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シナリオ詳細

<神異>ひいずる、ちぎり

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●しん‐い【神異】:神の示す霊威。 人間業でない不思議なこと
 Rapid Origin Onlineが3.0へとアップデートされたという情報を受けて澄原 晴陽は直ぐさまにセフィロトの佐伯操研究室へと連絡を取った。
 多発する停電とネットワーク障害が希望ヶ浜に影響を及ぼし、住民達の不安を煽り続けていた。其れにより夜妖が活発になっているのは目に見えて明らかだ。その状況を連絡した晴陽は操より新たな情報を得ることとなる。
 曰く、イレギュラーズは『シュペルの塔』を登り、知られざる真実を耳にしたらしい。
 内部にて『模倣された現在』が、外部から『マザーと同確の超AI』が干渉し、マザーは抗うためにもリソースを割いている。つまり、練達の機能維持に手を割くことが出来ないのだという。
 そして、幾人ものイレギュラーズがログアウト不可能となったのだという。音呂木ひよのは仲良くしていた友人が帰ってこないと呟いていたが、それの原因が『ログアウト不可能』という現状を差していたのか。
「……さて、どうしましょうね。希望ヶ浜でも住民の不安が大きい。練達にもその不和は広がっているでしょう。
 これが真性怪異の本領発揮なのだというならば末恐ろしい存在ですね。打算的な夜妖は『駆逐しなくてなりませんか』」
 呟いた晴陽の側で「晴陽姉さん、祓い屋みたいなことを言うんですね?」と澄原 水夜子がにんまりと笑う。
 あからさまに苛立った晴陽は小さく息を吐く。
「……仕方ありません。普通の夜妖憑きであれば治療しなくてはなりませんが――これは『現実』と『虚構』の同時侵略です。
 ある意味で、このタイミングでマザーが影響を受けた事は最悪の事態です。
 住民に広がった不安感が、この街を脅かしている。不安が震災レベルの影響を受けて贈在師、真性怪異の侵食を早めているのですから」
 イレギュラーズと連携して打倒の準備は続けていた。
 だが、一歩届かずに居た真性怪異の『真名』を漸く掴んだのだ。
 豊底比売など舞台装置だ。『ヒイズル』と名付けられた国の名すら希望ヶ浜(こちら)とリンクするためであったなら。
「……『再現性』に古くから祭り等の日常の舞台装置として設置されていた日出神社に寄ったネーミングで神を交配させたのでしょうね。
 だからこそ、現象の名を取って真名を神異とした。非常に悪辣なる状況です。
 私とて『その現象が起こっている』と認識していた。つまり、存在の定着に一役買っていたのですから」
 晴陽の呟きに水夜子は予備電源で電気を灯している院内の明かりが一つずつ消えていく様子を眺めていた。
 出来るだけ電気を灯す場所を絞ってこの夜を耐え凌がねばならないと言うことだろうか。
「……どうしますか?」
「ええ。異世界に『高天大社』なる場所が急造されています。この地にて真性怪異を撃破しなくてはなりませんね。
 どうやらR.O.Oに存在する其れが異世界に侵食した結果のようです。水夜子、留守番を頼めますか?」
「え、ちょ――晴陽姉さん?」
「行ってきます。どうやら『R.O.Oと言うものは私を怒らせるのが上手のようですから』」
 表情は変わっていないが声音は冷たくなる。苛立ちを滲ませているのを感じ取り水夜子は冷静にと叫んだ。
「どうして姉さんが行くんですか!? 姉さん!?」
 スマートフォンの着信を一瞥してから水夜子は「早く言って下さいよ、廻さん」と呟いた。
 ……澄原龍成の、弟の行方不明に『この姉』が黙って居るわけが無いのだから。


 異世界――『豊小路』に繋がっている道で澄原晴陽はイレギュラーズと向き合った。
「こんにちは、道案内は私にお任せ頂いても構いませんか? 水夜子には病院を、音呂木の巫女には『帰路の維持』を頼んでいます。
 ……何を不思議そうな顔をしているのですか。私だって自分の身くらい……本当です。自分の身くらい守れますよ。守るだけですが」
 無、といった表情に僅かに拗ねた色を滲ませた晴陽は落ち着いていられないのだとイレギュラーズへと言った。
「ご友人がログアウト不能になっておられる事は知っています。私も……弟が……龍成がログアウト出来なくなったと聞きました。
 どうにもそれにはこの真性怪異が一役買っている様子。黙っては居られませんから、ご一緒にと。思い立ったのです」
 晴陽はまずはこの道を進み『高天大社』を目指そうと言った。
 異世界の空は悍ましい程に圧迫感を感じさせる。息が詰まる。そこに強大なる存在があることを認識させる。
 だが、進まねばならない。お守り代わりの音呂木の鈴をちりんと鳴らした晴陽は「オーダーを説明します」と言った。
「症例は侵食です。詰まり、私たちが倒すべき相手は『神異』の一片、影響を受けた日出建子命の『侵食部分』です。
 日出建子命は『真性怪異』としては申し分ない存在ですが、其れを倒しきることは叶いません。ですから、侵食部分のみを切除すればいいのです」
 日出建子命は希望ヶ浜の真性怪異である。だが、そのあり方は他の怪異と違いある種、善性と言えると判断されている。
 例えば神威神楽の神霊のように。例えばファルベリヒトのように。良き精霊と似通った性質を持っていたそれが侵食し在り方が狂っている状況に他ならない。
 其れ全てをこの少人数で殺しきることは叶わないが、『切除』のみであれば叶うというのが晴陽の見解だ。
「無茶を申し上げていますが、其れしかありません。『侵食』を切除することで日出建子命と豊底比売のリンクを一時的に切る。
 その間にヒイズル側で豊底比売を撃破して貰うのです。その為の重要な任務となります」
 晴陽はそう告げた。自身は周囲に夜妖が寄ってこないように破邪の術を張り巡らせ時間を稼ぐ。
 その間にイレギュラーズは日出建子命の『侵食部位』を切除しなくてはならないという。
「互いに失敗すれば命も無いかも知れませんが……其れは今更、でしょうか。
 そうですね。生きて帰れたら一先ずはアフタヌーンティーでも楽しみましょうか。
 変な顔をして。私にも贔屓にしているスイーツショップがあるのですよ。……良ければ、紹介させてください」

GMコメント

 夏あかねです。ヒイズル・希望ヶ浜両面作戦!

●成功条件
 日出建子命の『侵食部位』切除

●シチュエーション
 希望ヶ浜の異世界with澄原晴陽。
 異世界の中に急遽現れた『高天神社』へと脚を進め、日出建子命との戦闘を行ってください。
 日出建子命の周辺には無数の夜妖が居ますが澄原晴陽が『破邪の結界』を張りますのである程度の時間は侵入を防ぐことが出来そうです。
 その外見は此岸ノ辺と同等です。彼岸花の咲き誇る不思議な空間を想像してください。

●真性怪異『神異』 日出建子命
 豊底比売(R.O.O)とリンクを行っている侵食された真性怪異。その力がかけらとなってぼろぼろと崩れ落ち、異世界や希望ヶ浜に夜妖を生み出しています。
 男神。何かに怒り狂っている事は確かなようです。身に纏う気配は狂気に誘う悍ましいものです。

 ・呼び声に似た狂気を発します。
 ・非常に高いEXFを有します。
 ・回避はほぼ行いません、が、防御力と自己回復に優れています。
 ・事前に『何らかの予兆』を行った後、広範囲に強攻撃を行います。
 ・日出建子命の『侵食部位』は戦闘を行うことで発見することが出来ます。
  (見つけ出してその部位に攻撃を連打してください。一定ダメージで切除することが可能です)

●悪性怪異『神異のかけら』
 真性怪異より零れ落ちたかけらが夜妖となったものです。15Tの間は澄原晴陽が戦闘スペースに入ってこないようにと破邪の結界を張ります。
 16T以降は悪性怪異が戦場に介入、イレギュラーズを狙い攻撃を仕掛けてくるでしょう。

●破邪の結界
 音呂木神社の破魔の力と澄原の財力で作りました。できたてほやほやの試作品。
 破邪の結界は15Tのみ有効に使用可能となりますが、その後はあまりお役に立たないぽんこつとなります。

●澄原晴陽
 澄原病院院長。彼女自身に戦闘能力があるかと言われればありません。正直、戦闘では足手纏いです。
 ですが、憤っていることと知識はお役に立ちます。破邪の結界を張った後、16T以降は自身の保護を行います。
 また【1度のみ、狂気を受けたイレギュラーズの治療を完全成功】させます。つまり、【反転に類似する判定】を1度のみ撥ね除けることができます。
 またお守り代わりに音呂木の鈴を持っており、その鈴の力と自身の知識を活かして皆さんを異世界から帰還に導きます。

●Danger!(真性怪異による狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』や『反転に類似する判定』の可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●侵食度<神異>
 <神異>の冠題を有するシナリオ全てとの結果連動になります。シナリオを成功することで侵食を遅らせることができますが失敗することで大幅に侵食度を上昇させます。

●重要な備考
 <神異>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
 <神異>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
(達成度はR.O.Oと現実で共有されます)

 又、『R.O.O側の<神異>』ではMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。

 『R.O.O側の<神異>』で、MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 但し、<神異>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

※本シナリオは運営スケジュールの都合により、納品日が予定よりも延長される可能性がございます。

  • <神異>ひいずる、ちぎり完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年11月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
天下無双の狩人
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物

リプレイ


 再現性東京2010街、希望ヶ浜。練達内に作られた旅人達の仮想都市。彼らは受け入れがたい現実から目を逸らしかりそめの平穏にその身を投じていた。
 その中でも希望ヶ浜でも其れなりの地位を有する澄原家の令嬢、晴陽にとって『外部』との連絡役は苦ではなかった。寧ろ、外部の情報から目を背けて暮らすことの恐ろしさを彼女は知っているつもりだったからだ。優秀であれと幼い頃から英才教育を受け若くして希望ヶ浜での拠点たる病院を預けられた彼女が背負った荷物は何処までも重たいものだっただろう。一族の期待に一身に応えた結果、弟が自身から目を背けて仕舞ったという苦しささえも彼女は受け入れてきたつもりだった。
 だが――これは受け入れがたいと彼女は言う。
 澄原 晴陽は特別な人間ではない。イレギュラーズのような天才達には遠く及ぶ。秀才であろうとも、出来ることは限られた。
 それでも、だ。
「共に向かわせて頂きます」
 堂々と告げた彼女の表情は無とは言い切れなかった。決意と、そして僅かな不安が滲んだかんばせを見遣ってから『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は肩を竦める。
「やれやれ……弟の為とはいえ全く無茶をされるな」
 アルヴァは頬を掻く。事前に確認した情報に寄れば彼女は戦闘能力と呼べるものは有していない。夜妖の一つでも憑いていれば――とこの時ばかりは彼女も悔やんだそうだが、全ての夜妖が共生できるわけではないのだからその様な後悔もこの場では無用だ。
「イレギュラーズもまだ帰ってきてない人が多い、なりふり言ってられないか。ま、やれるだけやってみるから、結界の維持は頼んだぜ」
「……宜しくお願い致します」
 晴陽の様子を眺めれば彼女とは本質的には情に厚い人間なのかもしれないと『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)は感じられた。
 第一印象は氷のような女だ。冷徹に医療現場に立ち続ける若き秀才。夜妖と呼ばれた未知なるものに畏れもせず冷酷な判断をも下す娘。
 だが、関われば関わるほどに彼女が心を痛めながらもその場に立っていることを感じられる。毛嫌いしている様子を見せる燈堂 暁月の事ですら、何らかの『事情』があったように感じられて仕方が無い。
「晴陽の弟に関しては、噂程度しか知らない、が。アフタヌーンティーの誘いは、魅力的、だ。楽しみに、させてもらおう」
 弟・龍成の事は多くは知らないという『訊かぬが華』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は晴陽へとそう言った。目は口ほどにものを言う。彼女の大きなアクアマリンの瞳は決意に漲っているのが見て取れる。
「ええ。屹度、エクスマリアさんも気に入って下さるでしょうね。お土産をご友人に買っていって下さい」
「ああ。マリアも、アフタヌーンティーを、『まま』と、楽しもうと思う」
 そうやってエクスマリアが視線を送ったのは『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)。血は繋がっていなくとも親子として契りを交わした母はこくりと頷く。大切な娘からのお誘いだ。無碍には出来まい。
「ところで、晴陽君。君の行きつけの店も、やはり変な店なのだろうか?」
「変……」
「宇宙ビーバーのような、ああいったものが居るのならば気になるな」
 揶揄うように告げる愛無に「ご案内するために目の前の脅威を払いのけましょうか」と晴陽は淡々と告げた。何方も声音は単調だが、コレより向かう先が危険である事は承知の上だ。
「荒ぶる神を鎮めるとは……まるで神話のようだな」
 この先へと一歩踏み入れば『領域』であると知りながら『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)はそう呟いた。
 異空間に繋がる道は神のお通り道であるらしい。その道を辿り、異界に存在したはずの『高天大社』へと向かう。日出神社からの直通切符はなんとも豪華な送迎だ。
「――っと、冗談は言っている場合ではないか。晴陽殿も助けねばならんしな。やるべきことをやるとしようか」
 ブレンダはゆっくりと、異世界へと足を踏み入れた。気が狂いそうな程にその空間は『何か』の影響が強かった。
 何か、と称したのはその名を口にするだけでアチラは此方を取り入る可能性があると知っているからだ。『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は平常心の儘、道を辿る。まるで『下る』感覚か。バッドステータスとさえ呼べぬ狂気がひしひしと肌をなぞる。
「我が神が死者と生者の境界を保つように。境界というものは、必要で、概ね不可欠なものだ。……その為に必要であれば、神異の一片とも対峙しよう」
 これが、『神異』が境界を保てなくなったという有様だ。神とは元来、生者の世界には大きく影響を及ぼさぬ。
 所詮は人の子の在り方だ。それら全てに干渉はしない。神様と呟いたのは『天穿つ』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)。
「全く。『触らぬ神に祟りなし、とはよくいったものだぜ。だが、『誰か』が触っちまった以上は仕方ない。
 こんなにも『怒ってる』んなら、仕方もないよな。荒ぶる神にはお取引願うぜ! その影響を受けた神様だってさ!」


 人心を狂わせる存在であるが故に神と呼ぶのか。発狂を誘い、狂気へと誘う神など恐ろしくて堪らない。
『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)ははあ、と嘆息する。狂気には平常心を心掛ける。この仕事を成功させなくては『積み』が待っているのだ。
 ゲームならばリセットも可能だが、現在を生きている者達に影響が出るというならばそうも行くまい。晴陽が弟を助けたいと願うように昼顔とて『友人』を助けたいと願っていたのだから。
 豊小路を辿る。道案内など無くとも、体は其方に向かいたいと悲鳴を上げているかのようであった。その感覚さえも気色の悪い。『青の願い』ハンス・キングスレー(p3p008418)が眉を寄せれば晴陽が「準備はよろしいですか」と囁いた。
「澄原先生、信じています」
 囁いた昼顔の言葉に晴陽は大きく頷いた。二人とも目的は同じだ。この仕事を成功させてログアウトが不可能になっているイレギュラーズ達を助け出したい。ゲーム内といえども死ぬ経験をしていると晴陽に告げれば『弟』は叱られるのだろうか。彼が親友と同居する話が出ていることは?
 そんな日常会話を話す暇さえ無いほどの狂気が渦を巻く。昼顔は彼と彼の親友の睦み合いを見る日常に戻るために、そして、彼の帰りを一人で待っている少女を思い浮かべる。名前も仮の音とだけ。そんな彼女に名前を与える約束は生きるという重みを与えてくれる。
「進むか」
 アーマデルに頷いたブレンダは晴陽が前方に手を掲げたことに気付く。頭の中身を掻き回す苛立ちにも似た叫び声。それをも撥ね除けたのは清浄なる気か――
「参ります」
 晴陽の言葉に頷いて、アルヴァはハンスを一瞥する。彼も身構えただろうか。
 憤怒の表情を浮かべた男神の周りから汚泥がぼとりぼとりと落ちてゆく。甘いクリームのようなスカートを汚すことも忍びなくて、『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)はぱちりと瞬いた。
「あらあら……ええっと、なんとも言い難いものが出てくるものね……?
 ROOとかの絡みはよくわからないけれど、出てきてもらったところで悪いけれど帰ってもらわないと困るのよね。ごめんなさいね?」
 こてんと首を傾いだ其の儘に、全てを見通す瞳は執念深き『黄泉路』の刃を握りしめる。
 結界が展開された。破邪の気配が身を包む。かん、かん、と。音を立てて何かがぶつかる音は周辺の夜妖による攻撃を遮断しているが故か。
 ならば、この場にはあの怒りに打ち震えた日出建子命と己等だけ。
「贋作に本物を宛てがうだなんて、随分と良い趣味をしてるよねぇ……
 ふふ、いいとも。今より成すは大祓――僕が契りを交わしてやるよ、腑抜けやがった陽神さま!」
 青き翼を広げ、声を張り上げる。異界であろうとも少年による統治は乱れない。神さびた平常心は屈せぬと鬨を発するハンスを包んだのはゼノ=フロス。
 死をも越える投影術式。鉛のように燻すんだ人の想像を、黄金の如き神の業(エリクサー)へと昇華するアルケミー。
 地を蹴り空へと躍り出たハンスの虚ろなる刃は収奪の腕として日出建子命のその身に降り注ぐ。

「――我を害すというか、人の子よ!」

 憤怒の声音に身が震えるか。だから如何したとでも言うように。愛無はハンスのその身に侵されざるべき聖なる気配を降ろす。
「我を通す。牙を通す。相手が神であろうと関係ない。狂気など何するものぞ。我喰らう。ゆえに我あり。全て喰い尽す。
 ――此方にも『都合』というものがある。神が、人が、そう語らう時は過ぎ去ったのだ」
 何らかの予兆を発するそのときまで、目を瞠れ。決して見逃すこと無く。愛無の側をするりと抜けてアルヴァは圧倒的スピードをその身に纏う。
 モード・スレイプニル。隻腕のアルヴァでも取り扱いやすい魔力宝珠が光を帯びる。緑のマナは疾風の気配を宿す。
「これが仮にも神だなんて、おっかなくて仕方がないね」
 そうぼやき、雷鳴の神を関するいかづちを持って日出建子命の言葉に応える。
「神か。しかし、この世界の神は全くもって、回りくどい、な。力づくで追い払うにも、面倒が、多過ぎる」
 司令塔であるハンスの指示を聞きながらエクスマリアのその瞳が色彩を帯びる。魔眼の見据えた先には降り注ぐ万物をも砕く鉄の星。
 アイゼン・シュテルンをも落とす金色の乙女は氷雪の刃を閃かせる。
「自認を神に変えてみてはいかがでしょうか。立場が違う故に、それを崇めなければならぬと『人には侵されざる領域』を認識してしまうのです」
「どういうことなのだわ?」
「つまり、この神の領域に立ち入ったのですから我々もその一柱のつもりで参りましょう。
 そも、巫女、転じて神子とは神の代弁者。そのよりしろ。それそのものでしょうから」
 晴陽の言葉にぱちりと瞬いた華蓮は小さく笑う。微風がその身を包む。ハンスの声をより響かせたそれはまだ年若き乙女を包んだ稀久理媛神の加護。
 女神の加護を受けて戦う華蓮はヒーラーだ。耐久力にだって自信がある。ならば、と前に出る事は惜しまない。
 神の加護のみに頼ること無く彼女はまっすぐに日出建子命を見据える。己の神が、そうせよと囁くのだから。
「神様のつもりか。よく言うぜ!」
 揶揄い笑ったミヅハは侵食された部位とはどこかと攻撃を加え続ける仲間達を一瞥する。まだ、初撃だけでは露出もしないか。
「この手合いだと心臓、水月……人体において重要な部分じゃねーかな。呪術的にも必要だろうし」
 正確な位置の把握は人体と同じならば大体は検討はついている。だが、殺しきるには強大すぎる。神の侵食を取り除くオペなんて『経験も無い』のだから。

「退かぬならば、散らすのみぞ――!」

「なんぞ、怒っているが。どうする晴陽君」
「怒らせておきましょう」
「……肝が据わっているのか、それとも興味が無いのかは分らないが。怒らせるだけ怒らせて予兆を引きずり出そうか」
 愛無が戦闘の準備を行う様子を一瞥してからアーマデルは他とは違う部位が無いかと日出建子命の様子をまじまじと見遣る。
 其れだけでは満足もすまい。蛇腹剣が伸び上がり、男神のその身を傷つける。
 血潮の代わりに漏れ出す汚泥は見るからに悪しき存在による影響を思わせた。英霊の怨嗟が刃の軋り音として歌声を奏であげた。
 アーマデルの目で視るだけではその全てを把握することは出来ないか。
「……中々に、しぶとい相手であるのは確かなようだ」
 ぼやく彼は強い精神力でその心を保っていた。耳に聞こえたのは結界外から此方を狙わんとする夜妖の声。

 こっちへおいで――
 はやく、はやく――どうして邪魔するの?

 そんな声音は霊魂たちから聞き飽きた。今更怯えることもあるまい。
 アーマデルの刃が再度、それらの恨み言をも打ち払うように怨嗟の響きを刃に灯す。
「―――――!」
 獣の如く声を上げた日出建子命に怯むこと無く、ブレンダはまっすぐに飛び込んだ。統率の黄金瞳は魔道式を刻み、己を苛むものを打ち払う。
 ウェントゥス・シニストラの纏うた風は戦乙女の舞として戦場の中心に緋を咲かす。
 何物にも囚われぬ、大いなる事由を得たブレンダが地を蹴りくるりと振り返る。
「ハンスさん!」
 ブレンダの一撃に日出建子命が動いたことに華蓮が声を上げた。神の怒りか、地を踏みしめれば天蓋が嘶いた。
 いかづちひとつ落とすかの如き、烈火の如く怒り狂ったその神の『予兆』は余りにも分かり易い。
 それはぎりぎりと弓でも引くように、天地を狂わす雷の気配。日出建子命の手には雷鳴の剣が握られる。
「溜めか」
 ミヅハはそう呟いた。張り詰めた空気は弓を引くような静寂を与えてくる。烈火の如き怒りが一点に集まるか。
 ハンスの翼が宙を踊る。揶揄うように声を発し笑えば、仲間達は直ぐに回避行動を。
「……はっ、 お誂え向きの演出じゃないか! 引け! 避けるよ! あんなもの、みすみす喰らってやる訳にはいかないだろう!?」
 ハンスがひょいと晴陽を抱え上げれば大地が裂ける。「ああ」と合点がいったように頷いて晴陽はハンスを振り返った。
「神とは凄いですね。人知の及ばぬ存在とはこの様な」
「……其れだけ肝が据わってるなら戦いやすいよ。先生、結界はお任せします。
 陽神さまだけあって、お元気そうで何より! けれど、それで大切な場所まで露出しちゃ意味が無いだろ?」
 笑ったハンスに頷いたのはアルヴァ。何物にも囚われず地を蹴り前線へと躍り出る。飛び交うは鋼の驟雨。
 続き、ミヅハは加速した。大樹の剣は新芽の矢となった。迷宮森林の奥地に眠る伝承をその身に宿す。
 ミスティルテイン。そう名付けるは神の命を狩り取る一矢。寄生木の気配は一転し響き渡るアルモニカへと変貌する。
「いくら踏ん張ったところで無駄さ、二の矢はもう放たれている!」
 ゼピュロスの息吹に乗ってミヅハが放った一撃が、日出建子命の『一点』に印を付けた。
 ――あれが切除すべき場所。そう認識した愛無にヴァイスはこくりと頷いた。


 世界の全てを神が作り上げるというならば、彼女の攻撃に使われた要素も神々からの恩恵によるものであろうか。
 白き揺らぎに身を任せた真白の娘、ヴァイスの唇が音を囁けばふんわりとスカートが揺らぐ。
 真白のフリルの下から覗いたのは悪意の如き棘。鋭くも研ぎ澄まされた其れが反撃に転じようとする日出建子命を食い止める。
「なんだか、攻撃が強くなった気がするわ?」
「焦っているのだろうな。晴陽君、巻込まれぬように気をつけてくれ」
 晴陽へと気を配る愛無は粘膜で生成された爪をむき出しにする。その身から伸び上がった触手は日出建子命が護ろうとする部位を目がけて飛び込んだ。
 成程、先ほどミヅハが穿った部位に侵食部分があるか。
 ハンスは「傷つけられたくないのは確かのようだね」と呟いた。
「護られていては狙いが定まらないのだわ?」
 さて、どうした事かとまじまじと見遣った華蓮の周囲に広がった二種の結界。加護に僅かな罅が入る。
(こんな所にまで連れてきてしまってごめんなさい――けれど、もう少し耐えて欲しいのだわ。
 此処で勝たなくちゃ……帰るべき日常が壊れてしまうの)
 華蓮は想像する。
 大切な親友の後ろ姿。金色の髪を揺らした医者の卵。
 傍らで戦う小さな娘。血のつながりなんて無くても、自身の手を引いてくれるマリアちゃん。
 大好きなあの人――レオンさん。名前を呼ぶたびに唇が恋しいと震えた。嫉妬をしてしまうほどの彼の周りの沢山の人たち。
 あの子なら、私なんて。そんな思いさえも糧にして。神よりも『人間』は強いことを証明してやるのだ。この体をこの地で保ってくれる神々の力をリル様に。
「神様なんて見慣れてる、巫女を舐めんじゃねぇのだわ!!」
 戦場に来てまで淑やかに笑っていられるものか。歯を食いしばって、震える手を握りしめて。
 恐怖に泣き出してしまいそうになっても。泣いてやるものか。お前の前では――お前なんかの声なんて。
 華蓮の言葉に背を押されたようにエクスマリアが前へと進む。体に走った痛みが己を現実へと引き戻す。
「マリアも、お前如きに、負けない」
 神の手に握られた雷鳴の刃がエクスマリアへ振り下ろされる。「来る!」とハンスの声が聞こえ、エクスマリアが地を蹴った。
 地面に残された剣の軌跡。その影から躍り出たのはアルヴァ。
「狂気がなんだ? クソくらえだ」
 あんなもの『姉の死』よりも易い。感情なんて『無くしてきた』ようなものだから。蓋をしたそれから溢れ出ぬように。
 アルヴァが日出建子命の剣よりエクスマリアを一度後方へと運ぶ。
「もう一度、だ」
「ああ。『間』を作ろう」
 頷き在った二人にアーマデルは「厄介だな」と呟いた。
「戦闘を行う事で発見できる。その通りだった。奴が強攻撃を行った際に露見した――が。
 底に意識を向けすぎると障る危険もある。あちらも『普段はそこを庇い立て』しているとなれば……」
「マーキングをした部位だけを狙うのも難しいな」
 ミヅハがぼやけば愛無はふむ、と頭を悩ませた。
「他を攻撃し、『もう一押し』の部位を探すしかないか。アチラの攻撃を防ぎ、そして切除に役立つような部位を」
 愛無の視線を受けて晴陽は頷いた。日出建子命の『尤も弱い部位』を探し出さなくてはならない。
 それは狂気の濃い、神異による気配が最もする場所を探る事だ。だが、時間も少ない。
「侵食されることを覚悟に内側に飛び込むしかないでしょうか」
「……澄原先生。先生は僕が発狂しても、大丈夫?」
 結界を維持する晴陽を振り返った昼顔は決意を滲ませていた。自身がこの場に持ち込んでいたのは未知を知る力だ。
「ええ。一度ならば、あちらの不意を突いて治療も成功できましょう。……これは『皆さんでの作戦』ですね?」
 司令塔であるハンスを一瞥した晴陽はイレギュラーズがこのオペを成功させようと誰もが賢明に戦っていることを悟る。
 昼顔とて、恐ろしく無いわけでは無いのだ。
 狂ってしまうかも知れない。その恐怖心が昼顔を支配する。切除するにはもう一押しが必要だ。
 それでも、知っている。龍成を、晴陽の弟を思って必死になっている友人達の姿を。
 誰かの絆を繋いでいける子になりますように。眼鏡をとれば、琥珀色の瞳が覗く。郷愁の甘い色。
 飛ぶことさえ忘れた黒い翼を揺らし、母の優しい声音を思い出す。
「僕は、此処でリスクに怯えて失敗して、龍成氏を取り戻す機会を失う方が、怖い。
 その方が、僕は絶対後悔する。だから、もう一度言わせてください。先生。
 ……澄原先生――信じています」
 晴陽は、しっかりと頷いた。前線を支えるブレンダが昼顔がその目で見る為に切除部位を更に広げるべく邁進する。
 結界が存在する内の短期決戦。その中で出来ることは全て行わねばならない。
 仲間達が攻撃を加えても『あと一押し』が足りないならば――
「『視』えるか!」
「うん!」
 昼顔の琥珀の瞳が見開かれる。脳髄の奥まで支配するような狂気がその瞳を紅く輝かせ、手足を震えさせる。
 ブレンダはその様子に唇を噛んだ。彼の様子は常ならぬものだ。
 だが、掴んだはずだ。
「ッ――」
 日出建子命の雷鳴の剣がブレンダの額を掠る。何者にも苛まれぬ自由の翼が己を僅かに退かせた余裕を持たせたか。
 一直線に線を引き紅色が視界を覆えども、怯むこと無く身を翻す。
「下がって大丈夫なのだわ! 治療を!」
「ああ、了解した」
 地を弾むように離脱する手前、ブレンダは置き土産を授けるように輪舞曲を踊る。
 華蓮の緊急治療を受けて、溢れた血潮が退いてゆく。傷口は晴陽が後ほどなんとかしてくれるだろう。彼女に言わせれば「美しい女の顔に傷は残せぬ」との事だ。
「昼顔さん」
 晴陽が呼ぶ。
 懐から彼女が取り出したのは符か。清浄なる水の気配。『澄』原の名が関する水は生命を司る。
 唇が何らかの言葉を唱えた。晴陽のかんばせから更に色が失せてゆく。生命力と呼ばれた人体維持に必要な要素が符へと集まるかの如く。
「晴陽君。君は――」
 愛無が目を瞠れど晴陽は何も言わなかった。首を振り、昼顔の瞳に清浄なる色を取り戻す。
「無理はしてくれるな。晴陽君に何かあれば水夜子君や暁月君に顔向けも出来ぬからな」
「……ええ。私だって、昼顔さんを治療できなければ皆さんに顔向けも出来ません」
 成せるからこそそうだと応える。澄原晴陽は魔法は使えない。戦場では何方がスペシャリストであるかなど分りきる。
 盤上を支配するが如く天より指令を下すハンスに従い攻撃を仕掛けチャンスを広げるミヅハとアーマデル。
 鋼の驟雨と共に遊撃し、責め立てるアルヴァと美しき薔薇と踊ったヴァイス。侵食部位の見極めを終えたと知れば、直ぐに自身の言葉を信用し攻撃を行ってくれたエクスマリア。
 前線で戦ったブレンダの傷を癒やす華蓮のような万全の技術を晴陽は有さない。それでも、だ。
「私が出来ることはこれだけです。皆さん、宜しくお願いします」
 エクスマリアは頷いた。「教えて、くれ」と昼顔の情報を精査して最終的な『攻撃地点』を見極めることを待つように。
「――心の臓に食い込むように……小さな光が見えたんだ」
「楔ですか」
 晴陽は呟いた。昼顔を支えた晴陽はエクスマリアへと向き直る。
「難しいオペとなりますが時間も残されていません。ですが、成せます。お任せしても?」
「ああ。マリアは、その為に居る。どれだけ危険、であろうとも、歯を食いしばり、耐えることは出来る」
 エクスマリアの金の髪が束となってぞろりと伸びた。輝く瞳は少女の祝福を言葉に乗せる。
 藍宝の瞳の真摯な光に晴陽は頷いた。
「皆さんが開いたその先に、心臓部位に繋がる一筋が在ります。心臓に食い込むようにして神異は侵食(くら)っていたのでしょう。
 その僅かな部位だけを切除する……。本来のオペならば難しいでしょうが相手は神様です。多少手荒でも『生きててはくれるでしょう』」
「『オペ』の失敗率は?」
 揶揄うようにアーマデルは聞いた。アルヴァは「0%で構わないぜ?」と小さく笑う。
「ならば――」
 晴陽が顔を上げれば、天よりハンスがその言葉の先を紡いだ。
「0%だ!」
『あのようなナリ』でも神様だ。望むならお茶会にだって引き摺りでしてやる。
 彼の愛したこの地。望まれて希望ヶ浜に存在した神と呼ばれた存在とアフタヌーンティーを楽しむのだって悪くは無い。
「それじゃ、行きましょうか。ハンスさん、『指示』をお願いね」
 ころころと笑うヴァイスが踊るように茨の棘を張り巡らせた。有り得るはずだった華爛漫。
 薔薇の見頃の庭園に引きずり込むように日出建子命へと掴み掛かる。
 靴先が地を蹴った。薔薇少女の瞳が神を睨め付けた。
「美しい華はお嫌いかしら?」
 黙す――それは神の怒りを湛えた雷として天より飛来する。槍を思わせた雷にも臆さずに華蓮は身を張り仲間達に癒やしと加護を。
「神様の苦しみを巫女が引き受けない訳にはいかないのだわ」
 世界の誰でもなんて大それた事は言えない。それでも、手の届く範囲だけは救いたい。小さな手を握りしめたエクスマリアは「行って、くる」と囁いて。
 娘の背を見送る母は柔らかな歌声を響かせた。彼女の未来に幸いあれかし。
 靡くはきらびやかな金糸。錦の如く広がる其れがうねり少女の動きを補佐し続ける。
「神ならば、人の世に、介入することはやめろ」
 神の戯れ言も、怒りも耳を貸している暇も無い。エクスマリアの連続魔は多段なる攻撃として日出建子命へと叩きつけられてゆく。
「晴陽、切除はまだだろうか」
「ええ。もう少し――もう少しです」
 もう少し、叩き込め。結界がばちん、と音を立てた。外部からの攻撃に保てなくなってきているか。
 苦々しげに眉を寄せた晴陽の前でアルヴァが魔道銃を構える。
「全距離万能型魔導狙撃銃『BLUE HOUND』ってだけあって、どこからでも攻撃できるんだ。……狙う。指示をしてくれ」
 静かな声音で告げるアルヴァへと晴陽は頷いた。見えている。
 速力を活かして飛び込んだミヅハがこじ開けた『傷』――その傍らに『狙うべき場所』が覗いているのだ。
「なら、こじ開けてこようか。アーマデル君、手伝って貰っても?」
「ああ。昼顔殿の事は晴陽殿に任せても?」
 先ほどの侵食の影響か、狂気を逃れても呆然としていた昼顔は大役をこなした後だ。ハンスも昼顔の事は晴陽と華蓮、そして護衛役として遠距離役のヴァイスへと指示を送っている。
 再度、大地を揺るがすような神の怒りが感じられた。
 アーマデルは「退避だ」と声を発する。頷いた愛無は晴陽を支え、『ミヅハの着けた証』をまっすぐに見つめる。
「成程、実に『可笑しな部位』がついている」
 心の臓が覗いた胸元はぽかりと穴の如く。だが、その中に鮮やかな光と妙な脈動が視られた。
 一見すれば余りにも気色の悪い其れは変質し、モザイクのように崩れゆく。
 アーマデルの蛇腹剣が音を鳴らした。志半ばにして倒れた英霊達の未練と怨嗟。
 そうして剣が纏ったのは心こそが聖剣とさえ謳われた雄姿の諦観。虚ろなる刃は響かずに、籠もる。
 地へと叩きつけられた神鳴(かみなり)にミヅハは己を律し立ち続ける。
「『道を開けばいいんだな』?」
 問うた言葉にアルヴァは頷いた。
「澄原先生の『技術』に任せる」
 その言葉一つでも信頼を乗せられることを彼は知っていた。専門家であるならば、彼女が此処に来たことにも意味があるはずだ。
 その知識を存分に利用してやれば良い。晴陽はこくりと頷いた。
 了解と返したミヅハが地を駆ける。続いたのはブレンダ、引き抜いた剣は鋭く研ぎ澄まされ光を放つ。

「我らは神ぞ――我らは子等を愛し、よりよき未来へと導くが為!」

「そんな未来なんて、ごめんだ!」
 昼顔が叫ぶ。絶対に皆で帰るため。そう願ったからこそ己の身を顧みることはしなかった。
 それはこの場の誰もが同じであるというようにミヅハが日出建子命の懐へと飛び込んだ。
「トドメは任せたよ!」
 賽は投げられた。もう一度の弓矢は尽きることなく甲高い音色を響かせる。
 剣戟の重奏だ。合わせたのはブレンダか。
「神を鎮める……というのはやはり一筋縄ではいかんな」
 小細工で良い。切取るために身を張れば其れで構いやしない。
 戦う者を縫い止める。一瞬の動きを止めるだけ。その合間を縫ったアーマデルの蛇腹剣が音を奏でる。
 ならば――
「今です!」
 晴陽を支えた愛無は頷いた。アルヴァの放った一撃を追いかける。
 モザイクだ。固い、と確かに感じる。同様に『天』が軋んだ。結界が崩壊する気配がする。
 此処で負けてなるものかとブレンダは広域へと修羅媛の希を叫んだ。
 ヴァイスの茨がぐるりと周囲を包み込み、エクスマリアの瞳が揺蕩う世界を虚ろに見遣る。降り注いだアイゼン・シュテルン。
 同様の時間。だが、ハンスは上空から晴陽を視て確信する。
 此の儘、貫けば良い。崩壊してゆく結界をその背にただ、叫ぶ。
 仲間達の命を背負っている。愛無と自分、そして晴陽の言葉だけで撤退を決められるのだ。
 清められた水が、ハンスの体を包み込む。禍々しき闇。豊底比売の光さえ打ち払う――
 その一撃を乗せたのは『存在し得ない』鉤爪。喉が裂けてしまうほどに叫べ。未来を乞うために。

「千切り、飛べェェェェェッ!!!」

 ――――――――――――――!


 光だ。ハンスは目を見開いた。
 光が、目の前でぱちりぱちりと音を立てて反射されている。
 僅かな綻びが結界の終わりを告げる。
「これ以上は……!」
 焦燥の滲んだ晴陽の声にハンスは我に返り頷いた。広域に展開された結界の範囲が徐々に狭まっていたことは気付いていた。
 もう頃合いか。タイムリミット内に切り取れたと言うことだろうか。
「晴陽君、帰り道は任せても?」
 愛無が彼女をひょいと抱え上げれば不遜とした晴陽は「……ええ」と呟いた。どうやら抱え上げられたことに驚いた様子である。
「走るのだわ!」
 華蓮がエクスマリアの手を握りしめる。アルヴァが昼顔を支え、ミヅハが晴陽の指示を聞き先陣を切る。
「此の儘走れば帰れるのか!?」
「鈴の音を。鈴の音を聞いて下さい」
 鈴――それは晴陽が握っているものではない。神楽鈴の音色。荘厳に響いた其れが巫女の元へと『道』を切り開く。
「希望ヶ浜における音呂木とは御路木、途路木。木は即ち地に根ざす。彼女は道です。
 彼女の示した音を辿れば必ずしや希望ヶ浜に戻れるのです。良いですか、音を辿って――!」
 耳を澄ませたアーマデルは「彼女の音なら知っている」と告げた。
 希譚でだって、いくらでも聞いた。『音呂木』の音色。
 殿を務めていたヴァイスは迫り来る夜妖を打ち払う。暖かな気配に身を委ねれば、其れだけで救われる。
 そんな気がして、残した薔薇が花開く刹那、その身を投じ――
「ッ――帰って、これた……!」
 昼顔が伸ばした手を誰かが握りしめてくれている。
 晴陽が言っていたでは無いか。音呂木の巫女には帰路を任せてあると。何があれど、あの中で死ぬ気など無かったのだから帰り道はしっかりと確保されていた。
「お帰りなさい」
 囁く声は、音呂木ひよののものか。『希望ヶ浜』に戻ってこられた。其れだけに安堵を覚えてミヅハがずるずると座り込む。

 ――目を伏せれば、其れだけで『異世界』が閉じてゆく。
 随分と時間が経っていたのだろうか。膝が震えている。今まで己に纏わり付いていた狂気が失せていく感覚に――そして、稀久理媛神の優しい加護が己を包み込んだことに気づき華蓮はほうと息をついた。
「……大丈夫、だろう、か」
 エクスマリアがぱちりと大きな瞳を瞬かせる。閉じ行く異世界から脱出せれど天蓋モニターは空を映しては居ない。
 希望ヶ浜の平穏はまだ遠い。それでも崩壊を一つ遠ざけられたことは確かなのだろう。
「後は向こうの世界にお任せしましょう。……皆さん、少し疲れを癒やしたらで結構です。
 お約束通り、アフタヌーンティーにでも参りましょうか。『また、今度』」
 先の約束を重ねることが出来ることこそが平穏だと晴陽は囁いた。その口元に浮かんだ笑みは安堵を思わせて。

成否

成功

MVP

ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手

状態異常

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)[重傷]
ココロの大好きな人
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)[重傷]
薄明を見る者
ハンス・キングスレー(p3p008418)[重傷]
運命射手
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)[重傷]
天下無双の狩人
星影 昼顔(p3p009259)[重傷]
陽の宝物

あとがき

 <神異>(希望ヶ浜Side)へのご参加ありがとうございました。
 希望ヶ浜も巻込んだのは、ぴぴさんが「敵を夜妖にしようと思う」と言うヒイズル編走り出しの時点でのことでした。
 今まで素敵な学園生活を楽しんで頂けた希望ヶ浜を滅ぼす勢いで頑張りました。
 現実と虚構。その二つの側面で楽しんで頂けたら嬉しいです。

 ちなみに、真性怪異は希譚専用エネミーのように思われてしまっていますが、
 そうではなく、希望ヶ浜におけるボスエネミーのようなものなのでした。

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