PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<バーティング・サインポスト>泡影の夢

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●あぶくに包まれて
 絶望の青を超えるため。廃滅病に抗うため。
 各々の想いや信念を胸に進めた王国軍とローレットの船は、今まさに悪意蠢く大きな島『アクエリア』へ迫ろうとしている。
 昂らずに居られようか。落ち着いて居られようか。そうして胸を踊らせていたのも束の間、誰かの叫び声で彼らは現実に引き戻された。誰が叫んだか問うよりも早く、船が激しく揺れた。
 しかし波は荒れていない。嵐もない。報告は無かったが、もしや座礁したかと青褪めて船員たちが駆け回り、海を覗き込む──覗き込んだ先から、次々と海へ浚われていく。否、彼らを浚ったのは大海原というよりも。
「な、なんだあれは……!?」
「魚……? いや、違う……泡、か?」
 残っていた船員が疑いの言を零す。自身の視覚を信じられずにいた。
 ふよふよと優雅に漂う、丸みのある何かが海面に顔を出している。魚のような鰭も、生き物のような目も無い。青を透かすだけの奇妙な物体は、その表面さえも静かに揺らいでいて。
 よく見て判断しようとした二人の船員は、大粒のあぶくが向かって来るのに気付く。そしてあぶくは片方へ狙いを誤らずぶつかり、絶叫があがった。もうひとりの男が気がついたときには、あぶくに煽られた隣の男に掴まれ、バランスを崩し海へ落ちていた。
 海水に揉まれながら、隣で男が発狂し続ける。言葉にならない叫び声を轟かせて、自分の首を掻きむしって。
 何が起きているのかわからずにいたもうひとりの男へ近づいてきたのは、先ほど船の上から覗き見た、まあるい何か。
 見た目は、ひと一人が余裕で入れる巨大な泡だ。自由気ままに漂っているかのようで、しかし的確にこちらを──彼を見据えている気がした。眼も口も、泡には無いというのに。
 かの者がぐにゃりと揺らぎ、男を飲み込むまで一瞬の出来事だった。
 まばたきの後に彼が見たのは、海中の景色だ。そこではいくつもの泡が浮かんでいて、先に海へ落ちていた仲間を飲み込んでいる。伸縮自在なのか、船員に合わせて大きさもまちまちだ。
 思考は長く続かなかった。あっという間に男を夢へと連れ去っていく。
 眠いと思う間もなく、男の目の前に広がったのは──南国の陽射しをめいっぱい浴びた、常夏の島。白い砂浜がさらさらと足の甲を撫で、まもなく温かな波が指の間をくすぐる。仰ぎ見れば、高い樹木に鮮やかな果実が成り、男を手招くように葉が揺れた。
 ああ、ここが『アクエリア』か。そう男は思い込んだ。
 目標の島に到着したのだ。念願の絶望の青へ、いつか夢見た未開の海へ、ようやく訪れることが叶ったのだ。妻も娘も、きっとこの土産話を喜んでくれるだろう。帰還が待ち遠しいが、今は食料と清潔な水の確保、そして臨時の工廠を急ぎ設けねば──。

 ──喜びの波はいかな悲しみよりも深く、馨しく人々を浸食する。ひとたび囚われてしまえば、簡単には抗えない。
 だから彼は、救援のため近づくイレギュラーズの船にも気づけず、海の中でただただ、泡影の夢に溺れる。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。

●成功条件
 狂王種の殲滅と、海洋王国船員5名以上の救出

●ロケーション
 リプレイは、友軍(王国の船)の異変に気づき、船で近づいたところからスタート。船が不要でしたら、直接海に入っての接近もOK。
 戦場は、奇妙な潮の流れが発生している海中(水中戦)です。
 速かったり遅かったり、変にうねっていたりと、潮に翻弄されやすい戦場となります。
・水中に適したスキルが有る場合:機動動作(命中・回避・反応・機動力)に軽微なマイナス補正がかかります。
・水中に適したスキルが無い場合:スキルがある時よりも大きなマイナス補正がかかります。
 ちなみに、自分たちが乗ってきた船や王国船の心配は不要です。

●敵
・狂王種(泡)×6体
 近接単体技:小さな泡を大量に噴き出して攻撃し、吹き飛ばすもの。
 中距離貫通技:攻撃と同時に相手の意識を泡で包む。対象は自分を見失い、狂気に侵される。
 至近単体技:対象を体内に飲み込む。飲み込んだ対象のHPを吸収し続ける。
 飲み込まれた人は不思議な夢を見てしまうため、誰かに助け出されるか、自力で夢を破るまで動けません。
 夢はひとにより様々です。昔日の想い出、記憶にはないけど温かく感じる景色、理想の光景──その辺り、見る夢の内容をご指定頂けたら幸いです。

●NPC(海洋王国軍所属の船員)
 生存者は10名。全員海に投げ出されており、パニックに陥りながら泡から逃げているのが4名、他は泡の中。
 泡に飲み込まれた人は生命力を奪われていて、長くは持ちません。それと全員戦力にはなりません。

 それでは、ご武運を。

●重要な備考
  <バーティング・サインポスト>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
  『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <バーティング・サインポスト>泡影の夢完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年03月19日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エンヴィ=グレノール(p3p000051)
天啓
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
ラピス・ディアグレイス(p3p007373)
こころのそば
築柴 雨月(p3p008143)
夜の涙

リプレイ

●泡沫
「カニ、ではなく泡とはな」
 型破りもいいとこだと『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は目をやる。異世界から来て間もない頃も感じ入ったが、やはり世界は広い。アランは頭を掻き、逸早く海へ沈む。
 上がった飛沫の近く、『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)の眼は計り知れない青を一望していた。
「エンヴィさん。お船ありがとうございます」
 ふいに礼を告げたのは『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)だ。彼女の手元では、ロープへ等間隔に結ばれたリボンが、そよいで皆を歓送する。
 どういたしまして、と優しく返してエンヴィは海へ意識を落とす。
(幸せな夢が見られるのは、良いのだけれど)
 ひとたび見てしまえば、あとは死ぬまで夢に溺れるのみ。恐ろしい話だと頭を振って、エンヴィも海水に浸かる。
 泡からの遁走を試みる船員四名は、闇雲に泳ぐのみ。だから『辻ポストガール』ニーニア・リーカー(p3p002058)は大口を開けて。
「こっちへ! 船に乗り込んで!」
 強調するも男たちに応じる余裕はない。静かに顎を引いて、ニーニアは海へ降りた。
「……っ、助けなきゃ!」
 言いながら『君に幸あれ』アイラ(p3p006523)も無我夢中で飛び込んだ。
 手を届かせるため、深い蒼を掻き分けていく彼女を『君に幸あれ』ラピス(p3p007373)が船上から直に見る。
「アイラ!? 急に飛び込むのは……!」
 保護結界を展開していたたラピスは、慌てて彼女を追う。
 一方、『夜の涙』築柴 雨月(p3p008143)は、泡に覚られぬよう慎重に進んでいた。
 何気なく船が刻んだ澪を振り返ると、やはり歪だ。潮流が不安定な証拠を目の当たりにして、雨月は唇を噛む。
(俺が夢に溺れたら意味ない、でも……)
 人々が辛うじて命を繋ぎ、泡に捕まっていると考えたら──胸がざわついて仕方がない。
 イレギュラーズの当面の目標は、船員十名の救助。数が多いのもあり、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に宿る意志は堅い。
(待っててね!)
 意を決した潜水士は、優雅に紺碧をゆく。そして時を置かずに敵の居所を認めた。透った泡は、潮にも揉まれず疎らに浮いている。距離を目測したアレクシアは、赤く燈る魔力を拡げた。真っ赤な花を連想する魔に侵された敵は、術者を殺意で貫く。
 そうしている間に、逃げ惑う船員の傍へ寄ったクラリーチェは、気が動転した相手と目線を重ねる。右も左も正視できずにいた船員は、突然現れた微笑みに面食らう。
「大丈夫、助けにきたのです」
 清かに耳朶を打った呼びかけは、震える瞳孔を徐々に落ち着かせていく。クラリーチェは治癒の術を這わせて船員を抱え、ロープとリボンを頼りに船へ戻る。
 同じ頃、空夢に耽る船員を目撃したニーニアは、伝達の術を駆使しようと大きく口を開く。
「僕達の現実はここだよ! 戻ってきて!」
 言霊と化した音は彼女の喉を激しく震わせ、苦境にもがく船乗りたちへ救いの手を差し伸べる。号令が放たれたことで、逃げ回る船員たちは漸く我に返った。
 もちろんニーニアの眼前、泡に呑まれていた人物も目を覚ます。肩で息をしている彼を連れ、ニーニアは雨月の乗る船へ一直線に向かった。
「す、すまな……助かっ……」
 口にするのもやっとなのだろう。息急き切る男へニーニアはかぶりを振る。
「気にしないで。僕達はこういう時のためにいるんだ」
 他意はない。素直に告げたまでだ。すると男は、安堵や情けなさといった複数の情を飲み込み、ありがとう、ありがとうと繰り返した。
 そのとき、海の底にも似た黒が溟海を翔ける。アランの色だ。
 彼が揮う技は神速の刺突。纏わりつく海の冷たさも、彼を流そうとする潮も──。
(構いやしねェ、ぶちのめす!)
 潮ごと膜を裂き、船員をむんずと掴んで泡から剥がした。衝撃も相まってやっと目を覚ました船員に、お目覚めかと一言だけ零してアランは船へ急ぐ──その途次で浮遊する泡も、彼は逃さない。
 小さな泡が噴出されようと、轢き潰すかのごとく突貫したアランが、破れた夢からもう一人を引きずり出す。
 築柴ァ、と呼ぶアランの声が轟く頃には、仲間たちへ目配りしていた雨月が船を寄せていて。
「お待たせ。後はこっちで」
 雨月へ二名の要救助者を託し、去り際にアランは、げほげほと咽ぶ船員の背を叩いて。
「ったく。こんな所で死ぬんじゃねェぞ」
 それだけ伝え、再び奇妙な泡沫に挑む。
 彼の背を見送った雨月は、早々に船員の容態を看る。
(ひどいな、こんなに冷えきって……)
 仲間の手で救われた他の船乗りと同じだ。ゆるりと首を振った雨月は、少しばかりの緊張を孕んで手当を施す。
(俺だって、医者志望だ。まだまだ力不足かもしれないけど、なんだってやる)
 気概を示す雨月の手は微かな震えを帯びて、治癒の魔術を染み込ませていく。
 一方エンヴィは、伏し目で船員を辿っていた。残夢に苛まれた男は呻くばかりだ。
「クラリーチェさん、この人をお願いね」
 肯った彼女へ男を託し、エンヴィは水飛沫の最中に怨霊を顕現する。波を起こした怨霊が潮流を裂き、狼狽など知らぬ泡めがけて駆けた。寸裂された狂王種があぶくとなって消滅する様を前に、ぱしぱしとエンヴィは瞬く。
(倒したら泡になって消えるのね。……変な感じ)
 少しばかり覚えた物悲しさにエンヴィの瞳が揺らいだ。
 皆で手分けして励む中、アイラも戦場を見渡し状況を頭に入れていた。仲間が代わる代わる船員を運び、雨月が船を寄せる間も泡は止まらない。アレクシアを襲いに行かなかった個体の行く手を阻みながら、精度を高めた治癒術で、運ばれていく船員たちへ癒しをもたらす。
(水は温もりを奪ってしまう……だから)
 祈りにも似た心境を、魔術とともに結わえていく。
 斯くして汲み上げられたアイラの温かさが、船乗りたちの体温が下がるのを防ぐ。
(どうか、どうかボクの力が支えてあげられますように)
 声音で模らずとも願いは寄せられる。尽力したいと睫毛を揺らすアイラに、ラピスは眦を和らげる。
 ああそう、きっとそんな彼女だからこそ──ラピスの胸中をぽかぽかと熱が巡る。一滴も零さぬよう胸へ手を当てたラピスは、敵の動きを確かめていく。
(彼女には、指一本触れさせない。傷つけさせはしない)
 アイラの盾として浮かぶラピスは、逸れてきた泡の攻撃を弾きながら彼女を護り続けた。
 その近く、大量に噴き出された泡に埋もれつつ、アレクシアは泳ぐのをやめない。
「あなた達の相手は私だよ!」
 四顧した彼女は、怒りを知らぬ泡を確認する。わずかな迷いもなく当たる泡へ近寄り、赤き花を開かせる。誰の元へも行かせない一心で、彼女は海中へ花を招いた。ちらりと一瞥してみれば、泡に幽閉されていた一人を雨月へ渡すニーニアが片隅に映る。
 もう少し、あと少しだと自らを奮い立たせてアレクシアは身をよじった。
「ほらこっち! 捕まえてご覧なさい!」
 気ままな奔流に抗い、時には乗って、彼女は一時も休まず舞う。
 勢い緩まぬ彼女を狂気に侵そうと、そこへ泡が踊る。飛んできた一撃を既の所で避けた彼女はしかし、直後に突っ込んできた敵に動きが間に合わず。
(避け……ッ!?)
 アレクシアは瞬く暇さえ持てぬまま、しぶとい水泡に囚われた。
 潮風が嫋々として、水面とイレギュラーズの身を撫でていく。湿る風に煽られながらも、船員の救出に重きを置いた連携が功を奏し、着実にひとりひとりの命を救えている。
 救ってみせると意気込んで臨んだクラリーチェは、治療に勤しむ雨月の船へ大きく手を振った。振りながら自身も、ぐったりした船員を引っ張っていく。
「いきますよ、せーの」
 クラリーチェが海中から男を押し上げ、同時に雨月が引き揚げる。船員は意識朦朧としているのか、呼びかけても応答がない。だが鼓動は動いているのを確認する雨月へ、海面に顔を出したクラリーチェが軽く会釈した。
「その方をお願いします、築柴さん」
「もちろんだよ、任せて」
 絶えぬ笑みで雨月が応じれば、クラリーチェも安心して海へ舞い戻る。
「救出作戦は完遂です! 全員船へ避難できました!」
 漸く訪れた一区切りに、彼女は喉が涸れんばかりに語気を強める。
 よし、と拳を握りしめたアランはすぐに振り向いて。
「なら、あとはこっちだな!」
 なかなか数の減らぬ泡と、夢路を辿る仲間を一顧し、深く息を吸い込む。
 散り散りに行動を開始した仲間たちを見届けて、雨月は船に横たわる人々へ意識を向ける。目当てのアクエリアももうじき現れるはずだ。せっかく彼らの望んだ未知の世界──辿り着く前に命を落としてしまったら元も子もないと、雨月は柔らかな睫毛を震わせて念じ、そして。
「……今はゆっくり休んでください」
 そう船員たちへ話し始める。
「皆で先へ行くんです。そのために、俺の仲間も頑張っているから」
 泡が蠢く戦域から船を離脱させながら、彼はぽつぽつと紡ぐ。
「もう怖くありませんよ。安心してください」
 恐れを打ち払うべく、所思の一端を披瀝する。
「それと、痛むところはありますか? 見せてください」
 彼らが落ち着くといい。自身が燈す願いの色を微笑に刷いて、雨月は引き続き治療に当たった。

●泡影
 家から仰ぐばかりだった空を、アレクシアの双眸は宿している。
 なのに今、彼女の瞳は閉ざされていた。
 彼女の前には『兄さん』──外の話をたくさんしてくれた冒険者──がいる。彼から聞いた景色をこの眼で確かめたいと、疼きながら耳を傾けるアレクシアは、病弱でも確かに幸せだった。けれど。
(……あの日に浸ってたら、誰も助けられないの)
 誰の手も掴めない、だからアレクシアは重たい瞼を押し上げる。すぐに、やさしい誘惑を掻き消すために腕を突き出して。
(ごめんね兄さん。私、行くよ!)
 殻を破ったアレクシアの手が、掴まれた──近寄っていたクラリーチェが、脱出を手助けしたのだ。アレクシアが礼を告げると、彼女はこくんと頷いて。
「船員十名、助けられましたよ」
 改めての報せに、アレクシアは喉の奥から込み上げる安堵感を覚える。一拍置いて、それを嚥下した。よかった、と思わず呟きながら。そして休む間もなく戦線へ復帰したアレクシアの後背を、クラリーチェが直視する。
 自分なら、どんな夢に居ただろう。湧いた疑問に応えるものはないが、もしかしたら。
(眠るように、空へ還るのでしょうか)
 取り込まれた先で待つのは、永遠の眠りなのかもしれないと、彼女はそっと瞼を閉ざす。
 同じ頃、白んだ膜が生んだ温もりに浮かび、エンヴィもとある夢に篭っていた。
 部屋に射した陽がエンヴィの居場所を、布団を照らして、凝り固まった冷たさを解していく。すると日向につられた猫たちが彼女を囲んだ。ふかふかの布団に身を埋めて丸くなり、尻尾でエンヴィの頬をたしたしと叩く。起きているのに、身体が動かない。暖かくて眠い。
 そうか、これは──と考えを巡らせたところでエンヴィを眩暈が襲う。突如として開けた視界の眩しさに、目の奥が痛んだ。
「夢見るのは後にしろ!」
 駆けつけたアランの声が鼓膜に響く。いつの間にか泡から救い出されていたエンヴィは、きょとりと瞬いた。
(あれ……私、何を……?)
 まどろみから醒めたばかりで、まだ少しばかり頭が重い。けれど先ほどまであった温もりは消失し、大海の冷たさが容赦なく打ち寄せてくる。
「こんな所で夢見て死ぬなんて、お互い御免だからなッ!」
 続けたアランの言に、エンヴィは首肯する。彼女の反応が正常だと認め、アランは颯爽と殲滅に取り掛かった。
「蹂躙させて貰うぞ!」
 彼の元にあるのは深き蒼。阻む圧も、押し流さんとする潮に干渉されず突き、泡を織った素を粉砕する。
「ラピス!」
 叫ぶが早いか、反射的に飛び出したアイラの身体はラピスへ縋り付く。否、縋るように密なる接触をしながらも、彼女はラピスを押しやった。泡が彼を、アイラの大切なひとを喰らおうとしたから。
 一瞬だけ浮かんだ喪失感に拘い、彼女は泡影の夢に埋もれる。
 ラピス、とあえかな呼び声が口を衝いて出た。後は綻ぶように、言の葉が溢れていくばかり。するとラピスが、ぼんやりした彼女の手を包み込む。愛おしげに撫でる彼の指が、手の平が、ゆっくりとアイラの頬を緩ませた。
「ボク、ぼんやりしていたみたい。どうしちゃったんだろう」
 何故だかキミの手が冷たいと囁くアイラに、目の前のラピスは黙したままだ。水没した世界の中、アイラは彼へそっと口付ける。
「やっぱりあたたかくないなぁ。……だって、キミは泡だもの」
 ここは自分の留まる処ではない。割り切るのも早く、標となる片翼の蝶へ彼女は触れた。揺らいだチャームピアスが道行きを照らす。だから伸ばす手にも迷いはなく、次の瞬間アイラの前に広がったのは、どこまでも澄み切った瑠璃色。


 現実のキミへ、ただいまとアイラが言う。何度も頷きながらラピスが、そんな彼女へおかえりを伝えた。
「僕と君は、二人でひとつ」
 分かたれることのない糸が互いを繋いでいるのを、話しながらラピスは改めて認識する。
 そして、連れていくなと今しがた叫んだラピスの強かな一手が、破裂したままでいた泡を砕く。消えゆく泡を目送せず、ラピスは取り戻した温もりを抱き寄せて。
(そうだ。僕の一番の幸福は……)
 身も心も、胸の瑠璃さえ満たしてくれる彼女が居れば。思慕に顔を埋めたラピスへ、アイラは薄く笑みを咲かす。
「残りも一緒に倒してしまいましょうか、ラピス!」
 純一なるアイスブルーを煌めかせて。

●あぶく
 ニーニアは夢を見る。淡い色に彩られた景色は、幼いニーニアにとってすべてが新鮮で、良い思い出のにおいがした。家へ手紙を届けてくれた郵便屋さんも、そうだ。
 老齢ながら元気で、親身になって接してくれる、地域の人々にとって絆の真ん中にいた存在。すごい人だと、あの日からずっとニーニアは想っている。憧れたからこそ少女も郵便屋さんを生業にした。
(もう引退しちゃったけど、でも)
 いつまでも彼女の目標で、今なお鮮烈に残る思い出だ。
 突然、彼女の世界はそこで弾けた。夢幻の表面を割ったエンヴィが矢継ぎ早にニーニアを手繰り寄せる。
「心地好い夢だった?」
 幾分かの申し訳なさを添えてエンヴィが尋ねると、ニーニアは顎を引く。
「でも、ずっと浸ってるわけにいかないからね。ありがとう」
 言いながらニーニアが築くのは、術式による魔の光。解き放った輝きが、狙い過たず弱った敵を射る。瞬く間に砕け散った泡は、海水に溶けて消滅した。
 愛すべき日々を想起し、クラリーチェは手を合わせる。戦いの航路へ流した癒しの術が、ニーニアの覚えた痛みを拭う。
 近くでは、無数の細やかな泡に襲われたアレクシアが、ほんの一瞬意識を失った。だが彼女は決して青を失わない。
(みんなは私が護るんだ! だから……!)
 くるりと回転して咲かせたのは、倒れることを知らぬ調和の壮花。誇らしげに開いた花が彼女から痛みを払い、そのままアレクシアは海を駆けた。
 泡が素早い彼女につられるのを、ラピスとアイラが瞥見し、そして。
「行こうアイラ。一緒に」
 ラピスが滾らせた意志で泡を壊そうと飛び込み、アイラの放出した清らかな魔力が、泡を鈍らせる。
 ふらつく様相は遠くからでも明視できた。だからうねりを掻き分けて、エンヴィが射線を定め、停まる。
「私が見逃すと思ってるの?」
 吐いた泡に篭めた情を、潮の流れに乗せて届ける。
 凍てついたエンヴィの視線は、静けさに満ちていた。そして彼女の思念が、そんなことさせないと羨望の渦を生み、泡を丸呑みにする。
 消失した泡から彼女たちが顔を逸らす先では、泡に閉じ込められたアランが昔日に沈む。
 勇者としての責務からは縁遠い、村での日常。両親も健在で、『彼女』もそこで息をして、動いている。何の変哲もない穏やかなひとときだ。
(……あぁ、どうして)
 どうして、こうならなかったんだ。
 過ぎる思考が胸に突き刺さった。心を苛めるのは、こうなっていたらと思い浮かべたもしもの世界で。
 だがアランの拳は、足は──溺れたはずの夢を叩いて、蹴破る。
「今ここにいるのは……俺が『選んだ』からだ」
 大事な、本当に大事な音を紡ぎ、旋回させた得物で暴風陣を創り出す。
「俺の選んだ道だ。俺が俺である証だ。後悔はねェ!」
 ひとつまみの後悔すら持たず、剣を離さぬ限り彼は独往する。進むため、戦鬼と化した風の域へ泡を巻き込み、彼の志は最後の敵を木っ端微塵に砕いた。

 海の上で、息を整える時間すら擲って船員のフォローに専念していた雨月はふと、遠ざかった戦の音に気付く。
 彼が振り返れば船員たちの興味も、戦場へ注ぐ。海面に頭を出した仲間たちが、次々と船へ手を振っている。
「迎えにいきましょう」
 雨月の発言に、船員たちの間から津々と湧いたのは興奮と喜びだ。けれど本調子でないがゆえ、彼らは拳を突き上げるだけに留める。
 今いくよ、と皆へ短く返した雨月が、船を動かす。
 揺蕩う澪が、勝利と無事を讃えるように優しい泡の花を咲かせた。

成否

成功

MVP

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女

状態異常

なし

あとがき

 激闘と救出作戦、お疲れ様でした!
 ご参加いただき誠にありがとうございました。
 またご縁が繋がりましたら、よろしくお願いいたします。

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