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シナリオ詳細

玉髄の路

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 爛々と眼孔に飾られたのはアゲートであったか。傾ぐ陽光が差し込めば其れは生気を取り戻したかの如く輝きを帯びる。
 その光や見る者によって色彩を変えるのだという。朽ち果てた二対の獣骨は門番を思わせ佇んでいた。
 一方の眼孔は訪れる者を見定め、もう一方は其れ等が通るに値するかを定める。
 それは一種の伝承だ。二対の獣骨に認められた者こそがこの地を『渡る』事が出来るのだと。
 故に『玉髄の路』と呼ばれたこの場所は亜竜集落フリアノン近郊にありながら亜竜種達は滅多に近付くことはない。

 嘗てこの地に生きたシャームロックは云ふ――

 我らが住処を蹂躙する愚かなる者は何処だ、と。
 このまなこは我らが住処を汚す者を逃すことはない。
 我らは骨となり朽ち果てようとも、この地を愚弄する者を赦しはしない。

 其れは二対の亜竜に纏わる伝承。
 今や遠き昔、フリアノンと共に生きたという竜が残した伝承。
 眠たげな眼をした薄桃の竜はフリアノンの傍に居た亜竜種へと告げたという。
 シャームロックは望んで『石』となったのだろう。
 シャームロックのその身を堅き岩の牢獄に閉じ込めた存在は未だ行方知れずである――と。


「販路の拡大、というのをイルナスから提案されたの。
 現状では竜骨の道は砂の旅人――詰まりは私が許諾をし、隠れ里へと入ることが出来たイレギュラーズの事よ――しか利用できない。
 生活の質の向上のためには更なる物資の供給……つまりは交易ね。其れが必要となるのではないかと言うことなの」
 カンテラの火を揺らがせる亜竜集落フリアノン。眩き光を傍らに置きながらラサからの新書に目を通す『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)は頬杖を付いて悩ましげに嘆息する。
 亜竜集落フリアノンは嘗てこの地を生きたという巨竜フリアノンの骨が洞穴に飲み込まれて形成された里である。その尾は地中を潜りラサにまで届いていたという。尾骨に沿うように作られた抜け穴の道は里を護るべき竜信仰の一族達が守護をし、特定の者しか使用することが出来ないらしい。
 永き歴史の中で竜種と亜竜から身を守り続けていた亜竜種達の生き方。外の世界から新たなる脅威が訪れぬようにと考えられた機構。
 だが、それだけでは彼女達の生活は立ち行かない。多くの亜竜種が『可能性(パンドラ)』を得た。
 世界を見て、自らの足で進む為の力を得た。
 ならば――里とて停滞の縁で居眠りしている暇ではなくなったのだ。
「私も外に出てラサに溢れた品の数には驚いたの。練達の技術にも、幻想の街並みも。まだ、見られていない場所は沢山あるわ」
 珱・琉珂は『亜竜種』だ。亜竜集落フリアノンの里長であり、これからの里を導く若きリーダー。
 イレギュラーズとなって訪れた空中神殿の空の青さに。石畳を鳴らして歩く幻想の街並みに、竜の気配が遠離り日常を取りも土讃とする練達の強かさに――熱砂の蜃気楼の向こうに生きる人々の喧噪に。
 少女は酷く焦がれた。あの熱気を、あの感動を里に住む者達にも届けて上げたい。
 イレギュラーズに頼めば幾分かの物資を得ることは出来るだろう。ローレットの一員であったパサジール・ルメスの少女が交易品を持ち込んでくれたこともあった。
 だが、其れだけでは足りない。サンドバザールのように品が溢れ民が自由闊達に商いをし、品々が行き渡るようになるために求められるのはラサより提案があった『販路拡大』なのだ。
「現状の『覇竜領域』は未知に溢れているわ。亜竜種だって多くを知らない。其れだけの危険がこの地にはあるからなの。
 私の両親――前・里長は出来うる限りの生活圏の拡大を目標に掲げていた。
 そこでラサに最も近く、竜骨の道に沿うように使用できる街道の整備もまた計画の一つだったの」
 琉珂は手書きで作られた古びた地図をテーブルへと広げる。
 使われている紙は通常の技法で無く獣の皮などを加工し紙に似せた亜竜集落独特のものであるようだ。
「ここがフリアノン。それから……アナタが知っている集落は此の辺りね。禁足としている森は亜竜達の住居であるから危険だわっ。
 R.O.Oのデータを見せて貰うと、此の森を抜けた先には山が一つ――フリアノンから遠目に見ることが出来るものよね。
 それから高原、と……各国が『一応』『私達は知らないけれど』設置した覇竜観測所があるのよね。まあ、そこまで行けば外から確認出来るかしら」
 指先でくるくると辿ってから琉珂は「今回は別方向よ」とテーブルをトントンと叩いた。
 指先がフリアノンへと戻る。そして僅かに逸れたのは里の近くに流れる川だ。
「この川を跨ぐと、一気に生活圏から離れるわ。けど、皆も調査経験がある場所もあるかも。
 地図には載せていないけれど、亜竜集落イルナークや霊喰集落アルティマは此処からもっと外れた場所。
 私が目的にするのはこの川を越えてからフリアノンに沿った……丁度此の辺り」
 何も書かれていない場所をとん、と叩いてから琉珂はイレギュラーズに向き直った。
「此処は『玉髄の路』と呼ばれる場所。
 巨大な亜竜の住処であったそうだけれど、今はそれらは『石化』して動くことはないのよ。
 言い伝えだと此処に存在する2体の亜竜――『獣骨シャームロック』は未だに生きてきいる。
 永劫に解かれぬ岩の牢獄で未だ生きている……なーんて、言い伝えだけれどね、だけど、本当の事みたいに命を落とす人も居たの」
 その言い伝えこそ間違いではないとでも言う様にその地に調査に出掛けた亜竜種は命を落とす者も多かった。
 シャームロックと呼ばれた亜竜を『石化』させた存在は未だ、生き存えているとさえ伝えられていた。
「この地に拠点を設立したいの。
 ……命を落とした亜竜種達は皆、『夜になると岩になった』と言われていたの。
 この地に辿り着くのは日が昇ってから。それから夕日を確認したら直ぐに撤退をする事。
 其れだけを護ってくれるなら、それ程難しい仕事じゃ無い筈――今は」
 今は、と彼女が告げたのはこの道を商人に開放することを夢見るならば、夜に潜んだ存在を討伐しなくてはならないからだ。
 一先ずは調査から。
 そして、この地に簡易的にでも拠点を設立する。休息ポイントを増やすことで交易の可能性を増やす為だ。
「先ずは覇竜領域(このくに)の中から、努力を重ねましょう。ラサ側からの道は後々の整備でも大丈夫なはず。
 分からないことばかりでごめんなさい。一番約束して欲しいことはあるのよ! ぜっったいに生きる! 約束ね?」

GMコメント

 夏あかねです。
 優先付与させて頂いたのは03/14正午時点で覇竜名声の上位の皆さんです。

●目的
『玉髄の路』拠点設立&現況調査を終えてフリアノンへと報告する

●『玉髄の路』
 琉珂が言うとおりフリアノンの『やや後ろ側』――尾骨に沿った場所に流れる川と渓谷です。
 玉髄の路と名付けられたのはこの地に住まう二対の獣シャームロックの瞳が由来であるそうです。
 それらは朽ちた骨の姿をしていますが石化しており、瞳だけは生きていると言い伝えられています。
「夜になるとこの地に何らかの『敵対存在』が訪れ、生きる者を石化させ殺してしまう」と言われています。

 今回は調査と二対の獣シャームロックの周辺に簡易的な拠点を作ることが目的です。
 時刻は朝~夕。深夜の内に出立し、路に入る頃には朝日が昇っている状況となります。
 シャームロックはこの地を蹂躙する愚か者を許さないと言い伝えられています。
 その言い伝えを信用するならば、この地を愚弄し蹂躙しに来たわけでは無い事を誠意を持って伝えることこそが大切であるかも知れませんね。
 フリアノンではこの地で粗相を行った亜竜種が遠い昔に居たそうですが凄惨なる死を遂げたそうです。

●二対の獣シャームロック
 まるで獅子を思わせる外観であったであろう獣の骨です。石となっているため骨として朽ちていない部分を総合すれば
 ・獅子のように強大な亜竜
 ・羽は片翼ずつであり、二対で一つである事が分かる
 ・一方は立ち上がり、一方は座っている
 事が分かります。また、言い伝えによると『この地はシャームロックの住処』であったそうです。
 これは言い伝えですが……
『薄桃色の竜』はシャームロックとの友誼を結び、この地を荒らす不届き者を排除すると誓ったことで外より『勇者なる者』を招き入れたとされています。
『薄桃色の竜』はシャームロックが石となることを選んだのは命には終焉がある事を知っていたからだろうと言います。この地を愛した二対が死して朽ちたとてその眼孔に『光を宿す』のは、住処を守り抜きたいという意志があったからではないかと言うことです。

●『驚異』
 不明です。調査を行って下さい。
 夜は危険です。それだけは確かな情報です。

●珱・琉珂
 亜竜集落フリアノンの里長。イレギュラーズです。
 竜覇は火。支援行動及び多少の攻撃を行います。獲物は巨大な裁ち鋏。近くまで同行します。何かあればお声かけ下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

  • 玉髄の路完了
  • GM名夏あかね
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月29日 22時10分
  • 参加人数20/20人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎
霞・美透(p3p010360)
霞流陣術士
シャールカーニ・レーカ(p3p010392)
緋夜の魔竜
梅・雪華(p3p010448)
梅妻鶴子
劉・紫琳(p3p010462)
未来を背負う者
アンバー・タイラント(p3p010470)
亜竜祓い
琉・玲樹(p3p010481)
祭・藍世(p3p010536)
桜花絢爛

サポートNPC一覧(1人)

珱・琉珂(p3n000246)
里長

リプレイ


 朝日が差せば、希望が見える。
 竜の腹の下では日の光は射さぬから。暗い洞窟の下では昼夜の区別も付かぬから。
 鮮やかな陽を受けて自由に野を駆け回れる自分に感謝をしたい。
 私は――今日も、生きているのだ、と。

 販路の拡大を。それはラサ傭兵商会連合からの提案であった。未だ未だ閉塞感の漂う覇竜領域は危険が多く、おいそれと地上を歩き回れない。
 集落周辺や調査と銘打った進軍はある程度進むが各国が『覇竜の観測』の為に設置している専門機関の側からは入り込むことも難しかろう。
 R.O.Oでのアップデートで追加されたエリアを鑑みてもその進軍を現実世界で行うのはいまいち現実的ではないだろう。
 今回の販路拡大は地中を進む『フリアノンの尾』――つまりは『竜骨の道』に沿う渓谷に中間拠点を設置するというものだ。
 近くに流れる川は状況把握には適し、渓谷である立地も上空からの危機察知には適している。フリアノン側からも赴きやすく、ラサ側からも街道整備を行うことでキャラバン隊の流入が見込めるだろう。
 その為の現地調査と拠点設立がイレギュラーズの責務である。『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)はラサからの提案を受けて「やってみない、というのは彼らも納得しないでしょうから」とイレギュラーズを思い浮かべて言ったそうだ。自身もその端くれとなったのだ。深緑の一件を始め、各地で大忙しのイレギュラーズを思えば、此処で仕事を一つ増やすのは心苦しかったが、亜竜集落の為だと骨身を砕くイレギュラーズ達にとっては販路拡大調査こそ繁栄の第一歩だ。
「フリアノンとラサの交易が本格化すれば、覇竜は一層良い国になる……そうだね、琉珂君?」
 テーブルに広げられた地図を見下ろしながら『霞流陣術士』霞・美透(p3p010360)はそう言った。
『陣術』の霞、その一族に産まれた彼女はフリアノンの生まれではないが、巨大集落であるフリアノンの繁栄が周辺集落に齎す影響を知っている。
「ええ、食品もそうだけれど文化の流入も見込めるわ。書物や布、それに道具なんかも多く増える筈」
「ハッキリと言ってくれるなら信用もできよう。君は誰より我々亜竜種の未来を考えてくれている……私は君を信じるよ」
 美透の笑みにほうと胸を撫で下ろした琉珂は「有り難う」と頷いた。同胞の言葉は重くもあるが、心を軽くする一番の特効薬だ。
「特異運命座標に選ばれる前、フリアノンにいた頃は書を通じて外の技術や生活に思いを馳せたものです。
 琉珂様と同じように私も初めて外の世界、書の中でしか知らなかった様々なものに触れた時には甚く感動したものです」
 外界から得た書物の背を撫でて『紫晶銃の司書竜』劉・紫琳(p3p010462)は笑みを浮かべる。
 フリアノンに流れ着く書物は竜骨の道を通じて限られた方法で手に入れてきたものばかりだ。里長からの勅命を受けて外に出た者達が学んできた様々なる情報の数々。
「……里の方々が直接外の世界に触れる機会が増えるというのは文化の面でも生活の面でも良い刺激となるでしょう。
 私も様々な銃に触れられて……と、それはともかく。この販路拡大、是非とも成功させなければなりませんね」
 自身も新たな道を開きたいと、そう告げる紫琳に「そうよね、そうよね!」と琉珂は身を乗り出した。
「琉珂、そんなに身を乗り出すと驚かせてしまうのではないか。
 行った事のない地に足を踏み入れるのはやはり心が浮き立つな。……しかし時間は有限だし、夕刻前までには切り上げる様にしよう」
「ええ。夜は危ないもの」
 朝もまだ明けきらぬ時間だ。ランタンに灯した炎を一瞥してから琉・玲樹(p3p010481)は地図を眺め見遣る。
「販路の拡大ね……くくっ、フリアノンに外のモンを呼び込めるってんなら大歓迎さね。
 アタシ自身は欲しいもんがありゃ外に出ればいいが、里の連中にも色々と外の文化を教えてやりてえしな。よし、一肌脱ぐとするかね」
 派手なもの、新しいものが好ましい『特異運命座標』祭・藍世(p3p010536)にとっても、この新たな一歩は好意的なものとして受け止めていたのだろう。
「この方策が軌道に乗ればフリアノンの発展につながりますね。私としてもそれは望むところ十二分に注力するとしましょう」
 早速準備に取りかかりましょう、と立ち上がったのは『新たな可能性』アンバー・タイラント(p3p010470)。
 琥珀色の長い髪を揺らがせるアンバーに「有り難う!」と微笑む琉珂は拠点設置用の資材を積み込まんとするアンバーのやる気を喜ばしく感じていたのだろう。
「シャームロックの住処だった地、相応の力を持ったものでなければ近づいてくることはないと期待ですね」
「シャームロック。シャームロックね。やれやれシャームロックの寝床にまで手を出そうなんて……呆れた姫様だぜ」
 肩を竦めたのはフリアノンの仙人で知られる梅家の『梅妻鶴子』梅・雪華(p3p010448)。
 彼の笑みに「うう」と呻いた琉珂は「でもあの場所が一番向いているでしょう?」と唇を尖らせる。
「幼い頃よりシャームロックの昔話は聞いていたが、まさかここに拠点を設置する日が来るとは思わなかったな。
 果たして、我々が無法な侵略者ではないと認めて貰えると良いのだが……。
 いかんな、柄にもなく弱気になってしまった……が、仕事は仕事だ。誠心誠意頑張らねば、な」
「ほら、皆不安になるものだぜ?」
 姫様よ、と頬を突く雪華の様子に柳家の娘、『ベンデグースの赤竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)は大丈夫だとやる気を見せた。
「玲佳……」
「シャールカーニだ」
「シャールカーニ、きっと、大丈夫よね?」
 フリアノンの柳家の娘と言えば、玲佳であった筈だという認識の琉珂に正しい名前を伝えたシャールカーニは「屹度」と口にする。
 屹度大丈夫だと亜竜種達は囁きあった。
 ある者にとっては幼い頃より聞いていたシャームロックの御伽噺。その地に踏み入る事はどれ程の恐怖であっただろうか。


「どんどん発展していきまスねー覇竜は。
 あれか? 私も今のうちに覇竜貿易に備えて商社とかを起こして私腹を肥やしたほうがいいのか?」
 悩ましげにそう呟いたのは『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)であった。拠点設営のために設営資材を乗せた美咲の傍では楠・琵琶がやや興奮気味に地図を眺めている。
「拠点設営のついでとはいえ、偉大なる亜竜シャームロックの調査に参加させてもらえるとは……!
 里長に聞いていたのですが、粗相を行った亜竜種についての情報は出て来ませんでした。記録自体も御伽噺めいていて……」
「ははー。まあ、そういう教訓みたいなモンなんスかね」
 美咲が首を捻れば、琵琶はもしかするとと頷いた。驚異に殺された可能性が大きいが、その驚異が何であるかも分からない。想定されるのは石になってしまったという事なのだろうが……。
「はー、良い天気だなぁ」
 うんと伸びをした『自在の名手』リトル・リリー(p3p000955)は昇った朝日をその身一心に受け止めて、うんと背伸びをした。
 騎乗用に調教されている緑色のワイバーン『リョク』の背に乗っているリリーは美咲と共に行動を開始する。
「……よーし、調査頑張ろっと。とはいえ、シャームロック? はこの場所を荒らす事を許さないんだったよねっ。……気をつけながらやらなきゃ」
「そうっスね」
 川を辿り上れば、渓谷に一行は辿り着く。朝日が差し込み、夜の気配を遠ざけようとも鬱蒼とした暗さを感じさせるのはその地が深い谷底に位置するからだろうか。
「販路拡大かあ……いいね!」
 先ずはこの地から、とやる気漲らせた『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は「覇竜領域でしか見つからないものとかもあるだろうし、逆に覇竜の人たちが興味のあるものをいっぱい知ることもできるし!」と周囲を見回す。
 暗い渓谷ではあるが、それ故に上空からの驚異が絞られる。少し進めば更に広く空いた川沿いの場所に出るらしい。
 その地が今回の『目的地』だ。
「ラサとの交易になるなら、深緑の品物もここまで運んでこれないかな?
 今はちょっと……だけど、お父さんに聞いてみたらきっと喜んで手配をしてくれそう! そのためにも、しっかりと拠点づくりを頑張るよ!」
「深緑からも、か。ラサとの交易もある。三者貿易ってのも良さそうだな。
 ラサとの間に拠点を作ろうってんなら手伝わねえ訳にはいかねえな。
 イレギュラーズになった奴以外も気兼ねなく外の世界に出ていけるようにしたい。なにせこの世界は驚きと楽しみで溢れてやがるからな」
 その為には障害が多いのは確かだと唇を吊り上げ笑ったのは『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)。
 覇竜領域は未踏の地ばかり。この地に残る伝説や御伽噺は踏み込む者を遠ざけるものばかりであった。
 だが、此処を拠点として得られれば外への道を更に開拓できるらしい。出来る限り安全を確保してやれればフリアノンから外へと踏み出せる亜竜種達も増えるだろう。
「覇竜領域の主要集落以外から新たに交易が確立できれば、私も未知の食材が仕入れられるようになるな。
 経済が活性化すれば、得た金で亜竜種の皆の生活も文化も豊かになるだろう。私は良い事だと思う。
 そのためには玉髄の路を誰でも通れる街道にしなければ」
「誰でも……そうね、誰でも!」
 うんうんと頷く琉珂に難解であろうとも、それを可能とするのがイレギュラーズと言う様に『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は堂々と歩む。
 前を行く一行を眺めながら周辺を見回していた『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の胴に肘がごん、とぶつかった。
 口角を上げてやけに楽しそうに笑っていたのは『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)だ。
「おいおいべーやん、随分覇竜で活躍してるみたいじゃねえの。俺もその活躍にあやからせてくれよ~友達だろ~」
「力を入れる所を今は絞っているからな、身体が幾つもあれば何処にでも赴けるがそうはいくまい?」
 擦り寄った千尋の頭をがしりと掴んでから抱え込み、ぐりぐりとするベネディクトに「ちょ、べーやん、タンマー!」と千尋が叫ぶ。
 楽しげに進む一行の先頭に立っていたのは『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)。
「これが――」
 彼女の炎玉の瞳に映されたのは石となった二対の竜。『獣骨』シャームロック。
 一方は立ち上がり、一方は座す。言い伝えの通りの姿にリースリットは息を呑んだ。骨と朽ちても、それは守護者としてその地にあるのだ。
「骨と朽ちても滅ぶこと無く、その地を荒らすものを、決して許さぬ竜、か。
 さぞ雄々しく、誇り高く、強い竜だったのだろう、な。
 そして、そんな存在を物言わぬ石へと変えた、『何か』も。相応に、凄まじい存在なのだろう。
 そんな地に、友好を結んでいるとはいえ未だ余所者であるマリア達を遣わし、重大な役目を任せてくれた。……信頼に応える為にも、心して掛からねば」
 彼らが伝説や御伽噺の一端であるのは確かだった。『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はその地に踏み入る事さえも烏滸がましいと感じる二対の雄々しさに息を呑んだ。
「岩となった二対の獣……君達は如何にしてそうなったのか……過去を紡いだ二匹の物語が気になって、心がときめく……」
 独りで進むことは心許ない。故に、傍に居たのはリトルワイバーンだった。『楔断ちし者』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)にとっては愛しき番が望んだ販路拡大の第一歩だ。
『番』が出店を望む覇竜への交易を何としても安全経路確保を持って、支援してやりたいのがヨタカの心である。
「挨拶しとくか、土地を荒らしに来たと思われたらかなわねえ」
『竜剣』シラス(p3p004421)はまずはシャームロックの前にと少しずつ歩み出した。
「何よりも『礼儀』として。最初にこの地の主たる獣骨シャームロックにご挨拶をするべきではないでしょうか?
 後回しにしても良い事など無いでしょうから……肉体は朽ち果てても、瞳だけは生きているという言い伝え。即ち、竜の眼……シャームロックは視ている、と。そう判断するべきでしょう」
 そう告げるリースリットにシラスは頷く。エクスマリアが感じた威圧感、其れと同じ感覚がシラスの身体を包み込む。
「アンタを石に変えた野郎を仕留めに来たぜ、少し騒がしくなるが許してくれよな」
 まだ今日はその準備だけど――そう告げた青年の身体が少しばかり軽くなったのはシャームロックが認めてくれたが故なのだろうか。


「神域など侵すべからざる領域というものには相応に馴染みがありますけど、敷かれる法も分からぬ内に踏み入るのは何とも恐ろしいですわね」
 シャームロックへの挨拶を、と『星の巫兎』星芒 玉兎(p3p009838)は霊魂との疎通を用いた。
その肉体が朽ちても『居る』というならば霊魂となって存在しているかも知れない。そして、何らかの被害者が此処に居るかも知れないというのが考えだ。
「……反応はありませんのね。声は届いたのかしら」
「居ると言うのは『死んでいない』という意味合いなのかもしれないのです」
『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)は「分からないことばかりなのです」と肩を竦める。
「そもそも『脅威』とシャームロックはどういう関係なのか。
 どういう理由で夜にしか害を成さないのか。仮に出会ったとして、交渉の余地はあるか。
 ……分からないことが多いのですが、差し当たって『覇竜らしい』人智を超えた危険がそこにあるのは確か、だと思うのです。少なくとも今のところは、なのですが」
 ――覇竜らしい人智を超えた危険性。それを感じずには居られまい。
 シャームロックに挨拶を終えたエクスマリアは短く切った髪を気にする素振りもなく周囲を見遣る。
「この場に踏み入ることを……許してくれ……」
 謝罪を一つ。ヨタカは緊張したように周辺を見回した。小さくとも優秀なリトルワイバーンと共に空から索敵するとしたヨタカに琉珂は「余り高く飛んではいけないわ」と声を掛ける。
「空は亜竜の領域。食べられてしまうかも知れないから」
「……ああ……。気をつける……」
 謎の遺跡や魔物の巣穴。はたまた誰かの墓標など、そうしたものがあるのではないかと考えた彼はシャームロックに踏み入る許可を得てから拠点設営のための周辺警戒に当たったのだ。
 周辺の脅威を調査しておかねばならないというのは『今後』の為でもある。藍世は地酒を供え挨拶の代わりとする。
「邪魔するぜ、シャームロックの旦那サン方よ。
 アタシはフリアノンの祭ってモンだ。ワリイが、アタシらの里と外の国をつなぐために、この土地を使わせてもらいてえ。
 もちろん、荒らすつもりはねえよ。誓ってこの土地を悪いようにはしねえ」
 言葉と供物と共に自身の無害さを伝える藍世と同じく、玲樹は誠意を持って祈りと言葉を伝える事を選んだ。この地を愚弄し、蹂躙しに来たわけではないと伝えておきたかったのだ。
「言い伝えだとしても、先住者なのは変わらないからね。しかし、実際に見ると大きいなぁ!
 二対だけれど、翼が片翼ずつだと元々一つな生き物みたいだ。言い伝えで聞いたが、瞳が生きているというのは本当だろうか!」
 目を輝かせた玲樹は「害は与えない。少しだけ瞳を見せて欲しいな」と粗相とならない範囲に瞳の側に近寄った。
 石化している竜だ。その姿は『石』そのものであり、骸となった部分も追い。眼窩に埋め込まれた瞳もまだ光を宿しているようには思えないが――
 その人実に祈りを捧げていたリースリットは「あ」と声を漏した。その眼窩に僅かな光が宿されたのだ。
「この地の永遠の主、偉大なる『獣骨シャームロック』よ――貴方の大地に入り、道行く事をどうかお許しくださいませ」
 リースリットが見たその瞳は燃えるような炎の色であっただろうか。だが、玲樹には鮮やかなる空の色を思わせる。
 見る者によって色彩を変えるというその瞳が何を映し出すのかは分からない。
「綺麗だ……」
 呟く玲樹の言葉にリースリットは「彼らは、ここで『生きている』のですね」と呟いた。
「ああ、そうだな。
 遠い昔の話しだけど、凄惨なる死を遂げた亜竜種はどんな粗相をしてそんな事になったのか。
 ……夜に出歩ける様になった際はその亜竜種の霊魂を探してみたい気もするなぁ」
「ええ。石化して死んだという『不届き者』の遺骸……つまり石になったそれらが本当にあるのかどうかも探してみてもいいかもしれませんね」
 もしかすると、まだ此処より先にあるのかもしれないと告げるリースリットに玲樹はバリケードの材料もあるかもしれないなと腕まくりをする。
 玉兎は「霊魂が留まっていない可能性もありますが、天啓が降りて来てくれれば何か閃くかも知れませんわね」と呟いた。
「問題は『この地に潜む脅威』の方ですわね。言い伝えの通り、この地の守護者の怒りによるものなのか。
 そうだとして、認められるためにはどうするべきか。わたくしの常識に則れば地鎮祭などの儀式を執り行うところですが、異郷の守護者に理解して頂けるとは限らないでしょう」
 玉兎からすればこの地は『法の在り方さえ違う場所』だ。その様な場所ではどのように振る舞うべきかも分からない。
「それから気掛かりなのは、言い伝えの中ではシャームロックと彼を石に変えた存在が別個であるかのような点ですわね。
 ……脅威がシャームロックの意思ならば、彼の目に陽光が灯る曙や黄昏時ではなく夜間が危ないというのも少々不思議ですし」
「伝承によればシャームロックは自分の意志で石になったんだよな?
 なら石化能力を持ってたって事か? ……でもってここの現象は『生きる者を石化させ殺しちまう』だ。
 案外、シャームロックが殺してるって可能性も考えられそうだ。次来た時はポーズ変わってたりするかもな。
 けど――そうだな、『別の存在が関与していて、そいつに石にして貰った』可能性もあるって訳か」
 ルカは難しいな、と呟く。驚異の存在がこの場では見えてこないからだ。
「この地を守る為だって言えども石になって、元にも戻れないとなりゃ何とも言えないな」
「孤高なる存在を石に変えるだけの力があった何らかの驚異が今も尚生きていて、石化の呪いが解けない……というのはファンタジーが過ぎるだろうか」
 シラスとエクスマリアの言葉に耳を傾け、クーアは「案外あり得ない話ではないのかも知れないのです」とそう言った。
「シャームロックの身体に触れることは赦されそうなので、お掃除をしようと思うのですけれど……。
 日中は瞳を輝かすのみ。夜間には鎮座するだけで『その位置が変わっていない』なら甘言に乗って石化して戻れなくなった可能性もあるのですね」
「所詮は言い伝えって事か」
 聞く者によってはその在り方も変わってしまう。

 ――シャームロックは望んで『石』となったのだろう。
 ――シャームロックのその身を堅き岩の牢獄に閉じ込めた存在は未だ行方知れずである。

「なら、夜の驚異ってのがシャームロックを石にして、其の儘放置してる奴って可能性が高いんだな」
 シラスの呟きにアンバーは「シャームロックを石化した存在が動き出すと考えるのが妥当ですが死したシャームロックが動き出して襲ってくるとかないでしょうね?」と呟いた。
「どう、でしょうね……。伝承だけならば、敬意を示した我々亜竜種を襲う謂れはないはずですから……」
 紫琳はこの地に拠点を設営するならば石碑などでシャームロックへの敬意を確りと示し、伝承を語り継がねばならないと考えたのだ。
「私とてフリアノンの地で育った亜竜種だ。シャームロックに敬意を示す事の大切さは知っているさ。
 彼が我らの驚異であろうとも、無かろうとも。それがこの地の大いなる支配者であることには違いは無い」
 姿勢を正してからシャールカーニは目を伏せた。
「大いなる地の支配者よ、突然の来訪をご寛恕頂きたい。
 我ら、この地を貶める者にあらず、ただ通行を希う者なり。願わくば、この地の片隅に一時を憩う場を設けることをお許し下さい」
「シャームロック……我々は此処を荒らしに来たのではありません。我々は、この国に新たな風を吹き込む為に参ったのです。御身の下を拠点とさせて頂く無礼、お許しを」
 同じく、美透は祈る異様に告げる。己の愛する場所というのは、『石となることを選んだ』程に価値ある場所だった。
 敬語離れないと美透は呟きながらも、これが自身の誠意だと願い、調査と拠点整備にそれぞれが分れて行く様子を眺めていた。


 上空からの探索を行うヨタカは地質の調査や植物採取も念頭に入れていた。余り高く飛びすぎると危険だというならば、それを承知して危険を侵さぬ範囲で動かねばならない。
 もしもこの地からの帰還が叶わなくなれば――目に浮かんだ番のかんばせがヨタカの心をぎゅうと掴んで苛んだ。
 リトルワイバーンが「ぎゃう」と鳴いた声を聞きヨタカが顔を上げれば、其処にはリリーが居た。
「此処の探索?」
「……ああ……地質的には崩れなさそうな場所だ、と……」
「うん。リリーもそう思う。ライにも調査をして貰ってるけど、生き物からは出来る限り距離を取っておいた方がよさそうかなって判断しているんだ」
 リトル・ライは地上での情報収集を行い、リリーは上空からの確認を。ファミリアーの情報を収集すれば、この渓谷は地質的には恵まれていそうだ。
 植物が少ないのは日が差し込む範囲が少ないからだろう。少しばかり飛来すれば亜竜の鳴き声などが聞こえ命に関わりそうではある。
 だが、暗く『何らかの影響がある』為か、亜竜は渓谷にまでは入ってこない。
「上に岩を投げたら何かが飛び込んでこようとしたんだ」
「……その高度以上は危険……でも、それ以下は、シャームロック……のお陰……?」
「かも」
 何かの脅威の情報を拾いたいと考えるが故にリリーは夜に拠点に籠もってファミリアーで偵察したいとも考えていた。
 ……ちなみにその提案をすると琉珂が泣きそうになりながら「止めて! 死なないで! いやだ! 私も残る!」と大騒ぎしたのだそうだ。
「里長を殺すわけには行きませんから」と美咲に促され、ファミリアーをこっそりと設置してフリアノンへの帰還を約束させられたのは言うまでも無い。
 道中にワイバーンを二匹乗せて、荷台が悲鳴を上げていたことを思い出しながら美咲は琵琶の言葉を思い出す。

 ――伝承以外の噂話と里長と話した僕の考察ですけど、『亜竜種はシャームロック以外の誰か』にやられたんだと思います。
   夜しか動けない獣が住んでいて、それが石にして壊してしまったのかと……。
   この渓谷ならば暗すぎて見えません。だからこそ、実態が分からないのかもしれませんね。

「石ころが多く転がっている地帯がありまスが、それが『石化した後』だったらどうしましょうね」
「えっ、それって……上に行くと『何もない』のはそこに行けば他の亜竜の餌食になるからで、そこから下は『驚異』と呼ばれる何かのテリトリーって事?」
「かもしれません。驚異を倒してしまうとその亜竜が入ってくる可能性もありまスが……シャームロックを恐れていてくれることに期待でスね」
 美咲の言葉にリリーは「うーん」と呟いた。驚異に繋がりそうな石の痕跡は琵琶や未知を鑑定する玲樹、藍世に確認を頼もうではないか。
「一先ずは、石は地上に持っておりよっか」
 リリーはリョクに「降りれる?」と問いかけた。背を撫でれば楽しげに声を漏すワイバーンが任せろと言わんばかりに急降下する。

 ぱしゃりと跳ねた水の音。魚が居る事を確認してエクスマリアは水路は随分と美しいのだと感心したように頷いた。
 聞き耳を立てれども、周辺にはイレギュラーズの活動音のみが満ちている。川の周辺には小型の生物の足跡などが幾つか残されていた。
 ……そして気になったのは何かを引き摺った痕である。それが何であるかは判別はつかないがエクスマリアは『引き摺った後』に関しても情報として残しておくべきだとまじまじと眺めた。
「玉髄の路には、他の生物も居るな。魚が居る、ということは他の生物も生きやすい、と言うことだ」
 其れ等にも敬意を持っておかねば、何らかの危険に見舞われる可能性もある。頭上を見上げればヨタカやリリー、美咲が探索している様子が見える。
 それらが川に影を残せば、エクスマリアが注目していた『何かを引き摺った痕』がくっきりと浮かび上がるようであった。
「あー、えーと、シャームロックさん。俺達は別にここに害をなしに来たわけじゃねえんだ。
 いきなり来て信じてくれとは言わねえ、だから行動で示させて貰うぜ。まあ見ててくれ」
 ぱん、ぱんと柏手の音が聞こえてエクスマリアが向けば、拠点作りに取りかかっている千尋が着工前の挨拶を行っていたところであった。
 日本男児たるもの大事な挨拶だと二礼二拍手を行った千尋の傍にはモカやベネディクトの姿も見える。
「ごきげんよう、あなたたちがシャームロックか。
 私たちは覇竜領域の外から来て、集落の亜竜種たちと活動している者、ローレットのイレギュラーズだ。
 調査に来たが、この領域を荒らしたり、敵意の無い者に危害を加える意思は持っていない……どうか私たちを通してもらえないだろうか」
 承諾と言えるのかは分からないとモカは肩を竦めるが千尋が指定した『資材置き場』周辺を黒猫たちを駆使して先ずは立地調査を行うと退去開始時刻を琉珂に告げ行動を開始する。
 黒猫とカラスを伴っていたモカの周辺観察が開始されたことを見送ってからベネディクトはそっとシャームロックの前に膝を突く。
「外見は獅子の様な巨大な亜竜、か……竜に近い者も居れば、こうした幻想の動物に近い個体も居るのだな。
 俺はベネディクト、この土地に拠点を築きたく挨拶に。どうかその光宿す眼にて、俺達の行いを見届けて欲しい」
 穏やかに告げた彼は周辺を隈無く見回した。石にさせられるような要因を思えば魔術や神秘的作用であろう。
 モカには拠点設営近くに花や鳥などの石化したものがないかを確認しておいて欲しいと柔らかな声音で告げた。
「さて、拠点と言っても作業期間は調査と並行で1日しかない。だから作り自体はとても簡単でいいんだ。
 どうせ次に来た時ものんびり寝泊まりなんて出来やしない。むしろ準備するべきはその時の夜戦の支度だと俺は思ってる」
「夜戦なのです?」
 これでもメイド。拠点作りは任せろと胸を張っていたクーアがこてんと首を傾げればシラスは頷いた。
 資材を運んできたイレギュラーズの物資を見る限りシラスが求める簡易な夜戦準備は容易に出来そうだ。
 また次の機会に使うつもりであると周辺に松明を埋め込んでいくシラスはこの暗がりだ。夜に何らかの敵に襲われた時の準備にもなろうと考えたのだ。
「夜の暗さは必ず怪物の有利になる、灯りは大事だと思う」
「私は『発光』の術も心得ている。『しゃいんぐえっぐ』なる不思議な卵もあって光量も増すんだ。
 けれど、それは私を敵に狙わせることになるかも知れないね。灯り役も担えるけど、備えあれば憂いなし、かな?」
 美透は光が必要であれば呼んでくれと告げ、周辺を確認していたエクスマリアから『何かを引き摺った痕をもう少し確認したい』と進言を受けて其方へと歩み寄っていく。
「陣地作成やら施設的なもののセッティングは恐らく専門的な知識がある奴らがやるだろうから、俺がやるのは皆が集めたり持ち込んだりした資材や道具の管理だな。段取りと計算は大事だって飲み会の幹事やらされた時に身に染みてるからな」
 そう笑った千尋は仲間の持ち込んだ建材や道具を一度一カ所に纏めて配布した。紙とペンは必須アイテムである。
「べーやん俺あんまり中世的な陣地とか詳しくねえから教えてくんね? 丸太とか立てるんだっけ? なんかこう騎兵対策によ」
「そうだな、騎兵の機動力を削いで突撃をしにくくする様な柵を作った事は俺もあるぞ。解る範囲で教えようか」
 ベネディクトはファミリアーを拠点に置いておきたいと琉珂に提案した。アレクシアとリリーも同じくその様にするという。
『危険かも知れない』『アナタたちが大変な目に遭うかも』と告げながらも琉珂は小さく頷いた。不安ばかりを胸に宿した彼女にベネディクトは大丈夫だと笑いかける。
「次にこの場所に訪れる時は、今日の積み重ねが役に立ってくれれば、と思う。
 気になる事はまだまだあるが、その全てを今日の内に解き明かす事は出来ないだろう。すべき事が済んだら、次にどうすべきかを考えるとしよう」
「べーやん、良いこと言う。安心しろって、な?」
 がしがしと琉珂の頭を撫でる千尋は小さな里長を安心させるように微笑みかけた。
「あ、二人とも。それに琉珂さんも! 皆の意見を纏めて地図を作ってみたのだけれど、此の辺りの地形を見れば……ここに拠点を立てるのが良いかも?」
「お。成程な、あの川は水の調達に使えそうか」
「……マリアが見た限りは、あれは良い水だ」
 ルカがアレクシアの地図を覗き込めばエクスマリアがこくりと頷く。アレクシアは皆の意見を纏めて、地図を作成し、地形管理をするように荷馬車の出入りや拠点の位置確認を行った。
「夜の間の敵性存在が全部壊してしまうのか、多少なら無視するのかも気になるから、簡単なテントくらいは張っておこうかな? これも一つの調査ってね!」
「全ての部材を置いちまうとな。
 しっかし、何かを引き摺った痕ねえ……何の手がかりもなくて実は幽霊の仕業なんてのは勘弁して欲しかったが、それしかないってのも困ったもんだな」
 嘆息するルカの頭上よりモカが「やはり鳥や花も石化しているな」と声を掛けた。
「……成程、石化する『息』を吐く生物でも居るのだろう」
 ベネディクトが顔を上げ、見上げればシャールカーニは「ならば、この地に建築資材を今組み立てたとて全てが石になりそうだな」と呟いた。
 先に作るべきはシラスの考案した『夜戦準備』だろうか。陣地構築のスキルを活かすシャールカーニを手伝うように玉兎は立ち回った。
 出来うる限りシャームロックには粗相がないようにと気を配ったのだ。
「この地での法は亜竜種の皆様がお詳しいでしょうから。お任せ致します。何か作法に掛けていれば教えて下さいね」
「ああ、任せてくれ。フリアノン出身の者として尽力しよう」
 シャールカーニの傍で手許を覗き込んだ雪華は「さて、花見の場所取りよりはちつと上等にしとかねえとだけどな」と笑い、『拠点(夜戦仕様)』の作成に尽力した。
「寝食を行うのならば、もし良ければシャームロックの後ろ側にある洞穴はどうでしょうか。内部は先にファミリアーに確認して頂かねばならないでしょうが……」
 紫琳は雨風を防げる場所を必要とし、ファミリアーや偵察を送り込んだ後に入り口や内部の補強と落盤対策、そして照明の設置を行おうと提案した。
 夜戦仕様に仕立てるならば、物資の隠し場所としても洞穴は有用だろう。アンバーの作成する仮防壁や土嚢での補強、篝火は戦陣作成にも必要そうである。
「シャームロックの巣穴でしょうか?」
 問いかけるアンバーに紫琳は「かもしれませんね」と呟いた。
「一先ずはその巣穴らしきものも拠点の一部と見なし整地を行う為の資材の見積もりを行っておきましょうか」
 アンバーの指示を聞き、千尋が部材の確認をする。これらが翌日以降も残されているならば持ち込む量は少なくても済みそうだ。


「シャームロック、それでは本日はお騒がせ致しました」
 目を伏せったリースリットにある程度の拠点物資は運び込めたとクーアはシャームロックの身の回りをアレクシアと清掃した後片付けを行っていた。
「拠点ねえ」
「雪華さんは、あんまり?」
 竜の痕跡は古いものはあった。ぷつりと途切れた足跡の向こうに石が転がっている様子など、そうしたものをマッピングしていた雪華は式に指示をしながら琉珂に首を振る。
「いや実際、俺様としちゃ大歓迎なんだ。この世界は行き止まりだったからな。あいつら……いや、今や俺達が辿り着くまでは。
 だから、梅家は姫様に着いて行きますよ。可愛い女の子とだって沢山会えそうですしね」
「ふふ、姫様も可愛い女の子だと思いますけれど」
「姫様に手を出すとかおっかないだろう」
 揶揄うように笑った琉珂に雪華も釣られて笑う。彼は上位式を残しておいた。お前に何があるのかを残せとアレクシアやベネディクト、リリーの式神と同じような指示を与えて。
「ああ、よかった。もう帰る時間だろう?」
 玲樹の声に琉珂は「そうね」と振り返る。手招いている藍世に気付き、一行は一度其方へと足を向けた。
「シャームロックの言い伝えによれば、この旦那サン方の眼は、この地を汚すものを決して逃すことはない……
 だとすりゃ、シャームロックが見てる方向から『驚異』ってのが来るじゃねえのか?
 この立ってる奴の瞳――ちぃと朝と比べりゃ見てる向きが変わってないか?」
「ああ。覗き込んだときはあちらだった」
「ってこたぁ……」
 藍世は小さく笑う「ファミリアーを設置するなら『あっち』にしてみな。シャームロックは『あっち』からだって教えてくれてるんだろうさ」

 ――夜間に、ファミリアーの意識がぶつりと途切れたことにアレクシアははっと息を呑む。
「どうかした?」
 フリアノンに戻っていたアレクシアは「ううん」と首を振った。使い魔といえども命は大切にしておきたいと考えていたアレクシアだ。
 何が起こったのかは分からない。
 だが……。
「アレクシアさんも見た?」
 リリーが不安げに呟く。その『情報』を耳にしたのだろう美咲は「中々、シビアでスね」と呟いた。
 藍世は「見てた方向か?」と問いかける。ベネディクトはまず最初に藍世が示した方向のファミリアーの視界がやられたと言った。
 次に、アレクシア。そしてリリーだ。リリーは何かを引き摺る音を聞いた事は確かだが暗すぎて全ての全容は把握できていない。
 ならば、雪華の式神が何らかの痕跡を残してさえ居てくれれば良いが、さて。
「そうだね……夜が危険、っていうのには変わりが無いんだね」
「アレクシア、君は何か――」
 首を捻ったシラスにアレクシアはこくりと頷いた。
「あれは、なんだったんだろう」
 日中に見た姿と変わりないシャームロック。だが、その傍に腰を下ろした巨大な『それ』は――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。覇竜領域へのラサからの販路拡大、その第一歩のご協力を有り難う御座いました。
 此度は第一歩。
 徐々に拠点を整え、商人が行き来できる街道整備には未だ未だ時間が掛かりそうですね。
 驚異のことも気がかりです。のんびりと整えていきましょう!

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