シナリオ詳細
If love be blind
オープニング
●愛が盲目というならば、
「おねがい」
少女は涙を溢れさせ、酷く怯えた顔をした。
「たすけて」
手を伸ばし、縋るように少女はそう言った。
「あの人を」
その言葉は、悲哀に満ち溢れていて――泣き腫らした瞼は未だ、濡れ続けていた。
●ローレット
その少女の傍に立っていた『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)は「聞いてくれる?」と問い掛けた。幻想王国のローレットの受付へと飛び込んできた少女は包帯だらけの身体で紙屑同然に丸められた依頼書を握りしめている。
「これ、ローレットがさっきギルドに張り出したばかりの依頼だったのだけれど。
彼女が取り下げるっていうから……その理由を、聞いて貰っても?」
フランツェルが少女と共に別室へ往こうと誘った。
椅子と、ベッド。簡素な設備だけが存在する別室のベッドに腰掛けた少女は怯えた震えて竦み続ける。
「この子の名前はネリー。幻想の小貴族のご令嬢よ。
……まあ、簡単に言うとローレットの依頼人になる立場の一般人なの」
フランツェルの紹介に少女はこくり、と頷いた。
「彼女には婚約者がいるわ。幼い頃から共に過ごした騎士の青年。名前を、」
「『ジル』……ジルベールは、わたしの、愛する人です」
震える声音でそう言った少女は泣きじゃくりながらも経緯を話す。
「たすけて。愛した人が、ジルが、魔種になってしまったの――」
婚約者となれたのはネリーが『小貴族』の出身であり、ジルが騎士として実力が高かったからなのだろう。だが、ある日拐かされたネリーを救う為にジルが出征し――総てが狂った。
結論を言えば、ネリーは怪我を負いながらも生還することが叶った。彼女と共に拐かされた侍女や姉妹はその命を落とすこととなる。共に育った『幼馴染み』でもあったネリーの姉達の死、そして守り切ると誓ったネリーが大怪我を負ったその様子にジルベールは絶望したらしい。守り切れなかったその苛立ちに憤怒の魔が差した。
それが誰の声であったかをネリーは知らない。これはネリーの視点からの話だ。ジルベールが本来はどう考えていたのかさえ、分かるわけはない。
「たすけて、たすけて」
泣きはらした瞼は痛々しい。フランツェルは「少し休んでいてね」と背を撫でてからイレギュラーズと共に部屋を後にした。
●
ーー助けるって?
そう口を開いた三人の女。快諾し、安心してと微笑んだは良いが助けるというのはどういう意味なのだろうか。
恋を知って愛に生きて、そうして強くなることを選んだ彼女たち。
――愛した人を己が手で眠らせる手伝いをすればいいのだろうか?
――他の傭兵が倒そうとするのを阻む手伝いをすればいいのだろうか?
彼女――ネリーは無力だ。誰かを殺す事のできる力なんて持っていない。
答えてくれ、イレギュラーズ。
……無力な民には選べない選択肢だって、あるのだから。
- If love be blind完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年12月31日 22時01分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
If love be blind, it best agree with night――
もしも。そう口にすれば何度だって言葉は溢れてくるものだ。『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は絵画に描かれた淑女の苦悩をそのかんばせに張り付けて「もしも」と言った。
「もしも、私の愛する欠月が曇ってしまったら。その時は、私は彼を――?」
その疑問は恐ろしく、それがあり得やしない事を望んでは已まない。準備をしましょう、ジルベールを助けるために。そう告げられ、角砂糖をホットティーに落としたネリーの横顔を見つめて居た『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は使われない茶器を棚に直しながらふと、呟いた。
「愛は人を強くもし、脆くもする。どう転んだとて元には戻れぬ。……それでも人は人を愛してしまうのだなあ」
人は人を愛して、そうしてまた新たな悲劇と喜劇の真ん中で踊り続ける。その最中。ネリーちゃんと名を呼んでハンケチを差し出した『神ではない誰か』金枝 繁茂(p3p008917)は「大丈夫?」と静かな声音で問いかける。
「はい、もう、行けます」
「うん」
頷くだけは小さな、それでいて心の中で決意は決まっていた。繁茂は腫れぼったく重たくなったネリーの目許をまじまじと見つめる。
(ネリーちゃんとジルベールちゃん、二人とも泣いてるんだよね。
ハンモは――ハンモは、このまま二人の結末を受け入れることなんてできない!!)
ぎゅ、と拳を固めて。繁茂は『傭兵達の依頼』が化せられたその場所へ急ごうといった。
「あらあら、これは……難しい依頼ねぇ……魔種になった以上、結末は限られているものだけれど。
……ううん、でも、そうよね。たくさん悩んで、その先で選んだ結果なら……きっと、後悔しても、悲しくても、それでも前に進めると思うから。
なんて、人の心を分かったように言ってしまったけれど。まぁ、できることからやりましょうか」
総てを手に取るように理解する事なんて出来なった。『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)にとって、それは困難を極める事だったのだろう。ネリーという少女が愛した男が反転したとなれば、その結末は明らかなものであると言うのに。
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は「恋や愛は冷静になどなれないものですよ」と静かな声音で囁いた。愛が冷静である必要などは無い。愛は熱病のようなものである。故に、幻は明らかである結末を許す事はできないと首を振った。
「ジルを助ける事が、できるの?」
問うたネリーに「そうであればと願います」と幻は言った。女は縋りたかった。助けて欲しいとイレギュラーズに告げたように。本来的なハッピーエンドを望んでいたのかもしれない。
シラス(p3p004421)は何も言えなかった。今まで、反転より『再度反転』した例は存在しない。幾重も奇跡を紡いだとしても、それが齎した結論はやさしい嘘の様なひと時だったからだ。泪ながらに求めたネリーに喉につっかえるような感覚を覚えたシラスはジルベールの本来の思いを聞いて見たいと傭兵達の行く手を遮る為に街道へと立っていた。
『……ね。届く内に、その『聲』を、届けてください』
蝶は言う。ネリーは『誓いの傷』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)をまじまじと見ていた。彼女が取戻したいと望むならばその声は復活する事ができただろう。屹度、この仕事が終われば彼女の愛しい瑠璃はその聲をと望んだはずだ。
『ボクの『聲』は、拒まれてしまったから、ボクみたいな後悔は、してほしくないんだ』
人生には後悔が付きまとって。愛している人を愛する事さえ難しい。ネリーはただ、恐れるように俯いていた。誰も知らない物語の終わりが、どこかに待っているかのような気さえして――気が遠くなるようなその刹那の瞬きに少女は怯えていたのだから。
●
悲喜が混じり合い、哀楽が織り交ぜ合う此の混沌の世。
此の世界の物語の結末はいつだってハッピーエンドばかりではないのだと――
「……ええ。良く識っていますとも。だからと言って、殺してはい御終い――なんてのは御免よ。
どんな形の結末になるかは分からないけれど……助けに来たわ!」
長い髪を揺らがせて、『never miss you』ゼファー(p3p007625)は静かに言った。立ち竦み実力も知れぬ魔種を討伐するために派遣されてきた傭兵達。彼の事情も、ネリーという少女の事も知らぬ彼らを前にしてゼファーはゆっくりと身の丈ほどの武器を構えた。
別口での依頼がやってきたことは頷ける。魔種(デモニア)は驚異だ。その呼び声が何か恐れを齎す可能性だって存在するからだ。ヴァイスは優雅にスカートを揺らして微笑んでいた。
「……ジルを殺す人たちだ」と恐れるように呟いたネリー。濁流のように世界は悲劇へと押し進もうとするのだから彼女の手を引いてアーリアは気丈に微笑んで見せた。
「『彼を助ける』了解よぉ。イイ女は、約束を守るもの!
ねえ、見たくなければ見なくていい、けれど嘘はつきたくないから貴女に見届けて欲しい。たとえそれが、私達が恨まれることになっても――」
エッダは「ネリー嬢、お守りさせていただくであります」と淑女のように礼を一つ。ネリーは二人をまじまじと見た後、泣き腫らしたその瞳に僅かな困惑を移しこんだ。
「こわく、ない?」
「何がでありますか?」
「これから、誰かが死ぬと考えたら怖く、ない?」
ネリーの顔を覗き込んだ後、エッダは「どうでありましょう」とそう言った。その声音は酷く冷え切ったオードブルのように何の感慨も沸かぬ食卓を眺めた有様である。ネリーは「ううん」と首を振った。おそらく、彼女も返答を求めていたわけではない。その言葉には『これから誰かが死ぬ事を覚悟しなくてはならない』と言った覚悟が籠められているかのようにも感じられた。
『ね。ボクはキミ達より『強い』から……かばうなんて、してあげないよ?』
傭兵を前にして、蝶々が踊ったアイラは唇を震わせて音ではなくそれを気配として伝えている。唇に浮かべた笑みは、ある種の余裕のように感じられた。
『……傷つくこと、傷つけること。そのどちらも、等しく恐ろしくて、怖いこと。
だけど、いちばんおそろしいのは、後悔を残した儘、最期が来ること』
アイラはエッダの代わりにネリーへと応えた。総ての命に祝福あれと望んだ光の蝶々。少女の気持ちに応ずる様に蝶は、魔法として周囲を舞い踊った。
『愛してるも伝えられないまま、死ぬ心算なんてボクはない。
恋って言われるよりも先に、愛に往こう。愛はパワー、なんだよ。知ってた?』
愛はパワー。その言葉にゆったりと笑みを浮かべてゼファーはおイタが過ぎる傭兵へ槍の先を真っ直ぐに向ける。揺らがない、其れがゼファーという女を形作る愛であるかのように。
「生憎、今日はプライベートなショウですからね。観客はお断りですわ?」
ヴァイスは事情を話した。それを理解してもらえないならば手荒いお返事だって致し方ないとでも言うように。
「いつ彼が牙を剥くかわからないもの、ほらこっちに任せて帰りなさい!」
アーリアがそう告げる中で、シラスは仲間達に先にジルベールと話す時間が欲しいと告げていた。
一人、茫と立った青年の――魔種として変質した髪や肌は驚くほどに白い――側で「ジルベール?」とシラスは問う。
姉と侍女。それは大きな犠牲だった。ネリーを悲しませた無力感は痛烈である事には変わりない。
恋人を救えた、ならば彼が反転するほどの憤怒は何処からやってきたのだろう。一番つらいのはネリーで、それを分からないはずはない。傷ついた彼女を今こそ支えてあげるべき立場である彼はシラスの背中の向こうに遠く、ネリーが見えたことに息を呑んだ。
「お前の、ジルベールのことを『助けて欲しい』ってネリーが。
今だけは本当の声を聞かせろよ、受け止めてやるから」
そう静かに告げたシラスは現在の呼び声を放つ人間を迂闊に人の側に置けない事は理解していた。
――『愛していたのに。もう、抱き締める事もできないんだ』
シラスは問うた。「瞼を泣き腫らした恋人を胸に抱かないなんてことあるかな」と。
「ジルベールが……本当に命を救いたかった相手は?
貴族や騎士の立場は複雑だし、何より愛情ってやつはすれ違う。それを俺は分かってるつもり。
どうしてそんなに自分を責めるんだ。メアリか侍女のことか……ネリーよりも」
「いいや。いいや……ネリーのことを愛しているのは本当なんだ。
君が言うように恋人を抱きしめたいと思ってる。俺は、まだ理性がある。彼女に対してだけ、強く。彼女が居なければ俺はすぐに正気を失う」
シラスはぐ、と息を呑んだ。囁くように。彼に問いたかった、疑問。
「婚約者の救出を優先したがために救えなかった相手。それがジルベールの本当の想い人。だから後悔に焼かれているのではないか、と。そう思ってしまったんだ」
「……憧れの人だったんだ。メアリ姉さん。彼女も、年上のいとこともうすぐ結婚する予定で――」
頭を抱えたジルベールは「うう」と唸った。憧れた姉が結婚し幸福に満ちる姿を見たかった。
シラスは「そうか」と静かに答えた。ネリーを愛する気持ちはうそではない。けれど、メアリに一時の恋心を抱いたことは忘れられない。彼女の結婚と共に其れを忘れたかったのに。そんな自分勝手な思いを抱えて心が翻った自分はネリーを愛する事はできないではないか。
シラスは「もうすぐ、ネリーが来るよ」と静かに、静かに。凪ぐ様な声音で告げてから困ったように笑って見せた。
●
「まずはお話しをしましょう?」
微笑んだヴァイスにシラスの傍らに立っていたジルベールは緊張したように頷いた。
ヴァイスはもしも、ジルベールが言葉を拒絶するならば『力』を以って制御する事を考えた。
しかし、其れも本位ではない。彼はこちらとの対話を望んでくれているだろう。
アーリアは先ほど、シラスがジルベールと対話していた間にネリーと重ねた言葉を思い出す。
――ねえ、貴女は彼を自分の手で楽にしたい?
けれどね、肉や血や、命が絶える瞬間は重いわ。私だって……誰かを護る為じゃなきゃ、嫌だもの。
ネリーは不安げに頷いていた。エッダはその気持ちを否定したくはないとナイフを握ったネリーを只、見つめている。
「聞いて、いただけますか? 僕は恋人に振られたことが御座います。それは優しくて残酷な嘘でした。
だから僕は愛し合う恋人には必ず幸せでいて欲しいのです。これは僕のエゴです」
幻は困ったように眉を寄せて切なげな声音でそう言った。甘い恋の苦痛は何処までも付きまとう。恐ろしい、毒が如く。
「魔種になったから愛し合えないなら、元の人間に戻します。奇術師は奇跡を起こすのです!」
そう、幻は乞うた。繁茂とて同じだった。花冠をぎゅうと抱きしめて、求める未来の為に言葉を費やした。
繁茂は問いかけた。心の中で微笑んでくれる『知っていたはずの大事な人の笑顔』。霞んでいるけれど、分からないけれど、けれどその人が愛してくれている事は分かる。
「人は生まれた時は何も持たず、愛に抱かれその思い出を抱きつつ死んでいく。
本当ならそれはとても長い時間をかけて流れていくもの。そんな大切な時間が二人にはもう残っていない……そんなのってあんまりだよね?」
どんな顔で、どんな声で、どんな手をしているか。そんなもの、ぜんぜん覚えいない。それでも、愛してくれた事は覚えている。だから――
「それだけでハンモはどんなことがあっても、いつも元気に笑えるんだ。それってすごいことなんだよ。
ネリーちゃんとジルベールちゃんには悲しい思い出が最期になってほしくない。
嬉しいことも楽しいことも笑いあったことも全部、悲しい結末は一滴だけで思い出を悲しく染めてしまうから」
だから、ハンモは――『金枝之繁茂』はそんなこと絶対にさせたりしない。だから奇跡を求めて声を張った。
「全身全霊を以って、この花冠に誓って、願う!!!」
「ねえ、ジルベール様、貴方は自分を許せないのではないですか。
ネリー様を守りきれなかった自分にも、ネリー様の大切な家族を守り切れなかった自分も、ネリー様から目を離した自分も。
……そして、自分に自信がもてなくなったのでしょう。自分が未来永劫ネリー様を守り切れるのだろうかと」
幻は奇跡を乞い微笑んだ。彼は、心優しかったからこそ心に魔が差したのだろうか。もう、二度とは取戻せないとでも言うように、そんな『不幸』に満ち溢れる事等、無かったのに。
「それだけネリー様のことを想うならば、永遠にネリー様の隣にいて自分と戦い続けるのが漢でしょう。
自分の心と戦うことを忘れ、ネリー様への未練と自死の間で悩むのなら、それは逃げです。人間に戻り、永遠にネリー様を守り続け、自分の心と戦い続けると誓いなさい」
幻と繁茂に続くようにアイラは一言、ジルベールへと言った。『彼女は。ボクに任せてください』と。
置いて逝かれる側の気持ちをアイラは知らない。けれど、愛する人を失う気持ちは――
『……ネリー。見届けよう。彼の雄姿を。唯、貴女に愛を伝えて、旅立つ彼の最期を。こんな最期を自力で得た彼は、とても強い人だよ』
ネリーは力を持たないけれど、アイラは、イレギュラーズは強い。強いからこそ、選べる未来は一般人よりも多かった。最高の未来を、とアイラとアーリアは乞うた。
手繰り寄せて、紡いで1%の未来を。さかしまに堕ちるまえに、ひとときの逢瀬を。
『……ネリー。ボクに教えて、キミの想いを。これから彼には『ひと』として、眠って貰います』
脳裏に響くことのはは、木霊する。叫びだしたい思いが今にも溢れてきてしまうから。
――愛しているなら、受け止めなよ……ばか!
反転にも、何もかも負けたくは無かった。アイラは恋を知っている。恋は、こんなにもつらい終わりなんて悲しいだけだから。
アーリアは願う。もう一度ジルベールがネリーを『人として』抱き締める事だった。
「ねえ、ジルベール、ネリーを抱きしめてあげて。……だって、寂しいじゃない。
目の前にいるのに、抱き締めてもらえないなんて。冷たくなった手を、握るなんて。
私が、私『達』が運命に選ばれた存在なら! 無力な恋する二人に奇跡位、起こしてみせる。だって、愛はパワー、だもの!」
愛はパワーで、心はどこまでも、澄んでいて――
――金枝之繁茂が 願い奉る 我が命を捧げ 願い奉る
二人に 奇跡を 愛ある 結末を 聞こし食せとも 恐み恐みも白す――
それでも、奇跡は簡単に起きないから奇跡なのだと。唇を噛んで、アイラはネリーを、ジルベールを見た。ジルベールは首を振る。それが不可能なのだというならば、どうすればいいのかと惑うような顔をして。
奇跡が起きないなら、それが在り来たりな終わりなら。ゼファーは小さく微笑んだ。
「此の物語は多分、世界にとってはただの挿話なのかもしれない。
良くある不幸な出来事。良くある悲しい出来事。
…だとして。ううん、だからこそかな。ほんの少しでも抗ってやりたくなるものよね」
今まで世界に満ち溢れた有り触れた総て。
「喩え人で無くなった身体だとして、其れでも、其の身体に宿した温もりは消えない筈よ。
だから。抱きしめてあげなさいな……まあ、いざとなれば何とかしてあげるわ」
ゼファーの声にジルベールはおずおずとネリーを抱きしめた。後悔だけが彼の心に満ちている。
やさしい、そしてすぐに離れた只の逢瀬であった。エッダはネリーの心を試すようにまじまじと見た。臆していないといえば嘘になる。それでも、彼女は――決意していた。
「……やれやれ。無傷で取り押さえる自信がないであります。
ご随意にフロイライン。今の自分は貴女の騎士(メイド)でありますれば。
自分は、その覚悟を見届ける者であります」
美しい娘の手を引いて。震える手でナイフを握った彼女に「よろしいですか」と問いかける。
「ええ。苦しまないように、手伝って」
「……ネリー」
少女は泣き腫らしたその双眸を愛しい人へと向けた。エッダはまじまじと見る。
愛しているのに、抱きしめられない。その理由は追求しなくともエッダは静かに呟いた。
「どちらにせよ相思相愛とは羨しいものであります。報われているからこそ反転などできるというもの」
報われない恋ならば、この終わりだって迎えられなかった。ゼファーはネリーの言ったように「手伝うわ」と静かに言った。
「ジル、愛してる。愛してるの。貴方が居てくれたら、それだけで、良かったのに」
ネリーは総てを知っていたのだろうと、そうアイラは感じていた。ナイフが、男の胸に突き立てられる。男はそのまま、強く少女を抱きしめた。突き立てられたナイフの感覚が少女の掌に残り続ける。
「ネリー」
「……なに?」
「君を、愛していたよ。莫迦な俺で――」
ごめんの言葉を飲み込むようにネリーはその瞳を覗き込んで、笑った。
ぬくもりの失われていくからだでも、その刹那には確かな思いがあって。
屹度、これが総ての恋の終わりだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
叶わぬ事も美談なら。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
夏あかねです。部分リクエストありがとうございます。
●成功条件
ネリーの依頼の達成。
●ネリーの依頼
『あの人を助けて』です。ですが、魔種を元に戻すこと何て出来ません。
魔種ですが、ジルには『ネリーを大事に思う』という気持ちが強く抵抗する意志はないようです。
皆さんはネリーの依頼をどう達成するかを話し合い、遂行することが求められます。
・ネリーの手で眠らせるための手伝いをしますか?
・ネリーの前で彼を殺す、と彼女に宣言しその命を絶つ事を救いとしますか?
・ネリーには『彼はしあわせになった』と嘘を吐いて、彼を秘密裏に殺しますか?
……ネリーには「彼はもう苦しまないよ」と教えてあげれば良いのです。
彼女は依頼人として彼について知る権利はありますが、知らなくて良い事も屹度。
けれど、恋する乙女は――知りたいものでしょう。
●ジル(ジルベール)
騎士の青年。ネリーの幼馴染みで婚約者。相思相愛です。
魔種ですが戦闘を行う気は無いので容易に殺す事ができます(その為に難易度をノーマルと設定します)
傭兵達には彼の討伐の依頼が出ています。
ネリーの姉で、こちらも幼馴染みでメアリと共に育った侍女を殺されたことで心に魔が差し、ネリーが傷ついた姿を見て自身の力不足を感じて絶望した(と、ネリーの視点では語られます)
彼は、ネリーを深く愛しています。そして、同様にネリーの愛した姉のメアリや侍女を喪い彼女が悲しんだことを深く苦悩しています。
どうして、俺は、と。何度も何度も繰り返し涙を溢れさせています。
愛していたのに。もう、抱き締める事もできないんだ。
●ネリー
依頼人の少女。幻想貴族。彼女が死ぬ事は絶対的にNGです。
ジルを深く愛していました。今だって愛しています。
魔種となった人間が許に戻らないことについてはフランツェル(深緑の高名な司教として名乗っています)が説明したようです。
なら、どうにかして彼を苦しみから解き放って欲しいと考えています。
もし、彼を殺せと言われたら……? 恐ろしいけれど、彼が望むならば。
●傭兵達への依頼
ぼんやりと立っている魔種を倒して欲しいと言う依頼です。
それは周知されており、ネリーが握りしめていた依頼書が『ジルの討伐』に関する物だったようです。
この依頼はローレットには出て居らず、他の傭兵が手にしてしまったようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
例えば――ジルのこと、とか。
一番美しい結末は、皆さんで話し合って決めて下さいね。
どうか、素敵なおわりが齎されますことをお祈りしております。
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