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シナリオ詳細

<禍ツ星>此岸ノ辺の巫女

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 寄せ返す波へ、小蟹が爪を振り上げ転げる。
 ききき――と金物を擦るように、ヒグラシが笑った。
 ねじれた松の古木が、斜陽の茜空に煌めいている、夕の浜。
 松林の中でつるつるとした岩に、二人の少女が腰掛けていた。
 一人はじっと瞳を見つめて、一人は砂浜をどこか睨むような気配を帯びて――
「そそぎ」
「何?」
 ――幾度かの呼びかけには間があったが、返答にはたっぷりの時間を要した。
「……そそぎは、怒ってる?」
「怒ってない!」
「……こっちを。目を、見て」
 少女――つづりの言葉に鼻を鳴らしたそそぎは、けれど素直に振り返った。
 つづりは目を閉じ、そっと額を合わせる。
 こつんと角が触れた。
「痛い」
「……ごめん、なさい」
「……悪いのは、つづりじゃない」

 二人は此岸ノ辺の巫女と呼ばれ、神威神楽から『穢れ』を祓うという大役を担っている。
 神威神楽は、イレギュラーズが絶望の青を踏破するまで、完全に閉じていた。この地においては、空中神殿に住まう信託の神子ざんげの『代役』のようなものだった訳である。
 だが、それはあくまで『同一ではない』。
 実のところざんげとは違う彼女等は、ただの鬼人種の少女であり、どこへなりとも行くことは出来る。つづりが夏祭りへ足を伸ばすのを渋ったのは、単に自身に課せられた役目に対する健気な責任感に依る訳だ。
 故に建葉晴明は、つづりを祭りへ無理矢理に連れ出したのだった。
 そうすれば気も晴れようという魂胆であった。
 元々口数の少ないつづりではあるが、ここしばらく気落ちしているのは見て明らかで、原因はある日を境に姿を消していた妹『そそぎ』にあった。
 そしてこの夕暮れに、つづりはそそぎを見つけ出したという訳である。

「……ここは魔が居るから。危ない、から。帰ろう?」
「帰るって、どこへ!?」
 激昂して立ち上がったそそぎは、しかし自身の両肩を抱くようにしてうずくまる。
「みんなが私達に穢れを押しつけて、のうのうと暮らしてる……!」
 心配して近寄ったつづりの手を振り払うと、そそぎは再び浜を睨み付けた。
「……そそぎ」
 海洋王国と神威神楽とは国交成立を急ぐ中で、先んじて夏祭りが合同開催された。
 記念すべきハレの日は、だがその背景に何者かが蠢いている。
 会場となったこの神ヶ浜では盛大な祭りが続いているが、あちこちで不可解な事件が頻発している。
 晴明は神使(イレギュラーズ)と共に、事態の収拾にあたっているらしい。
 神使達には災難な事だが、さておき。
 会場で魔の気配を感じたつづりは、ようやく見つけたそそぎの身を案じ、早くこの場から連れ帰りたいのだ。第一またどこかへ行ってしまっては、堪ったものではない。

「ね……そそぎ」
 つづりが袖をひいた、その時――


「もー! なんなのよ!」
 浜に臨む松林で、『セイバーマギエル』リーヌシュカ(p3n000124)がサーベルを抜き放った。
 リーヌシュカとイレギュラーズの前には、雑面で顔を覆った狩衣の集団が白刃を晒している。
 追い回されているのは祭りを楽しんでいた人々で、中央に二人の少女が座り込んでいた。
 少女達――つづりとそそぎは、此岸ノ辺の巫女と呼ばれている。
 つづりは血の気の引いた顔でそそぎを抱きしめている。
 そそぎはと云えば、かなり緊張した面持ちで周囲を視線で追っているが。どこか皮肉げに――ほんの微かにではあるが――笑みを浮かべているようにも見える。

 ともかく。緊急事態である。
 水着を着せられ、ビーチで遊んだと思えば今度はこれだ。
 これでは着替える暇も、食事の暇もありはしない!
 帽子と剣だけは忘れずに、水着の上に軍服を羽織って事件現場に駆けつけたという訳だ。
 祭りの会場にはこの地に住まう人々も居れば、海洋王国の人々(暇を出された水夫達)も居る。
 鉄帝国の軍人であるリーヌシュカは、公的には海上で海洋王国船舶の護衛を担っていた。
 帝国としては幼い彼女に見聞を広めさせる意図もあるが、それに気付くことの出来る質ではない。
 つまらない魔物退治には罵声を浴びせ、イレギュラーズを相手に嬉々として特訓し、一人ではトレーニングを重ねながら、夜は盛大に飲み食いしてすやすやと寝て暮らしていた。
 だからこうした緊急事態は、言葉ほどにはリーヌシュカの機嫌を損ねてはいなかった。
「それじゃ行くわよ! あなたたちと鉄帝国軽騎兵の戦いぶりを、ここにも刻みつけてあげるんだから!」
 戦いと見るや瞳を輝かせる様は、いつもの通りなのである。

 イレギュラーズが掴んだ情報によると、どうやら夏祭りに妖しげな『呪具』が出回っているらしい。
 使用される祭具に紛れ込んでいたというのだ。それも多数である。
 魔種の手によるものかもしれず、巫女姫や天香が夏祭りの合同開催を快諾した理由とも推測された。
 どうした事か、この呪具を手にした人達は、殺人や窃盗などの悪事を行ってしまうらしい。
 更には謎の『疫病』が広がりつつあることも報告されている。
 晴明は事態に心を痛めながらも祭りの継続に重きを置いており、事件を至急止める方向に舵を切った。
 ローレットとしても、この地の国家中枢に魔種が忍び込んでいる状況は打開せねばならない。

 そんな訳で、まずは目の前の事件を解決せねばならない。
 敵はまるで統制がとれていないが、二人の巫女が襲われるのも時間の問題に思える。
 追われる人々を守り、呪具に操られた人達を解放するのだ。
 それに、奥の方に居る男――同じく雑面に隠れているが――の動向も気になる。
 一人だけ明らかに様子が違うのだ。巫女を狙っているようにも見えるのだ。
「あーもう、おなかがぺこぺこよ!」
 さっそく敵陣へと駆けだしたリーヌシュカが叫んだ。
 そう言えば昼から何も食べていなかった。浜のほうからは海の幸を焼く香りが漂っており、なかなかに堪えるものがある。
「さっさと片付けて、ご飯にしましょ! あの子達も一緒に、ねえ、いいでしょ?」
 まあ、是非はない。
「それじゃあ、行っくわよー!? 覚悟しなさい!」
 そうだ。
 早く終わらせて食うのだ。メシを!

GMコメント

 pipiです。
 夏祭り中に、なんてことを!
 祭りを楽しんでいた皆さんは、事件と鉢合わせてしまいました。
 そこには二人の巫女の姿も――。

●目標
『成功条件』
 目の前の事件を片付ける。こちらが成功条件です。
 呪具に操られた人達をなんとかしましょう。
 あやかしやガイアキャンサーを撃退してやりましょう。
 そして追われている人や、二人の巫女は助けてあげましょう。

『努力目標』
 つづりとそそぎと一緒にメシを食う。こちらは一応努力目標です。
 が。プレイングの配分に迷ったら、半々ぐらいにしちゃいましょう。
 だって、あそびたいじゃん!

●ロケーション
 浜辺の近くにある、夕暮れの松林です。
 ごつごつとした岩や木がありますが、あまり気にしなくて構いません。
 今回の地形描写はフレーバーです。

 浜辺からは海鮮を焼いた香りが漂っています。塩焼きと醤油焼き。
 あとは、ほかほかご飯の炊ける香りも……。
 軽く飯テロです。
 イカとホタテが良い感じです。サザエとカマ焼きもいいですね。
 いろいろあるようです、ドリンクやお酒も……。

●敵
『複製肉腫(ガイアキャンサーベイン)』×1
 狩衣を着て、雑面をつけた男です。
 扇型の呪具を持っています。
 戦闘では触手のように中距離程度まで伸びる影を操ります。
 行動を阻害する系統のBSを保有し、同時に複数の相手を攻撃してきます。
 具体的には範識攻撃です。

『あやかし』化け狐×1
 炎を操る半透明の狐のようなバケモノです
 なかなかにタフで、なおかつ素早いです。
 近くに呪具があると、能力が大幅に強化されるようです。

『あやかし』鬼火×6
 神秘遠距離攻撃を行ってきます。
 近くに呪具があると、能力が大幅に強化されるようです。

『狩衣の男達』×12
 顔に呪具をつけたまま、刀を振り回しています。
 どうにかして助けてあげましょう。

●味方
『逃げ惑う人々』×12
 海洋王国の水夫や、祭りに参加した地元民達です。
 狩衣の男達に追われています。

『つづり』
 中央でそそぎを抱きしめたまま、青ざめて震えています。

『そそぎ』
 つづりに抱きしめられたまま、どこか冷めた目で辺りを見ています。

『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ
 愛称はリーヌシュカ(p3n000124)
 皆さんと一緒に行動します。
 勝手に皆さんと連携して戦闘しますが、やらせたいことがあれば聞いてくれます。
 必要分の他は、プレイングで触れられた程度にしか描写しません。
 ステータスは満遍なく高め。若干のファンブルが玉に瑕。
・格闘、ノーギルティー、リーガルブレイド
・セイバーストーム(A):物近域、識、流血

●呪具
 形状は色々ありますが、このシナリオでは『雑面』です。
 あの、あれ。なんか顔にかける布。目が書いてある怖いやつ。
 うまく引き剥がせば、そのまま燃え尽きます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <禍ツ星>此岸ノ辺の巫女完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月06日 22時40分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
ソロア・ズヌシェカ(p3p008060)
豊穣の空
アルテラ・サン(p3p008555)
Binah(p3p008677)
守護双璧
節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花

リプレイ


 刻は夕暮れであった。
 この新天地カムイグラでは、神ヶ浜と云う海岸で海洋王国との合同祭事『夏中祭典』が催されている。
 故に『不退転の敵に是非はなし』恋屍・愛無(p3p007296)は溜息を禁じ得ない。
 正直な所を云うなれば。

 ――シュカちゃん今日も可愛い!
   水着に軍帽も良く似合って、まさにえんじぇる!
   渚の天使! きゃー! いやー! ><

 とか、ずっとやっていたかった。
 いや、それを述べれば、その。キャラ作りが崩れる故。
「リーヌシュカ君。水着良く似合っている。とても可愛らしくて素敵だ」
「何よ愛無! あなたも着なさいよ!」
 ぐらいは言ってしまった訳ではあるが、さておき。

 この日、イレギュラーズ達と、なぜかカムイグラへ連れてこられたリーヌシュカ(p3n000124)は、各々が、あるいは誰かと共に、祭りを楽しんでいたのである。
 だがカムイグラ流に表現するならば、そんな『ハレの日』に、事件は起こった。
 あろうことか雑面をつけた男達が、刀を手に祭りの客達を追い回していたのである。
「おやおやおや、祭りでの騒がしさとまた違った騒がしさ。
 これはいけませんねぇ、えぇ、いけません。
 さっさとこの場を修めてしまいましょう……」

 ――私、こう見えても皆で楽しむのは好きなもので。

 アルテラ・サン(p3p008555)の言葉に頷き、目配せと共に一行は駆ける。
 眼前の事態は喫緊を告げていた。
「祭りの最中になんだってんだ?! 無粋にもほどがある! 誰の仕業だ!」
 飛び込んだのは『翡翠に輝く』新道 風牙(p3p005012)達、イレギュラーズであった。
「楽しいお祭に水を差すとは!!」
 タクトを握りしめた『幻想の冒険者』ソロア・ズヌシェカ(p3p008060)が、愛らしい唇を結ぶ。
 お祭りとは楽しく、笑顔で終わるべきなのだ。
「ああ、全くだ。しっかり片付けて祭りの続きといこうじゃねえか」
 そんなソロアに、『アートルムバリスタ』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)も同意し、巨剣『黒犬』のレプリカを――片手で!――振りかざした。

「助けて、たすけてくれ!」
「ああ、だの、たのむ!」
「海の向こうから来た神使、ここに見参! 安心しろみんな! オレたちがみんなを護る!!」
 無頼漢達は、何か明確な目的があるにしては、あまりに統制がとれてない。
 さりとて、ただ酒に酔った無頼漢としては、あまりに奇っ怪な様相だ。
 何よりもあの雑面は、不気味に過ぎる。
 岩の上で抱き合って座り込んでいるのは、一人はこの前会った巫女。
 とすれば片割れは、噂の双子だろう。
(姉妹仲良く祭り見物してるときにこれとは、余計に空気読めてねえな誰かさんは!)
 ならばともかく――「早く片付けないと!」。
 唐突な自体に、しかしイレギュラーズの行動は迅速だった。

 ――双子は、口はどうあれ想い合うのね
   割かせるものですか。あの時(カタラァナ)のように――

 ――神がそれを望まれる。

 真っ先に動いたのは愛槍『烙地彗天』の穂鞘を弾いた風牙、そして目配せに応じた『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)であった。
 風牙と全く同時に、隣を駆けるイーリンは、血流と魔力の沸騰に瞳を輝かせ――
 雷撃の如く敵陣を劈いた魔眼へ、刀を持った雑面の男達が一斉に振り返る。

 風牙は少なくとも、この場で最も危険な状態を決して見逃さず、そして迷わない。
「お相手願うぜ!」
 風牙は狩衣の男と、化け狐の間を割るように踏み込むと、斜陽を照り返す槍を引いた。
 炎を吹き上げる狐の怪物へ、流星が如き乱撃を見舞う。
 轟音をたてて弾ける火花は、その怪物が何らかの強力な影響を受けていることを物語っていた。
(あれと近づけちゃ、だめだ!)
 視線の片隅で扇を広げたのは、狩衣の男である。
 雑面をつけているのは暴れている男達と同じだが、纏う雰囲気はまるで違う。

 魔眼を受けた無頼漢達が刀の切っ先を、イーリンへと一斉に向けた。
 紫苑の魔眼は、ともすれば危険な賭けかもしれない。
 あらゆるをそつなくこなし不得手のない彼女は万能であり、それゆえに無欠ではない。
 そして襲い来る刃は、さすがに多勢に無勢である――そう思われた。
「ぶはははっ!」
 しかし無数の刃を受け止めたのは、甲冑の巨体――『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)であった。
「城に籠もる侍の安心感だわ、ゴリョウ!」
「ぶはははっ! 司書殿を背にして倒れるわけにゃいかんからな! 任せな!」
 仲間というものは、その為にある。
「異国の地で騎兵隊が二つ揃うとは面白いわね!」
「そんなのって、最高じゃない! すっごく頼りにしてるんだから!」
「まずは私が射抜こう」
「なら。リーヌシュカは、合わせて」
「まかせない!」
 ソロアの提案に、イーリンが更なるプランを乗せ、リーヌシュカが力強く頷く。

 男達の刃が漆黒の大盾に火花を散らした。
 衝撃にゴリョウのかかとが、木の根をへし折り沈み込む。
 一撃一撃は、存外に重いらしい。
 だがゴリョウは、そしてイーリンは素早く見切る。
 どれもこれも、力任せの攻撃だ。
 相手は間違いなく――素人である。
 ただ素人にしては異常に鋭く、速く、重いのである。
 なるほど。あの雑面に何らかの呪いがかかっており、驚異的な力を生み出しているのだろう。

 さて、どうするか。
 あたりを舞い、炎を吹き上げる鬼火共を引き付けながら愛無は思案する。
 灯りは、ひとまず問題ない。いざとなれば案もある。
 足場については、誤差の範囲だろう。
 最も重要なのは――つまりこの場所で、自身等以外の特異な事象は、あの二人の巫女であろう。
 最低限、彼女達は死守せねばなるまい。
「それは僕が引き受けるよ」
「なら、頼もうか」
 巫女達を背に立ち塞がった『特異運命座標』Binah(p3p008677)が答える。
 相変わらずつづりは震えており、そそぎはどこかしらけた表情をしているが、Binahが居れば安全は確保されたであろう。
 ずいぶん厄介なことに巻き込まれてしまったものだが、ともあれ相手も多ければ助けなければならない者も多い。『盾』であるBinahもまた、その役目を果たすべく決意を固める。
 疾く終わらせ、祭りを楽しむのだ。

 次々に動き出した仲間達とほぼ同時に。
 敵陣の中央に飛び込んだソロアは小さなタクトを目一杯に振り上げた。
 祭りをこんな事で中断させはしない。
 誰にも悲しい顔などさせたくない。
 私は――皆で楽しくご飯を食べるんだ、絶対だ!
「痺れろ! その後にこわーいお仕置きが待ってるぞ!」
 うねり迸る雷撃が、敵陣を次々に貫いた。
「やるじゃない、ソロア! じゃあいっくわよー!」
 宙を舞う無数のサーベルと共に――
 リーヌシュカは、ソロアの雷撃を浴びて隙を見せた敵陣へ、嵐のような斬撃を見舞う。
 即興とは思えぬ、見事な連携だ。

(……しかし、リーヌシュカさんは、新しい場所に来ても相変わらずですね)
 ずいぶんと元気なものである。
 そんな様子を尻目に、『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は端正な表情を崩さず、敵陣の最奥へと駆け抜けた。
 狙いは狩衣の男だ。
 それにしても――辺りは堪らない香りに満ちている。
 海の幸を焼いているのだろう。
 松林の向こうにあるであろう浜からは、未だ時折人々の楽しげな声が聞こえている。
 遠くで灯り始めた光は、露店のものに違いない。
 祭りの露店というものは、怪しい物が並ぶのが常ではあるが――

 ヘイゼルの眼前で、狩衣の男の姿がぶれた。
 小さく息を吐いたヘイゼルは、鋭く突き出された影を避けきり、朱糸が次々に男に絡みつく。
 男はもがき、踵を返し、払おうとし。
 だが多重展開された無数の糸は、それら全てを禁じるかの如く。
 僅かに狩衣を裂かれ、呻く男からはじけ飛んだのは、しかし赤ではなかった。
『グ……オオ……!』
 呻きと共にボタボタと零れる漆黒は揺らめき、大地へ落ちて溶け消える。

 ――こういった方向に怪しいというのは、やはり無粋に過ぎる。
 この男もまた、恐らくなんらかの力の影響を受けている。
 しかしこの面妖さは、噂に聞く疫病――魔種が蒐集する滅びのアークが産み出した、ガイアキャンサーなる悪性生物が引き起こした異変であろう。
 戦場を軽やかに駆けるヘイゼルを追う男の傷は浅いが、全ては計算の内。
 風牙や愛無が引き付けた妖怪は、この男から何らかの力を供与されているのだろう。
 故に、引き離す策なのだ。
「ぐおお、ですか。そんなクマのいびきのようでは、会話にもならないでせうに」
 事態の背景は気になる所だが、この反応では今のところ、この男からも情報は得られまい。
 ならば終息が先決であろう。
 祭りの――主に食事の――熱が冷めないうちに!
 引き離すということは、同時に彼女の孤立も意味するが。
 だが一対一となれば、リーヌシュカを凌駕するラド・バウの闘士――こと公式大会シングル戦で無類の強さを誇るヘイゼルの土俵に違いない。

 それにしてもやはり、雑面の男達にせよ、狩衣の男にせよ、何かに操られていると思える。
 とはいえ、こんな所で暴れられることを許容出来る理由にはならない。
「迷惑はいけません、えぇ、えぇ」
 勝利のルーン、その加護を纏ったアルテラが聖なる光を敵陣へと容赦なく放つ。
 問題なかろう。これは痛かろうと、死ぬことはない!

 ルカもまた、大地を踏みしめ吠える。
 少なくとも今のところ、戦況は上々だろう。
 漲る闘気全てを手の内に収束させ――
「最善手ってやつだ」
 ルカが狙うのは、その力の極大解放である。
 さすがに逃げ惑う者達を巻き込む訳にはいかない。
 だが仮に――それを躊躇することで、より被害が拡大するのであれば、容赦するつもりもない。
 戦場とはつまるところ『そういうもの』であることを、ルカは知っている。
 仲間とて出来れば巻き込む訳にはいかないが――イーリンが最も多数の敵を引き付け、全てをゴリョウが受けきっている現状では、そこを中心とするのが最大戦果となるのは間違いない。

 故に――

「ぶはははっ、俺ごとやれ!」

 ――ありがとよ。

「吹き飛べ!」

 大地が揺れ、光が迸り――それは正に、言葉通りの事象を引き起こした。
 暴れていた男達の半数が倒れ、その顔から剥がれた雑面が青い炎と共に燃え尽きる。
 爆発的な衝撃によろめいたゴリョウは、しかし親指を立てて大地を踏みしめた。

「ローレットの神使達が駆け付けたぞ!
 仲間が引き付けてる間に焦らず俺らと一緒に避難してくれ!
 操られた人達も絶対に助けるから心配するな!」
 戦場全体に響き渡る程の声音で、『アホ毛が動く鬼おっさん』節樹 トウカ(p3p008730)が叫ぶ。
 腰を抜かした男を起こし、老人を抱き抱え、驚き止まる者の手を引き、トウカは松林を駆け抜ける。
「大丈夫だ! みんなが笑顔になれる祭りを取り戻すから!」
 祭りは、誰もが笑顔になれる一時だ。
 この地に生まれ育った――そしてとある事情で長く寝ていた――トウカは知っている。

 祭りに向かう時の、胸の高鳴りを。
 露店の買い食い――少し割高に感じたとしても――その美味しさを。
 誰かと肩を並べて食べると、更に美味しく感じることを。
 行きも帰りも、笑顔になれることを。

 だから――

「誰も死なせない!」

 皆が笑顔で祭りを満喫するために!


 戦闘は堅調に推移している。
 刀の男達を手早く戦闘不能に追い込んだ一行は妖怪への対処に移っていた。
「こっちを見やがれ無粋共ォッ!」
 聖なる力を纏って妖怪を一気に引き付けたゴリョウを中心に、一行は敵の各個撃破を続けている。
「そろそろ退場してもらうわ」
「ぶち込むぜ! っらぁ!」
 先の先を撃つイーリンの剣撃に続いて、ルカのマクアフティルが鬼火の一体を粉みじんに消し飛ばした。
「ぶははっ、耐えるばかりが、能じゃないってな!」
 ゴリョウは自身に炎を打ち付けた鬼火へ、返す弾丸をたたき込む。
 ゴリョウへの攻撃の集中は同時に一行が反撃する糸口ともなり、またソロアやルカ、イーリンの打撃は着実に敵の数を減らしていた。

 一方、狩衣の男――ガイアキャンサーに操られた者は、ヘイゼルが松林の奥地で孤軍奮闘していた。
 相手がおかしな生き物から力を得ている以上、稼げる時間を無尽蔵とまでは保障出来ないが、幾重もの防御的能力と敵単体の引き付けに特化したヘイゼルは順調にその役目をこなしている。
 妖怪の対処は、この男が遂に戦場から遠ざかったことで、劇的に改善されていた。

「全ての私の技が素晴らしく(眩しく)見えてしまうでしょう……!」
 幾人かはパンドラを焼いたが、(なんかどえらいことになってる)アルテラのバックアップは、被害を最小限にとどめていると言える。
 狐のあやかしを抑えていた風牙、敵の攻撃を最も多く受けていたゴリョウ、攻撃に全てを賭すルカにはいくぶか危険な場面もあったが、元よりリスクは承知の短期決戦だ。
「二人は僕から離れないで、絶対に」
「……はい」
「別に、離れるつもりなんて……」
 Binahの言葉に巫女達が――意外にもそそぎも――素直に頷く。
「僕は大丈夫。盾だから、ね」
 唸りを上げて迫る炎の一撃を打ち払い、Binahが微笑む。
 撃ちもらしからの攻撃こそあったが、つづりとそそぎを二人同時に庇い続けるBinahは全くの健在だ。
 Binahが居なければ少なくとも巫女達は怪我を負っていた――ということは最悪のケースも想定出来てしまう――かもしれない。だが、そうはならなかった。戦果は大きいだろう。
 イーリンとゴリョウにルカ、ソロアとリーヌシュカといった精密な連携もかみ合い、むしろ良手であったと言える。
 同じく敵を引き付け奮戦している愛無もまた、可能性の箱を開けることもなく敵へ苛烈な攻撃を続けることが出来ている。
 敵が減れば撃破の速度は更に加速し、被ダメージに関しても余裕が出てくる。良い循環だ。
 トウカはまだ戦場に戻っていないが、彼の活躍もあり、なにしろ犠牲者が居ないのは大きい。
 死なれでもしたら、寝覚めはおろか後の楽しみにも差し支えようから――
 そして巫女達は驚くほどの手際に対して、どこかあっけにとられた表情で眺めているようだった。

「これで終わりだ!」
 風牙の槍が唸りを上げ、乱撃の最後に全ての重さを一点にたたき込む。
 仮初の身体を構成する妖気全てを霧散させた化け狐はついに燃え尽き、虚空へと消えた。
 後は、あれだ。

「さて、頃合いでせう」
 無数の影刃を軽やかに回避したヘイゼルが、仲間達のほうへ視線を走らせる。
 ガイアキャンサーは、それが複製体であれば引き剥がせるケースもあるらしい。
 今のところは話にならないが、可能性があるならば聞き出したい情報もある。
 このまま上手くやれば、後でトウカがチャレンジしてくれる筈だ。

 ガイアキャンサーとはいえ、所詮は複製体である。
 一体となれば出来ることなどありはしない。
「ケリをつけようか」
 集中攻撃の末、粘膜を解き放った愛無が、強かに締め上げて男の顔から雑面が吹き飛んだ。
 果たして。その顔を覆っているのは――うごめく肉塊であった。

「遅くなったが、全員無事だ」
 両膝に手を当てる、肩で息するトウカの言葉に一同が安堵する。
 松林で倒れている男達の方は、ひとまずは仕方が無いが死んでは居るまい。
「それで。どうするのよ、これ」
 リーヌシュカがサーベルで男の方向を指した。
 男は顔全体におかしな生物を貼り付けたまま、言葉にならぬ苦悶の呻きをあげ続けている。
「おそらくあれが、ガイアキャンサーだろう」
 粘膜で男を縛り上げながら、敵の様子を観察していた愛無が呟いた。
「どうにか引き剥がせば、あるいはなんとかなるだろうか。殺さない攻撃を試してみないか」
「……何の恨みがあって、こんなことをしたんだ」
 トウカは腕を振り上げると、その拳を硬く握りしめる。
 滴る血は鞭のような刃となり、男を――より正確には顔に張り付いた生物を狙って――打ち付けた。
 殺さずの刃を真正面から食らった男は背から倒れ込むが、濡れた音をたてて顔の生物が剥がれ落ちる。
 戦いは、これで終わりだった。

「なぜ巫女を、罪もない子供二人を狙った。同郷の俺に話してみろ!」
 目を覚ました男に、トウカは問う。
 聞きたい事は、山ほどあった。
「こ、こここれは違うのでおじゃる、ひあ、穢れの、おっほん、な、なんでもないでおじゃるが」
 男は精霊種(ヤオヨロズ)であるようだ。
 ひどく慌てた様子だが、どちらかというと悪事を咎められていることよりも、強そうな鬼人種が気を悪くするようなことを言ってしまったことを後悔したようだ。
 一行が問い詰めた結果、どうやら雑面と扇を『妖避けの祭具』と言われて渡されたようだ。
 祭りを見物しようと身につけ、先の記憶がないらしい。
 刀を振り回していた男達も同様で、これもそのような理由で渡されたもののようだった。
 彼等が知る限りの大元は、どうやら『例の麻呂』天香長胤の指示であるらしい。
 まさかこんなことをしでかすとは、思っても見なかったようだ。
「それは……許せないな」
 ソロアが呟く。
 宮中に、魔種が巣くっているであろう情報は、イレギュラーズには知れている。
 課題はどうこの先へ繋げるかになりそうだ。

「そんなことより、お腹が空いたわ!」
「料理が冷めて無いといいのですが」
 リーヌシュカに応じたヘイゼルの心配は無理もない。
 さすがに戦闘の音が聞こえたからであろう、近くの人々は逃げてしまっているようだ。
 露店からは、少し焦げ臭いにおいもする。
「ぶはははっ! よっしゃ、俺が美味しく復活させてやらぁ!」
 ゴリョウの言葉はこの場の誰もが、心から聞きたかったに違いあるまい。


 徐々に暗くなってきた辺りには、ちらほら人が戻りつつある。

「もう大丈夫だよ、良ければこっちで一緒に何か食べよう?」
 元より優しげなBinahであるが、努めて柔らかな口調で巫女達に語りかけてやる。
「どうして、あんたたちと……」
「……そそぎ、そんなことを言っては駄目」
「……」
 むくれるそそぎであったが、彼女からぐーと鳴った小さな音をBinahは聞かないふりをする。
「怪我は無かったか?」
「……ありがとう、ございます。風牙……さん」
 覚えていてくれた。此岸ノ辺で魔種についての話を少ししたのだ。
「そりゃよかった! 久しぶりに会えたみたいだし、こんな騒ぎで台無しになったらあんまりだもんな。
 あ、ゴリョウさんのメシうまいぜ? 食ってけよ。
 ゴリョウさん! パエリアとムニエル、お願いしゃす!」
「おうよ!」
 ともあれ、巫女二人も食事に付き合う気はありそうだ。
「巫女のお二人、仲が良いようで安心したわ」
 イーリンにとって、片時も離れなかった姿は、嬉しいものだった。
 礼儀作法は忘れずに。料理が出来るまで、まずはお話だ。
「料理ができるまで、歌が好きな姉妹の話をしてあげる」
 なぜかふくれっ面で目をそらしたそそぎの袖を、つづりがぴょいとひっぱる。
「……そそぎ、座ろ」
「……」
 語られたのは、あの海の向こうの物語。
 海洋王国大号令から続く、かの姉妹の物語――
 遠い国や夢に想いを馳せてもらい、今日が良き日であったと思えるように。

「ってなわけで、たのむぜ!」
 ゴリョウは焦げたものや、冷めたものを頂こうと交渉している。
「いえ、神使様に巫女様に、そのようなものを、滅相もない!」
「め、迷惑料に麻呂が持つでおじゃるよ」
「大丈夫だって、俺に任せとけ!」
 最初は店の人に断られてしまったのだが、かなりのオマケ(新鮮なもの)も頂いてしまった。
「で、では麻呂はこれにて」
「おい、待てや」
 ルカが首根っこを捕まえる。
「本当にしらんのでおじゃるよ!」
「……魔は、感じない」
 まあ、実際にそうなのであろう。
 つづりに免じてこの場は見逃してやるとして。
 殿上人であるかまでは定かでないが、おそらく下位の貴族ではあろう。
 狩衣の男は、かなりの金額を店員に押しつけると、そそくさと退散してしまった。
 食事を一緒にどうかと誘ったが、かなりバツが悪かったのであろう。
 とにかく。メシだ。

 まずゴリョウが用意したのは『海鮮炒飯・合同夏祭り風』であった。
 夏祭りを開催した両国をリスペクトした一品である。
 まず焦げた浜焼き。ホタテやタイ等から、無事な部分を切り取ってやる。
 それを刻んだものを、冷めてしまったご飯と共に炒めて、海鮮炒飯に仕立てるのだ。
 これが海洋。
 パサパサになった焼き魚た貝等を煮込んだ出汁と、卵で作った餡かけをかけてやる。
 こちらが豊穣。
 かけた瞬間に、熱々の油と餡がじゅわりと音をたて、香ばしい匂いがふわりと広がった。
「おこげも旨いぞぉ!」
「これは! 楽しみだ!」
 ソロアが瞳を輝かせ、辺りを伺う。海の生き物は見るのも食べるのも大好きだ。が。
「あんたがたが、先に食ってくれ」
「一緒にいただきますをしたほうが良いと思うが」
 生真面目なソロアはそう言ってぎゅっと口を閉じる。
 やっと食べられるが、もう少しだけ我慢、我慢だ。
「神使様に助けて頂いて、待っててもらうのは、さすがに申し訳ねえだよ」
「んだんだ、あんたがたはわし等のお客さんだあよ。おもてなし代わりじゃ、いかんかの」
「だとよ! ジャンジャン作るから、冷めちまう前に食ってくれ!」
「それなら!」
 嬉しい大義名分に、一行の表情に柔らかさが戻った。

「「いただきます!」」

 もちろん巫女達も一緒だ。
「うんま!」
 誰かが叫んだ。
 まずは軽く腹ごしらえ。魚介の旨味をふんだんに生かした餡かけ炒飯が堪らない。
「これは美味いな!」
 田舎から出たことのないトウカにとって、海の幸やゴリョウの食事はかなり楽しみであった。
「そそぎちゃんもワクワクしないか?」
「何を」
 素直な応答ではないが、食べるものは食べているから、なんだか微笑ましい。
「……そそぎ」
 つづりがひじでそそぎをつつく。
 きっと無礼な態度を窘めたいのだろう。
 そそぎは黙ったままだが、つつかれるままになっている。
「お姉さんと仲がいいんだなー……」
 トウカにとって、家族といえば思い出すこともある。
「……俺は同じ歳の兄が三人もいるんだけど。
 馬鹿やって20年会ってなくて。
 会ったら怒られるのが怖いから
 仲がいいのは羨ましいなー……」
「……会おう」
 おずおずと口を開いたのは、つづりであった。
「そっかー。会ったほうがいいかー……」
 覚悟は、どこかで決めなければいけないのかもしれない。

「くったことねえ焼き飯だが、うめえだ!」
 集まった人達も絶賛を始め、評判を聞きつけた人々が徐々に集まってくる。
「おおお!」
 炒飯の味わいに思わず口元をほころばせたソロアが、次に歓声をあげたのは、熱々のホタテだ。
 醤油をたらして――
「ふふふ……!」
 肉厚の歯ごたえと、焼けた醤油の香ばしさが堪らない。
「……おなじの」
 つづりもまた、ソロアと同じホタテを所望し、そそぎとBinahをつんつんとつついた。
「ん」
「じゃあ、僕もお願いするよ」
 ――その時だった。
「ソロア!」
 海鮮を飲み込んだリーヌシュカが唐突に声を張る。
「私、か?」
「そうよ! あなた、やるじゃない!
 いつか絶対に、あなたともラド・バウで戦ってみせるんだから!」
 おかしな話だが、どうもこれがリーヌシュカの敬意と信頼の表明であるらしい。
 さて。その答えは――

「こいつあ、ウチの田舎でつくってる酒だけんども、いける口の神使さんはいねべか?」
「いただきませう」
 スっと手をあげたのは、ヘイゼルだ。
「お口にあえば幸いだべ」
 とっとっと。注がれた酒は、かすかに色づいて見える。
 なるほど。ふくよかな米の味わいに適度な酸、香りは穏やかだが食中酒によい。
「おー、なんだなんだ」
「やっとるのか、おれもいいか」
 ゴリョウの料理が続々と運ばれる中で、周囲の店等からも人々が料理を持ち寄り集まり始め、徐々に宴会の様相を呈してきた。
 これは海鮮串が進む。
 ツブ貝にアワビ、マダコに小ヤリイカ。
 それからクマエビとハナサキガニ。おまけにアマダイだ。
 お次のお酒は特別純米大吟醸生原酒天之翡翠なる逸品らしい。
 ヘイゼルはとにかくいろいろな種類を食べようと誓って、次の皿を頂く。これは、梅肉を添えたハモか。

 そうした中で、付近を一通り落ち着かせたアルテラは、操られていた負傷者の手当にあたっていた。
「えぇ、もう大丈夫です、えぇ」
「すまんこってす」
「いいんですよ……!」
 なんか、こう、すげえ神々しいポーズをとると、操られていた皆さんが「おおおお……」とか言ってるので、まあ、万事解決であろう。
 アルテラ自身は、食事は見守るだけと決めている。
 仮面を外したくないのもあるが――

(――えぇ……この人々の笑顔こそが何よりの美味なる物ですから……)

 幾分か変わり者のハーモニアではあるが、割と普通に聖人なのではなかろうか。

 宴はまだまだ続いている。
 風牙のチョイスはパエリアとムニエルであった。
 サフランの香りに包まれ、魚介の旨味をたっぷりと吸ったパエリアが、おこげも相まって舌鼓を打ってしまう。それからやはり、スズキのムニエル。ふくよかな白身にぎゅっと旨味のつまった味わいは絶品だ。
「……おいしい」
「へへっ」
 つづりの言葉に、風牙もまた顔をほころばせた。
 海の向こうの料理ゆえ、きっと珍しい料理であろうという、計らいだったのだ。
 どうやら食べたことはないらしい。

「生きてさえいりゃ、今まで知らなかったことが知れたり、まったく新しいことにもいくらでも出会えるよな。そうして人は変わっていき、成長していくのだ!」
 お箸を掲げて。
 そう師匠が言っていたのだから。

「あ、私は牛しぐれ煮のだし巻き卵で」
 そう言ったイーリンに届いたのは、甘辛く煮からめた牛しぐれを、ふわりと卵でくるんだだし巻き卵であった。無論ゴリョウのお手製である。
 口に運べば、香る出汁と、甘辛い牛肉と、ふたえの旨味が口いっぱいに広がる。
 ともすれば濃すぎるとも思える味付けに清涼を添えているのは、ほのかに香る生姜と青ねぎだ。
「美味しいわ!」
「ぶはははっ! 司書殿にそう言ってもらえるんなら、何よりだぜ!」

「寿司ってやつを食ってみてえな」
「お! 兄さん、握るかい!」
 地元の板前も負けてはいられないと奮起する。
「頼むぜ!」
 まず握られたのは、すずきだ。
 板前はきっとクセのない味わいで、様子を見たのだろう。
 ふくよかな赤シャリの味わいに、甘みが乗った白身がたまらない。
 行ける口だ。車エビ、アオリイカ、お次はシマアジ。
 ならばとアジにしんこに、カワハギだ。
「しけたツラすんな。大丈夫だ。
 穢れがどうとか、差別がどうとか、そんなくだらねえもんは俺が全部ぶっ潰してやるからよ」
 ワシワシと撫でると、つづりは少し小さく固まるが、されるがままになっている。
 そそぎは、ぺしりとやって払いのけようとしてきた。
「無理に決まってる」
「無理だと思うか? じゃあ竜神様を鎮められる人間がいるなんて思ってたか?
 俺らは不可能を可能にしてきた。今度だってそうしてやる」
 そそぎは黙り込み、膨れ面のままゴリョウの炒飯を口にいれた。
 その、ルカは思う。
 双子になったから穢れが……という事自体が、眉唾モンだと感じる。
 それに――もっと嫌な物を感じるのだ。

 さて。愛無もまたそそぎが気になっている。
「何」
「お近づきの印だ」
 渡したのはトウモロコシだ。なんとなく好きそうな顔だと思ったのだ。
 そそぎは素直に受け取ると、少しずつかじりはじめた。
 たしかにちょっと、なんだか小動物感がある。
 そそぎは恐らく愛無……というよりも神使、あるいはより広い対象を好いていまい。
 それに世に倣えば、愛無もまた化物の部類に入る『穢れ』なのかもしれないが。
 ともあれそそぎの内面は複雑そう且つ興味深いと思える。
「僕は君が好きになったよ」
 そそぎは怪訝そうな表情を向けると、再びトウモロコシにかじりついた。

 そそぎが気になるのは、皆同様であったろう。
 ヘイゼルは、襲撃に対する双子達の反応の差異に着目していた。
 ひょっとして、そそぎはこの襲撃を知っていたのだろうか。
 だが庇われなければ攻撃されていたであろうことは、先程の戦闘から実感出来る。
 動きを見ていても、何か耐えられるような能力があるとも思えない。
 では逆に襲撃対象に含まれて居るとすればどうだろうか。
 相手――天香達、魔種共――の立場からすれば、もしも殺したい対象であるならばやり方が杜撰すぎる、もう少しやりようもあったのではないか。
 そそぎ当人はと云えば、厭世家を気取った、けれども驚くほど『普通の少女』なのかもしれない
 ならばこれは、なんらかの事故なのか――

 がやがやとしてきた浜辺を眺めて、ゴリョウは額の汗を拭った。
 たらふく食ってもらって、皆で同じ美味いもんを腹いっぱい食べりゃあ連帯感も出来るというものだ。

「同じ釜の飯を食うって言葉もあるしな!」

 ぶはははと笑って、ゴリョウは再び熱々の網と向き合うのだった。
 お次の料理は、あれに決めた!

成否

成功

MVP

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 精密な作戦が功を奏したのでしょう。
 犠牲者はゼロでした。
 MVPは作戦の起点となったであろう方へ。
 称号いっぱい出てます。

 それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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