シナリオ詳細
<13th retaliation> 枯諦の念
オープニング
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抵抗した。それは苦肉の策だった。砂を食み、血反吐を吐いても守り切らねばならぬと願ったのだ。
脚の感覚は失われたが、命を引き換えにしたって良かった。
「逃げて!」
喉奥から引き攣ったように声が漏れた。腕の一本は容易く剣と共に空を舞った。
叫声が鼓膜を叩き、嗚咽ばかりが響く空間に青年は立っている。
「ライアム、もうダメ。死んでしまう」
「……大丈夫だよ。此処で退けばもっと沢山の人が死んでしまう。
それならこんな命の一つくらい擲ったって構わないよ。皆を護る事が、大切なんだから」
――ですって。ああ、可愛くなくって? どうかしら、カロン。
――元気だにゃあ……。護りたいなら力を貸してやってもいいにゃ。
勇者、英雄、エトセトラ。そんな下らない役目と呼ばれる事に現を抜かして現状を理解出来ない愚か者は嫌いじゃないにゃ。
――あら、どうして?
――停滞は、好ましい。其の儘ずっと変わりなき平穏を求める事は悪くはないからにゃあ……。
●
――何時か、大きくなったらもっと広い世界を見せてあげるよ。
世界には沢山の未知が待っているんだよ。例えば、空高くから流れ落ちていく滝。天を飛ばなくては見られない島。
それから……巨大なモンスターだっている。御伽噺のドラゴンも実在しているんだよ。
優しい声音に耳を傾けるのが好きだった。
ベッドに腰掛けて、窓辺から見える限られた景色に花を添えてくれる。
一輪一輪、名前を教えてくれる。花言葉を時折交えて笑ってくれる。
「ライアム、ちょっと良いかな?」
呼ぶ声が聞こえて『兄さん』は「ああ」と重く頷いた。窓辺に寄り添った私の頭を撫でてから笑うのだ。
「それじゃあ、行ってきます。
お土産は何にしようかな。気に入るモノがあれば良いな」
笑った『兄さん』に「いってらっしゃい」と告げる私のちっぽけな世界はまた閉ざされる。
あの人のように冒険に出掛けられたら。そう憧れたのは遠い幼き日のこと。今は――
「アレクシア」
呼ぶ声は鉛のように胸の奥底に落ちた。聞き慣れた声が地を這うように迫り来る。
掻き消える幻影の向こう側にアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はどうすることも出来ずに立ち竦んだ。
●
「霊樹『レテート』の調査に向かった隊とは別に、少し動いて貰いたいことがあるの」
イレギュラーズの活動拠点であるアンテローゼ大聖堂でフランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)はそう言った。
椅子に腰掛けてステンドグラスの光を浴びるアレクシアは「調査だね」と頷く。その顔色は差し込む光で色彩を変えるステンドグラスによって上手く読み取ることは出来なかった。
「これはアレクシアさんに行って貰いたくて……負担になったらごめんなさい。けれど、気になっていることだろうから。
一応、同行して貰いたいなって未散さんにも声を掛けたの。その、『前回』の時にご一緒したでしょうから」
フランツェルが振り向けば小さく頷く散々・未散(p3p008200)の姿が見えた。鈍く光る月のようにステンドグラスの色彩をその髪色に落とし込んでいた未散は「アレクシアさま」とその名を呼ぶ。
「その焦燥をぼくは我が身のことのようには受け止めることはできないでしょう。
ですが、お傍に立つことは出来ましょう。凋む花は枯れ行くだけ。貴女はまだそうなるべきではないですから」
「……そうだね。迷ってばっかりじゃ分からないことばっかり。フランさん、私は何の調査に行けば良いかな?」
傍らに腰掛けた未散はそっとアレクシアの手を握った。頷くフランツェルは後ろ手に隠していた資料を見遣る。
「『ライアム・レッドモンド』と呼ばれる魔種について。
目撃情報があったわ。どうやら、猛吹雪の中に姿があったというの」
ライアム・レッドモンド――それはアレクシアが『兄さん』と慕っていた幻想種だ。
彼は魔種として転じ大迷宮ヘイムダリオンの中に『幻影』として霊樹『レテート』を連れて現れた。
霊樹『レテート』がどうして彼の味方をしていたのかは別働隊が調査に向かっている。
そして、アレクシアが気にしているライアムそのものについても探りを入れておきたいというのだ。
「アレクシアさんから聞いた話なら、ライアムさんは簡単に言えば『村の心優しき冒険者』よね。
困っている人が居れば、見捨てることの出来ない……あなたの行く先を示したような人だったのかな、と思うの」
「うん。『兄さん』は優しくて強い人だった。そんなあの人が反転して居るだなんて――」
悲痛な声を漏したアレクシアにフランツェルはこくりと頷いた。
彼の身の上に何かがあったのは確かなのだろう。そして、レテートが味方していたことからも『何らかの存在』が関与している可能性も見過ごせない。
「吹雪の中に消えたと言うことは彼の『夢の世界』が構築されている可能性があるわ。
その中に入れば、何か情報を得られるかも。それから……あの世界はどのような状況を私達にもたらすかは分からない」
「それはアレクシアさまやぼくたちにとって心の疵と成り得る事が起こる可能性があると言うことですか?」
「ええ。夢が私達に『何かが影響をもたらす』可能性がある。その上で、見に行ってきて欲しいの。
……彼は、ぽつりと呟いていたの。それが、気になって堪らないから」
フランツェルは目撃した際の言葉を囁いた。目を見開くアレクシアの悲痛な表情に未散は堪らないと息を吐くばかりで。
――『カロン』様は言って居たなあ。この森は変化してしまった。もう余所より遣ってくる者から神聖な森は護られないんだ。
- <13th retaliation> 枯諦の念完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年05月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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君のことを救いたかった。
ヒーローになりたかった。何時までも笑っていて欲しかったから。そんな簡単なことすら出来ない僕は――
脳内に流れ込んでくる声は、酷い頭痛を齎した。身を引き裂かれるほどの恐怖を感じたのはそれを狂気と呼ぶほかにないからだ。
其処に存在するのは後悔と未練と呼ぶべきものか。似たものを識っている。識りながらもそれとは異なりひどくざらりとした手触りは『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)には馴染まなかった。
「この夢の主はきっと、俺とは違い、心根の優しい者だったのだろうな。割り切り、振り払えないからこそ、捕らわれる痛みなのだろう」
割り切ることは、振り切ることは心の強さであるという。彼が弱かったとは言わない。彼は優しすぎたのだと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はその光景を眺めて息を呑んだ。
「兄さん……」
この夢の主はライアムと言う。アレクシアにとっては憧れた冒険者であり、広い世界を教えて呉れた兄のような存在だ。
アレクシアも『割り切る事』は得意では無い。『振り払う事』も得意では無い。血の繋がりが無くとも、存在の仕方は大いに影響を受けたのか良く似ていた。魔種に転じている事が分かった時点で相手を悪であるとする事は出来る。
(……私は、はっきり答えを出せていない。立ち止まっていられないことだけは確かで……少しでも、前に進まないと行けないから)
迷いながらでも藻掻きながらでも、彼女はこの夢を進むことを決意した。
何があったのかを教えて欲しい。進む事へと不安を抱くならば『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)はアレクシアの手を取ろう。
あの日、ヘイムダリオンで彼女の騎士へと乞うたように膝をついて頭を垂れて今一度、エスコートを懇願することだって出来た。
鼻の奥にこびり付いた匂いがこの現状を物語る。未散はよく知る。肉が、人が、焼けた匂いだ。胎の脂に頭蓋骨の中で燻る脳味噌。その匂いは不快感こそあれ、未散には良く覚えのあるもの。
「酷いな」
呻いた『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は想像以上だと呟いた。魔種となると言うことは在り方そのものが変容すると言うことだ。どの様なことがあったのかを『知りたい』と乞うた立場であるウィリアムからするとこれは想像以上のものだった。
「……そうだな、酷い」
血の繋がりがあらずとも。彼を兄と呼ぶアレクシアにとっては大きな存在であった筈だ。
少なくとも『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が知るアレクシアと云う少女は気丈に振る舞い、笑みを絶やさない陽の光のような少女。
だが、兄との永劫とも呼ぶ離別に、その兄が残した夢の残滓。それが幾らアレクシアと云えども気が気では無い筈だ。
ぐにゃり、と思考回路に介入する何かの声。酷く歪なそれが心に直接的に影響を与えてくるのだ。
「レテートの話によれば、ライアムさんが接触したのは……冠位魔種」
ならば、この光景は――その冠位魔種が、彼に聞かせた『呼び声』なのだろうか。マルク・シリング(p3p001309)の呟きに「だとしても」と『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は呟いた。
「だと、しても影響なんて受けてやるものですか。停滞? 望む所よ。私は成長することもない停滞しきった存在だもの」
――けれど、『君以外』は停滞と呼ぶ澱には浸っていられないんだ。
「……誰?」
オデットはゆるゆると顔を上げた。ああ、頭が掻き回されるような心地だ。誰かがいる。地獄を体現したような有様の森の中で誰かが呻きをあげて手を伸ばしている。
その姿がこの場にいたイレギュラーズ八人には『違って』見えただろう。オデットにはある少年に。
そして、『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)には――
「……ざんげ」
能面のような彼女の姿が幻影の中で命乞いをする誰かに被って見えた。
●
大切なものは両手では抱えきれない程にあった。故郷だけではない。旅に出て、情を酌み交わしたあの人だってそうだった。
優しい笑顔の彼女。不自由な足に、不治の病に冒されているという彼女は窓の外を眺めていた故郷の『妹』によく被った。
「その子ってどんな子だったの?」
「窓の外を詰らなそうに眺めていてね。……けど、冒険の話をすると花咲くように笑ってくれるんだ」
「お名前は、何だったかしら?」
「……アレクシア」
は、と息を呑んだアレクシアは周囲を見回した。残り火の爆ぜた音が意識を現実に引き戻したのだろうか。吐き気をも催しそうになる光景の中を少女は立ち竦んだように眺めている。
「この世界はアレクシアのアニキの経験って事か。俺達に……いや、アレクシアに自分の気持ちをわかって欲しいんだろう」
なんとも悪趣味な『世界』だとルカは呻く。だが、これが悪趣味や嫌がらせを許にしてやっているわけではないのだ。
心の優しさが作り出した夢の残滓。誰も傷付けられないように、誰も傷付けなくても云いように。寂しくて悲しい青年の在り方。変容した己を少しでも知っていて欲しいと願う――アレクシアを苦しめる夢。
「……行けるか?」
「行かなきゃ。私も、知りたいんだ。……どうしてこんな……こんな事に、なったのか」
アレクシアは俯きながらも一歩を踏み出した。頭の中に、響く声が命乞いをする誰かを探そうとする理性を揺るがした。
彼は確かに『迎えに来た』と言った。その目の寂しさに、苦しそうな笑みに、そしてアレクシアを見付けたときの安堵の光に「そうしてもいいかも」と思ってしまった――停滞をほんの少しでも望んだ自分を引き留めたのは『それが本当の呼声』ではなかったこと、そして、傍らに居た仲間達のお陰であった。
「燃えた集落、転がる遺体。正しく悲劇の予感しかないね。『幻影(ライアム)』は呻く誰かを探しているんだ――僕たちと何かを見届けるために」
頭に声が響く。ウィリアムを引き留めんとする声だ。停滞、幻想種にとっての長命は停滞の傍らに佇んでいる。
疲弊し、擦り切れてもその命の終は遠く、休息をも否定する。停滞することが出来ればどれ程楽だろうか。止まる事を決断できたならば。
「……いいや、僕はね。止まれないんだ。永遠に続いてほしい時間は、“ウィリアム”が亡くなったあの日に終わってしまったから」
揶揄うように笑うウィリアムは傍に佇んでいたオデットを一瞥した。彼女は停滞している。それでも、『停滞』する事は進む誰かを見届けるためであると彼女はある意味で割り切っていた。
「……愛すること? 愛って、少し痛い。私の好きな人は記憶喪失だから、一方通行の愛になってるのは知ってるもの。
でもだからって愛してほしいなんて望まないわ。記憶を失っても彼は彼で、彼なりの生き方がある。乱したらそれはもう私の愛する彼じゃないから」
だからこ、頭の中を掻き混ぜられようとも好きに言えば良い。木漏れ日の妖精オデットはその在り方を受け入れて『割り切って』終っているから。
「……にしても話に聞いてた呼び声とやらをこんな形で体験できるなんて思わなかったわ」
「そうだね。そうだ。こんなにも苦しく切ない声が聞こえてきたならば……呼声に落ちる可能性を否定は出来ないよ」
マルクはそう呻いた。自身は只の人間で、割り切ることの出来る者はほんの一握りだ。
自問自答する。己は自らを疑うことの無い信念を持っていない。決して折れぬ精神力を持ち合わせているわけでも無い。
汰磨羈は「けれど、負けてはならん。本質を見失わないように」と呟き、目の前が眩んだことに目を瞠る。
幻想種の村を賊が荒らす事は良くある。況してや国境にも近い村。盗賊や人攫いの危機は隣り合わせだ。
爆ぜる炎の気配が背を撫でた。「ライアム」と呼ぶ彼女の声に慌てて振り返れば、足の悪い彼女は賊に髪を掴まれ乱雑にも引き摺られる。
「止めろ!」
手を伸ばせども、武器の用意も無くヒーローでも無かった己の手は届かなかった。賊に押さえ付けられ砂に埋もれた口蓋が浅い呼吸をも拒否する。
「ライアムッ、貴方だけでも……!」
――諦める事は、苦手だった。
頭を揺るがせた『声』と共に、青年の歩んだ道が目の前にはあるようだった。汰磨羈は「ああ」と呻いた。
リアルすぎる幻影、追体験のように広がる其れを眺めてからマルクは息をひゅ、と呑む。
死を遠ざける者という生き方をしてきた。伸ばした手が届く先は短く、狭く。助けようとした命は掌から零れ落ちた。指の間から毀れる砂の切なさを青年は知らぬ訳ではない。『世界の敵』から誰かを護る為に、割り切って命を奪い、誰かを救った。命の取捨選択をしてきた自覚が青年にはあったのだ。
――助けて!
響いた声は、取捨選択し、向き合ってきた幾つもの命だったのだろうか。
●
――成すべき事を、忘れるなよ。
そう口にしてから汰磨羈はやれ、己も同じだと嘆息した。
「私に、止まれと? ――戯言をほざくな
私はまだ、『あの男』を殺していない。決着を付けていない。まだ、『止まる訳にはいかぬのだ』!」
脳裏にこびり付いた声から逃れるために声を張る。声を張り上げて、呻く人影の前にぴたりと足とを止めた。
『助けておくれ、なあ? ……見捨てるなんて、しないだろう?』
尊大でありながら、甘えたような優しい声。彼女の姿が『それ』に被って見えた。
愛に対して囁く声音が己の後ろ髪を引いた。彼女からよくよく愛されたことは覚えている。その彼女が目の前で死した時に、その遺骸を自らの手で燃やした日から――心は、誰かを求める事を止めてしまった。
「愛って痛い」
オデットの呟きが汰磨羈にも痛いほどに分かる。愛は痛く、愛は縛り付ける。『彼女』を殺した『あの男』を殺すまで。
『……白瑩』
その声を覚えていられたのは『まだ』奇跡だったのだろうか。
――なあ、白瑩。時間軸と世界戦がずれた場所から私が召喚されていたら? なのに、私を殺すのか?
汰磨羈は唇を噛みしめた。彼女の、琳瑯の幻影を見るのは幾度目か。憤怒した己の心の傍らに安堵が降り立った。
……まだ、彼女の思い出は摩耗していない。風化していない。擦り切れ、思い出せぬ声では無かった。
「……礼を言おう。そうである事を確信させてくれた事を。
そして、決して許しはせぬ。彼女の姿を、こんな形で写し取った事を」
重苦しく鎖に繋がれたかのように身体が重くなる。知った匂いに『葬儀屋』だから知っているのかと首を捻り、未散は先を行ったはずのアレクシアを追った。
苛む声が、進むことなど諦めてしまえと嗤う。どうせ誰も救えないという諦観が傍らで佇んでいる。
(嗚呼、嗚呼。睡いなぁ――今此処で、軀を横たえて眠ってしまえば屹度、楽だ。
如何しようも無く壊れて歪んでしまった此の世界で、ぼくに出来る事などさして無いのです)
煤けた空気で喉が渇いた。潤いが欲しいと視線をやれば井戸には群がり折り重なった人の波。其れ等に弔いの十字を切っても誰が救われるのか。
『助けて』
だあれ、と未散の唇は押さない少女のように揺れ動いた。誰ぞが助けを呼ぼうとも。未散には興味も無かった――常人のフリをしているのだから『今更』だ。
「ふふ、……あは、狂ってしまえば――躍ってしまえば!
けれど、けれど、けれど! ぼくは『彼』じゃあない!
ぼくは王だ、王が首を垂れる訳にはいかないのだ。この王冠に誓って、膝を折る訳にはいかないのだ」
助けて、と呼んだ彼女の姿は探し求めていたものだった。ああ、許されるならば彼女の騎士として立ち向かわんと決めたはずなのだ。
誰よりも美しく、真っ直ぐな双眸が空を仰いで、直走る魔女。善悪呑み喰らう事に心を痛ませる優しいあの人の騎士なのだ。
「……今、盲いた瞳をしている、非道く淀んで沈んだ胡乱な眼を、引き揚げずして、何が騎士だ。泪を拭う為にも地に手を突いて穢す事は赦されないのだ!
だってぼくは――未だ、ぼくのことばで、あの本の感想を伝えていないのだから!
だから、負けてたまるもんですか。あなたさまはお強いから――」
●
最初は『興味』と言えたのだろうか。ルカは参ったなと頭をがりがりと掻いた。
何処かに行った親父、ディルクのアニキ。黒狼の連中。仲間に恵まれているとは思ったが――彼女が出てくるとは思いはしなかった。
一緒にばかをやって、依頼に行って、騒いで飲み食いして、幸せな時間に停滞することはルカには似合わなかった。
子供の頃から願った夢にはまだちっとも追いついてやいないのだ。其れを捨てるのは耐えがたく、怠惰には浸っては居られなかった。
けれど、彼女は。
望んでいるか分からぬ停滞の中に佇む永遠の少女。黒い髪に猫のような金の眸。悪戯めいた美貌の『神託の少女』
「……ざんげ」
『助けてくだせー……もう、終わってしまう』
そんな声が、そんな顔で、命乞いをするのかとルカは息を呑んだ。
「……違うだろ」
武器を握る指先に一等力が込められた。
「違うんだよ。アイツは命乞いなんてしねえ……『しちゃくれねえ』んだ。
いっそしてくれりゃあ良かった。手を引いて逃げ出してくれって言うなら、そうしたかも知れねえ」
それでも、ざんげはレオンの前でも、己の前でも使命を抱えて悲しげに目を細めて嗤うだけだった。世界を見ることもなく、その場で佇むだけなのだ。
「アイツの本当の望みを叶える為に……いや、嘘だな。この期に及んで格好つけちまった。
俺はもっと自分勝手だ。俺がアイツの笑顔を見たいだけだ」
望むようには行かないかもしれない。得たとしてもいつか失う。愛なんて、痛く苦しく辛いばかりだ。それでも。
「無理矢理にでも助けて世界救済なんてくだらねえ押し付けられた仕事を片付けて――自由になったアイツと世界を回る!」
は、と息を呑んだアーマデルは「お前は」と唇を震わせた。
最も大切な存在は恋人だった。だが、彼が命乞いをしてくれるはずがない。幻を含め、何度も刃を重ねた相手だ。
「……今更、戸惑えないというのも皮肉なモノだな。
停滞する世界だって、望むことは無い。ヒトは生きて何かを為し、運命の糸を紡ぐもの。生きる限り糸を紡ぎ続けるが定め。
怠惰とは紡ぐことを拒否する事、死によく似た眠り。
我が神は死者と生者の境界を保つもの、その信徒が死と生の間で惰眠を貪るなど許されようはずもないし、受け入れられない」
己は蛇の巫女であるのだ。神の望まぬ事を、簡単に受け止められるものか。
「……それに。やらずに後悔するよりも、やってやらかした方がまだマシだと思うのさ、俺にとってはな」
アーマデルは地に蹲った恋人と同じ顔をした幻影を見下ろした。
「今も時に捩れ、縺れるが……蛇の性質だからな、執着も強かろうさ。
離したくない、離れたくない。つい最近、そう再確認したばかりだ、お互いに。『お互いに』。双方向。
守り囲い込みたいか、否。ひとつでありたいか、否。対等に、並び立ち、共に歩みたいのだ。
撚り合わせた糸は巡って捩れ、縺れて廻る。少しずつ、違う色模様を織成しながら」
愛しているから救いたい。その命に代えたって。
その気持ちはアーマデルも否定はすまい。見えた幻影も、屹度彼の愛の形だった。
見付けた愛しき人を救う為に転じた。彼は彼女を愛していたのだろう。何時か、アレクシアの許に彼女を連れて行って世界の美しさを謳いたかった。
「ああ、否定はすまい、だが違うのだ、これは俺のそれとは異なるカタチ……押し付けるな」
愛は万人にとって訪れるものだから。アーマデルは首を振って、それを見なかった振りをした。
●
「ふふ。ジュート……貴方なのね。苦しいでしょう? だけど、私の魔力を分ければ貴方を助けられるはず……。
でも、でもね、本当の貴方は記憶を無くしていて……私が、貴方を楽にして上げなくちゃならないのよね」
『オデット……違う、魔力が無くなりそうなんだ。だから、だから……』
「違うわ、ジュート。貴方は私を覚えていないもの。今の貴方は……珠。私を知らない貴方だもの」
オデットは唇を噛みしめた。止めを刺さなくてはと立ち上がった彼女にジュートはやけに嬉しそうな顔をした。
そんな、顔をして最後の時を『私』に渡さないで――
――命を選べというのならば。マルクは選ぶ。
走り抜けるとそう決めたのだ。『ここ』じゃない『これ』じゃない。自分が選ぶならば、まだ。
「……だからね。
クレア。
僕の思い出の中の姿のまま、幼いままで泣いている君よりも、僕はセカイを選んだ。
あの時救われた命を返すため。あの時救った命に応えるため。あの時奪った命に報いるため――ごめんよ、クレア」
名前を呼べば、彼女の姿が眩んだ。
あの優しい青い瞳が、悲しげに細められる。
「クレア」
愛する誰かに縋っても僕の『願い』には届かない。愛する誰かよりも"セカイ"を選び取る生き方を、僕は己に課してしまった。
「そう、僕は『強欲』だったんだ。強欲でなければ、誰の命にも届かないから」
強欲。
其れは屹度、私だってそうだとアレクシアは呟いた。
救いたいから手を伸ばした。救えるはずだと声を荒げた。
世界に拒まれた者も居た。共にある道を別たれた人が居た。約束した花が枯れないように何時だってアレクシアが水をやらねばならなかった。
そうやって、生きていくことを願ったのだから。
「何時かあなたさまが好きだと云って下さった此の手が、砕けて粉々になる迄、差し出す事が出来るから。
さあ、お立ちなさい! アレクシア・アトリー・アバークロンビー!」
膝をついたアレクシアの前で未散は幻影をも振り払うように声を張り上げた。
「……兄さん」
震える声が、解けて消える。魔法道具の光がアレクシアを包み込む。彼と共に、その力を震えたら、何れだけ嬉しかっただろう。
――逃げて、ライアム!
――それはできないよ。……アレクシアに顔向けできない。僕が君たちを護るから。絶対、絶対に……!
私だって、屹度。
兄さんと同じ事を考える。私の命なんて、星になって砕けたって構わないと笑えるほどに『私は強欲』だったから。
「未散君やシラス君、フランさんや……支えてくれたみんなは大好き。
でも、それに甘えるだけでは、溺れるだけじゃいたくない。支えてくれた分だけ支えてあげて、そうやって前に進んでいきたいんだ!
その為なら、何だって、生命だって賭せる!
その力の源は、あの日停滞に沈んでいた私に進む力をくれた兄さんや、今この時を支えてくれた、みんななんだ!」
この追憶は、伝えてくれていた。『逃げて欲しい』と告げるような声だ。近付けば、引き摺り込まんとする汚泥のような声。
永遠とも思えた窓の外に、恐ろしい世界が広がっていることをライアムはアレクシアには見せたくは無かった。
「有り難う。兄さん。けどね……いつか、絶望にいた私に手を差し伸べてくれたように、今度は私が兄さんを絶望から救う。
その側に立って、希望を示してみせる! だから大切な人を……『兄さん』を倒す! 本当の兄さんを助けるために……!」
未散くんと手を差し伸べた。
始まりはヒーローになりたいという曖昧な気持ちだった。少しでも多くの人を救いたいと、天使のように奇跡を乞うた。
だからこそ、立ち止まっては居られなかった。魔種だって手を繋ぐことが出来る筈だから。
アレクシアが欲しいのは停滞ではない。
アレクシアが欲しいのは栄光でも無い。
「ただ、皆が心から笑って、理不尽に苦しむことのない世界! だから、行こう、未散くん」
「『 Y e s , Y o u r M a j e s t y . 』――拝命致します我が友。我が英雄」
未散の前に存在した幻影はアレクシアで。アレクシアの前に存在したのは嘗てのライアムだ。
そして、ウィリアムの前に在ったのは。
「愛するということ。とても素敵だね。僕も皆が大好きだよ。
幸せになってほしいと思っている。だから今も頑張って進まないとね。
求める……何を? 愛を? いいや、それは必要ない。ただ笑顔でいてほしいだけだ」
ウィリアムさん。
呼ぶ声をウィリアムは己の持ち得る力の最大を以て、消し去った。
「……そうか」
ウィリアムは小さな声で呟いた。毛先は紅を帯びていく銀。青と金の眸は救いを求めるほどに弱くは無い。いや、『求められるほどに素直』じゃない。
気丈に振る舞い心を痛め、剣を握りながら片割れの前に飛び込んでいった彼女。
苦しげに妹(エルメリア)の名を呼んだ銀の騎士――
「ああ、僕は……君のことが好きなんだ」
壊れていく『魔術式』の向こう側に吹雪が晴れた。
元の通りの深き森に戻りながら呟かれた言葉は彼にとっては呼声よりも尚、衝撃的なモノで。
今は其れを心に秘めて、花想の器(きせき)に邁進する彼女の夢の終わりを見届けたかった。
――アレクシアは膝をぺたりとついた。
青年は、護りたかったのだ。愛した人を、森を、そして、奪われていく命を。
「兄さん……」
その在り方は、『アレクシア・アトリー・アバークロンビー』と同じだった。
「……私が、今度は、兄さんを助けるから」
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
ライアム・レッドモンドは本当に心優しい人であった筈。
ですが、彼はその優しさで在り方が変わってしまったのでしょうね。
幻影はもうおしまい。次こそまた。
GMコメント
夏あかねです。
●目的
『ライアム・レッドモンド』の残滓によって作成された夢の世界の攻略
●夢の世界
どうやら此処にはライアム・レッドモンド本人は居ません。ですが、彼の残滓と魔術式により彼の足取りである『過去』が夢の世界として展開されたようです。
深緑の国境より離れたファルカウ付近の集落です。荒れ果てた様子であり『<spinning wheel>幻惑ドルミーレ』でイレギュラーズが視た光景の後なのか、燃えた痕跡などが広がっています。
これは追体験であり、この集落を救うことは出来ません。所々に人々の遺体が転がっていて非常に痛ましい様子です。
ただ、何処かから人の呻く声が聞こえます。「助けて」とか細く囁く声を『追体験』の主であるライアムは探しているようです。
何処からか、誰かに視られている感覚に奇妙な倦怠感が体を襲います。
……まだ『茨』は周囲に広がっておらず『茨咎の呪い』も存在しないはずですが……。
・『夢の世界の攻略』
このフィールドに入ってから、皆さんは『呼び声』にもにた奇怪な響きに頭を掻き回されます。
それは本当の呼び声ではないので反転することはなく旅人であろうとも聞こえてきます。
『怠惰(「停滞を求める意志」「己の栄光を其の儘にしたいという希望」「怠惰なる眠り」)』『色欲(「誰かを愛すると言うこと」「誰かを求めるということ」)』が脳内を掻き回してくるかのようです。
非常に強い呼び声であるために、どのように抗うかの【プレイングでの心情】を記載して下さい。戦闘能力やステータスで抗うことは出来ません。
この声に飲み込まれると攻略が不可となり、世界に飲まれる可能性があります。
……声に抗いながら世界を形作っている魔術式を探しましょう。
丁度、ライアムも探していますね。うめき声を上げて助けを呼ぶ声の主です。
そう、その人を殺さなくてはなりません。呼声の影響か【最も大切な人】の姿がその【魔術式で構築された救助を求めて命乞いをする人】に被って見えます。
●『ライアム・レッドモンド』
アレクシアさんが兄と慕っていた青年――でしたが、魔種であるようです。
彼の痕跡だけがこの地には残されており、彼が【呼び声】に飲まれるまでの追体験をさせようとしてくるようです。
ですが、イレギュラーズの皆さんは彼が受け入れた声を撥ね除けて何とか【魔術式】を破壊して下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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