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シナリオ詳細

<子竜伝>blue blues monster

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 小さな村落である。
 谷に囲まれ、周囲と接続された道の限られた土地ゆえに人通りは少ない。
 しかし谷に流れる水や風がその種の農作に適していたことから、この農地の収益は大きかった。
 ゆえに、まわりが高い山々に囲まれるこの風景であっても村は栄え、家々は新築ばかり。
 殆どの家が奉公人や農奴を抱えており、過剰なほど舗装された道をメイド服や作業着をきた人々がしずしずと歩いている。
 時折恰幅のいい者が野外に姿を見せることはあるが、彼らはすぐに頑丈な箱馬車へ乗り込んでしまう。すぐそばまでいくにも自分の足を使わないようだ。
 麻の籠をさげたメイドが、自らの身分をわきまえるように頭をさげて馬車の横をゆく。今まさに乗り込もうとした男はメイドを路傍の石のごとく無視していたが、彼の指から金色の指輪が一個なくなっていたことにはどうやら気づかなかったようだ。
 メイドが、それに分したシラス (p3p004421)であったことにも。
 すぐに細く暗い道へと入ったメイドもといシラスは、カチューシャを乱暴に外して咳払いをした。
 屋根の上でちゅんちゅんとなにげなく鳴いていた小鳥が彼の肩にとまり、くちばしで特定のリズムをつく。
「なんで俺がメイド役なんだ」
「スリの腕はシラス殿がピカイチですので」
 影とほぼ一体化するかのように気配を消していた夢見 ルル家 (p3p000016)がふわりと姿を現し、手をかざす。
「作業着の農夫ってワケにはいかなかったのかよ」
「農夫にしては線が細くていらっしゃる。それはもうメイドのように」
 金になりそうな絵ですねえとシラスをにやにや見つめるルル家に、シラスはまたも乱暴に指輪をパスした。
「例の人物は、もう見つけてあるんだよな?」
「ぬかりなく」
 ルル家が小鳥に向けてハンドサインを出すと、小鳥はまたも特定のリズムでくちばしをついてから飛び上がっていった。

 離れた場所。それも茂みに隠れた場所ではドラマ・ゲツク (p3p000172)がとんできた小鳥を指の上にのせて休憩させていた。
「『鍵』を手に入れました。帰還命令を?」
「ああ、よくやってくれた。二人を帰還させてくれ」
 その後ろで手書きマップを開いて頷くベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)。
「今回は、私の出番がなかったみたいだね」
 腰の後ろにバンドで縛ってさげていた本を指でなで、スティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)は微笑んだ。
「不服か?」
「ううん、ぜんぜん。荒事にならないほうがずっとスマートだしね」
 ベネディクトは彼女の微笑みにつられるように笑って、その通りだと頷いた。
 やがて小鳥のあとを追ってきたであろうシラスとルル家が現れ、彼らと同じように身を茂みへと隠す。
 ベネディクトは彼らの顔ぶれを今一度確認し、マップへと目を落とした。
「作戦は順調なようだな。このまま5人で突入して……」
「あ、っと」
 ルル家が手をかざし、ベネディクトの言葉をとめた。目でなにかと問いかけるベネディクトと、振り向く仲間達に、ルル家は先ほど手に入れた金の指輪をかざして続ける。
「領主の屋敷にあるセキュリティマジックを解除する鍵はこの通り手に入れました。
 領主自身もこの目で確認できたのですが……この作戦は一旦中止すべきかと」
「それは……?」
 ドラマが首をかしげる。
 シラス、ルル家、ドラマ、スティア、ベネディクト。
 ギルド・ローレットに所属するイレギュラーズの中でもトップ争いができるほどの実力者揃い。彼らが力を合わせて倒せない敵や突破できない障害などそうそうない……はずだが。
 はずだが、ルル家の目を見て直感した。
 これまでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた彼女たちだからこそのシンパシーである。
「この『暗殺任務』、私たち五人では達成不可能な標的なのですね……? たとえば――」
「魔種(デモニア)」
 後ろで本のバンドを解いたスティアが、低い声で言った。
「つくづく、縁があるね……私たち」


 背景を、ここで語るべきだろう。
 シラス、ルル家、ドラマ、スティア、ベネディクト。彼らはローレット内では戦闘においてトップランカーに位置するイレギュラーズだが、もうひとつ共通点がある。
 それが、『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディの『派閥』を表明していることである。
 それぞれ幻想国内に領地をもちそれなりの治政を敷いては居るが、その殆どは王が思いつき(通称頭フォンデルマン)で与えた領土である。ローレット・イレギュラーズの多くは幻想国内に領土をもちつつもどこの派閥にも属さないというパターンが多かったが、彼らは違う。
 明確にフィッツバルディ派閥に連なることを望み、果ての迷宮を攻略するなら彼の名代であるべきだと考え行動する者たちである。
 無論フィッツバルディの覚えもよく、時には直接の会話がかなうこともあった。元老院議長が領地を持つとはいえ一市民にすぎない彼らと『会食』など、そうかなうことではない。
 そんな中、彼ら五人にある人物から『直接会いたい』という連絡があった。
 場所はなんと、監獄島。

「よく来てくれた。ろくなもてなしもできないが、まあ座ってくれたまえ」
 場所は例の監獄島。賄賂のひとつも渡されていないにも関わらず黙って部屋に通してくれた看守をいぶかしみながらも入室した五人を、彼は気さくに迎えた。
 イギリス一流ホテルの一室を思わせる豪勢な作り。天井からは四つのシャンデリアがさがり、複雑な彫刻や絵画が施されている。
 だがそんな部屋の風景が目に入らなくなってしまうほど、『彼』に五人は注目していた。
 清潔な木のテーブルと、一人がけのソファ。
 そのソファにこしかけている彼は……。
「失礼。私に名前はない。しいて呼ぶなれば……『影武者』」
 レイガルテ・フォン・フィッツバルディに、あまりにもよく似ていた。

「私の役目は政治的な見せ札。『レイガルテには影武者がいるぞ』と裏の情報網へ知らしめることだ」
 影武者の役目は代わりに公の場にでることばかりではない。時にはその存在が『ある』ことだけで暗殺のリスクを回避することができた。
 特に元老院議長という立場にあるレイガルテのこと、そのポストを狙った人間は数えきれず、暗殺者を差し向けられるリスクもまた同じ。
 そんな彼がこともあろうに監獄島に収容されているのはワケがあった。
「私は娘テュフォンを免罪する引き換えに、ここへ収容されている。
 『さる貴族の長男』を殺した罪を、かわりに被る形でな」
 わざわざ名前を出さないことには意味がある、とスティアたちは直感した。
 貴族の発言、そして振る舞いにはすべて深い意味がある。まるでチェスの駒を動かすように。
「私はこれに納得している。領地も娘に任せてな。
 しかし今、あの土地ではソムニフが栽培され、裏のルートへ流通していた」
 ベネディクトはこの発言ではピンとこなかったが、シラスは違う。
「ソムニフ……『ブルース』の原料だ」
「ああ……」
 ドラマは、知識として知っていたようだ。
 幻想南部のスラム街で取引されるというあぶないお薬の名前だ。
 中毒性がひどいため栽培は禁止されていた筈だが……。
「その栽培をやめさせて欲しい、ということでしょうか」
 ルル家が話を進めるべく問いかけると、影武者の男は首を振った。
「娘を暗殺してもらいたい」
 その言葉の意図と、心理と、そして政治的価値をのみこんで。
 五人はただひとこと。
「「はい」」
 と答えた。
 なぜなら、ここに集められたのが『自分たち』であることにも、きっと意味があるはずだからだ。


 話を戻そう。
 ベネディクトはすっくと立ち上がり、持ち込んだ装備とリュックサックを手に取った。
「人員の増援は俺たちの判断に任されている。あと1人……いや、3人。すぐに駆けつけられる仲間を集めたい。一度近くの酒場へ戻って依頼書を発行しよう」
 なにか、大きく黒く、そして見えない渦に巻き込まれているような、そんな感触をおぼえながらも、彼らは谷をあとにした。
 次に来るときは、戦うときだと覚えつつ。

GMコメント

■オーダー:テュフォンの抹殺
 皆さんは山に囲まれた土地にすまう領主テュフォンを抹殺する依頼を受け、谷へと訪れました。
 手段は問われていません。このためにいかなる犠牲が生じてもよいと言われています。
 最終目的であるテュフォンの抹殺を、達成してください。

■フィールドデータ
 谷の村は新築が多く、家の数はそこそこですがどれも豪邸です。
 どこも農奴や奉公人をもっており、裕福そうに暮らしています。
 彼らの財がどこからくるかは、もはや明確。谷のほとんどで禁止された植物を栽培し、それを裏ルートに販売しているためです。

 作戦の決行時間は昼でも夜でもOKです。ただし『鍵』の喪失に気づくまでそう長くはないので、準備期間はほぼないと考えてください。

・屋敷への侵入
 村を迂回、するなりして屋敷へ近づくことは難しくありません。
 侵入を探知するセキュリティマジックを解除するためのアイテムを手に入れていますので、これを用いて屋敷の敷地内へ侵入することになります。
 問題はここからです。

 屋敷内は闇ギルドから雇用したであろうワルそうな兵隊でいっぱいになっています。
 彼らは暗殺にくるであろう有象無象を返り討ちにするための戦力で、実のところそこまで強力ではありません。
 注意して突破すれば、それが隠密作戦であれ強行突破であれ、皆さんなら難なく突破することができるでしょう。
 そのためのプレイングをまずは示してください。

・テュフォンとの戦闘
 屋敷のガードがある意味ここまで手薄なのも、最終的な暗殺対象であるテュフォンがそうそう殺されない自信をもっているからに他なりません。
 彼女の正体は(検証こそされていませんが)魔種かそれに相当する怪物であり、全員の力を合わせたとしても勝利できるかどうかは五分五分といった所であります。
 それはこの五人が固定メンバーになっていて尚のことですので、システム的な対策は当然のこと、それ以外においても万全に備え万事を尽くし作戦にあたってください。

 具体的な戦闘能力は『一切が不明』です。
 カウンタープランは使えないので、どう来ても対応できるように備えを張り巡らせましょう。

 また、今回は撤退条件を明確に設定してください。
 最低撤退条件は『4名の戦闘不能』です。今回のケースでこれ以上の損失を負った場合撤退不能となるためです。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はXです。
 ――情報改ざんの痕跡を発見しました。報酬支払後、依頼人の行方がわかりません。

  • <子竜伝>blue blues monster完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年01月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費200RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
※参加確定済み※
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
※参加確定済み※
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
※参加確定済み※
シラス(p3p004421)
超える者
※参加確定済み※
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
※参加確定済み※
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
玄緯・玄丁(p3p008717)
蔵人

リプレイ

●再来と殺意
 近くの酒場でローレットギルド員を補充し、新たに八人チームとなってテュフォン領へとやってきた『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)たち。
 スティアはドレスの各所に配置された石から限定聖域を発動させると、白い羽の散るようなエフェクトによって魔力の流れを作り出していた。
「信じた娘が麻薬の材料を栽培して裏のルートで流通させている……こんな悲しいことはないよね。
 これ以上、麻薬を流通させない為にもこんなことは阻止してみせる」
 新たに加わった『白き不撓』グリーフ・ロス(p3p008615)が、腕にうっすらとグリーンのラインを浮きあがらせては消していく。
「逆縁(子ども)の死を望む依頼主(親)は、どんな思いだったのでしょう。
 彼女は身代わりとなった親に、どんな感情を持ち、今に至っているのでしょう。
 ……私には政は分かりません。ただ、不幸を振りまく苗(ソムニフ)は摘み取らなければならないのもたしかです」
「そう、だね。これ以上、この植物を流通させない為にもこんなことは阻止してみせる。その手段が暗殺だったとしても……」
 たくさんの人が苦しむような状況を放っておくことはできないから、と祈るように目を閉じるスティア。
 『他者を想う』『他者を護る』という動作を、グリーフはじっと横目で観察していた。
 そうであることを課せられて生まれた者と、そうあれなかった者。
 ある意味において、グリーフとスティアは対照的だった。
 行きましょう。
 そう語り、彼女たちは茂みの中を抜けていく。

 テュフォン邸への侵入方法は既に『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)たちが見つけ出している。もう仲間をメイド服でコーティングする必要も無い。
「いやはや、娘にすべてを託して己が投獄された結果、娘が魔種になるとは心中察するに余りありますな。
 ……まぁそれも影武者殿から語られた話が真実であればですが!」
「依頼人の言葉をお疑いでありますか」
 『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は感情の薄い平坦なトーンで言った。
 彼女たちは邸宅が見える崖の上。使い捨ての降下装備を背負う形で構えていた。
「だってわからないことが多すぎませんか。影武者なのに投獄されていては意味がありませんし」
「存在を示すことで直接的暗殺をためらわせるための見せ駒、といわれていませんでしたか?」
「それ信じるんですぅ?」
 ルル家の視線に、エッダは表情一つ変えずに肩をすくめる動作をした。
「そもそも『さる貴族の長男』を殺害した時点で領主として不適格なのでは?」
「それは……どうなのでしょうか。幻想国家では貴族になれば人のひとりくらいは殺せるのでは」
「ローザミスティカですら投獄されてるのにぃ?」
 このやりとりがちょっと楽しかったのか、エッダはやっとくすくすと笑い出した。
「こんな情報を他国の人間(ぐんじん)が容易く聴けるのだから、イレギュラーズは辞められないでありますよ」
「ハイルールは?」
「「絶対」」
 なんだか二人の間でツボったらしい。少女のように笑い合っている。
 一方で、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)はどうにも笑えない気分だった。
「テュフォン……その悪い噂は聞き及んでおります。
 その出処を押さえられると言うのであれば、公もお喜びになるでしょう。
 確かに今回の件に関して気になるコトは多いですが……深入りしない方が良さそうです」
 同意するようにルル家たちが笑い声をとめる。
 ドラマは目を細め、青い鞘から青い刀身をもつ剣をすらりと抜いた。
「好奇心は猫をも殺す、と言いますから」

「テュフォン……化け物なのかな、魔種なのかなぁ?
 皆様も強そうだし。はぁ、いっぱい斬りあえるといいなぁ」
 『蔵人』玄緯・玄丁(p3p008717)は刀に手をかけ、崖から飛び降りる準備をした。
 槍を片手に、そして助走をつける『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。
「魔種はその殆どが特異運命座標がチームになって当たらなければ勝ち得ない相手。厳しい戦いになるだろう……だが、我々にも勝たねばならぬ理由がある」
「オーケー、作戦開始!」
 シラス(p3p004421)たちは一斉に崖から飛び出し、降下装備を展開。
 ハッとしてこちらを見上げるガードマンたちをよそに、シラスは『鍵』を起動してセキュリティマジックを解除。邸宅を覆っていた半球形の結界が部分的にキャンセルされ、シラスたちは広い庭へと降下した。
 周囲のマフィアめいた兵隊たちが剣や銃を抜く中、降下装置を適切に切り離したベネディクトが着地。ギラリとめを光らせる。
「──行こう」

●疾走と破壊
 シラスたちが選択したのは電撃的な強行突破。
 全員の総力をあげて敵を蹴散らし、テュフォンの座す大広間へと突入するのだ。
「そういうわけで、ゆっくり相手はしてらんないんだよ!」
 咄嗟に拳銃を構えたスキンヘッドの男に素早く接近すると、相手の手首を掴んで柔軟に地面へと投げ倒す。
 別の兵隊が銃撃をしかけてくるが、シラスは先ほど倒した兵隊を引き起こして無理矢理盾にした。
「この好機を確実な物とし、俺達に課せられた使命を果たす!
 俺達よりも強大な相手が策を弄す事をする前に、俺達の前にして油断があるこの時に──何としてでも!」
 マナガルムは二本スタイルとした槍で次々に兵隊を殴り倒すと、マントをなびかせながら建物へと走って行く。
 そうはさせじと兵隊が剣を構えて行く手を塞ぐが、マナガルムはチャージしたエネルギーをそのまま突進の力に変えて兵隊を強引に突き飛ばしていく。
「こいつら手練れだ! 集中砲火で潰せ!」
 魔法の構えをとる兵隊たち。
 その集中砲火が浴びせられる先を予め予測したグリーフは、自らの自己修復機能をフル稼働させながら無数の電撃を身体で受け、そして受け流していく。
「執拗な攻撃……代わるであります」
 エッダはグリーフと入れ替わるように前へ出ると、鋼に覆われた両腕でガード姿勢をとりながら突進。
 浴びせられる魔法の電撃を腕にため、それをそのまま兵隊の胸へとダブルパンチで打ち込んでやった。
 吹き飛ばされる兵隊たちを横目に、スティアが聖域を拡大。
 浸食していったフィールドにエッダとグリーフが包み込まれ、彼女たちの肉体がおった損傷部分へ白い羽のようなエネルギー体が張り付き、しみこみ、同化することで肉体を急速に修復していく。
「先へ行って」
「おことばにあまえてぇ」
 玄丁はふわりと笑うと建物の扉を蹴破り、通路で待ち構える兵隊へと斬りかかった。
 防御のためにかざされた剣をまるごと切断し、兵隊の肉体そもぶった切る玄丁。
 吹き上がる血を浴びることなくすり抜け、さらなる斬撃がまた別の兵隊の腕や首を次々に斬っていく。
 飛び石を流れる川ように、美しく兵隊たちの間をすり抜け、そしてそのすべてを鮮血に染めていく。
「止まれ! ここはテュフォン様の――」
「百も承知!」
 ルル家は急激に加速すると、前髪で覆っていた右目を解放。カッと放たれる虚無の波動が力ある光線となって兵隊を打ち抜き、拡散と爆発によって兵隊たちを蹴散らしていく。
 残されたのは大きな扉。
 そこへ立ち塞がる2m越えはあろうかという巨漢。
 ハンマーを振り上げ叫びをあげるその巨体へ――。
「領主を失ったこの地域は近いうちに管理が移管され、我等が主の手によって沙汰を受けるコトになるのでしょう。残念ながら、そこにあなた方の居場所はありません」
 剣をしっかりと握り込み、不可視の悪魔を卸した肉体から情動と共に斬撃を解き放つ。
 繰り出されたハンマーの柄と巨漢の首筋を的確に切りつけ、派手に転倒し破壊されたハンマーが転がっていく音を背に第二の斬撃を繰り出した。
 両開きの荘厳な扉を、魔力の刃が斜めに切り裂いていく。

●テュフォン
 崩れ落ちる扉のその向こう。
 どれだけの人数がかけられるかわからない長く大きなテーブルが続き、そのずっと奥。何本もの燭台をこえ、ひときわ豪華な椅子にこしかける青いドレスの女。
 誰に言われなくても分かる。
 女から感じられる邪悪な気配が、玄丁たちを本能的に構えさせた。
「あれがぁ……」
「ああ。油断するな」
「ルル家の見立て通り、と言うべきなのかな」
 彼女こそが罪深き貴族の娘にして悪しき領主『テュフォン』である。
 テュフォンはティーカップに口をつけ、深くゆっくりと息を吐き、静かにティーソーサーへカップを置いた。
「ごきげんよう、招かれざる訪問者の皆様? 本日はどのようなご用件かしら」
「…………」
 お前の父に言われて殺しに来たんだ。
 そう、述べるべきだろうか?
「邪魔するぜ、マドモアゼル。心当たりはあるだろう?」
 シラスはカマカケの意味も込めてそうこたえて、まず一人前へ出た。
 油断して勝てる相手じゃない。ポケットに入れていた手を出し、見下すようにあげていた顎を引き、らだりと下げて広げた手が、いつでも人を殺せるように小さく動いた。
 何があってもいいようにと一度刀を収めていた玄丁も、その横に並んですらりと抜刀。黒色の刀身が虹のように艶を帯びる。
「僕だって、危険だってこと、覚えておいてくださいねぇ?」
 それに伴って、スティアたちもまた一列に並んだ。
 深く鋭く呼吸を整え、『聖域』を強固に形成し目に見えるほど頑強な正十二面体に包まれるスティア。
「何でありましたか。なんとかいう貴族の長子を殺したこと。
 それとこの薬。……何か関係があるのでは?
 ああいえ、どうでも良いことでありましたな。
 何れにせよ灰は灰に」
 エッダはガチンと拳をぶつけて火花を散らし、独特のファイティングポーズをとる。
 その横でグリーフは両腕にグリーンのラインを浮きあがらせ、目の奥で怪しい光を瞬かせた。
「庇ってくれた親の行為を無にした報いを受けなさい!」
 その更に横ではルル家が両目を露わにし、刀を両手でしっかりと構えて突撃の姿勢をとる。
 さらにはドラマも鞘を逆手に持ち風変わりな、そして伝説的冒険者のフォームを取るとチラリとマナガルムに視線をやった。
 小さく頷き、ふたつの槍を構え強く握りしめる。
「問答は不要、貴女には消えて頂く!」
 初撃を切り込んだのはマナガルムの槍――もとい槍から吹き出るように生み出された巨大な大鎌であった。
「我が敵を喰らい破れ、銀槍よ……!」
 銀槍グロリアスペイン、そして蒼銀月のクロスより解き放たれた魔性の斬撃がテュフォンを、襲う。
 すかさず玄丁とシラスはテーブルへと飛び乗り、燭台をはさんで両サイドを素早く駆け抜けた。
「玄丁」
「お任せあれだよぉ」
 ふわりと笑った玄丁はその瞬間に突如分裂。
 早すぎる動きが残像を作り、ティーソーサーとティーカップを持ったままのテュフォンを四方から取り囲んだ。
 そして一切逃げ場のない一斉斬撃を繰り出していく。
 が、それで満足するシラスたちではない。
 隙を突く……というより詰めを固くすべくシラスは鋭い右ストレートをテュフォンの顔面へと打ち込んだ。
 それらの攻撃は――。
 まさかの、前弾命中。
 テュフォンの腕が巨鎌に切り裂かれ、ドレスは無残に切り刻まれ、シラスの拳はテュフォンの鼻をへし折りながらめりこみ、そして吹き飛ばした。
 まっすぐに飛び、絵画のかかった壁へと激突するテュフォン。
「……?」
 手応えが『ありすぎる』。
 シラスは顔をしかめ、そしてあらためて壁にかかった絵画を見た。それまでテュフォンの堂々たるいでたちに目を奪われて気づかなかったが、絵画には真っ黒い塗料が塗りたくられているだけで何も描かれていないように見えた。
 もしくは、何かを描こうとして黒を塗りたくるしかなくなったようにも。
「■、■■、ごぶ、ごきげ……ごきげんよう」
 対して、テュフォンは濁った発音を幾度も繰り返しながらも修正し、世にも美しいカナリアのような声で再び述べた。
「招かれざる訪問者の皆様。本日はどのようなご用件かしら」
 立ち上がったテュフォンの顔は美しく、青い高級そうなドレスを纏っていた。
 なにひとつ。なにひとつ傷ついているようには見えない。
 唯一、ティーカップとティーソーサーだけはその足下で砕け散っていた。
「超再生か! 玄丁、もう一度――」
 と呼びかけた瞬間、玄丁とシラスのそれぞれ斜め後ろに黒い『穴』が出現し、そこから伸びた巨大な黒い手のようなものが二人を掴み、そして放り投げた。
 大きなガラス張りのテラス。そのガラスを突き破って庭へと転がり出る二人。
 スティアはそんな二人の元へ駆けつけると、聖域を拡大して彼らの治癒を開始した。
「しばらく無防備になる。保護をおねがい!」
「了解であります」
 鋼の靴でスライドしながら間に割り込むエッダ。
 テュフォンは美しく微笑みながら、エッダへてくてくと歩み始める。
「招かれざる訪問者の皆様。本日はどのようなご用件かしら」
 また同じ質問だ。
 エッダは『しったことではない』と履き捨て、テュフォンへと殴りかかった。
 間を阻むように現れる無数の『穴』から、謎の黒い手が大量のパンチを繰り出してくる。
 エッダはそれを鋼のパンチで相殺しながら、強引に一歩また一歩と詰め寄っていった。
 そんなエッダの周囲を覆うように開く無数の穴。
「――ッ」
 飛び出した無数の細い手が手刀のようにエッダの肉体に滑り込み、肉をかき分けるよにえぐっていく。
 だがそれ以上はグリーフが許さない。エッダをショルダータックルで突き飛ばすようにして追撃から逃れさせると、無数の手がグリーフに食い込みその肉体構造を引きちぎって次々に破壊していくことを許した。
 美しい女性を摸したグリーフの肉体は、大量のケーブルや板やボルトが埋め込まれている。それが引きずり出され破壊されるのを、しかしグリーフは特殊な結界を発動させることで弾いた。
 結界に閉ざされる手。
 だがすぐに巨大な穴が頭上に開き、飛び出した巨大な手がグリーフの結界を握りつぶしてしまった。
 が、これでいい。
 グリーフを破壊するのに費やした時間は、それだけテュフォンを破壊するために費やされるのだから。
「下がってください。グリーフ殿の稼いだこの数刻、無駄にはしません!」
 ルル家による刀の斬撃。
 更にドラマによる剣の斬撃。
 二人の斬撃は交差し、青と緑の光がX字に交差してテュフォンを切り裂いた。
 シラスたちを放り投げたのと同じ穴がドラマたちの頭上に開く……が、そこから手は伸びない。
「ただ斬っただけではないのです。あなたと世界との、魔力の糸を切りました」
 剣を突き出すようにするドラマ。
 苦し紛れにか無数の小さな穴が開いて手が飛び出すも、ドラマはそれを鞘で打ち落とすことで次々に回避。
 やっと掴んだ腕も強引に引きちぎり、テュフォンの眼前へと迫り――。
「見せたな。背中を」
 狡猾にも背後に回り込んでいたマナガルムの槍が、テュフォンを背中から串刺しにした。
 そしてドラマに気を取られていた間に素早く距離を詰めていたルル家の刀が、テュフォンの首を切り落とす。
 もう再生はおこらない。ころがった首は穏やかな表情をたたえたまま、もう動かなかった。
 身体のほうはといえば、ぐったりとその場に崩れ無数に開いていた『穴』たちも閉じていく。
「依頼された暗殺は完了した。皆、退――」
 と、その時。
 彼らの足下が真っ黒に染まった。

●blue blues monster
 床のタイルも土も石も芝生さえも真っ黒いなにかに覆われていた。足首まで達する黒は、あまりにも巨大すぎる『穴』だとわかった。
 顔半分まで穴に浸かったテュフォンの首が。
「ごきげんよう、招かれざる訪問者の皆様? 本日はどのようなご用件かしら」
 と、囁いた。

 テュフォン邸が、まるで雛が生まれた卵のように内側から砕かれ、崩壊していく。
 空へと伸ばされた巨大な腕は、黒から目の覚めるよな青色へと変わり、そしてあたりの土をごっそりともぎとっていく。
 それは領地にすまう民も、雇われていた兵隊たちも、豪華な家々もまとめてだ。
 そんな光景に、ルル家たちは巻き込まれてはいなかった。
 危機を察知したグリーフがもてる緊急脱出機能をフル活用して負傷した仲間達を抱え、領地を強引に脱出したからである。
 そして振り返ると、そこには巨大な土と石だけの大地があった。
 家々も、人々も、咲き乱れたソムニフも、そこにはない。
「もしかして自分たちは『藪をつつく』役目を与えられたのでは……。
 レイガルテそっくりに整形された男。あの『影武者』は本当に……?」
 つぶやきに応える者はない。
 なぜなら知っているからだ。
「『好奇心は猫をも殺す』」
 きっとこれは、レイガルテの利となったのだろうから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――禁止植物ソムニフの栽培を行っていたテュフォン領地は消滅しました
 ――テュフォン領地の管理もとい開拓に新たなフィッツバルディ派貴族が選出されました。
 ――領地消滅には『どの貴族も関わっていない』と報告されました。
 ――今回の依頼人はイレギュラーズたちへの報酬だけを残し、行方不明となりました。

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