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シナリオ詳細

<祓い屋・外伝>ひとときの夢

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 青い花弁が夜の星空に舞い上がる。
 仄かに輪郭を染める花弁は、ゆっくりと回転しながら降り注いだ。
 視線を上げれば一面に広がる青い花。
 優しく光るその花は幻想的で。まるで夢を見ているよう。

 うっとりとした表情で青い花弁を掌で受け取った少女――八雲樹菜は傍らの男装の麗人に振り向いた。
「ブレンダ先生……とても素敵です。希望ヶ浜学園にこんな場所があったなんて」
「気に入ってくれたか?」
 樹菜に目線を合わせるように屈んだ『ブレンダ』はペリドットの瞳を細める。
 いつもより少しだけ近いブレンダの瞳に樹菜の胸が跳ねた。
 樹菜の柔らかな頬が桃色に色づく。
 とくり、とくりと鼓動が鼓膜に響いた。
 ミルクティ色の髪に指を巻き付けたブレンダが樹菜の顔を覗き込む。
 優しい笑顔が間近に見えて樹菜は恥ずかしくて思わず目を瞑ってしまった。

 ブレンダと樹菜は希望ヶ浜学園の先生と生徒だ。
 樹菜にとって凜々しく物をハッキリと言うブレンダは少し苦手な先生だった。
 長身のブレンダに呼び止められた日には怖くて足が竦んでしまったほど。
 けれど、樹菜の『家』である燈堂家へ尋ねてきたブレンダはいつもの怖さは無くて。
 少しだけ会話をした。
 其処に居たのは優しく笑いかけてくれる『怖い先生ではない』ブレンダだ。
 学校で見る凜々しさとは違う柔らかな笑顔。
 樹菜はブレンダの事がとても好きになった。

 学校でも話すようになり、少しだけ打ち解けてきた頃。
 放課後の中庭で『ブレンダ』は樹菜を手招きした。
「ブレンダ先生? こんな所でどうしたんですか? 今日はお仕事があるって言ってませんでした?」
 今日は学校に来ない日だったはずなのに。
 ブレンダの姿を見つけた樹菜は嬉しそうに駆け寄る。
 もしかして、自分に会いに来てくれたのだろうかと胸を高鳴らせた。
「素敵な場所があるんだ。一緒にいこうか」
 樹菜は差し出された手を躊躇無くぎゅっと握る。

 いつの間にか現れた花のゲートを潜れば、そこは一面の青い花畑。
 風に乗って青い花弁が星空に舞い上がった。


「暁月さん、樹菜が帰ってきてないの」
 湖潤・仁巳が燈堂家本邸の玄関で不安げな声を漏らす。
 その後には煌星夜空と剣崎・双葉の姿もあった。
「何だって? 樹菜が?」
『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は視線を上げて時計を見遣る。丁度夜の九時を指した針。
 中学生の女の子が夜出歩くには遅い時間だろう。
「帰って来た様子は無いみたいだから、まだ学校に居るとおもうんだけど」
 夜空がaPhoneのメッセージアプリの画面を暁月に見せる。
 夕方の他愛ない会話のあと、心配するメッセージには既読がついていない。
「何か事件に巻き込まれたのかな。夜妖の仕業とか」
 双葉の疑問に妖刀無限廻廊を取り出した暁月が「そうかもしれないね」と険しい顔を見せる。

「どうしよう、私達と違って樹菜は戦えないから心配よ」
「うん。とりあえずカフェ・ローレットに連絡をしてみよう。それと、夜空と双葉は愛無君達を呼んできてくれるかい?」
 同じ敷地に住んでいるイレギュラーズの『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)、『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)、『紫香に包まれて』ボディ・ダクレ(p3p008384)、『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)にとっても樹菜は妹のような存在だろう。彼らにも手伝って貰えばそれだけ早く見つけられる。
「さあ、行こう。樹菜を助けに!」
 暁月は門下生の子供達に大きく頷いた。

 ――――
 ――

「ここは……」
 花のゲートを潜った『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は視界いっぱいに広がる青く灯る花に目を見開いた。
 先程まで希望ヶ浜学園の中庭に居たはずなのに。
 まるで夢の中に迷い込んだみたいな光景だ。
 ブレンダが視線を上げた先。
 ミルクティ色の柔らかな三つ編みが風に揺れるのが見えた。
「樹菜殿と……あれは?」
 少女がうっとりと見上げる先に自分と同じ姿をした誰かが居る。
「夜妖か……っ!」
 剣を抜いたブレンダの前に暁月が制止の手を差し出した。
「待って、大丈夫だ。ここは『青灯の花畑』と呼ばれる場所。危険は無いよ。何度か来た事がある」
 移ろう幻想の場所に幼い頃来た事があるのだと暁月は懐かしむ。
「そうか……暁月殿が言うのなら大丈夫なのだろう」
「此処の夜妖は人からほんの少し魔力を貰ってこの光景を見せてくれるんだ。猫又も一緒に居るはずだから、可愛い猫耳姿になれるよ」
 遠い記憶を思い出し目を細めた暁月にブレンダは剣を収めた。

 此処は青灯の花畑。
 優しく灯る青と、小さな夜妖の秘密の楽園。

GMコメント

 もみじです。
 幻想的な光景を一緒に見に行きましょう。
 今回は優しいメルヒェンなお話です。
 祓い屋の『外伝』となります。
 本編の進行には関わらない交流メインのシナリオです。

●目的
・樹菜の救出
・夜妖と遊ぶ
・青灯の花畑を散策

●ロケーション
 希望ヶ浜学園の中庭から繋がった青灯の花畑です。
 夜明けと共に消えてしまう儚い場所です。
 仄かに光る青い花が一面に咲き乱れています。
 お花の良い香りが広がり、夜空には宝石を散りばめたような星が浮かびます。
 ランタンを持ってお散歩しても良いでしょう。
 夜妖たちに少しだけ魔力を分けてあげて、不思議で幻想的な世界をお散歩してみましょう。

●夜妖
 青灯の花畑には二種類の夜妖が居ます。
 魔力を食べて満足すれば自然と何処かへ消えます。
 優しくて不思議な夜妖たちです。

○青灯の幻影
 人の魔力を食べる夜妖です。
 戦闘能力はありません。
 人をこの美しい場所につれてきて、少しだけ魔力を食べる夜妖です。
 イレギュラーズの魔力はとても美味なので、食べさせてあげると満腹になります。
 傍に居て欲しい人の姿や、可愛い子猫、妖精の姿などになります。
 触れあうことで魔力を少し食べるようです。

○『猫又』カガリ
 人の魔力を食べる夜妖です。
 戦闘能力はありません。
 イレギュラーズの魔力はとても美味なので、食べさせてあげると満腹になります。
 青灯の花畑に入って来た人を自分と同じ幼い猫耳しっぽにできます。
 つまり、カガリに望めば幼児化猫耳しっぽになります。可愛いですね。
(うさ耳や犬耳でも可)
 触れあうことで魔力を少し食べるようです。

●NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
 希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
 記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
 精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
 廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。
 今回は子供達の引率として同行します。

○『刃魔』澄原龍成(p3n000215)
 元々は獏馬と共に廻達と争っていたが、イレギュラーズに殴り飛ばされ改心しました。
 意外と根は真面目で、優しい一面を持っています。
 口が悪いのは照れ屋で不器用なせいです。

○湖潤・仁巳(こうるい・ひとみ)
 燈堂一門の門下生。狸尾の妹。
 暁月に拾われ、詩織の人質にされてしまった事をとても悔やんでいる。
 自分にもっと力があれば。その後悔と執着を恋心として認識して、暁月へと想いを寄せている。

○煌星 夜空(きらほし よそら)
 燈堂一門の門下生。仁巳の親友。
 祓い屋としての修行をしながら、情報屋としても活躍しているらしい。
 シルキィの保健室によく遊びに来る。

○剣崎・双葉(けんざき・ふたば)
 燈堂一門の門下生。笑い上戸。
 車両事故で重傷を負った際夜妖憑きになってしまう。
 身寄りの無い自分を拾ってくれた暁月を尊敬し、役に立ちたいと思って居るのだ。

○八雲樹菜(やくもじゅな)
 燈堂一門の門下生。中庭の花の手入れを担当している。
 戦う能力は無いけれど、朗らかな笑顔で皆を癒す。
 格好いいブレンダに憧れている。

○その他
 燈堂家に居る外出できるNPC関係者などは居ても構いません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●希望ヶ浜とは
 練達国にある現代日本を模した地域です。
 あたかも東京を再現したような町並みや科学文明を有しています。
 この街の人達はモンスター(夜妖)を許容しません。
 なぜなら、現代日本にそのようなものは無いからです。

●祓い屋とは
 練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
 夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。

  • <祓い屋・外伝>ひとときの夢完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年09月25日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
紫桜(p3p010150)
これからの日々

サポートNPC一覧(2人)

燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔

リプレイ


 見慣れた希望ヶ浜学園の中庭に『門』はあった。
 それは何処にでもあって、儚く消える仄かで優しい花畑への入口だ。
 ゆっくりと門を潜れば、視界を埋め尽くす青い色彩。
 何処かから吹く風に揺らめく青い花が一面に咲いていた。
「学校の中庭に……こんな場所、あったなんて。びっくり」
 目を瞬かせる『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)に「大丈夫」と『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は笑みを零す。
「ん、暁月が言う……ように。此処からは危険や……悪意、感じない様に思う、かも」
 この空間には殺意や敵意は一欠片も無く、ただ緩やかな優しさに包まれていた。
「朝に消える、してしまうまで。おれも……ゆっくり巡る、してみよう……かな」
「うん、ゆっくり見ておいで。迷子になったら近くの夜妖に話しかけるといい」
 皆が居る場所まで連れて行ってくれると暁月はチックの方をぽんと叩いた。

 暁月の後から『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)が一歩前へ歩き出す。暁月はこの場所に何度も来て心配は要らない事を知っている。
 されど、ブレンダにとっては初めての場所だ。樹菜とてそれは同じであろう。自分と同じ姿をした夜妖が居るのなら尚更心配なのだ。急くようにブレンダは青灯の花畑を駆ける。
「――樹菜!」
 名を呼ばれ振り向いた樹菜は、ミルクティ色の髪の間で大きな瞳を見開いた。
「……え? ブレンダ先生?」
 自分と同じ姿をした夜妖と樹菜の間に割り込んだブレンダは目を白黒させる少女の手を握る。
 つい少女の名を呼び捨てにしてしまった事に僅かに照れを見せたあと、ブレンダは夜妖と自分を交互に見遣る樹菜に目を細めた。
「驚かせてすまない。樹菜の行方が分からなくなったと連絡を受けてね。探していたんだ。ここの夜妖に害はないようで安心した」
「え、夜妖ですか?」
 今まで一緒に居たブレンダは『夜妖』であったことに樹菜は頬を染める。
 どうして己の姿で樹菜を誘ったのかは分からないけれど「エスコートは引き継がせてもらうぞ」とブレンダは夜妖から距離を取った。
「暁月殿も言っていたがここに危険はないらしい。こんなに綺麗な花が咲く場所だ。樹菜さえ良ければ私に続きのエスコートをさせてもらえるかな」
 樹菜の指先を優しく握ったまま、跪いたブレンダ。
「あ……、えっと。ブレンダ先生。その……う、嬉しいです」
 顔を真っ赤に染めた樹菜はブレンダの格好いい姿に彼女の手をぎゅっと握り返した。

「樹菜ちゃん無事で良かったぁ……」
 ブレンダと手を繋ぐ樹菜を見つめた『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)はペリドットの瞳を細める。
「ほんとに良かった、心配したよぉ……」
 胸を撫で下ろすのは煌星夜空たち燈堂の門下生だ。
 隣には『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)とチックの姿もあった。
「安全そう……だね」
「ああ、もう安否を気にする必要はなさそうだ。では、少しのんびりしようかね。最近は如何にも慌ただしい事が多かったゆえに」
 しゅうを連れた愛無はゆっくりと歩き出す。
「綺麗な光景に反して実は……なんてことも無いのでしたら、安心ではありますね。ひとまずご無事で何よりでございました」
『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)の言葉にシルキィが頷く。
 樹菜がブレンダと楽しげに歩いていくのを見送って、チックも燈杖をランタン代わりに花畑を進んだ。

 チックは青い花の中を歩き、宝石星が散りばめられた夜空を見上げる。
 小さな光球に変えた魔力をあめ玉みたいに夜妖へと分けた。
 チックの手から魔力を受け取った夜妖は嬉しそうに揺らめく。
「……皆が嬉しそうなところ、見ると。おれも、何だか……心が暖かくなる気が、する」
 緩く吹いて来た風に花弁が舞い上がった。
 覆われた視界を瞬かせたチックは白翼の少年を見つけ目を見開く。
「あ……、クルーク?」
 大切な弟の姿。見間違うなんて有り得ない、けれど同時に本物ではないのだと突きつけられる。
 これは青灯の夜妖が見せる幻だ。それでもチックは彼と穏やかな時間を一緒に過ごしたいと願う。
 クルークの幻影にチックは恐る恐る触れる。
「あたたかい……」
 幻影なのに温もりがあって、まるで本物みたいだとチックは目を細めた。
「兄さん昔みたいに一緒に遊ぼう。散歩して本読んで、それから……」
 楽しげにチックの手を引くクルーク。
「歌を歌ってよ。兄さんの歌、好きなんだ」
「うん……うん、いっぱい歌うよ」
 夜空に灯す、やさしい子守唄の旋律。チックの声にクルークの優しい音色が重なる。
「おれと君達は……兄弟じゃないけれど、同じ音を分かち合える……友達になれたのなら、嬉しいなって」
「ふふ、ありがとう。兄さん」
 弟の言葉を借りて青灯の夜妖はチックに感謝を伝える。
 もしいつか、本当に弟と再会出来たら、またこの場所に来られるだろうか。
「紡いだ思い出の数々を、伝えてあげたい……その時が訪れたら、今度こそ」
 ずっと一緒にいようと零すチックにクルークの幻影はこくりと頷いた。


「ほとんど害がないっぽいならいーけどさぁ、まぁ人騒がせな夜妖だよねぇ……」
 警戒するように尻尾を左右に振った『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)は花畑を歩いて行く樹菜を見つめ溜息を吐いた。燈堂家周りは物騒な事も多い。誘拐かと身構えるのも無理は無いのだ。
 どこか寝心地の良さそうな場所はないかと辺りを見渡して。
 ラズワルドは嫌そうに眉を寄せた。
「はぁ……廻くんの偽物とか最悪じゃんねぇ、趣味わる」
 傍に居て欲しいのは確かに廻ではあるのだ。けれど、姿形だけ真似ても音が全然違う。
 あの心地良い音ではない。
「こんなの、虚しさ倍増っていうかさぁ?」
 無意識に手首に巻いてある廻のベルトに触れるラズワルド。苛立ちが尻尾に現れる。
 バッグから取り出した極楽印の祝酒で、寝酒でもしようと座ったラズワルドは思ったよりも重い瓶にひっくり返った。
「……な、なに? ちょっとまって、ぼく、ちいさくなってない?」
 酒瓶が重すぎて転げたラズワルドの身体は幼児の姿に変わっている。
 春先にもこんな事があったような気がするが。これも夜妖のせいだろうか。
「なんかもう、ねぇ? なに、さいあく……ちがうし……」
 無意識の感情が整理できないラズワルドは不貞腐れて頬を膨らませた。
 言葉は上手く口に乗らず、偽物の廻は笑顔を張り付けている。
 涙がこみ上げるラズワルドの頭に優しく乗せられる手。
「もーやだぁ! ついてこないでよねぇ!」
 廻の手を振り払ったラズワルドは酒瓶を抱えて走り出す。
「びゃっ!」
 酒瓶の重さに転んだ小さなラズワルドは廻が追いつく前に立ち上がり、再び駆け出した。

「おや、ラズワルド君。小さくなって」
 ぐるぐると逃げ回るうちに暁月の元へやってきたラズワルド。
 無意識にこの場で頼れる相手を探していたのかもしれない。されど、暁月は今一番会いたくない人物であるのは確かだった。それにこの暁月が夜妖である可能性もあるのだ。
 警戒しながらラズワルドは彼の音を確かめる。
「……っ、さびしいそーなおとさせててむかつくから、ねどこにしてやろーっと!」
 よじ登ってくるラズワルドを抱きかかえる暁月。
 顔を見られないように潜り込むラズワルドに暁月は眉を下げた。


 花畑を歩きながら、色々と確認しておきたいことがあると愛無は隣のしゅうに視線を流す。
「廻君が居ないのは実際都合がいい。僕も色々と予想していなかったからな」
「うん?」
 夜妖の仕業で馬耳を生やした愛無としゅうは手を繋いでゆっくりと花畑を歩いた。
「ふふ、しゅう君とお揃いだ。こうしてのんびり散策というのも久しぶりだし」
「そうだね。何かとバタバタしてるからね」
「ところで、しゅう君はカボチャは好きかな。僕は、あれのプリンが好きでね。燈堂家の誰かに頼めば作ってくれるだろうか?」
 白銀か牡丹あたりにお願いすれば作ってくれそうだとしゅうは微笑む。
「そういえば、あまね君はどうしてるんだい?」
 前回の戦いでしゅうとあまねは一つに戻ってしまった。その影響を知りたいのだと愛無は伝う。
 二つに別たれたのは事故かもしれないが、しゅうが自身の力を厭うていたのは事実だから。
 戻った事でしゅうに変化があるのかと問いかけた。
「心配してくれてるんだ。愛無」
「何だかんだで君も幼いしな。情緒的に不安定な面がありそうだし、ここは僕が気にかけてケアしていくべきだろう?」
「ふふ、僕のママは優しいな」
 愛無に抱きついたしゅうは嬉しそうに笑みを零した。
「僕は親というには未熟だが。それでも僕なりに君の事を大切に思っているのでね」
「……あまねは今眠ってるよ。かなり無茶されたみたい。本当なら夢石は僕達が託しても良いと思える人にしか渡さない。それを渡したってことは、無理矢理吐かされたんだ。瀕死状態だよ全く、春泥の奴。本当に腹立つあいつ!」
 頬を膨らませるしゅうは「はぁ……」と大きな溜息を吐く。
「おや、どうかしたのかいしゅう」
「……暁月」
 縫いぐるみ姿に戻ろうとするしゅうの頭を緩く撫でる暁月。
「大丈夫だよ、しゅう。私はもう『乗り越えた』から」
 青灯の幻影が映し出すのは未練を受け止め前を向いた青年が今『傍に居て欲しい』と思う者の姿になる。
 暁月が傍に居て欲しいのは『大切な家族である廻』だ。

「して、暁月君。しゅう君とあまね君を、再び分かつ事はできるのか?」
「うーん、どうだい? しゅう。私は切りたくないんだけども。自分で切り離せるのかい?」
「切り離せるよ。でも、今はだめ。あまねの回復を優先するから。いま離したら死んじゃう。春泥ってほんと昔から酷い事ばっかりするんだよ。思い出したら腹立ってきちゃった!」
 愛無はその言葉に視線を向ける。
 しゅうと燈堂の因縁は単純に暁月と獏馬の間に発生しているものだと思っていた。
 されど、しゅうの口ぶりからもっと根深いのかもしれない。
「思い出したんだよ……僕は煌浄殿の呪物だった。
 明煌が、暁月を心配して『悪夢を食べる』ために送り出された。内緒でね。暁月が高校の時だったかな。
 でも、僕は深道を出た瞬間に呪いを受けた。『記憶と人格を奪われ』彷徨ってしまったんだ」
 ――葛城春泥によって、記憶と中身を奪われた。
 歪に捩れた獏馬は彷徨った果てに、それでも燈堂へと辿り着いたのだろう。
 悪夢を喰らう筈だった獏馬が、与える側に回ってしまう、因果の流転。
 無言のまま幻影の廻としゅうを抱きしめる暁月に愛無は掛ける言葉が見つからなかった。


 青く仄かに光る花弁が『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)の視界を覆う。
「傍にいて欲しい人の姿……なるほどね」
 随分と懐かれているみたいだと花弁を一枚掌に乗せるジェック。
 樹菜のお迎えは王子様に任せ、ジェックは赤い双眸を青き花弁へと落した。
 傍に居てほしい人の姿になれば隣に寄り添って貰える。魔力が食べられる。
「効率的にご飯を食べるには理に適ってる……のかな?」
 生きて行く為の進化ということなのだろうかとジェックは首を傾げた。
 されど、傍に居て欲しい人の姿も、可愛い子猫も、妖精も良いけれど。
 有りの儘の姿の『青灯の幻影』と話しがしてみたい。
「ねぇ、アタシの魔力をあげるから。一緒に遊ぼうよ、照れ屋さん?」
 ジェックは青い花弁を風に乗せて緩く振り向いた。
 其処には蝶の形をした光が浮かんでいる。花に紛れて見えなかったけれど、きっとこれが『青灯の幻影』の本当の姿なのだろう。
「この青い花は摘んでも良いのかな」
「大丈夫だよ。しばらくしたら元に戻るから」
 蝶から人の形へと変化した夜妖は花を一つ摘んでジェックに渡す。
「最近、花冠を作るのにハマっててね。キミの分も作ってあげる。
 ……あー、名前がないと不便だね。なんて呼べば良いかな」
 ジェックは花を編みながら夜妖へと視線を上げた。
「名前?」
「もし呼び名がないなら、うーん……アオって呼んでも?」
 ジェックの言葉に『アオ』は嬉しそうに微笑む。
「とても良い名前だね。僕に名前……『アオ』……えへへ」
 反芻するように名前を呟くアオへジェックは完成した花冠を見せた。
「わ? もう出来たの?」
「うん、話してる間にできちゃった。朝になったら消えちゃうかもしれないけど……思い出には残しておいてね」
 屈むように手を引くジェックに習いアオはその場に座り込む。
「ほら、作り方を教えたげるから。もしまた誰かを招くなら、その人にも作ってあげなよ」
「う、うん!」
 一夜限りの夢であるからこそ、贈り物は思い出に残るだろう。
「折角だから今ここにいる人……例えば、そうだな。暁月先生とかに作ってあげたら?」
 一緒に渡しに行ってあげるからとジェックが微笑み。
「喜んでくれるといいね」
「うん!」
 アオは少しだけ歪な花冠持って暁月の元へと向かった。


「んん……」
『会えぬ日々を思い』紫桜(p3p010150)は青灯の夜妖には近づかないように距離を置く。
 彼らが取る姿は全てが『そう』なる訳では無いとは分かっているけれど。
 傍に居て欲しい誰かを知られるのは気恥ずかしいと紫桜は眉を下げた。
「まあ満腹になれなければ、誰もいなくなった後にぐらいなら大丈夫かな……」
 一歩踏み出した紫桜は猫又の夜妖の元へとやってくる。
「えーっとカガリだったかな? よかったら俺を君と同じにしてくれない? その代わりと言っては何だけど好きなだけ食べて行っていいよ。触れればいいんだっけ。抱きしめればいいかい?」
 猫又のカガリをぎゅっと抱きしめた紫桜の頭に耳が生える。
 目に見えるものが大きくなり手足が縮んだのが分かった。
 ならば、次は暁月の所にでも行ってみようか。どんな反応をするだろうかと紫桜は楽しげに笑みを零す。

「あーかつーき君、俺と遊んで? ふふ、なんてね。遊んでくれなくても構わないけど、よかったら俺とお話してくれない?」
 少し甘えてみても良いだろうか。子供の背丈で抱っこされるのはどんな感じか気になるのだ。
 中身が成人男子であろうが、今は小さな子供。
 でも、少し恥ずかしい。暁月の裾を引っ張りながら紫桜は耳打ちする。
「ねえねえ、暁月君。抱っこしてくれる?」
「ああ、構わないよ……おいで紫桜君」
 手を広げた紫桜の脇を持ち上げ、慣れた手つきで抱え込む暁月。
「燈堂には小さな子供達も多いからね。廻もよく小さくなるし……慣れっこさ」
「そーなんだ?」
 紫桜は暁月の顔を見上げながら、聞きたいことがあったのだと思い出す。
「あ、そうそう。明煌君? との話とか聞いてみたいなあ。暁月君が彼をどう思ってるのかとか、ここでの思い出話とか。何でもいいから、君たちの話知りたいな」
「明煌さん? 紫桜君は明煌さんと知り合いなのかい? えっと、彼は私の叔父なんだ。小さい頃は此処にも遊びに来たね。はしゃぎ回って遅くなって一緒に怒られたり。昔は仲が良かったけど、今はあんまり会ってないかな……お互い忙しいしね。廻と仲良くやってくれてればいいけど、ちょっと寂しいかなぁ」
 紫桜は暁月の隣に廻の幻影が佇んでいるのを見つける。暁月が傍に居て欲しい人は廻なのだろう。


「……それにしても、本当に綺麗な所。お花にお星様が一面に広がって、心が洗われるみたいで」
 シルキィは星空に手を伸ばし目を細める。
「暁月さんは来たことがあるって言ってたけど……ここは、夜妖の皆のお腹が減った時に来れるようになったりするのかなぁ」
 もし、来られるなら廻と一緒に来たいとシルキィは思い馳せた。
「さて、魔力を分けるには夜妖の皆と触れ合えば良いんだったねぇ」
 振り返ったシルキィは猫又のカガリに「お手柔らかにお願いしますだよぉ~」と笑顔を零す。
 小さくなる前にとシルキィは青灯の幻影――廻の姿をとった夜妖の手を握った。
「わたしが側にいて欲しいのは……やっぱり、いつだって優しくて、月の灯りみたいに優しいキミで。
 君達は、廻君ではないけれど。その優しさに応えてあげたいから……」
 いっぱい遊んでお腹をいっぱいにしてほしい。
「ありがとうねぇ、わたしの思いを汲み取ってくれて」
「じゃあ、行きましょうかシルキィさん」
 シルキィと同じように小さくなった猫廻と。引率の夜空と。
 青い花が咲く花畑に楽しげな声が響き渡る。
「……それじゃあ小さくなったシルキィせんせーや夜妖の皆と遊ぼっか!」
「からだはちいさくなって、いちめんのおはなばたけで……これならかくれんぼもできるかもねぇ。
 えへへ、なんだかゆめみたいなかんじ!」
「かくれんぼ、しょ、っか!」
 小さな廻がシルキィの猫耳を撫でる。以前もこんな事があった。きっとその反芻なのだろう。
「さいしょのおにはよそらちゃんにおねがいしようかなぁ」
「お、いいですねぇシルキィせんせー。この夜空チャンが見事に見つけてみせますよぉ!」
「わたしもみんなもがんばってかくれるからねぇ」
 くすくすと笑ったシルキィは敢えて体育座りで無駄な動きを無くす作戦を立てる。
「よーし、もーいーかい!?」
「もーいーよー!」
 こうして遊んでいると何だかお姉さんになった気分だと夜空は顔を綻ばせた。
 夜妖もシルキィや夜空の魔力を貰い満足そうだ。
「うん……やっぱり楽しいね、こういうのは。さーて、シルキィせんせーみいつけた!」
「あわわ!?」
 シルキィの慌てる声が花畑に響いた。


「ふむふむ、魔力を与えると……つまりはらぺこだな?」
 猫又のガガリを抱き上げた『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は「構わないぞ」ともふもふのお腹に顔を埋める。
「流石に魔力には毒は無いと思うが、一応、味見して様子見てからにして貰えると安心だ」
 以前のにゃばくら……猫カフェではお泊まりに持ち込んだものの全然デレてくれなかった。
 しかし、この猫又のカガリ。すでにお腹もふもふまで許しているではないか。
「猫耳になれば猫の気持ちも少しはわかるだろうか?」
 ぴこっと生えた猫耳が辺りの音を伺うように動く。
 青灯の幻影が映し出すのはイシュミルでも恋人でもなく――
「………師兄?」
 自分の口から漏れた言葉にアーマデルは自ら疑問を呈する。
 この男に傍に居て欲しいとおもっていたのだろうかとアーマデルは訝しんだ。
 複雑な心境である。
「……ちょ、ちょっといいか……も、もう一匹……いや、チェンジじゃないからあんたはそのままでいいぞ……いや、やっぱりやめておく」
 二人に増えたりしたら収集がつかなくなると項垂れるアーマデル。
 正直居心地が悪い。緊張が身体を覆い視線は彼から離せない。
 様子を伺うようにアーマデルは師兄の周りをぐるぐると回る。
(最後の瞬間まで、尊敬はしていたし……その後も、様々な事をしった後も、敬意は失せなかったが、いやそれにしても何故いま?)
 アーマデルは落ち着かない様子で思考を巡らせた。
 幻影である夜妖はそのアーマデルに困ったように視線を送る。
「嫌だったか?」
「……ああ、いや、すまない……あんたのせいじゃない、気にしないでくれ」
 お菓子を食うかとポケットから飴を取り出すアーマデル。
「ありがとう、でも大丈夫。いっぱい魔力を貰ったから」
「小食なんだな……? 師兄は結構食う方だったな、身体が資本だと。素質が無ければ補う努力をしろと。俺は薬がなかなか体に合わなくて、食が細くて……よく怒られていたよ」
 それを師兄の姿をした夜妖に語るのが何だかむず痒いとアーマデルは視線を逸らす。
「どうした?」
「ああ、気にしないでくれ、俺が勝手に揺れてるだけだから」
 心配そうに見つめてくる夜妖に対して俯くアーマデル。
 己の内側にある感情に、自分で整理がついていないのだろう。
 小さく溜息を吐いたアーマデルの目の前を青い花弁がゆっくりと落ちていった。



 青灯の夜妖は敵ではないと暁月の言葉に『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はこてりと首を傾げた。幼少の頃に来たことがあるということは『深道明煌』とも来たのだろうか。
「にゃーん」
「あ、白雪さん?」
 燈堂家で出来た友達『白雪』の姿に思わず祝音は彼を抱きしめる。
「どうしたのー? あ、そっか樹菜さんは白雪さんの家族だもんね。心配だったんだ」
「にゃ」
 燈堂に住まう子供達は白雪にとっても家族である。だから、ここまで様子を見に来たのだろう。
「見て、白雪さん。僕の魔力を吸って子猫になったよ」
 小さな子猫を抱き上げた祝音は嬉しそうに微笑む。
「可愛い……! 僕の魔力どんな味がするのかな?」
「甘くて、ミルクティみたいな味!」
 すりすりと子猫の夜妖が祝音の頬にすり寄った。

「おや、白雪も来てたんだね」
「にゃーん」
 暁月は祝音と白雪の姿を見つけ手を振る。その隣には『幻影の廻』の姿があった。
 やはり暁月が傍に居て欲しいのは廻なのだろう。大切な家族なのだから当然だと祝音は頷く。
「……廻さん、無事に戻ってきてほしい」
「祝音君は優しいんだね。ありがとう」
 廻の代わりに暁月は祝音に感謝を述べた。
「……」
 深道に……深道明煌とその仲間に酷い事をされていたり、洗脳されていたりしたら。
 廻や暁月がどう考えていたとしても『奴らは僕の敵だ』と祝音が思ってしまうのだ。
 祝音は子猫をぎゅっと抱きしめる。
 自分の行動次第で、約束を反故にされて廻を返さず閉じ込めたり、彼の命や精神を壊されたりしたら皆に申し訳ないと思ってしまう。それに、深道の煌浄殿に居る『八千代』を敵だとは思いたくないのだ。
 ぐるぐると思考の海に溺れてしまう祝音を元気づけるように白雪は少年の足に身体を擦り付けた。
「にゃーお」
「白雪さん、心配してくれてるの? ふわふわの毛並みも愛らしい姿も心癒される、安心する……本当に」
 しゃがんだ祝音は白雪の毛並みを撫で、顔を埋める。
「白雪さんと皆は……良い事沢山ありますように」
 その切なる願いは夜空に煌めきを流した。
 柔らかな毛並みを頬に感じながら、祝音は悩んでいた。
 敵地で八千代にあった事を白雪に話すべきか。
 もし、深道が白雪たちにも害を成すなら、八千代を悲しませることになっても戦わなければならない。
「にゃー」
 祝音の周りには猫又のカガリも集まってきて。
「あ、あれ!? わ、僕が小さく……白い猫耳尻尾生えてる、やったぁ……!
 ねえ、一緒に写真とろう? 宝物にしたいんだ」
 沢山の写真を思い出に。ありがとうと感謝を込めて。


 ボディは一面の青花を見つめ「綺麗だ」と呟く。
「安全だと最初から分かっていたら、カメラでも持参しれくれば良かったですね」
 花畑の隙間でゆらゆらと揺れる尻尾は猫又のカガリであろう。
「猫又の幼児化猫耳しっぽ付与能力は……以前に燈堂の屋敷で似たような目に遭いましたからね。つまり私は慣れっこです」
 何故かリズミカルなBGMと共に幼児化猫耳しっぽに変身するボディ。
 カガリの頬をむにむにとつまみ、ついでに自分の頬も触る。
「幼児の頬はとても柔らかいと本に記載されてましたので、これを機に検証を……
 ふむ、ふむ……なるほどこれは……」
 シルク以上のきめの細やかさは何時までも触っていたくなる心地よさだ。

 緑の双眸を上げて、今度は青灯の幻影へ向き直るボディ
「たしか、傍に居て欲しい人の姿などを見せてくるのでしたか……居て欲しい人でございますか……さて、双葉様はどうしているか様子を見に行かなければ」
 くるりと踵を返すボディの周りを幻影の蝶がヒラヒラと舞う。これが彼らの本来の姿なのだろう。
「いっちゃうの?」
「え? いえいえ。私は双葉様を探しに。決して逃げてはおりませんよ」
 もし仮に幻影が『本物』の姿を取ってしまったなら。
 何だか気恥ずかしいと、そんな事は思ってなどいない。
「双葉様が傍に居て欲しい人など気にはなることは事実ですし」
 好奇心のままにのぞき見た双葉の『傍に居て欲しい人』は、彼女によく似た男女だった。きっと、双葉の両親なのだろう。事故に巻き込まれ両親を失った双葉は心の底で寂しく思っているのかもしれない。

「おい、ボディ。あんま遠くに行くなよ」
「はい……」
 ボディの小さな身体を抱き上げた龍成は柔らかな頬をむにゅっと摘まむ。
 彼の隣に居る幻影を『見たくなくて』ボディは龍成の胸に顔を埋めた。
 やはり廻や晴陽なのだろうか。もしかすると水夜子かもしれない。
 龍成にとって傍に居て欲しいと願う人はきっと彼らだ。
 それがきっと道理で、自然なこと。けれど、何故なのだろう。
 ……そんな普通の帰結を、目に入れたくないと考えてしまう自分がいる。
 不合理で・異常で。
 この煩わしい何かは、何だと。
 ボディはむずがるように目を開けられずにいた。
「どうしたー?」
 その背を龍成は大切な宝物だというように優しく抱きしめた。


 柔らかな指先から熱が伝わってくる。
 もし、この鼓動が聞こえてしまったらどうしようと樹菜は緊張した面持ちで顔を上げる。
「花については私よりも樹菜の方が詳しいだろうし色々教えてもらおうかな」
「は、はい! ブレンダ先生」
 勢い良く頷いた樹菜にブレンダはくすりと笑みを零した。
「ああ、それと学園以外では私のことは好きに呼んでいい。私も樹菜と呼ばせてもらっているしね」
「分かりました。では、ブレンダさんとお呼びしていいでしょうか。もちろん学校では先生をつけますので、お家に来たときとかは……」
「構わないよ」
 ブレンダは樹菜の顔を覗き込んで意地悪な笑みを浮かべる。
「ここの夜妖は傍にいてほしい人の姿をとるらしいが……樹菜は私に傍にいて欲しいのかな?」
「えっ! そうなんですか!? 私の……? えっ!」
 顔を真っ赤にして慌てふためく樹菜は、自分が傍に居て欲しいと願うのがブレンダだとこの時初めて自覚したのだろう。
「あわ、わ。確かにブレンダ先生……さんは、かっこよくて憧れですけど、その……その」
 ブレンダに『大切な人』が居るのを風の噂で聞いていた。だから、自分が傍に居てほしいと願うのは烏滸がましいのだと樹菜は思っていたのだ。
 恋とは違う、憧憬に近い想い――そう自分に言い聞かせていた。
 けれど、本当は『傍に居て欲しい』のだと思っていたのだろう。
「ふふ、心配しなくても私は樹菜がいて欲しい時は傍にいるよ。いつでも呼んでほしい」
「……ありがとうございますっ」
 必死にブレンダの手を握る樹菜。優しくて素敵な彼女の笑顔を受け止めるのに精一杯なのだ。
「そろそろ秋の花が咲く季節。また樹菜の育てた花を見に行くよ」
「はい!」
 嬉しそうな樹菜の顔に、ブレンダは僅かに視線を落す。
「実はほんとの私もそんなに強くもないし格好よくもないんだ。精一杯格好つけてるだけなのさ」
「そうなんですか?」
「私も昔憧れる人がいてその人みたいになりたくてこうして努力している。ちょっとだけ似ているのかもしれないね、私たちは」
 自分達は似ている。その言葉に樹菜は感情を溢れさせる。
「それと樹菜は私のことを格好いいと言ってくれるけど昔の私は樹菜みたいに可愛らしい子になりたかったんだ。ほら、私みたいだとフリルのついたドレスとか似合わないだろう?」
 樹菜はブレンダの愛らしいドレス姿を想像して「可愛いです」と思わず零す。
 少し照れくさそうにお揃いのドレスを着るブレンダは、何とも抱きしめたくなるような可愛さだった。
「ふふ、これは2人だけの秘密だぞ? 約束だ」
「はい! 約束です。代わりに、今度ドレス姿を見せてくれますか?」
「え? そ、そうだな。機会があればな」
 ブレンダと樹菜。二人は指切りをして、顔を綻ばせた。

 ――夜が明ける。
 地平の端から空が東雲色へ染まり、星が薄れた。
 幻影の手を握ったチックが緩く笑みを零す。
「……ありがとう。ひとときの、幸せな夢を見せてくれて
 また、いつか。君達にも……会える日、来たら……嬉しいな」
 手を振った弟の幻影が『門』と共にゆっくりと消えて行った。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 夜妖が見せるひとときの夢を楽しんで頂けたら幸いです。
 ご参加ありがとうございました。

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