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シナリオ詳細

<Despair Blue>セントディンブラの星

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 穏やかな夜空の下。
 先ほどまで荒れ狂っていた海は、ようやく静まりつつある。
 海洋王国が誇る無敵の戦列艦隊アルマデウスもまた、絶望の青へ向けた航海へと乗り出していた。
 見えてきた島影を確認し『アプサラス』トルタ・デ・アセイテ提督は、部下達にいくらか指示を飛ばした。

「親愛なる女王陛下のために」
「女王陛下のために」

 クルーの士気はいずれも高い。
 それもその筈。海洋王国は古くから、貧弱な国力を理由に外圧に曝され続けてきた。
 彼等の反骨心の矛先は、混沌随一とも呼べる造船、航海技術をもって世界を寸断する東方の外洋、即ちこの『絶望の青』を越えるという目標を生み出したのである。
 遙かな新天地を夢見る彼等は実に二十二年ぶりに『海洋王国大号令』をもって動き出していた。
 まず彼等はローレットのイレギュラーズ達の助力を受け、後顧の憂いを断つための近海掃討を終えた。
 領海に蔓延る海賊連合に大打撃を加え、大号令に一枚噛まんとするゼシュテル鉄帝国を――完全とは言えないまでも――撃退し、外洋挑戦の準備を整え終えたのだ。
 まさにここからが本番。鬼が出るか蛇が出るか、吉と出るか凶と出るか――結末は分からねど、全てが謎に包まれた『絶望の青』への挑戦が始まろうとしていたのだ。

 艦隊は陣を組み、中央にはイレギュラーズが搭乗する最新鋭のガレオンを組み込んでいる。
 親愛なる――親愛なる!――女王陛下からトルタに与えられた第一の指令は、イレギュラーズを守りながら中継基地を確保することにあった。
 トルタ提督は遠方に停泊するガレオンを冷たく一瞥すると、部下の腰へ手をまわす。
「て、提督っ!? お、お休みになられますのですますかかっ?」
「ええ、あなたはジュリアね」
「チュロス家の次女ジュリアに、に! ございます」
 ジュリアは頬を染め、トルタを見上げる。とうとう提督の目に止まったことにジュリアは浮かれていた。
「チュロス家――古い貴族の家柄だったかしら」
「は、はい!」
 提督の冷たく吐き捨てるような声音を、ジュリアは単に『一時的な疲れ』だと受け止めた。
 それから一瞬遅れて、没落し半ば娘を売るように部下へつけた実家への侮蔑であれば、それも致し方のないことだと考える。
 先ほどから敬語もあやしく噛み続けるジュリアを、トルタは優しく抱き寄せる。
「お、お供致しますこと、をを、こ、光栄にぞんじあげまし」
 胸に顔をうずめさせられたジュリアの声が更にうわずった。
「明日は早いわ。いらっしゃい。かわいがってあげる」
 トルタがジュリアを抱きしめる。
 子猫をあやすような声音で、その瞳には昏い色彩を浮かべて――


 南東の風、微風。
 穏やかな晴天は。ああ、この海域にあっては貴重なものだ。

「調子はどうかしら?」
 なにもかも最悪だ。
 絶望の青への航海に乗り出してから、胸はざわつき、心身に不調を感じることも多い。
 のみならず。高波に嵐、追いかけてくる竜巻まで、ありとあらゆる災厄に見舞われている。
 だがここまでの航海自体は、順調と言えば順調であったとも言える。
 狂王種(ブルータイラント)と呼ばれる巨大モンスターとの交戦もあったが、海洋王国の誇る無敵の戦列艦隊アルマデウスの砲撃はこれを二度までも退けることに成功している。被害はない。
 ともあれ、トルタは、うんざりした表情の一行に優しげな笑みを向けて胸を張る。
「今日は予定通り、この島の攻略をお願いするわ」
 肩で風を切り、数名の部下を伴い。この海域(絶望の青)にあっても王国きっての武闘派は、なるほど頼りになるものだ。

 時刻は朝。イレギュラーズが搭乗する最新鋭のガレオン船を組み込んだ戦列艦隊は入り江を封鎖するかのように展開していた。
 この依頼の目的は、このセントディンブラ島――歴史的には絶望の青を攻略する際の中継基地として機能していたという――の確保にあった。
 危険極まりないが、確保出来れば重要な拠点となるのは間違いない。
 この島ではなんといっても『新鮮な水』の補給が出来るらしいのだから。

「まあ待てや、お前さん等にちいっと伝えとくことがあんだ」
 出発の準備を整えるイレギュラーズの背から呼びかけたのは、美しい銀髪の美女であった。
 巫女装束を思わせる服に笠をかぶり、女性的なメリハリのある肢体、艶やかな褐色の肌を誇るように腰へ手をあてている。
 これはユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)――ならぬ、その姿を模したフィーネリア=メリルナートであった。
「俺ぁこの島にゃちいっと縁があってな。来たこたぁネェけどよ」
 フィーネリアは前回の大号令に出発した知人が帰ってこなかった事、消息はこの島が最後であったことを改めて告げる。
「あれから二十年以上だぜ。まさか生きてるわきゃネェが……やってやりたいことはあんだ」
 言わんとすることはもっともだ。友人だったのだろう。
「ま、俺も来たからには手伝ってやんよ」

 一行はフィーネリアとトルタ提督、それから数名の部下を伴い浜へと降り立った。
 眼前の森を抜ければ岩山、そこに大きな洞窟があり、安全を確保すれば基地として使用可能となるだろう。
 島はこの場に居る誰にとっても未踏の地である。
 かなり古い地図を写したものだが、地形は共有されている。
 後はどうにかする他ないのだ。

「ジュリア?」
「ひゃい!」
「それからあなたたちも、頼りにしているわ」
「は、はいいっ!」
 トルタの声に、部下の声がうわずる。
「もちろん皆さんも、主力ですものね」
 提督の穏やかな声音は、どうしてこうも胸をざわつかせるのだろう。
 このくすぶりは間違いなく、彼女の部下が抱くものとは絶対的に異なるはずだが。
 体調は、ひとまずのところ戦闘には影響がなかろう。
 疑念も不安も、ここですぐどうにか出来ることだとも思えない。
 ひとまずは仕事に集中するしかないのであろうが、はてさて。
 それにしても――ここはなんとひどい臭いがするのだろう。

「では参りましょう」
「親愛なる女王陛下のために」
「女王陛下のために」

 トルタが女王を呼ぶ時の『熱』だけは、本物なのだとも思えて――

GMコメント

 pipiです。
 いよいよ絶望の青ですね。
 基地を確保しましょう。

●目的
 島の安全確保。

 メタ的な視点となりますが、魔種や魔物との戦闘となります。
 もちろん情報は相談やプレイングに盛り込んで頂いて構いません。
 最低限、撃退して下さい。

●ロケーション
 時刻は朝。
 浜辺からスタートです。

 小さな森を抜けると、開けた場所と岩山があります。
 広い洞窟があり、そこに魔種が居ます。

●敵
『魔種』ドミニカ
 属性は嫉妬。
 痩せ細った老女のような姿です。
 元々はフィーネリア=メリルナートの知人でした。
 前回の海洋王国大号令に参加した冒険家だったそうです。

 めちゃんこ強いです。
 HPが極めて高く、他は高水準に平坦です。
 麻痺、呪縛、氷結のBSを保有しています。他、不明。

『プレーグライダー』×16
 恐ろしい形相の亡霊です。アンデッド。
 結構強いです。
 麻痺や猛毒を伴う神秘遠距離攻撃。
 APへのダメージを伴う至近攻撃を行います。
 このシナリオでは『治癒』属性を持つスキルでダメージを与えることも可能です。

『スケルトン』×??
 ぼろぼろのカットラスを持ったアンデッドです。
 強くはありませんが、戦闘が開始すると次々に生えてきます。
 このシナリオでは『治癒』属性を持つスキルでダメージを与えることも可能です。

 ドミニカを倒すか撃退すると生えてこなくなります。

●友軍
『アプサラス』トルタ・デ・アセイテ
 めちゃんこ強いには強い筈です。
 何とは言いませんが、めっちゃ怪しいです。

『トルタの部下』×3
 ジュリア他2名。
 カットラスとピストルで武装しています。
 そこそこ強いです。

『フィーネリア=メリルナート』
 たぶん強いです。
 ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)さんの関係者。

●同行NPC
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 両面型前衛アタッカー。
 Aスキルは格闘、飛翔斬、ディスピリオド、剣魔双撃、ジャミング、物質透過を活性化。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

●指名
 このシナリオでは以下の三名が指名されています。
・ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
 フィーネリアからの指名です。

・夢見 ルル家(p3p000016)、秋宮・史之(p3p002233)
 トルタ提督からの指名です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <Despair Blue>セントディンブラの星Lv:18以上完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年02月14日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
津久見・弥恵(p3p005208)
薔薇の舞踏
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
彼岸会 空観(p3p007169)
カンベエ(p3p007540)
大号令に続きし者

サポートNPC一覧(1人)

アルテナ・フォルテ(p3n000007)
冒険者

リプレイ


 昨日の嵐が嘘のように、静かな朝だった。
 気温はこれまた冗談のように温かい。とはいえ油断は禁物ではあろうが――
 ともあれ優しく輝く冬の太陽は、この南洋『絶望の青』においても、その恵みを精一杯注いでいた。

「ったくよ、腰が痛えったらねえや。っこらしょ!」
 巫女装束を思わせる服に笠をかぶる妙齢の美女『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)にそっくりな姿をしたフィーネリアである。本来の姿は枯れ枝のようなのだが――
「お、大婆様……ときにどうして、そのお姿なのでしょうー」
「ああん? この方がいいに決まってんだろうが」
 フィーネリアが張りのある豊かな胸元を揺らす。
「あ、あのー……!」
「まぁ、これからお前さんがどうすりゃいいか、見せてやろうってんだ。ありがたくおもえや」
「はいー……」
 ユゥリアリアの声音に微かな非難が含まれているのは、恐らく当人のみ知る所ではあろうが。ともあれフィーネリアは意にも介さず呵々と笑ったのみである。
 何か追い込まれている気がする。まさか五女である自身を。そんなまさか。家を去った己を。
 さておき。イレギュラーズ一行はこの依頼においてフィーネリア=メリルナート、それからトルタ・デ・アセイテ提督とその部下を伴っている。
 現在はちょうど新造のガレオンから手こぎのボートへ伝い、砂浜へと向かっている所であった。
「HAHAHA、いいトレーニングだな」
 オールの漕ぎ手を買って出た『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)の甲斐もあり、スムーズな滑り出しである。

 大洋の中の島は、さながら砂漠におけるオアシスのようなものだ。
 一行が降り立つセントディンブラ島は、かつての大号令では中継基地だったと伝えられていた。
「ここから先を目指すのであれば拠点は必須でしょうから」
 浜辺に降り立ち腰に手をあてた『嫣然の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)のしなやかなプロポーションは目を惹くが、その視線は真剣そのものである。
「ええ、少なくとも水源は確保すべきで御座いましょう」
 弥恵に『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が同意する。
 イレギュラーズは意気込みもあらたに、きしむ砂を踏みしめる。
 寄せては返す波の音は、やけに穏やかに感じられた。

「此所ではあの臭いはしないのですね」
 述べた彼岸会 無量(p3p007169)の言葉通り、イレギュラーズはあの臭いと些かの縁があった。
「不思議ね。さっきはひどい目眩がしたけれど」
 答えた『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が首を傾げる。
 この海域へこぎ出してから、一行は不自然な体調不良に見舞われていた。
「無理はなさらないことです、何かあればフォルテさんの分まで私が斬ります故……其れが斬れるものであるならば」
「それ。ほんとに、そうなりそう」
 アルテナが笑う。
 件の臭いもまた、体調の異変と結びついていると考えられており――イレギュラーズは警戒心を抱いている訳ではあるのだが。このとき、後にアルバニア・シンドロームと呼ばれる呪いである事は、まだ知られていない。

 さて。航海中に感じた臭いは、果たして何処から漂っていたのか。
「今は感じられないとしても、気を抜かないに越したことはありませんからね」
 応じた幻もまた、あの臭いについては格別の注意を払っていた。
「縁が続くならば、再び相まみえるのでしょうね」
 あれは『そういうもの』だと。無量は錫杖――遠目にはそう思える長大な直刀――を砂へと突き立てる。
 腐臭、あるいは死臭。そうであるならば修羅の道を歩む無量にとっては嗅ぎ慣れているとさえ想えるが、だからこそ違いも明確に理解出来る。
 あれは。あれに限っては、ただ事ではないのだから。

「この島も。放棄した理由はなんだったのでしょうかー……」
「さあてね、知ってるヤツは誰も帰って来やしなかったからよ」
「ぞっとするお話ですねー……ひょっとして、大婆様もその辺りに思う所が?」
「ま、それもあるけどよ」
 応じたフィーネリアからユゥリアリアはそっと距離をとる。
 大婆様に昔シゴかれたのは未だトラウマのようなものなのだ。
 そうした一方でユゥリアリアはフィーネリアが『若い姿』で居ることに不審を感じてもいる。
 ひとまず注意だけしておこうとも思うが、それより何より――

「やれ、何とも厄い状況だな」
 何事も起きなければ良いがと、『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は溜息一つ。
 視界の端にはかのトルタ提督を捕らえたままに。
「提督、この秋宮史之、身を挺してお守りします。
 貴方は女王の懐刀、傷一つ付けず陛下へお返しするのは忠節を誓う者として当然の義務。ね、マム?」
「ええ、もちろんよ。『大号令の体現者』秋宮史之。共に崇高なる義務を果たしましょう」
 それすら女王を模倣でもしているかのように、トルタは『女王忠節』秋宮・史之(p3p002233)、それから『求婚実績(ヴェルス)』夢見 ルル家(p3p000016)へ微笑んだ。
「トルタちゃんのお船に乗りたいって言ったの覚えててくれたのですね!」
「ええ、彼を指名したのは実績と、陛下への忠節――実績はあなたも同様だけれど、それもあるわ」
「指名まで頂いて拙者嬉しいです! 大好きです!」
「そう? 私もよ?」
「かわいいわ、あなた」
 トルタはルル家の頬へ手を添えようと一歩近づき。
「お褒めにあずかって、拙者嬉しいです。ね! 秋宮殿!」
「ええ、マム。光栄です」
 ルル家は話題を逸らした。

 以前、大号令の祭りで話した限り、トルタは『あくまで女王の為』に大号令に参加しているという素振りを見せていた。
 当人自体は乗り気ではない様子も垣間見えたのだが、現状の心の奥底は読み切れない。
 トルタの立場を考えれば少なくとも女王のために手柄を立てるのはやぶさかでないとは思えるのだが。
「かのクラーク家の援助も頼もしい限りですもの、私もとんだ果報者ですわ!」
「くくっ、任せておくが良いのじゃ。妾がお主等の安全を保障しよう!」
 ふいに話を振られた『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)は胸を張る。
 定位置はもちろん宙を揺蕩う大壺蛸天(トレードマーク)の上だ。
「けれど……そう、私達を守るだなんて考えなくて良いわ、イレギュラーズ」
「俺達の判断を信頼してください。部下の方々もです。
 俺達には俺達のやり方がある。そこは尊重していただきたい。
 おわかりいただけますね、マム?」
「ええ、ええ。勿論ですわ。
 あなた達の丘での振る舞いに、このトルタは信を置いておりますもの」
 トルタが振り返る。
「よいこと?」
「イエス、マイ・ロード!」
「イエス、ユア・エクセレンシィ」
「ひゃい! マム!」
 部下達は――さっそく噛んだジュリアはともかく――背を張って敬礼した。

 任務を共にこなす以上は仲良くしたいのも人情であろう。
 歩みを進める中、会話でもなければ間が持たない。
「仲良しなんですね……!」
 弥恵が見る限り、部下達とトルタは一定の上下関係を保っているものの、かなり親しげに見える。
 だから思い切って問うてみたのだ。
「ええ、閣下には良くしてもらっておりますの」
「提督をお慕いしておりますから」
「ひゃいっ! え、ええあう。そんな、おそれおおい……!?」
「そのかみ癖、どうにかなさい?」
「も、もうしわけございません!」
「時と場所次第ではあるのだけれど、ふふ」
「あら、うらやましいこと」
「妬いちゃうじゃない」
 先程まで押し黙っていたが、いざ話しかけてみればずいぶんざっくばらんにも感じられる。
 弥恵が話しかけてから、トルタ達は堰を切ったように話し始め、一行と他愛もない言葉をかわした。
「妾も知っておる」
「お近づきになれて光栄ですわ、デイジー様」
 名はそれぞれアイリーン、シャロン、ジュリアと言うらしい。三者の姓はかのクラーク家には及ばぬものの、ある程度の名家を出自としていた。

 いずれも想像していたよりも気さくなようで。
 なにもかもが無事に済めば、踊りを披露出来たらなどとも想える程に。
「もちろんあなたも魅力的よ、弥恵……? 好みだわ。食べちゃいたいくらい」
「え、えええ…!」
 慌てた弥恵にアイリーンは耳元へ小声で告げる。
「提督はとってもやさしくて、お上手よ」
 なにが!

 なんだか毒気が抜けるような様子ではあるが、『名乗りの』カンベエ(p3p007540)は眉根を寄せる。
 部下達の様子は以前見た際といくらか異なっているように感じられたからだ。
 単にプライベートな限りであれば、センシティブな問題に踏み込むつもりはない。
 だがカンベエ達イレギュラーズは、そうした部分とは無関係にトルタへ思う所があったのだ、
 そんなトルタ達へ露骨に鋭い視線を向けているのはフィーネリアだった。
「あの、大婆様……!」
「あん?」
 ユゥリアリアは以前の依頼、第三次グレイス・ヌレ海戦の戦場でのトルタの行動に不信感を持っている。
 とはいえ現状は敵意を向けるつもりはない。
 そうした中で身内がこの応対では何だかバツが悪い気もしなくはないが、大婆様もまた間違いなく何かを感じ取っていると思えた。

「女王陛下のために……ってか。HAHAHA、ガラじゃねえな」
 豪快に笑った貴道は国家だ忠誠だのには縁が無い。
 無論仕事は貫徹するが、あくまで個人主義を貫く男だ。
 とは言え個人主義だからこそ見えるものもある。トルタに纏わる黒い噂や怪しげな態度に対して、貴道は大いに警戒心を抱いていた。
 少なくとも貴道等が考える限り、これまでのトルタの行動は通常考え得る軍略の定石を逸している。
 結果としてそれらが成功であったなら、手放しに天才とでも褒め称えれば良かろうものだが――トルタが帯びる英雄的な下馬評とはかけ離れた為体が続いていた。何か恣意的なものを感じさせずにはいられない。
 イレギュラーズ一行は認識を同じくしていた。
「話を弾ませるのもまた肝要でしょう。注意も逸れましょうから」
「安心しろ、私が目は光らせる。何事もなければ良いがな」
 そうは問屋も卸すまい。貴道と目配せをかわしたのは汰磨羈とカンベエ、それから史之である。
 カンベエとて名高い提督と轡を並べるのは光栄ではあるのだが――
「アルテナさん、トルタをジャミングの範囲内へ入れておいてくれる?」
「うん、任せて」
 史之はあくまで友好的な姿勢を崩さず、しかし警戒を怠らない。
 トルタ提督を怪しんでいるのは皆が皆一様に同じだったのである。


 一行は砂浜を足早に発ち、遠く遠方に聳える山と周辺に広がる森林地帯へと踏み込んだ。
 島そのものは風光明媚と云っても差し支えない見栄えではある。
 だがたびたび見かけるのは岩場の影に転がる朽ちた木片であった。
 幻が見た限り、明らかに人の手による加工が為された形跡がある。
 それは遙か以前の海洋王国大号令――失敗の歴史を物語っているかのようであった。

「こちらが道――だったと呼ぶ方が適切でごぜえましょうが」
 カンベエが示す所は、確かにかつての面影を残している。
「One after the other(つぎからつぎへと)。キリがねえが、HAHAHA。だがよワイルドには慣れっこだ」
 貴道は立ち塞がる蔦を一息に引きちぎる。
 道なき道とは良く云うが、少なくとも二十余年を過ぎた道は原野に等しい。
「諸行無常――でありましょうね」
 そこには終わった歴史がある。
 朽ちたブリキのカップを眺め、無量は人の世の儚さは常だと、ぽつり。嗚呼、もう――全て閉じている。

「先程から気になっているのですが――」
 辺りを注意深く観察していた幻が、意を決したように切り出す。
 いずれ島を橋頭堡とするのであればと、飲料水や食物になり得るものを調査していた幻であったが、実際の観察から気付いた事がいくらか存在した。
 まずひとつ。あまりに『動物』が少ないのだ。
 鳥や蜥蜴程度、さもなくば虫程度であれば――それらが飲食物に足るかは別として――この道中で見かけても良いではないか。
 もしや、あの『臭い』と関係があるのか。あれほどの奇怪なれば無理もない。
 あるいは生態系の支配者であろう狂王種と関連があるのか。これは然もありなん。
 それとも別の要因が隠れているのか。いずれも定かではないが、気になる点ではあった。
 次にもうひとつ。地形には所々えぐれた後がある。狂王種との交戦跡か、それとも――
 幻の言葉に一行は慄然を共有し、思わず顔を見合わせる事となった。

「アセイテ様、フィーネリア様」
「あら、どうしたの?」
「あん?」
「アセイテ様にはご報告したいこと、それからお二方にはお伺いしたい事が御座います」
 まずは先程から調べていた事に関して。
 木に豊富な飲料水が含まれたものがあること。岩場では岩塩が産出されること等である。
 食料はどうにか魚を確保する手もなくはない。後は植物由来のビタミンが補給出来るのであれば――
 先程の動物についてを覗けば、豊かな島だとは思える。
 先人が使用に足ると判断したのも自然な発想からであろう。
「いいわ、あなた。とっても……その美しさも」
「お褒めにあずかり光栄に御座います」
 トルタの言葉をさらりとかわした幻が次に尋ねたのは、以前の大号令についてである。
 特に気になるのは――言葉は選ぶが――『死に方』だ。そも恋人の身に何かただならぬ異変が起っていることは明白で、とてつもなく嫌な予感を感じずにはいられない。
 犠牲者に共通点はあったのか。あるとすれば何だったのか。
「私は幼い子供でしたから。どうでしょう、メリルナート様?」
 トルタが笑う。
「教えてやりたいのは山々なんだがよ。わからねえから俺が来たってのもあらあな」
 つっけんどんな答えが返ったが、フィーネリアであれば信は置くことが出来る。
 フィーネリアの――少なくとも表向きの目的は――知人の埋葬である。
 それからこの島で家業であるサルベージの必要性と実現方法を判断することも含んでいると述べた。
 ならば裏はどうか――恐らくトルタに対する強い警戒だ。

 臭いと云えば。これは一行の予想通りではあろう、やはり大気は澱んできた。
「こぼした牛乳を拭いた雑巾のようなひどい臭いなのじゃ」
 デイジーが可愛らしい鼻をつまむ。
 森林地帯へ足を踏み入れた一行に早速襲いかかってきたのは、あの耐えがたい臭気であったのである。
「あまり吸わないようにしましょう」
 幻の忠告に、一同は頷く。
 生存本能の警笛は否応なしに実感出来るのだから、致し方もあるまい。

 パルティシオン=エグゾセ――魔力で編んだ翅で上空から警戒していたユゥリアリアが舞い降りた。
「なにか近づいているみたいですねー」
 嫌な気配がすることを告げる。
 一行は得物に手をかけ、五感をフルに働かせながら索敵を行っていたルル家と、音と嗅覚を頼りとしていた高道が視線を合わせ頷きあった。
「来るようです……っ!」
「HAHAHA! 腕が鳴るぜ!」
 現れたのは、髑髏のような顔にぼろ布を纏った二体の亡者であった。
 いずれも下半身は瘴気に覆われ中空を舞っている。
「臭いのじゃ!」
 デイジーが手を払う仕草をする。
 あの亡霊が臭気の源とも想えるが、果たして。
 先陣を切ったのはカンベエである。
 大号令が出てから、己が目の届かぬ場所で敵の手により仲間を失う事態を幾度も経験した。
 鉄帝、魔種――そこに己が身内が加わったとしたら!
「わしがお相手しよう!」
 失意も絶望も――己が居るならば撥ね除けてみせようと。

 カンベエに襲いかかる亡者へ。
 無量は錫杖の先で打つように――否、既に抜刀している。
 刀光一閃の冴えは亡者の身を寸断し、絶叫が辺りに響き渡る。
「おや、終わりませんか」
 無量が唇を三日月のようにつり上げる。
「ですが。そうこなくては」
 ――面白くもない。

 突如一行の足元が膨れ、数体の白骨死体、その腕が現れた。
 土砂を散らして立ち上がる様子は、怖気を誘うが。
 足を掴もうとする骨手を、貴道は華麗な足捌きでかわし、立ち上がった白骨のジョーに強烈なフックを見舞う。白骨死体は頭蓋骨をぐるぐると回転させ、もんどり打って倒れる。
「HAHAHA! ミーにはちょっと、噛み応えがないな!」

 次から次に現れるアンデッドに、一同はやや辟易としながらも交戦を開始した。
「さっさと終わらせましょうか!」
 宇宙警察忍者ピストルを構えたルル家が、虹色に輝く苦無光線を乱射する。
「ヒュー! さすがトルタちゃんです!」
 フィーネリアやトルタもまた鮮やかな手並みで敵を打ち倒し。
「行ける、かな……!?」
 史之が放つ癒やしの術式は傷ついた仲間の傷をたちどころに塞ぎ――死者達が甲高い絶叫をあげる。
 聖なる光に灼かれた亡者はぐずぐずと崩れ、一握りの灰に変わる。

 イレギュラーズ一行の猛攻に、緒戦は僅か三十秒余りで終焉を告げたのだった。


 砂浜に降りたって一時間ほどが経過した頃だろうか。
 突如視界が開け、洞窟の入り口が姿を現した。

「やれやれ、ようやくか」
 腕を組んだ汰磨羈が片目を開き、ルル家が腰の『死沼へ誘う鬼火』を呼び覚ます。
「この臭いには辟易とするのじゃ」
 デイジーが首を振る。
「道を整備すれば浜から十五分といった所で御座いましょう」
 幻の言葉に仲間達が頷く。
「ずいぶん広いですね」
 カンテラを掲げた弥恵が呟いた。
 洞窟に踏み入ってから、瘴気はますます色濃く感じる。
「ワシには目に見えるような気さえします」
「これはこれは……」
 物陰の気配を伺う無量が警戒を促した。何かの気配を感じる。おそらく大層強力な敵。
「響いてきやがる。ぞろぞろと奥に集まってるな」
「ええ、そのようです」
 貴道に無量が答え。

「大婆様はくれぐれも安全に憂慮を」
「俺を誰だと思っていやがる」
 ユゥリアリアは亡者の掃討への協力を頼んだ。
 鼻を鳴らしたフィーネリアは、しかしユゥリアリアの言葉に従う様子で後ろに下がる。

 ――フィーネリアかよ。

「おいドミニカ。さっさと出てきやがれ、こいつらが引導くれてやるからよ!」
 さらっとイレギュラーズへ振ったフィーネリアの顔には不思議な笑みが浮かんでいた。
 覚悟は出来ているのだろう。

 洞窟の奥から姿を表したのは、痩せ細った老婆であった。
「ずいぶんな口の利き方じゃねえか」
 纏う瘴気は不死者でなく――魔種(デモニア)か。
 ドミニカは風化した布きれを纏っているが、元はおそらく海洋王国の軍装であろう。
「未練たらたらじゃねえか」
「ハッ!」

 イレギュラーズが陣を整えるとほぼ同時に、無数の光がうねり雨のように降り注ぐ。

「俺は秋宮史之!」
 一挙に湧き出た不死者の群れに、史之が声を張り上げる。
「この海を『希望の青』へ塗り替えに来た! 止められるものなら止めてみせろ!」

 ――おおおオオオオ……ッ!

 怨嗟の声を鳴らし、不死者の数体が史之へと殺到を始める。
「あれを減らしましょう」
 ルル家の声は緊迫に満ちて。
 一行は即座に、まずは飛び回る亡者の数を減らすことが先決だと判断した。

「はてさて」
 駆け抜ける黒猫に影を伝わせ、汰磨羈は二振りを抜き放った。
「全てこの海に置き忘れたやもしれぬわしが得た、皆との繋がりを安々と奪わせはしない!」
 カンベエが叫ぶ。
「皆で戻りましょう!」
 こちらへも、更に数体。
「背中は守る。存分にかましてこい!」
 汰磨羈の檄が飛ぶ。
 双刀は亡者の一体へ十字を描き――

「マム、アルテナさんの傍を離れないように」
「うんうん」
 灯りを片手に史之が振り返り、アルテナが頷く。
「ええ、もちろんだけれど……」
「マム、どうしました?」
「いいえ、いいえ。なんでもないわ。鬼が出るか蛇が出るか、ふふ。楽しみね」
 ぞっとする声音に、デイジーが眉をしかめた。
「わかってはいるのよ、けれど安心しなさい。今はまだ――」

「マム、それは」
「ええ、ええ。話は後よ、大号令の体現者。私はあなた達の味方のつもりよ」
 史之が言葉を飲む。
「私達は不死者の相手をしましょう。デモニアの討伐は専門家に任せなければ、ね」
 ならば。
「よろしくお願いします。マム」
「ふふ、もちろんですとも……!」

 今はまだ――絶望を知るには早すぎるでしょう?

「皆で無事に帰りましょうね、イレギュラーズ」
 槍を構えたトルタが微笑む。食えんヤツじゃと、デイジーはその言葉を飲み込んだ。
 警戒していることは互いに知れているのだろう。
 だがデモニアを前にして態度を崩さない理由が分からない。
 この依頼中は味方で居るつもりであるならば、ある種の儲けものではあるのだが。
 ともかく、やらねばならないことが先決だ。

 夜を照らす月の如く――
 弥恵のしなやかな肢体が闇を舞う。
 死者さえも見惚れる程のえっ、演舞が目を浚う。天爛乙女の急の段・月華繚乱。
「あなた」
「なんですか」
「いいえ、いいえ。続けなさい」
「拙者もそう思います」
 ルル家が光線銃の乱射を重ね、トルタの槍が亡者を吹き飛ばす。

「これが臭いの源――少なくともその一つとお見受けしますが」
 涼やかな声音で。軽やかに夢眩を振った幻の美しい肢体を光の蝶が舞い飾る。
 幻想の明滅が亡者を包み、聞こえる声は俄に怨嗟とは違った色彩を帯びた。
「はて……不死者も夢を見るので御座いましょうか」
 ならばせめて。永久の眠りと共に、見果てぬ青を目指す夢の中へ招待しようと――杖が閃く。
「奇術『夢幻泡影』ふたえからの『花蝶風月』
 どうか安らかにお休み下さいますよう、謹んでお願い申し上げる次第に御座います」
 刹那の神業にプレーグライダーの一体が光の中へ雲散霧消した。

「目も当てられぬ穢れぶり。これは、徹底的な掃除が必要なようだな?」
「お願いしますぜ!」
 カンベエに頷き、駆ける汰磨羈の刃が閃く。

 身体に漲る五浹――生・溜・練・流・発!

 瞬時に励起した霊力が炎翼を描き、厄狩闘流『旺霊圏』が一つ五浹煉鴻。
 爆音と共に亡者へ肉薄した汰磨羈が刃を十字に構え――厄狩闘流『太極律道』が一つ。
 放たれた斬撃は空間そのものを抉り、亡者もろとも骨共を一息に寸断した。
「まだ動くか」
 なればもう一太刀。炎翼の爆風で身を翻し、汰磨羈の刃が早くも二体目を斬り捨てる。
「汚臭の原因には消えて頂きましょう」
 汰磨羈が吐き捨て、幻が応じる。このままでは鼻が曲がるというものだ。
 こうしてイレギュラーズの先制攻撃が始まった。

「貴道、無量、良いな!」
「HAHAHA! 行くぜ!」
「それでは参りましょうか」
「ユーの相手はミー達だ、抜けると思うなよファッキンババア!」
 貴道は襲い来る弾丸のような氷粒をかわしながらドミニカに肉薄し、ジャブの連打が炸裂する。
「ちょろちょろと、何のつもりだ、テメェら」
 腕に顔面に、無数の拳を浴びながらドミニカが吐き捨てる。
 ジャブは避けきれるものではないが、魔種は揺るがない。
「邪魔ですねえ――幾ばくか」
 無量は僅かに腰を落として残る数体の亡者をねめつけ、踏み込む。鋭い音が洞窟中に響く。
 高下駄の歯が地を抉り――刹那。ドミニカの身体が壁へ叩き付けられ。抜き放たれた太刀、朱呑童子切の柄がしゃらりと鳴った。
「こちらほうが良いでしょう?」
 三日月の笑みを貼り付け、無量が駆ける。
「このドミニカみくびんなよ」
「しませんよ、そんな事――」
 放たれた神の呪い。蝕む悠久のアナセマにドミニカの顔が僅かに歪む。
「これは嫌じゃろうなあ!」
 デイジーはどこまでも勝ち気に。
「テメエ等全員くびり殺してやる」

 瘴気が膨れ、地響きが鼓膜を揺らす。
 再び放たれた無数の氷柱に、イレギュラーズの身が穿たれる。
「そんなもんかよ! まあ、20年も穴蔵に篭ってた負け犬じゃあミーの相手としちゃ不足かもな!」
 血を吐き捨て、尚も果敢に。貴道の挑発にドミニカが吠えた。


「このカンベエの行路を塞げると思うなよ!」
 爪をはじき、拳をいなし、時に呪いを浴びて尚。
 無数の打撃を受け続けているカンベエが声を張り上げる。
 自身がこうして身を張らねば、既に数名が倒れていてもおかしくはない戦場だ。
 なればこそ、気力も漲ると云うもの。ここで倒れるつもりも退くつもりも、毛頭ありはしない。
「カンベエさん!」
「かたじけない!」
 カンベエの背を狙う亡者を、アルテナが斬り捨てる。
 幾ばくかの時が流れ、イレギュラーズの猛攻は続いていた。

 弥恵とデイジーによる状態異常の拡散は徐々に対象を広げ、敵陣を蝕んでいる。
 それは汰磨羈と幻の殲滅力向上にも大いに貢献し、敵の比率は徐々にスケルトン側へと変化しつつある。そのスケルトンは沸いては消えるといった状況だ。
 敵の多くは依然として史之とカンベエによって引き付けられており、天使の歌はまた魔種と交戦する三名の癒やしのみならず、亡者と交戦する仲間達の細かな手傷を癒やす他、打撃も与えるという破竹の活躍を見せていた。
 トルタ一行とフィーネリアの戦いぶりは予想よりも堅実だった。トルタがどこまで本気で事態と向き合っているのかは知れたものではないが、少なくともイレギュラーズと連携して一体一体を着実に狙っている。
 とは言えユゥリアリアはもっぱら魔種からの強烈な打撃を癒やすことに力を割いている。殲滅力の増強も可能であるが、現状はとても回復から手を抜ける状態ではない。ないのだが――
「ちっと見ねえ間に、出来るようになってるじゃねえか」
「はいー?」
「ぼさっとしてんじゃねえぞ」
 フィーネリアの罵声と共に、背中に鋭い痛みを感じる。ユゥリアリアは一瞬だけ、ほんのほんのちょっとだけ『何しやがんだこのババア』とか思ったが、はたかれた背中から流れ込んでくる暖かな魔力は、ユゥリアリアに強い活力を漲らせた。
「大婆様……これー」
「とっととやんぞ!」
「はいー」

「魔種に身を堕とそうとも待っていたのですか? 此処に至る誰かを」
 無量が踏み込む。銀の軌跡がドミニカの薄い胸を駆け抜け、鈴のような音と共に瘴気が吹き出した。
「何が言いたい」
 いかに魔種であろうと、絶望の青という環境は過酷であろう筈。
 であるならば、生きてさえいればいつか来る『次の大号令』で、この島の水を求めに来る者と相まみえることが出来る。だから――
「雨風を凌げる洞窟に居た。違いますか?
 動機は、赦せなかったから。とか――」
 ドミニカの唇が戦慄く。
 図星か。
 尤も――とびすさる無量は無数の氷柱を幾ばくかかわし、その身に赤を滴らせ。もう一度踏み込む。
 三眼の死線を手繰るように一閃。一刀両断の【絶】。
 絶叫と共に瘴気をまき散らすドミニカに更に斬り付け、無量が瞳を細める。
「私は唯貴女を斬りたい、それだけです」
 無量にとってその予測が当たるかは、些末な問題なのだから。
 その刃に一点の曇りもあろう筈がなく。
「この島に囚われたその魂、彼岸へ渡してさしあげましょう」
 其れが老婆に手向ける彼岸花であるのだと。

「頃合いじゃ!」
 デイジーの声に一同が視線を交わす。
「私を斬らねば他は斬らせませんよ」
「テンメェ!」
 無量の斬撃に瘴気を吐きながらドミニカが吠える。
「おっと、お留守はいけねえな!」
 貴道は二発のジャブを打ち、即座にアッパーカットをたたき込む。
 顎を打たれたドミニカは錐揉みするように跳ね飛んだ。

「それではご覧にいれましょう」
 幻のステッキが翻り、幻惑のステージへと誘う。それはさながら最後の門出を約束するように。
「災厄は全て排除する。それが、私の存在意義だ!」
 炎翼が放つ衝撃に身を預け――交差する一瞬だけ視線が重なり――駆け抜ける汰磨羈の刃がドミニカを縦横に斬り刻んだ。
「どーんと一発あげますよ! かわいい拙者の超新星大爆発!」
 刹那の閃光――遅れて地響きが轟き。遥かなる爆発。
 ルル家の連撃が魔種を穿ち――戦局は大きく動き始めた。

「おい婆さん。アンタの昔馴染み、今からぶっ殺すぜ?」
「あん?」
「なんかあるんなら今やっときな」
 フィーネリアはドミニカに、何か用があるという話だった。
「いや、いいぜ。拝みたかったのはコイツがおっ死んだ後のツラなんでよ」
「オーケイ!」
 貴道は笑わなかった。
 ただ右ストレートが唸りを上げて突き刺さる。

 ドミニカがゆっくりと崩れ落ちる。汚泥のような瘴気を零して。
「おい……フィーネリア……」
「どうしたよ、しおらしいじゃねえか」
「テメエの孫かなんかと……そのダチ……公ってトコだよな」
「だったらどうしたよ」
「最後にツラ、拝ませろや」
「好きにしろ」
 フィーネリアは背を向け、目元を覆うように傘を下げる。

「この魔境を、絶望を――」

 ――――テメェらが越えてみせやがれ。

 ドミニカの呼吸が止まった。
「上等だぜ、ドミニカ。そんだけ言えりゃあ上等だ」
 傘を目深にかぶったまま、フィーネリアはまぶたを閉じてやった。


「ここで朽ち果てるはさぞやご無念であったでしょう。
 これが手向けとなるやはわかりませぬが、絶望の青は拙者達が踏破します。安心してお眠りなさいませ」
 ぽつりとルル家が呟き。
「果たせなかった思い。せめてわしが青の先へ連れて行きます」
 カンベエが祈る。

 厳粛な空気を破ったのはフィーネリアであった。
「俺の用はおしまいだぜ。で。おい、後はどうするよ。やんのか、やんねえのか。提督さんよ」
 トルタを睨む。
「お、大婆様……!?」
 ユゥリアリアの表情が強張る。
「あなた達は無事にリッツバーグへ送り届けますとも。それが私の目的でもあるのですから」
 だがトルタは涼しい顔で受け流した。
「おい、ユゥリアリア」
「はいー!? なんでしょうー?」
「これまで何のためにイロハを仕込んでやったと思っていやがる」
「といいますとー」
「目ぇかっぴろげて、テメェの敵のツラおがんどけや」
 顎でトルタを示す。
「ふふ、いやですわ」

「この異臭、先日妾の仲間にかけられた呪いと同じ臭いがするのじゃ。この死臭は一体何なのかの」
 デイジーの問い。
「すぐに知る事になるでしょう。きっともう、余り時間は残されておりませんものね」

 私にも、あなたたちにも――

「些か思わせぶりに過ぎるのでは」
 これを斬れるならばそれも結構。なれば無量は問うべきだから。
「今はこれが丁度良いのよ、ねえ『大号令の体現者』」
「マム。これ以上のご説明は、きっと頂けないのでしょうね」
 問うた史之の表情は硬い。
「そうね、残念だけれど。
 きっとあなたはこれから、その可能性を賭けて戦う事になるのでしょうね」

 史之に注がれたトルタの視線は――今や底知れぬ憎悪を湛えて。
 部下達は一言も発しない。いつしかその目はどこか虚ろにも感じられる。
 結局、一行は押し黙ったまま、新鮮な水を補充して船へと戻った。
 やけに美しい夕日が甲板を彩っている。

 ――愛しい女王陛下。
   たとえそれが一縷の望みだとしても。
   言葉遊びにも等しい、児戯であったとしても。
   可能性と呼ぶのも烏滸がましい理論想定上の数値に過ぎないとしても。
   そんなものを。そんなものであれ。
   ゼロである私が。ゼロでない彼を。
   彼等を、決して赦せる筈がないのですから。

 夕刻からフィーネリアは一人、誰とも言葉をかわすことなく船室に閉じこもったままだ。
 無理もないと誰もが思った。

 あの臭いはだいぶ薄らいだとも感じられる。
 それでも未だ鼻の奥にこびりついたままであるような気もして。

 一行は報告書をしたためながら、セントディンブラ島を発つ。
 それまで随伴していたトルタの艦隊は、ちょうど絶望の青を脱した所で引き返していった。
 結局リッツバーグの軍港ライオ・デ・ソルに戻った船は、イレギュラーズを載せたガレオン一隻だけであったのだ。

成否

成功

MVP

カンベエ(p3p007540)
大号令に続きし者

状態異常

郷田 貴道(p3p000401)[重傷]
竜拳
彼岸会 空観(p3p007169)[重傷]
カンベエ(p3p007540)[重傷]
大号令に続きし者

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 本シナリオではユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108) さんの関係者であるフィーネリア=メリルナートに死兆判定が発生しています。
 その命運はPCの戦いの結果に依存することになります。

 MVPは見事に身を張った方へ。

 それではまた、皆さんのご参加を願って。pipiでした。

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