは、暗殺者たちがロレンツォのみに標的を定められるよう居場所を伝えることだ。
「ロレンツォ様!ㅤ一体どこに行かれるのですか!?」
天義での茄子子は“とてもいい子”だ。つまり、これが虐殺を止めてくれという依頼でさえなかったら、迷わず異端審問官に与して天義の人々の信用を勝ち取ろうと考えるほどに。
だが今日は方針を変えねばならないらしい。そして、あそこに都合の良い贖罪の山羊がいる。もし茄子子が暗殺者たちの殺戮に方向性を与え、虐殺から正当な理由ある暗殺作戦に変えてやったなら……“虐殺”は止まっているのだから依頼内容との齟齬はない。そうだね?
それでもロレンツォの馬車は呼び掛けには答えずに、その場にいる誰もを嘲笑うかのように速度を上げた。それに並走する馬車に乗る者たちも、多くが、あるいは全てが彼の側近や部下たちなのであろうか?
「どきなさい」
駆け込んでくる少女――メイヤ・ナイトメアの大鎌の刃先には、熟達者でなければ見過ごすほどの焦りが混ざる。やはり……ロレンツォが本命なのか? 問いかける『戦旗の乙女』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)。
「何故だ……卿らは何故無辜の民らを狙った! 人々への奉仕を願うだけの者たちを何故殺めたのだ!?」
「貴女も騎士であり特異運命座標であるならご存知でしょう……この世には友人のふりをして人知れず感染してゆく悪意があるということを!」
叩きつけてくる大鎌から伝わってくる怒り。他ならぬ彼女自身も、その悪意に何かを奪われたと言うのか。
「貴女は、ロレンツォこそがその悪意の主だと言うのだな」
「……少々、お喋りが過ぎました」
今更口を噤んだところで、メイヤがベルフラウの知りたかったことを仄めかしてしまったことに変わりはなかった。
(どれほど断罪の聖女などと持て囃されたところで、感情を御する力は年相応でしかないのだろうな)
その鎌を戦旗で受け止める度、メイヤのロレンツォに対する怒りがベルフラウを打つ。取り繕いきれぬ感情が、ナイトメア家の狙いはまさしくロレンツォであることを何よりも物語っている。
しかし……はて? それはメイヤの、本来の感情であるのだろうか? それが何者か――たとえば彼の父モーリスに、巧みに刷り込まれた感情でないと言えるだろうか……ちょうど今ベルフラウがナイトメア家の凶行への嘆きに支配されてしまったふりをして、彼女から反発心と正当化の言葉を引き出したように。
「『お喋りが過ぎました』ときましたか! まるで私も手本にさせていただきたいほどの悪人じみた台詞ではありませんか」
メイヤの感情の乗りすぎた鎌は、そう嗤ってみせたウィルドへと向かわざるを得なかった。仁王立ちする彼の首筋に、刃は違わず突き立てられる。しかし――ふははははっ!
「さて……ここでこの刃を握ってしまえば、貴女は得物を私から動かせないことになりますね。勿論、貴女には私を引き裂いてでも鎌の自由を取り戻すという選択肢がある……ですが私、少々頑強さには自信がありましてね」
ウィルドのヤクザ貴族筋肉から鎌を引き抜こうと悪戦苦闘するメイヤは、すっかりがら空きな背中を鉄帝支援団に見せていた。
「ほうら、聖騎士並びに民兵の皆さん。あなたたちも自分が信じる正義のためにこんな僻地まできたのでしょう? その志、貫きたいとは思いませんか?」
ウィルドの囁きに応えるかのように、幾本もの矢がメイヤに降り注ぐ。端正だった口許が渦巻く感情とは別の苦痛にて歪む。
だがその時……不意に横合いより割り込んでくる闖入者が現れた。
「聖女様。ここは我々に任せてあの男のほうを」
魔術の盾を展開し、支援団員たちの矢を止めた暗殺者。おそらくはそれなりに地位がある者なのだろう、彼の後ろには続々と新たな暗殺者たちが現れる。そして彼らは……今にも断罪の聖女様を傷つけられた報復とばかりに支援団員たちに襲いかからんとしているところ!
「仕方あるまい。優先すべきはロレンツォより民だ! これ以上、誰も傷つけさせん……ローゼンイスタフの名に懸けて!」
暗殺者たち食い止めんとするのは、もちろんベルフラウのみならず。
「はい弓兵部隊はそこまで! 代わりに聖騎士さん方出てきて頂戴!」
メイヤを邪魔する者たちを減らそうと僅かな時間差を作って連続攻撃を仕掛けてこようとした暗殺者たちを牽制しながら、同時に支援団にも指示を出すゼファー。ガラじゃないのは解っているし、危険の迫る場所から場所へ、旋風のようにてんてこ舞いの中で人々を統率するのは容易くできるものじゃない。
で……それが辛いから何だって言うの? 一番辛いのは自分なんかではなく、これから立派なことしに行こうって使命に燃えていたのに、こんな遣る瀬ない形で命を奪われてしまった支援団員たちに決まっている。
「まだ生きてるアンタたちも、体が無傷だったとしても同じでしょう! いいこと? まだ行けるヤツは少しでも場を持たせる! これ以上奴らの好きにさせて仲間が死んだら、この後の行軍はもっと辛いものになるわ!」
「そのとおりだ! 俺たちは俺たちの正義を取り戻す!」
乱戦の中、誰がゼファーの檄に応えたのかは定かでなかったが、その声が人々にうねりを作り上げたのは確かなようだった。弓を仕舞った民兵たちが後列に移動するのと入れ替わりに前進した聖騎士の盾は、次々に襲い来る短剣を跳ね返す。
もちろん、その全てを止めるには至らない……相手は速度に長けた暗殺者であるが、こちらはいかに普段より軽い旅装だとはいえ、鈍重な鎧騎士なのだから。
だがつい先程のように一方的にやられはしない。それにはもちろん彼らがもう敵の奇襲に右往左往する時期を過ぎた、すなわち敵の動きに慣れるとともに、心に戦うべき理由という炎を燃やしたからというのもあろう。しかし精神ばかりかその肉体にも変化が訪れるのだ……負ったはずの傷の苦痛に苛まれることがない。命さえその一撃で奪われなければ、彼らの体はどうやら無尽蔵の生命力によりいくらでも治癒されるかのようだ。あたかも人々のいかなる原罪をも雪ぐ聖女の加護が肉体の隅々にまで宿っているかのように。
人々には加護を与える聖女の姿を探す余裕などなかったが、見えずとも聖女の存在を疑いはしなかった。もしそこに聖女がいないのであれば、どうして無限の活力に満ちるというのか。
実際には『聖女』なんてもの、どこにもいないのではあるが……そこではメイヤをロレンツォにけしかけるという大役を果たした茄子子が、適当に治癒術をダダ漏れさせているだけで。
じきに暗殺者たちは思い知ることになる。特異運命座標たちと志ある者たちがいるかぎり、彼らの鉄帝支援団の殲滅という目標は決して成功せぬことに。
であれば、その次に彼らはどうせねばならないか……? 決まっている。せめて支援団の首魁たるロレンツォの首を、彼らの主モーリスの下まで持ち帰ってみせる。
どうやら『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)の耳に届いた話を聞くかぎりでは、ロレンツォは善人の皮を被った極悪人らしいではないか。それがナイトメア家による重大な誤解であるなら勿論のこと、たとえ真実だったとしても暗殺者たちをロレンツォのところへ遣ってはいけない……何故なら彼が本当に極悪人ならば、今も何の罪もない人々を自分の周囲の馬車に控えさせており、自らの盾として使い捨てる心積もりに違いないからだ。たとえ暗殺者たちの動機に大義があるのだとしても、その盾を無慈悲に切り捨ててロレンツォに迫ろうとするだろう彼らの行動に大義などありえない!
●悪意と殺意
そして、メイヤが馬車の追跡を再開したのとほぼ同時刻――。
「何をしている?」
不意に体を前方に押しつける感覚に襲われて、ロレンツォは御者を叱責する羽目になっていた。
ようやくナイトメア家を撒く機会を掴んだというのに、減速すれば追いつかれてしまうのは自明の理。そうすれば御者殿の首は永遠に体と泣き分かれることになるのだぞ――だがそんな恫喝の言葉を彼が思い浮かべたのはほんの一瞬の出来事にすぎず、すぐさま彼の理知的な部分が必要なのはそんな言葉ではないと否定する。
「問題が起こったのならば私が出よう」
それが“頼もしいリーダー”像であり、“人々が命を投げ打つことすら厭わぬ指導者”像だ。最初の非難がましい一言はその幻想を打ち砕いてしまいかねないものであったかとしばし反省しながら、同時に今の危機的状況下でなら、こちらも異端審問官としての資格を持つ自分が多少声を荒らげてしまうのも不自然ではなかっただろうと冷静に状況把握する。
加えて二言目で十分に印象をリセットできた。御者はどこかそわそわとした態度を見せてはいるが、どうやらロレンツォに怯えてのことではないらしい。では、真の理由は……彼の視線の先を追えば簡単だ。馬車の進行方向を塞ぐ形で前方に降りてきた飛竜から、女が何やらロレンツォに向けて呼び掛けているからだ!
「いやぁ、護衛の方々含めてご無事で良かったでス! ええ、事情はわかっていまス……『貴方は不運にも混乱の中で本隊とはぐれてしまった』んスよね?」
女――『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)のその台詞が言葉通りの意味を持たないことなんて、ロレンツォも当然理解していた。
「さあ、私が誘導しますので急いで本隊に戻りましょう。強力な護衛は敵に痛撃を与えてくれるでしょうし……『責任者が指揮もせずに戦力を引き抜いて敵前逃亡した』という『誤解』も早々に解けるでしょう。『貴方の名のもとに』集まった者たちを見捨てるような不正義、貴方がするわけなどないというのに!」
「確かに、この不幸な襲撃により命を落とした者たちのことを想えば、私は今すぐにでも取って返さねばならないのだろう!」
美咲が白々しい演技をしてみせたなら、ロレンツォも嘆き崩れるような三文芝居を披露した。
「しかし、私にはそれはできぬのだ……何故なら私たちには少しでも多く生き残り、鉄帝の同胞に力を貸すという使命を果たさねばならないのだから!」
ゆっくりと速度を落としてゆく飛竜に、それを左右に振り切ろうと蛇行する馬車。飛竜と御者の激しい駆け引きは、同時に彼女とロレンツォの駆け引きでもある。
「今は見知らぬ同胞よりも、手の届く範囲の同胞に寄り添うほうが良いのではありませんか!」
「私の心はいつでも支援団の皆と共にある……彼らは私が傍になどいなくとも、いかなる困難をも乗り越えてくれると私は信じる」
ロレンツォとの駆け引きはどこまでも平行線を辿りそうではあったが、その頃には御者との駆け引きは決着がついていたようなものだった。何故ならこの時のロレンツォの馬車は既にほぼ停止同然になっていたからだ。そして他の馬車もロレンツォが止まればそれに従うよう動く。本当に『少しでも多く生き残』ろうと思うのならありえないことだ。
後方から、影が凄まじい勢いで追い上げてくる。誰かは――その姿を確かめるまでもない。他の支援団員を配下たちに任せたメイヤが追いついたのだ!
だが挨拶とばかりに手近な馬車へと振るわれた大鎌は、割り込んできた銀の輪に阻まれた。忌々しい……一旦は同じ馬車への追撃を諦めて、次の馬車へと向かおうとしたメイヤに対し、逆に『銀の円環』の主たるアリシスは顔を近づけて。
「やはり貴女たちの目的はフォルトゥナート司教の首で間違いないようですね……成程。貴女たちは、彼について深く知っていることがあるようですね」
言葉で答えさせる必要はなかった。その問いへの回答を拒否するかのように跳び退ったメイヤの態度があれば、答えはまさしくアリシスの想像そのものであったのだろうと察せられるから!
聖職者として上り詰めたこともまた、ロレンツォの周到で邪悪な計画を円滑に進めるための手段に過ぎなかったのだろう。
そして計画が一定段階を迎えたのか見切りをつけたのか、天義を捨て、鉄帝に活動の場を移そうとしている。
であればこうしてナイトメア家に襲撃を許し、ナイトメア家の暴走の犠牲者として“殉教”することもまた、彼の計画のうちなのではあるまいか……?
アリシスの一瞬の思索の間にも、メイヤは着地と同時に方向を変え、馬車列を守る聖騎士たちへと鎌を振り上げた。
「何故貴女の鎌が我々に振るわれる!? 我々が何をしたと言うのだ!?」
悲鳴を上げたのはロレンツォの真の目的を知らぬ、純粋に善行と信じて支援団に加わった者たちのひとりなのだろう。
であれば彼はスティアにとって、その身を敵の前に曝け出す理由として十分な相手だ。先程の有象無象の暗殺者とは較べ物にならない敵意が彼女を襲う。彼女の呼び込む福音すらをも、容易く切り裂いてしまう殺意が。
でも……そんな時こそ笑顔を作れば?
微笑みを決して絶やさずにいれば、福音とはあちらから自ら舞い込んでくるものだから!
メイヤが再び方向を変えた時、ロレンツォは再び出発しようにもできない状況にあった。美咲に馬車の前方を封じられているのも勿論その理由のひとつではあるものの……それ以上にひとりのしつこい男が、彼の馬車に取りついて離れようとせぬからだ。
「本当に何も心当たりはないのか!? 異端審問官がこれだけ大規模な襲撃を企てるくらいだ……どんな些細なことでもいい、思い出してくれないか?」
馬車の窓の部分にしがみついたまま離れようとしない『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)の必死の懇願に、御者はどうしたものかと右往左往して、ロレンツォは渋い顔をしたままだった。
「恥ずかしながら我が国の聖職者というものは、時に自らの信じる正義に固執して、そうでない者を認められぬことがある。それが異端審問官ともなれば、このような出来事が起ころうとも不思議ではないのやも知れん。……そのような返答ではご不満だというのかな?」
「だとしても何かしら気に食わなかった理由があるはずだろ? あなたならその予想くらいはつくはずだ」
もちろん、「私が世界を破滅に導く宗教団体『セフィロト』の幹部としてこの国に内戦を引き起こそうとしたからだ」なんて正直な答えを返すわけにはゆかない。かと言って「かつて保守派のナイトメア家と革新派のロウライト家が対立した時、私が中立的な立場を崩さなかったのが気に食わなかったのだろう」なんて無難な答えは、既にして、カインに「本当にそれだけが理由なら、国から出てくのをほっとけばいいだけじゃないのか?」なんていうもっともな疑問で返されただけだ――その対立こそがロレンツォの企てたものであったわけだが。
であれば、ロレンツォの判断は早い。
(最早、潔白なフリをするのもここまでか。ローレットにも、詳細は兎も角として薄々と勘付かれているようではあるからな)
カインが取り付くのと逆の窓の外で何かに気付いたのを装って、ひとつ、こっそりと何かを合図する。不意に超遠距離からの鎖が美咲の体を吹き飛ばす。
「もしや新手が?」
カインの意識が僅かにロレンツォから逸れた瞬間……衝撃が彼を馬車から引き剥がす!
●新たなるセフィラ
その鎖にグレイシアは見覚えがあった。
「ふむ……しばらく来店しないと思ったが、このようなところにいたのだな」
自らの快楽のためには手段を選ばぬ女。それが自分にとって好ましいと感じるのなら、グレイシアの喫茶店の常連になることも世界を破滅に導くという宗教結社に協力することも等しい価値を見出だす『椿姫』カミーリア=スカーレットの尊大な立ち居振る舞いは、彼が彼女がその『セフィロト』なる宗教結社への誘いを断ってから長らく見ておらずとも一目で判る。
「おじさま、あの人は……」
彼女の危険性に気付いたのだろうルアナが身を強張らせたならば、カミーリアはこちらを見てにたりと口許を吊り上げたような気がした。いけない。アレに興味を持たせてしまってはならない。だがグレイシアがルアナに警告を発しようとした時には既に、新たな鎖がこちらに伸びてくるところ!
「おやおや! 先程から見ておれば、勇者が魔王を庇うとは滑稽な光景もあったものじゃな!」
「こちらの世界では魔王であるつもりはないが同感だ――もっとも、そちらは既に慣れたがね」
答えるグレイシアの声は既にカミーリアのすぐ傍にあり、次の瞬間には魔王の一撃が彼女を大地へと叩きつけんとす!
「つれないではないかえ、“店主どの”」
伸びる鎖が木々を掴む。それに引かれ、宙返りするように威力を殺したカミーリアの本心がどこにあるのかは、それなりの付き合いのあるはずのグレイシアにも慮り難い。
彼女がロレンツォから何らかの依頼を受けていたらしい様子ばかりはグレイシアにも見ては取れたが、それにしてはメイヤを放って自分にちょっかいをかけてきた理由が判らなかった。大方気分屋の彼女のことだから、最初の攻撃で義理は果たしたとして、後は知り合いと“遊ぼう”とでも思っただけなのであろうが。
それにしても先程の彼女の台詞の後から、ルアナの様子がどこかおかしい。
「おじさま……痛いの」
今もカミーリアやメイヤの攻撃に備えて小さな体で大剣を構えてはいるが、時折頭を抑えたりしている。きっかけは――。
「――『勇者』。そうでしょ……?」
グレイシアも気付かぬうちにルアナの傍に現れた少女――水着もかくやというほど最低限の布地だけを纏った、純白の髪と翼の持ち主――が、そうルアナに囁きかけていた。
「シーア……どうしてこんなところに? それに、どうしてそんな格好をしているの?」
頭を抑えながら問いかけるものの、少女――シーアはアメジストのような空虚な瞳で、ただ微笑みを浮かべるばかり。
「アナタは『勇者』。『魔王』を『倒す者』――」
彼女の囁きとともにルアナの頭痛は激しさを増す。耐えきれずその場にうずくまる。追い払わんと魔王が武器を構えれば――けれども、シーアはそこでお終い。
「興味深い。けれど、きょうは、バイバイ」
彼女はそう囁いたきり、不意に彼方へと飛び去っていった。そしてカミーリアもその後を追うように。
彼女らはロレンツォと共に鉄帝へと向かったのか? それとも思いのままにどこかへ去ったのか?
その答えは誰にも判らない……そうなってもロレンツォの馬車を追いつづけていた、『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)と『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)であっても。
●終劇①――メイヤ・ナイトメア
最早ロレンツォの逃亡成功が確実になった今でも、メイヤの鎌が止まることはなかった。元凶たるロレンツォの首に届かぬというのなら、その忘れ形見だけでも断罪するのが断罪の聖女の役目。
「あなた自身ももう解っていることだろうに」
だが、問いかけるモカ。大義名分を逃したこれ以上の殺戮は、ロレンツォ以上に彼の目論んだ天義の分裂を加速させるだけではないのかと。
するとメイヤは意外にも、同意の言葉を返してみせた。
「かもしれません」
けれども……同時に彼女は首を振り。
「それが断罪の聖女の使命であるのなら、それを果たさねばならないのです」
誰がそんな使命を決めたのだ――訊かずともモカにも察しはついている。ナイトメア家当主であり彼女の父、モーリス・ナイトメアに違いないのだ。
「異端審問官たちも同じなのだな」
答えを求める質問ではないし、肯定を求める確認でもない。
ただモカの中に真実が降りてきて、それを口に出しただけの言葉。
「まだ危篤状態の人はいる? いたらすぐに案内して!」
「こっちに1人! ……だけど応急手当はできたから、優先度は低めでも大丈夫かな」
遠くからは今も懸命に人々の救命に当たる、スティアやカインの掛け声が聞こえる。人々のパニックは既に静まっており、後は救える命を拾い続けるだけだ――自分に聖女と呼ばれるほどの力があればもっと多くの命を救えたのではないかと、スティアは苦しみながらであるけれど。
だとしてもそうして苦しめる余裕が生まれたということは、すなわち支援団を襲った暗殺者たちが、この頃にはほとんどが撤退を選択せざるを得なくなっていたということを意味しているわけだ。異端への敗北は異端審問官として不名誉ではあるけれど、それでも無謀に命を散らして次なる異端断罪の機会を失うよりは、引き際を弁えるほうがいい。
であればモカも、メイヤにもその機会を与えるだけだった。鋭い踏み込み……と一体となった急所への蹴撃がメイヤを襲う!
一撃目、二撃目くらいまではメイヤの鎌捌きが上回っていた。けれども死角から肘を狙った三撃目。こめかみを狙った四撃目。直前の肘への一撃がメイヤの動きから精彩を奪い、受け損ねた四撃目がメイヤの脳髄を揺らす!
メイヤはしばしモカの様子を観察していたが、ようやく支援団に背を向けて森の中に姿を晦ました。相手取るのは何もモカのみで済みはしないのだ……いかに断罪の聖女と呼ばれるに相応しい殺人技術を手に入れた彼女でも、手傷を負わされた状態で幾人いるとも知れぬ特異運命座標と戦いたくはない。
おそらく、父は失望するだろう……だとしてもそれでも構いはしないのだ。既にあの“不肖の姉”――モーリスにとっての娘をロレンツォに奪われた彼が失敗を理由に自分まで切り捨てることは、きっとありえぬ心配だろうから。
●終劇②――ロレンツォ・フォルトゥナート
リュコスとマリエッタがロレンツォらの馬車に追いついたのは、陽は既に西の山蔭に落ちた後だった。鉄帝の峻嶺が生み出す影は色濃く、山脈の端に当たるこの辺りの街道も、いまだ天義の領内といえども細く険しい。いかにロレンツォに早急にこの場を立ち去らねばならない理由があったところで、平野部より遥かに早い夕闇の中で無闇に馬車を走らせることなどできなかったに違いない。
だが、追跡者たちにとっては事情は違った。夕闇が辺りに迫り来る度に、闇は自分たちの存在を獲物たちの目から隠してくれるのだから。
山あいの街道は街中ほど無尽蔵の分岐はないとはいえども、かと言って全てが道なりに進めば事足りるとも言い難かった。近隣の小村や鉱山へと向かう分岐は決して多くはないとはいえ無いわけではないし、そうでなくとも偶然に生まれた木々の隙間を、ロレンツォが追っ手を撒くための避難所として使っていないとも限らない。頻繁に街道内の痕跡を確認しなければならない追跡者たちからすれば、いつ異端審問の危機を脱したロレンツォの信奉者たちが後方から現れるのか定かでない以上は闇こそが味方だ。
轍や蹄に掘り返された土の跡を追うマリエッタだけでは判別のつきにくい荒地や岩ばった地形では、人狼リュコスの嗅覚が隠しきれない馬たちの匂いを嗅ぎ分けて進む。そんな不自然な光景が誰かの目に留まればたちどころに怪しまれたに違いなかったが、マリエッタが調べている間はリュコスが耳をそばだてて、リュコスが調べている間はマリエッタが周囲を観察していれば、少なくとも大急ぎで街道を駆けてくる者たちを先手を取って発見するくらいのことなんて容易い話――実際にはそのような者たちの姿は見当たらなかったが。
ただ、最悪なのは、ロレンツォらの宿泊場所が、事件などいまだ何も知らない村の中であることだった。村長宅で繰り広げられるロレンツォらの会話が、潜むリュコスの耳にまで届く。鉄帝支援団が大々的に出発したという噂と僅かに馬車数台で現れたロレンツォらの様子の差に村人たちは誰もが驚いていたが、彼らが賊に襲われてロレンツォらだけでもと送り出されたという嘘を涙ながらに語られてしまったら、家の中は一転して同情と残された者たちの無事を願う祈りに支配されるのだ。
(あの人はうそつきだ。やっぱりわるいやつだったんだ……!)
さっきマリエッタも言っていたっけ、暗殺者たちの襲撃の際には自分も動転して然るべきはずだったのに、何故だか心は異様なまでに冷静だったと。自分の中に封じられているはずの悪辣な魔女の本性が、当然の報いだとマリエッタに囁いていたと。その時はリュコスには彼女の言葉の意味は解らなかったし、当のマリエッタ自身とてその囁きに耳を傾けるつもりなんてなかったはずだが……あの逃げ方を「送り出された」なんて欺瞞で平然と語る人間を見たら、ほんとうにそのとおりだという感想しか出てこない!
でも……リュコスは他者の悪意には敏感だから、今この場で無防備に見えるロレンツォを狙っても、返り討ちになることくらいは判る。まずは、安全にこの場を離れなきゃ……そしてみんなを呼びにいって、万全の形で勝負を挑むんだ――と思った、そのはずなのに。
不意に姿を表した殺気が、たった今までリュコスのいた場所を貫いた。
(見つかった……!)
ちゃんと隠れてたはずなのにどうしてなんて反省は、今はしている暇はない。重要なのは情報を持ち帰ることだって、マリエッタだって言ってたじゃないか。今はそれができなくなるのが一番悪い。
でも大丈夫、敵は一人だ。それなら村外れで待ってくれているマリエッタとの合流さえできれば、返り討ちにまではできずとも少なくとも生き残ることくらいはできる――。
リュコスの前方から魔力が膨れ上がる気配が現れて、こちらに呪いを放ったのが判った。狙いは自分? いやそうじゃない。魔力はリュコスを掠めるように飛び、追ってくる何者かへと突き刺さる。
「リュコスさん……こちらへ!」
マリエッタの声だ。はっとしてリュコスが声の方向を見れば、マリエッタのエメラルドグリーンの瞳がヘリオドールゴールドに輝いている。かつての記憶こそ失われていても、秘められた魔女の力を解放した証だ。
対して、敵が放つのは魔封の護符。ちょっとした魔獣程度なら触れただけで魔力を奪い尽くすだろうそれが――魔女マリエッタの無限と化した魔力を前に、何の効果もなく燃え尽きる!
魔女は再び呪を追っ手に放つと、人狼とともに森の中へと消えた。結果としてロレンツォは何かを失うことはなかったが……彼らは明日の朝、予定より遥かに早い出発を余儀なくされることだろう。
●終劇③――モーリス・ナイトメア
一方、暗殺者たちが撤退を選択した直後の森の中――。
メイヤより事のあらましの報告を受け、モーリスの眉間の皺はますます深まっていった。
「ローレットの特異運命座標らをも一蹴する新手が追跡を妨害した、か――」
ローレットを天義に不必要な変革をもたらす不正義の徒と見做すモーリスではあるが、同時にそれを可能としうる力を持つこともまた否定し難い事実であろう。
それを、撫でるが如く鎖で弾き飛ばした乱入者の実力は、自慢の娘とどちらが上かと思案する。しかもその実力者の用意は一人二人ではあるまい。たとえローレットの妨害がなかったとしても――ともすれば信念を曲げてローレットにロレンツォ討伐のための共闘を持ちかけたとしても、ロレンツォの断罪は叶わなかったのではなかろうか?
「だが、反省はしばらくお預けのようだ」
モーリスの鋭い眼光が、鬱蒼とした森の一角へと向けられる。
「誰か、尾けられた者がいたな?」
「御機嫌よう。お元気そうで何よりです、クソッタレな親父殿」
モーリスが問うともなしに問うた言葉に返した声は、『アイドルでばかりはいられない』ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)――ミリヤ・ナイトメアのものだった。
かつてモーリス自身により不正義として手に掛けられようとした自分。それがのこのことこんな場所に現れるて、今回の事件は遣りすぎだ、ナイトメア家の汚点になりかねないなどと語るのだから滑稽なものだ。
いつ首を刎ねられても文句言えようはずもない。だけど、いかに天義の暗部を司るナイトメア家といえども、理由もなしに国に弓引きはせぬはずなのだ……せめて真実を知りたいと望むのは、表面的にはミリヤであることをやめても血の繋がりまでは消せぬ娘にとって、はたしてどれほどおかしなことであろうか?
だが、意外にもモーリスは縁の切れたはずの娘の言葉に、じっと佇んだまま耳を傾けていた。そして全てを聞き終わった後に、ようやく再び口を開く。
「今もお前は気付かぬのだな。あるいは、真実に目を向けることを恐れているのか。だからお前は不正義なのだ」
言い終えると同時に剣を抜き放つ父! それが違わず自分の喉元を貫くと信じ、目を閉じるミリヤ――が、恐れた痛みは訪れず、代わりに硬いものが剣を弾く時の金属音が聞こえるばかり。
「……やはり現れたか。『廉貞のアリオト』よ」
最早モーリスの注意はミリヤに向いてはおらず、新たな登場人物にばかり注がれていた。アリオト……誰? ミリヤも恐る恐る目を開けて、父の視線の先を目で追えば……。
「ヤム!」
「その女はロレンツォの依頼にてお前を誑かし、ナイトメアの――ひいては天義の崩壊を目論んだのだ! ……まさかロウライトと我らの対立も彼奴に仕組まれたものであるとは、我もつい最近まで気付かなんだがな」
……本当に?
ミリヤが恐る恐る廉貞のアリオト――友人の任桃華だとばかり思っていた人物へと訊けば、彼女はどこか寂しげな微笑みを浮かべ、こんな言葉だけをぽつりと呟いた。
「チャイナ系アイドルがいる料理屋を開きたいって夢は嘘じゃないっス」
つまり――……。
だとすれば、今までミリヤ・ナイトメアが信じていたものは?
ミリヤム・ドリーミングが目指していたものは?
全てが音を立てて崩れてゆく世界で始まった剣と拳のぶつかり合う音は、ミリヤにはこの世ならぬもののように遠くに響いていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
これを機に天義で暗躍していた宗教団体セフィロトは一旦鳴りを潜めて、活動の場を鉄帝に移してゆくことになります。
無論、世界の滅亡なる大層なことを企てる彼らが、天義から完全撤退したわけではないのでしょう……ですが、もし彼らの新たな陰謀が生まれるとしても、それはまた別の話。
しばらくは束の間の平穏が天義に訪れることでしょう……。
GMコメント
ロレンツォの正体はいまだ人々には知られていませんが、プレイヤーの皆様は、彼が世界の破滅を望む宗教団体セフィロトにて第五のセフィラ『ゲブラー』の座にある幹部であることをご存知かもしれません。
おそらくモーリス・ナイトメアはその秘密を何らかの方法で知ったため、娘のメイヤら暗部集団をけしかけたのでしょう……しかしながらモーリスが彼女らに与えらた任務は、『鉄帝支援団の殲滅』。いかに誰がセフィロト信者か判らないとはいえ、「ロレンツォの正体を知らぬがゆえに支援団に加わった大多数も含めて皆殺しにせよ」とは、異常なまでの偏執さと言う他はありません。
●成功条件
ナイトメア家の暗殺部隊による虐殺を中止させること。
基本的に、メイヤらに打撃を与えて撤退に追い込む必要があります。
●できること
1行目に【1】~【4】の選択肢番号、2行目に必要であれば同行者IDまたはグループタグ、3行目以降にプレイング本文をお書きください。
なお、参加人数を各選択肢に均等に割り振るよりは、適切に取捨選択するほうが良い結果に繋がりやすいでしょう。最終的には皆様の行動次第ではありますが、誰も選択しない選択肢があってもかまいません。
【1】暗殺部隊の撃退(危険度:中)
メイヤ・ナイトメアをはじめとした暗殺部隊を迎撃します。暗殺部隊は手練れ揃いで、特に大鎌使いのメイヤは極めて高い戦闘力を持ちますが、味方の民兵や聖騎士も数の利を活かして決死の覚悟で戦いを挑んでおり彼らの助力を得ることが可能です。
暗殺者たちは高い素早さと物理攻撃力を誇る者が大半ですが、少数ながら防御役や【必殺】役なども用意はされているようです。
【2】鉄帝支援団の安全確保(危険度:低)
メイヤに襲われた者は多くが即死していますが、他の暗殺者たちに襲われた者の中には少なからず息のある者もいます。こうした人々を治療したり、追っ手を妨害して罪なき人々の逃亡を助けたりします。
本選択肢における活動によって善良なふりをしてんまと逃げおおせようとする者を利してしまう心配はありません……何故ならそういった者たちは、最初から他人の助けなど借りずとも逃げる算段を講じているものだからです。
【3】暗殺標的の発見(危険度:高)
皆様が望むのであれば、支援団の中から暗殺部隊の真の断罪標的――つまりロレンツォとその配下たちを探し、メイヤに身柄を引き渡すことも可能です。
ただしこの行動が成功するには、まずはその標的がロレンツォであることを突き止めることから始めなくてはなりません。そして……彼は、強力な護衛を用意していることでしょう。
本選択肢は、完全な形での成功は極めて困難であるとお考えください。もし『ロレンツォを捕らえることはできなかったが彼と宗教団体セフィロトの計画に関する情報は得た』程度の結果に終わったとしても上々でしょう。
本シナリオの『参加者全員』が(無辜の支援団員を見殺しにする覚悟で)ナイトメア家に協力するならば、ロレンツォらの捕縛は十分に射程圏内に入るでしょう。
【4】自由行動(危険度:行動次第)
必ずしも成功の確率があるとはかぎりませんが、上記以外にも本シナリオの状況に関連する任意の行動が可能です。
たとえば、おそらくは付近で指揮しているだろうモーリス・ナイトメアを探してみる、とか。彼と会えたとして、素直に襲撃理由を教えてくれるかは疑問ですが……。
●情報精度
本シナリオの情報精度は、選択肢によってC~Dです。
【1】【2】C:情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
【3】【4】D:多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。様々な情報を疑い、不測の事態に備えてください。
●その他
本シナリオのEXプレイングでは、本事件に関わっているかもしれない関係者の指定が可能です。
味方関係者を設定し、登場が適切と判断された場合には、皆様に対して関係者の力添えが行なわれます。
敵関係者を設定し、登場が適切と判断された場合には、敵のひとりがその関係者であったことになります。それにより敵の総戦力が変化するわけではありませんが、手口を知る人物が敵であることは情報精度の向上に一役買うでしょう。
なお鉄帝支援団には、この場にいるロレンツォ以外のセフィラも関わっている様子です。
本シナリオでは加担の可能性の高いセフィラを関係者とする方にも優先参加設定をしておりますが、本当に本シナリオや今後のストーリーに関わっているのかは不明です。
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