シナリオ詳細
Mors certa, hora incerta.
オープニング
●Necessitas non habet legem.
命に貴賤はないだなんて、誰がそう言ったのだろう。
暗澹とした牢獄に二人。鍵はなく、鎖で繋がっている。
外では飢えた獣の遠吠えが響いた。酷い有様だ。抜け出そうと光差し込む外界へと腕を出せば直ぐさまに狼の牙がめり込んだ。落ちていた石ころで相手の頭を柘榴の如く割った者だって居た。
その牢は見世物だった。魔法道具が使用され、天秤がぐらぐらと揺れている。
牢獄の二人の命を表すように蝋の炎は揺らいでいた。
趣味の悪い魔法道具が在ったものだ。だが、それは一度使用したならば『どちらかが死ぬまでは終わらない』と言う。『繋がれたものが対象を宣言し、宣言されたものが代わりになる事ができる』というルールも付いている。
片方、繋がれている少女がいた。
彼女の名前はユイと言った。アッシュグレイの髪を胸元まで伸ばした少女だ。
窃盗、殺人、何でも御座れのスラムで過ごしてきた娘だ。
彼女はある貴族の屋敷に盗みを働いたことで、この鎖で繋がれることになった。
対するもう一人は――ローレットが『依頼』を受けることになった。
この鎖に繋がれていたのは奴隷商人によって拐かされた貴族令嬢だった。
ミュゼーヌと言う名の少女を救出することが特異運命座標に求められた仕事だ。
……ならば、魔法道具の対象に変わらねばならない。
命が掛かっているとなればユイは直ぐさまにミュゼーヌの頭をかち割り、自身が勝者として逃げてしまうことだろう。
―――――
――
ローレットはイレギュラーズを派遣した。まず、ミュゼーヌを救出するためにユイに『このメンバーの中の誰かが代わりになる』ことを宣言したのだ。
すると、ユイは静かに口を開いた。
「そこの女が良い」
指さされたのはソフィリア・ラングレイ (p3p007527)だった。自身が代わりに、と歩み出るリュティス・ベルンシュタイン (p3p007926)を制して首を振ったのはベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)。
「俺が変わろう」
「イヤだよ。お前は強そうだ」
アカツキ・アマギ (p3p008034)とリンディス=クァドラータ (p3p007979)を護るように立つルカ・ガンビーノ (p3p007268)の傍らで、ユイは「ファーレルのご令嬢も要らない」と首を振る。
リースリット・エウリア・ファーレル (p3p001984)はユイが『鎖で繋がれた相手を殺そう』と企てていることに気付いた。
「……なら、俺が」
ソフィリアの代わりとして、秋月 誠吾 (p3p007127)が鎖に繋がれたのはそうした事情があった――彼女を護り『本来の仕事』を果たすためには必要な事だった。
●
ミュゼーヌの救出だけがオーダーでは無かった。この趣味の悪い『遊戯』を続けている貴族達を生け捕りにしなくてはならない。
然し、此れには骨が折れた。
貴族達を先に対処しようとするとユイはさっさとミュゼーヌの頭をかち割っただろう。それ故に、遊戯の始まる前に潜入し、ミュゼーヌの代わりに取って代わったわけだ。
彼女を護衛し、救出後、貴族と、そして其れ等が連れる『魔法生物』の討伐を行わねばならない。
此の儘、放置しておけば終わらぬ遊戯が淡々と続けられるだけだ。
罪人の処刑だと『趣味の悪い理由を付けているが』それが死ぬ程の者では無いことは分かる。
彼等へと断罪の刃を振るうことこそ、最も求められていることだろう。
そして――魔法道具の天秤の上でユイと誠吾の命が揺らいでいる。
この二人のどちらかが殺し合わなければ、あの魔法道具の効力は失われない。
外から壊したならば繋がった二人が死んでしまう。
――ソフィリアは言った。「誠吾さん、死なないで」と。
●Non omnis moriar.
「あたしのために死んでくれるの?」
ユイはそう問い掛けた。
「だって、あんた、人を殺したこともないでしょ」
その眸はギラギラとした色をしている。
「あたしは生き残りたい。だから、人だって殺す。
覚悟がないならさっさと死ねば良い。綺麗事だけで生きていける幸福な奴なんて嫌いだ」
- Mors certa, hora incerta.完了
- GM名日下部あやめ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年11月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
――取り返しが付かない事なんて、人生には山ほどあった。
●
がちゃん、と。音が立った。解放されたミュゼーヌをそっと抱き締めた『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は「急ぎましょう」と囁いた。涙を浮かべ、自身の『所為』だと嘆く少女を宥めながら、リースリットは云う。
「彼女は最初から『殺す気』です、間違いない」
冷たい鉄格子よりも尚、凍て付く気配を醸した声音を否定する者は居なかった。糞、と低く唸った『アートルムバリスタ』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は迂闊だったと堅い石造りの壁を拳で叩いた。壁の冷たさと痛覚は怒りで何も感ぜられない。
「……趣味の悪いやつらはいるもんだな。そんなもんにセーゴを巻き込んじまった自分の迂闊さにイラつくぜ」
ラサのブラックマーケットで取引されたという魔法道具は誰が作り出したか欠陥品だ。人間を二人繋ぐ事で作用させる天秤の仕掛け道具。死ぬまで続く幽閉生活を恐れた男が妻を嬲り殺し、幼い少女は倫理など知らずに父の云うとおりに父の胸にナイフを突き刺した。そんな『殺戮』を遊戯と称する者を不愉快だと『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は苛立ったように呟く。
「……趣味の悪い事をする者は、何処の世界、何時の時代でも大なり小なりは存在するものだ。
無論、それを止める事については異論も無ければ、躊躇もない」
「ええ。人の命を弄ぶ者こそ滅びてしまえば良いのに……そのように思ってしまいますね」
主の言葉に花瞼を閉じた『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は冷ややかに云った。下劣なる行いは何処まで行っても変化はない。この場の誰もが『共通した後悔』を抱いていた。
「誠吾さん……」
『地上に虹をかけて』ソフィリア・ラングレイ(p3p007527)は不安げに呟いた。この後にある戦闘を避けることは出来ない、そして『この魔法道具』にソフィリアを繋ぐことは出来ないと彼は――『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)は自身が繋がれることを選んだ。
(貴族さえ何とかすれば、助かる方法はあると思うから……だから……!)
死なないで、と蒼褪めた唇が音を紡ぐ。やっとことで掠れて出たのは僅かな嗚咽に似ていた。不安げなソフィリアの背をそうと撫でた『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は「大丈夫ですよ」と穏やかに笑みを形作る。だが、その眸に乗せられた後悔の色は滲み、声へと落ちてゆく。
「誠吾さんに救出後の保護だけでもお願い出来ればと思っていたのですが……こんな形に巻き込んでしまったのは私たちの読み不足。せめて、早く終わらせて助けに行きましょう」
そう――彼は。誠吾は刃を握ることも、他者の命を奪うことも知らない青年だった。この場に巻き込んだのは自身達の所為だとベネディクトは悔やみ、ルカは得ないで良かった痛みを抱かせることになる事を憂う。
「何だかラサのブラックマーケットを燃やしに行きたく依頼じゃのう。誠吾を助けたら一発カチ込みとかどうじゃろ?」
全てはあのような趣味の悪い魔法道具が悪いのだと『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)は唇を尖らせた。それが彼女なりの怒りの表し方で有ることを知りながらリンディスは「駄目ですよ」と窘める。
「駄目? そっかあ……。ううん、気を取り直して急ぐとするかのう、早く助けてやらねばな」
地下牢より小さく音が立った。鎖の擦れる音だ。誠吾と――そして、ユイが繋がれた牢では天秤がぐらりぐらりと揺れている。
遊戯を確認する社交場に『倒さねばならぬ貴族』は集まった。ミュゼーヌと、この場の貴族達ならばその位は令嬢の方が高く、此れは貴族の社会(ルール)に則った制裁である。勧善懲悪を掲げるには余りにも朧に霞むこの一件でイレギュラーズ達を掻立てたのは誠吾の『敵対者』は彼を殺すであろうという事実であった。
「速やかにこの趣味の悪い遊戯を終わらせる――最優先事項だ」
●
ずっと考えていたことがある。屹度、誰だって思うことだ。
進路選択は少しは迷うだろう。遣りたいことだってある。それに合わせて適当な場所を選択する。
テストに苦労しながら学友と笑い合い、留年しないようにそれなりに学業とプライベートを充実させて卒業して、よくある一般企業に就職する。
サラリーマンだ、ブラック企業だ、毎日下らない溜息を吐きながら、出会った女性と交際し、日々を積み重ねて結婚。子宝にも恵まれて、子が育って孫が生まれて――「平凡な人生だった」と笑ってやる。
「けど、それが嬉しかったんだよ」と孫に手を握られて死ねたら。そんな在り来たりな未来を夢見てた。
秋月 誠吾の生まれた国では戦争はおろか殺人すら滅多な事では起きない。暴力も殺人も罪に問われ逮捕されるからだ。命が巻単位消し飛ぶ世界に飛ばされても尚、その常識は揺らがさなかった。
それが彼にとっての倫理であり、常識であったからだ。しがみ付いて居るしかなかった。常識が揺らがされる瞬間が怖かったからだ。
「行ってくれ」
そう見送った背中はあまりにも悲しげだった。ルカのあの表情を、ベネディクトのあの表情を――見たいとは思って居なかった。その渦中に居るのが自分だと思えば尚更に。
「……大丈夫だ。俺は、俺の遣ることを遣るから」
ソフィリアの泣き抱きそうな顔に、誠吾は唇を噛んだ。直ぐに戻ってきますから、と背を向けて走って行く仲間達に。
頼むから、どうか――どうか、此れからの『変わってしまった秋月 誠吾』を見ないでくれ、と呻いて。
●
「急ぎじゃし正面突破でOKじゃな? ではゴーゴーなのじゃ!!」
迷っている暇などないとアカツキはその両腕に焔を翳した。鮮やかなる火紋が体を這い上がり、幻想の炎を生み出していく。
「しかし、さながらワンハンドデスマッチと言ったところか……本当に悪趣味じゃな。
この様な悪趣味な集いは徹底的に潰しておかなければのう? 因果応報という奴じゃ」
鮮やかに、灰の髪が揺れた。地を蹴り飛ばしたブーツの爪先が土を残して鮮やかなる雷撃としてのたうち回る。
「……生死の狭間でこそ、人は輝くと本にも書かれることはあります。
ですがそれは誰か他人の為の余興ではなく彼ら自身が生き抜こうとあがく、未来を求める輝きです」
ソフィリアに鏡の力を。仲間達を補佐するリンディスは魔獣と逃げ惑う貴族達をその双眸へ映し、静かに声を震わせる。
「他人の物語を愛するつもりなら、生き抜いた『結果』を愛するべきです。
強制的に物語を奪う貴方達は――許すわけには、いきません」
敵襲だと叫ぶ声の中をずんずんと進むベネディクトを追いかけてリュティスはご主人様、と問い掛ける。
「逃げられるくらいなら殺すと決めていますので……何人かは生け捕るつもりですが、全員生きていなくても良いでしょう?」
「ああ」
頷くその一言だけで彼女の方針は決定された。エプロンドレスの裾が大げさに揺れる。宵闇の矢は穿つが如く、飛び込みその鏃より姿を蝶へと変貌させた。死を告げるその羽ばたきにベネディクトは魔獣の前へと踊り出し、口開く。
「お前達の凶行をこれ以上見過ごす訳には行かん――逃がさんぞ」
堂々たる名乗りと共に、獣を捕まえる。彼が其方へ往くならば、ルカは貴族達を蹂躙するべく『獣』が如く殺意を滾らせた。
「お前ら、こんな悪趣味な事してるなら殺される覚悟はあるよな? ま、なくても知らねえけどよ」
大口開けた黒き殺意。嚥下する苛立ちはそれでも尚、溢れ出す。
「死ね」
単純な言葉となって響いた。どうしてこんなことになったと呻く貴族の前でリースリットは溜息を混じらせる。
「この国において、貴族にまで手を出したのが運の尽きでしたね。貴方達を根本から完全に叩き潰す為の手札をありがとうございます。もはや逃げても無駄です――御覚悟」
遊戯へと令嬢ミュゼーヌを巻き込んだというならば、それだけで彼等の罪は決定付けられる。家の断絶さえも目の前に存在して居ると柔らかに告げたリースリットは「生き地獄となるでしょうが」と囁いた。
緋色の切っ先が貴族の喉元へと突き立てられる。
「……ご自身をお恨みください」
静かに、囁くその声を聞き、ソフィリアは自身も迷っては居られないと貴族の心を見詰め逃げ道を全て探し、てやるのだと意気込んだ。
「すぐに誠吾さんの所へ行けるように……逃がす事はしないのです! 早く片付けて、誠吾さんを助けるのです!」
彼の下へ行かなければ。屹度、睨み合い、ユイと誠吾はまだ動けずにいる。
「容赦はせんし、加減もせん。俺は――いや、良い。だが、八つ当たりに付き合って貰おう……!」
ベネディクトは憤慨していた。戦いを識らぬ誠吾は護るべき象徴だった。巻き込んでしまったふがいなさを悔やむように貴族を――魔獣を打ち倒す。
何も乗らぬようにと振る雷はまるで神の怒りであった。
●
「どうか自身の後悔しない選択を」
リュティスは差し出がましいでしょうがと肩を竦める。自身が我儘なことを恥じるように従者は目を伏せ、レッグシースに仕込んだナイフをそっと手渡した。
「我儘なのはわかっていますが、まだ教えていないことが沢山あります。どうか、生きて」
託されたナイフの重さに肝が冷える。ぞう、と体全体を包み込んだ深いな重みは筋肉を弛緩させ全てを投げ出したくもなった。
リースリットがミュゼーヌに「見てはなりません」と静かに告げ、そっと席を外させる。月双彼女についてリュティスは「私も」と歩みだし、小さく呟いた。
「あの少女を見ていると少し胸が痛むのです。生きるためには仕方ないがないこともある……ですか」
もしも、自身が拾われることなく孤児であったならば。唇を噤んだリュティスにリースリットは「正解など無いのかも知れません」と静かに首を振った。
伽藍堂の牢の中、鎖に繋がれた二人を前にしてアカツキはリンディスに「往こう」と告げた。
「誰だって、自分の選択を見られることは恐ろしいじゃろう」
「ええ……。誠吾さん。優しさの中で、自身の在り方と必死に戦い続けた貴方を知っています。
……最後を決めるのは貴方自身。ですが、罪は貴方一人のものではありません」
だから、と共に背負うと告げるリンディスにユイの笑い声が牢の中を反響した。
「そうやって、お前は沢山のオトモダチに可愛い可愛いってされて満足なのかよ」
少女が吐き捨てた。スラム出身の彼女は仕立ての良い衣服に身を包む一行を恨みがましく眺めて居る。彼女は生きるためならば仕方が無いと選択を重ねてきた――ならば、これも選択肢の一つだったのだろう。リースリットがユイは間違いなく殺すだろうとそう言ったように。
彼女は、躊躇わない――
「誠吾よ、人でなしの妾から言えることは一つだけじゃ。己が本当に求めるものを間違うな!
この場でお主が一番欲しておるものが何か考えてから選択するのじゃ!!」
アカツキはそう言ってリンディスの手を掴んで走り出す。リースリットとリュティスの背を追いかけて。
「セーゴ、好きにしろ! 殺したくねえなら殺されるのもお前の自由だ!」
ルカはそう叫んだ。声音はびりびりと反響して牢の中に響くがしゃり、と鎖が音を鳴らした。
「だけどな! 生きたいなら殺せ! 殺すのが嫌でも殺せ! その覚悟がねえ奴は、覚悟がある奴に殺されるぞ!」
ルカは識っている――ユイはその覚悟がある。だから、屹度。
背後から小さな足音がした。震える声で「誠吾さん」と呟く音。まるで言葉にならぬ響きがぽろぽろと零れ落ちる。
「うち、何か魔道具を止める手段があるはず……そう、思ってたのに……」
「ソフィリア……?」
「『どう足掻いても何方か死ななければ解放されない』なんて、最初から知っていたらうちが檻に入ったのに……!」
泣き出しそうな程に、眸が揺らいでいる。その表情を見て誠吾は泣きたくなった。ソフィリア、と呼ぶ声さえも喉奥にこびり付いて音を作れない。
誠吾に『人を殺せ』とソフィリアは言えない。彼の心が苦しむ事が分かっているから。
それでも、誠吾が死ぬことも苦しかった。残される自分の我儘なのかもしれない。
――死んで欲しくないけれど、殺す事で誠吾さんが苦しむのも嫌で。
涙がぼろり、と落ちた。まるで星屑のように落とされたそれは「うちは、誠吾さんに生きてて欲しいのです」と震える言葉となって空を舞う。ソフィリアに「行こう」とルカは促した。それ以上の言葉は――彼女にも言わせたくなかったのだ。『だから、殺して欲しい』なんて、そんな苦痛を感じさせるわけにはいかないから。
「誠吾、ドゥネーブ領主代行として命令する。――彼女を殺せ」
「命令されなきゃ人も殺せないの? なら、覚悟がないんだよ!
死んでよ! あたしは、此れからだってそうしていける! 迷うお前より、生き残れる!」
ベネディクトの声に、ユイの声が重なった。二つの選択肢。
ベネディクトが罪を軽くしろと言っている。自身の所為にしろ、と。
「命令だ、殺せ! 誠吾!」
唇を噛んだ。誠吾は「有難う、けど、ここから先は俺の『責任』だ」と立ち上がった。
「……できれば、この先は見ないで欲しい」
●
冷たい牢に二人きり、女は誠吾を見詰めている。炎が滾るような、印象的な眸だった。
アッシュグレイの髪は手入れもされず毛先がバラついている。
「で?」
少女の冷ややかな声音に誠吾は小さく笑う。
「俺なら簡単に殺せると思ったか?」
覚悟がない自分に、と。リュティスが手渡したナイフを地面へと投げ捨てる。
ユイは咄嗟に拾い上げ、誠吾の胸元へと飛び込んだ。刺されようが殴られようが、誠吾は――『イレギュラーズ』は其れを受入れた。
「殴られるって……死ぬってのは、こんなにも痛いものなんだな」
ナイフで抉られた横腹が酷く痛む。殴打された胸が軋み、紅を嘔吐する。ぼとぼと、と音を立てた水溜まり。その中に立ちながらユイが苦しげに何度も何度も『人を殺す』様子を見ていた。
彼女は決して人殺しではない。それに慣れているわけでもない。ただ、生きるためだったのだろう。
「……俺だって『一度』死ななければフェアじゃないだろう?」
「どういう……ッ」
ユイのナイフが誠吾の前へと煌めいた。銀の凍て付く鈍い月。其れが伽藍堂のコンクリートの空に浮かんでいる。
その細い腕を受け止めた。懸命に人の命を奪おうとしたその細い腕を叩き付ける。
がらん、と。いとも容易く其れは落ちた。
「初めてパンドラとやらに頼ったが……ひでぇもんだな」
「ど――して」
何で死なないの、と言う言葉は飲み込んだ。
優しい仲間も、そして自分も。初めから分かっていたことがある。可能性をその身に帯びた自分が一般人を殺すのは簡単だった。
細い首に手を掛けた。喉を圧迫するために親指に力を込めて押し込む。ぐ、と捻じ込むように親指を押し込めば苦しげな呼吸音。指先に感じる他人の皮膚の感触と温度が指先から這い上がっていく。
これが、人を殺すという事だった。
「人殺し―――」
確かに聞き取れたその言葉に誠吾は唇を噛んだ。
人殺し、人殺し。繰り返される声が消えていく。まるで、何かに侵食されるようにその命が失われて――
●
がしゃり、と音を立てて鎖が落ちたと同時に、天秤の稼働が終わった。
リースリットは「終わったようですね」と呟き、屋敷の中の探索を行わねば鳴りませんかと立ち上がる。
天秤を壊したルカが顔を上げた向こう側に、ぐったりと息絶えたユイを抱えた誠吾が立っていた。
「セーゴ」
名を呼んだ。「亡骸を埋葬したい」と静かに告げたその声にそうしようとルカはユイを抱き上げてローブで包む。
(物語「ユイ」を頁へ刻んで。―—私たちの咎。それでも、未来へ)
進まねばならないことをリンディスは識っていた。鮮やかなる空色さえくぐもって見える景色の中でアカツキは「二度と同じ事が起きぬように、此処の後片付けは任せるのじゃ」と誠吾の肩を叩いた。
「何なら屋敷ごと燃やしてやりたいが……大事になるからのう」
「……ええ。令嬢をお連れしてから、この屋敷の処遇はお任せした方が良いでしょうね」
ユイを見せぬように大切に大切に扱われていたミュゼーヌは誠吾を見たときに泣いた。自身のせいで彼がどのような選択をしたのかが分かってしまったからだろう。
ソフィリアは何も言わなかった。やけに小さく見えた彼の背中を見詰めてから「手伝うのです」と静かな声でルカの傍へと寄る。
「助けてやれなくてすまねえ。今日までよく一人で頑張ってきたな。偉いぞ」
そっと、顔が見える。ルカはユイの頭を優しい手つきで撫で付けた。アッシュグレイの髪をソフィリアは櫛で梳かしたいと良い、リュティスが真水を汲んでくる。
遺体を持ち帰り、埋葬する手筈を整えようとベネディクトは静かに目を伏せた。美しい死に顔になるように。見開かれた瞳はもう何も見ないで良いようにと伏せられる。
何も言わずに進める仲間達を見詰めながら、秋月 誠吾は焼き付いた銀の月とアッシュグレイの髪を想い出して俯いた。
その日、青年は人を殺した。
描いていた未来は遠く、信じていた常識は崩れ去り、指先に残った人の命だけを抱えて。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
この度はリクエスト有難う御座いました。
貴方が初めて人を殺すその刹那を書くのが私で良いのかと悩みました。
どうか、背負い、前を向いて進んでくださいませ。
この度は有難う御座いました。また、ご縁が御座いましたらば。
GMコメント
リクエスト有難うございます。日下部です。
●成功条件1
『遊戯を行う貴族』の討伐または捕縛
●成功条件2
魔法道具『Non omnis moriar』の破壊
●ロケーション
ある貴族の屋敷。その地下牢に魔法道具『Non omnis moriar』とユイが繋がれています。
そして現在は秋月 誠吾 (p3p007127)さんがユイの対として繋がれています。
貴族の屋敷は広く、大広間からは地下牢を確認することがきる吹き抜けが存在しています。
その場所こそが遊戯を見るための社交場なのでしょう。この屋敷はその為に使用されているようです。
●遊戯を行う貴族 4名
魔法道具での遊戯を見ている貴族達です。黒魔術などを好んで使用しているようです。
それなりの強さを誇ります。危険時は逃走します。
●魔法生物 5体
貴族達の買っているキマイラです。ラサのブラックマーケットで購入してきたそうです。
とても獰猛ですが貴族達には飼い慣らされているようです。
●魔法道具『Non omnis moriar』
誠吾さんとユイを繋いでいる鎖が連なる天秤です。ラサのブラックマーケットで貴族達が購入したそうです。
鎖で繋がれた対象二人の命を蝋燭の炎として天秤揺らします。命の消化と共に蝋燭が燃えさかり、死すると共に炎が消え、天秤が傾きます。
両方が生きている間は赤々と燃える炎は消えることは無く、鎖で繋いだままじわじわとその体に痛みだけを与え続け、『相手を殺さねばならない』という洗脳を行ってくるようです。
魔法道具が作動している最中に壊すと、繋がった対象が死んでしまいます。
また、魔法道具は『片方が死んだ』状態になれば鎖が外れ、動作を停止します。
『部外者が『片方』を殺すと両方が死に至るそうです』
●ユイ
魔法道具『Non omnis moriar』に繋がれたスラム街の少女。殺人、窃盗、悪いことは何でもしました。生きるためです。
死にたくはありません。生きることはとても苦しくて辛いけれど。
生きていたら屹度何時か幸せになるとそう、信じています。
暖かい暖炉も、甘いココアも、何も知らず幼い頃から一人きりのたった15位の少女です。
生きるためならば、誠吾さんだって殺します。だって、それしか生き残る方法が無いのだから。
罪なんて、感じていたら、死んでしまいます。焦りだけが彼女を掻立てるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
それでは、どうか、ご武運を。
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