シナリオ詳細
<漆黒のAspire>弱気を挫く者
オープニング
●
弱気を助け善を成す。たったそれだけのことが、なんと難しいことだろう。
少女は多くを望んだわけではなかった。ただ、剣の才能を買われて、最初は自分にもできることがあるのだと喜んだ。
力があれば助けの手を伸ばすことができる。人々の笑顔を守ることができる。
その喜びが、純粋にそれだけでなくなったのは、いつからのことだっただろうか。嗚呼そう、力ではどうにもならないと知った時だ。
自分の力では限界がある。武力により救える命は決して多くない。
例えば餓死していく子供たち。自分では世界中の子供たちに満足するまで食事を与えることなどできようもない。
例えば盗みを働く者たち。中にはそうすることでしか生きていけない者だっているだろう。そのような者に衣食住を提供するだとか、そういうことはできない。
そういったことを成すには権力が必要で――ある時、少女はその権力でいいように扱われたのだ。
悪党の征伐だ、と聞いていた。その時仕えていた領主に命じられた少女は、悪を打ち砕けば弱き者が助かるのだと思って、言われるがままに悪党たちを手にかけた。
彼らの根城である集落はずいぶんと貧相で、悪党たちも命乞いをしてきたが。悪党は罰されるべきなのだと、少女はためらいなく刃を振り下ろしたのだ。
これで世界からひとつの悪が消えたのだと信じて疑わず。それが真実ではなかったと知らされたのは、領主へ報告した時であった。
『未納者……? 悪党ではないのですか』
『悪党に変わりなかろうよ。やれ貧しい、やれ作物がないと言って税を納めぬ者など生きている価値がない』
思わずうつむいた少女に、領主の晴れ晴れとした声がかかる。
『貧しいからと未納を許していたら、秩序の乱れと言われかねん。払えない者が悪いのだよ』
――貧しいから、悪にされた?
彼らは、盗みを働いたわけでも、殺人を行ったわけでもなく。貧しいから殺された、なんて。
(殺したのは、私)
知らなかったから罪がないなどと言えるだろうか。否。彼らは命乞いしていたではないか。あの時の言葉に耳を傾けていたら違ったのではないか。集落についておかしいと思うべきではなかったか。近隣住民から話を聞いていれば――。
けれど、果たして。それらをしたとして、命令に背くことができただろうか。武力しか持たない自分に。
――ダッタラ燃ヤシテ、全テ無クシテシマエバイイ。
――そうか。領主も集落も何もかも、無かったことにしてしまえばいいんだ。
心の中に響いた声がすとんと落ちてくる。力しかないのなら、その力でねじ伏せてしまうしかないのだと。
瞬間、ぶわりと炎が吹いた。炎は領主を包み込み、あたりの家具をも盛んに燃やす。
『あ、熱い! 熱い熱い熱い!!!!』
領主はその影を揺らし、まるで踊るようにゆらゆらフラフラとあたりを歩き始める。少女が半身ずらして良ければ、どたんと転んでのたうち回った。
『醜イワネ。サッサト燃エナサイ』
その影も、更なる炎であっという間に見えなくなって、何もなくなってしまった。
気が付けば少女のいた部屋は炎に包まれていた。美しい焔の煌めきに、思わず目が奪われる。手を伸ばしたそれは、しかし"蒼い焔を宿した"少女を焼くことはなかった。
『来タケレバ来レバイイ』
少女をそうした人物はそれだけ言い置いて部屋を出る。慌ててついていく少女は、外へ出て振り返った。
領主館はすでに炎が回り切り、中で人影が揺れている。あれは助からないかもしれない。
(けれど、仕方ないこと)
だって、領主の悪いことを見て見ぬフリしていたんだもの。因果応報というものでしょう。
少女は燃え盛る建物から視線を外し、自分を変えてくれたヒトの後をついていく。
これがホムラミヤと鵠 薙刃の出会い、そして薙刃が反転した日であった。
●
「皆忙しいみたいだから、資料借りてきたよ」
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)がイレギュラーズたちの元へ地図と、今回の依頼に必要な資料を持ってくる。
とはいっても、その資料は普段と比べたら白い部分が目立つ気がする。
「大丈夫か? それ」
「……うん、ボクも不安にはなるけど……どこもこんなものらしい」
サンディ・カルタ(p3p000438)の言葉にシャルルは僅かな渋面を浮かべて。しかし首を振りながらそう答えた。仕方ない、行く場所によって多少の変化は在れど、本質的なものはそう変わらないのだ。
世界各国に影の領域が出現した、というのがユリーカはじめ情報屋たちの言葉だった。それをさらに突き詰めていくと、ワームホールなる大穴が世界各地に現れて、そこから魔種や終焉獣たちが出現しているという話であった。
「影の領域に繋がった端末というか、影の領域の蛇口みたいなもの、と見ているらしい。……あれかな、空中神殿と各国をつなぐワープゲートみたいな、そういう感じかも」
「それは厄介だな」
「ええ。いつでも攻めてこられるってことでしょう? というか、もう攻めてきているのよね?」
クロバ・フユツキ(p3p000145)の隣でリア・クォーツ(p3p004937)が声を上げる。シャルルは頷いて地図を広げた。
「海洋王国にある、王立軍港ライオ・デ・ソル。ここに魔種が現れたらしい。おそらくホムラミヤの勢力だね」
蒼い炎を操り、侍のような出で立ちをした獣種の少女らしいが、魔種である以上は少女らしい実力ではないだろう。
「……? どうかした?」
「え! あ、いいえ、なんでも。続けてください」
リディア・T・レオンハート(p3p008325)はシャルルに声をかけられてはっとすると、ブンブンと手を横に振る。何か思うところがあったのかもしれない――が、本人に言う気がないのであれば深く追求する必要はなかろうと、シャルルは資料へ再び視線を落とした。
軍港には被害が出ているものの、常駐していた兵士たちがどうにか被害を押さえようとしている。しかし避難してきた一般人もいる上、そういった者が狂気に侵されているようだ。
「魔種との戦いに乱入してくるかも。ボクも行くから対処を任せてもらってもいいし……もし一般人に被害が出そうなら助けに行くつもりだから、皆は魔種に集中してもらってもいい」
とにかく、魔種や終焉獣に退いてもらわねば一般人が危険なことに変わりはない。現地で協力できる者には協力してもらって、イレギュラーズはイレギュラーズにしかできないことをすべきだろう。
「ワームホールから現れた終焉獣も軍港の方まで来てるみたいだ。気を付けていこう」
イレギュラーズたちは頷き、立ち上がる。ローレットの中は慌ただしい。一刻も早い対応が望まれているのだ。
●
(……あっちもこっちも、ヒトが多い)
青年はやや覚束ない足取りで海沿いの道を歩いていた。周りにはヒトばかりで、走っていくなどできそうにもない。前も詰まっているようだ。
王都の中心部に大きな穴が開いたのだと人々が不安そうに、しかし噂せずにいられないといった風に口にする。
「商業区はもうダメだね」
「お偉いさんたちも海へ出るそうだ」
「王都移転ってこと?」
「軍艦が燃えているらしいけど」
さて、無事にここを出ることができればいいが――ザクロ・ナイトアッシュが心の中でそう呟いた瞬間、頭上に影が落ちる。
いや、影にしては随分明るかった。それがぼとりと明かりのもとを落として――落ちた先にいた人間が、燃えた。
「うわああああああああ!」
「燃える鳥だ!!」
「ちょっと押さないで!!」
当然ながらその周囲はパニックに陥り、これ以上進みようがないというのに押されて人々が倒れこむ。それを後ろの方から眺めていたザクロは、不意に近くの建物の上を見た。いない。いや、しかし先ほどまではそこに人が。
誰もいない屋根を見ていたザクロの耳に再び悲鳴が入る。視線を戻せば、周囲を押し倒しながら逃げようとしていた男が蒼い炎で燃やされていた。
「自分の都合ばかりで動く悪者は退治しましたよ」
その前にたたずみ、微笑む少女。しかし手を差し出された者は歯をカタカタとならして手を取るどころではない。
「ひ、人殺し……!」
「それは語弊がありますよ。悪者は殺されても仕方ないでしょう?」
「きゃあああああああ!」
少女が近づくと悲鳴を上げて逃げ始める。あーあ、と彼女がため息をついて、逃げ出した女の首を刎ねた。
こうなればもう大混乱だ。他人を気遣う余裕などあるわけもなく、そんな"身勝手な者たち"は少女に次々と殺される。血の匂いがあたりにむせかえった。
ザクロは面倒なことになったな、と思いながらそっと後ずさる。協力するならもう少し理性的な魔種が――魔種に理性も何もあるもんか、と言う気もするが――いいのだが、これはどう考えても先に殺られるだろう。世界の滅亡を見るまでは死んでも死にきれない。
最も、それまで体がもつかどうかもわからないが。万病を治す果実などという御伽噺を信じるよりは、うまく立ち回れた方がよほど現実的だ。
しかし、魔種も狂っていえど馬鹿ではないらしい。
「あれ? 貴方……イレギュラーズですね?」
ザクロにかかった声。反射的に剣を構えるも、強烈な剣圧を受けて吹き飛ばされる。建物の壁に叩きつけられたザクロは顔をしかめながら立ち上がった。
「僕はどちらかと言えばおまえ達側だね。こんな世界が続いてほしいなんて思ってない」
「私もそう思います。けれど、残念ですね。反転できたなら、ここで死なずに済んだのに」
再び肉薄してくる少女。どうにか受け流そうとするも、小さな傷が刻まれていく。
「――ダメっ!!」
その時だった。聞き覚えのある声が自身の名を呼んで、滑り込む。
少女の攻撃を受けたシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)に続き、イレギュラーズたちが駆けつける。そして夥しい周囲の惨状に息をのんだ。
「来るのが早いですね、イレギュラーズ」
「早くてこれかよ」
吐き捨てるようにクロバが呟く。大きな血だまりの中に一体何人の遺体があるというのか。
「早いほうだろうね……じゃないと、軍港には人っ子ひとり残っていないだろうさ」
「ザクロっ?!」
シキは仲間たちの方へと後ろから突き飛ばされる。目を丸くしてザクロを見れば、彼は処刑剣を構えた。
「姉さんには悪いけれど、僕はおまえ達イレギュラーズを信じてない。それにここで死ぬのもできないんだよね」
その姿は、誰の目から見ても無理をしているように見える。片目の下まで貴石病の進行は進んでいた。
「私からすれば、そちらの対立は関係ありませんから。全て斬って燃やすまでです」
少女が微笑みを表情に載せたまま、刀についた血を振って落とす。遠くで一般人たちのもめる声と、悲鳴と、制止しようとする声と。そんなものが混ざって聞こえてきた。
- <漆黒のAspire>弱気を挫く者Lv:50以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年03月04日 23時25分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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(漸く見つかったのね、ザクロ)
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)はシキを突き飛ばした者を見て心の中で呟く。と同時に疑念が生じた。
今まで隠れていたのに、何故シキの前に姿を現したのか。偶然であるかもしれないが、もしかする場合もあるだろう。
「大丈夫よ、シキ。さ、貴女の願いを叶えに行きましょう」
そう告げれば、手を握られた彼女は小さく頷いた。
「随分と久しぶりだな、頭のイカれたお嬢ちゃん?」
にやりと笑った『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)に魔種――鵠 薙刃がうっそうと微笑む。
(どっかで弱い者イジメに励んでいるとばかり思っていたが……なんで出て来た?)
いや、彼女からすれば"当然の事"なのかもしれない。今、海洋を燃やし尽くそうとしているのは『憤怒の魔種』ホムラミヤだ。彼女に付き従っているというのならば、海洋に現れても不思議ではないか。
とはいえ、今や何処も修羅場だらけ。戦いを求める貴道にとってはある意味うってつけの状況であり――正直、彼女は興味に欠けるのも然り。
だが出会った以上放置しておくわけにもいかないだろう。まあ、魔種である以上そこそこには楽しめるか。
「死ぬまでやり合おうか。フィナーレが近いんだろ?」
「ええ。ですから、貴方がたにも消えていただかなくては」
ニィと笑った貴道が自身の体を強烈に強化する。『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は近づこうとする住民――薙刃の狂気に呑まれているようだ――に瞳を向ける。
「魔種ぐらいでごちゃごちゃ騒ぐんじゃねえ、サンディ様のお通りだぜ!!」
サンディの言葉をものともせず、掴み掛かる住民をサンディが払いのけ、多少の怪我は仕方がないと投げ飛ばす。瞬間、とてつもない殺意が飛んできた。
「なんだ、掴みかかってきたのはあっちだぜ」
「結果的に怪我をさせたのは貴方です」
なんであれ、目的とする魔種の視線を奪えたことには安堵すべきか、気合を入れるべきか。
「そもそも俺なんて、悪名は各地でそこそこあるぜ? 直近だと趣味悪いレストランの隠蔽工作とかな。
あんたの言う身勝手な奴らの倍以上は悪事をこなしてんだ、巨悪たる俺を見逃そうなんて気はないだろ」
「そんなにも死に急ぎたいのですか? 心配しなくとも――イレギュラーズというだけで万死に値する」
「このサンディ様をやれるもんならやってみろ。そう簡単には斬られないからな!」
サンディの内から出でし炎が薙刃を取り囲む。その炎をつっきり、彼女はサンディへその切先を突き出した!
「おっと!」
半身ずらして避ければ、サンディの視界にシキとその弟が入る。
(踏ん張らねぇとな)
自分が耐え忍んだだけ彼女たちの時間が増えるのだ。家族と話す時間は長くなければいけないと相場は決まっている。
「――シャルルさん、皆さん!」
『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)の言葉に『Blue Rose』シャルル(p3n000032)と、軍港から駆けつけた軍人たちが視線を向ける。
「イレギュラーズ殿、すべきことがあればご指示下さい!」
「ええ、市民の方を助けなければいけません」
逃げ惑う市民たちの救出、そして魔種の狂気に影響を受けた人々の鎮圧。魔種が現れてからそう時間の経っていない今なら、まだ助かる可能性は高いかもしれない。
「終わったら終焉獣の援護へ。お願いします」
「わかった。リディアたちも、気をつけて」
相手は魔種だから、というシャルルに頷く。ああ、気を緩めることなどできるものか。
「――何をしているんですか、貴方は?」
リディアの一閃を受け止めて、薙刃は表情も変えずに「弱者を護っているだけですが」と宣った。
彼女の発した言葉は、かつて薙刃自身が発した言葉だった。
ある時はイレギュラーズと魔種でありながら、同じ怒りを共にして、敵を同じくしていた。
ある時は善悪の食い違いから衝突し、彼女はどこぞへ逃れていった。しかしその時でさえ、彼女の願いは今まさに発した『弱者を護る』ことであった。
そんな彼女が、かつての問いを自身に投げかけられ、先日の答を発しながら――何を斬った?
「私はずっと変わりません。只々弱者を護ろうとしているだけ。貴方がたの目から見てそう見えないと言うのなら、貴方がたの目がくすんでいるのではありませんか」
「……っ」
彼女の焔を躱し、リディアは唇を噛む。魔種に堕ちるという事は、その狂気に呑まれるということは、こうも人を捻じ曲げてしまうのか。
「……この惨状、実に魔種らしいですね」
『アイのカタチ』ボディ・ダクレ(p3p008384)は周囲を見渡して呟く。この状況を作ってなお『弱者を護っているだけですが』などと、常人であれば言えないだろう。
(人々の対応はもう問題なさそうですね。となれば、)
ボディは空を見上げる。海洋に出現したワームホール。そこから出でる終焉獣たちはあるものは地を駆け、あるものは空を駆けている。すでに上空には炎を纏った飛行生命体が見え隠れしていた。
あれが襲ってくれば、イレギュラーズはまだしも一般人はひとたまりもないだろう。それこそ"弱者を護らねば"先ほど以上の惨事が広がるのは必然であった。
ボディの放つ電気仕掛の魂喰らいが空を飛ぶ。その呪詛は周囲を飛ぶものもろとも終焉獣へ絡みついた。
「話したい事、いっぱいあるんでしょう? あたし達が付いているから……存分に拳で語ってこい!」
リアに背中を押され、顔を上げる。弟の瞳が視界に映った。
「――ずっと会いたかったよ、ザクロ」
『雨は止まない』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の視線がまっすぐに弟、ザクロ・ナイトアッシュへ注がれる。柘榴色の瞳を姉へと向けた彼はひどく複雑そうな面持ちであった。
会いたかったと言うべきか。会いたくなかったと言うべきか。そんな顔だった。
(なるほど、あれがシキ殿の弟御ですか)
『夢見大名』夢見 ルル家(p3p000016)はちらりとシキを見やる。彼女であれば大丈夫だろうと思うが、さて。
「ザクロ……」
「……姉さんでも、容赦はできない」
処刑剣がシキに向けて突き付けられる。弟の瞳に浮かんでいるのは明らかな"敵意"であった。
(他の人は……ひとまず大丈夫そう)
シキは視線を滑らせ、あたりに人気がなくなったことを確認する。まあ、魔種が暴れだした時点で逃げ出していたので、その中心地たるここは早々に広い場所ができたといったところか。
「ねぇザクロ。姉弟喧嘩しようか」
ずっと仲の良い姉弟だったけれど、今もそう思っているけれど――今度こそちゃんと向かい合わなければいけないから。
「……拙者達を嫌うのは構いません。ですが、お姉さんの声には耳を傾けてはどうですか?」
「おまえに言われる筋合いはない」
「おや、シキ殿は話がしたいようですが。折角会えたのに、寂しいと泣かれても知りませんよ?」
ルル家の言葉にぐっとザクロが押し黙る。寂しいと泣かれるのは困るらしい。
そんな彼の様子にルル家はちいさく笑って、姉弟喧嘩をしようと言った彼女の肩をポンと叩いた。
(――羨ましい限りだ)
心の中でそう呟いて、『傲慢なる黒』クロバ・フユツキ(p3p000145)は小さく頭を振った。俺も"あの男"と再開できたらなどと、余計な気を垂らしている場合ではない。
「こちらを見ろ、辻斬りもどき」
薙刃が振り返ると同時、滅の剣戟が襲いかかる。受け流した彼女へ更なる乱撃が畳み掛けられた。
「俺の名は”死神”クロバ・フユツキ! 俺の前で正義を気取ったことを地獄で後悔しろ!!」
一撃は鋭く重く。切り結んだ2人は払いながら後退した。
「いざ尋常に剣術勝負と洒落込もうじゃないか」
「あたし達は特異運命座標です! あなた達を救いに来たわ!」
シキの声とともに、シャルルや軍人たちが安全な場所への避難を始める。地元の軍人も動いているとあって、不安は大きそうだがそこまで混乱はなく済みそうだ。
(海洋の心臓部が直接急襲されるとはね……)
少しでも多くの人を救わねば、と『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は視線を巡らせる。リディアの采配により、一般人は退避し始めているようだ。
「覚悟はいいかな、薙刃殿。ここまで大暴れして無事で済むとは思っていないだろう?」
タン、とヴェルグリーズが地面を蹴って肉薄する――その動きも見えぬほどの暗殺術が薙刃を襲った。
「なかなかの手だれですね……しかし、」
傷を流しながらも、薙刃の瞳に揺れる憤怒の焔は消えやしない。それは諦めを知らぬ意志の印だ。
ヴェルグリーズも巻き込むようにして、サンディを無数の剣圧と、焔の斬撃が襲う。
(こいつぁ、思ったよりキツイな)
しかし自分が狙われているという事は他の仲間たちや市民、海洋軍なら危害を加えられないということだ。
「それに、タダじゃやられねぇ」
茨の鎧が焔を弾く。薙刃はそれを鬱陶しそうに手で払い、刀で鋭く薙ぐ。
「綺麗な死に花咲かせて、とっとと逝きやがれよ? 今度こそ土手っ腹に風穴開けてやる」
「逝くのは貴方でしょうに。――その死に花が綺麗かどうかはわかりませんが」
彼女の刀にひるむことなく、貴道は至近距離から無数の打撃を放つ。常人の繰り出す技とは思えぬそれをたやすくいなし、薙刃は刀を返した。
「おいおい、こっちも無視してくれるなよ――!」
そこへ妨害するようにクロバの一撃が叩き込まれる。薙刃は眉を顰めながらクロバの攻撃を受け止め、一瞬の隙をついてその胴体を蹴り飛ばした。
「っ……なんて力だ」
ザクロたちを背に着地したクロバは薙刃を睨みつける。あの細い手足から繰り出された力とは到底思えない、が、それも魔種だからこそか。
(あの力でシキ達の方に乱入されたらたまったもんじゃないな)
姉弟の喧嘩を何者にも邪魔させるものかとクロバは立ち上がり、弾き出されたように勢いよく肉薄する。
(シキならきっと大丈夫)
『神殺し』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はザクロの元へ向かったシキの背中に小さく頷き。広域俯瞰で様子のおかしい住民たちの様子を確認する。これならボディ1人でも何とかなりそうだ。
「それなら、ぼくは――」
向かう先は強敵たる魔種の方へ。肉薄しながらケイオスタイドで仕掛ける。
「ぼくたちが……相手だよ」
「子供……? いえ、それでもイレギュラーズ、ですか」
突っ込んできたリュコスの姿に薙刃がやや怯みを見せるものの、それも一瞬のこと。すぐさま刀を向ける様はいくつもの戦いを潜り抜けたのだろうと窺わせた。
「狂気に堕ちた者に言っても、詮無きことではあるかも知れません。しかし言わせてください、貴殿の罪の本質は弱者を殺した事ではありません」
「愚者の戯言に付き合う気はないのですよ」
太刀を思いのまま振るう。口惜しきかな、とルル家は呟いた。
「現実を見なさい! 貴殿の罪は真実を知ろうとしなかったこと、都合の良い事だけを信じて動いた事でしょうに!」
「知ったような口を聞かないでいただけますか……!」
蒼い焔が溢れんばかりに溢れ出す。すぐ近くの木箱が燃え、延焼していく。少し離れた場所から海洋民たちの悲鳴が聞こえた。
「未だ繰り返すのですか! 自身の罪から目を背け、善行を重ねてると信ずることを……!」
「ええ、私は間違ってなどいない。弱者のために私は全力を尽くす!!」
なんと怠惰なことだろう。
なんと醜悪なことだろう。
元は心根の優しい者だっただろうに、狂気はここまで歪めてしまう。
「その弱さが無辜の民を虐げるならば、斬りましょう」
その姿に、ザクロはこう呟かざるを得なかった。
「――姉さん、本気?」
「本気も本気だよ。ザクロ、この状況でお姉ちゃんが冗談言うように見える?」
そう返せば、ザクロは歯切れ悪く否を返す。だが、"でも""だって"が続くのも仕方ない状況ではあった。
「僕が剣を振り下ろしたら、姉さんは大人しく斬られるってワケ?」
「そうなるかも。そんな簡単に斬られるつもりもないけれどね」
だって、手ぶらだもの。
シキの武器はそこに――足元に置かれていた。代わりに拳を握って構える。
少なくともシキにとって、姉弟喧嘩に武器はいらない。傷つけるための喧嘩ではないから。だから少しの手加減はご愛敬だけれど、ぶつかり合う以上は全力だ。
(きっと、これが初めての)
思い返せば、これといった喧嘩はなかったように思う。それはうまくピースが嵌まっていたのか、うまくピースを嵌めてくれていたのかわからない。けれどどこかで確かに、シキは間違えたのだ。
「ザクロ、教えてよ」
その間違いを正すために。
「君の心の底の底まで、」
声が震えてしまっても。
「――全部、知りたいんだ」
精一杯、伝えるから。
「こちらは任せてください」
シールドを張り、終焉獣を相手取るボディ。炎も爪も全てをねじ伏せ、享楽の悪夢を見せる。まだこの程度の数ならばまとめても潰れまい。いざとなればリアの回復支援もある。
ボディの支えを受け、イレギュラーズたちは魔種へと全力で挑みかかる。
「そう簡単に逝く気はないってか」
「ええ。この世界が終わるまでは」
「そういう割に生き辛そうに見えるぜ、いい加減生きるのもうんざりなんじゃないか?」
高速の打撃と、斬撃と。打ちあうそれらの合間、呼吸をはさむように言葉を交わす。貴道は無数の打撃からパンチの即興コンビネーションへと切り替え、薙刃の体を吹っ飛ばした。
「ここで終わっとけよ」
「……っ終わらせられるものなら、終わらせてみなさい!」
きっと眦を吊り上げる薙刃。終わらせられるものかとその瞳が語っている。だが、貴道からすれば知ったことではない。
「いいえ、終わらせましょう、薙刃」
今の彼女を、本当の彼女は望んでいないだろうから。リディアは貴道に続いて黒の大顎を開ける。高く跳躍した薙刃の下で、顎ががちりと閉じた。
(当たれば上々、当たらなくったって――!)
その背後からクロバが飛び出し、全てを置き去りにするほどのスピードで猛攻を加える。さらにヴェルグリーズが赤い闘気を爆発させた。
正々堂々、一対一などという驕りはリディアにない。そうして倒せるほど容易な存在ではないと知っている。
「でも……このままだと、たくさん殺すでしょ? 殺してばかりでどんどん黒くなって……それじゃ君もすくわれない」
「――救いなんて、求めてない!!」
つんざくような声と共に焔が爆ぜる。リュコスの身がびくりとすくんだ。
「救いなんて、求められるわけもないでしょう。私は、私であり続ける限り、弱き者へ手を差し伸べ続けるだけです……!」
●
風を切る音。シキは耳元でうなったそれをすんでで回避し、拳を突き出す。ガツンと拳に硬い感触が伝わった。
(貴石病……ザクロ、君も随分と進んでしまったんだね)
その感触に覚えがあったから、シキは小さく目を細める。それだけの死線をくぐってきたのだ――彼も、自分も。
「……でもさ、怖くなったんだ」
「何?」
「死ぬことが。ザクロ、私、死ぬのが怖くなったんだよ。死にたくない。死ぬのは、嫌だ。
だって知ってしまったら戻れない。私は、私たちだけだった時とは変わってしまったんだよ」
ずっとザクロに聞いてほしかった。カッコ悪い弱音を、同じ痛みを知る君と分かち合いたかった。
例えば、体が小さく軋んだ音を上げる時。
例えば、寝る前のひとりの時間。
例えば、友人と楽しいひとときを過ごしている瞬間。
不意に脳裏を掠めるのは『この日々がいつまで続くだろう』ということ。発症した貴石病は少しずつ、けれど確実にその範囲を広げている。最初は隠せていたそれも、もう隠しきれないところまで来てしまった。
無辜なる混沌へ降り立ったことでシキの世界は広がった。広がったが故に手放したくなくなってしまった。いつまでだって其処にいたいと思うのだ。
「私は、生き続けたい。死ぬのは怖いよ。ザクロは? ザクロも、こわい?」
聞かせてよ。拳を受けたザクロが受け身をとってすぐさま起き上がる。処刑剣を構えた彼は、もの言いたげに口を開いて、どうにも言葉が出てこなかったようで閉口した。
「ボディ!」
リアのアマービレがボディの傷を癒す。しかし。
「増えてきましたね……」
絶気昂で耐え忍ぶボディだが、絶えず終焉獣が舞い降りてくる。ワームホールが開いている証拠だ。少しずつ敵視が漏れ、一般人の混乱も遠くで聞こえてくる。
(此処で死んでいい人間なんて、誰一人存在しないというのに)
パニックになっている人も、それこそ今ボディへ向かってくる狂気へ呑まれた人も、須らく避難してきたのだろう。海洋の中心地は焦土になったと聞く。
(守らなければ。生きたいという意思に、善も悪も存在しないのだから)
嗚呼、しかし。ここまでの数となると、多勢に無勢か――
「ボディ殿! 助太刀します!」
ボディの元へルル家が駆けつけ、終焉獣を相手取る。視線を滑らせたルル家は武器を構える。
「何匹たりとも決して逃しませんよ……拙者がミスをしなければですけどね!
ルル家の猛攻が終焉獣を叩く。狂気に陥った者たちは気絶させながら、ルル家はちらりとシキたちの方を見た。まだ決着はついていないか。
「ぼくも……手伝うよ……!」
襲いかかる終焉獣、そして徐々に増えていく狂気へ呑まれた人々のもとへリュコスが躍り出る。人々の攻撃なんて気にしない。彼らが傷付けばそれはただの痛みだが、自分が傷つく分には力となるのだから。
「ここは危ないよ、はやく逃げて……目をさまして……!!」
神気閃光が人々の意識を刈り取っていく。まだだ、終焉獣はこの程度で倒れない。降りて狙ってきたところを狙い打たねば!
「よそ見するなよ!」
呪符が紫電を帯びる。サンディの指先が描いた一閃を喰らいながらも、薙刃の刃は貴道へと直撃した。
だが。
「――よくやったじゃねえか、お嬢ちゃん」
息を切らせながらも、貴道は愉しげに笑う。
傷だらけ? 満身創痍? それがどうした、ここからが本番だ。
「ようやくカラダが温まってきたぜ」
「ただの負け惜しみですか。……いや、」
呆れたように笑った薙刃は、次の瞬間すっと表情を改める。いいや、遅い。
その懐へ先ほどより数瞬早く飛び込んだ貴道は、力強いアッパーをたたきこんだ。
「……死んだぞ、テメェ?」
さあ、本領発揮と行こう。
「貴道殿のカラダが温まってきた、は恐ろしいね」
これまでとは段違いの力に、ヴェルグリーズは彼が味方で良かったと心の片隅で思う。まだ暫し、被害を広げないように立ち回らねばならなさそうだ。
薙刃の動きを阻害しながらヴェルグリーズはずっと考えていた疑問を口に乗せる。
「その異常な程の悪への嫌悪は。元々キミが持ち得ていたものかな」
「さあ、どうでしょうか。そうだったかもしれませんし、そうではないかもしれません」
過去には興味がないといいたげな返事であった。あるいは、それに加えて本当に覚えてないのだとでも言うような。
「……なにより、こわいのは。姉さんが笑顔でいられない世界で、頑張り続けることだよ……」
攻撃することも忘れてそんなことを繰り返した彼は、漸く言葉を絞り出した。
「死ぬのが怖くないわけない。でも、姉さんが頑張らなくて良くなるなら、僕はそれでいいんだよ。姉さんが心から笑ってくれるならそれで、良かったんだ……!」
命と引き換えにしてでも、叶えたいこと。死を恐れぬほどの願いは、自身に向けられたもので。
感情の高ぶりとともにザクロが処刑剣を振り上げる。シキはそのきらめきを視線で追いかけた。ただ、それだけで。
「……っ!?」
一歩も動かず受けようとするシキに、逆に動揺したのはザクロだ。まさか受ける動作すらしないなんて――いや、思い返せば"回避する"ことはあっても"受け流す"ことはなかった。
動揺が剣先をそらすも、直撃ばかりは免れない。身体へ走った衝撃と熱にシキは歯を噛み締めて耐え、ザクロの手を掴んで引いた。
「ザクロ……これではんぶんこじゃ、だめかなあ」
彼の体を抱きしめて、ずいぶん大きくなったなあ、なんて場違いなことを思う。あんなに小さかったのに、と口に出したら怒られてしまうだろうか。
「ごめんね、ザクロ。私が……間違ったんだ」
全てをひとりで背負い込んでしまえば、大切な弟を守れると信じてやまなかった。自身のことは顧みず、弟自身が傷つかなければ大丈夫だと。
(ううん、そんなわけがなかった。大切な人が自分のために傷ついたら……平気でいられるわけがない)
「私がザクロのために傷つくことが、嫌だったんだね」
「……今更だよ」
「うん。馬鹿なお姉ちゃんで、ごめん」
ザクロが俯く。その心の中が様々な感情でないまぜになっているのは、容易に見て取れた。
その背中をぽんぽんと叩けば、足元に処刑剣が音を立てて転がる。その音を聞きながら、シキはもう一度言葉を繰り返した。
「ザクロ。はんぶんこしよう」
「……姉さんの方が傷ついたよ」
「ふふ、それはそれ。私が受けたかったから受けたんだ。はんぶんこするのは、心の痛みだとか、死ぬことへの恐怖だとか……だって、私たちしかわからないじゃないか」
これまで自分が背負ってきたもの。これまでザクロに背負わせてしまったもの。それらを2人で一緒に背負って生きていきたいのだ。
「はんぶんこして、その果てでいつか一緒に死んだら――神様なんてクソくらえって笑ってやろうよ、ザクロ」
地獄まで、一緒に行くから。
「これ以上の被害は見過ごせない。……出来れば、キミの事情を知った状態で相対したかったよ」
「は……っ、事情を知ったところで、何になるのです」
「それでも。……魔種にも事情があるのだと、俺はこれまでキミたちに察してきてそう思ったんだ」
肩で息をする薙刃。相対するヴェルグリーズの傍らで、どうやらあちらの姉弟喧嘩は決着がついたようだとクロバはその様子で伺う。
(家族が相手なら、命懸けでも成し遂げろと言う他ないだろ、なあ?
……全く、こっちの気も知らないで)
クロバが父親とシキにとってはザクロなのだ。
ザクロはあの親父に一度は行動を共にしてたみたいだしな。
ま、これも縁というものだろう。俺とシキが師弟関係であるようにな。
一度関わった相手なら現れても良いだろうに。
(肝心な時にいないんだからさ、あの野郎は)
彼が死んだとは思っていない。いや、思いたくない。あのふてぶてしい野郎はしれっとどこかで生きていて、そのうち姿を現すに決まっている。
「だから、せめて。俺は俺の為すべきことを為す」
シキに最も近しい者たちほどではなかろうが、自分にも彼女の道を開きたい想いが強いことを、この剣で証明するのだ。
「来いよ弱者。”本物の弱者”が築き上げた剣、見せてやる」
「他者を屠る者が、戯言を――!!」
苛烈な蒼の焔があたりを埋め尽くさんと火柱を立てる。それは最早、彼女の最後の輝きと言っても過言ではないだろう。熱風すらもイレギュラーズたちを、周囲を虐める。
万人が、ただ平穏に生きる事すら許されない世界が憎かったのだ。
ヒトが、同じヒトに悪意を向ける事が許せなかったのだ。
それを正す事すらできない自分も許せなかったのだ。
世界へ、人へ、自分へ怒りを向けて。
「……正すには、大きな力が必要です。1人で打倒できないことだって沢山ある」
数多の人と接し、想いを伝え、助力を得て成し遂げなければ、成し遂げられないことの何と多いことか。
(願わくば……貴方とも共に歩みたかった、薙刃)
きっとかつての彼女であったなら、共に戦ってくれただろう。たらればなんて仕方のないことでも、考えずにはいられない。
「代わりにせめて、約束します。貴方が願っていた優しい世界は、私が必ず何処かで実現させてみせる。
私はこれからもそうやって、自分の信じる善行を、邁進してみせます!」
この武士の魂に、一瞬でも安らぎあれと願いながら飛び込む。熱さをものともせず得物を一閃したリディアは、焔の散る間際に彼女の声を聞いた気がした。
――あとは頼みました、と。
●
「ねぇザクロ。この世界は案外美しかったんだ。ザクロにとっては違うかもしれないけれど」
きっと知ることができたのは、奇跡のようなものだったのだと思う。シキにとっては正しく奇跡そのものであったのだ。
世界を染める夕日の外は、踏み出してしまえば青く晴れていたと。
へたり込んだシキは、隣に座ったザクロにもたれかかってぽつぽつと言葉を続ける。嗚呼、帰ったらしばらく安静かも。できるかな。だってこの世界は危機にあるし。
「私はこの美しい世界で愛する家族と……ザクロと、ずっと生きていきたいよ。今も、これから先もずっと」
そのためならいつまでだって一緒にいる。世界を醜く思っても、誰を信じることができなくても、その身を自分が抱きしめようるから。
「だから、もう一度だけ私を信じてよ」
隣でそう告げる姉に、ザクロが瞳を揺らす。
「……姉さん、でも、」
「――っあああ、もう!」
ザクロが口を開きかけたその時、スパーンッと小気味よい音がザクロの頭上を通過した。目を丸くするシキと、頭を押さえるザクロの前にリアが立ちはだかる。
「別にあたし達の事は信じなくていいわよ! でもね、シキの言うことはしっかり聞きなさいよクソガキ! シキがどれだけアンタの事心配してたと思ってんの!?」
「リ、リア――」
「この世界にたった2人だけの家族なら、こまけぇ事ごちゃごちゃ言う前に甘えなさい! 弟の癖に生意気言ってんじゃないわよ!」
ねえ、サンディ!
唐突にリアから話を振られ、サンディは頭をかく。家族の問題にあまり首を突っ込むべきではないかと思っていたのだが。
「……まあ、イレギュラーズって単位じゃ俺だって胡散臭いだろうさ。んだから、眼の前の"人"をキチンと見ろよ」
自分やリア、その他の皆はまた追々に。まずは隣にいるシキそのものを。
世界なんてものは結局、人同士のつながりだと思うから。眼前の1人を見て、その1人を判断していく――それを繰り返したなら、きっと混沌での時間はこれまでと違ったものになるだろう。
「――わかった」
憮然とした表情で、しかし確かにそう返したザクロはシキへ視線を向ける。
「姉さんの目には、この世界が美しく見えているんだよね。それを、僕にも教えてほしい。……姉さんがちゃんと笑顔になれる世界なんだ、って」
「……! 勿論!」
良かったあ、と笑ったシキは、不意にぐらりと世界が揺れるのを感じた。それからすぐ隣の体温が支えてくれて、眼の前にいた2人が慌てたように駆け寄ってきて。
(ほっとしたら、気がぬけちゃったなあ……)
まあ、いいか。少しだけ眠らせてもらおう。このまま目を閉じても――愛する弟はいなくならないだろうから。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
ザクロはシキさんと共にあることを選び、薙刃は塵と化しました。
それでは、またのご縁がありますように。
GMコメント
愁です。軍港での戦いです。ここを防げば、より安全に海洋国民たちの避難が叶います。
よろしくお願いいたします。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功条件
鵠 薙刃の討伐
オプション:ザクロ・ナイトアッシュの保護
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●フィールド
海洋王都リッツパークに存在する王立軍港ライオ・デ・ソル。大きな軍港ですが、停泊していた何隻かの軍艦はすでに蒼い炎で包まれ、使い物になりません。
ホムラミヤとワームホールより現れた終焉獣の影響はまだ薄く、建物や物資、軍艦、人も残っています。
魔種と会敵した場所は大きな血だまりと何人もの遺体が転がっています。大きな木箱なども存在しているため、やや障害物がありますが、戦闘可能な広さは確保されています。
少し場所を移動すると一般人がぎゅうぎゅうに詰まっており、逃げも隠れもできない状態です。飛行種であれば飛んで逃げることもできますが、空を飛ぶ終焉獣に襲われるでしょう。海に飛び込める場所までは距離があります。
この場の被害をいかに収めるかで、その後の避難速度が変わるでしょう。
●エネミー
・鵠 薙刃(くぐい・なぎは)
ホムラミヤによって反転した憤怒の魔種。元獣種の少女です。
一見して積極的に弱者を助ける善性を持ち、社交的で会話も成立します。瞳は穏やかに微笑んでいる――ように見えるでしょう。
弱気を助け善を成そうと清廉な志を抱いていましたが、悪党の征伐と命じられ、手にかけた者が貧困故に税を納められなかった民と知り、失意に打ちのめされました。
そこへ現れ、全てを無に帰したホムラミヤを慕い、現在は彼女の望みを叶えんとしています。燃やして全て無くしてしまえば彼女は喜ぶし、自分だって強者を成敗することができるから。弱者のような顔をしていたって、実際は誰かを虐げて生きてきたのだろうと考えています。
イレギュラーズやザクロに対し、反転前から持っていた類稀なる剣の才を存分に発揮してきます。一撃は鋭く重いです。加えて蒼い炎の力を操ってきます。
・終焉獣・Typeファルコン×??
炎を纏った猛禽類。王都中心部に発生したワームホールから出現します。空を飛び、王都へ炎を落としながら羽ばたきます。
中心部に比べれば些か数は少ないものの、炎を落としてくる厄介な敵です。イレギュラーズは大丈夫ですが、一般人は彼らの一撃で死ねます。
見に纏った炎と猛禽類らしい嘴と爪で襲ってきます。非常に的確な狙いで急降下してくるでしょう。
・狂気に陥った人々×??
海へ逃げるために軍港へ押し寄せていた人々。滅びのアークや魔種の影響により狂気に冒されています。程度は人により異なりますが、基本的には気絶させれば戦いの邪魔にはならないでしょう。
イレギュラーズへも向かってくる他、一般人同士での殺し合いが発生しています。新たな魔種の誕生にも繋がりかねません。迅速な対応が求められます。
戦力としては一般人よりやや強い程度。しかし体の負荷を考えずに暴れまわるので、骨が折れても気にしません。
●友軍
・シャルル(p3n000032)
ウォーカーの蔓薔薇を纏った少女。
中〜遠距離レンジの神秘攻撃が可能です。また、魔種単体を任されない限りは死にません。
狂気に陥った人々の対応を行う予定です。一般人が狙われたら、身を挺してでも助けに行くつもりのようです。イレギュラーズからの指示があれば従います。
・海洋王国軍人×30
軍港に勤めていた軍人たちです。比較的軽症の者たちがイレギュラーズの助力に向かってきます。(会敵からほどなくして来るため、戦場への登場までの遅れ等は気にしなくてOKです)
近接〜遠隔レンジの物理アタッカーです。一般人よりは多少色がついた程度の実力なので、魔種戦には圧倒的に向きません。死にます。
●友軍?
・ザクロ・ナイトアッシュ
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)さんの弟です。ウォーカーのため反転することはありませんが、世界に絶望した状態で召喚されたため、世界を救う気はありません。むしろこれまで魔種側に味方をしていました。
しかし薙刃には敵として刃を向けられています。『無くなる世界に特異運命座標はいらないから』だそうです。
とはいえ、ザクロ自身がイレギュラーズを信じていないため、敵味方関係なくシキさん以外に容赦しません。
戦い方は処刑剣を用いた至近~中距離レンジの物理アタッカー。手数と狙いに自信があり、それなりにタフです。
ただし、彼は貴石病にかかっており時間がありません。故にシキさんにも剣を向けます。
戦闘後、彼に動けるだけの余裕があるならばどこかへ行方を眩まします。ここでいなくなると、次どこで会えるかもわかりません。次があるかもわかりません。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
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