シナリオ詳細
永縁なる世界の少女
オープニング
●
――こないで。
あなたたちは狡い。狡い。狡い。
だって、あなたたちは英雄だもの。
<私 に は な れ な か っ た も の>
何処でも行ける足があって。
何でも見れる瞳があって。
何時でも出かけられる体があって。
私にはなかったものすべてを持っているじゃない。
狡い。狡い。狡い。
だから閉じ込めたの。
全部ほしかったものを持っているから。
死んじゃえ。
嘘よ。
羨ましいだけなの。
――だから、こないで。
●
「無限膨張迷宮厄災。メルカート・メイズの迷宮が出現したっす」
その名は、銀の森と呼ばれる鉄帝とラサの国境に存在する場所でよく聞いた。精霊種が特異運命座標達ローレットと共に在るきっかけになった魔種だ。
『パサジールルメスの少女』リヴィエール・ルメス(p3n000038)は云う。
「以前は銀の森――観光地でしたが人気は少なく、精霊たちが困っていたという事件でしたけど、今回は市街地近くに迷宮が発生したっす」
それは幻想国内。果ての迷宮への探索が始まっている国内を僅かに騒がしたのは『ダンジョン発生』の一報であった。
そのダンジョンはある噂が存在している。所謂、お宝の話だ。
メルカート・メイズの迷宮は生物・無生物問わずに自身の持つ黒い宝玉を核にして生成されるという。
黒い宝玉は迷宮内部に満ちる無念の死を遂げた者達の魂の結晶であるというその結晶を手にした彼女が核となる魂を生成して作成された迷宮にはその者たちの悲願であるお宝も同時に生成されるのだという。
ある意味では『他者のいのち』を媒介にしてつくられているが闇市やある種のルートでは人気を博す代物だ。
「そのお宝目当てに冒険者がメルカート・メイズの迷宮に挑み始めてるっす。
勿論、一筋縄でいく迷宮じゃないっす。今回ばかりは……被害も想定されてるっすから」
命知らずを誘引し、迷宮内で死者が出れば出る程にその迷宮は攻略難度が上がっていく。
迷宮最深部のモンスターを倒せばいいというのが彼女の迷宮の破壊方法であるのは以前の戦闘で周知の事実ではあるが――リヴィエールは表情を歪めた。
「あまり、放置して置ける存在ではなくなってきてるっすね。
被害も大きくなってきて、外からその迷宮への侵入を阻む事も難しい。
今回の迷宮は死者が増え、魂を精錬しているからか、攻略難度が高い」
大元の獣を討ったところで繰り返される事は解っている。
以前の銀の森での接触でメルカート・メイズ本人も『こちらを認識しており姿を現す』可能性が高まっているのだ。
「これはある意味で好機っす。こちらを認識して攻撃してくるなら引きずり出して此処で倒す」
リヴィエールは云う。危険であるのは認識している、と。
「メルカート・メイズに捕まれば命の保証はないっす。
これ以上の被害が出る前に迷宮を探索して、そして、魔種の撃破と迷宮の破壊をお願いしたいっす」
迷宮の中は非戦闘スキルが生きる場所である。何故か、それは『その迷宮に入った者は未だ出てきていないため情報が少ない』からだ。
「……我儘っすけど、無事に、戻ってきてくださいっすよ」
●メルカート・メイズの迷宮
ねえ、みて。
この手にした宝玉の中で皆のいのちが蠢いている。
ひとりじゃない、ひとりじゃない。
だから、うれしかったの。
エリスは、私の傍にいてくれなかったけれど。
私が強くなるには、皆のいのちがここにあるから、それでよかった。
けれど、強い人はこないでいい。
わたしはみんなのいのちを抱えて生きていくから。
こないで、こないで、こないで。
邪魔をしないで。
選ばれたんでしょう?
選ばれて、それでまた居場所を奪うの?
私は、わたし――メルカートは選ばれなかったのに。
狡い。『勇者様』達、放っておいて。誰も来ないで。
でも、でもね。
来るなら全部飲み込んであげる。
私が、かわりに勇者様になってあげるから。
でも、あなたはきらいよ。
物語のあなた。
だいきらい、だから、永遠に苦しんで――この珠の中で。
- 永縁なる世界の少女Lv:7以上完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年06月15日 22時30分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
そうして――
そうして、世界が終わる時――
お姫様は何時だって幸せになった。
王子様は何時だって幸せになった。
毒を吐く怒りんぼ竜だって幸せになった。
なのに、
なのに、わたしは―――
●
幻想国内。市街地に新たに発生したという『迷宮』。注意喚起は出回っているが、冒険者たちはその迷宮へと『宝』を探して足を踏み入れようとする。
迷宮付近には冒険者たちの姿を――そして、生還することを一目見ようとする人々が列をなしていた。
「メルカート……」
その名を口にして。『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)はその表情を顰めた。
この迷宮が主は人々のいのちを取り込み、そして力と化してゆく『増幅型』の魔種だ。本人の手にしたコアを媒介にし、変化するのは迷宮の側であり、危険度が上がっていくにつれて『餌』を求めるように内部の戦利品たる宝の質が上がっていくのだという。
以前、威降はメルカートの作った迷宮に触れた事がある。銀の森と呼ばれる鉄帝とラサの国境沿いに或る『幻想ガイドブック』に掲載される様な場所だ。
「あの時の女の子か。今度はここにいるんだね。
もう斬るしかないとはいえ、流石に年下は気が滅入るな。
こうなる前に何とかしたかったというのは欲張りだよね……」
「なんとか――ああ、なんとか『なるべきだった』んだ。
きっと、その欲望は誰もが持ち得る当たり前なものだったのだ」
メルカート・メイズというおんなは、普通の少女だったのだと『Esc-key』リジア(p3p002864)はローレットの資料庫で目にした情報を思い返す様に息を吐いた。
彼女は、陽の光でその身を侵される。その奇病は自由を赦さず、その生涯をベッドの上で過ごすこととなるはずだった。――自由に、歩き回りたかった。
少女の願いは在り来たりで。『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)とてそれを否定することも出来ず、只、身に覚えのある病の恐怖を思い返す様に他人事には思えないと呟いた。
「病弱で、英雄譚に憧れて、そんなのって普通の――普通の、女の子だよ」
「ああ。普通で、誰しもが持ち得た願いで。
けれど、叶え方を間違った。救われたいのに、救われなかった成れの果て。
奇病さえ無ければ、違ったのだろうか」
わからない、とアレクシアは頭を振った。リジアは英雄譚、と口にする。
幼い少女たちが憧れる勇者像。憧れ、そして夢を見る――それが『普通の女の子だったら』だ。
「どうにも変に拗らせちまったんなら救いがねぇな。普通の子供だったらまだしも『魔種』なんて」
僅か、『茜色の恐怖』天之空・ミーナ(p3p005003)は呆れとそして同情を滲ませた。
彼女は空想上の世界に夢を見た。
たとえば、お姫様は王子様が何時だって救ってくれるし、冒険譚にはヒーローが居た。
メルカート・メイズは『観光客』アト・サイン(p3p001394)が羨ましかった。
自由に冒険し、自由に動き回れる彼が。物語の冒険譚の『観光客』が。
メルカートは、憎悪し――嫉妬し、そして、欲した。私も、私も、と。
「感傷も、ましてや、同情なんざアイツには必要ないさ」
「あら、けれど私には痛いほどわかるわ」
司書、と告げたアトに『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は「持つ者と持たざる者の差よ」と淡々と告げる。
「無力、憧れ、焦燥、嫉妬。届かないから、包まれて眠りたい」
「焦燥感に、嫉妬に、憧れるだけなら良かった。選ばれし英雄に憧れたアイツに僕らができるのは語られぬ只人として剣を取る――それだけだろ」
そうね、とイーリンは静かに言った。そうだ、『特異運命座標』を『選ばれし英雄』と呼ぶならばこの場の皆全てに彼女は嫌悪を抱いている。
それは分かる。『お道化て咲いた薔薇人形』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は人形じみた表情を歪めて「かなしいわ」と囁いた。
「話すことも叶わないのね。話している場合でもないというこの状況が、」
「ええ、実に哀しい。彼女は只の他人の物を欲しがるだけのお子様でしかありません。
欲しい欲しいと駄々こねて――持つ者に嫉妬し、強欲にも『道を違えた』持たざる者」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)はゆっくりと、迷宮の入口を見据えた。黒い空間のゆがみが其処にはある。
「これが迷宮なんじゃなー?」
『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)は幻とヴァイスを振り返る。禍々しいと告げたその言葉にミーナは「正しく冒険譚に憧れたヤツの作った迷宮だな」と淡々と告げた。
「確かに。その欲求は分かる。渇望する。確かにそうだ――だが、『美味そう』じゃない」
腹も空くことなく、身を焦がれる事も無く。『双色の血玉髄』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は強敵と戦う事を食欲に例えるが、メルカート・メイズだけはその対象にはならなかった。
『憐れ』だと口にされたそれ。アトは頷く。憐れだ、と。
「僕らができる事はただ一つだ」
「ええ、そうね。何も持たないなら、その手を握り返してくれる人が欲しかった。
英雄だって、一人では立つことができない。きっと、彼女はそれにも気づかないわ」
だからこそ、イーリンはいつも通り口にする。
神がそれを望まれる、と。
神と繰り返してリジアは、破壊の衝動の湧きあがらないその身を見下ろして、呆然と呟いた。
外を自由に歩きたかった。
只の一人、冒険してみたかった。
奇病が無ければ、環境が違えば、何かが違えばよかったのか。
──叶うなら、きっと救うべきなのに。この世界は、あまりに残酷だ。
●
彼女は何も知らなかった。
強欲を謳い、強欲であらんとする。無欲なわけではなく、寧ろ我欲が強いのは分かるがその『感情の方向性』が定まってはいなかった。
ヴェノムはくるくるとUnderDogを回しながら黒い洞のようであった迷宮の入口を潜った。
最後尾に立つヴェノムとは対照的に前線を往くミーナの手には希望と絶望。紅い瞳がきょろりと周囲を見回した。
「あんな入り口だったけど中に入れば普通のダンジョンなんだな」
「罠が多めの、ね」
同様に前線を行くアトの傍らでは年老いた影の国の馬が食料と水というダンジョンアタックの必需品を乗せてゆるやかに歩いている。3メートルの棒でかつ、かつ、と足元を確認し、罠を踏み抜かぬようにと留意するアトの傍らでミーナが「へえ」と小さく呟いた。
ぐ、とアトに手を引かれ、僅かにバランスを崩す。
ぱちりと瞬くヴァイスはどうしたのと慌てた様に声をかけた。
「罠が」
「……悪い」
探索者便利セットを使用し罠解除の技能を身に着けたアトがミーナの足元の罠を解除する。どうやら踏む事で横の壁が一気に押しつぶさんとするトラップのようだ。
「確かにこの壁、少し反響が可笑しいわ」
周囲の状況を把握したヴァイスがどこか困ったような表情を浮かべる。先駆けのコウモリを通じて『コウモリが攻撃される可能性がある対象』が居ない事をデイジーは前線へ告げた。ファミリアーを使用した索敵は使い道だ、小動物さえも襲うであろう獣が存在しないからこその疎通なのだとデイジーは告げた。
「先に獣の影も冒険者の影もなしすか」
「うむ。それにコウモリも餌ではないからの。先遣に出してやられるのも可哀想じゃ。
危機を感じたらすぐに退避するように命じておる。そうでないなら目下のところ気を付けるのは――」
――罠。
精霊たちに頼るようにしていた幻は入り組んだ迷宮が変化し、精霊たちがメルカートを見つける事は困難だと告げた。途中で情報が途切れた精霊は獣の餌食という事か。僅かに暗い影を落とした幻はシルクハット『夢現』で目元を隠した。
「臆病者の洞窟にしては随分と奇術(わな)が多いですね。
精霊さえも喰らう強欲――運命に抗わず与えられた餌で腹を膨らませるとは」
「うん……全部取り込んで、『なにかになりたい』ってことだよね……」
幻の言葉にアレクシアの唇がきゅっと引き結ばれた。
クロランサスをなぞるように触ったアレクシアは幻想種の心得たる植物との対話と感情探知を用いてメルカートを探す。
その中に渦巻く感情は、彼女には想像がついていた。
拒絶、嫉妬、嫌悪。
強欲を探れば其れこそ『宝を求めた冒険者たち』が探査に引っ掛かる。
サイバーゴーグルで暗所の確認をする威降は「ここまで獣にも冒険者にも出会ってないね」と小さく呟いた。
「そうね。奥に奥に誘い込む仕掛けなのかしら? あるいは――」
「『そういった仕掛けの様に思わせる』のか、ですか?」
幻の問い掛けに、イーリンは緩く頷いた。一本道罠が仕掛けられ、一見Easyにも思える迷宮は奥が底知れない。
誘うかのように――まるで、特異運命座標が来る事を知っているかのように――迷宮は淡々と奥へ奥へと続いていた。
歩いた距離が長い訳ではないが、それなりの疲労感がその身を襲う。アトは体感時間とこの迷宮内では少しの狂いがあることを経験上知っていた。バリケードを張り巡らせた威降が休憩を促せば、周囲より少し目隠しになる場所に特異運命座標は集まる。
食料の備蓄を確認して「これから心許なくなるのかしら?」とヴァイスは立ち上がった。
「皆さん休息はしっかりね。ふふ、食事も睡眠もいらないこの体が役に立つのは嬉しいわね。
あ、けど、疲れることには疲れるから適宜おやすみは頂戴したいし……皆さんがまずはゆっくり寝てから交代、ね?」
微笑むヴァイスにアトとイーリンは頷いた。食事と睡眠を不要とするヴァイスはこういった迷宮では確かに『有力』だ。しかし、その身を疲労感が襲わぬわけではない事を留意しておかねばならない。
秘密の隠れ家を使用し、ある程度隠れられるようにと何重にもバリケードで覆ったその場所は罠もなくこの迷宮の中では一番安全な場所であった。
「疲れたのじゃー」
テントの中にごろりと転がったデイジーの傍らには彼女のファミリアーたる小さなコウモリが浮かんでいる。動物たちとてある程度の休息は必要だ。
「それにしても『時間の感覚が可笑しい』のか、もう丸一日歩いた気さえしてしまうのじゃ……」
「冒険知識を持ってしても、時間の感覚の狂いは何となくしか感じ取れない。
超方向感覚があったから迷わずに進めているのかもしれないが――厄介な場所だな」
権能を使用したPerniciemに身を包んだリジアは小さく息を吐く。食料を溢し掻けるデイジーにこんなこともあろうかと、と付近を差し出して彼女は憂う様に静かに息を吐いた。
「ふむ。皆はやはり『少女』の事が複雑なのかの」
大いなる存在として、デイジー・リトルリトル・クラークは問い掛ける。
彼女はその出自上、上に立つ事を心得、弱気を護ると同時に一を捨てねばならない事を知っている。首を傾げ、問い掛けた彼女にリジアは「まあ」と小さく返した。
「救われたいと願ったものを救うのは、誰の務めだ?」
「ふむ。民草であればそれはその上に立つべき領主、そして王じゃ。
もっと概念的な話をするならば、違ってくるのかもしれないのじゃが」
リジアにむむ、と唇を尖らせたデイジーが小さく返した。概念的、と唇を動かしてミーナはうんと伸びをする。
「よくわからねぇが『救いたい』って思った奴が救うんだろ。
カミサマ頼みにしてみようが、結局のところ『運』ってのが付きまとう。
ステータスのLUKが低けりゃ女子供でも戦場に駆り出されるし、家族も愛する奴すら死んでいく」
何かを思い返したように彼女はそう呟いた。
神様が救ってくれるのならば、天使が救ってくれるならば、そんなに虫のいい話はない。
「あの子はどうなりたかったんだと思う?」
マグを手に、茶を注ぎ込んだ威降はゆっくりと問い掛けた。ミーナは首を振る。それはメルカート・メイズにしか分からないとでも言う様に。
「冒険がしてみたかったんだと思う」
「冒険、か」
アレクシアは手にした携帯食料を見下ろして、こんなふうに、とそれを振って見せる。
「おうちの中にテントを張るの。その中でこんな食糧を持ち込んでちょっとした『冒険の気分』を味わうの。
まるで、物語の主人公みたいな――そう……物語の主人公にはなれない、英雄にもなれないけど、憧れていたから、それを『誰かと共有したかった』」
アレクシアはぎこちなく笑う。その言葉にアトは何も言わず、イーリンは何処かを見遣る様に昏く続く迷宮へと視線をやった。
「昏いわね」
「ああ、昏いさ」
淡々と、二人は繰り返す。
ヴェノムはお飾りの罠を置いただけの彼女の様な場所だと言った。
幻は欲しがり屋の我儘な『玩具』だと言った。
「子供染みてるんだ。何もかも。だからこそ――ここは『彼女』だ」
「ああ、ここは『彼女』だ。何者にもなれなかった彼女が物語に唯一名前を残す方法さ」
毒吐くようにアトはそう言った。
メルカート・メイズは、そうしてまでして名前を残したかったのか。
英雄譚に。物語に。陽の下にすら出れぬまま――このくらい、太陽さえない処で。
儘ならないと威降は言った。イーリンはその言葉には何も返さない。
年端も行かない――まだ、幼く思える少女。
「殺さないと、いけないんだね」
「ええ。殺さないとだめよ。それこそ私達が彼女に与えられる救いだもの」
イーリンの確かめるように――自身に言い聞かす様に――言ったそれをアトは目を伏せるだけ。
「……大丈夫。ちゃんと斬るよ。それが今回の仕事だからね」
夜が更けていく感覚が威降には感じられた。外ではまだそれほどまでに時間は経過しては居ないのだろうけど――彼女の見る事が出来ない太陽はもう直ぐ上がるのだろうか。
●
かつり、と音がする。それを聞きながらアトと威降は罠の解除を試みた。
罠は特別難しいものではないが数が多い。獣の気配が近づいてきたことも音や植物たちから感ぜられた。精霊が怯えるように姿を消したのも銀の森と同じ――精霊たちの命をも脅かす獣がこの奥にはぞろぞろと動き回っているのだろう。
「獣の息遣い――」
囁き、舌なめずりをしたヴェノムは鼻をすんと鳴らす。 触腕がぞろりと動き『仲間』とは別の匂いがするとでもいうかの様に前進へとびりびりと危機を伝え始める。
大壺蛸天と共に進むデイジーが「む」と小さく呟く。ヴェノムが仲間以外の匂いがしたというそれには人間の血液ともとれるものが混じり込んでいた。
「冒険者じゃの」
「それは――接触してみましょう。救えるならば手当を。そうでないならば、魔物としての対処を」
ここは魔種の迷宮だ。幻が精霊たちの気配が消えた方向からの接近であることに気づき、警戒を帯びた声音を発した。呼び声に影響を受けている可能性に留意しようとヴェノムが静かに告げればデイジーはこくりと頷いた。
「……冒険者かの?」
デイジーが問い掛けたそれに怯えた様な冒険者は唇をぱくぱくと動かした。
「よい。此処は危険じゃ。構造が変化する以上頼りにはならぬかもしれんのじゃが……妾たちのマッピングした地図じゃ」
持っていけとその大いなる存在としての余裕を見せたデイジーに幻は呆然とする冒険者の体を支え立ち上がらせる。
「貴方は獣に出会いましたか?」
先を行く精霊たちの帰りがないと心配そうに告げる幻に冒険者は頷いた。
自身は逃げ出したもので、仲間達はもはや『獣』の餌食になったのだという。
「……この先には獣が居るのですね」
どうか、気を付けて、とその背を撫でる幻にヴァイスは「食事を少し取って休憩してから出口へと向かってね」と気遣う様に声かける。
「死んで迷宮の餌になっても厄介じゃからの」
小さく笑ったデイジーは休息後、直ぐに立ち去る様にと告げる。この中では時間の感覚すらおかしくなるのだ――彼も入って数時間しか立って居ないのだろうがやつれ方は一週間ほどこの場所に居たかのようだ。
「この先からは獣が居るってことは戦闘は免れないし、休息も難しいっすね」
「ああ、そうだね。隠れてやり過ごすことはできるだろうし、技能を使用すれば何とか隠れられるとは思うけど、そのタイミングが得られるかは『状況次第』だ」
威降にヴェノムはそうこなくっちゃとでも言う様に笑った。
リジアはその様子から戦闘を楽しんでいるのだなという事を悟る。嗚呼、そう言う人間だ――貪欲に、血潮滾る戦いを求めるようにしてヴェノムが姿勢を立て直す。
罠に気を付け索敵をしながら獣を避けるが、裂けきれないものに対しての攻撃を特異運命座標達は全員で担った。
幻の放った『奇術』がトリッキーに獣を翻弄し、デイジーが月を揺らす。
「獣の気配から逃れながらというのも難しいものじゃな。
蝙蝠の派遣も精霊の派遣もそろそろ難しくなってきたのじゃ」
「ええ、これ以上は危険という事でしょう――若しくは」
もしくは、この先に居るのだ。
精霊たちが悍ましいと拒否したそれは『魔種』の存在からだろう。
「メルカート・メイズ」
ミーナはその名を呼んだ。紅い瞳は死神であった頃のように戦意に濡れた。
「いるんだろ」
「いるんだよ」
威降確かめるように、そう言う。
ミーナがドレスを揺らしゆっくりと前進する。追従するアレクシアが唇を噛んだ。
「わかってるぜ。『魔種じゃなかったら』な」
「ええ、魔種じゃなかったら」
きっと、手を伸ばすことができたのに。
呟きが奥へ奥へと吸い込まれる。
暗がりを照らしたランタンオイルがじわじわと減る中で、その中。
「どうして」
呆然とした声がする。
そこに居たのは黒き獣とメルカート・メイズだった。
●
アト自身はメルカートを見遣った。
「僕が欲しいならその細腕で手に入れてみろ。
魔種になってまで欲しかったか、この僕の命が」
彼は危機を承知していた。しかして、その身に纏うものを隠蔽工作の知識で隠すことはできない。戦闘に使用できる技能とそうでない技能は確固たる違いがあることは確かだ。
メルカートはその言葉に唇を小さく戦慄かせた。
「どうして」
――どうして、きたの。
メルカート・メイズはこの場の冒険者全てが欲しかった。
手に入れれば力になる。観光客だけではない、『名声』を手にする特異運命座標全てだ。
かの者の呪いの刃を手に、メルカートを相手取るアトの傍らをすり抜けるようにミーナが一撃放った。
相手取ったミーナの頬に赤が走る。
鮮やかな赤いドレスを揺らしたミーナは只、距離詰めその殺意の指先を向ける。
「拗らせた先に何かあるのかよ。魔種なんざ、なるもんじゃないだろ」
黒髪が揺れる。メルカートはミーナに向けて核より『腕』を呼び出した。
少女の許からぐわりと伸び上がった黒き靄。近距離のミーナを叩きつけたそれに、彼女の口端から血潮が溢れる。
一瞬振り向く威降は獣を搔き集めるように声を張った。穏やかなその表情にも僅かな苦痛の色が滲み出す。
彼の姿勢は防衛本能そのもの。リべリオンは防衛者の反乱、防御の攻勢――そして、破壊する。
「メルカートがやる気……なのはよくわかるよ」
頷いたアレクシアが唇を噛み締める。威降を癒し、そして前線で戦うミーナを見遣った視線の先でメルカート・メイズは不安げに眉を寄せていた。
まるで、泣いているかのような表情で、その攻勢は徹底して前のめりで。
彼女は『魔種』だ。強敵であることには違いはない――メルカート・メイズの宝玉は彼女の力を増している。破崩ノ天眼にてリジアはそれが壊れるものではあるが至近距離にて抉らねばいけない事を知った。
(距離を詰めてメルカートを狙う事もできるが――宝玉に近づけば近づくほどにこちらの『命』を吸収しようとするか)
至近に詰めたミーナより遠ざけるようにメルカートへと放たれた衝撃波。ぐん、とその身が打ち付けるように動く。
メルカートの唇から漏れた淡い声音は只、痛みを堪えるかのようだった。
「ひどい」
「――ああ、そうだな」
そう、酷いのだ。年端も行かぬ少女に見える事も、何も持たざる者でありながら『魔種』として破壊しなくてはならない事も。
リジアの胸中に浮かんだのは確かな不安だった。
(──叶わない事ならば、破壊する。
理屈が分からない、湧き上がる感情を……破壊してでも……私は……)
破壊することこそが彼女、リジアであったはずなのに――
「私、君とお話してみたいよ。物語の事とかさ……
だからもうやめよう! こんな力の付け方しても、『勇者』に憧れた君自身が傷付くだけでしょう!」
アレクシアの悲痛なる声音に、メルカートはもう遅いのよとミーナの体を強かに迷宮の壁へと打ち付けた。
癒しを乞う、けれどもそれが万能でない事をアレクシアは知っている。
次々と湧きあがる獣に気づきヴァイスは自然界の力を乞うた。薔薇に茨の棘遂げる只一刺し。
獣はかの宝玉から次々と出てくるのだ。その核を壊さねばならないと、傷付くミーナをかばう様に立ったアレクシアがぎゅ、と唇を噛む。
「この迷宮は君その物だ。閉じた世界。外を恐れ。他者を恐れ。
己と『同じ』でなければ、触れ合う事すらできぬ。
君は『勇者』は愚か『怪物』にすらなれぬ。悲しいな」
ヴェノムの言葉にメルカートは只、小さく笑った。
彼女が狙うは観光客。距離離すリジアと獣を相手取った威降、ヴェノム、ヴァイスは彼らの行動を確かに知っていた。
メルカートを夢へと誘う如きデイジーは「危機は承知なのじゃな」と確かめるように言う。
「ええ」
「妾は大いなる者。矮小なる者が為、無碍に命を落とすことは赦さないのじゃ」
幼いながらも凛と胸張る。デイジーは冥刻を刻み月を呑む魔女として、只、その場を見通していた。
ボス格たる獣を相手取る様に、距離取った幻がシルクハットをとり一礼する。
「さあさ、よそ見している時間はございません。
――貴方は『ゆめまぼろし』をみる。本物の奇術師による奇術は現で観ているのか、夢を見ているのか分からない。さて、これは『どちら』でしょう――?」
夢幻泡影は只、魅せる。知性なき獣であれど全てを飲み喰らう様に二つの夢が獣を誘う。
裏切り癖は常にある。辞めときな。癖になるからと言われようが奇術師はトリッキーに『期待を裏切って』見せるのだ。
自身のリミッターを解放する。獣を散らす様に動く奇術師の嗜みの中、ひらりと大仰な蝶の羽が揺れ動いた。
メルカート・メイズの攻撃にアトの体に刻みつけられた傷は確かだ。だが、それこそが彼の賭けだった。
「司書」
「ええ、アト」
分かっているわ、と司書と観光客は共に立つ。
視線を交錯させた――
アトと、イーリン。二人の視線が交わる。
戦闘状態ではギフトの効果は望めない。これは本当に『賭け』でしかない。
閃くのはあくまで『メルカート・メイズがこれを好機と狙っているという確証』だけだ。
無防備な程に飲み込まんとイーリンを庇うアトが「さあ、こいよ」と笑う。
可能性とはあくまで、自身に存在するもの。
死とは、そのすべてを唐突に奪うものだ。
(そうね、そうだわ――『パンドラ』だなんて、生命にはあり得ぬパラドクスに頼ってばかりいるけれど、私達にとってもそれは『明確な命の保証』なんかじゃない)
イーリンは悟る。この賭けは、命をも賭している。
「奪うなら、奪われる覚悟――あるわよね?」
その言葉は只、死に物狂いだった。アトのいのちを吸い込まんとしたそれが、ギュルリと音を鳴らす。
息を飲みこんだのはヴァイス。駄目よ、と戦慄いた唇にリジアは破壊の意志で支援するように二人の許へと走り寄る。
「このままでは『死ぬ』ぞ――!」
ビデンス・ラエヴィス。安定した魔力を持ってアレクシアが癒しを送る。支えになればと願う様な彼女の震える声音は「待って」と言っていた。
「奪わないで――!」
メルカート・メイズが言う。
「やめて、私から奪わないで。何もないのに、何もないのに!」
「ええ、知ってるわ」
イーリンは囁いた。
「知ってる。そうだよ、知ってた。だから、『何もない』をやめさせたかった」
アレクシアが曖昧に笑う。自分だって、狭いベッドの上の世界で過ごしていた。
「――――」
吸収の核にぴしり、とひびが入る。
届いてと告げたイーリンに続け、その命の半分だけでも救うように一撃を投じた彼女のみをも吸い込まんとする。
「アト!」
弾けるようにして、二人の体が迷宮の壁へと打ち付けられる。
メルカート・メイズの手にしていた核が弾け、制御を失った様に獣が暴れ始める。
「二人は!?」
「……気を失ってるみたい。大丈夫、あとは『獣』だけ……!」
振り返った幻にアレクシアは緩く頷いた。スティッキを手にする幻の奇術が周囲を包み込む。
あとはメルカート本人と獣だけ――この時点で戦線の維持は幾許かの不安を抱いていた。
(早く戻って、お医者様にお願いしないと――! 二人が気を失っているだけだったらいいけれど……!)
ヴァイスが願う。呆然としたメルカートには戦う意欲は見られない。それを見てヴェノムは『空っぽ』だとそう認識した。
空虚な女だ。自身の力の核を失い、呆然自失としている。それ以外、何も残らないとでも言うかのように。
メルカートの資金に迫る。ヴェノムの胸を突き刺したのはメルカート・メイズの腕。
「いや……」
少女はその身を武器にする様に獣をヴェノムへと嗾けた。その病的に白い肌にヴェノムの血潮がべたりと付いた。
「こないで」
「教えたろうに。儘ならないのが人生だ。楽しめ。痛みを。この出会いを」
「やだ、やだ、やだ!」
我儘にヴェノムの体を叩きつける。一撃交え、メルカート・メイズは地面へと叩きつけられた。
痛みにその唇から声が漏れる。「いいじゃないか」とヴェノムが笑った。
「『悪くない』」
そうして死に物狂いに生きている方が何かを思う人間らしい。
人間『臭さ』がいいんだと笑ったヴェノムに深く傷が刻み込まれる。支援するようにデイジーが冴え冴えと月で照らす。
「矮小なる者よ。何も持たぬままで終わるつもりじゃな」
デイジーは只、そう言った。蛸の足が小さく丸くなる。
アレクシアはデイジーが言うその言葉の意味を理解していた。
「友人も、何もかも、力づくで奪えたもの。努力で成し得た物でしょう。
あなたは『矮小なもの』に耳を貸して怪異が如き存在となった」
哀れだとでも言う様に幻は目を伏せる。駄々をこねる臆病者は此処でおしまいだ。
手を差し伸べたのはアレクシアも、ヴァイスも同じだった。『次』があれば――魔種でなくなることができたならば。
願う、ただのれを弾く様にしたのは紛れもない彼女、只一人なのだから。
威降を支援するアレクシア。その背後より蹴散らす様にしたヴァイスとリジア。
「破壊する――!」
デイジーと幻に苛まれ、頭を抱えたメルカートを『破壊』するようにして、リジアが声を張る。
彼女は『喰らう事が出来なかった』観光客を見て、そしてイーリンを見た。
「ずるいわ」
あなたって。
「そうやって助けてくれる人もいるなんて」
わたしには。
「なにも、なかったのに」
―――――ずるい。
―――ずるい。
気づけば、辺りは『突入前』と同じ景色で。
黒き獣の討伐を行い、傷だらけながらも『世界が変貌していく』様子を眺めていたデイジーはふむ、と小さく呟いた。
数日をその中で過ごした感覚がしていたが――どうやら現実には余りに時間は経って居なかったようだ。
民衆は皆、冒険者たちが多数入っていった『迷宮』からの帰還者を興味本位やニュースを求めて待っていた。迷宮の入口が掻き消え、其処に排出された特異運命座標たちは皆、死屍累々だ。
「……魔種『メルカート・メイズ』は」
幻想国に存在する幾つもの冒険者ギルド。魔種であることを注意喚起していたであろう、騎士や冒険者たちは特異運命座標へと問い掛けた。
「……無事に、終わりました」
凛として告げるアレクシアにその背後よりちらりと見せたヴァイスがその言葉を繰り返す。
どなたか、とヴァイスは医者を呼ぶようにそう言った。重傷を負ったヴェノムはその『迷宮があった場所を見る』
アトとイーリンは特異運命座標であったからこそ助かった。その命の可能背の半分を吸い取られても尚、奇跡の如く生き延びたのは『二人で賭け』たからか――一人でならば、全てを喰らい尽くされて終わりだ。それこそ、死に物狂いで喰らわんとするメルカートの強欲のようだと幻は息を吐く。
――臆病者。
只の一言幻が吐き出したその声を聴いたものは誰もいない。
一人きりでは何もできなかった魔種の世界はもはや閉じた。
その生命の只の終わり。
永遠なんてものはそこにはなくて、永『縁』に結ぶ事なんてできやしなかった。
それが、『何もない者』メルカート・メイズの物語だった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
おつかれさまでした、イレギュラーズ。
メルカート・メイズの討伐、お疲れさまでした!
本依頼では彼女の持つ『核』に吸い込まれると命全てを飲み込まれるという事でした。
その核への『賭け』、私もドキドキしながら見守らせていただきました。
ひとりでの賭けならば、その結果は『2倍』。ふたりだから分け合えたとお考え下さい。
迷宮の中、全てが敵だらけの状況でしたが、勇敢でした。
まずは傷を休めてくださいね!
GMコメント
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●『無限膨張迷宮厄災』メルカート・メイズ
『<永縁の森>』と付くシナリオに登場しています。
アト・サインが寄せた情報によれば、行方不明時12歳の少女です。
太陽の陽に焼かれる奇病を持ち、英雄譚に憧れて居ました。その能力は迷宮作成。
手にした黒き水晶より黒き獣と靄を生み出し続けます。彼女と『黑き獣(ボス)』を中心として迷宮を生み出します。
銀の森ではその力が暴走気味であり、森を飲み込むほどの迷宮が発生しています。
メルカート・メイズ自体は特異運命座標を見つければ【捕獲】に動く可能性があります。捕獲された際は命の保証は在りません、寧ろ、待ち受けるのは死であるとか覚悟をして下さい。
周辺の黒き靄を使用して攻撃を行います。ローレットを毛嫌いしているためにローレットを認識した場合は積極的に攻撃を仕掛けてくるでしょう。
●メルカート・メイズの迷宮
・迷宮は黒き靄を纏ったボスを倒すことで消滅する
・迷宮内には罠、黒きモンスターが跋扈している
・時間の感覚が歪み、冒険を要する(内部に入ると長時間滞在しているように思える)
・方向感覚が狂う為に『迷路』をより難しく感じさせます
・内部には『お宝目当て』の冒険者が複数人存在しています。(避難誘導は必要ありませんが死亡するとメルカート・メイズの迷宮の糧になります)
その他情報は判明していません。内部構造は不明です。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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