シナリオ詳細
<マナガルム戦記>Non omnis moriar
オープニング
●Necessitas non habet legem.
許せない、どうしてその様なことが罷り通るのですか――
少女の髪は花の蜜が陽の光を浴びたように美しく甘やかな彩りを帯びていた。神に愛されたと称され父に溺愛された娘は苛立ちを滲ませ、その花色の眸を剥いた。
「減刑など。わたくしも、あの『遊戯』に参加しておりましたのに。どうして、わたくしも父の元に送ってくれなかったのですか!」
彼女の名はシーラ。ある貴族令嬢だ。
彼女の父は『悪趣味な遊戯』の主犯として捕縛され、処刑されることとなった。
ブラックマーケットで父が手に入れた魔法道具『Non omnis moriar』は人間の命を天秤に掛け悪戯に殺し合う様子を眺めていられるだけの単純な道具であった。人間の浅ましさと、獣の如き動きを見せた玩具の様子にシーラは興奮を憶えたものだ。
それを悪趣味と言ってくれる勿れ。
そもそも、彼女と『その他の人々』は境遇が違うと考えていたのだから――
「そもそも、あの者達が悪いのでしょう? 貴族の遊戯を告発し父に死を齎すなど。
わたくしは見て居ました。あの者達が何と名乗ったのかも……『黒狼隊』……ドゥネーブ領の領主代行とその仲間なのでしょう。
ただの『代行風情』がわたくしたちの遊戯を告発し、父を極刑に架したのですもの」
シーラは爪を噛んだ。整えられた桃貝の如き指先に悪戯な罅が入る。歯軋りと共に「ぎい」と唸った娘はドレスの裾が汚れることも厭わずに言った。
「あの者達がわたくし達を陥れたのです。殺しましょう。罪には罰を。
たかが、イレギュラーズ風情がわたくし達に楯突くことこそ間違いなのですから」
●Non omnis moriar.
「モンスター退治の依頼か……」
悩ましげな声を漏らしたベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)の傍らで「行って参りましょうか」とティーポットを手にしたリュティス・ベルンシュタイン (p3p007926)は問い掛ける。主人の悩みを解決するのも従者の役目だと色の変わらぬかんばせに彼の求める言葉を探るような声音を乗せてリュティスはまじまじとその手元を見遣った。
「いや、リュティスは皆と一緒に待機をお願いしてもいいだろうか?
これはそうだな……誠吾の実戦訓練を兼ねて行ってこようと思う。いいか?」
「……分かった」
何処か緊張したように秋月 誠吾 (p3p007127)は硬い声音でそう返答する。人を殺したばかりの頃は悍ましさに呻いたものだが、戦わねばならないと認識した以上は戦場に出ることを怖れてばかりは居られない。
「それでは、行ってらっしゃいませ――」
共に、とベネディクトと誠吾が訪れた現場にはモンスターの姿は見られなかった。依頼人の名も聞き覚えが無いもので、間違いだったのだろうかと周囲を見回せば、いくつかの足音が聞こえる。
「誠吾、動かないように」
身を寄せ合い、周辺を警戒するベネディクトはそっと使い魔たる小さな子犬を屋敷へと走らせる。誠吾は背をぴんと伸ばした儘、見えた姿に目を見開いた。
あの、甘い蜜色。ドレスの娘は――『裁判』の際に減刑を申しつけられた娘では無かったか。
――どうして! あの者達は貴族の遊戯を愚弄しております!
『あの悪趣味な遊戯』を是とし、父の減刑を申し入れた彼女は結果的には父が極刑に架され賠償金を支払うことで当人が罪を被ることは無かったと聞いた。
(……貴族の『遊戯』を邪魔したことを恨んでいるのか……)
それが間違いで有るとは思わなかった。だが、彼女にとっては『只のイレギュラーズ風情』による下らぬ告発だったのだろう。
「……囲まれた、か」
ベネディクトのその言葉に誠吾の背にはぞう、と寒気が走った。女の唇が発した「殺しなさい」の文字がどれ程に恐ろしいか。
●『罠』
「ポメ太郎、どうかしたのです?」と抱き上げたソフィリア・ラングレイ (p3p007527)は小さな子犬が何かを咥えていることに気付く。
「……! た、大変なのです!」
――それは、仕事に出掛けたベネディクトと誠吾が『罠』へと堕ちたという情報だった。
- <マナガルム戦記>Non omnis moriar完了
- GM名日下部あやめ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年02月26日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「やるじゃねえかポメ太郎。お前さんも立派に黒狼隊の一員だな」
ふわふわとした毛を乱雑に撫でたのは『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)であった。歯を見せて笑った彼の傍らでは僅かに表情を硬くした『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が立っている。
「ポメ太郎、ありがとうございますね。立派な黒き狼さん、ですがここから先は私たちの出番です」
優しくポメ太郎の原を擽った『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)。普段ならば「もっと撫でますか!」と喜ぶ小さな犬は今日という日はキリッとした表情で黒狼隊の『仲間達』を見て居た。
ポメ太郎が咥えて来たのは二人で任務に出た『Mors certa』秋月 誠吾(p3p007127)と『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が窮地に陥っているという情報であった。
「……偽の依頼……成程、そういう手で。しかもそちらに行きましたか。
……少人数だけを上手く誘き出そうとは、存外考えるものですね」
報復が為に、敢て少数を罠にかけるとは、と『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は呟いた。
寡聞にしてこの様なときは拠点を狙うものではあるが――着実に、というなら少数を敢て狙うという事か。
戦場へ向かう準備を蒼穹に整える。ルカとリンディスに褒められてまんざらでは無いポメ太郎の頭を撫で労り「よく頑張りました。でも、もう少しだけお願いしますね」と『次』の任務を与えてやる。
「た、大変なのです! 誠吾さんが危ないのです!
この前の出来事から、少しずつ立ち直っていた誠吾さん……多分、今とっても不安な気持ちになってると思うのです。すぐに助けに行かないと、なのですよ!」
慌てた様子の『地上に虹をかけて』ソフィリア・ラングレイ(p3p007527)は不安げに紅色の瞳を揺らがせる。沫雪の翼で今すぐ彼の元へと飛んで行ってしまいたい衝動に駆られるが場所が分からなくては飛び出すことも出来ないか。
「ふははは、ゆくぞポメよ! 黒狼救援隊の結成じゃ!! あ、道案内は頼むぞ。出来るかのう?
大体の位置は分かるが、お主の案内があればより確実じゃからのう」
頼りにしておると炎の色を細めて微笑んだ『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)にお任せあれというようにポメ太郎は胸を張った。
行くぞ、とルカがかけた号令にリュティスは頷いた。不安が首を擡げる。暗雲立ち込めるこの自体に『ご主人様に着いていけば、このような』と従者が考えたのは仕方が無い事であろう。
だが、起こってしまったからには今は無事を願うことしか出来なくて――
「御主人様、誠吾さん。今暫くお待ち下さい。
すぐに駆けつけますので、どうかご無事で……」
●
――『元の世界では、犯罪者の家族は処罰対象外』
誠吾にとっては当たり前の事であった。犯罪者の家族出会ったばかりに理不尽に糾弾される者達が居る事を知っている。
人を殺した者に『人殺しの家族』とレッテルを貼り、揃いも揃ってゴシップの種とする。声を殺して泣く者達を『犯罪者の家族だから』と言う理由だけで嘲笑の的にする者達が居る。誠吾にとってそれは不愉快な事象だった。
故に、彼と彼の仲間が敢て進言して下した判断は主犯格の極刑だけである。参加者は軽い罪に囚われようとも減刑を申し出た。
それが裏目に出たのか。この世界では彼は判断を誤ったと悟った。故に、ベネディクトを危険に晒し自身も命の綱渡りを強いられているのだ。
「……俺を殺してお前等の溜飲が下がろうが、犯した罪は消えないし、汚名は雪げない。死人も戻らない。分かっているだろうに……」
「誰に口を利いていらっしゃるの? たかだか異界より召喚された程度で英雄ぶって厚かましい限りですわ」
その女は淡い蜜色の髪を綺麗に束ねていた。まるで今から剣術の発表会でもするかの様な出で立ちだ。彼女を見てベネディクトは今回極刑になった貴族の娘であり、遊戯に参加していたシーラと呼ばれた令嬢で在る事に気付いた。
「……貴殿はシーラ嬢で間違いないか?」
「いかにも。私はシーラ、シーラ・ジョルジット・エレラリラですわ。貴方方が極刑にと進言したエレラリラ家の娘ですの」
堂々と名乗るその姿は貴族然としている。こうしてこの場に立っているのも全ては誠吾が下した判断と、それを許可したベネディクトのお陰であろうとも彼女は其れに納得することはないだろう。
「……判断を、違えただろうか」
「いいや。──甘いと言われても仕方がない事なのかも知れん。
だが、可能性を信じ、己に報復が返って来る事を是として道を行かねば訪れん未来もある……先の事など、誰にも解らんのだ」
背にとん、と誠吾の肩がぶつかった事に気付いた。ベネディクトは彼を伺う。まだ、自身の掌が人の首を絞めた事から立ち直ったばかりだ。
戦場に立ち、多くの命を屠ってきた騎士たる自身との境遇の差は彼に『怯むな』などとは言えなかった。むしろ、彼が戦わずとも済む様にと願ってきたと言うのに。
「……誠吾、今は考えすぎるな――この場を切り抜けるぞ」
彼が戦えぬならば、守り抜く。蒼銀の色彩を宿した腕は希望を掌に納めるために確かに槍を握りしめた。
「……『今は』俺がその背を守ります。逃げるものか」
それが彼の決意であった。決意を灯した栗色。淡い蒼にも光の加減で見えた栗色は霞硝子で霞んで見えた世界をよりクリアにして見せた。
「仇を討ちたいなら来いよ。……アンタを斬るのに躊躇はしない」
絶望より拾い上げられたという軍刀を握る指先が僅かの震えた。盾の構えも不格好であっただろうか。これが後始末だというならば、護られてばかりでは居られない――彼女を殺す役目は自分にあると気負う誠吾にベネディクトは囁いた。「行くぞ」と。たったの三文字で、彼の気配が変わる。
ああ、戦場とは斯様な所か。
「……残念だ、どうやら我々にとっては望ましくない未来をそちらは所望と見える──来い、貴様らの攻撃の悉くを凌駕し、叩き落そう」
名乗る。その名を。黒狼隊の、誠吾の仲間としての名を。意識の端で、走り抜けていった飼い犬のことを考えた。ポメ太郎は今頃誰かに接触しただろうか。
屋敷に居る誰かにはせめて出会っていてくれれば嬉しいが――ああ、もし、それが叶わなくとも。いざとなれば、自身の命を賭してでも誠吾を逃さねばならない。女は苛立ちさえ感じさせぬ質の良い攻撃を繰り返した。敵ながら良い連携だとベネディクトは黒狼の外套を揺らし、矜持と信念を纏いながら――見て居た。
ひた走る――大方の場所が予測着いているというのはベネディクトが行動前に此度の依頼についての情報を残していたからだ。シルフィードの様に低い空を躍ったリースリットは緋色の炎を宿した魔晶を握りしめる。
(この辺りでしょうか。戦の音がする……)
戦闘音へと耳を欹てて、黒犬のレプリカを握りしめたルカは空いた拳を強く固めた。敵を殴るためにある其れは仲間の窮地を救うが為に力を込めて硬くなる。包囲網が完成して居るであろうその場所に飛び込まなくてはならない。
ソフィリアは迷うことはなかった。「誠吾さんはあっちなのです」と指を指す彼女にリュティスは頷いた。能力の感知と、そして植物たちから得られた情報を。魔力で矢を形作ったメイドは大仰にエプロンドレスを揺らす。
「近いですよ」
急がねばならない。駆け足になるリュティスから滲んだ焦りをリンディスは感じ取る。遮蔽物が多いその場所であろうとも、気には止めず、リンディスは「行きましょう」と統率する。
「OKじゃ。さて、ポメよ。ここまでじゃよ。後でご褒美のおやつを上げるからのー、しっかりと隠れておくのじゃぞ」
微笑んだアカツキは目を凝らす。敵勢対象の中では誠吾が先んじて相手取っていたシーラと、彼女の傍で立ち回る騎士が脅威となろうか。
脚に力を込めた。頷きリンディスの合図を受けてリュティスが一目散に飛び込んでゆく。
「ご主人様――お待たせ致しました」
地を蹴れば土埃が立つ。エプロンドレスを汚すことは無きように、ふわりととんだ乙女は誠吾へと清き治癒魔術を放つ。何者だ、と声がする。まるで不届き者が現われたとでも言うかのような声音で。
「――どきなさい! 私の邪魔をするのであればただでは済ませませんよ」
鋭く凍て付く声音を発したリュティス。続くソフィリアはベネディクトを励ますように声を上げ、書巻へとペンを走らせたリンディスが穏やかに続く。
「誠吾さん、ベネディクトさん。お待たせしました、大丈夫ですか?」
「せーご、べー君、二人とも無事かのう?」
赫々たるは空中に打ち出された光であった。それは深林へと降注ぐほの昏い焔を思わせる。髪を波打たせ、朱の刻印に魔力を乗せたアカツキは小さく笑みを浮かべた。突如として陣を乱された敵影が混乱している事に気付く。『吹き飛ばされた』者が地へとへたり込み、予想だにしなかった攻撃に目を白黒させている光景が如何にもシュールである。
「よぉ、待たせたな。喧嘩売るなら相手をよく見てからにするんだったなぁ!」
悪役のように唇を吊り上げたルカに誠吾は間に合ったのだと胸を撫で下ろした。ベネディクトは余裕を浮かべ笑みを零す。
「……誠吾さんの事件の時に見たような方々。敵討ち……というところでしょうか。何故そこまで……」
「まあ! ただの『代行風情』がわたくしたちの遊戯を告発し、父を極刑に架した事が『何故』と仰いますの? 可笑しな事を」
鼻で笑ったシーラの前にゆっくりと歩み出たのはリースリット。否、ファーレル家の令嬢だ。
「彼らを狙うとは逆恨みも甚だしい。証拠を集めミュゼーヌさんの御実家に働きかけ貴方方を叩き潰すべく尽力したのは『私』リースリット・エウリア・ファーレルなのですから」
ミュゼーヌ――それはシーラの家紋よりも更に位が上の淑女である。そして、ファーレル家も然りだ。
貴族の特権を履き違えた者を幻想貴族として許しては置けない。リンディスはリースリットの横顔を盗み見てから息を飲んだ。特別な立場だからと甘んじて、人間を軽んじたツケがシーラには訪れたのだろう。
●
「どうやら間に合ったらしい。俺の仲間は精鋭揃いだ、これまでと同じ様な余裕がそちらに在るとは思わん事だ」
唇に笑みを浮かべたベネディクトにルカは小さく頷いた。心配そうに伺い見るソフィリアに誠吾はぎこちない笑みを浮かべる。
「ご主人様」
「ああ、俺は良い。誠吾の無事を確実にしてやってくれ」
小さく頷いたリュティスの援護を誠吾は断った。アカツキが叢に身を隠すポメ太郎の傍はどうかと問うたが誠吾は首を振る。
「倒れるまでは戦わせてくれ。下げられ守られてしまっては、この先皆と一緒にいる資格がない」
「……誠吾さん」
リンディスは誠吾へと向き直った。前線で戦うベネディクトとルカ、アカツキを支援するソフィリアは飛び込む魔力の一撃にさえ構うことは無い。
「誠吾さん、いいですか? 一つだけ勘違いはしないでください。
私たちは生死を賭けて戦います。……ですが、"死んでも、力尽きても"――そんな甘えた考えは最後の最後、可能性すら捻じ曲げる程の願いが出来るまでは捨ててください」
突き抜けて生死を賭ける事そのものに酷く酩酊する者も居る。それは今の誠吾には必要ない。その覚悟を持ってはいけない者も存在するのだ。
自身の力を、自身の在り方を見極めて進まねばならない。リンディスは黒狼隊の誰もにその様な思いを抱いていた。共に戦うなら、道を違えないで欲しい、と。
「――大丈夫。誠吾さんの綴っていく物語、途絶えさせはしませんから」
微笑むリンディスに「リンちゃんは良い事を言うのぅ」と声音を跳ねさせたアカツキは数多の雷を降注がせる。
「私を愚弄するというのですか!?」
「炎の前には皆平等じゃ、燃やせば身分が高いも低いもないぞ!」
シーラの言葉をつんけんどんと突っぱねたアカツキにリュティスは目を細め熱砂の嵐を魔力を伴い生み出した。それは彼女の苛立ちを思わすように苛烈そのものに。
「残虐な遊びを行っていたにも関わらず、逆恨みまでしてくるとは……どこまでも性根が腐っているようですね。
後悔は冥府ですると良いでしょう――案内はこのリュティスにお任せ下さいませ」
スカートを持ち上げて、『ご主人様』の命に従うようにリュティスの魔力が放たれる。怯むなとシーラは怒号を発した。貴族令嬢らしからぬその声音が響き渡る。
「もう一回言うぜ。喧嘩を売るなら相手をよく見てからにするんだなァ!」
「ええ、見て居ますわ! 下賤なる『領主代行』と『只のイレギュラーズ』!」
その言葉に、ルカは眉を潜めた。彼等は傷付こうとも立ち向かってくる。戦士であるからでは無い。何処か可笑しな動きを繰り返すのだ。仮令、腕を吹き飛ばされたとしても彼等は笑っているだろうという気味の悪さを拭いきることは出来ない。
「マナガルム卿の立場はファーレル伯を後見にフィッツバルディ公の承認を受けしもの。
『貴女如き』が代行風情等と侮辱を許されるものではありません。身の程を弁えるべきは貴女です」
リースリットはシーラへと向き直った。ベネディクトという存在を軽く見られたことに怒るリュティスを諫めることもしない。寧ろ、彼女に据えるべきはお灸だ。
「慈悲の手は掃われました。もはや見逃す理はありません。ファーレルの名に賭けて――シーラ嬢と家中の方々、お覚悟を」
「勿論。覚悟をするのは貴方方ですわ!」
突撃してくるシーラの前に誠吾は飛び出した。剣を振るった、その瞬間に腕の筋が悲鳴を上げるがルカがサポートするようにシーラの体を吹き飛ばす。
噎せ返る血の匂いに、シーラより放たれた攻撃に意識が混濁しても誠吾は立ち上がった。
「誠吾さん……!」
不安げなソフィリアとて傷を負っている。彼を支えるルカは可笑しいともう一度呟いた。
「こいつら……正気じゃねえな? あの魔法道具の影響か
中で殺し合うやつをあざ笑うだけじゃなく、そいつを見物するやつまで嘲笑ってたって事か。……ちっ、製作者は筋金入りの畜生だな」
正気で無くとも――やらねばならない。浴びた血が服を汚す。焦げたり切り飛ばされたり、人間だったものが目の前で人間らしからぬ動きをする。それに喉奥から嫌なものが登ってくる感覚を誠吾は絶えた。これが、戦いだと、そう言い聞かせるように。
「せーご、無理はせぬようにのぅ」
「――けど、これは俺の責任だ」
アカツキは目を細めてそうか、とだけ囁いた。痛みを拭うことは出来ないがその傷を癒すことは出来る。リンディスは誠吾へと癒しを送ってから、彼が自身の言葉を理解してくれていることに気付いた。
「ああ、どうして邪魔ばかりを! 楽しいではないですか、下々が苦しみ、人間性を失う様子は! 嗚呼、まるで喜劇のようでしたわ!
最初はどれだけ涙を流して命乞いをしても所詮は獣。相手を殺せば救われると知った途端に掌を返すのです。それを見ている事の何が可笑しくて?
寧ろ感謝して欲しいくらいですわ! 私は! 彼等の死を看取ってあげていたのですから!」
「……本当に残念です、シーラさん。果たして正気だったら……いえ、考えても仕方のない事ですね」
頭を振ったリースリットは溜息を、静かに吐き出した。
叫ぶ、その声は酷く耳障りであった。ベネディクトとルカは『最期は自分に』と言う誠吾にそっと道を譲る。
「――俺が、背負うよ」
この世界が、それを求めているならば。この世界が、俺を呪ったというならば。
「さようなら、シーラ」
●
「ポメ太郎、偉いですね。今日はご馳走を用意してあげますからね」
柔らかに声を掛けたリュティスの傍らでリンディスは「ポメ太郎の物語を綴らねばなりませんね」と微笑んだ。
二人と一匹の傍からベネディクトの背に声を掛けたリースリットは何処か困ったように微笑みを浮かべる。
「ベネディクトさん、後処理はお任せください。……貴方はどうか誠吾さんのお側に」
人を手にかける場面を彼に見せてしまったと悲しげな目をしたソフィリアの肩をぽんと叩いてからルカは「誠吾」とその名を呼ぶ。
「セーゴ、お前は間違ったんじゃねえ。上手くいかなかっただけだ。
お前がお前である事を捨てる必要はねえ。上手くいかなかった時は俺らが力になる」
背を強く叩いたルカは唇を吊り上げ笑った。
「俺らはもう戦友(ダチ)なんだからよ」
誠吾は俯きながらも頷く。
「誠吾」
ベネディクトは固い声で彼を呼んだ。
「武器を握るという事は、飽く迄も選択肢を増やす事しか出来ない。そのどれもを選んでも、望む結果に必ず繋がる訳でも無い。
全てを救う事は出来ん。だが、望めば……救う事も、守る事も出来る事もあるだろう」
彼は優しく、全てを背負い続ける。
「全てを受け入れるにはまだかかりそうだが、もう大丈夫だ」
その言葉が物語る――きっと、自分自身を呪う彼を支えなければならないとベネディクトはそう、思った。
「まあ、二人が無事で何よりじゃよ。妾はそれが一番じゃな!つまりそういうことじゃ!!」
訳知り顔をしたアカツキに「帰りましょうか」とリンディスは微笑んで。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
この度はリクエスト誠に有難う御座いました。
『Mors certa, hora incerta.』で苦しい想いをなさったそこからの成長を、また描かせていただけて光栄です。
とても仲間思いの『黒狼隊』の皆さんに支えられて、考え、苦しみながら進む貴方に幸がありますように。
この度は有難う御座いました。また、ご縁が御座いましたらば。
GMコメント
日下部あやめです。リクエスト有難うございます。
当シナリオは『Mors certa, hora incerta.』の続きとなっております。
●成功条件
貴族令嬢シーラの殺害及びシーラの連れた騎士団の殺害
●貴族令嬢シーラ
『Mors certa, hora incerta.』にて遊戯を行っていた一人。父がその主宰者であり処刑されました。
気品高き令嬢はイレギュラーズ風情による行いを許せず、減刑などと情けを掛け愚弄したことを酷く憤慨しています。
特に、あの時ゲームの当事者であった誠吾さんを殺さなくては気が済まないと此度の罠を仕掛けました。
戦場に出てきており、彼女自身もある程度の戦闘訓練を受けています。騎士として戦う事ができます。
貴族としての誇りを傷付けた者を許してはおかないと、命を懸けて戦いを挑んできます。その命が尽きるまで誠吾さんの命を狙い続けるでしょう。
(また、彼女自身はあのゲームを貴族に許された遊戯であると認識しており、それを是とする人間です。それを正すことは叶いません)
●シーラの騎士団 10名
貴族令嬢シーラが率いる騎士団です。あの遊戯の時に用心棒で在った者達や遊戯を是としたものだけで統率されています。
当主の死と、シーラを侮辱した者としてイレギュラーズを『大罪人』と認識して襲ってきます。
騎士として戦い、統率の取れた戦闘を行うことが出来ます。
●『シーラの心』
それは魔法道具『Non omnis moriar』を使用し続けた代償でしょうか。シーラと、彼女の騎士団はその近くに居続けた事で狂気を孕んだ状況になっています。もはやそれは止める事はできず、自身らを特権階級と認識し、もしも生かして離したとしても同じ事を繰り返すでしょうし、捕えたとしても脱獄を企て看守達を殺し囚人の命を奪うでしょう――
その様子は彼女たちを見るだけで感じられます。狂気を孕んだ空気で在る事を肌で感じ、とても悍ましい化物を見て居る気分にさせてきます。
●現場の状況
ベネディクトさん&誠吾さんはシーラと騎士団に囲まれたところからシナリオがスタートします。
数ターン経過後、その他のメンバーの皆さんが現場に到着することが可能です。(ポメ太郎君が頑張ってお知らせしました)
罠に掛けられたお二人の救援に訪れたという状況になります。
周辺は木々に囲まれており、障害物と成り得る木や岩がごろごろとしています。騎士団達は巧妙に遠隔攻撃を阻む立ち位置を選んでおり、地の利に長けているようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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