PandoraPartyProject

シナリオ詳細

剣閃散りて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 空は高く青く澄み渡り、東雲色の雲が朝日を受けて輝いていた。
 冬の寒さが床板から染み渡る。
 足袋越しに伝わる痛い程の冷たさ。
 肺に吸い込めば温度差で空咳をしてしまいそうな程に、静謐な朝の寒さ。
 小さく白い息を吐いて、立てかけてある弓を取る。
 静けさを保った射場に一歩足を踏み入れば、其処は神域だ。
 袴の衣擦れと足袋が床を這う音だけが射場に連なる。
 礼をして的前に立てば一層気が引き締まるのだ。

『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は小さく息を吐いた。
 弓を構え筈を弦に番える。手の内を支えから狙いへ。

 ――遮那。胴作りが成っておらぬと、矢は何処かへ飛んで行ってしまうからの。しっかりと地に足を着け弦を離した時の反動を受け止めるのじゃぞ。

 義兄、天香長胤の言葉を反芻する。
 弓を持ち上げ、ゆっくりと引いて行く時の鳴りは、何処か自身の心の表れであるように思えた。
 力を振り絞り死力を尽くす事と、弓の一射は似ているように思えるのだ。
 弓幹が撓り、矢が真っ直ぐ降りてくる。これ以上行けぬ所まで引いて狙いを定めた。
 弦音を響かせ離れて行く矢を追う――小気味よい音を立てて矢が的に中たった。
 残心を味わい構えを正す。
 真剣な眼差しだった琥珀色の瞳が射場の外に向けられ、僅かに綻んだ。
「お見事ですよ。遮那くん」
「ルル家……来ていたのか」
「ええ。イレギュラーズ……神使と言えど、拙者は遮那くんの側仕えですから」
 夢見 ルル家 (p3p000016)は弓を立てかける遮那に微笑む。
「其方は色々と忙しいだろう? 無理に側仕えを続けなくとも良いのだぞ?」
「何をおっしゃいますか。拙者はどんなに忙しくても此処へ来ますし、これが拙者のお仕事なんです」

 ――私の仕事を奪わないでくださいよ。若。私は若に剣技を教える事が仕事なのですから。

「……」
「どうしました? 遮那くん」
 心配そうに覗き込むルル家に破顔する遮那。
「いや、其方と同じ事を忠継が言っていたなと思い出したのだ」
 楠忠継という忠臣が居た。天香家の為に最期まで命尽くした男だった。
 魔種故の歪みはあれど、己が信念を突き通した遮那の剣の師。
「忠継殿。結局直接お話することはありませんでしたが。遮那くんの話しぶりから察するに、とても仕事熱心な方だったのでしょうね」
「そうだな。いつも忙しなく動いていたな。基本真面目なのだが、極稀に真剣な顔をして戯言を申すものだから私はすっかり騙されてしまった事もある。西瓜の種を食べるとへそから生えてくるとか。かき氷の蜜は全部同じ味だとか」
「また微妙な所を」
 ルル家は半目になって苦笑いする。
「して、今日はどうしたのだ? こんな早朝に射場まで来るとは。何か用事があるのではないか?」
「そうなのです! 今日はお休みの日と聞いていたので、是非拙者達と手合わせをお願いしたいのです」
 拙者達という言葉に遮那は目を瞬いた。琥珀の視線をルル家の後ろ、道場の入り口に向ければ誰かが遠慮がちにこちらを見守っている。
「おお。其方らも来ておったのか」
 遮那は手を上げて彼等を迎え入れる。

「約束を果たしに来ました」
 朝日がゆっくりと射場に入り込んでた。彼岸会 無量 (p3p007169)の濡れ羽色の黒髪を照らし、金輪が凛と鳴る。夏の日に約束をした。剣を交え稽古をつけるという言葉をかわしたのだ。
「ああ、今日がその日か。中々時間が取れなかったからな。ベネディクトも居るのか、丁度良い。ベネディクトともいつか修練をするという約束をしていたのだ」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)の黒い外套が僅かに風に揺れる。
 新天地豊穣に訪れたイレギュラーズへ興味津々で近づいた遮那の相手をしたのがベネディクトだった。
「あの貰った鈴はな、この弦巻に着けておるのだよ」
 予備の弦を入れておく道具からチリンと音が鳴る。
「それは良かった」
 ベネディクトの隣にはリンディス=クァドラータ (p3p007979)の姿もあった。
「リンディスも稽古か? もしや其方は剣が扱えるのか?」
「いえ、私は見学をしていようかと。見ているのも楽しいですから。あ、でも魔法の稽古なら出来ます」
「おおそうか! 私は風の力を操るからな。リンディスから学ぶ事もあるだろう」
 遮那は嬉しそうに三人に笑みを浮かべる。


 射場から外の修練場へ移って来た五人。
 空には雲一つ無く、天色が広がっていた。修練日和であろう。
「今日は其方達に『稽古を付けて貰う』立場となろう。是非、教えて貰いたいのだ。戦い方や武技を」
「そうなのですか? あの、嵐みたいな攻撃とかは」
 肉腫に侵された遮那と戦った事のあるルル家やリンディスは不思議そうに首を傾げる。
「覚えていることも、覚えていないこともあるが……あれは操られていた故と言えばいいだろうか」
 遮那は苦笑する。其れだけ肉腫という物は凶悪だったのだろう。
 今の遮那の実力は、文字通り『ただの人間』だ。

「遮那くん。拙者が稽古を付けますよ! そりゃもう手取足取り!」
「普通に付けてくれるだけでいいぞ? こほ、こほ」
「あれ? どうしました? 風邪ですか?」
 心配そうに見つめるルル家に首を振る遮那。
「いや、大丈夫。近頃喉の調子がおかしくてな。声が変なのだ。上手く出せぬ」
「それはもしや……声変わりなのでは?」
 大戦を終えて、大切なものを失った少年の成長の兆し。
 変わって行こうとする心と共に、身体も変化を遂げて行くのだろう。
 心なしか身長も伸びているような気がした。

 軽い打ち合いをベネディクトと遮那が流していく。
 遮那の動作は荒削りだが、筋は悪くないとベネディクトは頷いた。
 木刀が重なり、修練場に木霊する。
 その様子をリンディスと無量が長椅子に座って眺めていた。
 傍らには温かいお茶とお菓子。ルル家は厨房に行って、おにぎりを握っているらしい。
 剣技の稽古や弓、魔法。何を教えてもスポンジの様に吸収していくだろう。
 リンディスはこれから綴る物語を楽しみに目を細めた。

GMコメント

 もみじです。遮那と稽古するリクエストを貰っていたので部分リクシナで解放しました。
 ※こちらは部分リクエストシナリオです。【参加RC金額】にご注意下さい。

●目的
 遮那と稽古や交流をする

●ロケーション
 天香家の修練場です。
 野外、屋内両方あります。弓道場もあります。
 天気も良く、修練日和です。

●出来る事

【1】稽古
 修練場や弓道場で遮那に稽古をつけたり、つけられたりします。
 剣技、弓、魔法など、様々な戦い方を教える事ができます。
 遮那は貪欲に吸収していきます。
 時には冴え渡る一太刀を繰り出すこともあるでしょう。
 もちろん、遮那だけでなくイレギュラーズ同士での稽古もOK

【2】観覧
 稽古を眺めたり、休憩の間にお話をしたりするのはこちらです。
 観覧場所には温かいお茶とお菓子、おにぎりなんかがあります。
 食べ物の持ち込みも自由です。
 身体を冷やしてしまわないように、温かい格好で過ごしましょう。
 また、毛布を貸してくれます。

●NPC
○『琥珀薫風』天香・遮那(あまのか・しゃな)
 誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家でした。
 義兄の意思と共に天香家を継ぎ、前に突き進んで行きます。
 大戦を経て心の成長に伴い、身体も変化しようとしています。
 最近どうやら声変わりが始まったようです。身長も少し伸びているらしい。

  • 剣閃散りて完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年12月31日 22時01分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費300RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
※参加確定済み※
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
彼岸会 空観(p3p007169)

※参加確定済み※
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
※参加確定済み※
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
※参加確定済み※

リプレイ


 天色の空に鳥の鳴声が高く響いた。
 首元を浚う凍てついた風に身が縮こまる。ほぅと白い息が横に流れて消えて行く。

「やあ、こうして面と向かって顔を合わせるのは初めてだな。
 伏見行人、旅をしている者だ。何かあったらお気軽に」
 朝の修練場に『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)の声が響く。
「オレはイグナート。ヨロシクね! 今まで上手く話せるキカイが持ててなかったから今回はキカイに恵まれてウレシイよ!」
 その隣には、『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)と『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)の姿もあった。
「遮那、お初にお目にかかります。『夢語る李花』フルール プリュニエ、それと精霊達。どうか私のことは『李花(りーふぁ)』とお呼びくださいな。私が年上だから『おにーさん』はなしね♪」
「ああ、三人とも初めて見る顔だな。よく来てくれた。歓迎するぞ」
 にっこりと微笑んだ『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は三人と握手を交す。

「じゃあ、まずは実戦的な格闘について!」
 武器を持たず素手で組み合う訓練から始めるイグナート。
「もつれ合いになったバアイに実戦でイチバン気を付けなきゃいけないことって分るかな?」
「目潰しとか、間接潰しだろうか?」
「そう、イチバン気を付けなきゃいけないのは――」
 急所への攻撃。特に正中線上の、人中、水月、冗談みたいだけど金的も含まれる。
「成程な。急所への攻撃は避けねばなるまい」
 イグナートの流派において、最初期の頃はランダムでそういった急所を狙われることがあるのだ。
 いつ、来るか分からない急所への攻撃を怖がっていては隙ができる。
「そういうのシャナはやったことあるかな? トウゼン、モンゼツしてダウンしたら追撃があるよ」
「ああ、忠継や安奈に教わっていたからな。それなりの心得はあるぞ」
「よし、じゃあモンダイ無いね! 実際にやってみよう!」
 イグナートは遮那の戦闘スタイルについて聞き及んでいた範囲で推察する。
 剣での戦いが得意なのだとすれば懐に入られるのは危険だろう。それを補う為の訓練だ。
 素早いイグナートの動きに必死について行こうとする遮那。
 急所を狙われ、咄嗟に庇おうとした瞬間。イグナートの拳が遮那の腹を抉る。
 転がる遮那にイグナートは追撃を繰り出した。目潰しだ。
 指先が目玉の粘膜に触れる瞬間に躱した遮那はイグナートと距離を取る。
「覚えるヒツヨウは無いんだよ。知っておいて、気にせずにタダシイ修行を積めばこの手のコテサキの技は相手にならなくなるからね」
「ああ、参考になる! 私は近づかれたら短刀で首を切るような戦い方だからな。拳や足の打撃戦はしてこなかったから新鮮だ。あとで、正拳突きや足払いを見せてくれ!」
「もちろんだよ! 沢山覚えて強くならなくちゃね!」
 イグナートの声が修練場に響く。

「お、やってるな。かかっ、良き良き」
「ははぁ。男児(おのこ)はあれぐらいやんちゃな方が可愛いのう」
 姫菱・安奈と浅香・喜代が揃って修練所を訪れる。
「遮那殿、に安奈殿ご健勝でなにより。
 とは言え祝勝会であったばかりであるが……やはり顔を見ると安心するものであるな!」
 快活な笑顔で『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が手を上げた。
「百合子も来ておったのか。今日はよろしく頼む」
「所で其方の方は……」
 一同が喜代へと視線を向ける。
「ほほっ、天香に仕えます、浅香・喜代と申しますえ。以後、お見知りおき下され」
 喜代は体を冷やさぬようにと膝掛け毛布を持ってきてくれたらしい。

「では、吾は体術について教えようか」
「お、あの百合子の技か?」
 遮那の言葉に首を横に振る百合子。美少女の技術なれば、安奈が教えるはず。
「勝手に取り上げて恨まれたくはない故な、ご勘弁願いたい」
 全ての物事には理がある。
 空を飛ぶ鳥。木々の青さ。小難しく考える必要は無い。万物の理屈が分かっていれば初めて見る技術としても対処のしようがあるのだと百合子は遮那に説いた。
「例えば、物は動き始めると力を込めるのをやめても動き続けようとする性質がある」
 既に弧を描いた切っ先を止めるより、動き出した瞬間を潰す方が良い。
「そのように自分自身の動きの無駄を削りつづければ、常人の一呼吸で二つの事が成せるようになろう」
「成程な。百合子の話は為になる」

 さて、どうしたものかと百合子は考える。
 百合子と遮那とでは種族自体が異なるのだ。瞼に毒腺も無いし。習得が難しい技は教えるのに時間が掛かるだろう。無手の状態から相手の攻撃を受け流す技術が良いだろうか。
「何故防御の構えばかりなのだ?」
「遮那殿が丸腰で戦う状況など十中八九奇襲であろう。それならば打ち倒すのを考えるよりも逃げ延びる方を優先した方がよい」
 いらぬ怪我をするより逃げて、生き延びなければならぬ身だからこそ。
 百合子は命を守る手を遮那に教え込む。
「生きて居れば、吾達が力を貸すのでな」
 何れだけ窮地に追い込まれようとも、必ず味方になるからと百合子は微笑んだ。

「私は見てるだけとも思ったけれど、遮那に聞いてみたいことがあるから、手合わせしてみましょうか」
 フルールは百合子の次に遮那の前に立った。
 体を動かして居た方が、余計な事を考えなくて済むだろう。
「精霊と術を用いた徒手空拳なのだけれど、運の要素が強くてね。なかなか上手くいかないわ。勝った方の言うことを聞くとかどう?」
「うむ。私が叶えてやれることなら問題無いぞ」
 組み手をかけながら、フルールは遮那に問いかける。
「あなたが肉腫を植え付けられて、聞いた声があったって聞いたわ。無事に剥がされたようだけど。
 ねぇ、どんな声だった? おぞましい声だった? 優しい声だった?」
「そうだな……」
 フルールの声に一瞬だけ思考の海に誘われる遮那。その隙を突いてフルールの精霊が遮那を包み込んだ。
「私はね、その時聞こえた声はあなたのもう一つの『本音』だったのだと思う」
 肉腫は切欠に過ぎない。それは遮那が選び取れるもう一つの可能性の声だったのでは無いか。
「もしかしたら、その『声』は肉腫が消えても残っているかもしれない。だからまたその『声』に向き合わなきゃいけない時が来るかもしれない。天香という誇りと重責を背負うのだもの、いつかきっと」
「……っ、あれは」
 また再びあの声を聞く事があるのだろうか。自分の中に潜む忌まわしき声。
 遮那を貶め、甘言を吐いて未来を閉ざそうとした声に再び相まみえるというのか。
「だから、もう一人の遮那を忘れないで。その子をあなたが理解してあげたら、きっと力になる。
 私はね、あなた達二人を一人として愛したい。だって、いないことにされるなんて可哀想だもの」
 フルールの声は遮那の耳朶を擽り、精神を揺さぶる。
 精霊の焔は遮那の身を焼き、皮膚が焦げる匂いが修練場に漂った。
「あぁ、そうそう。私お願い事だけど。私、弟が欲しかったのよ♪」
「ううむ。弟には成れぬが。また、其方に稽古を付けてほしいな」
「もちろんよ♪」


「さて。俺の教える事は……攻撃をどのように防ぐか、という所だ」
 行人は片刃の剣を構え遮那と対峙する。
「もっと言うと『生き残る事』を君には第一に考えて貰いたい、かな。先ほどの百合子さんの話とも被るけどね。武勲を立てる事は確かに大事だ、それを否定する気は全く無い……それは君がこれからどうするか、という所だからね」
 されど、遮那の背には己の武勲をあげる事だけでは補いきれない重責がのし掛っている。
「君が死んだら、それは君だけの事じゃあない。天香家の当主となった以上、それを俺としては一番に考えて貰いたい」
 その場を凌いで味方の助力を得て勝つ。独りでは無い事を忘れるなと行人は遮那に紡ぐ。
「さ、稽古といこう。打っておいで」
 行人は遮那に木刀を打ち込ませ、其れを凌いでいく。行人の剣は上品なものではない。
 珍しさもあるだろう。
 正面からの攻撃を薙ぎ、返す手で胴を蹴り距離を取らせる。
 剣だけではない、体を使って優位に立つ事を読み取ってくれればそれでいいのだ。

 ――――
 ――

 夏の日差し照りつけるあの日の約束。
 ふわりとした風が吹けば流れる様な言葉。紡いだ糸。
 激動の嵐を切れずに繋がった今日この日。
「こうして約束を果たせる事、とても喜ばしく思います。さあ、今日はとっておきを御教授致しましょう」
『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は黄金の瞳を細め優しく笑った。

 まずは見取り稽古。
 無量の剣の神髄は多数の選択肢から最善を選び取るもの。
 稽古で其れを見せるのは難しいが。さて。
 行人を相手に『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)と無量で打ち込んで行く。
「出来れば通常攻撃で、ね! いや、技の一発くらいなら耐えられるとは思うが……」
「行きますよー!」
「参ります」
 ルル家が素早い居合いで二太刀続けざまに繰り出した。
 無量は研ぎ澄まされた構えからの、上段一撃。
 基本故の、最も肝要なる一振り。
 一瞬といえど、瞬きを許さぬ程の剣筋を遮那の瞳が追う。
 それは、何千、何万を超える鍛錬を経て繰り出せる揺らぎ無き一太刀だ。
 圧倒的な力量の差に、心の底から感嘆の声が上がる。
「凄いな……!」
 行人の傷を癒すのは『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)だ。
 的確に怪我の具合を読み取り、回復を施して行く。

「じゃあ、最後に影踏みを空振りで。一つくらいは、俺の技を見せておきたいからね?」
 後の先――行人が自身の技を遮那の前で振るう。

 遮那と無量は心を落ち着けたあと相対した。
 一足飛びに間合いへと踏み込んだ無量は、最も大切な技を紡ぐ。
 大切な人から貰ったもの。
「私の目を見てください」
 近づいて来る無量の瞳。お互いの姿を映す鏡面。
 相手の目に映る自分が何を成そうとしているのかを理解し、その道を踏み外さぬ様に心予める。
「この技は技術ではありません。己の在り方を正しく示す、その心構えである所が大きい」
 これから先、遮那が再び戦う事が出てくるだろう。
 愛する何かを守る為、憎む何かを倒す為。理由は分からずとも来たるべき時に剣を振れるよう。
「この技を頭の片隅に置いて頂ければ幸いです。貴方はとても素直でよい子です」
 だからこそ。きっと上手く扱えるはずだから。

「こんな事を言うと失礼に当たりましょうが……何だか、弟のように感じます」
 一稽古つけたあと、無量は遮那の肩を優しく叩いた。
「私に居たのは妹ですが、あの子も遮那さんと同じ様に優しく、素直な子でしたから……」
「そうか。ならば、無量の期待に添えるよう頑張らねばな」
 しっかりと握手を交し、次の稽古に向かう遮那。


「何時かまた稽古や食事を共にする事があればと思って居たが……」
「ああ私も嬉しいぞ! ベネディクト!」
 ハイタッチを交す『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)と遮那。
「俺が教えられるのは対槍への稽古くらいだろうか。剣も扱えるには扱えるが、遮那より扱いは上手くないだろう」
 雲霧と蒼銀月を構え、円を描くように距離を詰めていく二人。
「理論的に語れる事は俺もそう多くは無いからな」
 こういうものは口で語るより、実戦的に学んで行く事も重要なのだ。
 もちろん片方だけでは足りない。両方面から鍛錬を積むことが大事である。
「稽古とは言うが、真剣にやらせて貰う──遮那、今のお前の力を俺に見せてくれ」
 結局の所、ベネディクトには剣槍を交えることしかできないのだ。
 ヒーラーであるリンディスも居てくれることだし。
「俺に遠慮して加減は不要だぞ、遮那」
「承知した! いくぞ!」
 幾度かの太刀筋の応酬。ベネディクトの方が優位ではあるだろう。
 されど、琥珀の瞳が輝く時、遮那の雲霧から風が吹き上がり――ベネディクトの頬を剣先が掠める。
 ベネディクトは息を飲んでから微笑んだ。
「良い一撃だ、俺も反応出来なかった。稽古をつけている心算が、俺もまだまだ気づかされる事が多いな」
 弾むベネディクトの声に遮那も照れた様に笑う。

 ベネディクトは昔もこうして親友達と剣槍を交したと郷愁に浸る。
 先生にレイル、そしてローランド……もし、ローランドがまだ生きているなら。
 もう少し良い訓練を遮那に付けることができたかもしれない。未練が胸を灼いていく。

 ――――
 ――

「流石ですね遮那くん。その成長速度は目をみはるものがありますよ!」
 剣花火が修練場に響いた。遮那とルル家は剣檄を交し間合いを取る。
「この技は剣技ではありません。時にこういう奇怪な技を使う相手もいるという参考だとお思いください」
 ルル家から放たれる無数の剣筋。可能性の獣が有する運命力の一太刀。
 遮那には決して到達しえない、世界に愛された者の剣だ。
「はは、やはり其方は強いな。ルル家」
「いえいえ。拙者も教えて欲しいことがありますよ! 風の技の使い方を教えて頂きたいのです!」
 烏天狗の由羽が使った風の技。同じ風使いたる遮那からならば何か得るものがあるかもしれない。
 右目に嵌った緑柘榴の瞳は烏天狗のものだったのだから。
「遮那くんとお揃いの技を使えたら嬉しいですしね!」
 それに、忠継や長胤の薫陶を受けた遮那の力を共に分かち合いたいという気持ちもあった。
 共に歩む事はもう叶わねど、彼等が残した技と一緒に遮那を守って行きたい。
「さぁ、遮那くん!倒れるまで付き合って頂きますよ!」
「分かった」
 そう、遮那は居住まいを正し、ルル家に向き直る。
 雲霧の柄をしかと握りしめ。風を身に纏わせ飛翔するのだ。
 ルル家の剣が攻撃を止めようと振るわれる。
 されど、剣先から走る僅かな風の流れを読み、螺旋を描くように身を翻しルル家の首元へ刃が走った。
「風を纏い風を読み。鳥のように飛翔する剣だ。忠継の剣と兄上の弓矢の動きを参考にしておる」
 矢は放たれたあと、羽根が風を切ることにより回転力を得る。風を纏う己自身を矢に見立てた技。
「ははぁ、成程! 確かにあのお二人の意思を継いだ技ですね!」
「まだまだ。精進しなければならないがな」

 遮那達の様子をリンディスは手元の本に綴っていた。
 一通り終わったのを見計らって、ぱたりと本を閉じる。
 皆の回復を兼ねて、遮那に術式の指南をする為だ。
「回復や援護の術式を使うときは、丁寧に相手に合わせた波長を
 ――そうですね、わかりやすくいうと"相手のことを想って"、使うこと」
「相手の事を想ってか」
「そうです。傷を癒すだけなら簡単です。ですが一緒に戦う仲間として、共に立ち向かってもらえるように"一緒に戦おう"という気持ちを込めて」
 遮那の傷に手を当てて、リンディスは微笑む。
 風は時に荒々しく、雄々しく。しかし、時に優しく頬を撫でていくだろう。
 それを制御するのは、遮那の心。――想いのひとひら。
『何の為に』『誰の為に』『己が為に』その術式を練り上げるのかを問いただす。
「出来るまで何度失敗してもいいんです。自分の力と向き合って、その想いの託すべき術式を磨き上げていきましょう」
「ああ、分かった!」

 きっとこの日この場所。まだ、遮那の物語は始まったばかりなのだろう。
「沢山の世界が、沢山の人が。そして沢山の事件が――きっと遮那さんを待ち受けています」
 いつでも頼って構わない。重ねた思い出を沢山聞かせてほしい。
 未来に繋がる遮那の『今』を綴りたいのだ。
 それが、未来を綴る編纂者たるリンディスの在り方。
 大切な過去を抱いて前へ進んでいく光(ものがたり)を見守る者。
「そうそう。お願い……といいますか、お許しを頂きたいことがあります」
 翼の章。遮那を模して編み上げた物語。仲間達と羽ばたく翼の一頁。
「遮那さんが居ないときでも、貴方の物語と一緒に戦って良いでしょうか?
 ――"未来"の物語に進めるように」
「リンディス。勿論、構わない。一緒につれて行ってくれ」


 訓練が終わった後、一息吐いた遮那の元へルル家がやってくる。
「……あ、それと! 拙者が遮那くんのところに来るのは仕事だからだけではないですよ!」
 乙女心が分かっていないとルル家は遮那の耳元で囁いた。
「好きな人の傍にいたいというのは当たり前ですよ」
「む?」
 言葉の甘い響きに遮那はルル家を見遣る。普段通りの悪戯な笑みの内側。
 少女の緑瞳が切なく揺れていた。

「また来年も挨拶に伺う心算だ。男子、三日会わざれば刮目かつもくして見よという……その時は俺が知っている今の遮那よりもずっと成長した遮那に会える事を祈っている」
 ベネディクトは夕暮れの修練所で最後に握手を交す。
「ああ、皆今日はありがとう。良い訓練になった。
 これからも、たまにこうして稽古を付けてくれると有り難いぞ。その時はよろしく頼む」
「もちろんですよ!」
「次はどんな技がいいでしょうか」
 口々にイレギュラーズは微笑み、修練場を後にする。
 その背を遮那は姿が見えなくなるまで見送った。今日の記憶を噛みしめながら。

 この日の思い出を刻み。一層の努力を重ね。研鑽を積む。
 天香を継いだ少年へ託された思いをを胸に。
 遮那は琥珀の瞳を誰も居なくなった修練場に向け、一礼をして去って行った。


成否

成功

MVP

リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 遮那にとって、とても充実した一日だったことでしょう。
 リクエスト、ご参加ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM