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シナリオ詳細

<傾月の京>天香遮那

完了

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 燦々たる月は真赭に染まり、落つる魔血には蠢く魑魅魍魎が歓喜を吐く。
 神威神楽を覆うように紫黒の瘴気が這い出した。
 絶望の片鱗が産声を上げんと、ざわめき胎動する。

 流れの早い川の中、姫菱・安奈は必死に藻掻き続けていた。
 楠 忠継に切られた傷の激痛に意識は霞む。
 しかし、身を浚う水流から己の身を引き上げる者がいた。
 闇夜に赤き瞳が光り、黒き鱗から生える爪が岸辺へと引きずっていく。
「子供が溺れてるかと思えば……介錯は必要か?」
 硬い鱗を持つ獣種。大きな牙の生えた男が刀を抜き去った。
 致命傷を負った身体では苦しみ抜いて死ぬ定めだろう。それならばひとえに楽になった方が良いと男は問うのだ。
 それでも、安奈は眉を寄せ拒絶する。
「我、は……、死なぬ……っ!」
 揺るぎなき瞳。諦めてはいないのだと魂の炎を燃やしていた。
 男の刀を押しのけ、安奈は息も絶え絶えに立ち上がる。
 並の精神力では無いと、男は刀を仕舞い拾い上げた三度笠を頭に被った。
 刀を杖代わりに必死に何処かへ向かう安奈の背に踵を返し、男は魔性の月を仰ぎ見る。
「今夜は血が降るな……」
 燦々と照る月明かりは不気味な程に美しさを帯びていた。

 ――――
 ――

「呪詛の蔓延か……」
 此岸ノ辺に点在する邸宅の一室。
 低い机の上に並べられた資料を目で追いながら咲花・百合子(p3p001385)は呟く。
 書き出されたのは複数の被害。イレギュラーズが未然に防いだ物もあるとはいえこの高天京に住まう住民に不安が広がっているのも事実だろう。
「つづりさんが言うには高天御所で、強大な呪詛が行われているらしいじゃないっスか! それはどういうことなんっスか?」
 机に身を乗り出した鹿ノ子(p3p007279)は『けがれの巫女』つづりが感知した『悍ましい魔の気配』を指し示した。鹿ノ子の言葉に頷いた隠岐奈 朝顔(p3p008750)が黄泉津言葉との差異を丁寧に説明していく。
「高天御所というのは、宮中内裏、大内裏があるところだよ。おそらく、巫女姫が座する場所」
「つまり、『大きな呪詛の儀式』が行われているということですね」
 つづりが起こりうる被害に震えるほどの強大な呪いなのだとタイム(p3p007854)が眉を寄せた。
「それを阻止するために、拙者達が集められた……」
 夢見 ルル家(p3p000016)がうんと唸り、微かに聞こえた外の音に振り返る。
 ガタリと縁側の戸を開く物音に皆が視線を上げれば。
 血だらけの身体を引きずった安奈がその場に倒れ込んだ――

 ――安奈へ。簡潔に記す。
 私は天香家の存続を何よりも優先する。
 此れより起こりうる戦に向け天香の家を継ぐ者が、
 一方の陣営のみに居る状況は回避しなければならない。
 若に呪具を使い成長を促す。
 お前は信念の赴くまま行動せよ。
 全ては、天香家の為に。    忠継

「っ……!」
 意識を失っていた安奈が布団を剥いで上半身を起こす。
 痛みに顔を歪める彼女に百合子が寄り添った。
「安奈殿、何があったのだ」
「あぁ……百合子殿。手当を、してくれたのだな、すまない」
 胸に手を当て、応急処置がされている事を悟る安奈。
 されど、傷は深く回復するのに何日も掛かるだろう。
「文は……」
「ああ、それなら枕元に置いてある」
 血に濡れた文を百合子が安奈へ手渡す。血で黒くなった文を安奈は握りしめた。
「読んだか?」
「いや、怪我人の文を暴こうとは思わぬよ」

 安奈が握りしめる文は忠継からだった。
 いつの間にか懐に入れられていた文には、忠継の言葉が書かれていた。
 忠継は天香・長胤に勘当を言い渡された遮那に道を用意し天香を守る事を選んだ。
 こと、神使の実力は計り知れない。何方が勝つか分からぬ状況。
 何方に転がっても良い様に、忠継は天香にとっての――あくまで忠継が考える所の――最善の策を取ろうとしている。
 例えそれが遮那を苦しめ、安奈に傷を負わせようとも。
 忠継にとって彼自身ですら駒なのだ。

 真意は違わない。されど道は違うという事か。
 しかし忠継の行動は、これではあまりにも。もはや狂気に侵されているとしか言いようがない。
 なれば己が出来うる事を。成すべき事をと安奈は胸に誓う。
 全ては、天香家の為に――


「若殿――天香・遮那を救ってほしい」

 畳の上に頭を垂れた安奈はイレギュラーズに希う。
「どういう事? 遮那君に何かあったの!?」
 安奈の肩を掴んで揺さぶる朝顔の真剣な瞳に安奈は頷いた。
「詳しい状況は分からぬが、恐らく若殿は忠継によって複製肉腫にされている」
「……そんな、嘘でしょう? だって、その忠継って人は仲間じゃないの!?」
 安奈の言葉に今度はタイムが身を乗り出す。
 仲間の報告書や自分の目で確かめたイレギュラーズは知っている。
 複製肉腫は苦痛を伴い人が変わったように暴れ回る事を。
 そんな状況に家族同然の遮那を置く道理など普通であれば有り得無いとタイムは憤った。
「……忠継は、魔種だ」
 ひやりと室内に寒気が走る。
「……そういえば遮那さんは、夢で不思議な声を聞くと言っていたッス」
「まさか。魔種の呼び声」
 鹿ノ子の声にルル家が眉を寄せる。 
 同時にルル家の耳が小さな足音を捉えた。
 急ぎ足で近づいて来る人影が襖を勢い良く開く。

「――遮那さんが見つかりました!」

 それは奇襲。
 雲間に隠れた電光石火の琥珀薫風が軍勢を引き連れて、此岸ノ辺上空に現れたのだ。


「あらぁ? 凄いじゃないの複製ちゃん。こんな力があるなんて」
「……」
 遮那の頬を撫でる指先は女のもの。
 ガイアキャンサー本体。白い小袋に入っていた中身――美しい宇宙のような煌めきの勾玉を胸元に着けた女が遮那へと撓垂れかかっていた。
 風の力を繰る遮那の能力は肉腫複製になった事により強化されたらしい。
 飛べぬ者に風の加護を与え、空から奇襲を仕掛けてきたのだ。
 子供で荒削りながらも兵法が評価されていたのは、思いも寄らない作戦に打って出るからだった。

 遮那の表情は荒み、眉間には皺が刻まれる。
「ふふ、苦しいのによく耐えているわね。でも、もう身体は言うことを聞かないでしょう?」
 肉腫本体『艶勾玉』藤蘭が口の端を上げた。
 遮那の意思と身体の自由は切り離され、籐蘭の意のままに動く人形と化していた。
「さあ、暴れ回りましょう? 何もかもを忘れて。楽しいことだけをしましょう?」
 浸食される心。苦しみの只中。脳髄に響いてくる呼び声。

『――もう、苦しまなくていい、この手を取れば楽になれる』
 遮那は複製肉腫にされても尚、呼び声に抗い続けていた。

 ――同じなのです。兄上。
 兄上が拾い上げて下さったことも。
 読み書き算盤を教えて下さったことも。
 弓の取り方を教えてくれたことも。
 神使である安奈をお側に置いたことも。
 獄人である忠継をお側に置いたことも。
 神使が私にしてくれた事も! 同じなのです!
 人の尊厳はみな等しく崇高たるを教えてくれたのは、貴方だ、兄上!

 安奈は私に教えてくれたのだ。
 鍛錬の気高さを、泣き虫な私に己にうち克つ志を。
 忠継が私に教えてくれたのだ。
 剣を、尚武を、おのこたる矜恃を!

 だのに、何故、忠継は私に眠れと言うのだ!
 怠惰を押しつけようとするのだ!
 私には分かる。神使に引き止められた私には理解出来る。
 この滅びへと誘う声は、忠継のものだ!
 一睡もせず闘い続けたお前が、なぜ!!!!

 私の身体はもう私の意思では動かせない。
 助けてくれ神使。どうにも為らないのだ。
 身体だけではない。そなた達との思い出も零れ落ちて行く。
 一緒にけん玉をした。一緒に甘味を食べた。手合わせの約束をした。
 共に強敵と戦った。優しく声を掛けてくれた。かき氷を食べた。
 夕餉の味も。花火の色も。紡がれた言葉も。朧気になっていく。
 嫌だ。忘れたく無い。只、暴れるだけの獣に成り果てるなら。
 一思いに、私を殺してくれ。
 そなたになら――

GMコメント

 もみじです。ネームタイトルです。つまり――意味はわかるな!?

●目的
 第一目標:此岸ノ辺の防衛
 努力目標:遮那を救う
 ※救いがあるのならば生死は問いませんが、カムイグラの貴人ですので、保護したほうが良いでしょう。

●ロケーション
 此岸ノ辺に点在する邸宅の一つ。その周辺。
 満月の夜です。月明かりがありますが、雲に隠れてしまうこともあります。
 邸宅の周りは明るいです。足場は問題ありません。
 敵は上空から奇襲してきました。

●敵
○『琥珀薫風』天香・遮那(あまのか・しゃな)
 八百万の少年。天香家当主長胤の義弟。
 元々は誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家でした。
 今は複製肉腫にされて、籐蘭の意のままに攻撃してきます。
 軽々と空を舞い、刀で敵を斬ります。
 忠継に教えて貰った剣術は中々の腕前。
 複製肉腫になったことで大幅に強化されています。

 刀を使った剣技。間合いは至~中程度をいくつか。威力大。出血を孕むものもあり。
 風術。間合いは至~超遠。特にレンジを無視して戦場全部を包む暴風には要注意。
 風の加護(P):己を含む軍勢に飛行能力を与える。
 抗う心(P):思い通りに動かせない身体とは裏腹に心の中では必死に抗っています。
 イレギュラーズとの思い出がどんどん抜け落ちて行きます。

○『艶勾玉』籐蘭
 肉腫(ガイアキャンサー)本体。
 艶やかな着物を着た女です。
 上空に浮遊しており、攻撃を仕掛けるには飛んでいくか打ち落とす。または、遮那の風の加護の能力を消すしかありません。
 攻撃を仕掛けにいく場合、地上とは断絶されたものとなります。
 特殊レンジ(超遠距離・万能)から一体に対して絶大な威力の攻撃を仕掛けてきます。
 他の攻撃の間合いは至~中程度をいくつか。呪い、呪殺、不吉、恍惚を含みます。
 負けが見えると逃げに走ります。

○『冥』×20
 八百万(精霊種)の精強でバランスの良い部隊です。
 そこそこ強いです。
・前衛10:刀を使った直接攻撃を仕掛けてきます。
・後衛6:弓を使った攻撃や呪符を使った状態異常攻撃を仕掛けてきます。
・回復4:仲間の回復をします。

○妖怪×15
 魑魅魍魎。物理攻撃や神秘攻撃を仕掛けてきます。

●味方
○姫菱・安奈(ひめびし・あんな)
 天香家を守る忠臣。
 重傷ですが十分に戦えます。
 忠継と共に遮那を見守ってきました。
 咲花・百合子(p3p001385)さんの関係者です。

●Danger! 捕虜判定について
 このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
 PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
 敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。

・当シナリオでは依頼の成否、もしくは此岸ノ辺へのダメージによって、此岸ノ辺に様々な影響が出る場合があります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <傾月の京>天香遮那Lv:20以上完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年10月06日 22時25分
  • 参加人数15/15人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(15人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
武器商人(p3p001107)
闇之雲
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
隠岐奈 朝顔(p3p008750)
未来への陽を浴びた花

リプレイ


 ――何の為に涙を捨てた。
 ――何の為に心を捨てた。

 救う為ではなかったのか。
 少女は懸命に手を伸ばした。
 お帰りと言うために、その手を前に突き出す。
 あと、一寸。僅か。
 届け。届け。届けと、願う心。

「……!」

 微かに聞こえた、自分を呼ぶ声と指先に。
 少女は確かに触れたのだ。
 されど、儚き温もりは無情にも。
「嫌だ、嫌……っ、あ」
 無慈悲に。残酷に。

 指先から離れて――


 夜の群青が空に広がり、微かに聞こえる鳥の泣き声が心臓を掴む。
 妖艶な満月の明かりが薄く陰り地上に黒幻を落とした。
 其れは次第に幅を増し此岸ノ辺上空に突如として出現する。
 まるで雲に乗って現れた『琥珀薫風』天香・遮那の軍勢に『揺蕩』タイム(p3p007854)は眉を寄せた。
 天香家の為。誰かの仕業。この戦場には思惑が交錯するのだろう。
 されど、旅人であるタイムには難しい話は分からない。
「今、目の前にいる遮那さんを救いたいだけ……」
 タイムは胸元に組んだ指先に力を込める。
 この場に居る全員の想いはきっと同じだから。目を瞑って大きく深呼吸をした。
 そして、コバルト・ブルーの瞳を上げる。
「行こう、朝顔さん、みんな」
 タイムの声に『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)が頷いた。
 泣き虫で俯いていた朝顔ではない。偽りの無い本心で。
「……本当の私と変わらない君で一緒に生きる為に」
 最愛の人を救うために天色の視線は遮那に向けられる。

 一手仕損じればそれだけ遮那を助けられる可能性が低くなるのだと『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)は唇を噛みしめた。
 冷静にいつも通りにと己を戒める。
 目の奥の熱だって気のせい。震える手も、喉の乾きも他人事と切って捨てて。
 それでも溢れる言葉があった。僅かでも伝えなければならなかった。
「遮那殿ーーー! 必ず助けます! もう少しの辛抱です!」
 たとえ届かぬとも、伝える事を諦めてはならない。
 そうしなければ、獣になってしまう。
「何もかも忘れて獣と化すのはさぞや気持ちがよかろうね」
 ヒヒ……と『闇之雲』武器商人(p3p001107)は口元を袖で隠しながら微笑んだ。
 けれど、只の獣になったモノと戦うなんて『モノガタリ』が無くてつまらないではないか。
 傍らの『甘くて、少ししょっぱいレモネードを』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)と紡いだ音色を思い返してみても、全てが芳しいモノガタリだった。蕩けるような蜜月を二人で微笑んだ。
 そんな幸せなモノガタリの可能性を此処で閉ざしてしまうなんて愚の骨頂。
「キミにはまだまだ、この先も楽しい事がまっているだろう?」
 だから、邪魔してしまおう。モノガタリの続きを紡げるように。
 武器商人の声に目を僅かに伏せたヨタカ。
 遮那は新しい土地で出会った新しい仲間だ。
「そんなモノに身を落とさないで、どうか俺達の声を……聴いて」
 遮那へと指先を向けたヨタカは想いが届くことを希う。

「遮那さんと話す機会は持てなかったけど、皆が助けたいって思えるような人なんだよね?」
 赤いリボンの付いた帽子を被り直した『おかわり百杯』笹木 花丸(p3p008689)は隣の『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)に視線を向けた。
「私も遮那くんとの面識はないけれど」
 空に浮かぶ少年は海の向こうから来たイレギュラーズを信じていた。
「友だと言ってくれたんでしょう? なら、それだけで充分過ぎるわぁ」
 引き結ぶ唇。前を向く双眸。
「だったら助けてみせる!」
「此岸ノ辺を護って、遮那くんを救う――絶対に!」
 アーリアと花丸は頷き合い、拳を合わせる。
 この先は文字通りの『死地』であるのだろう。何方も引けぬ戦い。
 何度経験しても震える膝は変わらない。慣れてなんかいない。
 それでも、誰かの為に立ち向かう意思は前に進む事を望む。
『未来綴りの編纂者』リンディス=クァドラータ(p3p007979)はそんな仲間の想いを感じ取っていた。
 リンディスの瞳は遮那が率いる軍勢から黒づくめの人影や妖怪達が地上へ降りてくるのを捉える。
 この先にはイレギュラーズ陣営の重要な拠点である此岸ノ辺が控えているのだ。
 特異運命座標を外界へと結ぶもの。ざんげの居る空中庭園と同じ役割を担う場所を落とされる事があればイレギュラーズの活動に大きな制限が掛かってしまう。
 此岸ノ辺を護り、遮那を救う。彼への想いを繋げる為に、リンディスは敵を迎え撃つのだ。

「なんて可愛そうな遮那様。僕はお会いしたことはありませんが、イレギュラーズによくしてくださったことを聞いております」
 指を組んで瞼を落とした『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は悔しげに眉を寄せる。
「自分の義弟まで手をかけるなんて、天香長胤様、許せません! もはや魔種に侵されているとはいえ、自分の家族ですよ? 比較的正気を保っているように見えていただけに信じられません」
 幻の憤りは遮那の義兄天香・長胤に向けられたもの。この豊穣郷に来た際に垣間見た長胤の姿は狂気に染まっているようには見えなかったからだ。
 けれど、傷を負った姫菱・安奈が語った天香家で起った出来事に幻は唇を噛みしめる。
 強敵は目の前なれど。必ず遮那を取り返してみせると青き炎を胸に灯す。
「何処にでも争いは起きるものだね」
 チリと剣柄が鳴る。砂に靴音が吸い込まれた。
 緑赤の瞳を瑠璃空に向けた『天空の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は剣を引き抜く。
 遙か東方にも魔の手が忍び寄るのだ。
「これ以上、好きにはさせないぞ」
 魔種が絡むのであれば、天義の地でなくとも見逃すことは出来ない。
 カイトは純白の六枚羽を広げ身を屈める。
「ロストレインの名に誓って!」
 一歩踏み込んだ身体に飛翼を乗せれば、刀身に月光が走った。

 ゆるりと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の周りに光輝が満ちる。
 ――困ったときは頼ってよ。
 そう遮那に告げたのはつい先日のことなのだ。約束をしたからには守らなければならない。
 きっと彼は助けを求めている。殺すことなんてありえないのだ。
「だってそんなのヒーローらしくないでしょう!」
 救える者には手を伸ばすのがあの絵本に描かれた英雄だったはずだから。
 少女が夢見た冒険譚に後ろめたさを感じたくない。
 何故なら、空色の瞳が見守ってくれているから。アレクシアは瞳を上げる。
「純真無垢な子供を、遮那殿をあのように苦しめあろうことに堕とそうなどと」
 到底許せるものではないと『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は眉を寄せた。
「絶対に助けるのだわ、絶対に」
 章姫の小さな手が鬼灯の腕を握りしめる。それは人形では有り得ない生身の意思を持った者の決意。
「ああ、決して失敗は許されない。さぁ、舞台の幕を上げようか」
 口元を覆う黒い布の下、隠された唇が引き結ばれる。
 見えぬ魔糸が戦場を這った。
「冥は強いとのことだが……『暦』だって負けてはいない。背中は任せたぞ、師走」
 鬼灯の背後を守るように大盾を持った『暦』師走が駆け抜ける。
「はい、必ず。必ず頭領も奥方も守り抜いて見せます」
 それが暦の使命なのだから。
 鬼灯と師走の背を安奈が見送る。
 本来であればこの二人の様に、共に戦場を駆けているはずなのに。
 刹那の幻影に安奈は歯を食いしばった。
 ふらつく安奈の身体を『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が支える。
「大切な物であるならば自分で守らねばならぬ、美少女であれば当然の事よ」
 それは力を振るうだけでは無い。頭を垂れて他者に助力を請う事も含まれるのだ。
 並大抵の胆力では出来ないこと。それが出来る者のなんと少なき事か、その願いのなんと真摯な事か。
「希われた助けを叶えざるは末代の恥である」
「済まない。助かる」
 刀の柄に手が添えられる。それが突撃の合図。
 視線を交す時間すら惜しんで、百合子と安奈は前に出る。

「あの人がお姉ちゃんの好きな……」
 遮那に視線を合わせる『二律背反』カナメ(p3p007960)は胸に湧いた嫉妬の心に小さく首を振った。
「ううん、気にしない! お姉ちゃんが誰を好きになってもいいの、カナはお姉ちゃんが好き!」
 それで十分なのだとカナメは拳を握る。
「推しの幸せを応援しないでファンなんて名乗れないからね☆
 だから、お姉ちゃん頑張って! 絶対救えるって、カナ信じてる!」
「ありがとうっす。カナメ」
 双子の妹の激励に『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は頷いた。
 その腕には琥珀の雫が光る。着物の懐には花浅葱の布地に紫の刺繍が施された小袋を忍ばせていた。
 雲に隠れる月の代わりに蛍の明かりを括り付け、お手製のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「……大丈夫」
 約束をしたのだ。悪い事が起きませんように。守ってくれますように。
 ずっと想っている。離れていても心は傍にいるのだと。
「今、行くっすよ!」
 夜空から降り注ぐ星の瞬きが戦場を駆け抜けた。


 幻は遊色の瞳に夜空の星を移し込む。
 煌びやかに彩られた青い羽根の光沢は、灯火に光を反射した。
 星降る夜の奇術。あの日の記憶。悲しみの雫と怒りの声の先にある宵闇の深淵を映し出す。
「さあ、艶やかな色彩の奇術を、お見せしましょう」
 彗星の閃光が戦場を走り、妖怪の胴を捉えた。
 星が瞬く先にカイトの翼が広がる。戦場を自由に駆け回る彼の剣は敵を翻弄した。
「甘いですよ」
 その翼による機動で多角的な空間移動を行うカイトの剣は残像を残し迫り来る。
 穿たれる刃にアガットの赤が散った。
 その影に隠れるように突き出された凶爪をカイトは地を蹴って回避する。

「百合子殿」
 一言、呟かれた安奈の言葉に百合子は左へ跳ねた。
 その軌道に沿って放たれる菱葉ポニテ抜刀術は空気を裂いて敵に刃を走らせる。
 百合子の黒髪が風に揺れた。身を低く構え叩きつけられる拳の鋭利さは血飛沫を地面へと散らす。
 返す拳は留まらず、乱舞のうねりと成りて敵を打った。
 されど、敵とて手練れである。傷を受けたものは下がり、回復を受ける。
 決して前のめりにならず確実にイレギュラーズの懐に飛び込んでくるのだ。
 百合子は安奈に視線を向けた。
「おそらく。若殿の采配であろう」
 天香家の子供として扱われながら、剣の腕と兵法は荒削りながらも中々の腕前と周りから賞される所以。
 軍勢の指揮に長けているのだと安奈は百合子に語る。

「さて」
 武器商人は自身の周りにルーンの魔法陣を敷き詰めた。
 前にでるのであれば、先に魔力障壁を展開するのが定石であろう。
 銀色の髪を靡かせ、走り込む武器商人の背にヨタカの奏でる音が聞こえてくる。
「豪華絢爛不揃いの汚名、辺りに響くは泣き女の慟哭……」
 冷たい川の底から響く呪歌にヴィオラの音が重なった。
 ―――暗い宵闇の中響かせるのは、風を感じ、水を感じ、花が咲く音に酔いしれるオラトリオを君に。
 遮那へと紡ぐヨタカの旋律。自分達の声が届くようにと歌を捧げるのだ。
「頭領」
「ああ、任せる。だが、くれぐれも無茶はしてくれるなよ」
 鬼灯の声に師走は僅かに眉を寄せて頷く。師走の事だからこうして指示をしなければ自分の命を投げ打ってまで鬼灯を守ろうとするだろう。
「捕虜になるくらいなら自死をなどと本気で言い出しそうだからな。それだけは決して許可しない」
「……っ」
 図星を突かれた師走は一瞬だけ唇を噛んだ。
 闇の月が鬼灯の手から解き放たれ、それを守るように師走が大盾を振るう。
 その後ろを暴風が吹き荒れた。朝顔が振るう刀は敵をなぎ払う。
 されど、集中的に重ねられる敵の刃に朝顔の傷も増えていった。
「遮那くん! 聞こえてる!? 私たちは此処に居るよ!」
 一人ぼっちの遮那が抗えるように朝顔は叫ぶ。
「愛してるよ! 大好きだよ! 遮那君を想ってるから!」
 精一杯の声を張り上げるのだ。

 リンディスは魔導書を開き未来紡ぎの羽筆を走らせる。
 何時か刻まれた姿をペン先が綴ればふわりと身体が浮くような感覚を覚えた。
 視線を巡らせ、アレクシアと戦場全体をカバーできるように采配するのだ。

 ――風が、止んだ。

 リンディスはそう知覚した。そして次の瞬間に訪れた嵐に小さな身体が浮き上がる。
 上空で腰の刀を抜き去った遮那の姿がリンディスの瞳に映った。
「っとお!」
 宙に舞い上がったリンディスの身体を花丸が受け止める。
 その間にも花丸の皮膚は切り裂かれ蘇芳の赤が散っていた。
「これは、危険だねぇ」
「ええ、気を付けなければ」
 一瞬にして陣形を乱し、体力を奪っていく遮那の暴風にリンディスと花丸は眉を寄せる。
 暴風に飛ばされながらもカナメは立ち上がった。
 カナメにはやらねばならない事がある。
 遮那へ向かう人たちの為の道をこの身で拓く役目があるのだ。
「花丸っち!」
「うん、いくよ!」
 花丸と距離を保ち、出来るだけ多くの敵を引き寄せる。
「さぁさーみんなでカナと遊ぼー! サンドバック大歓迎だよー!」
 例え、この身が血に濡れようとも。推しが歩む道を照らすのがカナメの使命。
「カナはこんな所で倒れたりしない!」
 視線を上げるカナメの背を鹿ノ子は見つめる。
 妹が頑張ってくれているのだ。姉としての矜持は捨てられない。
 黒蝶を手に敵陣へと切り込んで行く鹿ノ子。
 星の雫が降り注ぐ様に。閃光が幾度も弾け戦場を染めた。
 鹿ノ子の背後に凶刃が迫る。一瞬の隙に身を翻すことすら侭ならない。
 されど。一迅の稲妻が鹿ノ子と敵の間に走った。
「タイムさん! 助かったっす!」
「大丈夫よ。力を合わせましょう」
 敵の数が多くとも膝が震えていようとも、怖じ気づく訳にはいかないのだとタイムはタクトを振る。
 タイムの傍ではアーリアが月の魔法陣を展開した。
 彼女の役目は道を切り開くこと。
「だから、邪魔する子はお仕置きよ!」
 当てる事と嫌がらせにはとびきり自信があるのだと口の端を上げる。
「痺れちゃいなさい!」
 琥珀色の雷撃が刺激的に戦場へ降り注いだ。
「こっちは任せて、遮那くんを頼むわよぉ!」

 ――――
 ――

 戦場は混戦を極めていた。数が多いだけの敵であれば殲滅も視野に入ってきただろう。
 しかし、敵対するは『統率』の取れた軍勢であった。
「……っ!」
 肩で息をするアレクシア。深く突き刺さる敵の刃に顔を歪める。
 遮那の荒削りであるが中々の腕前と称された兵法は、こと軍を率いる事に関して天賦の才と言ってもいい程であったのだ。その実力は生半可では無いのだとアレクシア達は身を持って知ることとなる。

 ――想定よりも『敵の数を減らす事が出来なかった』のだ。

 悪戯に時間だけが過ぎて行く。既に、数人がパンドラの炎を燃やしていた。
 アレクシア達の顔に疲弊と焦りが色濃く滲む。
 誰も倒れさせたりはしない。その気概でアレクシアは戦場を見据えていた。
 彼女が居なければより甚大な被害がイレギュラーズに降り注いでいただろう。

「仲間は大切にしろよ、お前達。そんなお前らに少し手助けしてやるよ」
 グロー・バーリンは兵器を構え敵陣へと解き放つ。
 爆砕する地面と立籠める煙。
「俺はおっさんだけど、こう見えて実力者なんだぜ、ほら続け続け」
「ええ、分かりました」
 グローの声に幻が頷いた。幻は攻撃の手を止め奇術を練る。
 胡蝶の夢より現れた大きな鹿ノ子の写真を建物の屋根に置いた。
 ともすれば奇妙な行動に見えるかも知れない。だが、それも全て遮那にイレギュラーズとの絆を思い出して欲しいから。
「遮那様、負けないでくださいませ! 貴方には何人もの頼れる味方がいたでしょう? 美味しい菓子を一緒に食べたんでしょう? 思い出を大切に保ってくださいませ!」
 幻の叫びと鹿ノ子の写真に一瞬だけ視線を向ける遮那。

 ――鹿ノ子。

 その生み出された僅かな隙を、グローは見逃さなかった。指揮官の指示が少しでも遅れることがあれば、部下達に動揺が広がるのは必然。組織の上に立つグローだからこそ分かるのだ。
「さぁ、練達への投資成果を見せて欲しいもんだな」
 幻が作った好機に、兵器を構え、グローは連続で打ちだす。

「遮那くん、きっととっても愛されているのね」
 アーリアは敵と相対しながら息を吐いた。
 想定よりも時間が掛かった。仲間の傷も多い。けれど、遮那の元まで送り出す道は必ず作り出す。
 自分は遮那との思い出なんて一つも無い。だから、抜け落ちる記憶も無いから。
「なら、そうね。帰ってきたら「はじめまして」からかしら」
 きっと子供だからお酒を飲み交わす事は出来ないけれど。
 甘い物が好きだという彼のために、父から教わったチョコチップクッキーを作ってみせよう。
 カムイグラには無い甘いチョコレィトお菓子だろう。
「私は箒で、貴方は翼で空を飛んで散歩しましょう。こんな最悪の状況なんて、覆してみせるわ
 だって私――フラグブレイカー、だもの!」
 様々な場所でへし折ってきたフラグ。穿たれるは鮮烈なる『艶勾玉』籐蘭の一閃。
 されど、アーリアは折れたりしない。濃桃色の髪を掻き上げて大人の余裕を見せつける。
「イイ女は時には諦めも悪いのよ、この場所も、遮那くんもあげないわぁ!」
 遮那の手を取れるのは小さな少女(こども)たち。
 アーリアの左手は欠月の君がとってくれるから。
 だから、此処は任せてほしい。口の中に溜った血を拭って深緑の瞳を上げる。
「さあ、道を切り開くわよ!」
 アーリアの声にアレクシアが頷いた。
 彼女の胴を貫いた傷跡を花の魔術で癒やしていく。
 アレクシアはぐっと唇を引き結んだ。蒼穹の瞳は遮那の魂の色を映している。
 苦痛を伴う行為だろう。
 けれど、戦闘開始からこれまでどんどん弱くなっていく遮那の輝きに眉を寄せた。
 このままでは遮那の元へ仲間がたどり着く前に消えてしまう。
 だから、アレクシアは声を張り上げる。記憶を繋ぎ止めるように引き戻せるように。
「遮那君、私だよ! アレクシア! 覚えてる?」
 ピクリと遮那の指先が動く。同時に魂の輝きが僅かに光量を増した。
 まだ、遮那の心は死んでいないのだとアレクシアは確信する。
「忘れたなんて言わせないよ! だって、私が渡した本の感想、まだ聞いてないんだからね!」
 過ぎ去った夏の日。茹だるような暑さの中。
 アレクシアはお気に入りの本を遮那に渡したのだ。
「まだまだ読んでもらいたい本はたくさんあるし、遮那君からも教えてもらいたいこともたくさんあるんだから!」

 ――アレクシア。

 薄らと遮那の眦に雫が浮かぶ。
「だから、そのまま行かせやしないよ! 待ってる人がいることを忘れないで!
 そして、戻ってきなさい!」

 遮那の零れ落ちて行く記憶の中に本の中身があった。
 どんな内容だったのか思い出せない。
 それが溜らなく悔しくて、涙が頬を伝っていく。
 けれど、アレクシアの声も顔も覚えているのだ。夏の日の暑さだって忘れていない。
「あ、れく、しあ」
 本を……。あの貰った本は何処に行ってしまったのだろう。
 確か、屋敷の自室。机の上に。

「あらあら、複製ちゃんを誘惑するのは止めてくれないかしら?
 それとも、貴方達も私に――支配(あい)してほしいのかしら?」

 妖艶な色香を纏わせた籐蘭の声が上空から降ってくる。
 ――支配(あい)する。それは、怖気が走るほどに脳髄に響く声だ。
 遮那の心に波紋が浮かんだ今、再び籐蘭の手によって閉ざされてしまえば、修復が不可能な程破壊されてしまうかもしれない。
 その可能性にカイトは一早く気付いたのだろう。翼を広げ純正肉腫の前に翔る。
 敵陣に半ば誘われるように飛び込んだカイト。
 こうでもしなければ、目の前の籐蘭の気を引くことなんてできやしない。
 危険は承知の上。純白の翼に月光が煌めきカイトの剣先が籐蘭へと向けられた。
「やあ、お美しい方。僕と、一曲如何?」
 カイトの声に魔性を帯びた唇が三日月を作り出す。
「綺麗な子は嫌いじゃないわよ」
 妖艶な微笑みでカイトを愛でる籐蘭。
 目の前に対峙しているからこそ分かる。これは到底、独りで相手に出来る類いのものではない。
 カイトの背に汗が流れた。だが、後退は有り得ない。
 やるしかないのだ。
 緑赤の瞳に輝きを宿し、剣の柄を強く握り込む。
 狙うはその胸元に怪しく光る勾玉のペンダント。おそらくこれが籐蘭の呪具なのだろう。
 一番狙いやすい場所に飾っているということは、其れだけ自信があるということだ。
「無垢な子供を操り楽しむ趣向は頂けないなあ、奥さん」
「ふふふ、そういうのを支配するのが楽しいのよ?」
 綺麗な花には棘があるのだという。正に目の前の女がそうだ。
 他者を自分の思うように縛り付け愛を押しつけている。
「アンタのその美しい顔」
 切り刻んでやると剣先を向けた。
 籐蘭は呪いそのもの。何が効くのかは分からない。
 だからこそ、カイトは言葉を投げる。煽り、狙い、執拗に籐蘭が嫌がりそうなものを仕掛ける。
 自分に矛先を向けることで、仲間の道が開けるのなら。


 地上では乱戦が続いていた。
 きつく結ばれたカナメの唇に血が浮かんでいる。
 敵の集中砲火を受けた彼女の体力は限界をとうに超えていた。
 それでも、カナメは笑う。
「一人でこんなにいっぱいの敵から……うぇへへ、最高……!」
 守る為に受けるのではない。受けるために得た守る力。
 痛みを脳に送りつけてくる信号が心地良い。
 事が済んだら姉の様子を見に行かなければならないのだ。
 落ち込んでいれば傍に寄り添って励ますし、遮那を救えて幸せそうにしていたら遠くで見守る。
 推しの幸せを、いちファンが邪魔なんて出来ないのだから。
「それに、お姉ちゃんの幸せそうな顔を見るだけで、カナは満足だしね♪」
 だから。その為にこの場を切り抜けなければならない。
 どんな結末になろうとも、此処で終わるわけにはいかないのだから。
 カナメは肩で息をする。
 肺の中が焼けるように熱い。呼吸だって全く整わない。
 敵の刃はカナメの腕を割いていく。胴を足を。突いて焼いて。破壊していく。
 その度に嬉しくなった。自分が傷を負う度に、姉が進むべき道が拓いていくのだ。
 嬉しくない訳がない。
「くふ、ふ。へへ」
 月の灯りにカナメの顔が照らされる。
 そこには心底楽しげに微笑むカナメの姿があった。
「邪魔はさせないんだから!!!!」
 戦場にカナメの声が響き渡る。
「俺は忍にして黒衣、彼女たちが今懸命に遮那殿を取り戻そうとしているのだ。邪魔をさせて溜まるか!」
「もう怒ったのだわ! 絶対に許さないのだわ!」
 未だ遮那の元へたどり着けていない仲間。この状況に鬼灯と章姫は憤った。
 幾度となく交される剣檄。時間は一秒毎に進んでいく。
 一瞬、師走と視線が重なり、頷きあった。
 師走が大盾を振り回し、敵の注意を引きつける。目くらましの為に舞い散る白い雪。
 敵の視界が奪われた隙を狙い、鬼灯が戦場を駆け抜けた。
 吹雪によって隠された見えぬ糸は敵の足下に張り巡らされ、一度触れれば蘇芳の血が伝う。
 それでも、吹雪の中から突き入れられた敵の刃に身を翻す鬼灯。
 腕の痛みに視線を落とせば苦無が三本突き刺さっていた。
「鬼灯くん!」
「大丈夫」
 自分の怪我より、章姫に傷が付かなかった事に安堵する鬼灯は苦無を抜き去り地面へと捨てる。
「まだまだ! 行くぞ、師走!」
「はい!」

 駆け抜けていく声にグローは口の端を上げた。
「若いねえ。おじさん感動しちゃうな」
 軽口を叩きながら、隣に居る頼に視線を送る。彼は豊穣を訪れて間もない武器商人を『鵺』だと勘違いして斬りかかったことのある男だ。
「行くかい? 鬼人さんよ。あんたらは八百万と確執があるんだろう?」
「いや。直接被害にあった訳じゃねえからな。でも、まあ一宿一飯の恩を返さねえとな」
 偶然この場に居合わせた仲間同士。連携を取り合う二人。
 刀を振るい敵を切りつける頼にマグナムで敵の呪符を打ち抜くグロー。
「それに、あの遮那ってのは相当弱ってる感じがするぜ」
「ああ、そうだろうな。戦闘が始まってからもう結構な時間が経ってる。
 どうすんだ? 奇術師の嬢ちゃん」
 グローの視線に幻が眉を寄せた。幻が作り上げたイレギュラーズの写真は遮那に影響を与え、剥がれ落ちる記憶を繋ぎ止める重要な役割をしただろう。
 だが、未だ遮那への道は閉ざされたままなのだ。
「このままでは終わりません」
 幻は胸に大切な人の事を思い浮かべる。彼と離ればなれになってしまうとしたらどんなに苦しいだろう。
 きっと、遮那の元へ向かう少女達も同じ気持ちだろう。
 ならばと花丸やカナメに視線を送る。
「奇跡の一つぐらい起こせなくて何が奇術師で御座いましょう?」
 幻の声と共に花丸とカナメは己に敵を引きつけた。
 おそらくこれが道を拓くチャンスなのだ。
「――皆の邪魔はさせない。貴方達の相手は私達だよっ!」
「そうそう。恋する乙女達の邪魔なんて無粋よぉ」
 花丸の声にアーリアが応える。琥珀色の雨が敵を打ち地面へと染みこんでいく。

 カナメと敵を分散して引き受けた花丸は傷を負いながら視線を上げた。
 赤紫に輝く瞳は可能性の獣を映し出す。
「ねぇ、遮那さん。皆の姿が見える? 皆の声が、少しでも貴方に届いてる?」
 花丸は上空に居る遮那へと声を張り上げた。
「貴方を助けたいって、想いを重ねる人達がこんなにも集まったんだよ!
 私達は貴方を助ける事を絶対に諦めない!」
 だから、最後まで生きる事を諦めないで欲しいのだと花丸は伝う。
 その声は遮那の耳にも届いた。
「……はっぐ」
 頭を抑え、苦悶の表情を浮かべる遮那。
 花丸にはそれが、抗っているように見えた。
 心の内側で慟哭する遮那が身体を取り返そうと藻掻いている姿に見えたのだ。
「貴方を大事に想う誰かの手を取ってあげて。だって貴方は――男の子でしょ?」
 男児たる者の矜持。大切な人を守る為に刀を振るう意思。
 己の弱さに打ち勝ち、前へ進む意志。
「何てね。それを言うなら女の子もかな? 大事な人の為に幾らでも奇跡を起こす。
 今回だって、きっとどんな事があったって……!」
 花丸は其れを信じている。何があろうとも仲間が進む道は繋がっている。

「だから、負けないで! 自分に負けないで!!!!」

 花丸の声が遮那の耳朶に響いていた。
 一つ一つと零れ落ちて行く記憶。
 傷つけたくないのに、身体は言うことをきいてくれない。
 けれど、声を張り上げて負けるなと言ってくる花丸の声がする。
 彼女の声だけでは無い。
 地上から聞こえてくるイレギュラーズの声に、遮那は落ちそうになる意識を必死に繋ぎ止めていた。

「今だよ! 皆行って!」
 自分は傷つきながら、仲間が歩んでいく道を拓く。
 それが、花丸の矜持だった。

 ――――
 ――

「籐蘭、ね。籐の花言葉も、蘭の花言葉も。貴方の外見にはぴったりだ」
 ヨタカと武器商人に支えられ肩で息をするカイトは、それでも余裕の笑みを見せる。
「忠実なる美しい淑女よ。アンタの飼い主は誰だ?」
 カイトの言葉に籐蘭の唇は形を変えた。楽しげに笑みを浮かべる。
「そんなに知りたいの? ふふ、特別に教えて上げる。
 私の『飼い主』は――夜洽紬姫。私は彼女自身を模して作られた呪具なのよ」
 やまねいのつぐひめ。妖艶なる夜洽家の娘の名を籐蘭は告げた。
「私の勾玉を、神使である『国府宮 篝』に渡したのも紬姫。私の力を封じる小袋を渡したのも……」
「ヒヒ……何が目的なんだろうねぇ?」
 武器商人の問いに籐蘭は顔をほころばせる。
「支配(あい)するため。愛する人のため。彼女たちと同じ愛の形」
 籐蘭は遮那を取り囲む少女達に視線を向けた。
「全然違う……」
 眉を寄せてヨタカは籐蘭へと言葉を投げる。
「ふふ。そうかしら。同じじゃない? 貴方を包む愛に支配されていないと言い切れるかしら?」
 笑みと共に膨れ上がる魔力の奔流。
「小鳥ッ!」
 至近距離から穿たれた武器商人の腹は中身を散らしボタボタと落ちていく。
「紫月!」
 空と地。断絶された場所での戦い。
 地上の仲間の助けは望めない。
「まだまだ、我は倒れないよ……ヒヒ」
「そう、楽しみ甲斐がありそうね」
 紬姫は巫女姫を愛している。されど、籐蘭は全ての者を愛している。
 だから、目の前の『番』である武器商人とヨタカの両方を愛している。
 自分を舞に誘ったカイトを愛している。

「ねえ、もっと愛していいかしら?」

 籐蘭の声と重なるようにリンディスが作り出した花火が戦場に咲いた。
 リンディスは戦場を包む風の加護に耳を傾ける。
 悲鳴のような悲しい風が吹き荒れて雲を運んできた。
「遮那さん、貴方に向けられているこの沢山の声に、優しい風達に耳を傾けてください」
 タイムのタクトが届く範囲に布陣したリンディスは過去巡りの書巻を手に遮那へと言葉を繰る。
「あの日が刻まれた本があります」
 夏の昼下がり。かき氷を食べて楽しんだ思い出の頁。
「良き日であったな! 共にかき氷を食らい、夕餉を囲んだ! 吾の居場所は戦場であるが本当に良い日であったと思った!」
 リンディスの言葉に百合子の声が重なる。
「例え今抜け落ちても忘れても、色褪せず頁の中に残っている思い出があります。
 そんな風に誰かの記憶が、誰かの記録が絶対に残っていますから」
 僅かに遮那の動きが緩慢になった。
「りん、でぃす。百合こ……」
 苦しげに抗っている。名前を呼ぶ事で、記憶を繋ぎ止めようとしているのだろう。
「ええ、リンディスです。アレクシアさんも居ます。ルル家さんも、百合子さんも鹿ノ子さんも朝顔さんも居ますよ。この戦場には居ないリゲルさんも、大地さんも、結乃さんや無量さん、正純さんにクレマァダさん、ユンさん、Binahさん、狂歌さんだって貴方の帰りを待っている!」
 諦めてほしくないのだと、リンディスはあの日の友の名を叫ぶ。
「何度だって私たちと紡いで思い出して重ねて、何冊だって本にすればいいんです!」
 こんなにも沢山の人が遮那を思っているのだから。
 忘れていい思い出なんて一つも無いのだから。
「抗って、立ち上がって! 大丈夫、私たちが助けます!」

 リンディスの声に遮那の肉腫の楔が揺らぐ。
 植え付けられた種に抗い、侵食され、苦しげに心がのたうち回る。
 けれど、真っ暗だった心の部屋にあの日の打ち上げ花火が映し出されていた。
 何にも代えがたい夏の思い出。忘れたくない記憶。

「邪魔立てするは許さんぞ!」
 遮那への攻撃を遮るように冥や妖怪達が百合子の前に立ち塞がる。
「安奈殿は遮那殿の元へ。此処は吾らが拓く」
 肉腫に冒されたる遮那を救う為の言葉。
「貴殿の声は遮那殿の支えになるであろう」
 百合子では語ることが出来ぬ幼少時代の思い出。それを持って遮那の心を繋ぎ止めてほしいのだと百合子の瞳は語っていた。
「吾に言われるまでもない事であろうが、人はすぐに死ぬ、物はたやすく壊れるし、心は移り変わる」
 変わらぬ日々はお互いが河原の石を積み上げるような努力をしたから。
 思いやりを持って思い出を重ねたから。
「だから、どうかどうか変わらぬものとしての力を遮那殿に示してほしい」
 百合子は安奈へ頷く。
 命令では無い自分自身の意志で守るべき者の為に戦うということ。
 それは百合子にとってまだ見ぬ高みだ。
 されど。至れぬ境地では無い。一歩前に踏み出す安奈の背、姫菱が刻まれた覚悟に。
 死ぬなよ――とは言えなかった。
 易々と出して良い言葉では無いように思えたからだ。
 己の命を賭してまで大切な誰かを守る覚悟があったなら。自分にも花が纏えるのだろうか。
 百合子の心に波紋が広がる。それは、弱さではないのだろうか。
 只己だけに向き合い、高みを目指す方が洗練された極みにたどり着けるのではないか。
 だが、そうではないのだと安奈の背が告げるのだ。
 今の百合子にはその真意が理解出来ない。
 さりとて。目指すべき場所は間違ってはいないのだろう。
「――よい、この程度では死なん! 前へ出よ! 思いを届けに行け!」
 想いを届けたいと願う少女達と同じように。百合子もまた前だけを見つめていた。

 タイムの耳は空気を裂く魔力を捉える。
「皆避けて!」
 上空から飛来する籐蘭の攻撃にタイムの右肩が砕けた。
「……っ!」
「タイムちゃん!」
 仲間の声に首を振るタイム。どんなに傷を負っても手を緩めないと決めているのだから。
 自分の痛みなんかよりずっと助けを必要としている人が目の前に居る。
「囁きかける『声』にどうか負けないで! わたし達の声を聞いて!
 聞こえてないはずないでしょう! わたし達の言葉が!」
 安奈が瀕死の状態で繋いだ遮那の窮地。
 楽しさも嬉しさも悲しみも苦しみも全部忘れない為に戻って来て欲しいのだとタイムは叫ぶ。
「夏祭りの時、あなたは怖い目に合いながら決して逃げようとせず、必死で逃げ遅れた人達を守ってた」
 それは天香家の務めなのだと当たり前のように遮那は言ったのだ。
「あの時咄嗟に大丈夫って言ったけど 本当はわたしも怖かったの。笑っちゃうよね」
 いまだって怖くて足の震えだって止まらない。何故ならこの場所は文字通りの死地だ。
 一瞬でも気を抜けば死が微笑む場所なのだ。
「でもね、苦しむあなたを前に逃げるなんて出来ない!
 だから何度だって言うわ! 大丈夫よ!」

 ――大丈夫。

 心細かった戦場で優しく声を掛けてくれたタイムの声が遮那の頭に響く。
 ザラザラとノイズの掛かった記憶が何度も繰り返され、やがてゆっくりと崩れた。
 それが悲しくて。遮那の瞳に涙が浮かぶ。
「たいむ……」
「遮那さん! やだ! 絶対大丈夫にするの!」
 タイムの叫びにアレクシアは遮那を見遣る。魂の輝きに陰りが見え始めた。
 このままでは何れ、消滅してしまうだろう。
 遮那の心を表すかのように手に持った刀『雲霧』から濃霧が立籠めた。


 戦場を覆う雲霧にヨタカは眉を寄せる。
 月光は届かず、一寸先も見通せない状態。夜目がきくとはいえこれでは不意打ちを受けかねない。
 地上とは分断された場所で視界を奪われる恐怖は如何ほどのものだろうか。
 それでも隣に武器商人が居るだけで安心できた。
 遮那の元へ向かう仲間のため。皆の願いのため。
 彼を連れ帰るために、此処は耐え忍ぶ場なのだと、ヨタカは真剣な眼差しで注意深く霧の中を警戒する。
 風を切る音がヨタカの耳に届いた。
「……っ!」
 左後方から高火力の魔力を叩きつけられたヨタカは羽根をもがれた鳥のように落下する。
 美しい羽根と赤い血をを散らし落ちていく小鳥を掬い上げるのは武器商人だ。
 地面に叩きつけられる衝撃をその身に受け、ヨタカの『致命傷』を回避する。
 武器商人の三対六枚の淡く輝く美しい緑色の翼は折れ曲がり、頭から血を流した。
「……いてて。すぐ治るんだけどサ。痛くないわけじゃないんだよねぇ」
 口元から垂れる血を拭い、ヨタカへと差し向けられる追撃を大鎌で受け止める武器商人。
 火花が激しく弾け、霧に鈍く反射する。
「何だい? 我の相手はしてくれないのかい?」
「ふふ、可愛い小鳥を狙った方が良いでしょう?」
 籐蘭の声に武器商人は大鎌を振り上げ立ち上がった。
「我の番を『小鳥』と呼んでいいのは我だけだよ」
 霧の中、執拗にヨタカを狙う籐蘭に武器商人は薄ら笑いを止めて唇を引き結ぶ。

「約束を果たしに来たッスよ! 遮那さん!」
 濃霧の中遮那の元へ駆けた鹿ノ子が声を張り上げた。
「いつまでお利口さんでいるッスか! どうしてワガママ言わないッスか!」
 鹿ノ子の声に遮那の指先が持ち上がる。
「か、のこ」
「そうっスよ! 鹿ノ子っスよ! 僕は絶対に遮那さんを助けるッス! だから、助けてって、死にたくないって、お願いだから言ってくださいッス!」
 伝わっていない訳では無いのだろう。心の中で必死に抗い、目の前の鹿ノ子を誰なのかを認識している。
「初めてであった時の事を覚えてるっスか?」
 絶望の青の先、新天地豊穣郷でであった八百万の少年。
 興味津々で鹿ノ子の話に聞き入っていた琥珀色の瞳は眩しいばかりに輝いていた。
「手合わせをしたときのことを覚えてるっスか?」
 訓練として合同の修練所で試合をした。
「琥珀の雫をあげたことを、神威風雅をもらったことを。
 手を繋いで眠りについたあの夜のことを覚えているっスか?」
 夏の思い出。忘れてしまったなんて言わせない。
 不安げに揺れる瞳に約束をしたのだ。

 遮那さんが大切だから。
 遮那さんがいなくなるのは嫌だから。
 遮那さんが。
 遮那さんが、好きだから――!

「大好きッス、遮那さん! 僕は、遮那さんと一緒に生きていきたいッス!」
 可能性の光は瞬かない。されど、鹿ノ子の言葉は遮那の瞳に光を灯す。
「鹿ノ子、助けて」
 それはこの戦場で初めて遮那が自分の意志で紡いだ言葉。
「遮那さん! 任せてくださいっス!」
「すまない。身体が……ッ、うぅ……」
 苦しげに息を吐く遮那の肩に鹿ノ子が触れた瞬間、霧の向こうから苦無が飛来する。
 それは冥が放ったものだろう。
 遮那を守るように鹿ノ子は手を広げた。

『――私はお主の事をまだよく知らぬのだぞ。オキナ』
 遮那があの日朝顔に告げた言葉。
 拒絶ではない。これからの未来の可能性を示すもの。
 苦しげに抗う遮那の表情から温もりが消える。
 鹿ノ子の背に刀を振るわんとする遮那の太刀筋を朝顔は捉えた。
「奇跡は願わない。私が起こす!」
 交錯する剣檄。重なる刃に体重を掛ける。
 荒れ狂う暴風は遮那の心を表しているように思えた。
 切り刻まれる傷跡が助けて欲しいと訴えかけているようで。
「遮那君が耐えてるのに願うしかないと、この想いは無意味だと思いたくない!」
 世界に希うより、遮那自身に伝えなければならない想いがあるから。
「応えてよ私のこの想いに――!」

 私は遮那君が大好きです。
 刀を振るう手に言葉を乗せた。
 誰にでも笑顔で関わる君が、有りの儘で輝く君が。誰より煌めき、尊く見えて。
 記憶の中の遮那は何時も笑っているのに。
 私は臆病です。遮那君の一番になる。幸せにすると言えずにいます。
 だって、眩しすぎる光に目が眩みそうだったから。
 でも君の傍に居続けるから。哀苦なら好きで包むから。一番愛してるって言うから。
 絶望に毎日泣いてた。大きな身体も獄人であるということも。
 貴方には似合わないと偽りの仮面を被って他人を演じることで見ない振りをしていた。
 でも君の心は強かったんだね。
 有難う、今も抗ってくれて。……初恋が遮那君で良かった。

「――私は君と一緒に生きたいんだ! 星影 向日葵は天香・遮那君に恋しています!!!!」

 天色の瞳は真っ直ぐに遮那を見つめている。
 再び遮那の琥珀に光が戻ってきた。
「向日葵、……っ、危ない!」
 戦場を貫いた一迅の光。朝顔を狙った致死の魔弾は遮那の背に止められる。
 花浅葱の狩衣が赤く染まって行く。
「遮那君――!!!!」

「あらあら、複製ちゃんに当たっちゃった」
 霧の中から現れた籐蘭が楽しげに唇を歪ませた。

 ――――
 ――

 安奈の身体中が軋みを上げる。
 楠 忠継より受けた傷がじくじくと痛み出した。
 息をすることさえ億劫で、肺の奥が焼けるように熱い。
「若殿、気を確かに持たれよ」
 両陣営満身創痍と言って過言では無い惨状。
 誰も彼もが傷を負い、地に血を吐いた。
「これが、其方のしたかった事か忠継。何の為に若をこの場に差し向けたのだ……」
 神使へ遮那を託す為なのではないのかと小さく息を吐く。
 やはり、取り返しの付かない程に狂気に侵されているのだろうか。
 否と、安奈は顔を上げた。
 この戦場に渦巻く思念は、忠継の物だけではない。
 籐蘭の主、夜洽紬姫は『此岸ノ辺』を手中に収めたいと思う一人では無かったか。

「まさか――」
 この戦場自体が、『陽動』だというのか。
 忠継の思惑に重ねられた巫女姫側の意志が働いたというのなら。
 次の行動は明白だ。
 それなりの損害を与え時間を稼いだなら戦力を温存して撤退するのが定石。

「もう、いい頃合いね」

 籐蘭の声が霧の中に木霊する。
 安奈が刀を振るうより早く、戦場を駆けたのはルル家だ。
 傷だらけの身体で必死に走る。地面に血の跡が散っても止まる事なく。

 ――何の為に涙を捨てた。
 ――何の為に心を捨てた。

 救う為ではなかったのか。
 ルル家は懸命に手を伸ばした。
 お帰りと言うために、その手を前に突き出す。
 あと、一寸。僅か。
 届け。届け。届けと、願う心。

「る、ルいえ」

 微かに聞こえた、その声と指先に。
 ルル家は確かに触れたのだ。
 されど、儚き温もりは無情にも。
「嫌だ、嫌……っ、あ」
 無慈悲に。残酷に。

 指先から離れて――

 この想いが「そう」なのか、「そう」でないのか私にはわからないけど。
 もう一度貴方に笑って欲しい。もう一度抱きしめて欲しい。
 ずっとずっと一緒にいたい。貴方に嫌われるかも知れない私だけど、それでも今は……!
 好きになれるかもなんて嘘。もうとっくに好きだった。
 私はきっと君の大切な人を殺すから、嫌われるのが怖くて気持ちに蓋をした。
 でも君を失うかもしれなくなって嘘をつけなくなった。

 ――遮那くん、好きだよ。

 もう……殺してなんて言わないで。
 ずっと君の傍にいたい。

 だから。
 だから。

 だから!


 ――この手を離さない!!!!


 光翼はルル家を包み込み、離れ掛けた遮那の手に追いつく。
 きつく結ばれた指先は何を持ってしても離れない意思そのもの。
 なのにだ。
 それでもだ。
 この戦いで遮那を取り戻すことは出来ない。
 決定的になろうとしている暗い事実を、しかし誰も赦していない。
 傷つき、追いすがり、一心に戦場を駆ける。
 非常な現実が重くのしかかり――だがそれでも希望の灯火は、消えていないはずなのだ。
 なぜならば神使達と遮那の心は、未だ通じ合えているではないか。

 遮那を抱きしめたルル家諸共、敵影は濃霧に姿を眩ませた。


成否

成功

MVP

笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

状態異常

夢見 ルル家(p3p000016)[不明]
夢見大名
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)[重傷]
楔断ちし者
夜乃 幻(p3p000824)[重傷]
『幻狼』夢幻の奇術師
咲花・百合子(p3p001385)[重傷]
白百合清楚殺戮拳
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)[重傷]
天空の騎士
鹿ノ子(p3p007279)[重傷]
琥珀のとなり
カナメ(p3p007960)[重傷]
毒亜竜脅し
笹木 花丸(p3p008689)[重傷]
堅牢彩華
隠岐奈 朝顔(p3p008750)[重傷]
未来への陽を浴びた花

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 イレギュラーズが奮闘したお陰で此岸ノ辺の損害は少なくなっています。
 ですが、遮那と共に撤退した夢見 ルル家さんが捕虜となってしまいました。
 MVPは戦場を支えた方へお送りします。

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捕虜:夢見 ルル家(p3p000016)

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