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シナリオ詳細

<果ての迷宮>メモリアルアンカー・カウントダウン

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●想い出の砂時計
「……ここはどこだ?」
 イレギュラーズの1人は、目の前に広がる光景に頓狂な声をあげた。
 周囲は雑踏。行き交う人々は他人に興味を持つことをやめ――ほんの数名が彼に怪訝な表情を向け――歩きすぎていく。彼はここに見覚えがあった。
 どこか懐かしい『元いた世界』の空気、季節は夏だろうか? 該当の広告映像や人々の服装に些かノスタルジーを感じたところで、彼はその時代、場所、季節が思いがけぬものであることを認識した。
 確かこの雑踏は――100秒後に惨劇へと変わる。
 たった100秒。多分、そんな時間では何も変わらない、変えられないだろう。よしんば変えられたとして、これは幻想、仮想現実的な何か。明晰夢、に近いかもしれない。
 変えるか、否か。イレギュラーズとしての力ある技術は使えない。だが鈍化した時間を知覚し、イレギュラーズであるかのように『手は届く』。
『キミはその手で、後悔を掬い上げるか? はたまた、後悔を後悔として胸に留めるか? 全ては自分次第だ』
 どこか遠くで声が響き、あまりに長い100秒のカウントダウンが始まった。

●『アンカー』・セット
 ……話を戻そう。
 イレギュラーズは幻想王都メフ・メフィート中心の『果ての迷宮』の探索に来ていた。
 先日の20層の踏破は少々特殊な事情が絡んでいた。フロアの『王』を倒さないとペリカがそれに娶られる、という。なんともコメントしづらい状況に叩き込まれたのだから。
 信ずる派閥は異なれど、都合30名のイレギュラーズがなんとか攻略にこぎつけた、という背景がある。そうでなくとも、複雑怪奇な仕掛けに四苦八苦してきた一同にとって次がどうなるのか、は中々気になる所。
「あたしは今回、この先にはいけないだわさ」
 迷宮探索の隊長、ペリカ・ロジィーアンはフロアの目前まで一同を案内するとそこで一歩引き、イレギュラーズに先を促した。今まで、ときにはイレギュラーズと共闘もしてきた彼女が先へ進まない、とは。強制力ではなく自らの意思で。
「この先のフロアには、砂時計が10個あるだわさ。それが1人1個だとすると、あたしが入るとあぶれちまうんだよねぃ。それがどんな効果を及ぼすかわからないけど、皆(イレギュラーズ)があぶれたら成功率が下がる可能性がある。それは避けたいんだわさ」
 つまり、21層は10人での探索、もしくは状況の打開を想定されていると。
 一同の問いかけにペリカは大仰に頷くと、その場で一同を見送った。

 フロアに踏み込んだイレギュラーズ達のそれぞれの眼前に、砂時計がふわふわと飛んでくる。
 それがひっくり返され、砂が落ち始めるのと一同の足元から鎖が伸び、全員の足首を床に拘束したのとはほぼ同時。不意打ちだとか、そうでないとかの次元ではなく。それは『攻撃ですらなかった』のだ。
『この層を降りる者、一切の後悔を捨てよ。通った過去を、過ぎ去る現在(いま)へと捨てていけ。揺るがぬ過去に「すべて為した」爪痕を残せ。
 然らば「傷痕」は「獣」となりて汝らと相対すであろう。過去の獣に未来を魅せよ』
 脳に響いた言葉を最後に、イレギュラーズは意識の澱へと落ちていく。

GMコメント

 果ての迷宮は2度目です。ふみのです。
 前回の担当フロアとは打って変わって心情7:戦闘3ぐらいのシナリオです。

●達成目標
 21層の攻略

●前半:-100sec
 皆さんは「プレイングで指定した悔いるべき瞬間の100秒前」に居ます(OP「●想い出の砂時計」は一例です)。
 原則的にはイレギュラーズになる前の出来事準拠となりますが、召喚以前について記憶が薄い(曖昧な部分が多い)場合はシナリオ等でも可です。
 その場合、「シナリオIDを必ず入れて下さい」。「~の出来事で~があって」だけでは参照量が膨大のため、マスタリング対象となります。
 直感的に理解してから100秒(=10ターン)の間に「当時の自分が悔いない程度の行動」を起こすことができます。
 ただし、「結果は変わらなかったがやれるだけのことはやった」レベルに留まり、最も重要な出来事を覆すことはできません。
(例:大切な人と大勢の他人が死ぬ出来事において、他人は救えても大切な人は確実に死ぬビジョンを見る)
 要は「今が変わらないとしても後悔はなかった」という自己満足を得ることが大事なフェーズです。
 ここの力の入れよう、説得力で後半の戦闘に大きく影響が出ます。

●後半:対『傷痕の獣』
 前半の結果を受け、総勢20体の『傷痕の獣』との戦闘となります。
 この際、前半の判定次第で各人の能力変動が発生します(下方修正が主。上方修正は相当頑張る必要があります)。
 獣は【怒り】が通じず、積極的に発生源となった各人を狙います(1人あたり2体)。「かばう」は有効です。
 前半次第で能力が変動します。物神両面型で、「ブレイク」「凍結」「懊悩」「虚無3」などを使用してきます。

●戦場(後半)
 比較的広めの階層で、各人が捉えられた位置(足にアンカーを打たれた位置)は相互間で20mは離れています。行動順次第では即座に庇いに入れないので注意下さい。

※セーブについて
 幻想王家(現在はフォルデルマン)は『探索者の鍵』という果ての迷宮の攻略情報を『セーブ』し、現在階層までの転移を可能にするアイテムを持っています。これは初代の勇者王が『スターテクノクラート』と呼ばれる天才アーティファクトクリエイターに依頼して作成して貰った王家の秘宝であり、その技術は遺失級です。(但し前述の魔術師は今も存命なのですが)
 セーブという要素は果ての迷宮に挑戦出来る人間が王侯貴族が認めたきちんとした人間でなければならない一つの理由にもなっています。

※名代について
 フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル、他果ての迷宮探索が可能な有力貴族等、そういったスポンサーの誰に助力するかをプレイング内一行目に【名前】という形式で記載して下さい。
 誰の名代として参加したイレギュラーズが多かったかを果ての迷宮特設ページでカウントし続け、迷宮攻略に対しての各勢力の貢献度という形で反映予定です。展開等が変わる可能性があります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <果ての迷宮>メモリアルアンカー・カウントダウン完了
  • GM名ふみの
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年11月13日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アト・サイン(p3p001394)
観光客
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
レカ・フォンフリー(p3p009225)
利己を過たず

リプレイ

●メリーの選択(とても眩しい陽光の下)
「今日も……とてもいい日ね」
 『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)はその日も支配していた町を闊歩していた。
 四方を森に囲まれたその地は「魔法使い」である彼女にとっての楽園であり、そうでない者達にとって純然たる地獄であった。……そんな世界に不満なぞあろうはずがない。
 本当ならば、だ。100秒後の悲劇を知っている彼女は、正面から走ってきた自転車から降りた駐在にかるく手を振って満足げな笑みを浮かべた。
「従順なのは好きよ。精々『私の町』のために励みなさい」
 いつものように、彼女は尊大に振る舞う。あの日も、それからもずっと、そうするつもりだった。何故なら彼女は「選ばれし者」だ。手にした神秘をたとえ人を殺すのに使おうと、法は彼女を許容する。
 だが、世界は許容しない。――何事もない日の80秒が過ぎていく。
「でも、あなたはそうじゃなかったのよね」
 振り返ろうかと思った。その必要もないことを彼女は知っていた。振り仰いだ手に魔力を込め、羽虫でも払うかのように魔弾を送り出す。それは一瞥せずとも、背後で自らに銃をポイントした駐在の頭部を穿つ。
 あの日彼女は殺された。従順だったはずのこの男に。許せないから、今殺した。それはあの日の屈辱への反抗、終わった運命への莫逆(ばくぎゃく)である。
『――而して運命は君の手を離れた』
 音はなかった。ただ衝撃と、胸元からしとどに流れる血だけがメリーの感覚を支配する。
「一人じゃ……なかったのね……」
 視界の端でたなびく猟銃の硝煙を見ながら彼女は倒れた。自分を狙った駐在を撃ち殺した自己満足。自らの死という破局に抗えぬ幕引き。
(そうか……一人だと自分が死ねばおしまい、でも志を同じくする仲間がいれば自分が倒れても仲間が後を引き継いでくれる)
 だから人間は弱い、しかし強いのか。その記憶はきっと目覚める時には薄れて消えるだろうが、きっと彼女の心の底に形を為して留まるだろう。……決意の程をアップデートできるようになるまで、今少し時間は要るだろうが。

●マリアの選択(惜別のコン・アニマ)
(あぁ……。ここは……まさかここに戻ってくることになるなんてね……)
 『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)の眼前に拳が迫る。友である魔族、クゥエルのそれは一撃絶命の勢いを以て――死んでくれるなという感情を乗せて――迫ってくる。
 既にマリアの足は地を蹴り、トップスピードへと至る途上だ。突き出した拳の行き先を変えることはない。変える必要がない。音を置き去りにしたその身は、やがてくる終末を変え得ない。
 だから、でも、それでも!
「クゥエル!! こんな時に何を言ってるんだ? って思われるかもしれないけれど! 私はね! 君がとっても大事!! 本当はね! 殺し合いなんてしたくない!!」
 『奇遇だな』『私もだ』、とクゥエルの唇が動いた。でも、感情と本能は一致しないことをマリアは知っている。『殺戮衝動』は想いや愛、友情が奇跡を差し挟む余地を持たぬ。
「でも! 大事だからこそ! 100回今日を繰り返しても、100回君を殺すよ! この役目だけは誰にも譲らない!」
 私を選んでくれてありがとう。
 私に殺させてくれてありがとう。
 だから、私は君が君でなくなるまえに殺す。幸せな『もしも』は2人には要らない。必要なのは唯、拳のひと振りが命を消し飛ばす刹那のやり取り。
 今の環境(ローレット)で誰より優しい心根を持つ彼女は、今その優しさが故に友を殺す。
「そうか……でも、きっと私は地獄へ行く……そうしたらもう会えないな……」
 嘗て聞いた言葉、胸を貫かれ絶命の際に己へと向けられた謝罪。地獄、地獄か。マリアは口の端を上げ、笑う。
「君も私も絶対に地獄なんかに行かない! 君は神にそうあれと造られたし、私は力なき人々の為! 世界の為に戦って来た。だからね!」
 天国で待っていて? そう告げたマリアの表情は、過去にクゥエルへ別れを告げた時よりもなお爽やかに「またね」を紡いだ。
 紹介したい子がいるんだ、話したい経験があるんだ、そして広がる未来(かのうせい)があるんだ。

●エッダの選択(彼等は「いなかった」)
 『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は己の居城、フロールリジの城で目を覚ました。後悔なんてない、と思っていた彼女(エーデルガルド)は、スツールに立てかけられた刺突剣に漸く気づく。
「……では、『今日』はあの日でありますか」
 100秒しか無い時間でその逡巡が金の一粒ほどの取りこぼしだったとしても。
 彼女は直様、両親の寝室に向かい、音もなく滑り込んだ。
 ことをすすめるのは簡単だった。振り下ろした刺突剣は2度、まっすぐに突き立てられた。女(はは)を、男(ちち)を、その喉をまず潰す。
 ひゅうひゅうと漏れた空気の音、2人は藻掻きつつ何が起きたのか分からぬ表情を見せた。
 ……エッダはその視線を受け止めた瞬間、漣を立てた心でもって後悔の意味を知る。嘗てやった手順通りに突き、2人は程なくして死ぬだろう。だがそれでは駄目だ。それだけではどうしても、駄目だ。
 男は「たすけて」と口を動かした。
「国を売り飛ばした末に死ぬであろう者達の『たすけて』は聞き入れないのでありましょう?」
 女は「ゆるして」と言った、と思う。
「国同士の争いに於いて、戦場に立った以上は自分達の敵であります。何時か自国民を殺す敵を、どうして許せましょう?」
 エッダの目はすうっと冷たい光を帯びると、刺突剣で2人の右胸を突く。すぐには殺さない。胸郭から漏れ出た空気が、両者の体内から容赦なく血と酸素とを奪っていく。
 地を這う2人は愚かしいダンスを踊る。見るに堪えない。両手両足、関節のやや上を丹念に貫いてやる。腱を傷つけてやれば程なくして動けなくなるだろう。
 左胸を突く心臓のやや左。視覚を奪う程度に目玉を貫いてやる。最後に、心臓を貫いてやった。
 あとはただ、殺すためではなく傷つける為に刺して、刺して、刺し貫く。心に立った波を嘘だと言い張るために、“メイド”に不要な熱を吐き出すように。
 破局的な未来を変えられぬなら、己の心を殺しに往こう。彼女はただ、その後悔だけを振り払う。

●ウェールの選択(救いの炎色は――)
「――父さん」
 『守護の獣』ウェール=ナイトボート(p3p000561)はそう呼ばれ、心の底から浮き上がった「その瞬間」という泡沫(しあわせ)が弾ける様を幻視する。
 自らが悪役となり、愛子をも襲おうとしたその刹那、なけなしの理性か、名を呼ばれた本能か、彼は最悪の行為をぎりぎりで押し留めた。
 今ははっきりとした意識のもと、その手を止められた。そして、黒犬の――夜船 梨尾の突き出した刃が己を貫く。それは変えられない、変える必要のないことだ。
「強くなったな、梨尾」
 届けられなかった言葉を、今やっと口にできる。梨尾の背に添えられたウェールの手は、傷つけるためではなく抱きしめるために。
「数年しか一緒にいられなくてごめん。お前がこの先どんな道を選んでも、俺と縁を切って、夜船の姓を捨てても。愛してるよ、梨尾」
「ありがとう。さようなら、パパ」
 この記憶は仮初だ。己の自己満足でしか無い。
 だがそれでいい。変えられない過去は彼の心を苛み、幾度となく貫き続けるだろう。
(でも、この後悔が心に深い傷を残したから……梨尾が俺を旅人にしてくれたから)
 だから、ウェールはイレギュラーズとして誰かを助ける立場に立つことができた。息子の炎が自分に燃え移ったから、こうして立っていられる。
(だからこの後悔は絶対に捨てない)
 ウェール=ナイトボートは、『夜船 春』は、後悔を礎にしてこの自己満足を糧にする。
 元の世界で、息子の涙を拭えるその日まで、混沌から与えられたギフトとパンドラ蒐集器を手に、彼は息子を忘れることはないだろう。
 たとえ忘れたって、思い出せるように。

●レカの選択(選ばない選択肢)
(「私は元の世界にいた頃、とても重い病に苦しんでいましたな……臓のあらゆる機能が死に、やがて私自身も朽ち果てる病ですぞ)
 『微笑みは盾』レカ・フォンフリー(p3p009225)は、気づけば元の世界で過ちを犯す直前にまで戻ってきたことに気づく。彼の肉体は病に蝕まれ、虫の息だ。だから、彼が今できることは新たな選択肢の創出ではなく、ただ結末をなぞるコトだけだ。
(ですが私はそれを取り除く術を与えられ克服し……そして、それを病魔と言う悪意へ具現化させてしまいました)
 我知らず動く手足で以て、彼は自らの病を取り除く。それが破局に向かうとわかっていても変えられない。それはこの記憶に於いて不可逆のものである。……そして、彼はこの過去を悔いることはない。
 やり残したことを為す? 誰かに言葉を残して逝く? そんな自己満足は、彼のどこにも存在しない。
『――悔いているのではないのか?』
「命は尽きてしまえば何も無くなるのです。その病魔を倒せずこちらへ来てしまったのは悔い入る事ではあるものの、病を克服した事には何の悔いも無いのですぞ!」
 21層で響いた声と同じものが、彼の清々しい問いかけに投げかけられる。……後悔を糧に前に進む。何かを得る。この迷宮に課された題目を満たすとは言えないだろう。
 それはきっと、望ましからざる結果を目覚めた彼に齎すに違いない。しかしながら、レカがそれを望むのであればそれは『レカにとっての正解』なのだ。――誰に恥じることなき選択だ。

●ユゥリアリアの選択(愛の輪郭)
 『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)の胸には、2つの感情が同居していた。
 ひとつは、少し先を行く『元』婚約者への深い思慕と信頼。後ろを歩いているだけで幸せになれた、きっと彼はよいものを見せてくれる。今までも、これからも、彼の後ろをついていけば何かを許された気になれるのだと無条件で信じる自分だ。
 ……もう1つは、これから起きる破局を知って冷めた目で見ている俯瞰的な自分。破局の直前に与えられた猶予は、斯くも幸せで残酷な風景を追体験させるのか。
 彼が私を「そこ」に連れて行くのなら、この後の事実も変わりなく。
 彼は私に「そこ」を見せることに、全くの疑問を抱いていない。それはそうだろう、彼にとってそれは『慈善事業』だ。貴族としてそれに疑問を抱くことは、望まれていないのだから。
「なぁ」
 だから、彼女はここで確認しておきたいのだ。秒針は戻せない。事実は変えられない。だが、だからこそ、ユゥリアリアは自分自身が安寧の途にいることを確かめたかった。
「私はお前が好きだ。お前は……」
 全て口にするより早く、相手は愛を囁いてきた。気障な口調で、拙い言葉選びで、しかし彼の『愛』は本物だった。
 聞くことのできない感情が『恋する自分』をぐちゃぐちゃにしてしまう前に。恋するままに、求めるままに言葉を与えてくれる彼の言葉が今はただ心地よい。
(例え本当に過去へ戻れたとしても、私が彼を告発しないという未来はない。だけれど)
 戻ることは出来ない、この夢は過去の変革ではなく彼女の心の投影である。だが、彼女が過去に何十回と聞いた愛の言葉は真実だ。
 それを確認し、心に留め置くという自己満足。何も変えずとも、自分の心の有り様を変えることが、彼女の選択。

●エマの選択(コン=モスカの残響Ⅰ)
(通った過去を、過ぎ去る現在へと捨てていけ……。無理な、無理なことを。ようやく気持ちの整理がついたと思ったのに、どうして私をここに連れ出したというんです!?)
 『こそどろ』エマ(p3p000257)は、目の前に広がる嵐の海原に、横たわるリヴァイアサンの巨躯に、そして、歩いていく少女の姿に文字通りの『絶望』を見出していた。
 100秒では足りぬ、千秒、否、一年あっても拭い去れぬ後悔だ。彼女が死地へと向かうのは、変えようがない運命だ。彼女以外為し得ない業を、一体どうして止められようか?
(……いいや。一つある)
 何も出来ないなんて諦めは、『諦めの悪い彼女には似合わない』。置き手紙を受け取ったエマは、その内容を覚えている。
 ――一字一句思い出せる。思い出話も、妹のことを託す言葉も、そして、書いて消したであろう一文。
(あの手紙には、「もしぼくがたすけ」とだけ書いて消した痕跡があった!)
 この結論に至るまでの時間は須臾(しゅゆ)に等しく、彼女が歌い始めるまではまだ猶予があった。
 息を切らせて、永遠にも似た距離を駆ける。だがそれは驚くほどに近しい距離。なんてことはない、手が届くところに彼女はいた。
「私に助けてと言って」
「――――」
「言って!」
 彼女の顔を見れなかった。エマ自身はきっと、とても見るに堪えない顔をしていると思っていたから。
 でも、相手の顔を見なければ答えが聞けないではないか。そこで自分を見つめてくれた、涙をなみなみと湛えた笑みからあふれる答えが。
 胡蝶の夢を胸に突きつけ、エマは泣きたい気持ちをこらえ、彼女へ下手くそな笑みを向けた。
 大海嘯(はきょく)が来るまで、来る前に、あなたと一緒に――。

●アトの選択(コン=モスカの残響Ⅱ)
(一切の後悔を捨てよ? 刹那を生きる観光客に後悔なんて無い。ずっと前を進み続けて……)
「……何故僕は海の上にいる」
 『観光客』アト・サイン(p3p001394)は船なんて懲り懲りだ、と思っている。自分は観光客、ダンジョンアタックが生き甲斐なだけの存在だ。後悔を捨てて前しか向いてないはずだ。
 ……だから『彼女』が歌っているのか。だから懲り懲りなんだ。
「100秒で何ができる。……何ができる?」
 大海嘯を受け止めたのは彼女だ。死は運命だ、逃れられない。変えることはできはしない。割り切っているのに、今更自分は彼女に何を後悔し、この暇に何を為そうとしているのだ?
「ああ……ああ、わかった」
 アトは誘蛾灯に誘われるように、歌声を奏でようとした少女へと歩み寄る。
(僕は歌が美しいと思った。初めての経験だった。歌が、人の紡ぎ出す文化が、心を打つとはこういうことだったんだ)
 まるでそれは誘蛾灯に群がる虫のように――否、ローレライの歌に誘われる人々か。アトは人の文化というものの価値を心からは理解していなかったのだ。
「僕は君のおかげで理解できた。歌を、文化を、人間の心を。ほんのちょびっとだけど理解できた」
 だから、理解の手助けとなった彼女の歌を、彼は何より尊いと思ったのだ。その時、確かに。
「だから、この言葉を伝えるから、美しい歌声を聞かせてくれ」
 君の歌が、大好きだ。
 彼の声に応じるように、彼女は少しだけ振り返ってみせた。その顔にアトが何を見たのかはわからない。
 けれど、それはとても尊いものだったんだと、彼は誰に聞かずとも知っている。

●イーリンの選択(コン=モスカの残響Ⅲ)
(私がもし、100秒だけやり直せるとしたら――)
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は『自己満足を得るやり直し』を求めては居ない。
 否、正確には。その瞬間を、その破滅に於いて立ち会った自分の行動を変える気はない。
 何度やり直してもそうするように、でも、『今』の心を、気持ちをその瞬間に持っていき、イーリンの出来る最高の『自己満足』を成し遂げる。
 エマを始めとする仲間達が嘆き悲しむきっかけを作ったのは自分だ。
 彼女は仲間達と異なり、『歌い始めた』彼女の隣にいた。
「シンセヴォーカルだけじゃ足りないでしょ。一曲付き合うわ!」
 果薙を高く構え、絶望の蒼に響き渡る希望を紡ぐ。紛い物の波濤魔術(こどう)は胸を穏やかに、そして激しく打ち鳴らす。パーカッションはそこにある。
 波濤魔術は混じり合い、リズムを刻み、高らかに響き渡る。2人で歌うのはただ楽しい。これから来るその時を知っていても。
「覚えてる? 『なんにもない日』で一緒にステージに上がる夢を見たの。覚えてる? 幸いの星を一緒に掴みに行ったの。覚えてる? みんなみんな――」
 声が詰まる。話したいことは、思い返すことは、沢山ある。……あった、のか。
 大切なこと、伝えたい話。それらは全て話した後だ。だから今は、彼女のこれからを自分の中に収めて。五線紙をこえて響き合う明日を、『2人で』見に行くんだ。

●クレマァダの選択(コン=モスカの残響Ⅳ、もしくは惜別スピリトーゾ)
(我が共に居れなかった、最期の時間。ならどうする? 決まって居る。最期まで共に居るしかないじゃろう)
 イーリンのそれが『成し遂げたことのアップデート』なら、『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)の行為は『あり得たもしもの再現』である。
 イレギュラーズではなかった、ただの1人の祭祀であったクレマァダには舞台に立つ資格がなかったのだろう。
 けれど今は、与えられた機会とともに彼女の隣へと立ち、その手を握って歌い出す。
 いあ りばいあさん
 いあ ふろんてぃあ
 いあ こん=もすか
(我は無駄死にするだろう。竜の器ではないのだから……けど)
 覚悟はある。ただ、その名を呼ぶのが憚られる。大事な彼女を。しかし、その名を呼ぶ声がする。1人ではなく、迷宮で肩を並べる仲間の声が、重なって。
「のう、我(カタラァナ)。こんな人生で楽しかったか? たった3年の、自由な人生は楽しかったか? わ、我のことをっ、恨んで――」
 クレマァダは言葉に詰まる。自らの半身が――カタラァナの答えが聞きたくはない。目の前で閃く大海嘯は、クレマァダを消し飛ばすだろう。カタラァナを攫っていくのだろう。穏やかな波のように、力強い曳き波のように。
 答えは確かに彼女の耳に。そして、カタラァナを想った4人の『自己満足』の果てに流れた。
 運命に拠らない想いの丈は、ただ1つのメロディを紡ぐ。

 くちるさんごが よみがえるのをみた
 くじらのむくろの ゆりかごをみた
 おわるせかいの はじまりをみた
 ありがとうしか いえなくて
 だから ぼくは ゆくね♪

 ――それが、記憶としてあったかのように。夢であったというのに、はっきりと覚えている。
 スピリトーゾ(魂を籠めて)に紡がれた歌は、砂時計を打ち砕く。


『後悔は捨てたか』
「――最悪の寝覚めだわ」
 21層の番人の声が脳を揺らす。悪酔いした日の朝のようだとイーリンは吐き捨てた。
『己の現在(いま)を過去に捨てたか』
「そして、あなたもわたしの過去になるのね」
 メリーは鼻で笑うかのように問いかけを斬って捨てた。覚悟はできているということか。
「多分、いい夢でした。……そう思いますわー」
 ユゥリアリアの胸には希望が灯った。なぜかはわからないけれど、確かにそうと言える。
「ふふ。正直ね、何が起こったのかは分からない……。けれど感謝しなきゃいけないね。ありがとう……」
 マリアは覚悟を再びその手に。過ちへ走る友があれば、それを討ってでも正しい道をともに行く覚悟を。
「……学ばせてもらった。人間が生きる糧が文化だというなら、大海嘯(アレ)は文化の勝利であった」
 アトは学んだ。文化を愛する気持ちが人に与える活力を。それが自分にも及ぶことを。
「忘れたなら何度でも思い出す。思い出してみせる」
 ウェールは決意する。己のギフトと、己を救った息子に向けて。悲劇は繰り返さぬものだと。
「後悔を捨て去ったかどうかはともかく、私の出来ることは全部しようとしたはず」
 エマの心の傷は浅くはないのだろう。だが、伸ばせなかった手は、これから至るであろう悲劇を目の当たりにすれば迷いなく伸ばされると確信できた。
「私は前しか見てないのですぞ! 過去のことは気にしないので!」
 レカは何が起きても、何をおいても、前向きだった。ゆえに他者がどうあろうと己の未来だけを夢見ている。
「…………」
 エッダは深く息を吐く。呼気は、遺跡の温度に関わらず冷たく鋭いそれだ。今の彼女の、感情のよう。
「……、…………っ」
 クレマァダは何事か口にしようとして、詰まったことを自覚する。嗚呼、こんなにも重い夢であったのか。
『汝らの過去、現在、そして未来への想いを聞き届け、戒めは獣となる。己が手で乗り越えよ』
 番人の声と共に、一同の足を拘束していた鎖が溶けるように消え去り、直後に2体の獣の姿へと変わる。彼等の目覚めから、20秒と経ってはいまい。
「おっと……一番弱い私に目をつけるとは…敵ながら流石でありますなぁ……ハッハッハッ!」
「言ってる場合?! 皆、レカとメリーの獣の排除を最優先! お互いに仲間を守りなさい!」
 一も二もなく飛びついてきた獣に、レカは笑いながらされるがままだ。いかに駆け出しとはいえ身を守る技術はあろうに、それでも容赦なく傷を受けるということは能力の減退が激しい証拠だ。メリーの側も、近接戦での有効な攻撃手段に乏しい故に獣との相性はすこぶる悪い。そこに能力低下だ。さしものイーリンも先ず叫ぶことを優先する。
「はいはい、任されましたよ! レカさん、伏せて!」
「こうでありますな?」
 エマは叫ぶなり、レカを狙っていた獣目掛けて速力にあかせた一撃を振るう。一撃にて絶命とはいかぬまでも、獣の動きは明らかに鈍った。自らに襲いかかる個体を捌きながら、レカに近づく個体を抑える。尋常の域を超えた身のこなしがなければ、瞬く間にミンチとなっていただろう。
「この旗の下に集まってくださいませー。固まって一気に反撃ですわー」
「集まるのを邪魔されても困る。血で足を滑らせるがいいさ」
 ユゥリアリアの掲げた戦旗は、イレギュラーズ達の明確な指針たり得た。そして、彼女を狙い、迫った個体と己狙いの個体をもろともに、アトは凶悪な火花を撒き散らす。調整が利いていなければ、仲間をも巻き込む威力と凶悪さだ。
「マリア――無事ですか」
「私は無事だよ! ……それに、負ける気がしないね!」
 エッダは、マリアが仲間の元へ向かう道を切り開き、近づく個体を次々と殴り飛ばす。マリア狙いのそれも、己を襲うそれも、受けたところで傷など無いに等しい。珍しく感情を顕にしたエッダの拳は、怒りにまかせて振るわれた分、普段の何倍もの圧力を伴っている。
 他方、マリアもただ守られるだけの女ではない。己の周囲に張り巡らせた紅雷はそのまま『室内の落雷』を引き起こす。
「メリーさん、こっちに! ここは俺が止める!」
「それじゃあ言葉に甘えるわ。でも守られて突っ立ってるだけじゃないのよ、わたしは」
 ウェールはメリーを自らの背後に追いやり、陽炎を抜く。己の命を二匹の焔へと変容させた彼は、乾坤一擲の一撃を獣に叩き込む。次いで、メリーがその背後から聖なる光を振り下ろす……敵のみを選び取り傷つける光は、乱戦にある状況下でこの上ない有効打だ。
「自分の目標に夢中で大局が見えていないのね。無様だわ」
 イーリンはくすりともせずに果薙を振り仰ぎ、雷にて獣達を薙ぎ払う。動きを鈍らせた獣達は、直後唐突に同士討ちに移行する――涙を隠さず、然し驚くほど綺麗に唄う、クレマァダの歌声がそうさせたのか。
 なんて『趣味のいい』歌声を紡ぐものだ、とイレギュラーズ達は笑う。不敵に、しかし全幅の信頼を籠めて。
「今の私はただ癒す事しか出来ませぬ故……早く成長したいものですなぁ!」
「1つできれば万々歳ですよ! 唯でさえ前のめりな面々なんですから! ……かく言う私も今の機嫌は決して良くないですからね! 奴らズタズタにしてやりますよ!」
 レカは治癒に全てを振り、仲間達を癒やしていく。僅か? 馬鹿な、大抵の場合に於いて癒し手を望めない戦場が多いなか、彼1人の価値は千金と同義である。エマはその事実を突きつけ、彼の奮起を促した――彼女自身も前を向き、駆け足にはずみをつけて胡蝶の夢を振るっていく。

 君は 行ってしまうのだね
 声が 届いたことを願ってる
 もう 喉はかすれたとしても
 心が 叫び続けるんだ
 そう だから僕はただただ
 君へ 感謝の言葉を

「いい歌だね、アト君! 見直したよ!」
「そりゃどうも。僕はそんなに信用ならないかい?」
 歌を紡ぎ、剣と銃を振るって獣達へ向け突き進むアトの姿は、大海嘯の瞬間への返答としては余りにも……そう、余りにも魂がこもっていた。籠もりすぎていた、のだろうか。
 だがその歌は間違いなく人の心を打つもの。マリアの心に響くもの。……人を理解しようとした観光客の、文化の在り方である。
「自分はただ、この拳を振るうまで。最後の1体まで、緩める気は無いであります」
「ああ……そうだな。俺も、今この感情を収める気にはなれない」
 錬鉄徹甲拳を振るい、感情のオンオフを激しく切り替えつつ蹴散らしていくエッダの姿は、ウェールの奥底で、心の炎を燃やす我が子の姿の一端を重ねてしまう。だからというわけでもない。仲間を傷つけるなら、それを排除する。仲間の手に己の手を添え、1人では出来ないことを集団で成し遂げる。それがイレギュラーズの在り方だ。
「ああ、これが……」
 『人間』の戦い方なのか。メリーは直感的に、『自分にとって圧倒的優位ではない現状(あたりまえ)』を理解する。
 格下や数の暴力を以てけしかける相手では為し得ない、理解し得ない事実を彼女はここで痛感する。……だからこそ不利を蒙り、傷を負う。
 その瞬間に漸く、彼女の心は前を向いたと言えるだろう。
(我よ、我よ、我が半身よ。我が心に宿りたまえ)
 クレマァダは歌う。期せずしてアトとのセッションという格好になった彼女の歌声は高らかに迷宮に響き、ここに『我』在りと標榜する。
 『あの時』一緒に死んだのだから、一緒に生きようと歌う。さようならは、最後の瞬間まで取っておこう。
(――のう、お姉ちゃん)
「皆さんは英雄なのですからー、もっと胸を張って生きていいんですよー?」
 ユゥリアリアの讃歌が仲間を賦活し、瀕死の状態に陥った獣は彼女のはなった氷の槍に次々と貫かれていく。
 1体、また1体と姿を消していく獣達は、イレギュラーズの過去への未練が払拭される様をみているようでもあり。
「皆、ありがとう。……エマ」
「……えひひ」
 全てを終え、晴れやかな表情で手を差し伸べたイーリンに、エマは笑いながらその手をとった。

成否

成功

MVP

ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫

状態異常

メリー・フローラ・アベル(p3p007440)[重傷]
虚無堕ち魔法少女
レカ・フォンフリー(p3p009225)[重傷]
利己を過たず

あとがき

 捨てるべきか、拾うべきか。

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