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シナリオ詳細

眠れるアイに鎮魂歌(レクイエム)を

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●冬を迎えし村に告げるのは
 冷たい空気に身を震わせた。まだ雪は積もっていないが、吐く息は白くて、この地にも冬が来ている事を実感する。
 冬でもまだ足元に茂る緑を踏みしめて、イレギュラーズは道を歩む。
 彼等が向かうのは天義領内にある、小さな村だ。
 リーベ教教祖・リーベ。改め、リーベ・アポテーカー。今際の際にイレギュラーズに教えてくれた、彼女のフルネーム。遂行者でもあった女が、その信条である『死こそ救いである』に縋りつつも結局は生きる道を選んだ者達を集め、己の手を離れても生きていけるようにと願った村。
 さく、という音を聞きながら、水月・鏡禍(p3p008354)は少しばかり気が重く感じていた。
 リーベという友にトドメを刺したのは自分である。「あの村の事は気に掛けておく」と言ったのも自分だ。だからこうして、リーベが関わっていた村に向かっている。
 ――――彼女の死を伝える為に。
 避けては通れぬ道であったし、行く事に異論は無い。だが、トドメを刺したのが自分であるという事実が、胸の奥で小さな重石となってそこにあった。
 だからこそ、彼女は敢えて嘘の理由を考えてくれたのだろうが。
 視線を前方にやる。白い、暖かそうなローブを着た男の背が見える。愛用の杖を持ち、可能な限りの携帯用医療道具を鞄に詰めて、松元 聖霊(p3p008208)が黙って歩く。その背中から、つい、と目を逸らしたのは、彼に対して少しばかりの申し訳なさがあるからだろうか。
 医者である彼が、患者だと認識しているリーベを出来る事なら生かしたいと思っている事は知っていた。運命を悟っていた彼女がそれを拒んでもなお、生きて欲しいと願っていたのは、自分達が知らない二人の時間の中で「生きたい」と言ったのを聞いていたからなのだろう。
 皆の前では言わなかった本音を彼にだけ零した事が、友として、少し羨ましく感じた。
 同時に、申し訳なさが募る。生きてほしいと願った彼女に手を掛けたのは自分だから。
 だけど彼は言わない。恨み言も、怒りも、何も。それを鏡禍はどう受け止めるべきなのか、考えあぐねている。
 何も言えなくて、無言のまま進んでいく。
 誰も何も話せなかった。半分くらいお通夜のような雰囲気だった。
 それを救い出してくれたのは、村の入口を見つけたキルシェ=キルシュ(p3p009805)が上げた声。
「あの村、よね?」
 彼女の視線の先には、木製の柵で村を護るように囲み、入口を開けている村の姿だった。
 村の中から鐘の音が鳴る。短く一度鳴らされた音の後、若い男が腰に帯剣をした姿で入口に現われた。
 彼はイレギュラーズの姿を見つけると、彼等が誰だか分かったようで、居住まいを正す。
「ようこそ、イレギュラーズの皆さん」
 はて、誰であろうか。
 前回村を訪れた際に見なかった顔だ。
 首を傾げる数名の前で、男は短く自己紹介をする。
「自分はリーベ教の騎士です。もっとも、最後の戦いには連れて行ってもらえませんでしたが……」
「どういう事、だ?」
 リーベ教の騎士は彼女との戦いの際に居なくなったのではなかったのか。
 エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の質問に、男は再度口を開く。
「あの方は、『まだ若いし、経験も不足している人は連れて行けない。代わりに村で過ごして欲しい』と仰っていました。故に、僅かながらも騎士はこの村に居ます。
 ……あなた方が此処に来たという事は、そういう事なのですね?」
「……ああ、そうだ」
 理解が早くて助かるが、それにしては随分と落ち着き払っているような印象を受ける。
 眉を顰めた様子に気がついたのだろう。若い騎士は「それもリーベ様の遺言でしたから」と話す。
「自分がイレギュラーズに殺されたとしても決して怒りに落ちるなと。これ以上諍いをしてほしくないと、そう仰っていましたから」
 そう言って微笑んだ男は、改めて一礼をする。
「歓迎いたします、イレギュラーズの皆さん。
 お辛いかとは思いますが、どうか、村の人達にリーベ様からの遺言を伝えてください」
 無言で頷き、騎士の後ろをついていく。
 村人達からどのような感情を向けられるのか。
 それが、少し怖かった。

●リーベが残した、未だ名も無き村
 集会所だという一軒家の建物に案内されて待つ事しばし。村長と思しき年老いた男性が、数名の村民を連れてやってきた。先程の若い騎士、屈強な女性、それから少し大人びた少年。
「お待たせいたしました。村長のガイです。お久しぶりです、リーベ様のご友人方」
「お久しぶりです。本日は突然の訪問で申し訳ありません」
 雨紅(p3p008287)の謝罪に、村長は笑みを崩す事無く「大丈夫です」と答える。
「それで、大切な話について教えていただけますか?」
「はい」
 雨紅は一度頷いた。だが、それ以上を口にしようとすると、唇が震えてなかなか声に上げられずに居た。
 彼女の言葉を引き継ぐように、フリークライ(p3p008595)が声を上げる。
「申し訳ナイ リーベ 亡くなった」
 それだけで理解したのだろう。若い騎士以外の村民達は目を瞠った。
 少年の口から「なんで……?!」という声が零れる。
「ねえ、なんでリーベ様亡くなったの?!」
「落ち着きな」
「おばさんはなんで平気なの?!」
「落ち着かなきゃ詳しい事も分からないままだからだよ」
 少年に言葉を返す女性が握った拳が震えている事に、雨紅は気付く。
 突然の訃報に対しても、こうして心を強く持とうとする彼女の強さに、見習う部分を感じ入る。
 深呼吸をして、雨紅は改めて言葉を紡ぐ。彼女が残してくれた嘘を。
「彼女を利用しようとする方が居ました。彼女は自分を悪用されまいとして、自死を選びました。
 私達が知らせを受けて彼女の元に辿り着いた時には、遺言を残す力しか残っていませんでした」
「お医者さんも居たのに?」
 少年の視線が聖霊に移る。彼は以前この村で子供達に健康診断をしていた。それを覚えていたのだろう。
 杖を握りしめて、彼は背筋を伸ばすと出来るだけ凜とした声で少年に答えた。
「俺の力不足だ。悪い、助けられなかった……。
 ……俺が殺したようなものだ」
 その言葉に、鏡禍が目を伏せる。この人は、そう思うのか。実際に手を下したのは自分だというのに。
 顔を見れない鏡禍をよそに、イズマ・トーティス(p3p009471)が言葉を繋ぐ。
「リーベさんから、言付けを預かっている。
 貴方達村の人達や信者の人達に対して、『生きて、笑ってほしい』と、そう言っていた」
「……そうですか」
 村長は少し考え込むような様子を見せた後、女性に向けて口を開いた。
「村の者達に通達を頼む。
 急ですまんが、リーベ様の葬儀を執り行うとな。墓も、作らねばならん」
「遺体も無いのに? っていうか、なんで遺体連れてきてないんだよ!」
「リーベがそう望んだからだ!」
 少年の勢いを削ぐように、結月 沙耶(p3p009126)が叫ぶ。
 彼女が望んだと実際に言った訳ではない。だが、彼女が第一の騎士達を連れていた時、彼女は確かに戦った形跡のある者達を連れ帰るのを良しとしない発言をしていた。
 だから、今回もそうなのだろうと思っている。それに、彼女は言っていた。魔種という身体を欲しがる者が居ると。
 魔種の事情は伏せて、言葉を続ける。
「仮にリーベの遺体を此処に連れ帰ったとしよう。そうすると、彼女の遺体を求めてこの村が狙われると思う。
 また、彼女が生きていた場合も同様に、この村を人質にして彼女を利用しようとするだろう。
 彼女は、この村を守りたいから、敢えてそう望んだんだ」
 考え得る彼女の優しさを推測し、口にする。
 リーベの最期を思い出して、また目の端が滲みそうになる。それを堪えて、沙耶は少年を見つめた。
「彼女がこの村を守りたいという意思を、分かってほしい」
「……………………うん」
 まだ腑に落ちぬ様子はあれど、どうにか納得しようとはしてくれているらしい。
 少年の様子に、ひとまずは息をつく。
 話が落ち着いたと判断したようだ。
「それじゃあ、手伝ってもらおうかね」
「手伝いですか? 何をすればいいのですか?」
 キルシェの質問に、女性はマッスルな力こぶを作って笑う。
「そりゃあ、勿論! 食事の用意だよ! 冬でも活動する兎とかも居るから、狩ってきてくれても構わないし、あたしらと一緒に料理してくれても構わないよ。
 あ、そうだ。村長。余興とかも出来そうなら頼むかい? ほら、以前、そこの青髪の兄ちゃんが音楽を披露してくれたり、目隠しの男の子が不思議な物を見せたりとかしてくれてただろう」
「ふむ。……リーベ様を見送る余興としても良さそうだが、どうかね、皆さん」
「そうだな。音楽なら覚えがある」
 頷いたイズマに、「それでは、お願いします」と村長が頭を下げる。
 女性が早足で出て行き、村長も出ようとしたところで、ふと思い出したようにイレギュラーズを振り返った。
「そういえば、皆様が以前来られた後に、りーべ様がまた来られた事がありました。一日だけこの建物を貸し切りたいと言われましたが、今にして思えば、あれは身辺整理の為に来られていたのでしょうな……。『友人達が来たら自分のものは好きにしていいと言ってほしい』とも仰ってましたから」
 懐かしむような目を暫しして、それから村長は柔和な笑みで言葉を続けた。
「この集会所はリーベ様が来られた時の家でもありました。薬学の本や資料、村人達のカルテなど、そういったものがあるのはそういう訳でしてな。
 よろしければ、リーベ様の遺品などで必要な物があれば持って行ってくだされ。ご友人であるあなた方が持っていれば、彼女も喜ぶでしょう」
 では、と一礼して、村長が出て行く。
 残されたのは若い騎士と少年と、イレギュラーズだけ。
「リーベ様の騎士は村のあちこちに居ます。皆、リーベ様のお言葉を守ろうとしている者です。あなた方に対しても決して害を為そうとはしないかと」
「そう、か……」
 胸中は複雑。されど、それは互いに一緒。
 溜息をつきそうになるのを堪えて、エクスマリアは家を見回した。
 その様子を見た少年が、口を開く。
「リーベ様の部屋ならこの一階の角部屋だよ。本が一杯で、時々読ませてもらってた。……ねえ、本当に、リーベ様、死んじゃったの……?」
 泣きそうな顔の少年に、「はい」と答えた雨紅の口元は固く結ばれており。
 目元を拭い、「そっか」と呟いた後、少年の口から零れたのは予想だにしない言葉だった。
「じゃあ、最近村のあちこちで聞く白い姿はリーベ様だったのかな……」
「は?」
「ここ数日ぐらいだったかな、一瞬だけ白い姿が見えるって話が子供や大人達から聞くんだ。気のせいだろうって大人達は笑ってたけど、もしかしたら……。
 あ、でも、大人達の言うように気のせいかもしれないけど」
 誤魔化すように笑い、少年は「じゃあ皆に言ってくる!」と急ぐように家を飛び出した。
 誰もが顔を見合わせる。
 まさか、なぁ。
 そんな思いを抱きながら、それぞれがやりたい事を行なう為に行動を開始した。
 窓の外で、白い何かがひらりと舞った。

GMコメント

 リーベに関するエピローグ、です。
 かつて死にたいと望みつつも結局生きたいと願った者達をリーベが集めた村です。実はこの村、まだ名前がありません。
 イレギュラーズが名前の候補を挙げても良いかもしれませんね。
 リーベは知らないが、村の手伝いをしたいというのでも問題ありません。

●成功条件
 リーベの葬儀を無事に終える事

●村人達について
 村長、屈強そうな女性、少し大人びた少年、若い騎士と話す事も可能です。
 他の村人達で、以前訪れた際に気になっている人が居れば、探すのもアリです。

●大体の流れ
 日中は葬儀の準備(食材調達、調理、墓の準備)が主ですが、リーベの私室を整理するのも良いでしょう。リーベが遺した何かがあるかもしれません。

 夜はリーベの葬儀を執り行います。祝詞といった習慣はこの村になく、祈りだけになります。演奏があると助けにもなるかもしれません。
 葬儀の後は宴が催されます。リーベの死を悼み、騒ぐ事で、少しでも彼女に心配ないよと届ける為の村人達の心です。

 リーベの墓は、以前訪れた、騎士達の墓の側に立てられる予定です。
 村人達はリーベの家名を知りません。名を刻む時に教えて上げると良いかもしれませんね。
 または、リーベの墓にこっそり訪れて思いを吐露するのも有りでしょう。もしかしたら、白い何かが出てくるかも……?

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 仲間内で何をするのかを伝えておくと、プレイングが書きやすいかもしれません。
 文字数が足りなかったりした場合の為にEXプレを開けてあります。

  • 眠れるアイに鎮魂歌(レクイエム)を完了
  • 愛よ安らかに眠れ
  • GM名古里兎 握
  • 種別長編EX
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2024年01月13日 23時25分
  • 参加人数10/15人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
雨紅(p3p008287)
愛星
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女

リプレイ

●大切なものの力になりたくて
 食材調達も宴の準備として大事なものである。
 一部の村民と共に、『紅の想い』雨紅(p3p008287)は森の中に足を踏み入れていた。寒さが身を刺す中で、彼女は感覚を研ぎ澄まし、獲物を探す。
 視覚で捉えた野生の兎。己の気配を極限まで薄め、背後から仕留めるべく足音にも気をつけて回り込む。
 射程内に入った事を確認すると、手に持った軽槍を一度強く握りしめ、それから兎に向けて突き出した。
 一撃で仕留めた兎を回収した雨紅に、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が「手際が良いな」と褒める。
「ありがとうございます。他にも探して仕留めてこようかと思いますが、先に血抜きをした方が良さそうですね」
「それならば、血抜きは任せろ。こういうのには慣れている。
 私も他に良い獲物を見つけたら仕留めよう」
「お願いします」
 村人達と共に血抜きを始める汰磨羈に一礼し、新たな獲物を求めて辺りを再び探索しようとする彼女に声が掛かった。
「すまんが、道案内をさせてくれ。少し遠くに行くのなら、案内が必要になる」
 そう申し出てくれたのは、以前来た時には見かけぬ顔の男だった。入口で会った若い騎士よりは年を経ている男性。
 顔は初めて見るが、声には聞き覚えがある。
「あなた様は、もしかして……」
「ああ。あの時訓練で一緒してた奴だよ」
 まさか、彼が生きているとは。あの時の口ぶりからしてリーベとの付き合いが長いように思えたが、違ったのか?
 彼女の疑問に見当がついているのか、男は苦笑する。
「リーベ様の命で村に留まっていたんだ。若く経験も浅い者達が暴走しないように見ていてほしいってな」
「そうだったのですね」
「……と、まあ、これはリーベ様の建前でな」
「え?」
 照れたように頬を掻き、男は言葉を続ける。
「村に居るんだ、大切にしたい人達が。以前来た時、子が産まれたばかりの母親が居ただろう?
 俺の子ではないが……それでも、子供ごと大事にさせてほしいと、言っている所なんだ」
 口ぶりからして、まだ交際をしているという訳ではないのだろう。
 その女性の境遇を知らないから、どうしてという話を尋ねる事も出来ないけれど。
 唇を薄く引き結ぶ。
 リーベの優しさは此処でも滲んでいる。彼女の初恋は叶わなかったからと、恋をする騎士に自分を重ねていたのかもしれないが、その想いを尊重する辺りがリーベらしい。
「……この村の方々は、強いですね」
 あなた様も含めて、という言葉は伝わっているだろうか。
「強くて、生きるために一生懸命で……少しでも、力になりたくなる」
 それは、彼女が残した願いの続きを叶えたいからだろうか。
 それとも、生きる人々の強さに惹かれるからだろうか。
 雨紅の呟きのような言葉に、元騎士の男が笑う。
「ありがとう。
 あの方が居なくなった今、俺達が守るのはあの方の教義がある『リーベ教』ではなく、あの方が残したい希望の『この村』なんだ」
 彼の言葉に、仮面の下に無いはずの目が細くなったような気がした。
 男に促されて、雨紅は狩りを再開する。

 その後、雨紅と村民達が仕留めてきた獲物が調理の準備をしていた女性達の元に届けられた。村にあって使えそうな分と合わせると十分な量だ。これだけあれば老若男女に行き渡るだろう。
 調理は此方に任せろと意気込む女性達に混じって、汰磨羈も助力に入る。
 村人達の仕事を取り過ぎないように気をつけつつ、声を掛け、調理を進めていく。
 先程の雨紅と汰磨羈の会話を聞いていたらしい女性が、「下ごしらえだけで十分だよ」と言ってくれた。リーベの知人という事で配慮してくれたらしく、頭が下がる思いだ。
「それにしても、随分と張り切ってるねえ、あんた!」
「折角だ。とびきり美味い料理で盛り上がろうじゃないか。その方が、きっと彼女も喜ぶ」
 口角を上げて答えれば、「違いない!」と豪快に笑う女性。
 気を引き締めて目の前の調理に集中する。
 少しでも村人達の癒やしになるように。そして、イレギュラーズの心にも少しでも染み入って欲しいと願いを込めて。

 調理場から離れた場所では、『光の聖女』キルシェ=キルシュ(p3p009805)が相棒のリチェと一緒に、準備に参加出来ない子供達と一緒に遊んでいた。
 大人達の殆どは葬儀や宴の準備に駆り出されており、子供達も一定以上の年齢であれば混ざっている事もある。
 だが、まだ参加出来ぬ年齢の子供達も居る為、そういった子供達の面倒を見る人手として買って出たのだ。
 複数のグループに別れて、暖かい家の中でおしゃべりをしたり、ごっこ遊びをしたりして面倒を見る。幼い子供達を見守るのもまた子供という事で、年老いた者や赤子の面倒を見ている母親などが一緒に付き添ってくれている事が有り難い。
 今年産まれたばかりの赤子は、少しずつ起きる時間も増えてきたようで、キルシェをはじめとした子供達に対しても「あー」と手を伸ばす様子を見る事が出来た。
「手伝ってくれてありがとな」
「どういたしましてなのよ! きっと、リーベお姉さんなら、皆の笑顔が見たいだろうと思ったし」
「……うん、あの人は、そういう人だよ。皆が笑っているのが好きだって、以前話してくれた」
「そうなのね」
「うん」
 少しの、間。
 次に口を開いたのはキルシェの方だった。
「リーベお姉さんね、私と皆と一緒に遊びたかったって、言ってたの」
 下は向かない。少年を見上げる事で、彼女はほんの少し強がってみせた。
「だから、リーベお姉さんの分まで、ルシェが一緒に遊ぶのよ!」
 出来るだけ精一杯の笑顔を浮かべて、笑う。
 自分のこれはリーベのような強がりだ。
 何故なら、村の者達は急にリーベを喪った。混乱する中でも必死に葬儀をしようと足掻いている。
 泣く事を耐えている彼等の前で、自分が泣く訳にはいかない。
 だから彼女は前を向く。
「リチェも一緒に仲間に入れてほしいのよ!」

●それはとても大事なもの
 騎士達の魂の安寧を願って立てられた墓が一つある。村の外れにあるそれの横にリーベの墓を作ろうという事で、村人達から了承を得てこの場所にイレギュラーズがやってきた。村人達には葬儀や宴の準備の方に集中して欲しいとお願いしてある為、この場には居ない。
 村人はいないが、イレギュラーズの一人が連れてきた四足獣型亜竜やワイバーンも居たりするけれども。
「墓石の大きさはどうする?」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の言葉は、『ささやかな祈り』Lily Aileen Lane(p3p002187)と『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)に向けられたもの。
 葬儀屋と墓守であれば分かるのではという彼の予想は合っていて、彼等は墓石の大きさについて助言をしてくれた。
「出来れば大きい方が良いと思うのです。墓石が掘り起こされないように、地面をある程度掘って、墓石の下半分を埋めた方が良いですから」
「同意。ソレニ リーベ コノ村作ッタ。区別ツケレバ 後世ニモ伝ワリヤスイ 思ウ」
「そうだな。となると、問題は墓石の用意だよな」
 どうやって用意するのかまでは知識があまり無い。
 Lilyとフリークライが村の近辺で探すかと提案した時、村人が数人やってきた。
「いたいた。あんた達、この村を開拓してた時にそのまま取っておくよう言われたデカい石があるんだ。良ければそれを使ってくれ」
「言われた?」
「ああ、リーベ様に昔、な。大きな石は利用価値があるってな。
 今のところ村の奴らで死んだ奴は居ないが、そういった事に備えて作った方がいいと言われて、暇を見ては石細工に得意な奴が加工してたんだよ」
 三人は顔を見合わせて、それからほぼ同時に頷いた。
「アリガトウ。使ワセテ貰ウ」
 礼を述べるフリークライの横で、Lilyが遠慮がちに声を発する。
「あの……名前は、私に、彫らせてほしいです。約束、でしたから」
「俺も彫りたいが、一緒にしてもいいかな?」
「はい、構いません」
 イズマの申し出にLilyは一度頷く。
 二人の会話を聞き終えて、村人の一人がお礼を言う。
「ありがとう、頼むよ」
「それで、どこにあるんだ? 運搬ならチャド……ああ、この四足型のこの子に任せてほしいんだが」
 イズマが連れてきた亜竜の一頭が、鼻息を吹く。名付けられた亜竜が引く荷車であれば軽々と行なえるだろう。
 スコップや墓石を取りに行く道すがら、村人達に乗ってもらい、自分達も乗る。フリークライは自分から「重量オーバー ダカラ」と言って乗らずに並走していた。並走と言っても、チャドは走っておらず、ただ歩いているだけであるが。
 荷車に揺られながら、イズマが村人達に聞く。
「良ければ、後で休憩の時に話さないか? 俺達の知らないリーベさんの話を聞かせてほしいんだ」
「いいぜ」
 快い返事を貰えた事で、彼の顔が綻ぶ。休憩の時にお茶を入れよう。あのお茶会で彼女が淹れたお茶ほど上手くは出来ないかもしれないが。
 自分もリーベとの思い出を語ろう。戦闘以外で会った時の話、最初の印象と今の印象などを。
 共有したかった。そうする事で互いの傷を癒やせたらと、願う。
 そういう風に考えていたイズマの近くで、Lilyは並走するフリークライが視線をあちこちに向けている事に気付いた。
「どうかしましたか……?」
「イヤ 白イモノ 何カ 考エテイタ」
「……彼女でしょうか?」
「不明。モシカシタラ 騎士ノ可能性 アル」
「そうですね……」
 以前村に来た時には騎士達の魂が彷徨っているようには思わなかった。
 今回、白い何かがあるとしたら、リーベの白いローブが連想されるが、フリークライの言う通り騎士の可能性もある。
(ケド トラオア 可能性モ アル)
 あの理想郷でリーベに村へ帰され、彼女の最期を看取る事の無かった娘。
(ドチラニシテモ 誰デアッテモ 皆全テ 安心シテ眠レルヨウニ)
 それが墓守の仕事だから。
「イズマ」
 彼の名前を呼ぶ。振り向いた彼に、一つ提案する。
「葬送ノ歌ト演奏 共ニドウカ」
「……ああ! 是非やろう!」
 返事と共に笑う彼に、「アリガトウ」と返して、後で練習をする事を約束する。
 二人のやり取りを見ていたLilyは、ふと、視界の端で何かを見た気がしてそちらを見る。
 白かったような何かが見えた。けれど、今はどこにも何も見えない。

●彼女が遺した行く先は
(来てみたはいいものの、どれから手を着けるべきだろうな)
 私室に入ってまず目に入ったのは部屋の壁に設置された大きな本棚に詰められた本や何かしらの物品といった品々。
 『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)は怪盗として活動しており、その為物を探して取り出す事は出来るが、それは悪人から盗む場合であって、今回のように故人の遺品を発掘するのとはまた別だ。
 彼女と共に部屋に足を踏み入れた『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)もまた、私室を見て数秒動きを止めた。
「これは、凄い、な……」
 本棚に入っている多くの本や物品もそうだが、それとは別に置かれたテーブルには薬品を作る為の道具が置かれている。窓際の三段引き出し付きテーブルには筆記用具であるペンと紙があった。
 私室、というだけあり、しっかりとクローゼットも置かれていた。といっても、彼女はそんなに衣類を多く持たない人だったらしく、置かれている服は二、三着程度しかない。
 天井から吊るしている草は乾燥させた薬草だろうか。手を出していいものか分からないが、この辺は後で専門家に聞くべきだろうなと考える。
 これだけ物があるというのに、ベッドだけが無い。私室だというのに、別の部屋で寝ていたのだろうか。
 私室と言うよりは研究室に近い印象を抱いたエクスマリアは、沙耶と同様にまずどこから手を着けるか迷う。
「沙耶は、何か探す物が、ある、のか?」
「……私は、日記とかがあれば、と思ったが」
 質問に返しながら、彼女は本棚の前に立って視線を動かす。
 本棚に並べられているのは、薬学や医療関連の書物、薬草図鑑、薬の作り方、それから趣味らしき大衆向けの物語や旅行記といったものだ。
「本棚には見当たらなさそうだな……となると、こっちか……?」
 沙耶が視線を移したのは窓際のテーブルの方。三段引き出しを上から一つずつ開けようと手を伸ばす。
 内心で「勝手に開けてすまないな」と謝罪し、まずは一段目を開ける。筆記用具のペンの予備や、メモ程度の大きさで纏められている紙束が数束。
 二段目を開ける。そこにはレターセット一式があった。触れて分かったのは、何枚か使用したらしいという事。首を傾げた後、それを戻す。
 最後の三段目を開ける。そこにあったのは、一冊の冊子。何の題名もつけられていないそれを手に取り、まずは一回転させる。どこにも何も書かれていない、青一色の表紙。
 もしかしたら、という思いを抱き、表紙に手を掛ける。怪盗として盗む時のようなドキドキに近い緊張を抱きながらめくる。
 表紙をめくって一枚目に書かれていたのは、達筆ながらも読みやすい字だった。

「見つけたのね、イレギュラーズ。
 もしそうでないなら今すぐしまい直しなさい。
 イレギュラーズならば、この先を読んでも良いわ」

 間違いない。これは、リーベの手記だ。
 エクスマリアを誘い、机に乗せて二人で顔を寄せ合い、読み始めた。
 内容は沙耶の予想通り、日記であった。記された日付は毎日ではなく飛ばし飛ばしではあったが、彼女の思いが記録として確かに残っていた。

 始まりは、親友の死。
 故郷の住人達を自分が用意した毒で全滅させた事。
 己が信念でもって進む内にいつの間にかリーベ教教祖として祭り上げられていた事。
 そして、イレギュラーズと出会った事。
 傲慢の魔種として反転した事。
 間違った歴史の修正を望む事は揺らがないと記されている事。

 そこまでは確固たる信念がしっかりと書かれていた。
 その後から、内容に少しずつ変化が見られる。
 イレギュラーズが村に訪れた日の辺りから。

 一部のイレギュラーズに対して感じる引け目や想い。
 魔種になった事の後悔。
 それでも向き合うと決めた事。
 死の覚悟を持つと決めた事。
 騎士の罪、己の罪を見つめ直した事。

 その辺りで、目を引く一文があった。

 ――――私は、死で救われたかったんだわ。

 日記は、そこで止まっていた。時期的に、彼女の第一の騎士達と戦った頃か。それ以降の日付が無い。
 最後の一文に、リーベ教の教義を思い出す。
 「死こそ救いである」という、その教義の対象を一番に欲しがっていたのは彼女自身だったのか。
「それじゃあ、助けてなんて、言えないはずだよな」
 自嘲気味に呟いた言葉。
 隣で聞いていたエクスマリアは、窓から見える空を見上げる。
「……それでも、助けたかった、な」
「…………ああ」
 そっと日記を閉じる。
 エクスマリアが身につけられそうな物を貰えたらと考えている事を聞き、そういった物がありそうな所を探そうという所で、外から複数の足音が聞こえてきた。
 ドアを開けて現われたのは、イズマと汰磨羈。
「引き取る物があれば受け取りに来た」
「手伝いに来たぞ。捜し物はあったか?」
「どうにか。今見つけたものを片付けたところだったからちょうどいい」
 沙耶が先程の日記を取り出し、イズマに渡す。
「待っている間、暇だろうから読むといい」
「……わかった」
 表紙をめくった一文で察したのだろう。読み始めたイズマを横目に、汰磨羈は整理の手伝いに入る。
 一番上に並んでいるものに、薬一覧、と書かれたものを見つけた。本ではないが、カルテのようにして紙束に記しているのだろう。
 椅子を使ってそれを取り、そしてそれが三つに分かれている事を知った。
 そこに記されている危険度は、紙束ごとに上から順に低・中・高と書かれていた。
 高と書かれていた物の枚数は少ない。内容を見れば、毒薬と忘却薬の製造法、使用用量などが詳しく書かれている。これらの処遇については、やはり専門家の判断に任せるべきか。
 「部屋に大勢入る訳にはいかないだろ」と言って応接間で待っている男に後で持って行こうと決めて、それらを降ろす。
 それに気がついたエクスマリアが眉を顰める。
「リーベが、こんなものを、遺していたとは、な」
「敢えてかもしれんぞ。彼女が、死後の事も考えていたのだとしたら。私達が、こうして私室を整理する可能性を念頭に置いていたかもしれん」
「リーベらしいと言えば、らしいな」
 溜息を零す沙耶。
 次に、汰磨羈は背表紙を指でなぞりながら本棚を探り始めた。それを見て、エクスマリアが首を傾げる。
「まだ、何か、あるのか?」
「おそらくだがな。あの娘の考えるような事だ。私達に向けて遺された何かがあるかもしれない、と思ってな」
「……あると思うか?」
 背中から飛んできたイズマの声に、汰磨羈は「ああ」短く答えると、言葉を続けた。
「以前にも、香り袋を突貫で用意して律儀に渡してくるような性格の女だ。何か遺していてもおかしくはないだろう」
「……そうだな」
 汰磨羈の視線は相変わらず動く。そして、ある一点に注がれた。
 それは、リーベの趣味で集めただろう本が収められている所だった。旅行記、大衆向けの物語、女性向けの恋愛物語。なんとなく、違和感を感じてその三冊を手に取る。
 机の上に一冊ずつ並べて、真ん中の本だけ異様に軽い事に気付いた。
 表紙をめくれば、そこにあったのは内容の真ん中をくり抜いた四角の凹み。そして、その中に収められた手紙の束。
「――――あった」
 汰磨羈の手元を見て、沙耶は先程見つけたレターセットの存在を思い出す。あれはつまり、そういう事だったのかと悟る。
 手紙の束を纏めている糸を解く。記されている宛先は、聖霊、雨紅、沙耶、イズマ、エクスマリア、フリークライ、キルシェ、鏡禍。
 この場に居る三人に渡し、残りは後だなと呟いて、汰磨羈は他に引き取れそうな物、処分すべき物を確認していくのだった。
 渡された三人は手紙を懐にしまうと、汰磨羈の手伝いをするべく動き始める。
 イズマが読んでいた日記はもう読み終えている。思うところが無いわけでは無いが、これは後で仲間達と回し読みする事にしようと思った。

●貴女が心配しないように
 葬儀とは名ばかりの、祈りの時間を設ける場は、村の広場となった。本来ならば墓のある場所に向かうべきなのだろうが、宴がすぐに催される事もあり、敢えてこの場所としたのだ。
 Lilyが葬儀の為の音頭を執る。背後ではイズマの奏でる音楽に合わせて、フリークライが小声で歌いだしていた。
「この村の為に命を賭けてくれた人が居ました。
 彼女は優しく、真面目で、そして意志の固い人でした。
 心優しき彼女の為に、今、祈りましょう。
 リーベ・アポテーカー。どうか、安らかに」
 黙祷する最中、響く音と歌声。鎮魂歌に合わせて紡がれる、安らかな眠りを願う歌。それは、冷たい空気に溶け込んで、空へと昇る。
 歌が終わると同時に、黙祷を終える。
 村長が「これより宴を始めよう」と告げ、そこからは皆、早かった。
 既に温まっていた料理を並べ、村の者達やイレギュラーズに行き渡ろうとしていく。
 その中で、『祈りの黒』松元 聖霊(p3p008208)は宴への参加を断った。
「俺には村人を楽しませる芸は無いからな。病人が出たら呼んでくれ」
 そう言って、手を振っていずこかへと向かう彼。
 どこに向かうのか、何となく察して、仲間はそれ以上言えなかった。
 そういえば、Lilyは何処へ行ったのだろう。
 考える前に、飲み物や食べ物が行き渡り、村長が乾杯の音頭を取る。
 囲いを作り、その中で焚いた大きなかがり火が静かに燃える。
 ある程度時間が経ったところで、『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)が手品を披露してくれた。
 大人達も楽しめるように、わざと色とりどりのハンカチを派手に出してみたりして。
「さて、この手鏡をご覧下さい」
 そう言って、自分の手鏡を子供達に渡す。不思議そうに見つめる子供達だが、暫くして「あっ」と声が上がった。
「これ、村の中?!」
「えっ? でも、鏡でどうやって?」
「さあて、どうやってでしょうね? 種も仕掛けもありませんよ」
 悪戯っぽく笑って言えば、余計に謎が深まったのだろう。
 子供達だけでなく大人達も「不思議だ」と言いながら集まってきた。
 舞台から下りた後も子供達からは懐かれている。その笑顔に少しだけ罪悪感を覚えるも、それを顔に出さず、彼は笑ってみせた。
 気付けば、陽気な音が鳴っていて。イズマの音楽だとすぐにわかって振り向くと、舞台には雨紅が立っていた。
 汰磨羈が以前子供達に舞ってみせたという舞を、雨紅が槍を持って演舞とする。
 今ではすっかり手になじんだ相棒をくるりと回し、ステップを一つ、二つ。
 立ち止まり、構えて、それから身体を回転させながら繰り出す蹴り。
 ダン!
 舞台より力強い足音が響く。仮面と相まって神秘的な演舞を披露する雨紅に、村の誰もが見蕩れた。
 彼等の視線を浴びても臆する事なく足や手を動かす。
 身体を回転させる直前、人混みの中に白いローブと茶色の髪が見えた気がした。一回転した後にもう一度見ると、そこには何も居なかった。
 もしも見てくれたのだとしたら、嬉しい事は無い。
 もしも、そう、もしも。
 今この場に居るのなら、隣で舞ってくれないだろうか。
 己を友と呼んでくれた、自分からも友と呼びたかった人よ。どうか、この場だけは共に。
 フリークライやキルシェが村人達と何か話しているのを視界の端で捉えつつ、汰磨羈は宴の光景を眺めながら呟いた。
「主義主張と道が違っただけで。御主の根にあるものは、正に聖人と呼ぶに相応しいものだったかもしれんな」
 魔種となっていたというのに、それは、何とも皮肉な物だ。
 呟いてから、この宴の前に手紙を渡した時の事を思い出す。
 その中で、聖霊が、「俺が受け取っていいのか」と言った時、自分はこう言った。
「あの『優しすぎた』者が、何も遺さずに逝くとは思えんのだ。そう思わないか、聖霊よ」
 言外に、その手紙に遺した思いを受け取れと告げる。
 少しだけ時間を置いて、彼は受け取ってくれた。
 皆に渡った手紙に何が書かれているのか、汰磨羈は知ろうとは思わない。それは彼女と彼等だけの密やかな会話なのだから。

●胸の痛みよ雫となれ
 『リーベ・アポテーカー』と刻まれた名前を前にして、Lilyは大きく息を吐く。白い靄となって一瞬だけ顕現し、消える。
 綴りはこれで合っているだろうか。今更ながらにそんな事を思う。
 サン・サヴァラン大聖堂の『中庭(白薔薇の間)』にも墓は作ってある。あちらは『遂行者』としての墓だ。此処にあるのはただの『リーベ』としての墓。
 しゃがみ込む。祈ろうとした筈なのに、一人になったからなのか、胸の奥からこみ上げる何かを制御する事が出来なかった。
 膝に乗せた腕に顔を埋めて、少女のような娘は声を押し殺して泣いた。

●哀しみは虚空へ
 Lilyの姿が消えたのを確認してから、聖霊は隠していた灯りを出して木の陰から姿を現した。先客が居たから離れた所に居ただけであり、誓って覗き見などはしていない。
 墓の前に着くと、地面で濡れるのも構わずに膝をつき、名前をなぞる。綺麗に彫られた名前に目を細めた。
 リーベ・アポテーカー。最期の最後まで強情で、それが崩れば泣いて、穏やかに笑いながら死んだ、『遂行者だった』女。
 手を合わせ、黙祷する。
 目を開けた後、彼はポツリポツリと言葉を零し始めた。
「俺は、生きたいと言ったお前の事を忘れねぇよ」
 それが自分にとって深い傷になったとしても。
「俺は医神になりたかった、いやなるって決めてた。その為に努力してきたし、約束があったんだ。
 何よりも大切な、絶対に果たさなきゃならねぇ約束だった」
 リーベとの後で遭遇した、とある事件。その結末は、苦く、重く、心に深く沈んでいる。
「お前の時には奇跡を起こせたんだ、だから今回もきっとって思ってた。
 起きなかったよ。彼女の目は治せなかった」
 あの違いは何だったのか。今となっては探りようもないのだけれど。
 己を傲慢であると自覚はしていた。それでも医神になると思っていたし、救えなかった生命に対して思う所はあってもそれは『何かしらの形で成果が得られた』という結果があったからだ。
 けれど、今回はダメだった。何もしてやれず、ただ彼女が突き立てたものを受け入れるしか出来ず。
「俺は、結局血溜まりに倒れていく彼女を見ていることしか出来なかったんだ」
 友が愛した男の顔を見る事が出来ない程に、無力な自分を苛んだ。
 傲慢だけでは何も救えないと、痛感して。
「リーベ。今の俺を見て、お前はどう思うんだろうな」
 顔を伏せる。アメジストのような瞳に翳りが走る。
 彼の背後から手が見えた。白い、ローブのような物も見える。
 それは彼を後ろから抱きしめる動きをしていた。
 目を瞠り、振り返った時、一瞬だけ、悲しげに笑うリーベの顔が見えた。
 手紙があるはずの懐を握りしめる。
 それには二枚の紙があった。
『最後まで助けてと言えなくてごめんなさい。
 貴方は、私のようにはならないで。ちゃんと、助けてって、言ってね』
 一枚目に記されていたものはそれで。
 二枚目に記されていたものは――――
「なぁ、リーベ」
 顔を哀しみに歪ませて、今はもう姿の見えない虚空に語りかける。
「こんな手紙を遺すくらいなら、生きていて欲しかったよ、俺は」 

●乗り越えて、前へ
 墓の前にあらためて訪れたイズマは、持ってきたお茶菓子と紅茶の入ったカップを墓前に添えた。
「貴女みたいに美味しく淹れられたかは自信が無いが、飲んでもらえると嬉しいな」
 懐にしまった手紙に触れる。内容は空いた時間に既に読んだ。彼女らしい言葉で彼を肯定する内容に、少しだけ、目の端が滲みそうになった。
 ふわり、と視界に白いものが飛び込む。
 墓石の向こうに、見慣れた白いローブのリーベが立っていた。
 己の声は届くだろうか。祈る様な気持ちで言葉を紡ぐ。
「……この結末に異論は無いが。
 貴女が遂行者になると予想できたのに止められなかった事は、少し悔しい」
 運命に抗いきれなかったのは自分も同じ。
 けれど、結末は変えられない。過去は戻らぬものだ。
 これまでに散々泣いた。だから、己を責める時間は終わりにしよう。
「天義が落ち着いたと思ったら、次は世界が滅ぶ運命に打ち勝たねばならなくなったんだ。
 貴女の分まで皆を救うよ」
 この村の生存を願う彼女の為にも。
 リーベの唇が動く。
『お願いね』
 その微笑みに、大きく頷く。
 守るよ。貴女が残したいものも含めて、手に届くものは全て。

●言葉は交わせずとも
 墓前に一つ、ポプリを供えた。
 エクスマリアが、以前リーベの香り袋を参考にして作った物だ。
 彼女と同じようなものではないが、故郷に出来るだけ近い物を選んだので、香りも故郷の物に近いはず。
 ふわりと香ったものに少し懐かしさを覚える。
 そして、彼女は墓石の向こうに立つ白いものを見た。
 それは一人の女性。友と呼んだ人。
 変わらぬ表情のまま、エクスマリアは語りかけた。
「茶会の約束は果たせなくなってしまった、が。また来た、ぞ。リーベ」
 嬉しそうに笑う顔が、返事だと思っていいだろうか。

●いつか、君と
 墓前に添えようと思っていた花は、いつの間にか別の者が用意してくれていたらしい。
 ならば自分は彼女の香り袋から少し中身をお裾分けしようと決めて、添えた。
 ゆらり、と沙耶の目の前が揺れる。空気から飛び出すようにして出てきたのは、あのいつもの姿のリーベ。
 墓石ではなく本人に語れるのならこれほど好都合な事もない。
「リーベ。君と雌雄を決した事を後悔はしていない。
 だけど、君には生きていてほしかった! 私達の世界を共に味わってほしかった!
 君の姿がここにあるのがその証拠だろう?! 村の中に混ざりたかったんだろう?!」
 その問いに、彼女はただ穏やかに笑うだけ。
「君と一緒に遂行者になって歴史をやり直す。それが出来れば良かったけど、君は、そんなの望んでいない、でしょ……?」
 知らず零れた素の言葉に気付かぬまま、沙耶は言葉を紡ぐ。
「話してなかったけど、私は『怪盗リンネ』として活動しているんだ。義賊、みたいなものだ。
 それで、な。この『リンネ』という名前は輪廻転生からとっている。
 私は輪廻転生を信じている。だから、君の転生を願っているんだ。
 いつか君が生まれ変わって私の前に来たら、その暁には、私と一緒に――――」
 続けた言葉を知るのは、彼女と幽霊の二人のみ。
 いつか果たされる事を夢見て。

●祈りの先に見るものは
 リーベの墓に着いた時、墓前には花やお菓子、紅茶が置かれていた。仲間のものだとすぐに分かった。
 鏡禍はリーベのフルネームが刻まれた墓石を前にして、ぽつりぽつりと言葉をかける。
「不思議な事に、感情の整理が出来てないんです」
 彼女を手にかけたのは自分だ。そこに後悔は無い。
「聖霊さんは何も言いませんでした。僕の事を怒る事も殴る資格も彼になら十分あると思うのに、です。
 僕のせいにはせずご自分のせいだと考えられているようでした」
 それが少し申し訳なく思うと同時に、彼女を手にかけた自分が加えて背負っていくものの一つなのだろうなと思う。
「僕は妖怪です。人の感情を糧に生きてきました。どんなマイナスの感情も受け止める用意ができていたのに、ぶつけられないというのは逆に辛いですね」
 人とは異なる存在故に、築いた関係性や価値観も人と異なる事は自覚している。それが今己を苦しめる一つになるとは、思いもしなかった。
「リーベさん、あなたのために僕は何が出来たでしょうか。もう少しだけお話を聞いていたら良かったのでしょうか。
 あなたの恋に気づいていたなら、恋バナも出来たでしょうか。妻のことになるとよく話してしまうので困らせてしまったかもしれませんね。
 それともリーベさんから恋する乙女のお話をたくさんされたのでしょうか。僕は聞き上手か自信がないのですけど」
 ほんの少し苦笑気味に笑って、それから十字架に蛇が絡み付いたアクセサリーを取り出す。
 懐には先程貰った手紙がある。それを感じながら、彼は手にした飾りを持って祈る。
 村の平穏と彼女の安らかな眠りを。
 目を開けた時、一瞬だけ白いローブの裾が見えた気がした。

●祈りの歌を空へ
 リチェと共にリーベの墓前に着いたキルシェは、薄明かりの中で、小さく息を吸った。
 唇から零れるのは、鎮魂歌。フリークライが歌ったものを教えてもらって覚えたそれを、たどたどしくも紡ぐ。
 やがて、声は震え始め、それでも歌は続いていく。
(これは祈り。リーベお姉さんが安らかに眠れるように)
 小さな聖女はただ祈りの歌を唄う。目を閉じて、ひたすらに。
 紡ぎ終えた時、彼女の喉からは嗚咽が零れた。
(今だけは、泣かせてね。ちゃんと、前を向くから)
 彼女は気付いていない。腕の中のリチェが何かに気付いたような顔をしている事に。
 キルシェの頬を、白い手が包んでいる事も。
 彼女が目を開けた時、それは一瞬だけ微笑んで、消えた。

 翌朝、エクスマリアの提案にて、「アポテーカー」が村の名前候補に挙がった。それを採用するかどうかは彼等次第だ。
 イレギュラーズが立ち去る前、フリークライが暫く村に残ると告げた。リーベが村を守る為に犠牲になったと言った手前、念の為自分が残る事で真実味を持たせるという理由だ。
 彼に頼む事にして、イレギュラーズが去って行く。それぞれの思いを胸に抱いて。

 余談ではあるが。
 墓を守るフリークライの元に小動物達が多く寄ってきたのを、木の上から見ていた白い幽霊が居たという。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
リーベに関するお話はこれにておしまいです。
彼女は暫く村に居るかもしれませんし、すぐに消えるかもしれません。
最後にイレギュラーズを見たのは、彼女が見たかったからなのでしょうね。

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