シナリオ詳細
The dead of justice
オープニング
●正義の死者
――嘆きの谷、という地がある。
それは古くに伝承として伝わる『冥府への川』が存在していたのではと考えられる地。
今は水の痕跡も無く只の伝説とも見られているが……さて。
「真偽はともあれ。かつてその伝説から、ここは罪人の打ち捨て場であったのだ」
男の声が響く。天義の、現在の天義としての形が成立するより以前の話。
罪人に墓は不要と。その思想から現世に形として何かを残す事を許さず、川に直接捨てよと。
――古い思想だ。しかしかつてはそれが『普通』であって。
「清める事もせずただ積み重なった死肉と怨念。
更には昔メフィ=ラハルト大司教の反乱による騎士団を割った、内部粛清戦争の決戦地。
合わせた犠牲者の数などもはや数え切るまい」
「う、が、ぁ……はッ」
「今なお出現する亡霊の数々。諸君らはそれを定期的に抑えているそうだな、勤勉な事だ」
男の視線の先にいるは――腹部を槍に貫かれた聖騎士だ。
後ろ手を縛られ、地に突き刺さっている槍に串刺しにされている状態。
死んではいない。が、もはや風前の灯だ。出血夥しく、ただ死ぬのに時間がかかっているだけの状態。周りにも似たような状態にされている騎士達が数名いるが……駄目だ。そちらの方はもう、力尽きている。
「き、貴様……魔種だな……なんのつもりで、ここを……!」
唯一生き残っている隊長格の人物が魔種を睨みつけて。
しかしそれ以上の事は出来ない。足の健を斬られ、時間が経つたびに沈んでいく身体。
動けず治癒できず縄は解けず。真綿で首を絞められる様に――力が抜けていき。
「――アストリア枢機卿の言葉を聞いていないのか?」
瞬間。意識が途絶える前に聞こえてきた名前は。
「な、に……?」
「世を騒がせる月光人形達は『神の御声』を届ける者達。聖なる証。天に認められし『正しき死者』だ。故に現世の者達は――彼らを受け入れる準備をしなければならない」
そんな馬鹿な。そんな理屈が、通る筈がない。
「通るも何も真実だ。君達が行方不明になったこの地は今後『天義聖銃士隊』の管理下に置かれる」
天義聖銃士隊。セイクリッド・マスケティア。
中央に籍を置くアストリア枢機卿の直属兵。
月光人形を是とする彼女がここを管理する――?
「意味を理解する必要はない」
駄目だ。暗闇が広がる。声も出せない。歯すら震えず、首が垂れ下がって。
「どうせ――お前の名前も――」
耳に入る言葉が途切れ途切れに。
そして糸が切れる様に――全ては途絶えた。
●七つの
「『ロストレインの不正義』――なんだってさ。ハハハハハ」
笑う。橙色の眼鏡を身に着けた、些か肌が緑と言うべきか青と言うべきか――とにかく、そういう色に肌が寄っている男が居た。彼は旅人。この世の外より訪れしウォーカーにして――名を、ロストレイ・クルードルと言う。
「いやハハハ。流石にねぇ笑っちゃたよ。名前を聞いた時もしかして? もしかして? なんて思いはしたんだけどさ――『不正義』! 聖女が! ジャンヌが断罪される側になるだなんて! こんな! ハハハハハ、アハハハハハ!!」
「それで?」
何が可笑しいのか。心の底から笑い続けるロストレイを諫めるのは、老婆だ。
老婆は杖を突きながら椅子に腰かけている。本題に入れと急かす様に目元を細めて。
「私が『頼んだ事』は――調べてもらえましたか?」
「ああ、ウンウン。勿論さ――まぁ『ロストレインの不正義』を調べてたら勝手に耳に入ってきてた情報もあったんだけどね。確かに言う通り、嘆きの谷を巡回していた聖騎士達が行方不明になったのは確かなようだ」
かの地は元より。亡霊や魔物の類の遭遇が絶えない地だったそうなのだが……だからこそその地は常に巡回を担当している聖騎士達がいた。魔物達を逐次討伐し、強力な個体が出れば中央へ報告し増援を待つ――そういうシステムが組まれていた、のだが。
「その行方不明者達を探す、という名目で派遣されてきたのはアストリア枢機卿配下」
天義聖銃士隊という特別な者達だ。
彼らは一般の聖騎士達よりも強い力を持つ者で構成された精鋭達であり、アストリア枢機卿に忠誠を誓う者達だという。だが、彼らは訪れるなり『嘆きの谷』を封鎖し――誰も内部へ入れようとしないのだとか。
「ハッキリ言って、彼らは行方不明になった聖騎士達を探す事もなくただ只管に現場の封鎖を行っている様だよ。ま、聖騎士の身内には『調査中』で押し通しているみたいだけど……だが臭いねぇ。臭いねぇ。加齢臭がプンプン臭ってくるよ」
「……ふむ。アストリア枢機卿の容姿が確認できるようなモノは?」
「勿論用意したさ。『君』ならばそれだけで侵入できるだろう……だが」
何故だ?
「何故こんな事をするんだい? あの中を調べて、何の得がある?」
今、中央は中央でゴタ付いているという。聖騎士が幾人か行方不明になった……それが些事とは言わないが、構っている暇がないのが現状だろう。もしかすれば嘆きの谷の不審な出来事など耳に届いてすらいないのかもしれないが。
「さて。理由ですか」
老婆は言う。ロストレイのその言葉に、体を前のめりにしながら。
「理由は一つ。そこで行われている事ですが……間違いなく『悪』の思惑が渦巻いているでしょう」
瞬間。その身が変質していく。
「悪が一方的に増長するのはとても好ましい事ではない。悪が栄えるなどあってはならないのです。彼らは尊い善の為に適度に存在するべきであり、また、逆に善もそうであるべきだ。このまま放置すれば、そのバランスが崩れかねない」
痩せこけていた肌はうら若き乙女の様に。
みすぼらしい服装は色や大きさも全てが変わって。美しくも気高き、天義の司祭服へと。
その姿は――まるで――
「善悪のバランスを保ちつつ、全力で殺し合わせる」
枢機卿アストリア。
否、勿論本人ではない。声色が似ていてもそれは別人。
これはあくまで『彼』のギフトによるもの。『彼』の本当の名は――
「それが結局一番なのじゃよ」
名は、唆啓真人。
ある組織に属する一人の災厄は――己が矜持の為に動き出した。
●嘆きの谷
「おお、ローレットの方々ですか。初めまして。私は唆啓真人と申します」
冗談の様な光景だった。
先の戦いでその姿を見た事がある者もいるかもしれないが、そこにいたのは――枢機卿アストリア。
「ではありませんよ。これは、まぁ……変装とだけ言っておきましょうか。
実際に口調が違えば『別人』だと悟って頂けると思うのですがね」
肩をすくめる少女――いや、男性、と言うべきなのだろうか。
確かにその立ち振る舞いは『枢機卿』ではない。しかし見た目にはかの枢機卿にしか見えず……今はあえて全く違う動作をしているだけなのだろうが。『そう』振舞われた時は見間違う事もやむを得ず。
「……なんのつもりだ? 依頼人が違うようだが……」
イレギュラーズの一人が口を開く。貴方達はローレットに舞い込んだ依頼からここに来た。『行方不明になった聖騎士達の安否を調べて欲しい』と。しかしそこに記載されていた名前は――聖騎士の身内の者だった筈だが。
「あぁそれは適当に使わせていただきました。何。本名を書いたら警戒して来て頂けなかったかもしれませんからね。しかし私が依頼人である事に間違いはありませんよ。オーダーは一つ。私と共にこの奥に進みましょう」
「何のために」
「魔種の悪をこれ以上進ませぬ為に」
笑みを見せる唆啓真人。
どうも彼の言い分だとこの先に魔種がいるらしい。嘆きの谷。その中に一応、死体を整理するために作られた『共同墓地』と言うのが洞窟の様に存在し。天義聖銃士隊がそこを中心に封鎖しているのだとか。
しかし己のギフト。姿を変える事が出来るこの能力を用いれば天義聖銃士隊は突破できる。彼らはあくまで枢機卿アストリアの部下なのだから。
「私を信用しないというなら結構。別のルートで侵入してください。
ただし……警戒はかなりのものです。私と共に進まぬのなら、厳しいですよ?」
「……一ついいか。何故俺達を呼んだ?」
そこまで情報を握っているなら。
「一人で行けばいいだろうに」
「一人では予想外の事態があった際に対処出来ない可能性がありますからね」
それになにより。
「私には一つの信義があります」
――悪にはそれなりの善を。
「貴方達はかの地の『悪』に対抗できる『善』だ」
だから呼んだのだと。唆啓真人は笑みを強めた。
その笑みを――果たして信用していいのか否か――しかしいずれにせよ向かわねばなるまい。
魔種が何かを、企んでいるのなら。
- The dead of justice完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年06月21日 21時35分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「――やれやれ、とてもスナイパーのやる仕事ではないですよこれは」
足音。『未来偏差』アベル(p3p003719)の見る先にあるのは、地下墓地への入り口だ。
視界は狭かろう。本来ならもう少し開けた場所で己が能力の全開を果たしたい所だが。
「ま、どんな場所のどんな依頼だろうと役割は全うしますがね?」
「ああ。全く、状況は複雑面倒極まるが……
ここで突き止めねぇと後々倍増所じゃねぇぐらい――面倒臭ぇ事になるだろうからな」
それこそ文字通り『死ぬほど』と。紡ぐは『凡愚』銀城 黒羽(p3p000505)である。
月光人形の発生から始まって先の騒乱に繋がり……一旦はとりあえず収束したものの、これは嵐の前の静けさと彼は理解している。故に不穏を嗅ぎつけたこの機会を逃さず――成果をこの手に掴む。
その為ならば『奴』の利用すらしてやろうと視線を向ければ。
「建前を論じる気はありません。率直に申し上げて貴方は監視させて頂きますが、宜しいですね?」
「うむ存分にするが良い。
どうせ妾を始末しようなどとすれば、脱出時の手段が失われるのじゃからのう」
そこにいたのは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)と――アストリア枢機卿の姿に変じている唆啓真人だ。
唆啓のギフト……彼は詳細を語らぬが、とにかく自らの姿を変える事の出来るギフトを持っているらしい。その精度はかなりのモノ。先も嘆きの谷へ近付いた時に銃士――つまり、本物のアストリアの配下たるセイクリッド・マスケティアに一度は止められたが結局。最後まで見破られる事は無かった。
唐突な上司の来訪は驚かれた。下手な受け答えをしようモノなら訝しまれていたかもしれないが――それでも数度の会話、数度の杖打ちで本人と思われたようで。
「相も変わらずの手腕だな」
と、そんな彼へと言葉を紡ぐのは。
「その言動に雰囲気。紛れもなく貴様か――唆啓」
「むっ? おおなんじゃ汰磨羈ではないか。これは実に久しい……おっと口が過ぎましたかね」
『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)である。銃士の警備網を抜けてもなお、戯れからかアストリアの言動を続ける唆啓を――己の眼光が射抜く。
……殺すぞ。
口にも行動にも出さないがその目は雄弁に語っていた。なにせ目の前の彼は汰磨羈にとっての怨敵。こういう状況でもなければ即殺せんと思っていた所で。
「わ、わ。とりあえず今はまだ先に墓地の方を、ね」
「中はどうなっているか分からないんだよね……うん、あちこちマッピングしていくね」
内で膨らむ汰磨羈の殺気。暴発はしないだろうが、宥めるのは『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)だ。今はとにかく墓地の調査を優先すべき、と。だから『平原の穴掘り人』ニーニア・リーカー(p3p002058)は己がギフトの備えをする。
マッピング――その名の通りの能力。一度でも来た事があるのなら、歩いた事があるのならば頭の中に地図を作製出来る。帰る時にせよ、万一『もう一度』来ることがあるにせよ益になればこそ、と。
故に足を踏み入れる。前を、後ろを警戒しながら。その最も前方に位置しているのは。
「……ったく、墓地に魔種に指名手配犯のアンラックセブン、か」
『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)だ。嫌な予感が止まらないと、嘆きの谷に入った時から彼は思っていた。心の奥底で渦巻くは取れぬ不安――いやこれは焦燥、と言うべきだろうか。何か急がなければならない気がする。
「強敵のヨカンだね。もしかすると、それだけじゃないかもしれないけど……
ま、欲を言えばもうちょっと分かりやすくハデに暴れられる状況が望ましかったなぁ」
「……そういう状況に至る可能性も、ゼロではないと思うけれどもね」
『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の言に『斜陽』ルチア・アフラニア(p3p006865)が言葉を重ねる。そうイグナートの言う通り――魔種がいる、だから倒してきてくれ、と言う依頼ならどれだけ良かった事か。
しかし今回のメインとしては調査だ。過程において魔種と対峙し、暴れる必要が出てくる可能性もあるかもしれないが……さてそれはこれから奥に潜んでいるモノ次第かとルチアは思考する。
魔種は何をしようとしているのか。聖騎士達を強引に『排除』してまで――
「……いや、それはまだ決めつけだよな」
『幸運と勇気』プラック・クラケーン(p3p006804)は頭を振る。
行方不明の聖騎士。出現したとされる魔種。まず間違いなく聖騎士達はその魔種に『排除』されたのだろう……となれば、行方不明に至った彼らの安否など決まっている。と、どうしても思ってしまうが。
「……俺達が諦めてちゃ助けられねぇよな! うし、頑張って行きましょう!」
自らの頬を叩いて、前進する。
聖騎士達には帰りを待つ家族がいるのだ。最悪の結果など思い浮かべている場合ではない。
行こう、この奥へ。嘆きの谷の――墓地の中へ。
●
イレギュラーズ達は警戒と共に陣を組む。
正確には役割毎に配置を取った、と言うべきか。前方側をアラン、アレクシアが。逆に殿側として黒羽とプラックが警戒をし。他のメンバーが唆啓を含んで中程に位置する。警戒しているのか、彼に背中を見せる者は少ない。
魔種がいるのは確定として、では他に敵がいるかいないかは全くの未知。故に神経を研ぎ澄ます。誰も彼もが足音一つにすら気を配って。
「――今の所、怪しい影は確認できないわね」
言うはルチアだ。蝙蝠の姿を模した己がファミリアーを飛ばし、視覚を共有して観察しているが――しかし怪しい影、つまり敵性存在に当たる様な者は確認できない。月光人形、魔物・魔種……
いない。何もいないのだ。いや強いて言うなら同じような蝙蝠ぐらいは居たが。
「そういうのは敵とは言わないし、ね」
「俺の探知にも何も引っかからないな……気絶してたりしたら当然、反応しないだろうけどよ……」
頭上を飛んでいく蝙蝠を見据えながら、プラックは自身の人助けセンサーに一切の反応がない事を確認する。気絶なり感情を発せる状態になければ反応しないモノではあるが……さて。
「俺の方にもまだ無いな。逆に言うと、向こうがこっちに気付いてないって事でもあるが」
同時に人助けセンサーとはある意味真逆の――エネミーサーチで敵の存在を探るのは黒羽だ。こちらに敵対心を持つ者を探知するその技能。反応が無い、と言う事はまだ向こうはイレギュラーズ達の侵入に気付いてはいないのだろう。恐らく、ではあるが。
「物理的な目視も同じですねぇ。良しと見るべきでしょうか」
そして感情などの探知だけではなく、アベルは目視にて直に周囲を警戒していた。
いや耳も、か。ハイセンスにて強化された感覚に加え、暗所でも問題なき暗視を活用すれば遠くの位置まで見えるモノだ。些細な物音も、些細な動きも情報収集。いつどこから敵が来ても問題ないようにとすれば。
「――次、右の道の方が奥に続いているみたい。そっちに行ってみよう」
「ちょっと待って。もうちょっと……うん、別ルートの方も今『視た』よ。行こうか」
アレクシアとニーニアだ。音の鳴り響きから周囲の地形を耳で把握するエコロケーションをアレクシアは活用し、奥に続いている道の構造を察知。皆の進行方向の誘導を行って。
ニーニアは先のルチア同様にファミリアーを用いてマッピングを行っている。自身らがまだ訪れていない道。行き止まりであろうとそれも情報だ。『視れ』ば『往け』ば頭の中に地図を作製出来る故、彼女はこの地の構造を脳に刻み込む。
ともあれ第一層はこれぐらいだろうか。万全の警戒で踏み込んだが。
「拍子抜け――デきればいいんだけどね」
「ああ……確かに特に障害もなく進める分には助かるしな。と言っても……」
あまりにも簡単に奥に進める事にイグナートとアランは訝しむ。
彼らは探索そのものよりも警戒に重点を置いていた。探索・探知に優れているメンバーは多く、故に戦闘としての技能が多い彼らはいざと言う時即座に動けるように努めていたのだ。しかし今の所その必要性はない。
通らなければならない道にすら何もいないのだ。楽に進めるに助かるのは確かだが。
「ま、不安だけ感じてても仕方ねぇ、か」
アランは言う。拭えぬ感覚は未だある、が。拘っていても仕方がない。
進むのだ――いざとなれば総てを薙ぎ払おう。己はその為に来たのだから。
洞窟内の灯りとなっている石を収奪せんと試みてみる。手元に灯りがあるかないかは多少違おうと。流石に戦闘時に成れば捨てざるを得ないが、それまでは。
「唆啓。今の内に一つ確認をしておきたいが貴様の目的は『どこまで』だ?」
そして進みながら汰磨羈は横にいる唆啓へと言葉を紡ぐ。
頭部にはギフトの黒猫を乗せて、後方や死角側を補わんとしながら。
「貴様が看過出来ず、自ら動く程のモノ……バランスを崩す程のナニカが此処にあると。
ではそれは、魔種の討滅を含むのか?」
「さて。それに至るかはこの目で見てこそ。その為に此処に来たのですから」
「至るのならば手伝えよ、唆啓。本気で均衡を維持するならば必要だろう」
言っても無意味かもしれないが、と汰磨羈は思考する。
奴の。唆啓真人の内にあるのは『プライド』ではなく絶対の『価値観』だ。善悪の競合。衝突と淘汰。それこそが彼の目的であり、価値観に沿うならば結んだ約束など即座に反故する。長年の知古すら手を掛ける程に――大望以外の一切合切は奴にとってどうでもいい。
本来ならばこいつは殺すべきだ。言葉など交わすべきではない。しかし、ここは己らがいた『かつての世』ではない。かつての因縁を優先し、此方に悪影響を与えるは本意ではない故に――
「ええ勿論。私も貴女と同じ特異運命座標なれば、魔種に対しては全力の協力をお約束しましょう」
笑顔で返答する、その唆啓の表情に――汰磨羈は己が感情を呑み下した。
胸やけしそうだ。意図して毒を飲んだ様な、そんな気分だ。
「……二層へ降りてきましたが、さて。大分空気が淀んできましたね」
暗視の効果を持つ眼鏡の位置を、中指で調整する寛治。見るは二層の棺の数々。
ここにも今の所敵と言うべき存在はいなさそうだ。ならばとまず触れてみるは、棺。
蓋を動かしたような跡は無いか? 埃の散り方に違和感は覚えず、しかしそれだけでは終わらない。周囲の苔や地の様子も見る。剥がれた後は無いか。誤魔化している跡は無いか。看破の力を用いて、観察を重ねれば――
「ふむ。数点見てみましたが、特に異常はないようです。隠蔽作業が行われた様な形跡もないですね」
「棺自体への細工は無い、と。しかしそうなると……魔種は最深部にだけ用事があった、と」
寛治の言に推察を重ねるはアベルだ。
寛治の調査に間違いはあるまい。ルチアも同様に棺に透視を行い、中の様子を伺っているが特に不審な様子は無いようで……ならば魔種は何をしているのだろうか。棺を無視し、最深部第三層にて――
「ええ。最深部で何らかの儀式的行為が行われていると見るのが自然でしょう。
勿論、絶対の確証があっての事ではありませんが……」
「聖騎士は――その生贄かなにかにされている?」
恐らくは。と寛治はルチアの問いへ。聞き及んでいる限りここは土地柄、死者や霊の多い地だ。反魂か、あるいは死者の操作を主とする儀式に及んでいるのではないか――と推理する。
「……うーん、苔達からはなにか、こう……奥に進んでる存在は確認できるんだけど……」
アレクシアだ。自然会話で苔から情報を取得せんとする。
流石に暗所であるし、苔は小さな存在。かなり難しかったが、幻想種の心得も加えて意識を集中すれば断片的なナニカを感じ取った。何かを引きずる何かの存在――それは更なる奥へと。
痕跡も探る。重量物が擦れた跡がないか、血痕が無いか。
進む。進む。進む。
己らの足音に注意を払い。周囲で物音がしないか感覚を研ぎ澄ませ。
敵はいないか。聖騎士はいないか。何かないか――
静寂。
呼吸音の方が目立ちそうな集中。詰まる息。降りる通路。降っていく。降っていく。周囲にあるは棺の山々。乱雑に詰め込まれ、中が開いているのもある。見えるは遺骨。骨の山々。彼らが目指すは――
地獄の底。
●
血の臭いがした。
「これは――」
真っ先に気付いたのはアベルだ。ハイセンスの感覚で気付いた、血と死臭。
嘆きの谷地下墓地第三層――最深部。その最下層に、串刺しにされている者の姿を見た。
近寄らずとも分かる。あれに息は無い……死している。
「ッ、マジかよ。思って無かった訳じゃねえが……」
実際に目にしてみるとやるせないモノだと、プラックは苦虫を噛み潰す。
恐らくだが死してからそれなりの時が経っている。どれだけ急いでも彼らを救う事は出来なかっただろう……想定はしていた。とはいえ、だからと何も思わない訳ではなく。
「貴様ら――どうやってここに来た」
と、その時だ。第三層の中心部、巨大な棺に腰掛けている黒衣の者が居た。
間違いない、魔種だ。
「上は『連中』が固めていた筈だが……強引に突破したにしても早いな?」
「気になるか? キツい言葉浴びせて、ついでに杖で打ちのめしたら喜んで通してくれたぜ」
嘘は言っていない、とばかりに黒羽は言葉を述べる。同時、巡らせるは視線だ。奴以外に敵が潜んではいないか――エネミーサーチの敵意に引っかかっているのは、一つだけ。目の前の魔種だろう。
依頼の一つである聖騎士達の安否は確認した。命尽きているのは残念だが……やむを得ない。
後は魔種。奴が何をしているのか、だ。
わざわざ聖騎士達を排除して――そのままここに籠っている『理由』はなんだ。
「枢機卿の協力者か。答えろ、此処で何をしていた?」
場合によっては強制的にでも口を割らせる、と汰磨羈は唆啓への警戒を解かずに魔種へ紡いで。
「……枢機卿の協力者? ハッハッハッハッハ……むしろそれは逆と言うヤツだ」
さすれば魔種が立つ。
「あの枢機卿こそが、我が主への協力者。全てはあの御方が中心であり天よ――勘違いするな」
魔力の収束。即時放出。イレギュラーズの足元を穿つ――超速の魔力弾。
着弾と同時に地が爆ぜた。陣形が乱れんとする如きの強力な一撃。
だが、ここに集ったイレギュラーズ達もこの程度に臆する面々ではない。
「さあ、俺の方を見てもらいましょうか? 他なんかに目を向けないで」
アベルが往く。爆ぜた勢いから跳んで、構える銃口。
挑発めいた一撃が魔種を襲う――が、銃弾が奴の手に弾かれた。
「お、っとぉ?」
「貴様、中々に侮りがたき者の様だな」
硬い――いや対応が速い、と言うべきか。
アベルの命中精度は相当なモノである。彼に匹敵する者など早々いまい。その一撃にある程度対応出来るなら。
「ナルホド。相当強いんだろうね――タギるよ」
ここにいる魔種は強い、と言う事の証左だ。
アベルに続くはイグナートである。跳躍、接近。呼吸一拍で距離を詰めて、放つは掌底。
速度の一閃を魔種へ叩き込む――が、前のめりに突っ込み過ぎる訳にはいかない。
「今回は、ゲキハが主じゃないからね……!」
あくまで調査が主眼である事を彼は理解している。戦闘は必要なら行うし、この魔種を倒せるモノなら勿論撃破を狙ってもいいが――それは結果としての話だ。スタイルとしては戦闘を今回は最小限に。
「つっても……及び腰で戦う訳じゃねぇけどなッ!」
「援護します――ご存分に」
次いでプラックと寛治が魔種へと往く。彼らに突き放たれるは複数の高密度魔力弾。
当たれば軽症とはいくまい――されどプラックは恐れない。己が手脚に纏わせるは、水だ。魔術を用いた流水と共にプラックは地を這う様に駆ける。己が頭上を死が舞いながら。頬を掠めながらも心に一切の怯え無し。
寛治の射撃の支援を受けながら往くのだ。
『Manners Maketh Man』――『礼節が人を作る』と意味を称したM.M.M.
距離を選ばぬ一撃が魔種を襲う中。
「ぉ、らあッ!!」
間髪入れずにプラックが足を跳ね上げた。
強烈なる蹴りとして命中する――恐らく腹部に。
「ぬッ……攻撃を重ねた程度で私の芯に届くとでも」
「おい、まさかこれで終わりだとでも思ってんのか?」
襲う。声の主はアランだ。魔種を相手に侮るつもりなど一切ない。
故に最初の一撃から全力だ。踏み込み、抉る地。その流れを跳躍へと変換し――
一歩で到達。二歩目は要らず。放つ突きは彼の最高速。
黒衣を抉って。
「小童ァ!」
されど瞬時、反撃の魔力弾が近き者全てに振るわれる。
機関銃の如く。近くに来るな煩わしいぞ、と払う様な動作から雨あられ。
「大丈夫――備えてあるから安心して!」
「無理はしないで。あくまで調査こそが優先なんだから」
故にアレクシアとルチアが癒しの術を紡ぎ上げるのだ。
後方より行われるソレは彼らの傷を素早く癒して。
「さぁ行くよ――お手紙お届け!」
「さて散々範囲攻撃の類を持ってるようだが……俺はそれだけじゃ倒れねぇぞ?」
更にニーニアと黒羽だ。ニーニアの手から飛ばされるは、紙飛行機状の手紙。だが無論それはただの手紙ではない。罠設置の応用から毒ガスを仕込んだモノだ。届けば巻き込む害の意志。
炸裂する、その一瞬で接近する黒羽は魔種をブロック。
そのまま注意を己に惹かんと立ち回る――あるいは先の様に近接を一掃する魔力弾を放つものなら庇う形で立ち回り、己が強みを見せんとするのだ。彼は立ち続ける事に特化した才を持つ。問答無用で地に叩き伏せる技能が無い限り、倒れない。
「暗器は持っているよな、唆啓。働き時だぞ」
鋭い視線を投げる汰磨羈。闘気は火焔へと変じ、彼女の身を包む。
これよりは戦闘が激化しよう。流石に先程の様に監視にだけ力を費やす訳にもいかず、どうしても監視の目は緩んでしまう。しかし棒立ちなど許すまじ――と意志を向ければ。
「ええ無論。お約束通り我が力をお見せしましょう」
唆啓は微笑みながら武器を掲げる。空で結ぶは、印だ。
一秒に満たぬ高速で紡ぎ上げたソレはこの世でいう所の魔力を伴い。
「――地伏天・天之四霊句芒之陣」
魔種の足元に放たれ、炸裂する――それは仙術だ。句芒。つまり『青龍』を模した一撃が地より魔種を襲う。轟音。巨大な口を開いて激しい勢いと共に――魔種を飲み込んで。
「小賢しいわッ!!」
次の瞬間、魔種の特大の魔力弾が唆啓の一撃を迎え撃った。
仙術と魔弾のぶつかり合い。その結果は衝撃波だ。
力と力は破裂するように周辺を飛び散って、第三層全域を揺らす。魔種は後方へ跳躍。着地と同時に、アランが背後より己が剣を構えて既に横薙いでいた。憎悪の刃、ヘイトレッド・トランプル。
防御。衝突。イグナートとプラックが拳で追撃。魔種は天へ跳躍し、魔力弾を彼らに一斉射撃。その横っ面にアベルが再び射撃を一閃。次はガード出来ませんでしたね、とばかりに挑発めいて。
「っ、これは――」
その時だ。気付いたのは、寛治か。
エネミースキャンで常に魔種を捉え続け情報収集に当たっていた彼が察知したのは、魔力の『渦』だ。何時の間にか、この第三層を妙な魔力が満たし始めている。奴を、魔種を中心に。
魔種が特別に『何か』を始めたような様子は無かった。只の戦闘行動だけだ。では、これはなんだ? 途中で何かを始めた、と言う訳でなければ。もしかすると初めから――
魔種は、時間稼ぎを。
「――時は来た」
その時。激しい戦闘行動が行われていた筈の場に、静寂が蘇った。
何かが来る。アランは感覚の正体がすぐそこまで迫っている事を察知し、ニーニアは見た。周辺で貫かれて死んでいる聖騎士達から流れている血が――独りでに。
「蠢いて、いる……?」
やはり推察通りだ。これは『儀式』だったのだ。
嘆きの谷。歴史上、数多くの死者が発生した地。そんな所でする儀式とは。
「さぁ――今こそが時だ。
汝らこそが正ィィィィィ義の死者なり! さぁ動け! 蠢け! 地を満たせ!!
未来永劫に刻むがいい、この国の新たな正義を!!」
振動が発生する。地震かとも間違う揺れが墓地に――いや嘆きの谷に発生している。
今までは出来なかった。天義が万全であるのならば、例えやってもすぐに『これ』は鎮圧された。しかし数多の混乱が。数多の根回しが。数多の内乱の種がある――今ならば。
「ぉぉおおおおおベアトリーチェ様! 御身に捧げます、この国の死を!」
出来るのだ。この国を満たすことが。死で満たすことが!
さぁ『起き上がれ』諸君! 今ぞこの国は生死が全て反転する。生者の血を啜り、あの方の元へ集え!
正しき死者よ、永遠なれ!
●『The dead of justice』
鏡が割れた様な音がした。大きな大きな鏡の割れた音が。
「ッ、今のは!?」
思わず耳を塞いだルチア。何が起こったのか――しかしそれはすぐに分かる事になる。
特に早かったのは黒羽か。彼の発動しているエネミーサーチ。繰り返すが、これは敵対心を持つ者の存在を察知する技能だ。当然これは敵である魔種に対して反応していたのだ、が。
「おいおいマジかよ……!」
増えている。
一、二、三、四、六、八――
急速にだ。どこだ、場所はどこだ? 敵はどこにいる?
「音がしてますね、あの棺の中からです」
アベルのハイセンスの耳が捉えた。第三層中心部にある巨大棺の中で――何かが動いている音がする。あそこには様々な遺骨が投げられているだけの筈で、人間などいない筈だが。
「やはりそうですか。月光人形はそれなりに戦闘能力を持つ個体がいるものの、統一感や統率は皆無であり、数も少なく、とても『兵隊』になる様な方々ではありませんでした」
或いは製造コストがあまりにもかかるからか、と寛治は推測する。
いずれにせよやはり当たっていたのだ。この地でやる事は『兵隊』作り『反魂』儀式!
「安価なアンデッドの――大量セイゾウって事か!」
イグナートが野生の勘で察知したと同時、棺の蓋が『跳ねた』
中から強烈な勢いで開けられたのだ。内から這いずり出て来るは大量のアンデッド。
月光人形ではない。生前の思考や行動パターンを持たない、ただの魔物。
十、二十、四十、九十。黒羽の探知が埋め尽くされていく。ここはまずい!
「――アベルさん! 魔種の胸元、狙えますか!」
瞬間。寛治のエネミーサーチの目が感じ取ったのは、魔種の変化だ。
魔種の胸元、黒衣の下に何らかの反応を感じた。恐らく儀式により起動したアーティファクトか何かだろう。先程までは一切特に何の反応もなかったのだが、今は明確に起動している。魔力が流れ込み、同時に周辺の死者へと放出されていて。
あれを破壊できれば――恐らくこの死者達を止められる!
「やってみましょうッ」
アベルの判断は早い。狙撃手としての技量と経験、そして執念から放たれる一撃は超精度。
疾走する弾丸は最短距離を最高速で突き進む――が。
「お前のにだけは当たる訳にはいかん」
横から跳び出した骸骨の死者が銃弾を代わりに受けた。奴の操作か。
相当にアベルを警戒している様だ。しかし同時に奴が胸元を明らかに守ったという事は――狙われると非常に困るモノであるという事の証左でもある。強引にでも狙いたい所だ、が。
「チッ――ここまでだな。十人ではどうしようもない。手伝え、唆啓! 撤退はお手の物だろう!」
絶対的な数の違いに、汰磨羈は叫ぶ。唆啓、逃げ足の速い男。忌々しいがその手腕は自分がよく知っている。だからと、今だけは互いの為にその力を振るえと視線を寄こせ――ば。
「……!」
見た。唆啓が魔種のアーティファクトらしき物の存在に視線を注いでいるのを。
笑っていた。新しい玩具を見つけた子供の様に純粋な笑みで。
それが実に、おぞましかった。
「やはり――やはりそうでしたか。私の思い通り『そういう物』があるのですね」
見ている。見ている。興味深そうにアンデッドを蘇る様を見ている。
その時、汰磨羈は思い至ったのだ。なぜ唆啓はイレギュラーズ達を呼び寄せたのか? なぜ唆啓は自らここへとやってきたのか? アストリア枢機卿の姿をして検問突破は随分と侵入を容易にした。が、だからといってアレは必須だったか?
イレギュラーズ達を送り込んで善悪競合させるだけならば唆啓は必要ないのだ。銃士との戦闘も悪との戦闘。彼にしてみればやらせればいい。なのに同行した。どうしても自分の目で確かめたい事があった、その真意は。
「――知りたかったのか。反魂の儀式か道具を。悪の生み出し方を」
自分の思い通りに動く駒の作り方を知れたなら。
自分の大望の大きな助けになるから。
「ええ。反魂儀式の情報を入手できれば、善と悪の衝突を更に加速させることが出来ますからね。人の時間は無限ではないのです。こうしている間にも善は隣人を愛し、家族を愛し、平穏な時を甘受する『だけ』の時間を続けている方がいる……悪もまた同様に、自らが確実に勝てる弱者を嬲る『だけ』の輩が……」
善よ戦え。悪よ日々増長せよ。必要ならば私が一石投じよう。
「ああご安心ください。貴方達がここで死んでも、非常に無為で。その、率直に申し上げて困りますからね。撤退の支援は私も全力で協力させて頂きますよ」
本当に、心の底から悪意もなく、彼は。
謝辞を述べた。
「後は無事に脱出すれば依頼達成ですね――ご苦労様でした『白瑩』」
「――唆啓ィイッ!!」
やはり殺す。こいつは殺す。生かせばまた死ぬ。どこかの誰かが!
目の奥が憤怒の色で焦げ付く。だが駄目だ。今は駄目だ。
争っている暇など一刻もない――死者がこの世に溢れ始めている。
「来るよ皆! 頭の中に通ってきた道の地図はある――」
ニーニアは息を呑む。入ってきた通路から振り向いた、第三層。
そこには棺から、本当に破裂せんとする如くの数の死者がいて。
「――撤退しよう!」
言ったと同時。死者が波の如く這いずり出た。
追う。追う。追う――生者に川を渡らせる為に。死者が川を渡ってこっちに来る。
振り向いてはならない。地獄の道で後ろを振り向けば、引きずり込まれるぞ。
「第二層だ! 次はどっちだったか――とぉ!?」
上層へ到着したアラン。と、その目の前から死者が襲い掛かってきた。
寸でで攻撃を躱し、返しの刃を叩き込む。彼の膂力故もあるが容易く死者の身は砕けて、しかし。
「う~ん……ヒツギが凄く動いている気がするね。気のせいかな」
「う~ん……気のせいじゃない気が全力でするな……!」
イグナートとプラックが見る先。第二層に散りばめられた棺を――中から激しく叩く音がする。
効果範囲が段々と広がっているのか。第三層から第二層へ、そして第一層へ――
「まったく、碌でもないことになったものね……?」
思わずため息をつきそうになるルチアだが、足を止める訳にはいかない。
棺をぶち破る音が連鎖する前に――この階層を駆け抜けねばならないのだから!
「みんなで無事に帰るんだ――絶対にだよ!!」
第三層からは波の如く。第二層は周囲で死者が起動して。
それでもアレクシアは一切の怯みなく、皆と共に生還する思いを胸にする。白黄の花。彼女の癒しの術たる、困難にも倒れる事無き願いを込めた一筋を傷深き仲間へと振舞って。
「ええっと――ニーニアさんマッピングどっちだっけ! 手薄な方が分かれば……」
「第二層の場合、次の道を――右でも左でも! あ、いや、左の方が棺が少ないかと!」
「お待ちを。左の方に配置してた俺のギフトが消えました――多分、右の方がマシです」
アレクシアの言はマッピングをしていたニーニアへ。記憶を、脳に刻んだ地図を展開しながら道のナビをするが、それを一度アベルが静止。自分と瓜二つの分身を造り出すそのギフトが消失した感覚を察知したのだ。恐らく左は危険と判断して。
皆の力を借りてとにもかくにも突き進む。前方に現れたのは強引にでもぶち破る。
また、唆啓もだ。狭くなったからか仙術は使わず、手元の暗器で首を飛ばす。
素早く素早くどこまでも――
「こんな時になんですが、一点宜しいですか?」
そしてそんな横で、寛治が長傘で死者を突きながら唆啓へと言葉を紡ぐ。
「――ザムエル・リッチモンド氏に、よろしくお伝え下さい」
「お知合いですか? ええ構いませんよ。彼と会う事があれば」
それは私的な言だ。寛治の知り合い……いや宿敵に宛てたモノ。
唆啓と繋がりがあるのは知っている――だから伝えてもらおう。首を洗って待ってろと。
「後ろの方は無事か!? 魔種とか着いてきてねぇか!?」
「魔種は――こっちには見えねぇ! 多分だけど、第三層に残ったままだ! こっちは任せろ!」
眼前の敵を瞬殺する事に全力を掛けるアランは後方に意識を割く余裕がない。
故に懸念事項を声だけで。後方に対処するプラックが状況を確認しているが――魔種の姿は見えない。追撃の必要はないと感じたか。死者を増やせればそれでよしと。
追撃してくる死者の群れ。大層な量だ、しかし。
「おいおい通しはしねぇよ――通行止めだ」
通す訳にはいかない。言う黒羽と共に、飛び越えようとしてくる輩を抑えながら。
「そっちも無茶はしないでね……! 特に大変な方なんだから……!」
「ハッ、大丈夫さ! 知ってっか? 死ぬ覚悟より生き抜く覚悟のが何万倍も強ェんだぜ!!」
ニーニアから癒しの術を付けとりながら、プラックの拳が死者の顎を砕く。
あともう少し。第二層を突破して第一層まで戻れば外は目前だ。それに、第一層は下の回想を比べれば清められた死体も多く。
「多分、なんだけど死者転生の法則が効かないか、効き辛いと思うんだけどね」
「そう願うばかりだな――見ろ、第一層に辿り着くぞ!!」
アレクシアの言に汰磨羈が指をさす。
到着、さすればここには死者が少ない。突破は容易だ。道も単純。
地獄の底から現世へと。光射す、外へと――
「――ちょっとマった!!」
瞬間、外に出る丁度そのタイミングでイグナートが外へと蹴りを放つ。
同時に何かが砕ける感触。吹き飛ばされるは――そう。
死者だ。
外に出るなりイレギュラーズ達が確認した光景は――あちらこちらの地中から這いずり出て来ている死者死者死者。その数は幾つだ。百は超えている。二百か、三百か――?
「な、なんだこいつらは!?」
「げ、迎撃しろ! 中に入った猊下を! 猊下の安否の確認も!」
「駄目だ撤退しろ一旦退け!! 飲み込まれ、う、うわああああ!!」
近くで必死に銃声が鳴り響く音が聞こえる。それも複数の方向から。
銃士達だろう。まだ上手い事死者の制御が取れていないか、元から切り捨てられる予定だったか……ともあれ嘆きの谷を封鎖していた彼らに死者が襲い掛かっている様だ。激しい混乱の声が上がっている。
これならば今更銃士が止めに掛かって来る事はあるまい。死者も攻撃対象が散漫になっている様だ。追撃の手は緩もう。今の内に安全圏へと走り抜ければ――
「ちょっと待って――唆啓真人は、どこに行ったの?」
瞬間。ルチアは唆啓の姿が消えている事に気付いた。
途中までは一緒だった。しかし、そんなまさか、どこで消えた? 墓地内に複数の通路はあったが最終的な出入り口は一つだけだった。単独ではぐれれば流石にあの死者の数に飲み込まれてしまう筈で……
「――まさか、死者に化けたか?」
入ってきた時の様に自身の姿を自在に変えられるのなら――死者の姿に変わるのも、可能か? いや、しかし生者としての気配までは幾ら奴でも……
「……まぁ今は構っている余裕がねぇ。とにかく脱出を優先しよう」
「賛成だね。何を考えているのか分からない人だし……これからの脱出に懸念が一つ、減ったと考えよう」
アランとニーニアの言う通りだ。時間を掛けていればまた死者がやってこよう。
とにかく今回の件を早急にローレットへ、そして天義へと伝えねばならない。
嘆きの谷は――制圧せねば危険な場所になったのだと。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
茶零四です。
死者は河を渡ってこちら側へ。
されど皆様の調査によりそれには『道しるべ』がある事が判明しました。
魔種の持つ『道しるべ』がなくなれば彼らは再び来れなくなるでしょう。
尤も、その道しるべを欲しがる者がいるようですが――
ご参加誠にありがとうございました。
GMコメント
■依頼達成条件
全員の生還。
『嘆きの谷』共同墓地第三層まで侵入し、行方不明の聖騎士達の生死を確認する。
その後、可能であれば何が行われているのかを確認する事。
■戦場:『嘆きの谷』共同地下墓地
嘆きの谷の一角をくり抜いて造られた、地下墓地です。
中々に広い空間であり、地下三層構成になっています。
不思議な、光る石があちこちに存在し内部は照らされています……が、完璧ではないので所々暗闇になっている空間が存在しています。墓地内部に魔種以外の敵がいるかは不明です。ご注意を。また、奥に行くほど広く、造りが雑になっています。
・第一層
比較的綺麗に区枠されて造られている空間です。
棺の中に亡くなった方が一体ずつしっかりと収められており、清められています。
・第二層
第一層よりも細かく区分けされて造られている空間です。
棺が簡素に。複数押し込められているなど雑さが目立ち始める場所です。
・第三層(最終層)
大きな空間が広がっており、中央に一つだけ棺があります。
その棺は開けると深い穴が広がっており、大量の死体・骨が投げ込まれています。
もはやあまりにも死体が多すぎて乱雑に投げ込まれた結果の産物。
■魔種???
名前は不明。傍目には黒衣を身にまとった人間の様に見えます。
非常に強い原罪の呼び声を持ちますが、具体的な能力が不明です。
■天義聖銃士隊
セイクリッド・マスケティア。
枢機卿アストリアの命令により嘆きの谷・共同墓地入り口を封鎖している騎士達です。
共同墓地内部には居ないようです。
■『<<特級災厄>>』唆啓真人(さけいしんじん)
『アンラックセブン』と呼ばれる一人。何がしかの目的で墓地を調べたいようです。
依頼開始時、枢機卿アストリアの姿をしています。
彼と共に行動すれば嘆きの谷入り口は容易く突破できます。(確定事項)
ただし彼は本質的に危険な思想を持つ人間であり、どこまで信用できるかは不明です。
戦闘の際は多人数を相手にする戦術を得意とするのだとか。
姿や服装、声まで完全に変える事の出来るギフトを所持しているようですが
それ以上の具体的な効果・条件は不明です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●重要:同時参加不可
当シナリオは『燃える聖典アイコン』のシナリオとの同時参加が不可となります。
『正直者の絞首台』『The dead of justice』『Detective eyes』『Prelude to Oblivion』にはどれか一つしか参加できません。ご注意ください。
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