PandoraPartyProject

シナリオ詳細

夜虹の橋で逢いましょう

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夜虹の橋に居た者たち
 天に掲げられた星は、白や金色に輝いているというのに。足元をゆく星の川では、ひとつまみの希望を押し付けるかのような七色の橋が、疎らに架かっている。それらは逢瀬のときへ添える橋。今を生きる者たちにとっては、物語を垣間見る光景。
 切ない話だと、ここを訪れた誰かが言う。引き裂かれた愛への所感を、誰かが身勝手に口にする。
 その度に女は泣いた。
「わかるはずないの……誰にも、私たちのことなんて……」
 織るに織れず淀んだ糸は、ゆらゆらと女の周りで漂うばかり。生者の気配を辿る黒ずんだ赤い糸をよそに、女は啜り泣く。
 そうして俯いてばかりの女へ、そっと差し出された手。
「……姫、梶葉姫。会いに来ました」
 男の声は優しく、けれど夜より深い黒で模られた手は冷たい気を放つ。
 くぅん、と男に寄り添う犬たちもまた、かれと同じ淀みにまみれていた。
「犬飼星、犬飼星」
 女はその手をとらず、ただただ名を呼んだ。男の履いた革靴からは、濁った星が散っていく。散っては消え、消えてはまた鏤められ。水面に浮かぶ七ツの色を点した星よりも、ひときわ美しく感じたかれの歩みに、女はまたもや肩を震わす。
 泣き止まぬ女を前に、男が苦しげに目を細めるも、決してその場を去ろうとはしない。
「姫。逢瀬を罰する者も、阻む愚か者もここにはいません」
 濁った黒の手で、男は涙に濡れた女の手を掬う。
「ですから姫。ここで共に生きましょう。たとえ泉が枯れ果て、土が汚れても」
 男の声に滲むのは、憎悪の影。
「他がどうなろうと構いやしない。私はただ、姫の傍に在りたいのです」

●情報屋
「おしごと」
 イシコ=ロボウ(p3n000130) が静かに唇を震わせる。
「ヤオヨロズさんからのお使い。泉で水を汲んできてほしいって」
 かれらが『天龍の泉』と呼ぶ泉がある。
 形状は川のように細長く、緩やかに蛇行してのびているが、ややこしいことに川ではなく泉だ。水は底から湧くのみで、どこへ流れ出るでもなく、水面も至って穏やかなまま存在している静かな場所。
 遮るもののない天龍の泉には、晴れていれば星や月が映り込む。長雨の後の夜はひときわ美しく、いつもより鮮明に星が水面に広がるそうだ。
 しかも今の時期だけ、映る星の一部が七色の輝きを見せてくれる。それが水質の影響か、気温などの環境変化によるものかは不明だが――ヤオヨロズたちは、この地域に古くより伝わる物語の一端が、泉に現れているのだと信じている。
「夜虹巡り、というお話だって。それに纏わる『夜虹狩り』って行事を、この時期するみたい」
 夜の虹――星降る泉に浮かび上がった、七色の星でできた集まり。
 まるで天の大河に虹が架かったようだと、物語の主人公は言った。
 そして主人公は虹の橋を渡り、対岸へ向かう。この時期にしか会えない、いとしき人の手をとるために。
「ヤオヨロズさんたちは、言い伝えの恩恵に与ろうとしてる。だから毎年、夜虹狩りをする」
 夜虹狩りとはつまり、天の泉に架かった夜の虹を少しばかり分けてもらうこと。泉へからだや物を直接沈めるのはご法度らしく、杯などに水を掬うのがしきたりだ。
 汲んだ水を飲用する者もいれば、大事なものを杯へ浸す者、紙人形や折り紙の表面へ水を撫でつけて、加護を得ようとする者もいる。もちろん、杯に掬わずただただ泉を眺めて過ごす者や、対岸へ渡る行動を真似する者もいて。
「いつもなら自分たちだけで行ける。けど今回は違う」
 その意味を、イレギュラーズは容易に察した。
「ここ数日、泉で怨霊が数体目撃されてる」
 ヤオヨロズたちは、怨霊たちがどこかへ移ってくれればと考え、しばらく様子を見ていたそうだ。
 しかしかれらに離れる気配もなく、ならばとヤオヨロズはローレットへ依頼を飛ばしてきた。
「怨霊を倒すのはもちろんだけど、泉がぐちゃぐちゃにならないようにしてほしいって」
 戦いの余波で泉やその周辺が荒れてしまう事態を、ヤオヨロズたちは忌避している。やむを得ない状況下では仕方ないと前置きした上で、なるべく荒れないように、もしくは荒れても元の景観に戻してから帰ってきてほしいとのことだ。
 そして泉が美しいままである証拠として、夜虹を杯に掬うのも条件のひとつになっている。
 話しながらイシコがイレギュラーズへ差し出したのは、瑠璃で出来た小振りの杯だ。ヤオヨロズたちが用意してくれたもので、必要な数だけ持っていくのが良い。
「泉の水、これに入れてもらえれば大丈夫って」
 一度でも泉の水を掬えば、たとえ水を零したとしても杯に証が残る。そうヤオヨロズは言っていた。
 もちろん怨霊や、戦による負の気が去ってからの夜虹だ。戦闘中に掬うような真似はしないでくれと、ヤオヨロズからは念を押されている。
「掬うときに夜虹が消えてなければ、その後に消える分にはいいって」
 つまり、戦いに時間をあまりかけすぎると夜虹の消える時間になってしまう。
 このように依頼人からの要望はあるが、為すべきことに変わりはないはずだ。
「どんな怨霊が目撃されたのか、話す。最初に目撃されたのは、啜り泣く女の姿で……」
 そうしてイシコが紡ぎはじめたのは――夜虹の橋に居た者たちのこと。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
 怨霊の殲滅ならびに穢れなき夜虹の証を持ち帰ること

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 なだらかな平原、川のようにのびた泉とその畔が戦場です。
 泉の幅は2~3メートル程。全長50メートルほど。畔は、茂みや木々も殆どない開けた場所です。
 なお、戦闘に時間をかけすぎると夜虹が消えてしまうので、注意が必要です。

●敵
梶葉姫×1体
 若き女の姿を模した怨霊。常に地面や水面から数センチ浮いています。
 攻撃手段は、啜り泣き(自範神ダメージ・苦鳴付与)、赤い糸(中単神ダメージ・呪い付与)
 星が映っているところに居る間、バッドステータスがかなり入り難くなります。

犬飼星×1体
 若き男の姿を模した怨霊。全身どす黒い何かで出来ていて、常に地面や水面から数センチ浮いています。
 攻撃手段は、星屑飛ばし(自域神ダメージ・識別)、羽衣奪い(中単神ダメージ・ブレイク)
 星が映っているところに居る間、徐々に体力が回復する性質。

犬×3体
 大型犬を模した怨霊。上記2体よりも弱いです。常に数センチ浮いています。
 戦場を縦横無尽に駆け回り、星(泉の水面)を乱しながら襲ってきます。
 攻撃手段は、噛みつき(至単物ダメージ)、飛びかかる(至単物ダメージ・体勢不利付与)
 星が映っていないところ(乱れた水面や畔)に居る間、各能力値が上昇しています。

 それでは、夜虹の橋へいってらっしゃいませ。

  • 夜虹の橋で逢いましょう完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月25日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)
流星と並び立つ赤き備
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
湖宝 卵丸(p3p006737)
蒼蘭海賊団団長
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ

リプレイ

●夜虹の橋で
 足取りが重いと自覚しながら『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)は歩を運ぶ。
 そんな彼女の歩みに気づいたのか否か、難儀なもんだね、と傍から声が届く。『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が紡いだものだ。
「敵を斬るだけには、変わりないけれど」
「これも仕事だ」
 シキに話を連ねたのは『剛剣暴君』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)だった。彼女の足元から拡がる結界が、本来の『天龍の泉』を守護する。
 頷いた『蒼蘭海賊団団長』湖宝 卵丸(p3p006737)が、そこで朗々と告げるのは。
「言い伝えの恋人達の為にも、夜虹狩りはちゃんとしてもらわないとだからなっ!」
 仲間たちのやりとりを耳に入れつつ唸ったのは『蒼海の語部』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)だ。
(依頼の解決も大切でござる、が)
 言い伝えのある泉で、亡霊が二体。それも男女の。
(この時期に、似た姿の霊というは少々気になる)
 舞台を誂えたかのようで、咲耶の眉根が寄る。
 彼女同様『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)も沈思していた。
 まもなく、思惟したヴァイオレットと咲耶の視線が重なる。
 似た懸念を抱いたのやもと互いに首肯したところで、イレギュラーズは夜虹の橋が架かる泉へ到った。蛇行した形状は川と見間違えても不思議ではなく、風光に恵まれた泉の天上では、星月夜の幕がどこまでも広がっている。
 美観に溜め息を零してから、『傍らへ共に』天之空・ミーナ(p3p005003)が踏み出す。華奢な身で跳ねた彼女は、犬の霊が巡る直中へ飛び込んで。
「さあ、何処からでもかかってこいよ犬っころ」
 ミーナが語気を強めれば、犬たちの眼光が一斉に集う。
「ここを彷徨ってるってことは、暇なんだろう? なら私が遊んでやるよ!」
 つま先を泉に浸す彼女めがけ、犬たちが牙を剥いた。
 そして犬が騒ぎ立てれば、飼い主たる男の霊――犬飼星も、梶葉姫との触れ合いを置き去りに敵意を総身に宿す。
「何故、なぜ私たちの邪魔をするのですか」
 震えた男の声に、怒りと憎悪が渦巻く。
 だから咲耶はすぐさま邪剣のひとつ、落首山茶花の流麗な動きで犬飼星の目を惹く。
「泉に浮かぶ夜の虹を頂きに……紅牙斬九郎が、いざ参る!」
 妖刀を構えた咲耶の静かなる一礼は、かの怨霊の根源でもある情からすると、忌まわしき存在なのだろう。心なしか、男の纏う空気に不穏さが混ざる。
 その間、『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が愛しき男の元へ寄ろうとした姫君の前に立ちはだかる。
「悲しくも美しいお嬢さん、おにーさんと遊ぼうか」
「どいて、どいてちょうだい」
 にべもなく返す梶葉姫に、ヴォルペは緩くかぶりを振って否定した。己が身に、破邪の結界を張りながら。
「叶えてあげたいのは山々だけど、そうもいかないんだよ」
 目許は寛容的ながら、彼の瞳は一筋の光を点す。
「おにーさんは護るのがお仕事でね」
「護る……?」
 懐かしい言葉を耳にしたかのように、梶葉姫が首を傾いだ。

●降りそぼる怨みに
 晴れた海にも似た二粒のアクアマリンが、獰猛な犬を捉える。濁りなき色はシキが有する眼。宝石としての輝きも今だけは、意思の色彩を宿していて。
(さっさと倒してしまおう)
 ミーナへ食らいつく犬を急追したシキは、別様な技を繰り出す。犬に骨や身があれば、奇襲により砕けていただろう。それ程の激しさに、ルル家が忽ち弾幕を展開して重ねた。弾は巣を死守する蜂のごとく、縷々として犬へ刺さる。
 今だと言わんばかりに彼女が目線で合図を送った先、卵丸は衝角とナイフへ七彩を纏わせて。
「星の虹にも負けない虹を、今ここに……」
 ぐっと地を踏み締めた。
「必殺、蒼・海・斬!」
 放った残撃は戦場を疾駆し、犬の均衡を打ち崩す。
 宙を駆る他の犬はしかし、尚も飛ぶ。畔へ移ったばかりのミーナへ、一体が喉なき喉を低く唸らせれば、別の一体が飛びかかった。しかしミーナも容易く体勢を崩しはしない。
「残念だけどな、効かないんだ。私には」
 激痛を堪えるミーナの脇から、別の個体がかぶりつく。反射的に押し返そうとするも、深々と噛み付いた犬に離れる気配はない。ならばと叩き込んだのは一閃と共に轟く大技だ。余波が自身を蝕むと解りつつも、彼女は雷を招き、要約一体の犬を消し飛ばす。
 猛攻に耐えるミーナを眼前に、エレンシアの爪牙も犬を貫いた。
「どんな縁起があるかは知らないし、知ったこっちゃねぇ」
 エレンシアが言下に跳び退いた直後、ねめつける犬めがけ、精度を高めたヴァイオレットの見えざる糸が夜を飾る。
「ワタクシも、遊んでさしあげます」
 小さく笑った彼女が指先をくいと動かせば、犬が苦しげな声をあげた。
「……なんてことを」
 突如として零れた、絶望を思わせる一言。発したのは犬飼星だ。
 身を歪に構成した黒が、物憂げに俯いた次の瞬間。かれは姫を救おうと黒き腕を伸ばす。行く手を阻む咲耶へ、羽衣を剥ぎ取る仕種を披露した。
 ぴりりと駆け抜ける痛苦を認めた咲耶は、尾を引きながらも突く――魔性の切っ先を、犬飼星へ。
(相手はたかが亡霊。恐れるに能わず)
 胸中で呟き、首を落とさんばかりの一撃を仕掛けた。そして眼前で苦悶に喘ぐ犬飼星をよそに、咲耶はエレンシアとの距離をちらりと目測する。ここなら景色が荒れる心配もない。結界がもたらす加護に感じ入り、彼女はそっと睫毛を伏せる。
 痛めつけられた犬飼星を目撃してか、嗚呼、嗚呼、と梶葉姫は怫然として嘆く。
「犬飼星、犬飼星の元へ行かせて」
 遮るヴォルペの前で、梶葉姫は卒倒の挙動を見せた。平時のヴォルペであれば手を差し伸べるのもやぶさかでないが、かの者へ向ける助力など今は持たない。
 愛しきひとへ駆け寄れずにいる梶葉姫の形相は、酷く凍てついて見え、ヴォルペは片眉を上げた。
「加勢へは行けないよ。行かせない」
「貴方に用なんてないわ」
 けんもほろろな姫へ、ヴォルペはそれでもと念を押す。不意に、淀んだ赤い糸が舞った。ふと視界の片隅を過ぎったのは、影だ。彼から離れた場所で縦横無尽な走りを堪能する犬二体、未だミーナに喰らいついている。
 執拗な犬の前で、思いつきを実行するため、卵丸がコンバットナイフの身へ星を映す。刀身でちらつく星の光に、何事か錯覚したのか、犬が唐突に辺りを見回した。
 生じた隙へ、逸早く卵丸がスーパーノヴァを叩き込む。おかげで膝を折りかけたミーナから、漸く犬を引き剥がせた。
「今なんだぞっ」
 よろめく犬を目撃した卵丸が叫ぶ。
 真っ先に応じたのはシキだ。面差しは穏やかなまま、格闘術の軌跡を魔法で描き、双撃を届ける。凄まじい剣戟に末期の遠吠えも叶わず、犬霊は果てた。
 二体目が消えたのを横目に、ルル家が胸いっぱいに吸い込んだ息を宙の力へと転換する。仕掛けるなら今だと身体が叫ぶ。銃爪を引き爽快な音が響いたなら、次に犬を斬るのは刀で。そうしてルル家が矢継ぎ早に繰り出せば、犬に驚く余裕すら与えぬうち、次なる一手をエレンシアが差し込む。
「悪いな犬公」
 憎悪の爪牙で抉り、影のごとき怨嗟へ囁く。
「先に行って待ってやがれよ。すぐに主人も同じように送ってやらぁ」
 行先は一緒だと暗に告げる。情けなどではない。
 ただ近しい未来に起こる事実をエレンシアは宣告して、夜気に溶けゆく犬を看取った。
 くぅん、と鼻先で鳴いた時のような犬の一声が、残滓となって散っていく様までは見届けずに。

 一手、また一手と編んでいく最中、綺麗とは呼べぬ糸を漂わせて梶葉姫がたなごころで面を覆う。
「やっと、会えたのに」
 物悲しい姿に、瞳を揺らすイレギュラーズもいた。
 しかし惑わせたとしても、逢瀬のひとときは怨霊にとって決して安らかなものにならない。別離したふたりの間で、星は素知らぬ顔で煌めくだけ。泉に広がる星たちも、優美な七色の橋を添えるだけ。
 許してほしいとは卵丸も言わない。代わりに軽く跳ねた彼は、瞬時に犬飼星へ接近していた。
 まばたきよりも刹那の出来事。それは怨霊である犬飼星から見ても、瞠目するもので。
「ここに居座られたら、みんなが楽しみにしてる行事が出来ないんだぞ」
 何をおかしなことを云っているのかと、犬飼星が卵丸を瞥見する。
「皆など存じません。他者などどうでも良いのです。私は、ただ」
 言いかけの葉片さえ、全を断ち切る刃が斬る。真っ二つに裂かれた言の葉越し、卵丸は首をこてんと傾げる。自分たち怨霊の立場を理解したらしき物言いが、不思議に感じた。
 その間、犬飼星のかたちを直視したまま、エレンシアが地を蹴る。
「アタシらを恨みなさんなよ」
 言いながら暗闇を蹂躙したエレンシアの一打は、どこまでも深く、強く、男の心身を削る。
(虹が消えるまでにってのがあるからな。のんびりしている時間はねぇ)
 エレンシアに焦りなどないが、僅かな油断がいかなる結末へ繋がるかは想像できてしまう。だから彼女はすべてを篭め、揮った。勢いに圧されたのか、のけ反った怨霊がゆっくりエレンシアへ向き直る。
 直後には星屑が踊った。かれの靴裏から際限なく流れた星の欠片は、周囲にいたエレンシアたちを巻き込んだ。
 シキはそんな怨霊の様相と、今しがた撒かれたばかりの星とを交互に見やって、薄らと双眸を細めた。
「よっぽどお姫さんのことが大事なのかい? ……気づいてもらえなくても?」
 君の手は冷たくて、温もりを分け与えはしないのだとシキは言う。
 君の手はとても黒くて、清らかさに触れられはしないのだとシキは言う。
 けれど犬飼星は、姫の傍らへ根限り歩もうとした。
 執念とも取れる姿を目と鼻の先で覚えた咲耶は、濁る星にあてられたばかりにも拘わらず、咄嗟に無形の型を取る――これこそが紅牙流暗殺術。慈悲などありもせず、ただただ失せた気配は夜闇に紛れ、咲耶の行く末を消す。
 やがて咲耶の悪刀乱麻は、男から力を奪った。そして。
「あの夫人を愛しいと思うのであれば、この斬九郎を倒して見せよ」
 星影よりも冴えた咲耶の声音が響く。
「さもなくばあの者の命は無い!」
「姫に……手を、出すな……ッ」
 犬飼星の唸りが一変する。かれの総身が夜より濃い何かではなく、輪郭や表情を明瞭に保てていたなら、きっと険しい顔つきをしているだろうと、咲耶には――イレギュラーズにはわかった。
 そのときルル家がそっと口ずさんだのは、ある意志だ。
「貴方達の怒り、至極もっともと存じます。しかし……」
 淡々と告げているようで、端々から感情が滲む。
「怒りを無辜の民に向けるのであれば……打ち倒さねばなりません」
 ルル家の両足は熱の余韻に浸りながらも、男へ近寄る。道中、咲耶やエレンシアへ目配せで、願いを覗かせながら。ほんの少し、時間が欲しいと。
 現し世にて会うことすら侭ならず、無念のまま亡くなった誰かの心が、彼らを生み出したのなら。
 果たされぬ望み、打ち拉がれれば揺らがずにいられないのは、ルル家もよく知っている。だからこそ感じるのだ。かれらと自分たちは、半透明の膜一重で隔てられただけの存在なのかもしれないと。だからこそ尋ねる。
「今ここで姫と共に成仏することは叶いませぬか……?」
 ルル家の問い掛けに淀みはなく、犬飼星も驚いたのかぴくりと手を動かしたきり、固まった。
 連なるようにして、ヒッヒッヒ、とヴァイオレットが肩を震わせた。
「人々が口伝した物語は、あくまで伝承者の主観に依るもの」
 夜虹の橋を渡り、対岸に佇むいとしき人に会うお伽話。
 話としては美しく、民に好かれるだろうとヴァイオレットにもわかる。
 けれどもし、当人の想いに眸を向けられず、嘆きに耳を塞がれ、挙げ句の果てに不幸を祀りあげられたとしたら。
「怨霊となっても、おかしな話ではありませんね?」
 ヴァイオレットの練り上げた思考は、静かに一石を投じる。
「無論、例え話ですが」
 くつくつと笑うヴァイオレットの眼差しは、二体の怨霊を捉えていない。過去か未来か、もしくは星空の果てを望むだけ。しかし波のごとく攻撃を受けて間もない犬飼星は、ヴァイオレットを見据えていた。
 大丈夫、とそこへ言葉を投げてきたのは、梶葉姫を抑えるヴォルペだ。丁寧にマギ・ペンタグラムをかけ直して、カラカラの喉から搾り出す。
「こんなにも美しい場所なんだ。惹かれるのは分かるさ。……きっと二人、幸せになれる場所がある」
 恐らく、ここではないけれど。
 両の霊へ向けて彼が紡ぐより僅かに早く、愚かな口説を、と犬飼星が恨みがましく唇を震わす。
「私は此処へ会いにきたのです。姫とは、ここでしか会えぬのです」
 何処へも行けはしないのだと、かれはすっかり澱んだ黒い気を吐く。
「成仏などと、そのような……ッ」
 怨霊の返答を聞き、叶わぬと知るや否や、ルル家は声音を落とす。
「では、こう申し上げるしかありません」
 犬飼星の視界の隅で光が走る。ルル家が呼び寄せた一瞬の閃光だ。更に続くのは、彼女の信念となる言葉。
「生者よりも死者を優先するなど、出来ないのです!」
 ルル家の眼差しは、真っ直ぐ犬飼星を見つめていた。直後、犬飼星へ届いた輝きが爆ぜる。
 恒星よりも熱いルル家からの届け物は、怨みに淀んだ男を照らす。深い悲嘆とやり場無き震えを飲み込んだまま、犬飼星を模る色が薄れていく。かれの手は二度と姫の涙を掬えない。かの姫に触れることすら、もう。
「あァぁアぁっ!!」
 突然、イレギュラーズのいる場を震撼させた絶叫。
 思わず振り返ってから仲間たちは知る。赤い糸に絡まれるヴォルペと、頭を抱えた梶葉姫の姿を。何度か噎せたヴォルペだが、至って元気なようで。
「はは、楽しくなってきた!」
 むしろ笑みを唇に刷いて、怨霊が水面へ帰ろうとするのを防ぐ。
「どいて!!」
 立ちはだかる彼を押しのけようとするも、頑強な身は容易く転がらない。
 そこへ軽やかに飛び込んだミーナが、渾身の力で大盾を振り下ろす。思い切り頭を殴られ、怨霊の頭部は右へ左へ不安定に揺れ出した。かの者が正常になるより先に、ヴァイオレットの解き放った無数の糸が、赤黒い糸を撥ねて女を縛り付ける。
 続けて咲耶が、ヴァイオレットの糸の間をすり抜けていく。遮るものの無い道のりを駆け、日陰の者は怨霊の芯を、影の影を狙う。
「其方の待ち人は訪れぬ。そろそろ悲恋の物語も幕引きといたそう!」
 未練も、廻るばかりの運命も、一切残さず断ち切るため、咲耶は女から溢れ出る哀情の狭間へ手を加えた。
「御免!」
 軽快な調子に乗せて、忍が施した術。それは嘆声ばかり出す梶葉姫の足取りを覚束ないものへと変え、勢い止まぬ内にエレンシアの双眸で紫が煌めいた。
「お前さんらがどういう関係だったかは大体察するが、それとこれとは別だ」
 彼女からの別れの挨拶は、ヘイトレッド・トランプルが担う。
「あの世にきっちり送ってやる。後はそこで仲良くしてやがれ」
「ああ、そんな、犬飼星、犬飼星……」
 エレンシアの話を受けて、面を伏せた怨霊がとうとう大きく泣き出す。
 眇めた目へ眼前の光景を映したシキは、処刑に使う大剣を握り直し、星を掻いて蹴る。
「抑えててくれてありがとうね」
 最後まで姫を遮ったヴォルペを労うと、シキは温存しておいた切り札――剣魔双撃で霊に現実を突きつける。彼女がひとたび振り上げた刃は、命を狩るために下ろすもので。
 だからこそ、刀身へ星影を滑らせた。
(あんなに大事にされてたお姫さんだ。……せめて最期だけでも)
 安らかにと呼気で結わえた言の葉は、風を切る剣の音に紛れ、赤い糸ごと女を絶った。
 今際の際に捧げたシキの想いが、果たして祈りなのか業なのか。それだけは誰にもわからないまま、天龍の泉に静寂が蘇る。

●いつかまた、
 涼しく感じる夜の底で、ルル家はこじんまりとした墓を建てた。
 そっと寄り添う石ふたつ。星空も水面も見える位置へ。
(どうか、お二人が彼岸にて共にいられるよう)
 彼女がひっそり祈る後ろでは、エレンシアと咲耶が抉れた土を戻す。
 美しい景観のままで。ヤオヨロズからの願いをきちんと果たす彼女たちからは、少し離れたところ。
 夜虹が消えてしまう前にと、仲間たちは腰をおろし、あるいはしゃがみこんで泉を覗き込んでいた。
 瑠璃杯で掬った拍子に、水滴がヴォルペの指にかかる。ひやりとした感覚が、戦いで熱を帯びた指には心地好い。
 傍らでは卵丸が、杯で汲む前の夜虹を堪能していた。薄い笑みに燈るのは願いだ。
(色んな想いに、なんだぞ)
 そうして目に焼き付ける卵丸から程近く、ちゃぷんと快い水音へ耳を傾けつつ、シキも水を掬う。
(次はどうか、愛し合うふたりをそばに)
 はたと思い出すのは、先ほども手向けた自身の願い。希うこの感情を、人はなんと呼ぶのだろうと、シキは瞑目して考える。
 そこでふと、ミーナの願い事がシキの耳朶を打つ。
「来世ではきちんと一緒になれるように」
 七ツの色は、瑠璃の杯で汲んでも途切れず、霞まない。今ならではの風物を、ミーナは手にする杯へ託した。
 一方、ヴァイオレットの細指がつまんでいたのは桔梗の花束だ。
 人知れず供え、花へ語りかけるのはやはり。
「いつかまた、誰にも妨げられぬ逢瀬を」

 そのときはふたり、夜虹の橋で――。

成否

成功

MVP

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。おかげさまで『夜虹狩り』も無事、行われることでしょう。
怨霊への対処はもちろんですが、仕事として励む姿勢、または葛藤にも似たそれぞれの心境など、たくさん見させていただき、幸せです。
ご参加いただき、誠にありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM