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シナリオ詳細

<ヴァーリの裁決>忘れ難きアウィナイト

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●藍方石
 見惚れた色が、あったのです。
 焦がれた光が、あったのです。
 けれどあの色と光を、どこで見たのかわからないのです。

 鮮やかな青のよすがを辿り、巨鳥は澄み渡る空を離れた。
 果てなき自由を謳歌するよりも、森の色に沈む方が良かった。
 水を内包した木々では、葉末にまで伝う生命力がある。その生命力が『藍方の森』に豊かさをもたらし、恩恵に与った生き物たちは今日を生きていた。そんな青めいた針葉樹の森へ巨鳥は滑空し、枝も花も、止まっていた鳥や虫さえ構わず切り裂いていく。
 舞い降りた場で辺りを見回せば、深い青がさわさわと揺れる森の中。身を低くし、または伸ばし、翼を広げては森の輝きを自らへ塗りたくろうとする。清らかな空気の中に在れば、我が身も青く眩しく染まるだろうかと。そう思うだけなら静穏を破らずに済んだというのに、かの鳥は木々も草花も構わず薙ぎ倒し、森に住まう虫獣への遠慮もなく、通る箇所を荒らすばかり。
 だから藍の蝶が舞う。森が怯えるのを目にしながら。
 だから瑠璃の声が謡う。森がざわつくのを耳にしながら。
「何をしに来たのかは知りません、けど……」
 口を開いたアイラ・ディアグレイス(p3p006523)の傍らには、ラピス・ディアグレイス(p3p007373)の姿もある。
 ラピスはアイラの言葉に繋げて、魔物へ宣告した。
「これ以上、暴れさせたりはしないよ」
 領民と、そして皆の居場所を守るために夫婦二人で巨鳥の前に立ちはだかった。両名が言葉の刃を向けた相手は、青い鳥――空と海の狭間を染める、溶け合う複数の色を彷彿とさせる体の青。藍方の森にあるものとは違う。天空を知る鳥だからこそ得たもののようだ。自然を破壊さえしなければ、神秘に満ちた鳥と呼べるだろう。
 そんな青い鳥の周りには、藍方の森では見ない枯木の精霊たちがいる。かれらもまた、鳥と同じように森へ身を擦りつけ、茂る葉を奪って着飾ろうとしていく。葉が引きちぎられるたび、枝が折られるたび、森の悲鳴がラピスとアイラに届くような気がした。意識せず眉根を寄せる。二人の後ろで青褪めているラズライト区の騎士たちも、同じように。
「この森を、ボクたちの日常を傷つけるなら、容赦しませんよ!」
 アイラがそう大声を発したところで、青い鳥はぞわりと毛を逆立たせて一鳴きした。
「キュオォ……ン」
 そして再び、森とは違う青ふたつ――ラピスとアイラをじいっと見つめる。

 なんて美しい青と光でしょう。

 放たれるふたつの光彩を前に、巨鳥がぶるりと震えた。
 この森の色ときらきらを欲して暴れた魔物は、尚もいつかの青と輝きを求めて――すべてを壊し続ける。


「おしごと」
 情報屋のイシコ=ロボウ(p3n000130)は淡泊な声音で話し出す。
「バルツァーレク領、ラピスさんとアイラさんの領地……藍方の森を、大きな青い鳥と精霊が襲ってる」
 イシコからの本題は短かった。
 魔物の群れが降臨したのは、藍方の森にあるラズライト区の近く。報せを受けた段階では、まだ生活区たるラズライト区に達していないようだが、恐らく時間の問題だろう。ラズライト区が壊滅される前に、魔物の群れをやっつけてほしい。
「来た理由、分からない。でも『神翼庭園ウィツィロ』から出た魔物。森への被害も、なるべく抑えて」
 巨大な鳥が暴れ続ければ、森も甚大な損害を被る。領民や建物に被害が及ばないのは大前提として、美しく豊かな森もなるべく守ってほしいと、イシコは念を押す。
 異様な群れの襲来に遠目で気付き、領主が急ぎローレットへ伝令を走らせたため、急げば充分間に合うだろう。きっと到着する頃には、騎士たちがアイラやラピスと共に奮闘しているはず。しかし民が一斉に避難しようにも、病院などの施設も多く簡単にはいかない状況で。そのため騎士の殆どは、ラズライト区内で誘導や避難の手伝いに出ていると思われる――だからこそ、イレギュラーズは『生活区内への魔物の進攻を許してはならない』のだ。 
「あと、その魔物、怪王種。アロンゲノム」
 高い戦闘力や知性を有するというアロンゲノム。精霊たちを連れた青い鳥こそが、件の種だ。
 イシコは緩やかに瞬ぎ、イレギュラーズの顔を一人一人辿る。
「どうしてか、森へ一直線にやってきたって、伝令役の人、言ってた。……お願いするね」

GMコメント

 ――あの美しい色と輝きを、忘れられずにいるのです。

●目標
・『藍方の森』から魔物を追い払うor倒す
・ラズライト区内へ、魔物を突破させない

●状況
 舞台は『藍方の森』ラズライト区のすぐ傍。青々と茂る深い森。
 狂暴化した巨鳥が動けば動くほど、木々も植物もなぎ倒されてしまいます。
 戦場からラズライト区まで若干距離はありますが、すぐ到達される範囲です。

※アイラさんとラピスさんがシナリオに参加している場合
 2ターン目までお二人でのみ戦闘、他のイレギュラーズは急げば3ターン目に合流可。
 (友軍の騎士たちは、1ターン目からいます)

●敵
・青い鳥(怪王種)×1体
 翼を広げると幅10メートル。体長も、尾を入れて3メートルぐらいで、低空飛行中。
 その巨体で体当たりされたり、翼で叩かれると吹き飛びやすいです。いずれも自範攻撃。
 他にも、羽の残像を広域に舞い散らせる攻撃で、青い光を欲する狂気に陥らせたりも。
 巨体ゆえに森では小回りが利きづらいようで、攻撃は当てやすい部類でしょう。

・枯木の精霊×10体
 怪王種の影響を受けて狂暴化した、どこかの森の精霊。
 見た目は枯れ木で、背丈も1メートル程度。かれらもまた、青の煌めきを渇望する存在。
 ありもしない青葉の幻想を遠距離単体へぶつけ、恍惚を与えてきます。
 また、周りの木々から葉を奪って、体力の回復もできます。

●怪王種(アロンゲノム)とは
 進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
 生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
 いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。

●NPC(友軍)
 ラズライト区の騎士×10名
 指示によって戦い方は変化します。ここにいない騎士たちは、民の誘導や避難を援助しています。

●ブレイブメダリオン
 このシナリオ成功時参加者全員にブレイブメダリオンが配られます。
 ゴールド、ミスリル、アダマンタイトとメダルごとにランクがあり、
 それぞれゴールド=1p、ミスリル=2p、アダマンタイト=5pとして扱われブレイブメダリオンランキングにて総ポイント数が掲示されます。
 このメダルはPC間で譲渡可能です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 それでは、いってらっしゃいませ!

  • <ヴァーリの裁決>忘れ難きアウィナイト完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年04月02日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ラピス・ディアグレイス(p3p007373)
瑠璃の光
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

リプレイ


 身を森へ擦り付けた巨鳥が、駄々をこねるようにもがく。巻き起こる風の中、『蝶刃』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)は甘く香しい鱗粉を鳥へ飛ばした。夢か幻か、桃源郷を想像させる夢で――巨鳥の現に封をする。
「この先を望むならば、ディアグレイスを越えることです……!」
 アイラや森を包もうと羽ばたいた翼から、泡影纏う『こころのそば』ラピス・ディアグレイス(p3p007373)の双腕が庇った。
「此処から先には行かせないよ」
「キュオ……ァァ」
 彼の宣言も聞いてか、鳥はひたすら物悲しげに鳴く。
 そこでラズライト区の騎士たちが声を張り上げた。
「アイラ様とラピス様をお守りしろ!」
「領主様! 我々も一緒に……」
「皆さんは鳥に近づき過ぎず、枯木の精霊たちの足止めを!」
 ラピスの鶴の一声で、傍へ駆け寄ろうとした騎士たちが停まる。
「囲まれないよう注意を。それと足止めを優先してください」
「ラピス様……」
 的確な指示に騎士たちが息を呑む。領主夫婦の日常を見かけることも珍しくない彼らにとって、最前線で体を張るのを心配するのは当然だろう。その気持ちがわかるからこそ、ラピスも無下にはしない。
「もうすぐ、頼もしい援軍が来てくれますから!」
 瑠璃色の声でた彼の横から、アイラも心を燈す。
「絶対に死なないように。領主命令ですよ!」
「「おおお!!」」
 騎士たちの雄叫びが連なる。掲げられた武器も、勇気も、領主からの言で勢いを増していく。
 ――なんて美しいのでしょう。
 眼前の光景を前に、怪王種たる青い鳥は、総身の毛をこれでもかと逆立たせた。


 蹄鉄は高らかに歌う。
 大地へ痕跡も刻み続けてきた漆黒のラムレイが、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)を目的地へと運んだ。
「司書さん! 無事にご案内できたみたいですね」
 アイラが玉のような声を弾ませると、蝶を頼りに訪れたイーリンがこくりと首肯する。
「素敵な案内蝶だったのよね。さあ、ここからが本番」
 広げた魔書から戦旗を召喚して、イーリンは近未来への微かな予知で神聖なる光を招く。森を這う枯木の一群は反応が遅れ、彼女の展開する閃光に呑まれた。
 その閃光の狭間から、森へ空へと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の声が響く。
「アイラ君、助けにきたよ! 大丈夫!?」
「アレクシアさんっ!」
 ぱぁっとアイラの笑みに明るさが募る。
 そこへ全速力で駆けてきたアレクシアは、勢いを殺さぬまま前線へ飛び込む。
「人も、自然も、これ以上傷つけさせやしないんだから!」
 巡る想いに誘われて、アレクシアが花弁を降らせていく。
 艶やかな赤花は精霊へ動揺を染み込ませ、怒りに支配された個体はふらふらと、明朗たる彼女を追った。
「たくさんの木、引き付けるね!」
「! はい、ありがとうございます!」
 アイラが礼を述べるときも、蹄の音はまだまだ響く。
「済まない、待たせた」
 折れる枝の悲鳴や散りゆく花弁の涙の奥から、軍馬に跨がる『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が姿を現した。狼狽せぬ馬を戦域より遠ざけて、藍方の森を治める主たちへ挨拶を向ける。
「此処からは俺達も力を貸そう。ラズライト区を守る為に」
 ベネディクトの話を耳に入れ、ラピスとアイラが顔を見合わせて微笑む。
 その後ろ、アレクシアに群がる木々へひとつの影が飛び込んだ。
「アレクシアに夢中になりすぎてるよ!」
 頑強なる右腕で手頃な幹をアレクシアから引き剥がし、『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が枯木たちを一蹴する。
「青の煌めきが欲しいなら、もっと周りを見ないと」
 イグナートの指摘に、精霊たちは黙したままだ。
 狂い咲く青を求めて突き進むだけなのだろう。思わずイグナートも肩を竦めて、広がる有様を瞳に映す。
「精霊へこんなに影響を与えるなんて、困った鳥だね」
「本当にね!」
 応じた声音は枯木たちの向こうから届く。
 巨大な鳥を認めて眼を瞠った『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)のものだ。
「これはまた! 巨大な困ったさんだね!」
 片手を庇にして、誇る威容を確かめた彼女は次に、暴れる枝木を止めるため地を蹴った。
「食らいたまえ!」
 地を蹴った傍から足へと伝う、紅の雷。
 眩しさを解き放った彼女は自身を砲弾とし、青葉を薫らす枯木へ渾身の蹴りを入れる。
「蒼雷式電磁投射砲! 雷吠絶華ぁ!!!」
 一声が一蹴となって、精霊を沈黙させた。
「私も手を貸すわ! 森を間も守るためだもの」
 続けて『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の翅が奏でた音が、木漏れ日を受けてきらきらと流れゆく。風光る中で森を散策できたなら、さぞ心地好いことだろう。けれど今オデットの胸中を占めているのは、森を荒らす存在への憤り。
 許せないわ、と呟いた彼女の細腕は、結界を紡ぎ続けた余韻を連れて、枯木の群れへ指先を向ける。
「来て、一緒に罰を与えてほしいの」
 オデットの使役する砂の精が、猛る嵐を生んだ。自身の見知らぬ場所であっても、そこに住まう誰かがいて、そこを愛する誰かがいるのなら――オデットが戦う理由としては充分。だから遠慮は欠片も持たずに戦う彼女の近く。
 ローレットへ舞い込んできた怪王種の目撃例は、ベネディクトの眉根を否応なしに寄せさせていた。
「我が名はベネディクト。この場所を荒らす暇など、これ以上与えん!」
 名乗りをあげ、ベネディクトが取り出したのは、大空のこころとも呼べるハイペリオンの羽。抜け落ちたこころが彼の指につままれ、楽しげに揺れて。
「苦難は乗り切れる。皆で戦っているのだからな」
 理想も剣に掲げ、ベネディクトは一閃を轟かせる。
 怪王種は、彼らの見せる輝きに何故だか苦しげに鳴いた。

 ――ああ。見惚れたあの色は。焦がれた光は、もしかしたら。


 渦巻く青葉は、群生する花を切り裂こうとした。だが小さいながらにオデットが、葉の嵐を一手に受けて。
「っ、森を傷つけるなんて……許さないわよ」
 そして編み上げた術式の四重奏で、枯木に衝撃と苦痛を与える。
(これは張り切らないわけにはいかないわよね!)
 そう意を決しながらオデットが一瞥した先、アイラは枯木へ問いかけていた。
「木々が欲しいの? それとも、命が? こたえてください、どうか」
 意志の疎通を図るも、かれらは生命力溢れる青に飢えるばかり。それでも彼女は光を祈り、蝶を喚ぶ。
「この森で暮らしてみませんか?」
 呼びかけと一緒に光の粉が辺りを彩った。枯れた精霊たちへ、森にさんざめく光という名の潤いをもたらす。
 一方、蒼穹を追うアレクシアへと、褪せた木々が追い縋る。四囲の枯木たちから色を乞われ、彼女は魔力で赤を編んだ。かれらの欲する青でなくとも、赤花が寂しい枝で咲けば、やがて風光と化した。
 怒り治まらぬ枯木がアレクシアを狙う間も、花が誇った身に見入る精霊もいて。
 もしかして、とアレクシアは喉で痞えていた衝動を言葉へ換える。
「あなたたちも、元はどこかの森の精霊なんだよね!?」
 樹木の溝へひびが入った。乾燥や虫に喰われてのものではない。
 アレクシアが枯木に咲かせていった花で、かれらは――。
「自然を傷つけるなんて、そんなの本意じゃないはずだよ! なら、なら……ッ」
 意思の端々をかき集めて揺蕩う精霊へ、彼女は張り裂けんばかりに訴える。
「これ以上、その手を汚さないで!」
 パリパリと音を立てて、枯れた精霊たちの表皮が崩れ出す。
 細かな破片となって散らばる様は、まるでかれらの涙のようだと、アレクシアは――イレギュラーズは思った。
 その後方で、アレクシアに惹かれなかった枯木へイーリンが突撃する。
(枝の一本踏み折ればなんとやら……)
 握りしめた得物へ、血の一滴に至るまで研ぎ澄ませたイーリンの魔力が注がれていく。
 やがてめいっぱいの想いと共に、イーリンが色褪せた木へ刃を入れた。深々と刺さった果薙は使い手たる彼女以外が見ると眩しく、そして引き抜いた拍子には木々から燐光が舞った。はらはらと花びらのように、混じり気のない紫が。
 ――さあ、根切といきましょうか。
 戦の最中でもイーリンは静思する。そして何より。
「神がそれを望まれる」
 瞬きひとつせず、彼女は赤き双眸へ枯木の散り際を映し続けた。
 そこで、四辺の木々をちらりと視認したマリアの姿形が、蒼雷形態へ移行する。
(一体、今何が起こっているんだ?)
 瞬く間の出来事でありながら、彼女自身も彼女の思考もフルスロットル。 加速が蒼い残光をより強く枯木へ刻み、悪意を消し飛ばす一方、マリアは現状を危ぶむ。頻発する領地への侵攻。いつもとは違う魔物たちの襲来。そして怪王種――マリアとしても放っておけない。また怪王種かと、苦々しさが奥歯を鳴らす。
 マリアの一撃が戦線で瞬く中、ラピスは変わらずアイラの傍にいた。騎士たちの心身を歌で支えつつ、巨大な青へ意識を伸ばす。
(もしかしたら、きみは……)
 青く鳴いてばかりの鳥を仰ぎ見た。どこか寂しげな、空虚にも思える生命を。
(彼女と出会えなかった僕なのかも知れない)
 曇りなき瞳に影が射す。ふと差し出しかけた指先はしかし、伴侶の腕に止められた。我に返ったラピスが振り向けば、アイラはこくりと頷く。だからそっと目許を緩め、ラピスは前を見据える。
 直後、繋いだ手と志を糧に、アイラのうねる雷蛇が青を散らした。
 連ねて、ベネディクトが冴えた月のごとき蒼銀の腕で揮うは、越えようとする意思と決意。溢れんばかりの膂力で切り裂いたものだから、踊り狂う穂先に圧倒され続けた鳥が彼を凝視する。表情なき貌を前にしても、ベネディクトは俯かない。
「お前は――何だ?」
 幾星霜の時間を紡いだ槍越しに、彼は巨鳥と睨み合う。
 堂々と立つ彼の眼光に、青き鳥は溜息と近い音を零した。
 ――ここには、美しいものがたくさんあるのですね。
 恍惚の音が鳥から落ちるのを感じながらも、イーリンは枝を落とし、切り込むのを繰り返して枯木たちの声なき声を知る。樹を模った精霊たちの狂騒が、彼女の戦旗を揺らす。幾度も捌くが、水は流れない。悲鳴も零れない。
 枯木はただ青を願い、光を求める歪んだ存在と化していて。それがあまりにも。
(心じみているのよね。憧れまで持って。……本質は樹のはずなのに)
 ゆえにイーリンは腕を止めない。木々のことを、知識として持ち帰るために。
 そして不屈の花が開き、アレクシアの力となる。姿なき青葉に止まず苛まれても彼女は抗い続けた。残り僅かとなった枯木が、そんな彼女に焦がれ、迫る。自分へ集っている数をしかと見届けたアレクシアが、渇いた喉でこう叫ぶ。
「今だよ!」
 アレクシアの声が通った途端、大地を踏み締めたマリアの足から紅雷が放電された。華が裂ける。形成したフィールドで一手先を読んだマリアが、その拳で枯れた枝を叩き、連ねて別の精霊を打ちのめし、大人しくさせる。
 残った精霊による青葉の幻想が、一度はイグナートを取り込むも、彼を培ってきた気質までは拭い去れない。だからイグナートは一歩踏み込み、宿った力強さで光も色も失せた枯木の群れへ、終焉の色を刻み込む。切なく蠢くばかりの木々へ、心からの乱撃を。
 湿った土を枝先で掻くだけとなったかれらを追撃はせず、イグナートは堂々と腕を掲げる。
「こっちは弱ったよ!」
 それを合図に、お願い、と祈りを大自然へ寄せたオデットが、何度目かになる瑞光を喚ぶ。
「森に住まう精霊達よ、この美しき森を守るために、力を貸して……!」
 項垂れた枯木の精へと、己が知る光を捧げた。閃光に目が眩もうと出し惜しみはしない。友へ手招くような温かさで、狂い咲く脅威を退ける。幹の内側で巡る命を慈しむように。本来の性質を尊ぶように。
「正気に戻った? なら、あるべき場所へお帰り」
 静けさを取り戻した枯木は、さわさわ揺れるのみ。だからオデットは言葉を繋げる。
「願いがあるなら言ってごらんなさい?」
 ちらりとアイラへ目線を投げれば、倣ったように枯木たちも方向転換した。
「彼女は……あの人たちは、聞いてくれるみたいだから」
 更なる呼びかけによって、森を賑わず枯木も漸う鎮まった。
 それを知ったベネディクトが、喉を開く。
「残るは青き鳥のみ! ここが正念場だ!」
 鼓舞の声を挙げながら、剣握る手や地を踏む足に力を篭め直した彼は、青き巨壁を見上げた。


 翳したアレクシアの手から光が湧き、やがて白黄の花となって仲間を、騎士たちを次々と癒していく。
「はい、どうぞ! みんなで生き残ろうね!」
 調和をもたらす花を渡せば、感謝致します、と真面目な礼が騎士から返る。その短いやりとりだけで、彼らの人柄や日常が垣間見えて、アレクシアはふくりと頬をもたげる。
(みんな、やる気がすごい。領主のアイラ君たちの行動の賜物なんだ、きっと)
 感心を瞳に宿しながら彼女が戦場を見渡すと、吹き抜ける風はまだ、戦いの気に煽られて鋭い。
 けれど景色は、多少崩れはしても美しいままだ。
 オデットやベネディクトの張った結界によって、イレギュラーズの手足で藍方の森が乱れることはなかった。だが敵は別だ。自由と凶暴を謳歌する怪王種らは、森が織り成す色と煌めきへ心身をうずめ、得ようとする夢を未だ手放していなかった。
 だからイーリンも紫苑に染まる。紅玉を二粒持ち合わせ、残る色彩を紫へ託すと、揺らめく髪から燐が舞う。足跡ですらイーリンの生きた軌跡を深く刻んで――軽やかに敵を崩す様は、流星にも似ていた。
「分かるわ。……私だって、キラキラしたものは」
 ふと見回せば、森を染め上げている青に胸が澄む。爽やかな空気に、森ならではの湿り気と緑のにおいが混ざって美しい。葉を滑り台にして遊ぶ雫の瑞々しさも、イーリンのまなこへ休まず飛び込んで来る。どこもかしこも、キラキラでいっぱいだ。ここで戦い続ける、仲間たちの姿だって。
 血みどろの自分からは、縁遠い。
 手の平へ視線を落としたものの、イーリンはすぐに顔を上げる。
「自分に無いから、奪うんでしょう、貴方も」
 どくどくと脈打つ血も時間も、少女を後押しした。翼にはたかれようと、彼女は止まらない。
 そこで指揮杖を踊らせたのはラピスだ。彼は号令により、力を湧き起こさせていく。
「この地は、僕と彼女が紡ぎ上げた安息の場所だ」
 そして集いし民もまた、かれらが築いていく領地で脅威に晒されることなく、日常を謳歌していた。どんな悪天候が襲おうとも、異変に苛まれようとも、定まった住み処を得た人々は領主二人の庇護の下、笑顔を絶やさない。そんな美しき輝きが零れる居住区画を前に皆で立ちはだかれば、青い鳥も唸らずにいられなかった。
 ――どうして、ここに在る誰もが、こんなに美しいのかと。
 怪王種の想念をよそに、強敵を眼前にした興奮からイグナートが吐息で笑う。
「シアワセは運んできてくれそうにないね、この青い鳥は」
 さめざめとした調子ながら、彼の双眸は闘志に滾っていた。
 仕掛ける前触れを見せた彼から遠く、オデットは森から縁の遠い熱砂を巻き起こして、その色で青を囲い込んだ。
 そして砂嵐に阻まれた鳥へと、イグナートが向かう。
「我が拳はイカズチの咆哮! 砕けて花と散れ!」
 まもなく彼の片腕は、ベネディクトを狙い澄ましていた巨鳥へ刺激を、ひりつく痺れを施す。
 凄まじい衝撃が地や空気を伝い、イグナートの一撃を受けた青がちらつく。
「最期をハデに飾る手伝いくらい、させてもらわないとね!」
「その通り!」
 応じたマリアが、深紅の外套を靡かせて疾駆する。己が幻影を生み出して走る彼女の様相は、鮮烈なる赤。藍の世界で、その色の軌跡を描いた彼女はまるで迅雷――刃という名の挨拶を交わす。やあ、と手短に。相見えた青へ。
 不敵とも捉えられるマリアの面差しは、怪王種に一驚を与えた。
「驚いたかい? 大空の覇者に挑戦を申し込みに来たのさ! はぁァッ!!」
 小躯から繰り出されたとは思えぬ痛烈な拳が、雄大な翼を折る。紅雷が小気味よく弾け、森を壊そうとした巨大な鳥はとうとう横たわった。倒れた際の盛大な震動を最後に、忙しい羽ばたきも響き渡っていた鳴き声も失せる。
 ふう、と一息で空気を切り替えたマリアが、お疲れ様、とそこで仲間たちへ労いを寄せた。
「なんとかなったね! ……あ、とらぁ君!」
「とらぁ!」
 艶めくもふもふで、領民の子らがパニックに陥らないよう寄り添っていた白虎が、マリアの元へ帰ってきた。
「とらぁ君もお疲れ様! 騎士の人たちにも、ほら」
 戦いに疲れて癒しを求めていたであろう騎士たちへ、マリアはとらぁ君を勧め出す。
 一戦を終えて緊張が緩みかけた頃合いに、ベネディクトも騎士たちへ礼を示した。
「流石はラズライトを預かる騎士の者たちだな」
 騎士然としたベネディクトの言で、達成感に浮き立っていた騎士が一様に姿勢を正す。
「共に戦う事が出来て光栄だ、何時か機会があれば話しをさせて貰えると嬉しい」
「こちらこそ、皆様と戦陣を駆けることが叶い、誇りに思います!」
 イレギュラーズとの共闘を今更ながら喜ぶ彼らの姿は、ベネディクトの眦を微かに和らげた。
 後ろではオデットが、手の平で風に触れつつ、森へ語りかける。
「もう終わったわ。怖い思いをさせてしまって、ごめんね」
 陽光を友とする彼女は、その輝きや温もりを森の精へおすそ分けしていく。
(願わくば、この森がもう一度……元の輝きを取り戻しますように)
 オデットは折り畳んだ指先から、祈りを滴らせる。
 すると、蘇る兆しを醸し出す森を眺めていたイグナートが、ふうんと唸って。
「鳥を倒したから、正気に戻ったのかな?」
 彼の眼に映っていたのは、殺さずの術で生き延びた一部の枯木たちだ。青い鳥がぐったりとして以降、かれらから悪意や狂化の気配は感じない。
「元々がどんな由来のソンザイなのか、気になるところだけれどね」
「一通り記録はしてあるわ。類似した事象が発生した際に、きっと役立つから」
 本を片手にイーリンが告げる。
 何も起きないのが一番だが、運命の残酷さも知るイレギュラーズにとって、予感は捨てきれない。
 こうして戦後のひとときに浸る仲間たちの眼差しは、いつしか領主二人へ集い始めた。
 アイラは穢れなきリボンを髪から解き、あげる、と氷の祝福と共に鳥へ括る。
 並んでいたラピスが胸元を緩め、青の鳥へ瑠璃を晒した。
「いつか、きみが新たな生で目覚めたなら……今度はきっと、隣人になれるよ」
 名から連想する宝石に似た豊かな表情で言いながら、ラピスは心の臓とも呼べる瑠璃から零れた破片ひとつ、手土産に捧げた。
「お名前、教えてもらっても……いいですか?」
 続けてアイラが尋ねると、名前など持たぬと告げるかのように鳥が俯く。
 それならとアイラは真っ直ぐな名を結わえた。かの者の存在を、証明するために。
「ブルー……おやすみなさい。夢で逢おうね」
 青い鳥はそんな彼女と、あらゆる色彩と輝きを見せた若者たちをじいっと見つめた後、ゆったり瞼を閉ざす。
 そして無数の色に見送られ、藍方の森で青く青く溶けて消えていった。

成否

成功

MVP

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。すべての色を、光を、守っていただきありがとうございます。
 きっと、死した青い鳥は夢に見ることでしょう。
 皆様が戦場で見せた、美しい姿を。ひとつひとつ。

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