シナリオ詳細
<漆黒のAspire>神々の系譜<騎士語り>
オープニング
●
雪深い森林の奥に吹き抜ける風が、ビョウビョウと鳴っていた。
薄暗い雲の合間を抜けてやってくる風は、どこか張り詰めた空気を纏う。
しなやかな四肢を雪の上に走らせていた『月と狩りと獣の女神』ユーディアは顔を上げて立ち止まった。
真っ白な尻尾を揺らし、大きな獣の耳をピンとそばだてる。
「何か、来る……」
ユーディアは視線を巡らせ、嫌な気配に眉を寄せた。
「気を付けろ、何かが入り込んでいるぞ」
ゆらりと光の粒子を纏わせ隣に現れた兄『雷神』ルーも異様なざわめきに警戒している。
ヴィーザルの神であるユーディアとルーにここまで危機感を募らせるのはただ者では無い。
銀世界の雪上に禍々しい黒点が見えた。
それは粘液のようにドロっとした動きで近づいて来る。
されど、その速度は雪上とは思えぬほどの素早さで二人の前に迫った。
「な……!」
禍々しい粘液が一瞬の内に視界いっぱいに広がり、ユーディアは咄嗟に目を瞑る。
月と狩りと獣の女神であるユーディアが『狩られる』恐怖に身を竦ませたのだ。
次の瞬間、身体に被せられた柔らかな感触にユーディアは目を見開く。
兄であるルーが自らを守るマントをユーディアに被せたのだ。
「兄様!」
禍々しい粘液を浴びたルーは忌々しそうに膝を付く。
「く……中々、厄介なものを浴びてしまったな」
苦しげに息を吐くルーの顔に赤黒い染みが広がっていた。そこからは毒が染み出している。
「今、回復するわ……!」
「無駄だ。これは怪我ではない。血の呪縛だ……お前なら分かるだろう、ユーディア。祖父バロルグを生み出した我らが祖、『咎の黒眼』オーグロブの権能だ」
禍々しい粘液はルーの身体を這い上がり、首に絡みついた。
それは形状を変え、やがて鋼鉄の首輪となる。
首輪を外そうとルーは光を集めるが、侵食された状態では力が霧散してしまう。
「外せないか……」
ルーの言葉にユーディアは心配そうに眉を下げる。
されど、身体を駆け抜けた異変に肩を振わせ耳をピンと立てた。
「あ……大変よ、兄様。お祖父様が……バロルグが移動してる!!」
長らく不動であった闇神『悪鬼』バロルグが、ついに動き出したというのだ。
「でも、おかしいわ。ヘルムスデリーやリブラディオンの方向でも、私達の所でも無い」
バロルグが動くとしたら、ヴィーザルの魂を集めるためと予想していた。
しかし、バロルグが向かっている先はその何処でも無いというのだ。
「何処へ向かって居る?」
「南よ。ヴィーザルを抜けようとしているのかしら?」
ヴィーザルを抜けて行き着く先は、天義国に座する神々の系譜の祖『咎の黒眼』オーグロブの元だ。
「呼び寄せられているのか……」
ルーは忌々しそうに首輪を掴んでみせる。
血の薄れた自分がこれ程までに力を制限されているのだ。
オーグロブ直系のバロルグならば、自分の意思とは関係無く強制的に移動させられているのだろう。
「ヘルムスデリーへ行くぞユーディア。人々の力が必要だ」
じっとりと浮かぶ汗を隠し、ルーはユーディアと共に『子供達』の元へ向かった。
――――
――
怒りが身体中から溢れていた。
何故、と問うても返ってくる答えは傲慢なものである。
「この我を、従えるというのか……腹立たしい。真に腹立たしい。この魂どもは我が長い年月を掛けて集めたものだぞ。それを後から来て掻っ攫うだと? これらは我のものだ。誰にも渡さぬ!」
闇神『悪鬼』バロルグは血を吐きながら抗っていた。
絶対的な血の呪縛に、全身全霊を掛けて抵抗している。
その反動は、身体を黒く染め呪詛をまき散らすものであった。
「誰が、従うものか! 我は我の力でヴィーザルに君臨するのだからな!」
「存分に足掻くがいい。全ては余興。人間であろうと神であろうと我の前では兎や子供だ」
耳元に現れた『咎の黒眼』オーグロブの幻影がバロルグを嘲う。
「貴様は我の血毒から生まれたもの。我が子だ。親が子を従わせて何が悪い? 我の為にこれまで、その身は生かされていたのだ。親の糧となれるのだからこの上ない幸福だろう?」
くつくつと響くオーグロブの笑い声がバロルグの神経を逆撫でする。
軋む身体は、自分の意思とは関係無く。
オーグロブが望むがまま、ヴィーザルを南下していた。
●
「……最初に言っておく。これは厳しい戦いだ」
重く響いた『雷神』ルーの声は寸分の余地無く、深刻さを物語っていた。
その隣に居る『月と狩りと獣の女神』ユーディアの顔も暗く張り詰めている。
人より遙かな力を持っている神々が、口にする『厳しい戦い』とは如何様なものなのだろう。
――『咎の黒眼』オーグロブの撃退と、闇神『悪鬼』バロルグの神逐。
オーグロブとバロルグの合流を阻止しなければならない。
彼らが合流し、オーグロブにバロルグの力が渡ってしまえば取り返しの着かない事になる。
天義全土に広がる地脈に毒が広がり、その地脈を伝って力がオーグロブに吸上げられるというのだ。
「そのオーグロブが居るのが、『滅堕神殿』マダグレスってことだね」
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は天義の北に突如として現れた神殿の情報を得ていた。
「『滅堕神殿』マダグレスは地脈の上に建っているとか」
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)は天義と鉄帝の国境近辺の地図を見遣る。
「ああ、だから厄介なのだ。その影響が天義全土に及ぶからな」
眉を寄せたルーは何時もより息苦しげに見えた。首に付けられた首輪の影響もあるのだろう。
「どうして……協力、してくれるの?」
首を傾げたチック・シュテル(p3p000932)はルーをその瞳に捕える。
本来で在ればヴィーザルの神々であるルーたちは、その地域から出てこないはずなのに。
「神々の系譜。いわば、祖父と曾祖父の所業であるからな。その血を引いている私達にも責任がある。それに可愛い子供達が巻き込まれるというのに、黙って見ていられるものか。それはヴィーザルの地に住まう子供達だけではない。この世界に住まう子供達とて同じなのだ」
チックはルーの言葉に包み込むような『大きな愛情』を感じる。
「しかし、心せよ。この戦いは厳しいものだ。冗談の類いではない。文字通り死地だ」
再び緊張感のあるルーの声が響いた。
「分かった。俺達も覚悟を決めねえとな」
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はルーの言葉に気を引き締める。
この戦いは『集まった戦力のうち誰を生かすか』を選択する類いのものだ。
死者は必ず出る。その中で優先されるべき命が存在する戦場。医者としては避けたいものであるが、世界が崩壊する危機に陥っている今、そのような悠長なことは言っていられない。
優先すべきは、戦力の高い『イレギュラーズ』である。それは揺るぎなき指針だ。
「戦力はどうなってる?」
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が冷静に集められた人員を分析する。
「ヴィーザルの戦力も動員する。ヘルムスデリーやサヴィルウスから」
ルカの声に答えるのは『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)だ。
「天義からはグランヴィル小隊が向かいます」
重ねる凜とした声は『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)のもの。
ヴィーザルの面々とグランヴィル小隊を合わせ四十人ほどの戦力とイレギュラーズである。
恋屍・愛無(p3p007296)たちにとって見知った顔も多い。
『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン(p3n000305)、その息子『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン。
エルヴィーラ・リンドブロムやディムナ・グレスター、ヴィルヘルム・ヴァイスも居た。
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は険しい顔を崩さない。
これ程の戦力を集めて尚、『厳しい戦いである』とルーは述べたのだ。
見知った顔が失われようとも、合流を阻止しなければならないのだ。
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はハージェスでクロウ・クルァクの残穢から託された壺を手にしていた。これを戦場に持ち込めばヴィーザルの人々の魂を吸い込めるということだが、万が一オーグロブに奪われることがあれば危険である。この場に置いて行く選択肢もあるだろう。
水天宮 妙見子(p3p010644)はティナリスの隣で彼女の真剣な表情を見つめる。
父に託された想いを胸に、ティナリスは前に進んでいるのだ。
彼女の未来を塞いでしまうような事態があってはならない。
何としてもバロルグを止めなければならなかった。
説明を聞いていた『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)は強い眼差しで顔を上げる。
「私も行くわ!」
「いいや、カナリーはここに残れ」
ベルノの言葉にアルエットは目を見開く。握り込んだ拳が震えていた。
「どうして!」
掴みかかるアルエットの頭を優しく撫でたベルノは、膝を着いて娘と視線を合わせる。
「お前には生きていてほしいからだ、カナリー。たとえ俺達が死んでも、お前さえ生きていてくれれば救われるんだよ。それにな、サヴィルウスやヘルムスデリーも安全じゃねえ。皆を守ってくれ」
もしこの戦いでアルエットが死んでしまえば、ベルノは後悔どころでは済まないだろう。
戦士であるベルノが一番「置いていかれる」ことの辛さを知っている。
それでも、絶対に死なせたくない。だから、苦渋の決断で置いて行くと決めた。
父の苦虫を噛みつぶしたような表情にアルエットは息を飲む。
それ程までに危険な戦場なのだ。ベルノとて生きて帰れる保障は全く無い。
「四音とジェラルドはカナリーを頼んだ」
ベルノはアルエットを慕ってくれている二人の名を呼ぶ。
鶫 四音(p3p000375)とジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)にはアルエットが付いて来ないように留め置いてほしいと強く願ったのだ。二人ともベルノの意思を汲み確りと頷く。父親というものはどうしたって娘の心配をしてしまうものだから。
「分かりました。アルエットさんの傍に居ます」
「でも、絶対帰って来いよ。死ぬなんて許さねえからな――俺達の分まで任せたぜ」
ジェラルドの強い眼差しへ、ベルノは「ああ」と返した。
ベルノの言葉を受け、ギルバートは傍らのジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)へと振り返る。
「ジュリエット、君も……」
「置いて行くのですか?」
ギルバートの声に重ねる問い。無意識に伸ばされる指先はジュリエットの頬を撫でた。
愛おしいから、失いたくない。再び大切な者を失う恐怖がギルバートを支配している。
「命の保証は無いんだ。俺は君に死んで欲しくない……」
「私もです。ギルバートさんに死んで欲しくない」
ジュリエットの言葉は尤もだ。誰だって愛しき人に死んでほしくなんてない。
銀と白の瞳が真っ直ぐにギルバートを見上げる。
どれだけイレギュラーズが可能性を秘めていようとも、零れ落ちる命はあるのだ。
天義の街を簡単に滅ぼせる相手と戦い、生きて帰れるなんて楽観的では居られない。
厳しい戦いを余儀なくされる。確実にだ。
「俺は君にヘルムスデリーへ残ってほしいと思っている……返事は、明日の朝で構わない」
それは共に死地へ赴く覚悟を問うものだ。
背中を預け戦地で戦う選択も、彼の「帰るべき場所」を守る選択も。
どちらも信念があり、正しい道である。だからこそ悔いの無いように選ばなければならない。
- <漆黒のAspire>神々の系譜<騎士語り>Lv:60以上完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2024年03月05日 22時05分
- 参加人数12/12人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC31人)参加者一覧(12人)
サポートNPC一覧(4人)
リプレイ
●
白き神殿の奥深くから這い出てくる悪しき魔物達。
終焉獣と呼ばれた邪悪が地面をのたりと闊歩する。
その『滅堕神殿マダグレス』の奥で『咎の黒眼』オーグロブは足を組んでいた。
「早く来い人間。我を愉しませろ」
矮小な存在である人間に価値があるとすれば、その強き魂の輝きである。
生死の境目が無くなる時、人間は強い輝きを放ち、人という枠を超えんとする。
オーグロブはその刹那の美しさを愛していた。
怒りに満ちた闇神『悪鬼』バロルグを見つめ『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は手にした杖をぎゅっと握る。
「あの様な恐ろしい形相の神を相手どるのは、正直に言えば、今すぐに逃げたいほどですが、私にも引けない理由が出来ました」
『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)の手を握りジュリエットは頷く。
「この世界を、国を無くす訳にはいきません。大切な人とギルバートさんとこれからも共に生きる為に。ですから精一杯、暗闇の中でも一筋の光を掴んでみせます!」
「ジュリエット……」
心配そうに見つめる夫へジュリエットは視線を上げる。
「ギルバートさんはヘルムスデリーの方達へ指揮をお願いします。バロルグとの交戦は避けてください」
「何故だ。総力戦だろう」
「終焉獣を抑えるのも大事な役目です。終焉獣の出現が収まった時は部隊の立て直しや退路の確保に動いて欲しいです」
「君だけを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
ギルバートの抗議にジュリエットは「いいえ」と首を振った。ジュリエットの意志は固い。
「ギルバートさん、そんな顔をしないで……貴方が失う事に怯えて居るのは承知しております。
ですが、同じ様に私も貴方を失う事が怖いのです」
「ジュリエット」
其処へ助け船を出すのは『戦輝刃』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)だ。
「大きな戦いだ、同時に敵の力もまた強大。その相手に抗う為の力はこれまで積み上げて来た、そして共に戦ってくれる戦友達も居る」
ベネディクトの言葉にギルバートは拳を握る。
「僕達も居るからさ。ギルバート一人じゃない」
ディムナ・グレスターとヴィルヘルム・ヴァイス、他にもヘルムスデリーの騎士達が頷いた。
ベネディクトの隣には『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)の姿もある。
『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)はベネディクトのそばで「なるほど」と目を細める。
隊長からの応援要請で此処へ駆けつけた夏子は目の前で織りなされるやり取りを観察していた。
「……ガンバんないワケにもイカンでしょ」
ギルバートの傍にやってきた『その毒は守るために』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)は不安げな表情を浮かべる。
ジョシュアは去年の春にギルバートの力になると約束したのだ。
「今脅威になっているように毒は危険な物……。恐れられるのも、忌むべき物とされるのも構いません。
ですがギルバート様や多くの命が失われたら、僕は毒として自分を許せない。
共に戦わせてください」
自らが毒を扱うからこそジョシュアは協力したいと申し出たのだ。
「ギルバート、ディムナ。死ぬなよ、争いの中で最も大変なのは戦いの後の事だ」
ベネディクトはギルバート達の背を叩く。これより向かうは死地。一片たりとも気を抜けない戦場だ。
「俺達の未来はこんな所で途切れたりはしない、そうだろう。
──驕りも無ければ油断も無い、俺達の全力を以て相手をしよう」
『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)は怒りに満ちた神の姿を見上げる。黒い四肢と魔力を帯びた赤い紋様。
「あれがバロルグ……」
目の前に立たずともその強さは計り知れないものだろう。そのバロルグですら完全に自由を奪われ抵抗出来ない存在が神殿の中に居る。
「ヴィーザルの神々の父、オーグロブか……討たねばならない敵の姿が、視えた事を喜ぶとしましょうか」
リースリットの傍には『雷神』ルー、『月と狩りと獣の女神』ユーディアの姿があった。
「オーグロブの動向が読めません。最後まで何もせず見ているとは、必ずしも言い切れないと思います。
ルー様、ユーディア様。お二方が取り込まれるのも致命的です。どうか、お気を付けくださいませ」
「ええ。分かったわ」
ユーディアの声に『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は顔を上げる。
混沌全体の危機ではあるが、まさか天義がこんな事になろうとは思いも寄らなかった。
幼い事の友人が天義に居るのだとチェレンチィはナイフを握る。
「それに……灰斗、そして鉄帝でお世話になったユーディアさんに何かあったらと思うと心が落ち着きませんので……」
「ありがとう。心強いわ」
ベネディクト達の呼びかけに応じてくれたイレギュラーズは沢山居た。
何としてもこの死戦を乗り越えなければならないという強い意志が其処にはあった。
『赤翡翠』チック・シュテル(p3p000932)は『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソンと共にこの戦場へ駆けつけていた。
「これまで縁を繋いだ皆や、ユビルに……リブラディオンの人達の魂。喪われるかもしれない、のに。黙って見てるなんて、出来ない」
「ああ。決着つけねーとな。期待してるぜチック。無茶はすんなよ」
それはこちらの台詞だとチックはトビアスを見上げる。
「……必ず皆で一緒に、アルエット達の元へ帰ろう」
チックの決意の言葉を『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)とライアン・ロブルスは胸に刻む。
「ライアン殿、無理はしても無茶はいけない。皆を連れ帰って貰わないといけないからな」
その背に投げかけられるのは『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の心配そうな声。
毎回大怪我をしているライアンを心配してのことだ。
「ああ、肝に銘じるよ。けれど、激しい戦いになるだろう」
ライアンの言葉通り此処からは死戦である。『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)は青い瞳で仲間達を見つめる。その傍らには『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)の姿があった。
(……あの日、パーセヴァルに約束したもの)
ティナリスもこの世界も、彼が愛した全てを自分達が護ってみせると。
「だから、絶対に諦めない――絶望したり、するもんですか!
こっちは任せて頂戴な。絶対に、あいつらをティナちゃんたちの方に行かせないわ!」
「ええ……一緒に頑張りましょう!」
『瑠璃星の煌めき』水天宮 妙見子(p3p010644)もティナリスの傍で彼女を案ずる。
此処でバロルグ達を抑えなければ天義が危ないのだ。何としてでも食い止めねばならない。
されど、ティナリスの瞳を見て妙見子は少し安心したのだ。
「お父様との別れを乗り越えて懸命に生きようとしている貴女を見つめて私も気を引き締めねばと思うばかりです。オーグロブ様もバロルグ様も……ここで食い止めなければ天義だけでなくきっと世界だって危ういでしょう」
妙見子はティナリスの手をぎゅっと握り絞める。
「しばらくは私も共に戦います。
どうか今だけは同じ騎士道精神の下、聖都の団旗を背負わせてくださいね」
絶対に皆で生きて帰るのだと、妙見子はティナリス達と『約束』を交わす。
「ベルノさん、サヴィルウスの方々。敢えて、ですが……」
リースリットは終焉獣を相手取るベルノ達に声を掛ける。
「この戦いで命を落としてもヴァルハラには行けません。ですから……死なないのは、この戦場では恥ではありません。アルエットさんの為にも。ギルバートさんとヘルムスデリーの皆さんも、どうか。御武運を!」
「ああ、分かってるぜ!」
サヴィルウスの戦士達たちは死ぬことなど怖くはない。
されど、紡いで行かなければならない道がある。
その為にも生きて帰るのだとリースリットはベルノたちに説いた。
「ティナリスさん。グランヴィル小隊の皆さんも。生きて、勝ちましょう」
次にティナリス達の元へとやってきたリースリットは彼女達の背を押す。
「……ジュリアさん、ロレッタさん。ティナリスさんが無茶をし過ぎないよう、気を配ってあげてくださいませ」
リースリットは呼吸を整え戦場に向かう。
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は震える指先を握り締めた。
「バロルグ、それにオーグロブ……合流なんて絶対にさせない。僕は僕にできる事をする……!」
強い決意と共に戦場に祝音の声が響き渡る。それは戦士達を勇気づけただろう。
「僕は皆ほどヴィーザル地方の人達に関われてはいない。きっと、皆の思いの方が強い。それでも、バロルグやオーグロブは許せないし。囚われたヴィーザルの人々の魂は救われてほしいと思う」
──覚悟は決めた。
『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は蒼金の瞳を上げる。
「俺は『悪鬼』バロルグを神逐し、エーヴェルト達の魂を救う。その為に来たンだ」
ヨハンナは『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン(p3n000305)の傍で決意を改める。
「ベルノはサヴィルウスの戦士達の指揮を任せる。終焉獣を蹴散らしてほしい。デカブツの相手は俺達がするからさ」
「はあ? 何でだよ。俺達も戦うに決まってるだろ!」
歯を剥きだして抗議するベルノにヨハンナは「うるせぇ!」と吠える。
「俺達が戦えるように、取り計らえって言ってンだよ! 力の差、分かってンだろ!?」
わざと声を荒らげヨハンナはベルノを睨み付けた。戦いの前で頭に血が上っているベルノたちを統率するのはこれぐらいでなければならない。
「……分かった。悪かった。俺達が終焉獣を駆逐してやる。だから、絶対に負けんなよ!」
「ああ、任せとけ!」
踵を返したヨハンナは先陣を切って前に出る。
「行くぞ、ヤロウども――!」
「おおおおお――――!!」
雄叫びと共に交戦が開始された。
●
血毒は厄介であるとヨハンナは地面に広がるバロルグの血液を見遣る。
ヨハンナの指先から放たれる赤き焔はバロルグの皮膚を焼いた。
じりじりと焦げ付く匂いが鼻を突く。神といえど、人間に似せてある以上、忌避すべき匂いとして認識してしまうのだろう。特に医者であるヨハンナはそういった匂いに敏感だ。
それでも魔術を止めることはない。
次々に繰り出す攻撃はバロルグに確実なダメージを与えている。
『天義の聖女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はバロルグの行く手を阻むように立ちはだかる。一人では抑えきれない巨体を『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)と連携し何とか押しとどめた。
「天義の地を滅ぼさせる訳にはいかないよ。悪しき神は正義によって打ち倒されるのが世の中の常。聖書にもそのように書いているしね!」
スティアの放つ眩き光はオーグロブの目を灼く。目の前の羽虫を払うようにバロルグはスティアを吹き飛ばした。それをカバーするように愛無はスティアの身体を抱き留め衝撃を軽減する。
一撃食らう毎に愛無と立ち居位置を交代した。思った以上に強敵である。
されど、スティアは諦めたりはしなかった。
「この地に住まう人々の為に全力を尽くすよ! それが聖女としての私の責務だから!」
スティアの身体が光に満ち、赤い傷口は瞬く間に塞がる。
「バロルグ、そしてオーグロブ。思えば彼らの中に「良いモノ」があったのかもしれない」
愛無はバロルグの巨体を見上げ思い馳せた。
何故ならそれはバロルグたちの子、クロウ・クルァクやルー達が証明しているからだ。
全てを歪めたのは結局信仰や人の想いといったものなのかもしれない。
「かくあれかし」
望まれるままに生まれ、望まれるままに蹂躙するそれは『悪』であったのか。
「「誰」が望んだ?「誰」が願った? 「そうあれかし!」と故に僕は人喰いの化物だ。
恋は屍。愛も無く。全て喰い殺す」
バロルグへと食らい付いた愛無はその肉を穿ち切り裂く。
「回復するから頑張って!」
消耗が激しいスティアと愛無へ癒しの光と届けるのは祝音だ。
誰も死なせたくないと祝音は唇を噛みしめる。
人が死んで行くのは怖くて足が竦んでしまうけれど、諦めるわけにはいかなかった。
自分を奮い立たせ、祝音は回復で道を切り開く。
「助かるよ!」
祝音が回復をしてくれるならば、スティアや愛無は攻撃の手を打てる。
仲間との連携は上手く行っていた。
「嘗て、人は神の従順な僕だったのでしょう。知恵の実を口にして、楽園より追放された私たちには、もはや神の裁きなど必要はないもの。神が滅びを欲するというなら、せいぜい抗ってみせましょう」
『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)は消耗の激しい前線へと回復を施す。
彼女の瞳には仲間や敵の位置が手に取るように分かった。
耐久力には自信があるから、敢えて前線で回復をおこなうのだ。
「バロルグにはいつかあの時の借りを返してやろうと思ってたんだがな。随分情けねえ有様じゃねえか。
ま、人から奪ってきた奴が誰かに奪われるのも因果応報ってやつか?」
『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は剣尖をバロルグへと向ける。
オーグロブに吸収される前にバロルグを潰さなければ、被害は甚大となるだろう。
「後から出てきたやつに横取りされてたまるかよ、俺の借りは俺が返す!」
バロルグを生み出した者だとか神々の系譜だとか、そんなものはどうだっていい。
目の前の敵に集中するのだとルカはバロルグへと飛び上がった。
「よぉ、前は世話になったな。なんて、それどころじゃあねえかい?」
「貴様……ァ!」
自由を拘束されていようとも、ルカ達の事は憶えて居る。
いっそ、記憶さえも奪われて居たほうが楽だったのかもしれない。
ミシミシとルカの剣が食い込む音が響いた。
アーマデルはヨハンナとタイミングを合わせ蛇腹剣を振う。
バッドステータスは効きにくいことは予想されていたが、それでも無効というわけではない。
小さなダメージでも確実に与えていけば、積み重なりやがて瓦解するというものだ。
アーマデルは刃を振う度に次の一手を考え重ねていく。
「お祖父様……!」
ユーディアはバロルグへ声を張り上げる。
侵食される意識というものは、自我を保ち続けるのが難しい。
もし、全力でバロルグがオーグロブの元へ行こうというのならば簡単に辿りついてしまうだろう。
バロルグが此処へ留まっているのは彼自身の意志でもあるのだ。
そして、自我とは関係無くバロルグから溢れる瘴気は魔力の渦となって周囲に広がる。
ユーディアは祝音と共に仲間へ回復を降り注いでいた。
「誰も倒れさせない、皆癒すんだ……!」
「ええ。その強い心は大切なの」
苦しい戦場において祝音の声はどれだけの戦士を励ましただろう。
立ち上がる勇気を与えただろう。
「頑張って! まだいけるよ!」
祝音は全身全霊で、仲間を鼓舞するのだ。
――――
――
「魔法騎士セララ参上! ボクが来たからにはどんな戦場も勝利間違いなしだよ!」
赤いマントを翻し『魔法騎士』セララ(p3p000273)は喧噪の上に飛び上がる。
「ヴィーザルの人々の魂も、天義の皆も救っちゃおう。目指せ、ハッピーエンド!」
向かってくる終焉獣を見つけたセララは真っ白な衣装へ変身した。
そのまま加速したセララは終焉獣に剣を走らせる。
「――ギガセララブレイク!」
断末魔と共に切り裂かれた敵の胴が地面へと転がった。
セララの剣尖が閃いた先、『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)の姿が見える。
「オーグロブにバロルグか……」
話しを聞く限りとんでもない相手であろうことはうかがい知れた。
されど、ここで引くわけには行かなかった。
「私も微力だが手伝おう」
拳を握り締めた昴は身を低くし、地を踏みしめる。瞬時に終焉獣の前に飛び出した昴はその胴目がけて拳を叩き込んだ。メシリと鈍い音が鼓膜を揺すり、終焉獣が体内から毒をまき散らす。
反撃を避けた昴は敵の背後に素早く回り込み隙だらけの横腹に拳をねじ込んだ。
「えとえと。人出がいると聞いてやってきたですよ!」
『ひだまりのまもりびと』メイ・カヴァッツァ(p3p010703)は戦場を見渡しサヴィルウスの戦士達へと回復を施す。血気盛んなサヴィルウスの戦士達は自分達が傷を負う事を恐れない。
「皆ひとりひとりが大切ないのちなの! だから無理はしても、無茶はしないで!」
メイは一生懸命声を張り上げる。頭に血が上っている仲間に自分の声が届くように、回復が届くように。
「怪我したら治すから、少しの間下がって治療を待ってほしいのです!」
取りこぼして良い命など無いのだとメイは祈りを捧げる。
「全く、素晴らしい地獄ではないか!」
『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は手を天に翳し笑い声を上げた。
「さあ、行きたまえ。闘争を存分に味わいたまえ」
戦場に立つ戦士達を鼓舞するように、ロジャーズは声を張る。
終焉獣の鼻先を掠めるように挑発したロジャーズに敵視があつまった。
「地獄には地獄を統べる者が不可欠だ。貴様は無秩序なのだよ!」
終焉獣に喰われながらも、ロジャーズは歩みを止めない。
「おォら追撃! 目に物見せろォヴィーザル戦士!」
夏子はベルノの背後に迫っていた終焉獣を横から吹き飛ばした。
「おう、ありがとよ!」
夏子の援護を受け、ベルノは体勢を立て直す。
傷は深くはないがメイに回復をして貰ったほうがいいだろう。夏子はベルノを引かせる。
「無理はだめですよ」
メイは額に汗を浮かべながら癒やしの唄を奏でた。
「だってお友達が守ってほしいって言ってたんだもの。できる限りをするわ」
『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は黒いドレスを翻し、戦場を駆け抜ける。
できるだけ多くの終焉獣を巻き込む位置はと目星を付けて其処へ身体を滑らせた。
大きな剣から放たれる斬撃に終焉獣が宙を舞う。
反撃するかのように牙を向けた終焉獣にメリーノは口角を上げた。
「わたしは傷ついてもなんとでもなるわ」
欠けてはいけないものを欠けさせないのが優先。メリーノの視線はギルバート達に向けられる。
疲弊している様子は見て取れた。これ以上敵を相手取れば瓦解してしまうだろう。
ならばメリーノたちが一匹でも多く引き受ければいいだけの話。切り裂いて切り裂いて。
「呑み込め、泥よ……敵を全て飲み干せ!」
『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)の凜とした声が戦場に響き渡る。
皆で生きて打ち勝たなければならないのだ。こんな所で倒れる訳にはいかない。
終焉獣は尚もわき続けている。この局面を切り抜けなければ助かる命も助からないだろう。
ヨゾラは魔力を込めて終焉獣たちに力を解き放つ。
「僕も少し位は猫の手貸させてもらうよ!」
出し惜しみなどしていられるものか。これは文字通りの死戦なのだから。
チックは祈りを込めて終焉獣達の足止めをする。
動きが鈍くなった終焉獣を狙いトビアスが斧を振り上げた。
たたき割られた頭を震わせ、チックへと走り出す終焉獣。
「チック!」
咄嗟にトビアスは終焉獣の身体に飛びつく。邪魔するトビアスへ終焉獣は牙を突き立てた。
痛みに耐えながらもトビアスは斧で終焉獣の息の根を止める。
「大丈夫? トビアス」
「ああ、問題無い! 行くぞ!」
チックに回復を施して貰いながらトビアスは再び立ち上がった。
「よし! 良い覚悟だ」
トビアスの背を『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が叩く。
「良く見ておけよ! ――喝ァッ!」
ゴリョウは集まっていた終焉獣を大盾で弾き飛ばす。
目眩を起こした敵は錯乱し目の前の敵を攻撃し始めた。
ゴリョウの豪快な戦術はヴィーザルの戦士達の士気を高める。トビアスもそれに感化され勢い良く終焉獣へと走り込んだ。
しかし、戦場の士気は上げ続けると暴走にも繋がる匙加減の難しいものだ。
特にトビアスのような若い戦士は頭に血を上らせやすい。
それを見越し、ゴリョウは自身へと敵視を集める。傷が深くなっていくゴリョウを回復するのは『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)だ。
「我が手に浮かぶ"万年筆"は『描写編纂』の指先なれば。並ぶ英雄共の行き先を阻むに些細な障害、"なかったこと"と貶めよう。それがあろうとなかろうと、変わらないのだから。読者の期待に応え英雄共の動きを『描写強調』してやった方が良いだろう? 古来より物語の流行は、勧善懲悪と決まっている」
幸潮は戦場に謳う。仲間を鼓舞し回復する唄を乗せるのだ。
旋律は波となり、戦場の隅々まで波及する。
「友を救うのに理由なんて要らないわ」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)はギルバート達を狙う終焉獣の間に割って入った。
リアの乱入に顔を向けた終焉獣はうなり声を上げながら彼女へ襲いかかる。
それを受け止め投げ飛ばしたリアはギルバートに振り向いた。
「三人以上で対応して! 体力の減ってる人は無理せず引いて! 兎に角無理するんじゃないわよ!
生きて生きて生き抜いて、最後に立っていてこそ勝利を掴めるの!」
リアの言葉に兵士達も奮い立つ。彼女の声に皆勇気づけられるのだ。
「生きて! 勝つわよ! あたしに続け!!」
「おおおおーーーー!!!!」
大きな雄叫びと共に兵士達が終焉獣を押し返す。
『クラブチャンピオン シード選手』岩倉・鈴音(p3p006119)は長く息を吐いて感覚を研ぎ澄ませた。
オーグロブや終焉獣の挙動を見逃さないように気を張り詰める。
吸収されていい命などないのだ。
ここで勝たねば後はない。文字通りの死戦に立って居るのだから。
終焉獣の動きを一秒でも多く止める。それが鈴音の役目であった。
「でもまあ、叩き潰しても構わんのだろ?」
足止めなど温い。殲滅出来ればそれだけ仲間の命も助かる可能性が高い。
既にこちら側には死者も出ている。生半可な戦いではないのだ。
鈴音はギリと歯を食いしばる。その死戦の先、チェレンチィの青い翼が風の如く駆け抜けた。
手にしたナイフは終焉獣の喉元を的確に切り裂く。
自分が仕留められればそれだけ皆が動きやすくなるのだから。
一つの所に留まらないチェレンチィは戦場を弾丸のように駆けた。
『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は左手の薬指の指輪に祈りを込める。
今、最前線で戦っているルチアのことが心配ではあるが、終焉獣を退け退路を確保することは彼女の無事に繋がると信じている。信頼しているからこそ、鏡禍はこの場で力を振うのだ。
「この指輪に誓って、誰一人殺させませんとも」
鏡禍の位置からであれば、向かってくる終焉獣を多く巻き込むことが可能であろう。
多少の危険は承知で鏡禍は人の居ない場所へ終焉獣を誘い込む。
「さあ、どちらが倒れるか勝負です」
鏡禍が集めた終焉獣をジョシュアが的確に打ち抜いた。
それに続いてギルバート達も剣を振う。
ジョシュアは感覚を研ぎ澄ませ背後からの攻撃を咄嗟に避けた。
「……!」
はらりとジョシュアの髪が数本切られて舞う。
続けざまにジョシュアへ襲いかかる終焉獣の爪をギルバートが受け止めた。
アイコンタクトでこくりと頷いたジョシュアは終焉獣の隙を突いて攻撃を放つ。
「回復は任せて! 誰かが死ぬのは見たくないし、何より圧倒的な敵の数だからこそ、手数は大事!」
ギルバートの傷を癒すのは『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)だ。
終焉獣に立ち向かう戦士達を心身共に回復し、より長く全力で戦えるようにする。それがフォルトゥナリアの役目であった。
鏡禍に蓄積された傷をフォルトゥナリアは優しい光で癒す。
「誰も倒れさせない!」
一人では決して耐える事ができない終焉獣の攻撃も仲間の回復と支援があれば持ちこたえる事が出来る。
その為の回復手なのだ。戦場において重要な要であろう。
柔らかな光がフォルトゥナリアの周りに浮かぶ。
ベネディクトは戦場に蔓延る終焉獣に剣を突き立てた。
バロルグを相手取ろうとも、無限に湧き出てくる終焉獣の対処も重要な戦いだろう。
自分の呼びかけで集まってくれた仲間も大勢居る。
彼らに報いる為にもベネディクトは立ち止まる訳にはいかなかった。
振われる剣に終焉獣が引き裂かれる。脂でぬめり鈍くなる刃を払い、血諸共吹き飛ばした。
ベネディクトの傍に控えるのはリュティスである。
「御主人様に楯突いた事を後悔させて差し上げましょう」
彼の死角を補うようにリュティスの攻撃が放たれた。
雁字搦めになった終焉獣をベネディクトが勢い良く切り裂く。
妙見子はグランヴィル小隊を引き連れ終焉獣の軍勢と戦っていた。
ティナリスたちが不安にならないように見守っているのだと声を掛け続ける。
「……グランヴィル小隊は聖都の騎士団ですからね!」
妙見子が居るお陰でグランヴィル小隊は安定していた。
何よりティナリスが存分にその力を発揮出来ていたのだ。
その背を見つめ、妙見子は頼もしくなったと目を細める。
前から迫る新たな終焉獣を見据え、妙見子は九つの尾を広げた。
自らに敵視を集めることでティナリスたちの怪我を減らすのだ。
それは妙見子が持つ慈愛そのものであった。
「ここは任せてください!」
「分かりました! お願いします!」
妙見子に群がる終焉獣をティナリス達グランヴィル小隊が的確に駆逐していく。
「荒ぶる神か……、神話の如き脅威が実際に世界の終わりに際して現れるとはな」
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)はグランヴィル小隊と共に攻撃に加わっていた。
「だが、ここで退くわけにはいかない。全力で食い止め、そして皆で生きて帰る!!」
ティナリスや妙見子に致命傷を負わせんとする敵を見つけ砲撃する。
彼女たちの援護でグランヴィル小隊は比較的怪我人の数も少なかった。
「お待たせリカちゃん只今登場♪ いひひっ!」
『夢の女王』リカ・サキュバス(p3p001254)は妙見子たちの傍へと駆け寄る。
「妙見子ちゃんの助けに来てあげたわよ、っと……危険ですって? 私を誰だと思ってんの?」
終焉獣の攻撃を引き受けたリカは口角を上げて笑った。
「師匠師匠って煩いから偶にはらしい事言ったげる『後輩』。
危険な戦場こそ刺激を愉しみなさい、汎ゆる手を使い必ず生きて帰りなさい。
それでこそ盾役の本懐……敢えて攻撃を受け止め圧倒する要塞という奴よ?」
妙見子の傍には『二人の秘密基地』Lily Aileen Lane(p3p002187)の姿もあった。
「たみこママのサポートに来たです。危ないから、来ちゃ駄目と言われてても、来るです。だって私は、たみこママの娘ですから」
終焉獣へと飛びかかったLilyはしがみ付いて離さない。
「死ぬ気は無いよ。だけど一体でも多く生きて帰るために。私は、私の戦いをする、です!」
こうして集まってくれた仲間に妙見子は思わず涙を浮かべる。
「ありがとうございます。絶対に生き残りましょう!」
必ず生きて帰るのだと妙見子はリカとLilyに頷いた。
「ギルバートそっち行ったよ」
「ああ……」
ディムナの声にギルバートは剣を素直に向ける。其れに重ねてヴィルヘルムの刃が走った。
子供の頃から繰り返された連携は息をするように自然なものだ。
ジュリエットはそんな彼らに降りかかる攻撃を打ち祓う。
彼女の周りをゆっくりと回る光は、集束し魔法陣を描いた。
其処から放たれるのは白泥。眩き光の粒子がうねりとなって終焉獣を押し流す。
ジュリエットの美しくも恐ろしい攻撃にギルバートは目を瞠った。
あまり攻撃魔法は得意ではないであろう彼女が、生き残る為に頑張っているのだ。
自分も覚悟せねばならないとギルバートは剣柄を握る。
「ジュリエット、必ず……生きて帰ろう」
「はい!」
あの優しい家に。二人だけの囁き声が聞こえる柔らかな時間に。
必ず帰るのだとギルバートとジュリエットは心を合わせる。
(ワシはアルエット殿に好意を抱いている……だがワシはアーベントロートの騎士としてッ!)
『黒鉄守護』オウェード=ランドマスター(p3p009184)は武器を手に終焉獣へ走る。
「闇神の呪縛を今ここで討ち切るッ!」
頭から粉砕された終焉獣が地面に転がった。
「一体ずつ確実にだ!」
危険も承知でオウェードは敵勢に斬り込む。
「悪鬼は任せたワイッ!」
血を流しながらも奮闘するオウェードを援護するのは『ひだまり猫』もこねこ みーお(p3p009481)だ。
「悪鬼にバッドエンド8……勝たないとですにゃ。みーおも猫の手貸しますにゃ!」
みーおは終焉獣目がけ攻撃を仕掛ける。みーおの強襲に敵は身体を灼いた。
「皆の邪魔なんてさせませんにゃ!」
自分達が終焉獣を引きつけている間にバロルグを倒してほしいとみーおは攻撃を繰り返す。
「こういうのは俺の役回りじゃァないがね……そうも言ってられねぇか」
『諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°』耀 英司(p3p009524)は戦線が崩れそうなサヴィルウスの戦士達の元へ走り込む。彼らは血気盛んではあるが行きすぎる面もあるのだ。
英司の加勢にサヴィルウスの戦士達は一層活気づく。
『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は戦場で倒れ込む戦士を受け止めた。
「一度は手出した案件だ。ヴィーザルにゃ、顔見知りもいる。アイデの新族長は、あれでちったぁマシになっちゃいるが、どうにも頼りネェからな。あいつの肩の荷を少しでも軽くしてやんのも、戦友の優しさってやつさ」
サヴィルウスの戦士を抱え上げたルナは素早い身のこなしで回復役の元まで怪我人を運ぶ。
「主役共はステージに。死にそうな脇役共は拾って後方に。舞台から降りるにゃまだ早ぇぜ」
戦士を激励するようにルナはその背を叩いた。
「帰りを待つ人がいる彼らを死なせるワケにはいかないからね。
行こう彩陽さん、奴らの足を引っ張り回すよ!」
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)と共に戦場を駆け抜ける。
「出来るだけ、多くの人を助ける為……行こう雲雀兄さん。一体でも多く敵を倒す!」
味方を巻き込まないよう二人は連携して攻撃を繰り出す。
終焉獣は彩陽と雲雀の絡め手によりじわりと数を減らした。
「わたしは夜を守る魔女。命を守る為に此処に来た!」
『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は箒に跨がり戦場を飛ぶ。
危ないのはギルバートやティナリスといった指揮官であろう。
彼らが倒れれば、戦士達は目標を見失ってしまう。
けれど、指揮官ではない彼らとて大切な命なのだ。
「あなた達だって倒れちゃダメなんだからね! この戦いを勝利して、みんなで帰るのよ!」
セレナの声は戦場で戦う戦士達に勇気を与える。
「誰も死なせはしません、僕がそれを望むから」
『プリンス・プリンセス』トール=アシェンプテル(p3p010816)は剣を手に大きく深呼吸をした。
ティナリスやグランヴィル小隊に迫る終焉獣に飛び込み刃で切り裂く。
押し返した剣で、続けざまに終焉獣の身体を突いた。
「向こうからまた来ますよ!」
ティナリス達に敵の襲来を知らせるのもトールの役目だった。
『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は青い瞳で戦場を見渡す。
「誰かを助けないことには理由が必要でも、助けることに理由は要らないですね」
依頼書に名前が書かれた援軍も、『戦士達』と一纏めに記された人々も。
「命の重さは等しく同じ。失わせないためここに来たんです!
導きの旗、見えますか?
大丈夫。ここからもう一度行きましょう!」
ユーフォニーの声が戦場に響く。それは怪我をして蹲っていた戦士達の耳にも届いた。
戦果も上げられず散って行くばかりではない。一矢報いるのだと男達は立ち上がる。
アルエットの大切な存在であるベルノやトビアスを放って置けるわけがないと『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)は着いてきていた。
「大した事も出来やしねぇが、アンタ達の壁にでもなってやるさ」
これ以上アルエットの大切な者たちが消えるのは見て居られない。
「アイツの為なら俺の命をくれてやってもいいがよ、そうじゃねぇよな。悪いが俺は、アイツの傍で守るって決めてるんだ。おいベルノ、トビアス! アルエットがアンタ達の為にきっと必死に祈ってる。だから諦めるような事しないでくれよな!」
ジェラルドの言葉にベルノは「分かっているさ」と返す。
生きて帰らねばならないのだ。
●
戦況は厳しい状況であった。
ルチアは戦場を見渡し、肩で息をする。
度重なる激戦に疲弊し倒れる者が出て来たのだ。
されど、駆けつけたイレギュラーズによって死者は限りなく少なくなっていた。
彼らの尽力のお陰で考え得る限りの、最善策が取れているとルチアは確信する。
「ありがとう」
終焉獣と戦う夫を想いルチアは指輪を親指で触った。
バロルグも随分と体力を減らしているとルチアは分析する。
スティアと愛無の抑えが功を奏してバロルグは神殿へと近づいていない。
このまま倒しきる目は必ずあるとルチアは信じていた。
「大丈夫。私達ならできる」
ルチアの言葉にヨハンナも頷く。
「ああ。絶対に勝つんだ。勝って全員で帰る――!」
ヨハンナの傷口にルチアの回復が降り注いだ。
温かな温もりを受けてヨハンナも攻撃の手に力がこもる。
ルカの剣はバロルグの胴を切り裂き、愛無の腕は傷口を抉った。
ジルーシャは魔法陣を広げ解き放つ。
「相手が神であろうと関係ない!」
スティアの強い声が光となって戦場に弾けた。
溢れ出す光は次々にバロルグへと飛ぶ。光迅を受けたバロルグはその場に膝を着いた。
スティアは注意深くバロルグを観察する。
油断は禁物だ。こういう時は特に注意しなければならないと意識を集中させる。
少しでも天義の国に被害が出ないようにしなければならない。
それがこの国の聖女としての役目。
「貴方は、本当に他の縁ある神々とは違うのですね」
リースリットは邪悪たる異形に成り果てたバロルグを見遣る。
『悪鬼』バロルグに同情も何もない。彼の行った悪行は許されざるものだ。
「エーヴェルトにユビル……貴方の喰らった魂達を、解放なさい!」
オーグロブに奪われる前に。そう想っているのはジルーシャも同じだ。
「アンタにも、オーグロブにも、これ以上利用させてたまるもんですか。
アタシたちの命も想いも、自分だけのものよ――!」
リースリットとジルーシャの刃がバロルグに深い傷を刻む。
其処から溢れ出たのは白い光だ。
それは揺らめき、今にも消えて仕舞いそうなものだった。
「あれは……! ユビルたちの魂?」
ヨハンナはその魂がオーグロブに引かれているのだと察知する。
「クソ! ぜってえやらせねえ!」
──ベルノに誓ったンよ。エーヴェルトの魂を救うって。
家族は一緒じゃないと駄目だ、ベルノもカナリーの所へ必ず帰れ。約束、指切りげんまんだ。
ヨハンナはエーヴェルトたちの魂に手を伸ばす。
魂を掴むというのは難しいものだと『冥府への導き手』マリカ・ハウ(p3p009233)は目を細める。
バロルグとオーグロブの間で支配権があやふやな今なら奪還できるだろうとマリカは踏んだ。
「その為なら過去の汚名だってもう一度被るわ。『冥府(ドゥアト)への導き手』だなんて言われてるけど、私はネクロマンサーよ。オシリスを嘲り、アヌビスを謀り、人々の魂を玩んだ死の道化師。……あの化け物たちに私の本気のイタズラを見せてあげる」
マリカの『悪戯』に魂たちはその場で揺らめく。
「死者は往くべき所へ逝く。
生まれて生き、生きて様々な色模様を織り成した末に逝き、また生まれ落ちる」
アーマデルはその場で揺らめく魂たちに呼びかけた。
「流れ、巡り、廻って捩れ、縺れて巡る、それは世界を構成する流転の理。
その理を妨げるものをこそ悪と俺は呼ぼう、我が守神は死者を見送るものであるが故に」
アーマデルが紡ぐのは魂の道しるべ。迷うことの無いように示す灯火。
ヨハンナは目の前に現れたエーヴェルトたちの魂に触れる。
「今度こそ、迷うなよ」
柔らかな光に包まれて、バロルグに捉えられた魂たちは空へと昇った。
集めていた魂を失い、急速に力を失ったバロルグは憎悪に塗れる。
「クソがァ!」
地面を大きく揺らし怒りを叩きつけるバロルグ。
「出来損ないの被造物。利用するだけ利用され使い捨てられる。それがお前だ」
愛無はバロルグへ言葉と腕を投げつける。
「「神」を名乗るなら抗って見せろ。そうでなければつまらない」
自分は神ではないと捨てられたのだと愛無は述べる。ならば何の為に自分は生まれたのか。
「どれだけ割り切って見せた処で。僕は、ただの「化物」だ。僕は不要と捨てられたモノだ。誰も僕を愛さない。だから「僕」は証明する。僕自身に。僕の存在を。
お前は如何なんだ? 「神」だと謳うなら、その矜持を魅せろ」
吹き上がる慟哭にバロルグは魔力を解き放つ。
「……あの壺で繰切殿を殴らなくて良かったと今は思っている」
アーマデルはクロウ・クルァクの残穢から貰った壺へ思い馳せた。
死者の魂を送り届けた今、あの壺はこの戦場には不要なものであろう。
冬夜の裔も連れてこなくてよかったとアーマデルは安堵する。
終焉獣の対応に当たっていたジュリエットと妙見子も此方へ合流していた。
「私に打てる手は全てうちます」
ジュリエットは祈りを込めて地廻竜の加護を仲間へ届ける。
「未来は光に満ちあふれてるんです。こんな所で幕を下ろすなんて出来ません!」
妙見子は未来を紡ぐ流星を戦場に降り注いだ。
それはバロルグの腹に穴を開けるもの。
「ルカ……」
ユーディアは戦場からの離脱を余儀なくされていた。
それでも限界まで耐え抜いたユーディアはルカに加護を与える。
「貴方に月の導きを――」
「イイ女の加護を貰って失敗したんじゃあ格好がつかねえ。きっちり狩ってやるさ」
ルーはベネディクトへと雷神の加護を与えた。
月と光の加護はルカとベネディクトの剣に宿る。
「相手にとって不足は無し。ルカ、倒れるなよ!」
「誰が倒れるかよ!」
ルカとベネディクトは左右からバロルグへと刃を向けた。
「こいつは俺の借り、ユーディアの加護……そして!」
積み重なる刃に込められた想いは、絶大なる力となる。
二人の剣はバロルグの身体を裂いて心臓まで到達した。
「テメェに運命を狂わされた、ヴィーザルの皆の怒りだぁぁああ――――!!」
ルカの怒号が戦場に響き、バロルグの身体を引き裂く。
力を失ったバロルグの身体はボロボロと崩れ、灰に成って消え去った。
「バロルグを殺すか人間。ははっ、良いぞ」
その瞬間、耳元で囁かれた声に戦場に居た全員に怖気が走った。
『咎の黒眼』オーグロブが姿を現したのだ。
「それでこそ矮小なるお前達の命をひねり潰す甲斐がある。
多少は抗って貰わねば興も乗らんからな。まだ殺すのは惜しい。もっと泣きわめいてみせろ。
我はお前達の悲鳴や苦痛を愛している。
地面に這いつくばり生きたいと願う強い意志は甘美であろう。
その希望が潰える瞬間もまた蕩けるような甘さがある。
目の前で仲間を裂かれた時の絶望は何より美しい。さあ、見せてみろ激情に染まる声を」
饒舌に、オーグロブは言葉を紡ぐ。
まるで新しい玩具を得た子供の様に。残酷な笑みでイレギュラーズを見下ろしていた。
「貴方がオーグロブ? 邪悪の権化って感じがするね」
スティアは臆すること無くオーグロブへ視線を上げる。
「人間だけでなく、神も弄ぶなんて……これ以上、この国で好きにはさせないよ!
今度は封印じゃなくて消滅させてあげるんだから!」
僅かでもいい。回復を施しオーグロブとの戦いに備えなければならない。
スティアたちを援護するように、メイやチックが回復を掛け続ける。
オーグロブは人間を玩具のように見ているらしい。スティアはその言葉の端々にそれを感じ取る。
つまり、慢心しているのだ。自分には到底敵わないのだと。
ならばチャンスは必ずやってくる。スティアは仲間達に背中を預けた。
「まだ、やれるな」
ベネディクトの声にルカは頷く。
此処で倒れる訳にはいかないのだ。
オーグロブを退けねば、バロルグを倒した意味も失われる。
ユーディアやルーに再び被害が及ぶ可能性だってある。
「ったく、バロルグも強かったのに連戦とはな」
バロルグを討った時に出し切った力はまだ戻りきっていない。
大きすぎる力の放出に指先は震えたままだ。
それでも、ルカは剣を持ち上げる。
ヨハンナは先陣を切ってオーグロブの懐へと赤き焔を叩き込んだ。
バロルグの比では無い魔力障壁に眉を寄せる。
「厄介だな……」
ルカの刃もベネディクトの剣も固い皮膚に僅かに食い込むばかりだった。
「流石に強いが、バロルグを吸収してりゃあもっと強かっただろうからな」
「此方が折れなければ必ず勝機はある!」
ベネディクトは再び剣をオーグロブの身体に走らせた。
「闇神殿……パパか……闇神殿のはコレクター気質というヤツだな? 開封せねば経年劣化すると知って尚、そのままでないと価値が無いと未開封で溜め込むアレだ」
蛇腹剣を走らせながらアーマデルは真面目な顔で呟く。
「ヒトの魂は巡ってこそ煌き、様々な色模様を生み出す。溜め込めば淀み、歪んで腐りゆく。
病毒に纏わる系譜でも、いや、だからこそ。溜め込んで腐海にするのはいけない」
一撃は小さいものであるが。この世に『生きて』いるかぎり傷は重ねられる。
「最も近いのが直系のバロルグ。他は大なり小なり大きく違う所を見ると、神の系譜も代を重ねる意味があるのですね」
リースリットは神々の系譜を思い返す。バロルグ、クロウ・クルァク、ルー、ユーディア、白銀、灰斗。
人と関わりが深い程に、人に近くなっていくのであろう。
灰斗は既に人の子と変わらぬ程に力を失っているらしい。
「ヴィーザルの神々の祖オーグロブ。貴方はこの世界が未来を掴むために断ち切らねばならないものです」
リースリットは細剣を舞うように一閃する。
ルチアの指先から浮かび上がった術式がオーグロブの身体に刻まれた。
ジュリエットは杖を掲げ魔力の奔流を叩きつける。
重ねるは星の光。妙見子は流星の煌めきで戦場を包み込んだ。
「アンタから見れば、確かにアタシたちはちっぽけな存在でしょうけれど」
ジルーシャは傷を負いながらも挫けないのだと立ち上がる。
「無力だなんて侮らせない。
大切な人がいる、帰りたい場所がある――神様にだって、滅びにだって、抗ってやろうじゃない」
「絶対に諦めないよ!」
どんなに強大な相手だろうと立ち向かう勇気がある。
スティアの放つ眩い白光はオーグロブの視界を灼いた。
「バロルグの事はヘドが出る程嫌いだがな……テメェもアイツに負けず劣らずのクソ野郎だぜ!」
その隙を見計らって前に出たのはルカだ。
手にした剣はオーグロブの肩に食い込む。どす黒い血が噴き出し地面へと飛び散った。
それでも余裕の笑みを浮かべるオーグロブにルカは激昂する。
「人間はテメェらなんぞに負けやしねえ!」
ルカはオーグロブの肩口に突き刺さった剣に力を込めた。肉の裂ける感触が手に伝わってくる。
ブツリという音と共に肉の抵抗は無くなり、オーグロブの腕が地面に転がった。
「くははは……! 良いぞ! 気に入った。その飽くなき闘志。奮い立つ意志。
良いぞ、其れでこそ人間だ。
我が憎悪し嗜虐し蹂躙し、それでも這い上がってくる人間こそ愛でるに値する。
もっともっと我を憎め。闘争を望むのだ――!!」
オーグロブは不気味な笑みでルカ達を見遣る。
「神々の祖だのなんだのは俺には関係ない」
ベネディクトは剣尖をオーグロブへ向けた。
戦う以上は己の存在を賭け、剣を交える相手であろう。共存など有り得ない邪悪の神。
護るべき者たちのために、死ぬわけにはいかないとベネディクトは声を張り上げる。
「神よ、俺達は神の思い通りにはならない。人は、俺達は決して弱くは無い!」
ルカの断ち切った肩の傷にベネディクトは剣を突き立てた。
全身全霊を掛けて肉を抉る。吹きだした地は黒く地を穢した。
その穢れを浄化せんとするのは祝音だった。
皆が生きて帰れるように謳い続けた祝音の祈りが大地の精霊に届いたのだ。
「僕は皆を癒します。皆が生きて帰れるように。それが僕にできる戦い方だから。
どんな敵にも。この場の誰も殺させない!」
地脈が有する精霊の力が自浄を促す。
「毒も血毒も全部浄化するよ。血毒なんか、ただの血になればいい!」
祝福の音。祝音の声に大地の精霊が呼応し、毒が浄化される。
「オーグロブ。神を生み出した神代の魔種。ならば僕が決着をつけねばなるまい。それを背負うだけのモノが僕にある」
愛無は腹の底から笑い声を上げるオーグロブの前へと黒い腕を叩きつけた。
――母の咎、子らの幸福。僕が償い、守るべきもの。
幸福の光の中に『自分』が居なくともいいのだと愛無は腕を振り下ろす。
自分が護りたいと思ったものが幸せであればそれで構わないのだ。
「もう「神」の時代は終わったんだ。子供たちを解放してやれ」
肩から広がる傷にオーグロブは尚も笑い続ける。人間の希望を嘲笑い、そして同時に愛している者の放つ不気味な声だ。
「お前には僕が居てやるよ」
愛無とオーグロブは属性が似ているのかもしれない。少なくとも愛無はそう感じていた。
「愉快だ。本当に愉快である。矮小な存在であるお前が我と同等など。
思い上がりも甚だしく、実に滑稽。だが、その強き意志。何人にも劣らぬというその気概、良いぞ。
人間とはそうでなくては面白くない。ついに、ここまで至ったか。我は至極愉快である」
ならば。
より、足掻いてみせよ。
登って来てみせよ。
オーグロブは雄叫びを上げ、高濃度の魔力を解き放つ。
魔力は地面を割り、集まっていた兵士達が重心を崩した。
吹き上がった瘴気から飛び出したのはオーグロブの腕だ。
ギルバートに迫る凶手の前に出たのはジュリエットである。
白い髪が光を反射し虹色に光る。
――貴方と過ごす時間が幸せ過ぎて、もう貴方無しでは生きて行けそうな気がしないんです。
ですから絶対に二人で生きて村に帰りましょうね。
そう告げたジュリエットの笑顔が脳裏に浮かんだ。
絶対に失いたくないもの。ギルバートにとって誰よりも大切な人。
それをオーグロブは理解していた。ジュリエットを失うことはギルバートを壊すことに等しい。
不安定な駒を指で弾くように。
オーグロブはジュリエットの身体を大きな手で掴み上げる。
「ジュリエット――!」
ギルバートは酷く動揺しただろう。身体は硬直し思考は一瞬遅れた。
戦場ではその一瞬が明暗を分ける。彼の性格も行動も親友のディムナには手に取るように分かった。
ディムナはジュリエットにオーグロブの鋭い爪が食い込む前に自身の身体でそれを受け止める。
「……っ」
「ディムナさ……!」
ジュリエットの声は途中で掻き消された。神殿の有する魔力の渦に引きずりこまれたのだ。
同時にオーグロブの気配が地中の奥深くに遠ざかっていく。
神殿に満ちていた濃い瘴気が和らいだ。
ディムナ諸共目の前から消えたジュリエットにギルバートは握っていた剣を落す。
「ジュリエット……」
昏い絶望がギルバートの視界を覆い隠した――
イレギュラーズは『咎の黒眼』オーグロブを退けた。
少なからず代償はあり、深い傷跡が刻まれることとなった。
されど、掴んだ勝利は多くの命を救ったのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
今回は本当に厳しい戦いを想定していました。
注意書きにもあります通り、亡くなられる方が出てしまうのではないかと思っていました。
結果はかなり健闘しました。最善だったと思います。
GMコメント
【ご注意】
もみじです。このシナリオは大変危険な依頼ですのでご注意ください。
※優先を入れておりますが、本当に危険ですので「帰りを待つ(不参加)」でも大丈夫です。
この依頼は高難易度(ベリーハード)です。危険です。
簡単に突破できる依頼ではありません。判定も大変厳しいものになります。
覚悟の上で依頼に臨んでください。
●目的
・『咎の黒眼』オーグロブの撃退
・闇神『悪鬼』バロルグの神逐
・バロルグとオーグロブの合流を阻止する
・バロルグに捕えられた人々の魂を解放する
・NPC(兵士など)を含めた半数以上の生存
●ロケーション
『滅堕神殿マダグレス』
天義の北、強い地脈の上に出現した神殿です。白く美しい柱と彫刻の意匠が並んでいます。
その神殿の奥にはオーグロブが居て、巨大なワームホールが開いています。
『滅堕神殿マダグレス』は地脈の上に建っています。
この地脈は天義全土を巡るものです。
地脈にのって毒が広がり、オーグロブに力を吸い上げられるので天義全土が危ないです。
バロルグはヴィーザルから南下し、この『滅堕神殿』マダグレスの目の前まで来ています。
●敵
○『咎の黒眼』オーグロブ
岩のような肌と逞しい肉体を持つBad End 8のひとりです。
封じられし悪逆。咎の壺。世界を愛し、世界を憎む、暴虐の獣。
長い年月を掛け、各地に己が復活する為の依代を造り上げていました。
神々の系譜、その祖。
オーグロブの血毒から闇神『悪鬼』バロルグが生まれ、バロルグから『蛇神』クロウ・クルァクが、クロウ・クルァクから『雷神』ルーと『月と狩りと獣の女神』ユーディア、白銀と灰斗が生じました。
ファウ・レムルの街で復活を遂げ、現在は天義の北『滅堕神殿』マダグレスにいます。
バロルグをヴィーザルから呼び寄せました。
最初は弱い人間がバロルグや自分とどう戦うのか、見物しているようです。
戦闘能力は未知数ですが、ファウ・レムルの街を簡単に滅ぼせるようです。
有り得ない程に強いでしょう。バロルグよりも明確に強いです。
○闇神『悪鬼』バロルグ
北の大地ヴィーザルに居た神です。
人々の魂を集め弄ぶ、悪逆非道な神でもあります。
オーグロブに呼び寄せられ、南下しました。
自分の意思とは関係無く、強制的に呼び寄せられた事に激昂しています。
1ターンずつオーグロブに近づいていきます。20ターンで合流します。
また、自分が集めたヴィーザルの人々の魂を徐々に吸い上げられているので憤怒しています。
オーグロブの呪縛から逃れるため、手当たり次第暴れています。
地脈の上でバロルグが暴れるということは、波及的に天義国に被害が広がるということです。
大人しくしろと言われて大人しくなる類いのものではありません。
長い年月を掛けて集めた人々の魂はバロルグにとって宝といってもいいものです。
それを無遠慮に取り上げられるのですから、怒りは地を揺るがすほどです。
血毒をまき散らす攻撃が予想されます。
死亡した者の魂を掴まえ自分の力にする能力を持ちます。
○ヴィーザルの人々の魂
ベルノの弟、エーヴェルトたちの魂です。藻掻き苦しんでいる様子が覗えます。
時間を掛ければ掛けるほど、人々の魂はオーグロブに吸収されます。
バロルグを倒すことが唯一の解放手段です。
○終焉獣(ラグナヴァイス)×無数
神殿の奥に開いたワームホールから無数の終焉獣が出現しています。
ある程度数を減らせば一旦は収まるでしょう。
●NPC
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
正義感が強く誰にでも優しい好青年。
翠迅を賜る程の剣の腕前。
ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
守護神ファーガスの加護を受ける。
イレギュラーズにとても友好的です。
○『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン
ノーザンキングス連合王国統王シグバルドの子。トビアス、アルエットの父。
現在、実質的な統王です。
獰猛で豪快な性格はノルダインの戦士そのものです。
強い者が勝ち、弱い者が負ける。
殺伐とした価値観を持っていますが、それ故に仲間からの信頼は厚いです。
○『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン
ヴィーザル地方ノルダインの村サヴィルウスの戦士。
父親(ベルノ)譲りの勝ち気な性格で、腕っ節が強く獰猛な性格。
ドルイドの母親から魔術を受け継いでおり精霊の声を聞く事が出来きます。
○『雷神』ルー、『月と狩りと獣の女神』ユーディア
悪鬼バロルグの血を受け継いだ大精霊の兄妹です。
彼らの父神クロウ・クルァクは祓い屋の繰切と大体同一です。
つまり、バロルグの孫、オーグロブの曾孫です。
彼らにもオーグロブの悪影響が少なからず出ています。
非常に優秀な戦力ですが、オーグロブに吸収されてしまう危険があります。
ヘルムスデリーに残す選択もできます。
○ヴィーザル地方の戦士たち×20
ヘルムスデリーやサヴィルウスから戦える者が20人ほど参戦しています。
騎士語りに出て来た人々です。
○『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
天義貴族グランヴィル家の娘であり、神学校を主席入学し、主席のまま飛び級で卒業した才媛。
当時の学園最強の剣士にして、学園最優の神聖魔術師であり、勉学のトップでした。
自分の身は自分で守れる程度の実力があります。
性格はとても真面目です。些か真面目すぎる所があります。
イレギュラーズと共に戦います。
剣技と神聖魔術を使う前衛よりのオールラウンダーです。
○『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)
聖都の騎士団グランヴィル小隊に所属する聖騎士。
元々はアストリアの部下の聖銃士でした。
年下(未成年)に見られることが多いがこれでも25歳を過ぎている。童顔。
ティナリスより年上で先輩だが立場上は部下である。
○グランヴィル小隊×20
ライアンたちグランヴィル小隊の人々も参戦しています。
○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
ベルノの養子であり、トビアスの妹。
母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
本当のアルエットの代わりにその名を借りています。
戦場には居ません。祈りを捧げながら帰りを待っています。
○残穢の毒壺
ハージェスでアーマデルさんがクロウ・クルァクから貰った残穢の毒壺。
アーマデルさんが依頼に参加した場合、持っていても構いません。何処かへ置いて来ても構いません。
ヴィーザルの人々の魂を毒壺の中に集めることができます。壊すと毒が広がります。
オーグロブに吸収されると、オーグロブが強化されます。
【サポート参加の方】
高難易度であるため、シナリオ趣旨に沿わない内容は描写されません。
また採用数も限定的となりますことをご容赦ください。
サポートの方も【危険】ですのでご注意ください。本当にご注意ください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●本当に危険です!
この依頼は高難易度(ベリーハード)です。危険です。
簡単に突破できる依頼ではありません。判定も大変厳しいものになります。
覚悟の上で依頼に臨んでください。
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