シナリオ詳細
<アアルの野>希望の蒼穹
オープニング
●
深き紅のルベライトから雫が落ちて、彩光を放つクリスタルに反射する。
夕焼けを閉じ込めたカーネリアンが石の間から脈動していた。
一際輝くシトリンが明滅し紫電を纏う。
血糧に濡れた欠片は、薄らと瞳を上げた。
「――僕の名前はルベライト。ずっと此処で眠ってた。君が僕を起こしたの?」
背後に鎮座するゴーレムに繋がれた子供はゆっくりと首を傾げて問いかける。
ルベライトの視線の先。赤き色宝を手にした『蛇瞳』ジブリール・アドワが口の端を上げた。
「ええ、そうです。お前に血を注ぎ目覚めさせたのはこの私」
血に濡れた色宝がジブリールの手の中で煌めく。
ルベライトは精霊であった。ファルベライズの守神ファルベリヒトの眷属。
悠久の刻を眠り往く揺り籠を壊された事に、行き場のない怒りを漂わせるルベライト。
ジブリールに攻撃の手を向ける。
されど、それを阻む様に背後のゴーレムから鎖が伸びてルベライトの身体を縛り上げた。
「くく、抵抗しても無駄ですよ。貴方は私の使役下にある。私を攻撃することは不可能。そして、逆らう事もまた不可能です」
「……っ、何でこんな事を」
「素敵な劇には、綺麗な役者が必要でしょう? 美しく彩り血に濡れ悲鳴が耳を劈く音に酔いしれる。
心が裂ける音は、なんて甘美な蜜。美しい宝石のようじゃあありませんか?」
くつくつと嗤うジブリールは赤い色宝に口付けを落とした。
大鴉盗賊団の思惑など、ジブリールにとって些末なことなのだ。
目的はただ一つ。『大切なものを失って嘆く人の顔』を見る事こそが命題。
それ以外のものは全て駒であり、退屈なモノローグだ。
最高の劇(しょくじ)が手に入るならコルボでもイレギュラーズでも殺してみせる。
「嗚呼、はやく。血に濡れた喝采を――」
●
ラサで発見された遺跡群『ファルベライズ』では、願いを叶えるという色彩の宝が発見されていた。
色宝と呼ばれたそれを保護するべく傭兵や商人達は話し合い、首都ネフェルストで管理すると決める。
だが、ラサに巣くう大鴉盗賊団も色宝を狙っていた。
ディルクやフィオナといったラサの人々はイレギュラーズに協力を仰ぎ、盗賊達と争奪レースを繰り広げていた。
ファルベライズ中核へと進撃する中でイレギュラーズは『イヴ』と名乗る少女と邂逅する。
少女はファルベライズの守護者であり、自身を『人ではない』と語った。
土塊で固めた人形であり――『ホルスの子供達』と呼ばれるものだと。
イヴ達はファルベライズの守神大精霊『ファルベリヒト』の力の欠片である色宝によって、死者蘇生の研究に利用されているらしい。
この地に現れた『博士』と呼ばれる錬金術師が、土塊の人形に『名を呼ばれた事を発動条件にし、願った相手の外見を転写する』事で、擬似的な死者蘇生を実現したのだ。
ファルグメント中枢に歩みを進めるには、これら『ホルスの子供達』との戦闘は避けられない。
こうしてイレギュラーズは、ファルベライズの中核『クリスタル遺跡』へ足を踏み入れた。
――――
――
あの夢のような景色を思い出す。三角に切り取られた空色の世界。
高い煉瓦の隙間に見える、歪な三角。希望の蒼穹。
その中に漂うのは誰だ。
灰色の髪をした少年の双眸に青色は嵌っていないというのに。
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は手首に揺れる青い石に触れた。
「――リコット」
想いを託し消えて行った少年の名を呼んだ。
だから。土塊はリコットになった。ホルスの子供達になった。
アレクシアの記憶の中にあるリコットになった。
断じて述べるが、アレクシアに非が有ったわけでは無い。
ホルスの子供というものはそれ程に理不尽な存在だ。
エーリカは息を飲んだ。ジブリールの周囲を取り巻く部下達の中に戦場で命を落としたであろう者も含まれていたからだ。それもきっとホルスの子供達に違いない。ジブリールは特性を利用して忠実な下僕を作り出したに違いなかった。
「さあ、血の祝宴を始めましょう!」
ジブリールの言葉に仮初めのリコットの、双眸がゆっくりと開かれる。
何処までも広がる、空色を宿して――
- <アアルの野>希望の蒼穹完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年02月04日 21時45分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
水晶に灯る光は乱反射を繰り返し、眩い光を空間に解き放つ。
ルビーの赤を内包した石が足下に転がり、エメラルドの緑を抱いた礫が音を立てて落ちた。
頭上に輝く空の青。目の前ににらみ合うは砂漠の蛇。
肌の這い上がっていく嫌な緊張感に『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)は眉を寄せる。
「これはまた骨が折れそうだね……」
敵の数も多い。それに加えてホルスの子供達や精霊まで戦場に上がっているのだ。
マリアは緊張感を拭うように僅かに腰を落とした。
「ホルスの子供たち、か……どうしても、天義の戦いを思い出すな」
『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)のハニーゴールドの瞳は兎の耳をピンと立てたリコットへと注がれる。
「記憶から作り出された人形だとしても」
死者を冒涜しているという疑念は拭えない。これ以上の苦しみや辛さを再び与えて良いはずがないのだ。
ポテトは僅かに蜂蜜金の瞳を伏せ、祈るように拳を握る。
「再び眠らせてやろう。今度は静かに眠れるように」
「ええ」
ポテトの言葉に『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は頷いた。
アリシスは未だ動きを見せぬ『蛇瞳』ジブリール・アドワに視線を向ける。
此方を値踏みするように笑みを浮かべる男。
ホルスの子供達を積極的に利用するジブリールにアリシスは興味が湧いたのだ。
「与える情報因子次第では、因子提供者を主と認識する、のでしょうか。
或いは、色宝を用いる事でゴーレムの如く使役する事が出来る……か」
不明な点が多い、色宝とホルスの子供達の関係性。流れてくる情報によると土塊に色宝を詰め込んで、名前を起動基点とする術式が成されるらしい。
探究心が擽られるものではあるが、媒介を手に入れるのが困難ではあるだろう。
『神威の星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)はアリシスの視線と同じく敵影を捉えていた。
「ホルスの子供達との戦いも何度目か……今度はアレクシアの知ってる奴、なんだな」
ちらりと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)を見遣れば真剣な表情で前を向いていた。おそらくリコットから目を離さないのだろう。
相手はリコットだけではない。『珠霊』ルベライトに視線を上げるウィリアムは彼を拘束する鎖に苦い顔をする。
「精霊の支配。随分と悪趣味じゃないか。解放しろ、と言っても素直に解放はしないんだろうけどな」
手に握られた硬質の杖に力を込める。緩く魔力を流し込めば、流転する星が杖の周りに煌めいた。
「――空は、見える。なら。蒼穹の彼方に、星は在る。そう簡単には負けないぜ」
ウィリアムの声が戦場を駆け抜ける。
「リコット……また君と対峙するなんてね……」
アレクシアは目の前に現れた『彼』に視線を上げた。一度目は幻想の町で。二度目は妖精の迷宮で。
「……偽物だっていうのはわかってるよ」
約束を交し願いを託し消えて行ったのを知っている。
ただ、もう一度空を見たいと望んだ少年。
魔種となり、その思いは歪んでしまったけれど。
妖精の迷宮で触れた本当のリコットの声は純粋なものだったから。
「だからこそ、私は……私たちはここで負けるわけにはいかないんだ」
紛い物に惑わされたりしない。手首に嵌る青い石に触れたアレクシアは蒼穹の瞳を上げる。
リコットが望んだそらを宿したその瞳で。
「――やるよ、『空色の瞳』(リコット)!」
アレクシアの声がシラス(p3p004421)の耳朶を打つ。
厄介そうな相手が並んでいると眉を寄せるシラス。
早々に数の差を覆し撤退に追い込みたいのだと、ジブリールを抑える『夜のとなり』ラノール・メルカノワ(p3p000045)へと視線を送った。
頷くラノールはその背に『夜のいろ』エーリカ・メルカノワ(p3p000117)を隠すように前に踏み出す。
愛する少女の身体が震えてしまわぬように。竦んでしまわぬように。
ラノールは既に一度肉親を失っている。喪失の悲しみも。一人の寂しさも知っている。
大切な人の温もりを知っている。
「だから、これ以上何も奪わせない。私は何も手放さない」
ギリと奥歯を噛みしめジブリールを睨み付けるラノール。
「はは、こんな所まで追いかけて来て、貴方達も好きですねぇ? 苦しみ辛さに身悶える事をお望みであれば存分にくれてやりましょう」
ジブリールの声がクリスタルに反響して聞こえてくる。
それはまるで耳元で囁かれているように悍ましく絡みついた。
エーリカは蛇のような瞳に恐怖を覚える。動悸が身を包み息が乱れるようだ。
胃の奥が迫り上がるように身体中が拒否を示す。思わずその場に蹲り頭を覆いたくなる。
それでも。手を伸ばした先にラノールの温もりがあった。己を守ってくれる砂狼がいてくれる。
だから。エーリカは薄氷の瞳を伏せたりはしない。
多数の『あい』を喰らってきたジブリールを。今、まさに牙を立てようとしている男を。
自分達が止めなければならないのだ。
「……そうだよね、ラノール」
交わる視線。お互いの覚悟を見出し。ラノールとエーリカは前を向く。
「私の大切な者には指一本触れさせないぞ───ジブリールッ!!!!」
ラノールの雄叫びと共にイレギュラーズは走り出した。
「人の血液で好き勝手やってくれますねぇ」
普段は穏やかな『無益なる浪費こそ最大の贅』カイロ・コールド(p3p008306)の表情に怒気が孕む。
ルベライトがこの場所で起こされたのも。ジブリールが集めた血を媒介にしているからだ。
その血はカイロとナン・アールたちが流した血そのもの。
おそらく自分達だけではない。大量の街の人達の犠牲があったのだろう。
「正直に言えば、欲望に忠実な性格は嫌いではありませんが……」
カイロは正義や悪といったものには興味が無い。慈悲慈愛など取り繕った欺瞞でしかない。
だからこそ、己の『欲望』という分かりやすい行動原理は理解出来るのだ。
「使用料は支払って頂きますよ。ナンの分もね」
奪われたのなら、その分の対価を頂くまでだ。
マルク・シリング(p3p001309)はルベライトを使役するジブリールの思惑を図りかねていた。
彼の目的は色宝という分かりやすい欲望ではないのだろう。
不気味だと映るのは彼の精神性がマルクとはかけ離れたものだからなのかもしれない。
エーリカが語った『あい』する事の意味は、きっとマルクには理解出来ない。
好きだと思う相手には笑っていて欲しいと思うものではないのだろうか。
きっとジブリールはどうしよもなく『悪』なのだろう。
それが己の大切な人に向けられる苛立ちは理解出来るから。
「ここで仕留められなくても、奴の企みを一手後退させる!」
シラスはリコットの前に走り込み、間近でその空色の瞳を見つめた。
幻想を拠点とするシラスはオリジナルの魔種との戦いを知っていた。
歪んだ三角。青い目玉を集めた『ラッパ吹きの』リコットのことを。
「それで、空色は見えたのかよ」
口に出してからシラスは苦虫を噛みしめるような顔を見せる。
紛い物に対して意味の無い質問だ。戦闘に不要な手順。其れでも零してしまった言葉。
シラスとて幾度となく考えたのだ。
薄汚いタープがぶら下がったスラムの片隅で。灰色の石畳の上で。血反吐に濡れながら。
他人の目にはこのくすんだ世界がどう映っているのだろうと。
蒼穹を抱くアレクシアの瞳は、どんな色を感じ取っているのだろう。
栓の無い焦燥。誰かになんてなれやしないのに。其れでも魂に刻まれた醜い傷が膿を吐き出すようで。
雑念を取り払うように首を振ったシラスは己の内側に領域を作り出す。
戦闘に特化した感情コントロール。ルーチンとも呼べる程に慣れ親しんだ集中が心地いい。
指先に触れる空気の流れまで正確に感じられるのだ。
リコットのナイフの刃の軌道を掌底で逸らし、もう片方の拳で頬を穿つ。
その衝撃に後ろへ重心を傾けたリコットにシラスの追撃が叩き込まれた。
「ふ、空を見る約束をしたんだ」
口から流れる血を拭きながら、立ち上がったリコットの表情は朗らかな笑みで――
●
「お前の相手は私だ! ジブリール!」
ラノールはジブリールに巨大なマトックを向ける。
クリスタルの光はマトックの刃に反射して光を帯びるようだ。
「ははっ!」
金属の摩擦音が聞こえ、火花が散る。
薄ら笑いを浮かべ、ラノールのマトックを鉤爪で弾くジブリール。
反響する音が痛々しいほどに大きく聞こえた。
肉が裂ける音と激しい金属音。
エーリカはその大きな音に震えそうになる身体を必死に抑えていた。
大丈夫。ラノールなら大丈夫だと言い聞かせる。
「ジブリールの抑え役のラノールのことは任せたぞエーリカ!
大切な旦那様のこと、しっかり支えてやれ。最後まで皆を守るぞ!!」
エーリカは肩を叩くポテトの声に我に返った。
「はい」
この戦場にいるのはエーリカとラノールだけではない。こうしてエーリカを気遣い励ましてくれる仲間が居るのだ。エーリカはぐっと唇を引き結び、ラノールの傷を癒す。
心強い仲間が居る。何も心配するような事は無いのだ。
「良いですねぇ。その安心しきった顔。震える身体を押して。仲間の声に助けられ前を向く。
そこを、手折るのがどれだけ楽しいか、分かりますか?」
「黙れ!」
エーリカに視線を向けたジブリールを、ラノールは渾身の一撃で押し返した。
「記憶から再現されているのならば、見た目で戦力の判断は危険でしょう」
アリシスはホルスの子供であるリコットを見遣る。
「見た目はそのままに、能力だけはより強かった時を写していても不思議はない」
一歩前に踏み出し、祈りを束ねる。光を帯びた祈りの声はアリシスの手の内に集まった。
天井のクリスタルはアリシスの手から輝剣が引き抜かれるのを映し出す。
それは生ける者も死せる者もその罪ごと滅する『浄罪の剣』だ。
アリシスの背後に展開した魔法陣の光と共に放たれる刃は戦場を走り。
避け得ぬ軌道で迫る光剣にリコットは左腕を犠牲に急所を躱した。
「浅い、か」
的確なアリシスの攻撃から急所を外すだけの実力はあるということだ。
「星駆ける、夜空の軌跡――」
アリシスの背後からウィリアムの声が響く。
虚空から出でる夜の領域。絶対不可視の暗黒星の軌跡がリコットに降り注ぐ。
同時に。ウィリアムの鼓膜を尋常ならざる旋律が掻きむしった。
「っ……」
手にしたラッパから吹き鳴らされる音階にウィリアムの耳が悲鳴を上げる。
視界が醜く歪み仲間の声が罵声に変わった。
脳髄を揺さぶられる恐怖と気持ち悪さにウィリアムの瞳が色を無くしていく。
ガンガンと脳内を蹴りつける罵倒と絶望感に首を振るウィリアム。
「くそ……」
ウィリアムはマントに着けた白梟の飾りを握りしめる。
此処で自分が倒れる訳には行かないのだ。血が出る程唇を噛みしめ青き瞳を上げた。
「俺は、こんなもので屈さない!」
星杖を横薙ぎに。先ほどよりも星の軌跡を増やし。
怒りにも似た魔力の奔流を刃に変え、リコットに向けて解き放った。
――――
――
「越えてみせるよ! まだ見ぬ空を見るためにも!」
紛い物であっても。否、アレクシアの記憶から作られた紛い物だからこそ。
追い求める『空』は重要な意味を成すだろう。
後悔をした。
あの時投げた言葉を。
――それに私は、あなたには見れないものを持っている。
心ない言葉だった。
魔種にだって自分達と同じように傷付く心があったのだと気付いたのは随分後の事だ。
狂気に侵され。歪にゆがんでしまった彼を『倒さない』という選択は無かったけれど。
それでも、寄り添う言葉を掛けていれば何かが変わったのだろうか。
「リコット……」
それを否定するように。手首に揺れる空色が震えた。
『君は間違っていない』
七色の花火が咲く夜に、そう背中を押してくれた事を覚えている。
「私の記憶をもとにしているなら……」
眼は健在のはず。其れを入れ替える寸前の能力が下がっている事を見極める事が出来れば赤き花を散らす事はできるだろう。
「絶対に、近づけさせない!」
アレクシアはリコットに組み付く勢いで視線を合わせた。
マリアはリコットの手前にむがらる盗賊団を見据え、カイロとタイミングを合わせるように駆け出した。
クリスタルで出来た地面はマリアの蒼電を帯びた両足を映し出す。
それはまるで足首から広がる翼の様で。マリアの思考速度が跳ね上がるのと同時に周りの風景がスローモーションに変わる。
ジブリールという男は『大切なものを失って嘆く人の顔』が好物なのだとエーリカは語った。
もし、それがマリアの心の内を優しく包む赤髪の少女に向けられたならば。
自分は冷静で居られるだろうか。
ちょっぴり酒グセが悪くて。そんな所も可愛くて。
いつも傍に居て、笑顔を向けてくれるヴァレーリヤを失うようなことがあれば――
チリチリと胸の奥が焼ける音がする。
冷静になんていられるものか。居られるはずもない!
失う事がこれ程までに怖くなったのは、何時からだっただろう。
死は常にマリアの隣にあったはずなのに。何度も友を見送ったはずなのに。
この場に居るラノールとエーリカもきっと同じ気持ちだろう。
失いたくなんてない。
だから。
だから。
マリアは蒼き雷を身に纏い、迸る轟音と共に敵を喰らう。
「負けないよ!」
彼女が穿った電撃を縫うようにカイロの闇色が首を擡げた。
カイロ・コールドという男がその内側に飼う邪悪なる者。それはカイロ自身の薄暗い深層意識か、或いは悪魔の契約か。
茶色の瞳に闇を纏わせ。ゆっくりと瞼を上げる。
「蛇眼を使えるのは、貴方だけではありませんよ」
土蛇戦闘術『蛇逆眼』は蛇の眼を持って敵を自分へと縛り付けるもの。
「今回は殴れそうにも無いのでね。せめてもの嫌がらせです」
カイロはジブリールへと視線を送るが、同じ蛇の眼を持つ者同士相殺しあうのだろう。
効いているようには感じられない。それが分かっただけでも行幸だろう。
他の手段を考えればいいだけのこと。潰す手段はいくらでもある。
「ただ、まあ……執念深いですよ、私は」
ジブリールが蛇だというのならば、己自身とて闇の蛇を内に飼っているのだから。
マルクはアレクシアからの情報を元に、リコットへと的確な打撃を与える方法を選択する。
己の力量を最大限に打ち込める位置とタイミングを演算するのだ。
数々の攻撃をリコットが受け、弱った所へ叩き込む一矢。
その一撃に全力を注ぐため、マルクは最善を選び取る。
「損傷箇所把握。回避減算を蓄積」
マルクが扱う魔術は理論に基づいた術式との相性が良い。
研鑽を積み上げた魔術の集積体は、合理的な演算に沿ってマルクの周りを回転した。
夥しい魔術式から生み出される厄災とも呼べる高出力の真素の奔流。
目に見える程の魔力の粒子は光子を弾き、七色の光を迸らせる。
「此処だ!」
アレクシアがリコットの攻撃に身を引いたほんの一瞬。
僅か一点。そのコンマ一秒にも満たない一瞬をマルクは探り当てる。
熱を発する程の魔力は戦場を一直線に突抜けた。
「っく、が……っ!」
マルクの放った魔術に貫かれたリコットは身体を傾がせる。
圧倒的な痛打。
されど、周りに現れた何十もの眼がギョロギョロと開眼しリコットを包み込めば、穿たれた穴は元通りに再生した。
「一筋縄では行かないか」
「ああ、でも私達なら、絶対に負けない!」
マルクの呟きにポテトが激励を飛ばす。長期戦は免れない。
されど、諦める事なんて出来はしない。
守るべき者が居るのだから。
ポテトは家族の元へ無事に帰らねばねばならない。
リゲルとノーラとソレイユの居る家に。
「必ず勝って帰るんだ!」
●
戦場は乱戦を極めた。
敵の数は味方を大きく上回り、それに加えリコットとジブリール。
それに、操られたルベライトの攻撃がイレギュラーズを襲う。
ポテトは流れる汗を拭い、カイロへと回復を施した。
可能性を燃やし、未来を掴み取る為に立ち上がる仲間は既に複数いる。
焦りがハニーゴールドの瞳に滲んだ。
――わたしのこえが、きこえる?
エーリカはルベライトへとハイテレパスで語りかける。
『何の用だ?』
警戒心を露わにしたルベライトの声がエーリカの脳内に響いた。
人間と同等の意思疎通は出来るらしい。
『こわがらないで、だいじょうぶ。だれにもこのこえはとどかないから』
『……』
『あなたを、たすけたいの』
エーリカの声に、ルベライトの瞳が僅かに動く。
この雁字搦めの鎖から解き放ってくれるというのだろうか。
『教えて、あなたを縛り止めるものがなんなのか。
どうしたらあなたをいましめから解き放つことが出来るのか』
エーリカはラノールへの回復の手を止めること無く、ルベライトへ語りかける。
『……』
長い沈黙。辛抱強くエーリカは待ち続けた。
『色宝に注がれた血を浄化するか、支配者たるあの男から色宝を奪うか、だと思う』
カイロやナン、殺された街の人達の血が満たされた色宝。
それは、元の輝きとはほど遠い、どす黒い色に染まっているのだという。
ルベライトの色宝は美しい紅から混沌を混ぜた黒へと。
『僕はファルベリヒトの眷属たる精霊ルベライト……お願い、助けて』
エーリカは彼の言葉をアリシスへと語る。
『であれば成程、ファルベリヒトの力の欠片である色宝を用いられれば抵抗できない、という所でしょう』
『そう、だと思う』
『これを解放するには、確実なのはジブリールという男から色宝を奪う事ですが……』
アリシスはそれ以外の方法が無いか辺りを見渡す。
ルベライトはゴーレムと人間体が鎖で繋がれた状態であった。
「あの鎖はゴーレム側の一部。むしろ使役されている大本はゴーレム側にも見えますね。
ゴーレムがルベライトの直接的な一部でないのなら、破壊或いはダメージ蓄積すれば或いは……?」
アリシスは光刃をルベライトとゴーレムを繋ぐ鎖へと放った。
金属が破砕される音がクリスタルの戦場に響き、ルベライトの身体がバランスを失って揺れる。
「あ? 何してるんです?」
明らかな『攻撃』ではないアリシスの魔法にジブリールは眉を寄せた。
それは、ルベライトが鎖を切らせたという事に他ならない。
「私の命令に背くんですか? たかが使役されている精霊の分際で?」
怒気を迸らせるジブリールからルベライトは目を背ける。
「僕は……戦いたくなんてない」
「巫山戯るな……、此処でお前が美しく暴れ回らなければ、喜劇が台無しなんですよ?」
ジブリールがルベライトを使役させるため、色宝を懐から取り出した。
アリシスはこの瞬間を待っていたのだ。
鎖を断ち切るという賭けに打って出たのもこの一瞬を生み出すため。
「ウィリアムさん!」
「ああ!」
色宝を打ち抜く事の無いよう、的確な星の魔術が戦場を貫く。
この瞬間を狙っていたのはウィリアムとて同じ事。
その意思が読み取れたこそ、アリシスはウィリアムへと合図を送ったのだ。
「チッ!」
ジブリールの手からクリスタルの地面に弾き飛ばされた色宝。
思いも寄らない番狂わせに怒りを露わにするジブリールは、色宝へと手を伸ばす。
掴み取る為では無い。破壊するために伸ばされた鉤爪。
この状況で、ジブリールより速く色宝へ到達出来るイレギュラーズは居なかった。
されど。
どうして諦める事が出来ようか。
心を開いてくれた精霊を。自分達に助けを求めた声を。
諦める事なんて出来ない。エーリカは息を吸い込み声を張り上げる。
「あなたがほんとうに『たのしい』のは!
わたしたちがあなたの思うように踊ることでしょう!?」
クリスタルの戦場に声が響く。エーリカの声が響く。
「戯れに、中途半端なまま幕をおろして、それで、あなたは満足するの?」
美しい劇を欲して居たのは他でもないジブリール自身。
エーリカの声にジブリールは攻撃の手を、色宝から『本物のお宝』へと向けた。
「あなたの悦楽は、あなたの望む喝采は! わたしの胸を引き裂くこと
……そうでしょう、ジブリール!」
「ああ、そうですね。貴女がそれをお望みなら。踊って頂きましょう」
クリスタルの地面を蹴り上げ、高く跳躍したジブリール。
それを視線を逸らすことも、逃げることもせず受け止めるエーリカ。
アガットの赤が花の様に舞い散り、クリスタルの地面に少女の血が流れていく。
次刃をエーリカに浴びせようと掲げられたジブリールの鉤爪がマトックを受け止めた。
「ジブリール――!!!! 貴様ァ!!!!」
「く、はは。良いですね、その顔。堪りません。もっと揺らして下さい。心を魂を――」
ラノールの赤い瞳がジブリールを睨み付ける。
憎悪にも似た感情を男へと向けた。マトックが風を切りジブリールの喉元目がけて速度を上げる。
蛇のように身体をくねらせマトックの刃をすり抜けた男は一歩ラノールから距離を取った。
「しっかりしろ! エーリカ! 今、回復する」
朦朧とした意識で薄氷の瞳を彷徨わせるエーリカ。それを支えるのはポテトだ。
致命傷たる一撃を受けて辛うじて息があるのは、ひとえにエーリカが『イレギュラーズ』であったから。
可能性の箱は世界に愛された者が持つ寵愛の証。されど、このまま回復を施さなければ血は止め処なく流れ出て、やがて生命維持が出来なくなる。
「誰も倒れさせはしない。仲間を癒し、背中を支えるのが私たちヒーラーの役目なんだから!」
ポテトがエーリカを抱え祈りを捧げる。クリスタルの魔力を糧に育った魔光草がポテトの真素に反応してぐんと背を伸ばし花を咲かせた。
「諦めるなエーリカ! ルベライトも!」
エーリカが命を賭して己が身をジブリールの前に曝け出したのは、ルベライトを救う為だ。
「きっと解放してみせるから……もう少し頑張って!」
リコットのナイフを三角の魔法陣で防ぎながら、アレクシアは言葉を伝う。
目の前の紛い物は、倒すべき相手で。これからを生きて居て欲しいのはリコットじゃない。
だって、リコットは自分達がこの手で倒したのだから。
死者は生き返らない。だったら、繋ぐべきはルベライトの未来。
「……昔の私は、とても一人じゃ受けきれなかったけれど、今なら少しはできるはず!
みんなを護るために! 先に進むために!」
アレクシアの言葉に突き動かされるように。シラスはリコットに捨て身とも呼べる打撃を叩き込む。
交わされた蹴りの隙間からリコットのナイフがシラスの脚を割いた。
飛び散る血にクリスタルの光が浮く。
されど、シラスは痛みなど感じないかのように獣の瞳でリコットへと喰らいついた。
美しい武術なんてものとはほど遠い殴り合い。
骨が折れる音と、内臓が弾けるくぐもった音が戦場に木霊する。
意識はただ目の前のリコットだけを捉えていた。
我武者羅に。拳と蹴りを叩き込む。
何方が先に折れるか。勝負といこうではないか。
星は瞬き。夜の色を塗り替える。
蒼穹を抱くこのクリスタルの戦場とて。
その向こうに燦然と輝く星は在る。
ウィリアムはリコットへと狙いを定め、魔術を降り注いだ。その額には大粒の汗が滲む。
「マリア!」
「うん! 任せて!」
マリア・レイシスの真骨頂は戦いが進み、仲間の疲労が溜ってきた頃。
リコットが目玉を使う瞬間。魔力と体力が著しく低くなったその瞬間こそ狙うべき好機なのだ。
赤と蒼の雷がマリアを包み込む。
スパークする電撃がクリスタルに反射して視界を覆った。
リコットの死角から飛び込んだマリアの拳が唸る。
「行くよ! 連打。加速――纏え追撃! 電磁加速拳・裂華!!!!」
轟雷が鼓膜を揺らし、迸る赤の雷にリコットの身体は灼かれた。
目玉が出現し、回復を施そうと回り出す。
されど、其れを許さぬマルクの視線。
「この時を待ってたよ」
マルクの手に収束するは魔光。戦場を焼く熱波。
避け得ぬ閃光。
光の中、崩れていくリコットにアレクシアは手を伸ばす。
土塊へと戻っていく彼に。おやすみと呟いた。
――――
――
「……流石に疲れてきましたねぇ」
カイロは戦場を見渡し眉を寄せる。激闘に次ぐ激闘。
此方の被害は甚大だろう。されど、ジブリール側とて同じ事だった。
「死体は見飽きました。さっさと土に還って下さい」
カイロは盗賊団を巻き込む形で怒りを振りまいていた。
白い服は血に濡れて赤く染まっている。残っているのは数人の盗賊団とジブリール、初期命令に従って動くルベライト。
「ジブリールいい加減、終わらせませんか? あなたが求める喜劇はこの場所にはもう無いでしょう?」
心躍る喝采に相応しい場所は、此処では無いのだとカイロは声を上げる。
「……くはは、分かった。なら、其れに見合う場所で会いましょう。でも、タダでとは行かないですね」
一歩後退ったジブリールは、地面に転がっていたルベライトの色宝を掴み上げた。
「何を……!」
「こうするのですよ」
空中へと高く色宝を投げたジブリールは懐に忍ばせたナイフを取り出す。
ナイフを振りかぶり色宝目がけて投擲した。
色宝が砕ければそれは其れでイレギュラーズの悲しみの表情を見る事が出来る。
そして、それを良しとしないのが特異運命座標の宿命。
「――っ!」
色宝を庇うラノールの背に深々と突き刺さるナイフ。
「ラノール!」
エーリカの悲痛な叫びが戦場に木霊する。
「ははっ、その顔、お土産には十分ですよ。では、また遊びましょう」
嫌みな笑い声を残しジブリールは戦場から姿を消した。
●
残されたホルスの子供達を花の墓標に眠らせるポテトとアレクシア。
原形を留めない土塊に戻った子供達へと祈りを捧げる。
アレクシアが振り返れば、其処には輝きを取り戻したルベライトの色宝があった。
もう精霊のルベライトを操る呪いは消えて、他の色宝と変わらないものになったのだ。
「ルベライト。貴方はもう自由の身。貴方を縛る色宝はもう無くなった。あなたはどうしたい?」
この場所で再び眠りに付いても構わない。自由に世界を歩いても構わない。
「僕は眠っていたから、他の場所を知らない。少し怖いんだ。外の世界がどんなものか」
「だったら、一緒に外に出よう。色々な所を旅して、美味しいものを食べてから選んでもいいと思う」
アレクシアはルベライトへと手を伸ばす。
その手をルベライトは恐る恐る取った。
彼女の温かなぬくもりは、どんな子守歌よりも心地よいものだったのだ――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
ジブリールを退け、無事にルベライトを解放することが出来ました。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。クリスタルの遺跡は空色に――
●目的
敵の撃退
●ロケーション
ファルベライズ中層。クリスタルの遺跡の中。
美しいクリスタルに覆われた広場です。
頭上に輝く歪な三角の空色のお陰で明かりは問題ありません。
足場も大丈夫です。
●敵
○『蛇瞳』ジブリール・アドワ
悪逆非道な快楽殺人鬼。その鉤爪で相手を八つ裂きにし苦め乍ら甚振り殺します。
鉤爪での攻撃を得意とするトータルファイター。
また、死霊術の心得があるようです。
かなりの強敵です。
○大鴉盗賊団×10
元嗤笑の蛇に所属していた者達。ジブリールと共に大鴉盗賊団に身を寄せています。
そこそこの強さです。剣や弓で攻撃をしかけてきます。
ホルスの子供達にされた団員も含まれます。
○『ホルスの子供達』リコット
能力は未知数です。アレクシアさんであれば検討がつくかもしれません。
○『珠霊』ルベライト
色宝の力で無理矢理操られています。
能力は未知数ですが、神秘攻撃主体と思われます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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