シナリオ詳細
<フィンブルの春>ファンブル・ロール
オープニング
●エンカウント
「は――?」
最近の死神は真昼間から出歩くものなのか――
イレギュラーズの率直な感想はあまりと言えばあまりなものだった。
風光明媚な森には春の木漏れ日が差し込んでいる。
ざわざわと木立を揺らす風も、遠い鳥の鳴き声も変わらないのに。
ただ、現場にはべっとりとした赤色が張り付いていた。
『人間のものなのかも、怪物のそれなのかも分からない無数の残骸が転がっていた』。
「どういう事だ、と言わんばかりじゃな?
じゃが、その答えはそう難しくはない。そう面白くも無い。
それでも一応伝えておくなら、転がっておる『人らしきもの』は自称勇者じゃな。
転がっておる『怪物らしきもの』はそやつらが討伐しに来た添え物じゃ」
「それで、今立ってるお前達は――」
「――無論、この『下手人』という事になりますわねぇ」
邪剣士・死牡丹梅泉の言葉を継いだのは紫乃宮たては。梅泉の元婚約者にて人斬りである。
「『勇者総選挙』ってーやつな。すげぇ盛り上がってんだろ?
で、アンタ達はほぼ間違いなくその上澄み、トップグループって訳だ。
それならまぁ、あたし等の用件なんて――大抵知れてるもんだよな?」
陽気と言っていい口調で気負わずに、剣呑を口にしたのは伊東時雨。人斬りだ。
すずな (p3p005307)の姉弟子にして混沌で出会った宿業である。
「一応、説明が必要か?」
このメンバーの中では最も理性的であろう男が口を開いた。
刃桐雪之丞は梅泉の弟弟子にして、懐刀である。涼やかで冷静な男だが人斬りだ。
「聞きたくないがね」
「そう言うな。まず、お前達の仕事は今日既に『終わっている』」
「『それ』か?」
怖気立つ程の殺戮の舞台は唯の四人によって為されている。
勇者総選挙は競争だ。『プレイヤー同士』の偶発的な遭遇戦はないとは言えないが、今回は『違う』。
イレギュラーズとも縁深い四人が『四人揃って』待ち受けたという事は最初から舞台を乗っ取る心算であったに他ならない。
「そして、お前達にこれから付き合って貰うのは『我々の都合』だ」
余りにも想像しやすい言葉にイレギュラーズは苦笑した。
これでお茶会でもするというなら、逆立ちして帰っても良い位である。
「そう厭な顔をするでない。
主等が仕事だというならば、わしも仕事じゃ。
酔狂な話ではあるがな。今回についてはきちんと依頼人殿の言う通り故、恨むならあの陰険顔を恨むが良い。
止めはせぬから殴り込んでも構わんぞ。主等が、この場で果てぬなら」
梅泉の言葉に「旦那はん、言わはるなぁ」とたてはが鈴の笑い声を上げた。
よくよく見れば四人共、何時になく雰囲気が華やいでいた。
イレギュラーズはそんな些細な事実に心の底から『不運』を感じずにいられない。
(そりゃ、つまり――)
――今回は、殺す心算で来るって事なんだろう?
- <フィンブルの春>ファンブル・ロールLv:45以上、名声:幻想0以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別EX
- 難易度NIGHTMARE
- 冒険終了日時2021年04月30日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●永夜
長い髪が間合いに解けた。
血の線を引いて崩れ落ちる『彼女』は作り物のように虚ろに見えた。
振り抜かれた斬撃は容赦無く。誰かの悲鳴が響いても、それも虚しく。
美しいものを美しいままに斬ったのは彼一流の流儀だったのだろう。
「……」
「……うん?」
「……………」
血の気を失った唇がうわ言のように何かを呟けば、身を屈めた死牡丹はその声に耳を寄せた。
血濡れた指が彼の髪に触れ、頬に触れた。
「……て」
それで少しだけ力を取り戻した声は周りにも聞こえるように言葉を紡いだ。
「……きれいにころしてね。わたしをわすれないでね」
●因縁、幾度目か
「今日は厄日ってヤツなのかしら」
見た目のクールな印象を裏切る事は無く、『春疾風』ゼファー(p3p007625)の言葉はあくまで冷静なままだった。
「強い奴に会えるのは、そりゃありがたいことなんですけれど?
これは随分と、そうね。皆仲良くよろしくね。なんて雰囲気とは程遠いみたいねぇ――」
冷涼で気怠く何処か皮肉気でそして人好きのする調子――ゼファーの雰囲気は実に複雑だったが、或いはその産まれ故か。それとも教育を含めた育ちの方故か――彼女を言い表すには『諦念』の一言が良く似合う。とは言っても例えば敵を目の前にして己が命運を諦めている訳ではない。運命とは『なるようにしかならない』。禍福は糾える縄のごとし、つまりはケ・セラ・セラであるという人生の哲学の方を称しての事である。
「いやまじでこれすげー楽な仕事だと思ってたんだけどな……こりゃねーよっ!」
「――これが本当のファンブル・ロールって奴なのかな?
梅泉さんだけでも厄介だって言うのに。死神が四人揃って待ち構えてるんだから――」
さて、そんなゼファーの、言葉を継いだ『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)の、『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)の。
そして不運なる十人のイレギュラーズの視線の先には四人の武芸者が居た。
「仕事である以上、命の覚悟はいつもしてきたつもりだけど……こんなところで噂の梅泉さんに出会うなんてね」
「うん? わしに出会いたくはなかったか? アレクシア・アトリー・アバークロンビー」
「……知っててくれてありがとうって言うべきなのかな?
こっちも梅泉さんの事は知ってるよ。だからって諦めるつもりなんてないけれど。絶対に守り抜いてみせるんだから!」
「同感だ。やる前に諦める位、こっちも温い修羅場くぐってないからな」
緊張に頬を少し紅潮させたアレクシアを庇うように『双竜の猟犬』シラス(p3p004421)が半歩前に出た。
「これは随分と勇壮じゃな。そしてこの『勇者様』には大概に嫌われたものじゃ。此方は主等を好いておる位なのじゃが」
「うちは浮気者の旦那はんが目移りするんは、一個も残さずみんな大嫌いですが」
からかうように、むしろ友好的とさえ呼べる声色で言った死牡丹梅泉をすかさず紫乃宮たてはがピシャリとやった。
「勇者総選挙なぞ、そちらはいよいよ興味は無いものと認識していたが。
珍しい場所で舞台が整ったものだ――息災そうで何よりだ、刃桐雪之丞」
「若の戯れは別にして。我々とてこの異郷では食客でな。恨みは無いが事情はある」
『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の言葉に白装束の剣士、刃桐雪之丞が苦笑した。
「姉様……このように連れ立って……ぞろぞろと参られるなんて……随分とまぁ、そちらに『馴染んだ』のですね?
勿論、お世話になっているというのは承知していましたが……それだけ、本気という事なのでしょうね」
「……………訂正したい事はなくはねぇが、ま、そういうこった。しかし何で会っちまうかなあ……」
一方で鼻を鳴らし、少し皮肉めいた言葉にチラリと『妹弟子 』すずな(p3p005307)の顔を確認した伊東時雨が独白めいて頭を掻いていた。
一行同士の因縁の深さは短いやり取りを見るだけで殊更に説明が要らぬものと言えよう。
これから余りにも凄絶な殺し合いが始まるのは不可避だと言うのに、それを思わせぬやり取りが成り立つのは逆説的な証明である。
梅泉はイレギュラーズが逃げ出すような無作法をしないと信じているし、イレギュラーズ側も梅泉を吠えて騒いでどうにかなる相手ではないと確信している。成る程、相互理解が人間同士の根幹だというのならこれもまた一つの形と言えなくもない。
「念の為に確認しておくが――梅泉。此度は『遊戯』ではないのだな?」
「如何にも。仕事なぞどうでも良いが、毎度遊びではわしの刃も主等の覚悟も鈍ろうというもの。
ここまでの枝振りに育てた手前はあるが、庭木に剪定が要らぬ道理も無かろう?」
「庭木扱いか」
「拗ねるな。これでも褒めておるのじゃ」
「そうだろうな」と『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は苦笑した。
元々お茶とケーキで出迎えるような関係ではないから、これまでも出会えば戦いになる事は多々あったが、今日に限っては少し事情は異なる。
梅泉の言った通り、彼等は今回に限っては仕事の為にこの現場へやって来たのだ。
遭遇戦ではなく標的そのものがイレギュラーズ。勇者総選挙なる幻想の一大イベントにトップを走る何人かが彼等のクライアントにはお気に召さなかったらしい。面白がりの彼は選挙結果に一石を投じてやろうと梅泉等を差し向けたのだから『今回は決して遊びではない』。
「……これはどうにも、以前のようにはいかなさそうだな。
かといって、むざむざと命をくれてやるつもりは無いぞ、誰一人としてな!」
汰磨羈が吠えて気を吐き、
「生きて、いとしのゴリョウさんのところに、戻るために……そして皆で、生還するためにも。
こわいですけど、梅泉さんに、勝負を、申し込みますの!
領地にいらした時のことを思うと、梅泉さんは、美食にも、造詣が深いかたと、お見受けしますの。
わたしなんて、単に斬るだけでしたら、面白みもないでしょうから…お仕事の後は、新鮮なお刺身でも、お楽しみになるのは、いかがでしょうか?」
一生懸命な『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)の言葉にこそ梅泉は何とも言えない顔をしたが、そこはそれ。
どちらかと言えば気弱な彼女までもが挑戦状を叩きつけたとあらば、話は大体纏まったという事だ。
「さっき貴方は殴り込みたいなら好きにしろと言ったけれど――」
閉じたままの瞳は彼を映さず。しかし雰囲気も声色も華やいでいる。
白い肌には朱色がさして、形の良い薄い唇はまるで蕾が開くように綻んでいた。
「――殴り込むなんて、そんな事。する訳がないじゃない。
クリスチアンさんの用件は政治絡みなんでしょうけど、お陰で貴方に会えたんだからむしろ次にお会い出来たならちゃんとお礼を言わないと。
ううん、それにしても今日は森って言うから動き易いよう袴にブーツで来たんだけれど。もっとおめかししてくれば良かったわ……」
「――やっぱり、ここできちんと殺します!」
恐らくはそんな心算はなく『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が『乙女の素直さ』を見せた瞬間、既にたてはは地面を強く蹴り上げていた。
●vsたては
小夜の(珍しく)意図しない煽りに飛び出したたてはに対応したのはターゲットの彼女ではない。
「初めまして、お姉さん。早速で悪いけど私のお相手をしてもらうよ。無理矢理にでもね」
そう言って彼女の前を塞いだのは花丸である。
たてはの動き出しはまさに戦いの合図となっていた。
「貴方に関係ない話やないの――それを邪魔をなさいますの」
「……まぁ、確かに私は、一部の人程梅泉さんに拘ってないけど。
逃げる……何て、選択肢は最初から論外なら。
何が出来るか。何を為すか――決まってる。
戦って、戦い抜いて、皆でこの死地を絶対に生き延びようとするなら。
私の役目は皆が梅泉さんとの戦いに集中出来る様にたてはさんの相手をする事ってだけ!」
気を吐いた花丸にたてはがギリっと歯ぎしりをした。
美しい女だがそれ以上の短気と魔性を帯びている。
「……うちも随分と舐められたもんやねぇ。『紫乃宮』を止めよう言うのに、あんた一人だけとか」
彼方四人に此方十人の『非対称戦』だが、戦い慣れたイレギュラーズの咄嗟の戦力配置は『等分』では無かった。
『この依頼はそもそも全勝がどうあっても見込めない』。口惜しい話ではあるが、如何に勝つ心算で戦ったとて、現実的には強烈無比なる敵陣に一矢報いるまでが精一杯であろう。イレギュラーズは望む『全員』での生還を狙うならば必要なのは『不可能な勝利』ではないと踏んだ。
イレギュラーズが地獄に垂れた蜘蛛の糸と見るのは梅泉の気質である。
元婚約者のたてはにせよ、従者のような雪之丞にせよ、不本意ながら弟子のように扱われている時雨にせよ同じだ。この場で戦いを切り上げる事が出来るのは梅泉だけであり、彼が納得すれば話は終わる。逆を言えば彼がやり続ける心算である限り、絶対に生存の目は残らない。
(ベネディクトさん、そっちは任せたよ。私も私の役目を果たしてみせるから――)
なればこそ、花丸達が寡兵で三人を抑えに出たのは必然であった。
『一番どうしようもない梅泉を叩かねば、少なくとも彼に翻意させねば戦いは終わらぬのだから当然だ』。
一瞬の判断でそこに到ったパーティは流石に戦い慣れていた。
しかしながら、そんな彼等より『かなり』直情的なたてはは自らが軽く見られたものとご立腹であるようだった。
「――はっ!」
間合いが詰まり、花丸の拳が覇竜穿撃――不可能幻想さえ穿つとされる竜撃と唸った。
タイミング的には『取った』筈だったが、鞘走りの音と共にたてはの斬撃は後から先へ躍り出た。
「……ッ!」
地面にパタパタと赤色が滴った。
花丸の目にはその斬の軌道を正しく捕まえる事は叶わなかったが、『彼女とて見切れない位で守れない程の技量ではない』。
咄嗟に殺気を感知し、直感的に身を捻ったその動きは一撃必殺に伸びた大紫の切っ先をその頸から外していた。
「お返し――」
「――――」
「――するよ!」
順序を入れ替えた花丸の拳が差し合いになりたてはへ伸びた。
今度は『取った』心算だった彼女の反応が幾らか遅れ、舌を打った彼女は後方へのステップでこれを避ける。
そんな初太刀合わせは敵を甘く見たたてはを見事に渋面にしていた。
「……あんた、余程死にたいみたいやね」
まずは少し時間を稼いだが、花丸は素直に状況を喜べなかった。
たてはの殺気は怖気立つ程に強くなり、少なくとも現状の一対一で彼女をどうにかするのは不可能である事は明白だ。
「買い被り過ぎだよ。死にたくないもん」
――本当は、怖いって思うよ。
誰だって死にたいなんてきっと思わない。
だけど、今は……今だけは――
恐怖を捨てて、前を見据えろ。
そして立ち止まらずに、ただ前に!
その思いが、行動が、戦う仲間の助けになるとただ信じて!
小さく頭を振った花丸は構え直して、たてはを睥睨する。
「でも――倒れてなんてやるもんか。絶対にっ!」
●vs雪之丞
「正直、再会はもっと先かと思って居た」
剣戟は甲高く泣き喚き、静かなる森に融解の熱情を点していた。
「だが出会いたくなかった訳では無い。むしろ、僥倖とさえ呼べる」
至近距離の鍔迫り合いを果たすのはベネディクトと雪之丞。
かつての邂逅で互いに一目を置くに到った剣士が二人。
「――俺は他の誰でも無い、お前との戦いこそ欲していたのだから!」
一声吠え、膂力で前に押し込んだベネディクトをいなした雪之丞が薄く笑った。
花丸が決死の覚悟でたてはの抑えを続ける頃、ベネディクトも雪之丞の前に立ち塞がっていた。
梅泉一行は『単に勝利への最短距離を取るような無粋はしない』。
『奇妙な信頼関係』で結ばれたイレギュラーズはそう読み、敵四人をパーティの企図した対戦相手とぶつける事を狙ったのだ。果たして狙いはピタリと嵌り、偶発的に暴発したたてはを含めた梅泉以外の三人はそれぞれ花丸、ベネディクト、すずなと汰磨羈――四人のイレギュラーズに抑えられる格好で戦いを開始していた。
「付き合ってくれて感謝している」
「……礼を言われる程の事はない。貴殿が俺を買ってくれているのと同じようにこの俺も貴殿を高く買っている。
一菱は殺人剣故、武士道を気取る心算は無いが――この俺の『嗜好』を言うならば、暗殺等元々好きな仕事ではない故」
お返しとばかりに攻め手に出た雪之丞の氷雪の刃にベネディクトの表情が歪んだ。
技量差は絶大であり、少なくとも現時点において勝利の目は全く無い。
(隙が無い。いや、これは違う――『弱点が存在しない』)
分かっていた事ではあるが、その気性や戦い方からして『穴』もあるたてはや梅泉と異なりこの男は何処までも完璧である。
実力の上下はさて置いて、全くミスをせず詰将棋のように敵を追い詰める雪之丞は対戦者に一つの救いも与えない。
好機はなく、絶望だけが広がる――そういう剣を操る男であった。
(だが、雪之丞。奴の剣は研ぎ澄まされた理の剣――
故に出が見切れる。理で読める。そんな太刀は必ず来る――!)
彼には梅泉の如き暴力的な爆発力は存在しない。
一瞬でその敵を消滅させるような剣を持ち得ない。
故に死中活。ベネディクトは全ての不利に覚悟を決め、幾度とその刃に身を晒せば見えないものも見えると踏んだ。
「梅泉、たては、時雨。他に名だたる実力者が並ぼうと、お前だけは特別だ。幾度でも告げよう――」
「――いざ、尋常に」
戦いに傷だらけになったベネディクトが幾度目か言った時、雪之丞はふと微笑む。
氷の刃がベネディクトに迫った。迫ったがそれは『見えた』。
幾度となく受け、傷を刻み、感覚を極限まで研ぎ澄まし、全ての無駄を削ぎ落とし。
今この瞬間にベネディクトは氷剣士の迎撃をかいくぐり、彼に肉薄する!
「―――――刃桐雪之丞ォォォォォッ!!!」
流麗なる黄金の騎士の咆哮が木立を揺らし、鳥が一斉に空に飛び立った――
●vs時雨
「私の相手は、言うまでもありませんよね?
まさか不満はないでしょうね――姉様?
されど未だ未熟の身、口惜しいですが一人では力不足故に、二人で参らせて頂きます……!」
「話には聞いている。御主を倒せば、それは梅泉の教えを越える形にもなりそうだな?
ま、今回は魔人四名が相手だ。二人掛かり、卑怯と言ってくれるなよ」
「妥当なトコだろ。あたしがフリーになったら旦那のトコの六人が大変だもんなぁ。
たてはちゃんに雪の字に配置一人ってのは自惚れたくなるが、単に得手の問題と」
「問題と?」
「すずなの我儘だろ。分かってるって!」
「姉様!」
すずなの顔が紅潮し、汰磨羈は「やれやれ」とばかりに肩を竦めた。
軽妙にも見えるやり取りさえ交えながら、他方すずなと二人による時雨との戦いも続いている。
汰磨羈が軸に放つのは、厄狩闘流『新義三絶』が壱。嘗ては千法を集約し氷の煉獄を成した魔技より、加速・否定・氷結の要素を抜き出して再構築した術である。霙を纏う極低温の刃は、疾風と化し――結合自体を否定する。
「生憎と手段を選んでいる余裕はないのでな」
他所からの『横槍』も十分に警戒しながらあくまで汰磨羈は挟撃と横撃をもって時雨を追い詰めんとする。
(全ては、すずなの刃を時雨に届かせる為の布石――勝てぬまでも一矢報いねば先もあるまい!)
然り。時雨に相対する二人とて、『二人では足りない』事は分かっていた。
故に二人は出来る事に力を尽くす。縦横無尽に暴れ得る最大の危険――即ち『蛇剣』を釘付ける事は作戦において重要だった。
一対多数を得手とする時雨に『二人』で当たったのは絶対にフリーに出来ない事情と、確実に抑えねばならぬという事情の交差だ。
それを一瞬で理解した時雨の方も実に敏い。
「しかし、先程も申し上げましたが――いつの間にかすっかり梅泉さんと仲良くなりましたね、姉様!」
正道に真っ直ぐに『姉弟子』に構えるすずなとの組み合わせは即席ながら中々効果的で良い連携を見せていた。
「そうでもないが――あれは正しくあたしの知りたい剣を教えてくれるんでな」
強く踏み込んだすずなが刃界の下、分水剣を繰り出せば時雨の蛇剣がその斬撃を絡めて落とす。
「それに、殺しに行っても文句も言わない。爺さんとは大違いだ」
「その価値観には賛同しかねます」
時雨の反撃が鞭のようにしなり、汰磨羈とすずなの足元を鋭く狙う。
「癖の悪い剣だな」
「生憎と性分なもんで」
汰磨羈の皮肉に時雨は唇を歪めた。
少なくとも以前の時雨とは技の冴えが違う。
自身でそう言った通り、梅泉は意外と教えるのも上手いらしかった。
「旦那のトコは六人か。しかし随分豪勢に張ったな」
「――私だって、前より腕を磨いてきました。余所見は――しないで下さいね、姉様……ッ!」
時雨の軽口に応じたすずなの攻勢が強まった。
(姉様もそうですが――妬けますね、本当に!
結局私の相手をしてくれるのでしょうが……お目当ては私じゃない。
シラスさんとベネディクトさんが本命。二度目の再会とはいえ、あまりにもいけずだと思いません……?
大体! そこの梅泉さんも! ――言ってしまえば小夜さんも!
どうせ今回もイチャイチャ斬り結ぶんでしょ! イチャイチャ! いちゃいちゃ!
この複雑な感情をどうしろと……?
あぁーもう知りません! 知りませんとも。ええ、ええ!
私は私で全力で姉様とイチャイチャしてやりますからね……!)
すずなの複雑な感情を表すかのように技は切れ味を増し、『敵』に迫る――
「――おいおい、機嫌悪ぃな。なぁ、アンタ。なんですずなの機嫌が悪いか知ってるか?」
「うん? それは十中八九、お主と梅泉とそれからお小夜のせいだろ」
「あの! ですね!!!」
人の悪い笑みを見せた汰磨羈にすずなが抗議めいた。
「成る程」とどういう風にか合点した時雨は幽かに笑う。
「すずな、お前ってホントに可愛いやつだよなあ。ホントに全然変わってないし――」
そして、そうした後に、不意に目を細めた。
蛇の魔眼が暗く煌めく。
「――ま、でもお遊びはこの辺までだ。お前達も別に黙ってやられる気はないんだろ。
さて、何が隠し玉かは知れないが――通じるもんなら、通じさせてみな?」
空気を変えた時雨にすずなと汰磨羈は一つ頷いて通じ合った。
「――にしても、わざわざこんな場を選ぶとは。
総選挙を愉しくしたいのなら、公の場でもっと堂々と対しても良かろうに。
そう思わないか、時雨よ!」
「そう思うのは山々だがな、渡世の義理も面倒でねぇ!」
汰磨羈と時雨がまた激しくやり合った。
すずなが狙うのは綻びのその一瞬だ。その時ばかりは如何なる邪魔も跳ね除けん。
(二人で攻め続ければ流石の姉様とて隙が生じるでしょう。
しかし、姉様は邪剣の使い手。それが誘いか本当の隙か――見極めてみせます!
刹那踏み込む私の――奥義・無窮『旋風』。姉様、あなたならば受け切れますか……!?)
――『瞬間』は、少しずつ近付いていた。
●vs梅泉
「敢えて問う」
――俺を覚えているか?
シラスのそのシンプルな質問に梅泉は薄笑いを浮かべて答えたものだった。
「覚えておる。ただ震えておるばかりだった小魚がクリスチアンの標的とは随分と出世したものじゃ」
「――――」
「わしが怖くはないか? あの時を思い出しはせぬか?
足は竦まぬか。震えは止まったか?
主のそれは蛮勇ではないか。このわしを目の前にしてそうも睨みつけるその顔は。
そこの娘に良い所を見せたい虚飾の類なのじゃろうなぁ!」
「てめぇ――!」
「おっと、こっちからだぜ!」
「シラス君!」
思わず声を上げたシラスが梅泉目がけて飛び出した。
彼と見事な連携を見せ、サンディとアレクシアがそのサポートに入っていた。
まず肉薄したのはサンディだ。
(通用するかって言えばそんな事は無いだろうけどよ――)
自嘲したサンディの一撃は初撃である。案の定梅泉を捉えるには到らない。
だが『それで良い』のだ。サンディは自分の戦闘力を過信して等居ない。
彼の成すべきは布石だ。広い視野でベネディクトのサポートも視野に入れる事、そして。
「少しでも派手にやってやる、ってな!」
盗賊らしく使える手は何でも使う事だった。
アシカールパンツァーで可能な限りの騒ぎを起こし、『梅泉側に不測の事態を与える』。
彼は好まない搦め手やも知れないが、座して殺される程人は良くない。
一方でそういう気があるかどうかはさておいて。『揶揄』されたばかりのアレクシアの追撃は苛烈であった。
《リコリス・ラディアータ》。
燃えるような魔力片は幾重にも無数にも間合いを彩る。
目標を逃さず追い詰める攻撃魔術は舞い散る花弁、火花の如く宙空に揺らめき邪剣士の自由を縛る。
「――今!」
柔らかな印象と異なるアレクシアの鋭く短い声は共に戦うシラスにそのタイミングを告げていた。
元より梅泉にまともな攻撃は通じない。ならばパーティの出来る事は『弾幕をもって彼の余力を削ぎ落とすのみ』だ。
葬送の霊花はその意味合いにおいて最良の意味の一つを帯びている。
「借りを……返してやる!」
初動すら霞むシラスの急襲は一足に間合いを潰し、猛烈に梅泉に爪を突き立てる。
そこにはせせら笑う彼の言う『畏れ』等微塵もなく。
(あれからずっとこれしかないという生き方をしてきた。その積み重ねを今こそぶつける――!)
少年の真っ直ぐ過ぎる程の勇気ばかりが漲っていた。
パーティの攻撃はまさに怒涛、まさに瀑布が如しである。
「此の剣鬼を前に出し惜しみは無用ってね」
「それは重畳。もっと欲しかった所じゃ、気が合うな、娘」
猛撃を立て続けに浴びながらも幾らか喰らい、幾らか捌き。
梅泉は更に向かい来るゼファーに迎撃の構えを取った。
「花を手折りに来るのなら、どうか御用心。
皆、強く気高く咲く花ですもの。僭越ながら私だって――棘の一つも持っているものですわよ?」
run like a fool――背丈ほどもある『愚か者』はゼファーが手足の如く繰る愛槍である。
小さな花の棘と称するにはあまりにあんまりなその穂先が梅泉の影を突く。
瞬天の、三段。アレクシア等と合わせれば手数は人数に軽く倍する――それなのに。
(――ああ、ほんとうに)
本当に、化け物だわ。
僅かばかり皮膚を切り裂く感触がかえって相対する化け物の本質をゼファーに知らしめた。
(見てくれは当然のこと。技の一つにしたって、彼と重なるものはない。
なのに、何故かしら――何だかとても懐かしい感じがする。この感じ――『慣れてるのよね』)
完全なる死線の最中において、ゼファーは刹那の郷愁さえ感じていた。
『あの、どうしようもない程に恐ろしく、強く、優しかった師匠に鍛えて貰った時、同じ感覚を得たものだったからだ』。
(私の都合に付き合わせるのも申し訳ないけどね。
貴方達は屹度同じ側。あの時、あの晩、不吉の言葉を残して去った、あの老いた狼と――
此の修羅場を乗り越えなければ、眼前の剣鬼に立ち向かえなければ果たし会えぬのはこの世の常だわ。
そうしなければ、貴方の前に立つ資格なんて無い。到底敵う訳がない。そうでしょう、おじいちゃん――?)
ゼファーの気持ちを知ってか知らずか梅泉の口元が奇妙に歪む。
シラスを起点に爆発的に攻撃を連鎖させる作戦は流石に戦い慣れたイレギュラーズだった。
「十分でしょ? 『デート』のお膳立ては」
「ええ、ありがとう」
軽口を叩いたゼファーが後ろに跳び、入れ違いに黒い影が低く疾走る。
無敵にも思える梅泉の動きが『鈍った』時、待ち構えるのは言わずと知れた盲御前。
「『受け止めて』ね?」
熱っぽい女の囁きはその声色を裏腹に凄絶なまでに美しき死の軌跡を描き出す。
純粋100%の殺意は、不器用な女の見せる睦言のようでさえあった。
『貴方はこれ位では斬れないのよね』。
まるでそう言わんばかりの圧倒は、
「キェェェェェェェェエエエエ――ッ!」
梅泉より刹那の本気さえ引き出すのだ。
「……随分と『良く』なったではないか。そちらの娘も含めて、な」
「魚は、素早く締めるのが、美味しさのコツ、ですの!
自慢のしっぽを、くれてやっても、どれだけ素早く仕留められるか――みせてみろということですの!」
梅泉にジロリと見られたノリアは身を竦めたが、それでも強く挑発を続ける彼女は退かない。
「全く面倒な。思い切りが良いと言うか、その戦り方、わしの趣味ではないが――中々どうして。意外にやるではないか」
自身に、仲間達に『棘』を纏わせる彼女はその頑健な壁としての役割と共に梅泉との戦いに相当な楔を打っていた。
梅泉の爆発的な攻撃力が『返れば』彼とて無傷ではいられまい。
一対六を数える彼我の戦力はその数を以ってしてもまるで安泰とは言えまいが、戦いになっているのは数故だ。
花丸、ベネディクト、すずな、そして汰磨羈。少数の『抑え』が生き残る為に死力を尽くして時間を稼いだ結果がそこにはあった。
フロントに敢然と立ち塞がり「まずは自分を仕留めてみせろ」と言うノリアを梅泉は無視しない。
「娘を刺身にする趣味はないがな。これ程に面倒なら斬り甲斐はあろうというものよ」
「た、食べられはしないですの……?」
「面妖な娘よな」
単純な勝利のみを見るのならばそのスピードと爆発力、尋常ならざる技をもって裏を取れば話は早かろうが、彼はそれを認めない。
『一番強き刃を受け』『一番堅き盾を砕く』。
そうした上で全てを斬り伏せるが故の斬魔なれば、パーティの仕掛けは見事に奏功していると言えた。
『梅泉がノリアに手間取る程に、そしてノリアが耐久する程に棘は行き渡り、パーティの猛撃は繰り返される』。
両目を開けた梅泉はこれまでとは話にならない位に違う。まるで底を見せないが、称賛の言葉は『通じているが故』に他なるまい!
六人だけではない。この場に不幸にも居合わせた十人全てをもって不可能状況に対抗しているのだ。
「でも、梅泉」
「うむ?」
「貴方も意地悪な人ね。さっきのシラス君の話。だって貴方『ちっとも思ってなかったでしょう?』」
「知らぬなぁ」
「後、今のノリアさんの話よ。貴方好みに『した』のに前の私のほうが良かったと言われた気分だわ」
「……うん、確かにこれはお互い様、なのかな」
唇を尖らせた小夜に嘯く梅泉にアレクシアが苦笑した。『挑発』で都合よくコントロールしているのはパーティ側も同じ事。
何れにせよ、戦いは一瞬毎に死が交差する程に激しいものであった。
戦いは続き、文字通りたったの数秒で状況が激変する。
「わたしが、決死の盾に、なりましょう……だれかが決して、倒れないように。
さあ、梅泉さん、どんどんご挑戦くださいですの……まさか、棘をお恐れになんて、ならないでしょう?」
ノリアは『一番』傷付いた。
「一分――いえ? 一秒でも余分に粘ってやるわよ」
気を吐いたゼファーに限らず全員がその心算で戦っている。
取り得る手段は全て取る。手数を人数を武器に、時にはアクアヴィタエの祝福で追いすがる。
「うんざりしました? 辞めてもいいわよ」
「囀りよるわ!」
「奇跡をまた呼べるなら――せめて、『雇い主』の思惑を蹴っ飛ばしてやりてーよなぁ!」
刃を交わしたサンディの言葉に梅泉は呵々大笑する。
「同感じゃな。あの陰険の間抜けな顔が見たい」
「ああ? じゃ、協力してくれよ。それか――風よ来い! 『こいつら全員どっかにふっ飛ばせっ!』ってな!」
一度は奇跡を手繰り寄せ、終わりの運命を覆したサンディだけに言葉は冗句めいていながら真剣だった。
「……っ、まだまだ、倒れませんの! わ、わたしはゴリョウさんの所に、帰るんですの!」
(一手でも多く凌いで、一瞬でも長く戦えるように! その積み重ねが命を繋ぐんだ!)
ノリアが押し込まれた時、アレクシアは死力をもってこれを救う。
『長い少年時代を終えた時』。シラスは梅泉がそう考えた時、きっと何者かになったのだろう。
(勇者なんて下らないか、梅泉? 俺も思うぜ。ブレイブメダリオンなんて馬鹿げている。
だがな、アンタは知らないだろう。勇者は本当にいるんだ。
俺にとってはこのアレクシアこそが……それをこんな選挙の茶番で失くしてたまるか!)
シラスは叩きのめされても地面を掴んで立ち上がる。
打ちのめされ、血に塗れ、泥に塗れても。眼光は緩まず、不格好に無様に何処までも喰らいつく――
「俺を、俺の火を消せるなら消してみやがれ……お前も灰にしてやるッ!」
――シラスの執念はそう簡単に消せるようなものではない。
伝説の『門』をこじ開けんとするように、倒れ込むように放たれた彼の一撃が梅泉の懐を深く抉った。
戦いは滅茶苦茶なものになった。
そして暫くの時間が経過した時、辺りが少しざわついた。
『騒ぎ』を起こして戦っていたサンディの小細工がたまたま近くに居た『サンディ・カルタ』、彼に扮して活動しているアレクサンドラ・カルティアグレイス――幻想の貴族に伝わったのだ。程なくこの狂騒は水入りで中断にされるだろう。
だが、それはすぐにではない。何せ相手が相手だ。寡兵で水をさした所で立ち所に『無かった事』になるのは確実で。
つまり、近場から兵力をかき集めたとて、それ相応の準備がいるなら時間がかかる。
「頃合いか」
結論を言う梅泉に当然のように戦えるイレギュラーズは戦場に殆ど残されていなかった。
●多数決
「終わりじゃ」
「……」
「どうしたのじゃ、たては。酷く不機嫌ではないか。
ああ、随分と髪の毛が乱れておるな。『そのせい』か」
『抑え』は無勢過ぎた。彼等はほぼ倒され、剣士達は梅泉の元に集まった。
梅泉と戦うイレギュラーズは辛うじて戦力を残しているものも居たが、状況は分かりやすい程の絶望を示している。
「片付けの時間じゃ――じゃが、時雨、小雪。主等は不満そうじゃな?」
「……ま、身内だしな」
嘆息した時雨はちらりと傷だらけで膝をつくすずなを見る。
かつて『すずなを仕留めさせないが為に』反旗を翻した女である。
「……若の決定に口を挟むような真似はいたしませぬ」
「良い。好きに囀れ」
「……………では、僭越ながら。クリスチアン殿のオーダーは『勇者選挙を面白くする事』であった筈。
故に『面白いかどうか』は若の判断になるものかと思われます。
『この戦いは十分に面白かった』としても差し支え自体はありますまい」
ベネディクトに『好み』を言った雪之丞もやはりこの仕事は好かないと言えば好かないらしく。
「ふむ」と笑んだ梅泉は「では、多数決とゆくか」と似合わぬ言葉を口にした。
「此奴等はこれまでと思う者はそう言え。逃せと思うならばそう口にせよ」
梅泉の言葉にイレギュラーズは口を挟めない。
ある意味で想像の先にあった展開ではあるが、掛かるのは全滅か生存である。
首筋を伝い落ちる汗は冷たく、重い空気は簡単に唇を開かせない。
「当然、殺しますやろ」
たてはは即答だった。
「俺はクリスチアン殿の都合ではなく『若のタイミング』が宜しいかと思います」
(雪之丞……)
雪之丞は当然の反対だった。ベネディクトはそんな彼に目礼をした。
「あたしは棄権する。今回のは少なくとも仕事だった。
言えば必ず身内贔屓しちまうし――今日の戦いで分かったよ。すずなだってもう一人前だ。責任は自分で取るべきだろ」
すずなが「姉様……」と小さく漏らした。
命がかかっている事は確かだが、その言葉は嬉しくないと言えば嘘になった。
「何じゃ、結局わしで決まりか?」
梅泉は笑う。
「では――死じゃな。逃したいのは山々じゃが、喰らい過ぎて気が収まらぬ。牛飲馬食、最早これは獣のサガというものよなあ!」
梅泉に浮かぶのはタガの外れた凶相である。
イレギュラーズは『良くやり過ぎた』。温まり過ぎた彼は止まらず。
それでも己に架した最後の枷は『多数決』に引きちぎられた。
つまる所、彼はもう逃れようのない死神であった。
「……厄日だったわ、やっぱり、ね」
辛うじて動けたゼファーは槍を杖に立ち上がり。
「ま、まだですの。まだ……」
ノリアはそれでも倒れた者を庇おうとする。
シラスとアレクシアはお互いに目を合わせ一つ頷いた。
最期のその瞬間まで抗うのは、決まり決まった二人の約束事だった。
「此度も言おう。『獣の牙は、生きる為にこそ有る』。簡単に終わらせられると思うな? 死牡丹梅泉!」
「良い、良い。好きに抗え。それでこそよ!」
汰磨羈が吠え、梅泉もまた笑う。
「……ふふ」
そんな、絶望的な状況に涼しい鈴の音色が響く。
「己の為に研いできた剣だけれど、今日の役回りは珍しくて、あと楽しかったわ。
随分と信用して貰ってるようで嬉しくて……皆、力を尽くしてくれたものね」
仲間達を制したのは小夜だった。
「梅泉、よしみでお願いがあるのだけれど」
「死出の餞別じゃ。見逃せ以外なら聞いてやらぬでもないが?」
「実は今日が旅の果てでもいいと思っていたのだけれど、若人の信頼には答えないといけないもの、ね。
ねぇ、梅泉。一太刀頂戴。私が貴方に届いたら――ああ、ダメって言われたけれどゆるしてね。『私以外』は見逃して」
●終
――私の思いはいつかの夜と変わっていないわ。
刃鳴散らすこの瞬間だけは、貴方が他の誰のことも考えられないように。
私だけを求めてくれるように……!
一念剣は業に閃き、渾身の切っ先は長い黒髪の先だけを斬り散らした。
「小夜さんっ!?」
すずなの悲鳴が耳を突く。
身を低く屈めた両目の梅泉の斬撃は鋭く深く小夜の腹を切り裂き、彼女を血の海に沈めていた。
かくて、物語は冒頭へ遡る。
「……」
「……うん?」
「……………」
血の気を失った小夜の唇に――末期の声に梅泉は耳を寄せる。
血濡れた白魚のような指が梅泉の髪に触れ、その後頬に触れた。
「……て」
少しだけ力を取り戻した声は周りにも聞こえるように言葉を紡ぐ。
「……きれいにころしてね。わたしをわすれないでね」
「うむ、忘れぬな。主は良い女じゃった。名の通り綺麗な女じゃった。『小夜』」
着崩れたその豊かな胸の上に、血蛭を縦に構えた梅泉は獣面も忘れ柔和に笑う。
視線が絡み、互いに微笑み、刃が下がり――そこで。
「そこまでや!」
……唐突に声を発したのはたてはだった。
「旦那はん、これ多数決やったよな」
「……それがどうした?」
怪訝に視線を寄越した『旦那はん』にたてはは本日最高の不機嫌面を見せている。
「撤回します。反対です。逃して下さい」
「……は?」
「うちと小雪はんで逃がすに二票。旦那はんは殺すで一票。時雨はんが棄権。つまり多数決は逆転です」
「……」
「……………」
「……主はあれほど殺したがっておったではないか」
「……」
「それを何を今更。本気か? たては」
「その『何故じゃ』みたいな顔が最高に旦那はんで史上最高に腹が立つんやけど」
「その、何ていうか」
たてはを苛立たせる程に『頑張った』花丸が苦笑した。
言わんとする所は分かる。恐らく梅泉以外の全員が理解している。
雪之丞が苦笑し、時雨は顔を抑えている。彼女はすずなが助かった事に安堵の顔を浮かべているのを隠しているのかも知れないが。
「……お姉さん――たてはさんも苦労するよね」
兎に角、血溜まりの中、あの男だけがとんと理解していない。
「さっき戦った女がうちに同情せんといて。ホントにやめて。
アンタ達、ええから早くその女回収して――一秒でも早くこっから消えて!
あんまり遅いとうち、もう世界が滅ぶまで暴れてしまいそうです!」
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
リプレイでは多分十年弱ぶり位に時系列ひっくり返しという大技を交えてまして。
ボリューム的にも超豪華リプレイでお送りします。
内容柄NPCの出番多いですがリプレイ自体も1・5倍近いのでPCの出番はむしろ増えてるかと思います。
実はサンディさんのアプローチがとても良かったです。
EXプレイングで援軍呼んで(良さそうなら)いい感じという横紙破りが実は解法の一つだったのです。
梅泉が頑張られすぎてちょっと気が立ってしまい。
時雨もすずなさんの健闘を見て可愛い妹から一人前と認識を改めた結果危なくなったり、中々綾のある話でした。
当然失敗ですが頑張ったと思います。
名声はプラスでつけときます。アダマンタイトは梅泉がいらねーから押し付けました。
MVPはどう考えても最悪に危険かつ面倒くせえ役回りを一人で頑張った花丸ちゃんで。
彼女が早くたてはを漏らしたらグダグダだったに違いないです。故にはなまる。
シナリオお疲れ様でした。
……これで殺されたら一生残るからそりゃ乙女心はやだよなあ。
GMコメント
YAMIDEITEIです。
勇者総選挙を頑張るあなたの為にプレゼントしますね。
以下、シナリオ詳細。
●依頼達成条件
・梅泉、たては、時雨、雪之丞の撃破ないしは撃退
●森
戦場は森のロケーションです。
足場はあまり良くなくそれなりに遮蔽物も存在します。
恐らくは『平地では勝負にならない為』選ばれたものと思われます。
●死牡丹梅泉
サリューの食客。人斬り。
『サリューの王』ことクリスチアンの命を受け勇者総選挙を面白くしにきました。
クリスチアンはアーベントロート派である為、フィッツバルディ派に与するトップ層が死ねばチャラの公算を見ています。
生きてるなら神でも仏でも斬ると豪語するフリークス。
超攻撃力と爆発力を持ち合わせます。
また追い込まれる程強くなります。時間が経つ程強くなります。
弱点は何もない所で転ぶ時があることです。
●紫乃宮たては
サリューの食客。はんなり京風人斬り。
梅泉の元婚約者で居合使い。
至近距離の初手で彼女の先を取る事は絶対に不可能です。
弱点はちょっぴりドジッ娘なこと。
●伊東時雨
すずなさんの姉弟子で『蛇剣』の使い手。
攻撃範囲が広く、極めて邪道です。
殺傷力も高く、魔眼と化した左目を開放する事で動きが数段上がります。
(居る場合)すずなをちょっぴり気にします。
●刃桐雪之丞
サリューの食客。梅泉の弟弟子で彼を若と呼ぶ人斬り。
冷静な性格で敵の動きを縫い止めるタイプです。
また極めて防御が固くミスをしません。
弱点は全くありません。
●メタ的に重要なお話
腕利きのイレギュラーズ十人で挑む依頼ですが現実的な方法で勝つのは極めて困難です。
本依頼の実質的な成功は『誰も死なないで失敗すること』です。(リソースはそれでもHard相当となります)
ありとあらゆる手段をもってこの難局より生存を目指し、可能な限りで一矢を報いて下さい。
そうする事で道や可能性が拓け違う結末に変わる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ブレイブメダリオン
このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
このメダルはPC間で譲渡可能です。
どうしようもないと思いますが、兎に角全力で頑張って下さい。
以上、宜しくお願いいたします。
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