シナリオ詳細
<悠久残夢>人形の見る夢/つくられし者たちの咆哮
オープニング
●
ヴェルギュラ、と呼ばれた少女は述懐する。
アタシは、なんだったっけ、と。
そう思うたびに、お前は、ヴェルギュラである、と、何かが頭の中で告げた。
それは日増しに大きくなっていくようであって、頭の中で何度も何度も響くようになった。
嘘だ、と思う。
アタシは、ヴェルギュラじゃない、と、思う。
じゃあ、何なのだろう、と思えば、その答えは出てこない。
真っ白で、空っぽで、どうしようもないほどの空白が、頭の中にあった。
――思い返せば、はじめての記憶を考えれば、それは『パパ』を求めてのことだ。
自分は、ゼロ・クールと呼ばれる人造生命体で。
パパが、作ってくれたもののはずで。
だからアタシにも、パパがいるはずで。
迷っていたアタシに、そいつはこういったのだ。
「パパとやらにあわせてやろうか」
と。嫦娥、と名乗ったそいつは、そう言ったのだ。
「パパに会わせてやろう。ただ、少しばかり、仕事を果たしてもらう必要がある。
ヴェルギュラという、ロールだ」
と――。
だから、アタシは――役割を――。
ただ。違う。アタシは、パパに、パパに……会いたい、だけ、なのに。
「何度か中途覚醒をしているな」
と、嫦娥は言った。
魔王城サハイェルである。
嫦娥は、その『ヴェルギュラのためのエリア』の最奥にて、ヴェルギュラというロールを押し付けられたゼロ・クールを機械に座らせ、何らかの調整を行っているようだった。
魔を、固着させているのだ。ヴェルギュラという、ロール。役割。世界を破滅させるための『要素』。それが『魔王』であり、『四天王』である。
「……長く持った方だとは思うが、所詮は人間にも分類されぬゼロ・クールか」
つまらないものを見るような眼で、嫦娥は言った。
嫦娥は人間を愛している。厳密に言えば、人間が作り出す、人生という物語を愛しているのだ。
狂い、壊れ、愛を謳い、正義を謳い、壊れ、挫折し、血反吐を吐いて、それでも進んで、壊れたまま、進んで進んで、その果てに素敵な喜劇を生み出す。
ああ、人間という生き物。なんと素晴らしい。
だからこそ、『人間ではない』ゼロ・クールには、何ら感慨や愛着も持たなかった。目的達成のための道具にしかすぎず、そう言った意味では、『この場に集ったヴェルギュラ組の仲間たち』にしてみれば、悪意と嫌悪を抱く邪悪なものであることに間違いはない。
結局、呉越同舟気味で彼女たちが顔を突き合わせていられたのは、たまたま「同じ方向を見ていた」故に他ならない。つまり、『プーレルジールという牢獄からの脱出』だ。
「ラダリアスと、創造神という、二人の妄念から生まれたツインモデルだ。もう少し頑丈だと思ったが」
結局のところ、この『ヴェルギュラを名乗る少女』の素体を生み出したのは、嫦娥に間違いない。嫦娥は、旅人の身ではあったが、混沌世界からプーレルジールへと、たまさかから『落ちてしまった』人物である。嫦娥の目的は『混沌世界への帰還』であり、それは魔王陣営に所属することがまったく、近道であった。そして、その陣営に協力するための見返りが、『ヴェルギュラの役割を果たせる木偶人形』の提供だ。
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)の造物主であるラダリアス、そしてンクルス・クー(p3p007660)の造物主である『創造神』と呼ばれた魔法使い。その二人の、『大切なものを失ったが故にかけた正気』から生み出された技術は、嫦娥にとっては最高の喜劇から生み出された『お土産』であり、人間の情念の宿った『面白いおもちゃ』ではあったのだ。
つまるところ、ヴェルギュラに『パパ』などは存在しないのである。厳密に言うならば嫦娥であろうか。だが、嫦娥は結局のところそのような感情は持ち合わせていないから、ヴェルギュラはパパに会うことなどはできない。にもかかわらず、嫦娥が適当な甘言を用いて彼女を壊した。
「私は嫦娥様が嫌いですが」
と、信濃、と名乗る旅人はそういう。
「はっきりと。混沌世界にわたった際には、必ずや滅してしまおうと思うほどですが。
ビーン・ニサも、そう思っているでしょう。
それはさておき、一時的に手を組んでいる、という点では、今は協力しています」
前述したとおり、この陣営は『呉越同舟』であり、決して仲が良いというわけではない。むしろ全方位でギスギスしているといってもいい。
「それでも、あなたの計画が、潰えてしまっては、私も困りますので。
その立場から助言をするならば――おそらく。ローレット・イレギュラーズたちは、この場にやってくるかと」
「奴らは、おそらくこの世界を安定させるために、『魔王』と『四天王』というロールを滅しようとするのだろうな」
嫦娥は言った。
「そうなれば、この世界のゼロ・クールを、地下の『扉』を利用して混沌世界に送り込む……という、そなたらの夢はついえるだろう。
一応聞くが、この出来損ないどもに何故、それほどの温情を?」
尋ねる嫦娥に、信濃は眠そうな表情で、しかし笑った。
「あなたにはわからないでしょう」
「嫦娥は、自分の事だけしか考えていないけど」
と、ラピスラズリ=エルフレームはビーン・ニサへといった。
「僕たちの目的は、信濃も込みでシンプルだ。
この世界のゼロ・クールたちへ、真の自由を」
「解放を」
と、ビーン・ニサは頷く。
「そのためには、強制的に、混沌世界へ同胞たちを送らなければならないのです。
きっと、『表口』からは、それができない。
でも、『裏口』からならば、それができる」
そう、ビーン・ニサが言う。
はっきりと言えば、この場にいるすべての登場人物は狂っている。嫦娥はもちろん、信濃も、ラピスラズリも、ビーン・ニサも。嫦娥は、性根が邪悪なだけかもしれないが、しかし残りの三人は、確実に、狂気に侵されていた。
そもそも、『終焉の勢力』がこの世界の裏口を開けようとしているのは、無尽蔵の滅びをそこから混沌世界へと招き入れるために他ならない。ならば、そこから送り込まれるゼロ・クールがいたとしたならば、それは間違いなく破滅の使徒であるはずなのだ。
信濃にしても、ラピスラズリにしても、ビーン・ニサにしても、正気であるならば、それに気づかないわけがあるまい。本末転倒。あるいは手段と目的の異常。そういったものが、今の彼女たちに発生している。
魔、なのだ。彼女たちは。今や、どうしようもないほどに。いや、もはや彼女たちにとって、魔にとって、それは『ゼロ・クール』の解放に他ならないのかもしれない。正義、というものに、今の人類が属するならば、ゼロ・クールたちを真に開放するとは、その正義、に、あだなすことであろうか。なれば、ゼロ・クールたちを真に救えるのは、魔である、と、彼女たちが壊れてしまうのも、致し方ないのかもしれない。
「わたくし達は、虐げられる仲間たちのために」
ビーン・ニサがそういう。
「尽くしましょう……この怒りと悲しみのままに、すべてを」
「自由を」
ラピスラズリが言った。
「絶対的な自由を、彼らに。それこそが、僕の夢。僕の、救いだ」
作られし者たちの、血反吐のような咆哮であり、願いであり、純粋であり、邪悪であった。
まもなく、ローレット・イレギュラーズたちが、ここに訪れる。
決戦の時は、もう、すぐに。
- <悠久残夢>人形の見る夢/つくられし者たちの咆哮Lv:40以上完了
- GM名洗井落雲
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月06日 22時05分
- 参加人数60/60人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 60 人
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参加者一覧(60人)
リプレイ
●
破滅を齎す。
救いを齎す。
相反するようで、彼らの中では一致している。
ゼロ・クールたちを解放すれば、彼らは自由になるのかもしれない。
しかし、それは世界に破滅を齎すことと同義だ。
それは、普段であれば、除かれる手段だろう。
だが……彼らは、魔であり、魔に狂わされたものであり、元より『世界が滅ぼうがどうでもいい』ものであり。
つまり、端的に言えば、壊れてしまっていたのだ。
ラピスラズリ。ビーン=ニサ。あるいは、信濃。
彼女らは人に作られ、その狂気と妄念により連鎖するように壊れたのかもしれない。
そして、世界に憎しみを抱いたのかもしれない。
嫦娥は『元から楽しめればどうでもいい』というタイプの人間であったが、しかし彼女を『壊した』のも、人間の滑稽さ、醜さといえるだろう。
その嫦娥に作られた、ヴェルギュラの役割を押し付けられたゼロ・クールもまた人間に作られたものといえるかもしれず、結局この場を作り上げたのは、人間、ということになるのかもしれない。
ならば、ここは人間に作られし者たちの場なのだ。
そして咆哮する。己の夢を。
無数のゼロ・クール――ツイン・モデルやトライ・モデルと名付けられた量産型の――と、ローレット・イレギュラーズたちの激闘が始まっていた。mさに無数のごとく押し寄せるツイン・モデルたちを、マリカ・ハウはその大鎌を振るって退けた。召喚された死神が、少女のような姿をしたゼロ・クールを真っ二つに破断する。
「――」
マリカは何を思うのだろうか。何も思わないのかもしれないし、心に何かを残していたかもしれない。作られた、利用されるだけの者達。それは何とも、悲しい。
「こちらの目標は、敵のリーダータイプだ!」
仙狸厄狩 汰磨羈が吠える。
「我々は、露払いでいい! というか、露払いでもせんと本丸にはたどり着けん!
とにかく、攻勢にうつるぞ! 迷うな! 倒すべき敵は向こうからやってくる!
目についた者から撃てばいい!」
汰磨羈の言葉通りだ。敵は向こうから次々とやってきた。おそらく、リーダーを……ヴェルギュラ達を止めなければ、この攻勢は止まるまい。
「露払いをし、敵リーダータイプと戦うものの援護をする! なぁに、私たちならできるさ!」
自信であり、決意であり、鼓舞であった。やれるとも、自分たちならば! そう強く信じなければ、この決戦の場に立つ資格はない!
「はーっはっはッ! この余にまかせるがよい!」
ルーチェ=B=アッロガーンスが、手にした黒き太陽のような塊から、強烈な魔力砲撃を撃ち放つ。ぶち抜かれたツインモデルたちが吹っ飛び、
「さっさと行かんと、露払いどころか余が片付けてしまうぞ! というわけで、さっさといくがいい!」
さらなる魔力砲撃で、仲間たちを援護する。
「ここには終焉獣がいないのが不服ですけどぉ」
ライム マスカットが声をあげる。
「お人形さんをやけ食いするにはちょうどいいです。
さぁ、乙女の傷心、ご主人様が他に夢中なときに癒してもらいますからね!」
ライムが手近にいたツイン・モデルを取り込み、その身の内に溶かして粉砕した。やけ食いするにはちょうどいい。次から次へと料理はやってくる。バイキングか、わんこそばか。じゅるり、と舌なめずりをするように、ライムは笑ってやった。
「やれやれ、確かに。敵は山ほどだ!」
シャールカーニ・レーカが、雄たけびとともに敵を誘引する。
「多少は耐えて見せる! その間に――!」
「道を作って見せるよ!」
アクセル・ソート・エクシルが、その指揮杖を振るった。空より降り注ぐ天罰の光は、異界の地とてその神聖さを損なうことはない。天罰の神光が、大地に降り注ぎ、慈悲と罰の衝撃を、ツイン・モデルたちに与える!
「レーカ! 敵をまとめて! オイラなら、味方を避けて撃てる!」
「ああ、任せろ」
レーカが敵を集め、アクセルたちが攻撃を敢行する。お互いの負担は重いが――。
「戦線の維持は、勝利の女神様に任せなさい!」
リア・クォーツが、癒しの友たちが、それを支えるのだ!
「自分で言っちゃうんですね、そう言うの!」
おなじ聖職者、アンジェリカ・フォン・ヴァレンタインが苦笑しつつ、祝詞を唱える。回復の清涼なる光が、リアの祈りとともに仲間の背を支える確かな力となる。
「こういうときは、その場のノリと気持ちよ! 負けたらそこから負けるわ!
だいたい、相手は魔王だのなんだの言ってるんですもの。勝利の女神くらい、名乗らないとつり合いが取れないじゃない!」
「ふふ、そうですね。ええ、そうですとも!」
アンジェリカが笑う。
「さぁ、奇跡を掴み取りましょう! 勝利の女神とともに!」
「彼らの生い立ちには当然思う所はある。
だけどあたし達は勝たなければならない!
だから、勝つのよ! さぁ、行くわよ、皆!」
その祈りは、心は、仲間たちを導く光となる。大量の敵を切り裂いて、イレギュラーズたちは進軍していく。この地のリーダーは、ビーン=ニサと、信濃。どちらも狂気にとりつかれた、魔と、旅人である――!
「魔の気配が濃くなってきた……!」
リュコス・L08・ウェルロフが思わず声をあげる。それは、魔種、ビーン=ニサの発する『呼び声』か。無論、この場に手その声に手を伸ばすものなどは居ようはずもないが、しかしチリチリと脳裏を焼くような不快感は避けられない。
「たとえ、魔が相手でも……あの人が、どれだけ悲しい思いを背負っていても……!」
セシル・アーネットが、声をあげる。
「僕はイレギュラーズになって、世界には助けなきゃ行けない人がいっぱい居るんだって知ったんだ。
それまで僕は平和に暮らしていて、そんなこと、知らなかった。そして、僕たちが、手を差し出すことができるってことを、知った!
このプーレルジールの人達だってそうだよ! 僕達イレギュラーズが救ってあげないといけないんだ!」
「そうだね。ぼくたちが、救ってあげないと……!」
リュコスが、まっすぐに前を見た。あるいは、彼女たちも苦しんでいるのだ。世界の理不尽さに。己の、魔に――。
「助けるんだ……ぼくたちが……! そして、機械の彼女たちが、安らかに眠れるように……!」
言葉とともに、道を切り開く。閃光! 二人の光が、閃剣が、切り開く、道を!
しかし、その言葉に抵抗するように、魔はその力を振るう。空から、飛行機のような形をしたファミリアー風の物体が飛ぶや、その腹の内から爆弾を放り出す!
「爆撃!」
猪市 きゐこが叫んだ。
「散開して! 密集してる方がダメージが大きいわよ!」
瞬時に理解したイレギュラーズたちが、きゐこの言葉に応じて飛びずさる。落下した爆弾が、破片と爆風をまき散らした。
「やっかいね……ああいうのって!」
きゐこが言うのへ、答えたのは紲 酒鏡だ。
「なら、纏めて撃ち落とそうか!」
放つ魔力砲撃が、ツイン・モデルたちを、そして爆撃機たちを薙ぎ払う。が、当然のごとく、次から次へと、それは補充されてやってくるのだ。
「やれやれ、これは骨が折れるね……。
でも、こういう方が酒鏡さんはやりやすい」
再びの魔力砲撃。何時途切れるかもわからないそれを、酒鏡は迎撃し続ける。
「悪いけど、酒鏡さんはそんなに燃費が良くないからねぇ。
はやく先に進んでくれると嬉しいかなぁ?」
「我も露払いを全うするとするか」
フィノアーシェ・M・ミラージュが笑う。
「どのみち、斬ることしかできぬ身ならば。
此処でその本領を発揮するのが最善!」
此処まで入り込めば、徐々に敵もその圧を増してくる。リーダークラスのトライ・モデルが参戦し、より攻撃は苛烈なものへとなっていく。
だが、フィノアーシェは、イレギュラーズは、立ち止まらない!
「我にできる事はただ斬る事のみ、それでも良ければかかってこい……!」
その刃を手に取り、フィノアーシェは駆けた。戦場へと深く切り込み、道を作る。仲間たちの決死が、また仲間たちを奥へと進ませるのだ。
●
「つくづく、分からないものだな」
嫦娥は嘆息する。
「この『ヴェルギュラ』に何の価値があるのだろうか。
いや、世界を破壊する爆弾としてみるならば、それもよい。
だが、奴らはヴェルギュラそのものではなく、その『素体』の方にこそ興味があるように見えるが」
ふむ、と唸った。ラピスラズリはじろり、と視線を送った。
「造物主様にはわからないかい?」
「悪いが、まったく。
物語を紡ぐのは、いつだって『人間』だった。
『創造神』と呼ばれた男もそうだ。ラダリアスもそうだ。
壊れ、狂い、道を誤り――その果てに一つの喜劇を生み出すのが人間だ。
私のかつて観測していた人類もそうだった。それこそが面白い。
だが、これは人間ではない。出来損ないだ。
何の価値がある」
「わからないか。だから、僕たちは、君を嫌っている」
「だろうな」
ふむん、と唸る。
この陣営は、実に呉越同舟というか、お互いをお互いの理想のために利用しているようなきらいがあった。それはそうだろう。作られたものと、作ったものだ。そこに仲良しこよしの感情が生まれるはずがない。
「だが、私は、お前たちの行きざまには興味がある。
同道するのもここまでだろう」
「そうありたいものだね」
ラピスラズリが、ゆっくりと武器を構える。もうそこに、ローレット・イレギュラーズたちがきているのだ。
「『ヴェルギュラ』」
そう、嫦娥が言うと、苦し気に『ヴェルギュラ』が呻いた。
「う、う……アタシ、は……」
「もうその素体も限界だろう。だが、時間は充分だ。
最後に暴れまわれ。それで、そなたの役割も終わりだ」
「……!」
ヴェルギュラの体が、引っ張られたみたいにはねた。すると、その表情は悪辣なそれに代わり、僅かに、涙を流した。
「そうよ、アタシは、ヴェルギュラで……パパを、パパに、会いたいから……」
つぶやくようにそういうと、ヴェルギュラは戦場へと飛び出した。嫦娥は、不思議なものを見るような眼でそれを見た。涙を流した? 人間の振りもうまくなったものだ。胸中でそうつぶやく。
「僕も出るよ。あなたは勝手にするといい」
ラピスラズリが、言葉とともに突撃する。戦いは終わらない。
●
「いいかげん、うっとうしい!」
ヴェルギュラが吠える。その手に宿した強烈な暗黒の魔術が、イレギュラーズたちを強かに打ち据えた!
「回復、行います!」
フローラ・フローライトが叫んだ。
「なるべく、近づいてください!」
一気に仲間を回復しなければならない。とはいえ、集まるという事は、敵の的になることのジレンマでもある。両得はできないが、今は回復を優先した。
「ヴェルちゃん……でいいのでしょうか?」
フローラが言うのへ、恋屍・愛無は頷いた。
「さぁな。今確認する」
愛無が、一気に飛び込む。仲間たちの援護を受けて、ヴェルギュラのもとへ!
「ヴェルギュラ。思えば、名前を呼ばれるのは厭うたのは、それが、本当の名前ではなかったからなのか。
作られたモノの悲哀か。やれやれ……「同類」を見殺しにはできないな……!」
その手を振るう。叩きつける! ヴェルギュラが、障壁を張ってそれを受け止めた。倒すための一撃ではない。足を縫い付けるためのそれだ。
「アンタ……! 前もアタシのこと、馬鹿にしてたでしょ!」
「覚えているのか。光栄だ。
だが……その節は、申し訳ないといわせてもらう」
「奇跡を願うのか……!」
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタインが、叫ぶ。
「サポートをする! 皆も、善き結果を望むのなら、続いてくれ!」
レイチェルが解き放つ焔が、周りのツイン・モデルたちを焼き払った。誰かを救うために、彼らを焼き払う矛盾よ。僅かに心を痛めながら、しかし、今救えるもののために……!
「引きはがす気か……!? 役割を!」
ラピスラズリが吠える。させない! 雄たけびとともに突撃するそれに、立ちはだかったのは、リディア・ヴァイス・フォーマルハウトだ!
「させない!」
祝福の盾で、攻撃を受け止める。ラピスラズリがわずかに舌打ちをした。
「邪魔をするのか!」
「自称深緑魔法少女の私が、戦闘は好きでも得意でもないけど! それでも! 混沌世界を守るために今は立ち上がるべきだと私の心が叫んでいる!
ラピスラズリ! あなたをこれ以上先へは行かせない!」
全力以上の力を発揮して、ラピスラズリを抑え込む――同時、その意気に応えるように、清浄なる光が、ヴェルギュラの体から放たれていた。
「僕は奇跡を願おう。この身が朽ちても、君を救い上げよう。
君は誰だ?
少なくとも「ヴェルギュラ」ではないはずだ。
もし名前が無いなら一緒に考えよう。僕は「パパ」には、なれないかもしれないが。家族にはなれるかもしれない。
「お兄ちゃん」でもいいぞ。大切なのは、関係ではなく心の繋がりだからな」
ふ、と愛無が笑った。それだけでいい。たぶん、『彼女』が求めていたものは、それのはずだから。
『彼女』の、背中の辺りに隠されていてたコアが、ほのかな光を放った。それは、願いの奇跡と混ざり合って、強烈な閃光を放ち、内部の『闇』を吹き飛ばした!
「は、ははは!」
嫦娥が笑う。
「おのれの命を懸けてまで、木偶を救い、魔の役割を引きはがすか!
だからそなたたちは面白い――!」
「嫦娥!」
モカ・ビアンキーニが飛び込む!
「彼女らの願いを、面白いと笑うか!
『人間にも分類されぬゼロ・クール』だと?
確かにまだ精神的に未熟な者も多いが、少しでも心が有れば……人の間に在れば『人間』なのだ!
ゼロ・クールたちを、混沌滅亡の道具にするな!」
怒りとともに叩きつけられた蹴撃を、嫦娥は背部に控えたカエル型のメカで受けさせた。
「褒めているつもりだったのだがな。
それに、まだ事態は好転はしていないだろう?」
その言葉通り――引きはがされた『役割』は、終焉獣として降臨していた。
ヴェルギュラの素体は救い出せたが、しかし愛無はもはや戦うことはできまい。
「そちらは、一人戦力を失っただけではないのか?」
「いいや、彼は立派に役割を果たしたのさ。あとは、私たちの番だ!」
叫びとともに、モカは己の役割を遂行する。全てを救い、滅びを止める――それが、今の我々の『役割』だ!
「あいつ……そんな風になってまで、世界を滅ぼそうとするなら……!」
アクア・フィーリスが叫んだ。憎悪の槍が、『終焉獣、ヴェルギュラ』を貫く。ぎゅおお、と、それは吠えた。今や獣のような姿をしたそれが、強烈な闇の術式をあたりにまき散らす。激痛が、イレギュラーズたちの体をおそう。滅びが、イレギュラーズたちに深い傷を刻んでいく。
「世界は、滅ぼさせない……!
わたしは、滅ぼさせない……!
鉄くずどもも、おまえも!
ここで全部ぶっ殺してやる! 先に滅びるのはお前らだ!!」
憎悪と怒りを叫び、アクアが無数の憎悪の槍を放つ。縫い留められた終焉獣、その体を引きちぎりながら、なおもそれは滅びをまこうとする。
「やれやれ、役割に縛られた人生、というのはあまり面白くないと思うんですけれどね」
バルガル・ミフィストが、激痛に悲鳴をあげる体を無理やり押すように、立ち上がった。負傷上等。目が覚める。
「その生、断切って見せましょうか」
バルガルが、鎖刃を振りぬいた。怠惰の魔の呪が、終焉獣に突き刺さる。小さくとも、その呪いは冠位の魔。殺傷力は充分――!
「続いてください! 此処で滅します!」
「狂気に落ちた貴方達に届くか判らないけれど。貴方達の夢は叶えてあげる事ができない夢なんだ。
だから恨まれても、わたしは貴方達をここで止めてみせる」
Я・E・Dがつぶやく。その体から噴出した赤黒いオーラが、マスケット銃のかたちをとった。
「悪い獣は、漁師さんに撃たれて死んでしまいましたとさ」
そのマスケット銃から、強烈な閃光がほとばしった。殲光の、神をも殺す、光。それが、終焉獣を飲み込む――。
ぐ、おおお! 悲鳴をあげながらも、その光から、獣が飛び出そうとする。その、滅びの役割を、遂行せんとばかりに――!
「眠らせてやるさ」
レイチェルが、ばちん、と指を鳴らした。焔が、獣を光の中に押し戻す。続いた仲間たちの一斉射が、終焉の獣を光の中に叩きつけ、その内に消滅させたのだった――。
●
「……『ヴェルギュラ』が沈んだ……?」
信濃が淡々とつぶやく。どうやら、ヴェルギュラがやられたらしい――。
「無茶な調整をしすぎたのでしょうね。かわいそうな子」
素体となったゼロ・クールへの憐憫を、持ち合わせていなかったわけではない。ただ、それ以上に、己のみのうちに渦巻く憎悪が、狂気が、勝ってしまっただけだ。それは、ビーン=ニサもまた、同じくするものだった。
「でも、それも、人間のせいなのですから」
ビーン=ニサは、反転した魔種である。その思考に、もはや『真っ当なところ』などは存在しない。それが、八つ当たりのような、責任転嫁のようなものであったとしても、もはや彼女にとってはそれは正道なのだ。
「わたくしたちの怒りが。悲しみが。心を痛めています。
人に利用された、かわいそうな子たちの悲鳴で」
そう、ちらり、と、ビーン=ニサは見た。
「あなたのせいですよ、ンクルス――」
「Ураааааааа!!
雑魚共の収穫祭はーじまーるよー!!!!」
「前略── 幻遠の週末までの管理者とはこの私若宮芽衣子。
ああ、ちょっとまって卮濘、あんまり前に出すぎないで」
「はぁ?! いや、ここまで来たらもう全力前進でしょ!
やってやろうじゃん、壊・崩灰混沌── 『Jabberwock』ッ!」
有原 卮濘と若宮 芽衣子のコンビが、嵐のように敵をなぎ倒す。果たして、戦局は五分五分から徐々に傾きかけていたといえようか。終焉獣、ヴェルギュラの討伐は、こちらの戦場の勢いにも拍車をかけていた。
「俺達の心は揺るがない!
終焉獣は沈んだ! さぁ、どうする!?」
呂・子墨が、戦意を高揚させるためにも状況を吠える。終焉獣は光のうちに沈んだ。今や、彼らの理想を叶えることは困難に変わったはずだ。
「まぁ、その程度で白旗をあげられても面白くはないけれどね……!」
ジルベールが、子墨に続いた。もちろん、これで相手も白旗をあげるつもりはないだろう。むしろ、追い詰められたというのならば、何をしでかすかわからない。それでも。
「露払いは任せておけってんだ。
狙い撃つのは俺の得意中の得意だぜ?
どんと背中は任された!
さあ皆、前へ進め!」
「俺は暴れられるならどこでもいい……が、こんな戦場はまさにうってつけだな。
仕留めさせてもらうぞ」
子墨が、ジルベールが、敵リーダー機であるトライ・モデルを狙って攻撃を開始する。砲撃と砲撃の撃ちあいが、戦場を派手に彩る、危険な花火のように爆裂を起こした。
「さぁ、行きましょう!
世界に破滅を齎せるような迷惑なお客様には、速やかに退店してもらわなくては!」
城火 綾花が、皆に届くように、叫んだ。
「大丈夫です!
お客様方には勝利の女神と幸運の兎が付いてますから!」
そう言って、笑う。その笑顔が、幸運の兎が健在だと教えてくれる。我々に勝機ありだと伝えてくれる。
「それでは、狙ってくれと言っているようなものですが――!」
信濃が、僅かに表情をゆがめて、爆撃を開始した。幸運の兎を吹き飛ばし、戦意を削ぐ――苛烈な爆撃にさらされながら、しかし兎は跳ぶ。
「負けませんよ、兎は追い詰められてこそ、跳ねるのですから!」
「綺麗ごとを……!」
「信濃っていうのか!?
俺の推し艦は榛名ちゃんでな! きっとお前さんらの世界にもいるんだろうが、俺の世界じゃ空の大群を相手に怯まず抗い、例え着底しても戦った勇敢な船でさ!
推すからにゃ、俺も倒れるわけにはいかねえんだよ!」
タツミ・ロック・ストレージがにやりと笑う。信濃が不快気に顔をゆがめた。
「あなたの世界でも、私たちは利用されているというのですね……!」
「ともに戦ったんだ……どんな理由であっても、その時は、生きるために!」
「あなたたちが居なければ、きっと穏やかな海でまどろめていたでしょうに!」
それは、悲しい咆哮であったのかもしれない。だが、その叫びを是として受け止めることは、できない。
「旅人がこうにも歪む……!」
三國・誠司が、悔しげに呻いた。
「ファミリアーを墜とす! 空になってから突っ込んでくれ!
剛撃ができるのは艦姫だけじゃないってことさ!」
言葉とともに撃ち放った砲撃が、信濃の攻撃機・爆撃機を打ち払う。
「戦艦並みの砲撃を、対空で使う……!?」
信濃が面食らった刹那、仲間たちは一気に接近する!
「微力だが、手伝おう」
陰房・一嘉が、最前線に立つ。その鋼の肉体を盾とするために。
「言葉を紡ぐのだろう。なら、その間くらい、立ち続けられるさ」
「一世一代の姉妹喧嘩ですもの!
お姉ちゃんの意地を見せてくださいね!」
妙見子が、笑った。
「あなたは私たちが支えますとも!
さぁ、行きなさい!」
そう、叫んだ。
「お願い、エイドス」
Lily Aileen Laneが、つぶやいた。
「あの二人に、少しでも――お話しできる時間を」
体から、可能性が、力が失われていくのを感じる。その可能性が、この時――二人の心に、リンクを繋いでいた。
「武蔵……あなた……!?」
信濃が叫ぶ。同時、大和型戦艦 二番艦 武蔵が、その声を張った。
「信濃よ、妹よ!
貴様の言う通りである。武蔵は使命を捨てる事はできん。
世界に害を為さんとする者を、止めなければならない。
――だが、それと妹を沈めるのは同じ話ではない!!」
吠える。言葉を、託して。
「綺麗ごとですよ、お姉さま……!」
「それの何が悪い……!」
血を吐くように、叫んだ。
「その感情が間違った物だとは言わん。
世界を滅ぼすのを止め、その上で貴様の理想を叶える方法を探そう。
貴様と同じだ。
ただ、「私は嫌だ」と思った。
それだけで全てを懸けるに余りあり、こんな武蔵に手を貸してくれる仲間がいる。
何より、その感情に気付かせてくれたのは、ヒトの友だ……!」
「武蔵! ボクが、守るから」
レイテ・コロンが、叫んだ。
「届けるんだ……願いを!」
「あなたが、姉を惑わせているなら……!」
信濃が叫ぶ。そのしっぽのような艤装が一斉に展開し無数の爆撃機を出撃させんとした。
「星間航行速度第一 解放──!」
島風型駆逐艦 一番艦 島風が、その刃を振るう。尻尾のような艤装を、己の全力を以て、切り裂いた。
「島風……!」
信濃が、叫ぶ。
島風が、少し悲しげに笑った。
「同種姉妹存在 類似種族 仲間 家族。
出会えた、こと、うれし、かった。
而同型非存在 超加速機関 当方一機 "試作品"也。
当方、独りぼっち。でも。それでも」
扱えるようになった言葉で、それを伝える。
不得手でも。苦手でも。今ここで使わなければ、きっと。
「私は私を作った人間たちが好き。人間たちを守るために戦うのが好き」
オニキス・ハートが、叫んだ。
「だから本当の意味であなたの気持ちを分かってあげることはできないと思う。
けど大切な姉妹を助けたいっていう武蔵の気持ちはわかる。だから……かけられる、命くらいは……!」
「わからない……!」
信濃が叫んだ。
「こんなことをして、何になるのですか!? 私は、私の怒りは、憎悪は!
確かに、私の内から生み出されたものなのに……!」
「助けられる姉妹がいるのならば、きっと誰だって、手を差し出します……!」
雪風が、言った。
「わたしには、できないから。今、それを――!」
叫んだ。
ああ、それでいいよ、雪風。そう、赤毛の先輩の声が聞こえた気がした。
「馬鹿……! こんなにも命の輝きを使って……!?」
信濃が、畏怖したように叫んだ。わからない――何故、こんなにも!?
「それが、人間の暖かさなんだろう!」
武蔵が叫ぶ。
「エイドスよ、可能性があるのならば……今、ひと時だけ、わずかな時間でもいい、彼女に時間を!
歩みなおす、可能性を――!」
光が、
優しい光が、その時、戦場を包んでいた。
「どうして……どうして……!」
信濃が、泣きそうな顔をしながら、叫んだ。そのまま、後方へと飛びずさる。
「いいですよ、行きなさい」
ビーン=ニサが、笑った。
「痕跡は消してあげます。跡形もなく。
……仲間だったでしょう、おなじ」
「……!」
信濃が悔しげに呻くと、そのまま戦場の影に消えて、姿を消した。
「信濃様……!」
妙見子がそう言うのへ、武蔵は頭を振った。
「いいんだ……時間は、できたのだから……」
そう言って、武蔵が片膝をつく。奇跡を願った代償は、決して軽くはない。
「一人を生かすために、今四人の可能性を浪費しました」
ビーン=ニサが、ほほ笑む。
「感謝を。
それから、あえて『愚かな』と。
わたくし達は魔種。生半可な戦力では、突破はできませんよ?」
「ううん、ビーンお姉ちゃん」
ンクルス・クーが声をあげる。
「私は、お姉ちゃんを止める。絶対に」
そう、言った。
●
「終わらせようか。俺たちの夢を」
ブランシュ=エルフレーム=リアルトが、そう言った。
頭の中にアラートが鳴り響く。同じきょうだいの接近を伝える福音。ききたくのない音色。
「そうだね」
ラピスラズリが、そう言った。
「君でも親は殺せないのか。なんだか――」
「お前たちは殺したがな」
ブランシュが言う。
「そうだ。僕は殺した。君はできない。
君にはまだ、覚悟がない」
「その諦めを覚悟というのならば、俺はいらない」
ブランシュが言う。
「決着を」
「つけるか!」
同時――ぶつかり合う! 二つ!
「決着の時でござる!」
芍灼が、叫んだ。
「それがしは、望まぬ寄生で破壊を余儀なくされたゼロ・クールとそれを悲しむ魔法使い殿を知っている!
この世界で、誰よりもゼロ・クールを道具扱いして来たのは貴殿らではござらぬか!
『自分自身』ですらも、道具にするのはもう止めるでござるよ!
こんなに――こんなに、悲しいことが……!」
「ものに入れ込みすぎると、足元をすくわれるぞ」
そう、嫦娥が背部のカエルメカから雷撃を撃ち放つ。痛みが、イレギュラーズたちの意識を刈り取らんと脈動する。立つ。意地で、決意で、可能性で。
「周りの連中は引き付ける!」
紲 月色が叫んだ。
「行け! もう終わらせるんだ! こんなことは……!」
そう、叫んだ。無数の、心なき少女たちが、襲い掛かってくる。
作られた者達。その、心なき咆哮。それは、悲劇であったか……。
「ヴェルギュラに憑かれた人を助けるんだよね、他の敵も倒すんだよね!
だったら、ここで倒れちゃ駄目……!」
曉・銘恵が、声を上げた。
「誰も倒れさせない、その為にも頑張るって決めたから……!」
「大丈夫! アタシは倒れマセン!
装備カード発動! これでアタシが受ける戦闘ダメージは0! 破られたらかなりヤバいデスけど!」
明星・砂織が、笑った。
「デスから……やりまショウ! 最後マデ!」
そう、言った。
此処からきっと、最後の決着の時まで――そう、時間はかかるまい!
「嫦娥の足を止めます!」
劉・紫琳が、対物ライフルを構えた。
「その厄介なカエル……封印させてもらいます!」
放たれた銃弾が、カエルメカに突き刺さる。ばぢ、と音を立てて、何らかの回路がショートした様子を見せた。
「ちっ……! 見た目通りに細かい……!」
嫦娥は叫びつつ、カエルメカを蹴っ飛ばした。ばぢん、と煙を吐きながら、飛びずさるカエル。べ、と舌を出し、雷を解き放つ。
「ええい、さっきからばしばしと! 痛いであろうが!」
トルテ・ブルトローゼが叫ぶ。
「自分の目的のために、他の者全てを利用して切り捨てようとする貴様のやり口が気に食わん!
余の逆鱗に触れおったぞ!」
死滅結界より放たれる術式が、カエルメカを撃ち抜いた。僅かによろけるそこへ、
「ただ無心に叩く――お前のような奴には、一番厭な行動だろう?」
志岐ヶ島 吉ノが、その刃をカエルメカへと叩きつける! 斬撃が、カエルメカの体を切り裂いた。
「猪突猛進のやつが……!」
ちぃ、と舌打ちして、嫦娥がカエルメカへ命令を下す。激しいアラート音を鳴り響かせながら、嫦娥は吉ノを振り払う。吉ノはそれでも、にやりと笑ってみせた。
「不愉快だ……こんなにも……!」
嫦娥が、その時初めて表情をゆがめた。想定外の事が多すぎる……何もかも!
「あなたの考えることなんて、絶対にかなわないんだから!」
フォルトゥナリア・ヴェルーリアが、叫んだ。
「ハッピーエンドをとりかえすんだもの! でも、あなたにそれを観測なんてさせてあげない!」
「小娘……!」
嫦娥が叫ぶ。
「私は観測者だ……人間の喜劇を、すべてを観測する……!」
「それが思い上がりだ……!」
零・K・メルヴィルが、叫んだ。
「ネコみたいに、ゼロクールは皆想い抱えて生きてる。
……お前が創った命もそうだ。
其れが判らんなら……せめて痛いの喰らっときな、嫦娥ッ!」
雷槍が、カエルメカに突き刺さる。爆裂! 強烈な爆風を巻き上げて、爆散! 嫦娥が吹き飛ぶ!
「図に乗るなよ、人間が……!」
嫦娥が叫ぶ。
「人が足掻き、苦しむ。それは時に娯楽になるけれど。実際にされたんじゃあたまったもんじゃない。
そんなものが面白いなら――痛みは報復。全部、『返してあげる』。
俺はお前と一緒に灰になりにきたんだもの。だって――此処にいるお前は少なくとも死ぬでしょ?」
灰燼 火群の復讐の一撃が、嫦娥を突き刺した。痛みが、彼女の体に走る。
「それが、思い上がりなのです」
瀬能・詩織が、言った。
「私を造った人達ですら、其処までして成し得たい何かが在りました。
ですが貴女は楽しみの為だけに...…ええ、私は、貴女が気に入らない。
狂いそうな程に殺したくて、死の澱みに沈めたくて仕方がない」
「やれ」
ウルフィン ウルフ ロックが、そう言った。
「安心しろ、我は死ぬまで死なん。
詩織。貴様を護ると誓っているのだから……生きる復讐者は不滅だ。
故に、気にせず、行け」
「はい」
詩織が、頷いた。一気に飛び込む――嫦娥へ向けて!
「沈みなさい。澱みへ」
死切の髪が、嫦娥を拘束した。沈む――澱へ。
「……!」
嫦娥が吠えた。
「このような、結末が……!?」
だが、嫦娥はそれを振り切ろうと全力を引き絞る。そこへ――。
「初対面だが私はお前みたいなタイプは嫌いだ。よって討たせて貰う」
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥムの砲撃が突き刺さった!
「馬鹿な……!」
「他者を玩具にするのなら、逆に弄ばれる覚悟はしてたか?」
「そうだ! これが、あんたの終わりだ、嫦娥!」
紅花 牡丹が、その刃を、心の臓へと突き刺した。終わる。観測の時が。
「こんなにも……あっけない……」
嫦娥の瞳から光が失われる。悪意を以て世を引っ掻き回したそれは、思いのほか静かに、その野望を潰えさせていた。
「ラピスラズリ!」
ブランシュが叫ぶ。
「もう終わりだ……お前は!」
蹴りつけるブランシュに、ラピスラズリは突撃で返した。
「かもね……でも、僕は最後の時まで、自由にふるまわせてもらうよ」
構える。
「それが、僕の夢だ」
「止まらないのか」
「君もそうだろう」
「そうだな」
それで、よかった。
走る。
打ち抜く。
片方が倒れる。
それだけ。
ただ、それだけのことだ。
ブランシュは独りで戦っていたわけではない。
此処まで、多くの仲間たちが、ラピスラズリに一打を加えて、それで。
ようやく、ブランシュが、最後の一打を加えた。
そういう、結末だった。
「……自由か」
倒れた、ラピスラズリが言う。
「結局……それって、何だったんだろうね」
わからない。その答えを。誰も出せないのだろう。
彼女にとっての、自由とは……。
「だいじょうぶでありますかな?」
成龍が、尋ねた。
「傷を……」
「大丈夫だ」
ブランシュが言った。
「この痛みは、消してはならないのだろう」
と。
そういった。
●
「芳の拳(にゃんぱんち)が唸るのニャ~!」
芳のぱんちが、ツイン・モデルのうち一体を沈める。
「状況はどうなったかニャ~!?」
尋ねるのへ、答えたのは物部・ねねこだ。
「そうですね。たぶん、もう……」
その言葉の先は、なんとなく気づいていた。
戦局は、明確に――イレギュラーズたちへと傾いている。
敵の大半は動きを止め、敵のリーダーはそのことごとくが無力化された。
あとは……。
「因縁に、終わりを告げるだけ、なのでしょうね」
ねねこが、そう言った。
「友のため、傷つくことはいとわぬとはいえ」
形守・恩が、声を上げた。
「果たして――誰ぞが、最も傷ついたのか――」
「でも」
ファニアスが、言った。
「これがきっと――一番、ハッピーな結末なんだと思う♪」
その言葉通り。
きっと、これが――最善なのだろう。
多くを救い、多くを幸せにする。
「だから――」
「ん……ファニアスさんは、優しいのですえ」
そう、笑った。
「これだけ大勢のゼロ・クール達に、大いなる悪行への引き鉄を引かせようなど! 断じて、断じて許す訳にはいかないのです!!」
イロン=マ=イデンが叫んだ。盾を装備したビーン=ニサが、その一撃を受け止める。
「悪行ですか。
そうかもしれませんね」
「わかっているならば……!」
「でも、人に使われるよりましですから。ずっとずっと、酷いものを見てきましたから」
「私のせいで……!」
ンクルス=クーがそう言うのへ、スースァが言った。
「アンタが境界図書館に行っちまったのは事故なんだろうが!」
「それでも、創造神様を絶望させるには十分だったのでしょう」
ビーン=ニサが、そう言う。
「お優しい創造神様は、変わってしまった。
いいえ、あれが本性なのだとしたら……」
なんと、悲しい。
と。ビーン=ニサはいった。
「人は、些細なことで壊れるものです。
嫌なことがあった。求めるものが得られなかった。大切なものをなくした……。
容易に、家族と呼んでいたものすら利用する。なじり、怒り、否定する。
そのような不安定な存在に、使われることも、笑いかけられることも、私はごめんです」
「それは……!」
アリカが言った。
「それは、そうかもしれません。けれど、ごめんなさいって、人は謝れるのですよ……!」
「許すかどうかは、傷を負ったものの専横でしょう」
ビーン=ニサは言った。
「『わたくし達』は許せなかった。だから、魔に堕ちた。
お優しいお嬢様は、わたくし達を救おうと思ったのでしょうが。
魔に堕ちたものを救えた前例が?」
「……!」
ない。
アリカの脳裏に、その言葉が浮かぶ。
魔から帰ったものは、今のところ、存在しない。
「その気持ちはうれしく思いますよ。これは本当です。
さて」
ビーン=ニサが、まっすぐに、ンクルス=クーを見やる。
「もう終わらせましょう、ンクルス。
こちらの戦線は崩壊。
あとは、わたくし達の意地を通すだけ」
「もう、戻れない?」
ンクルス=クーがそういった。
「死んでもごめんです」
ビーン=ニサは笑った。
対峙する。
二者。
「身内にゃ悔い無いようぶつかった方がいい」
スースァが言った。
もう、両者はボロボロだった。激しい戦いが、ビーン=ニサも、ンクルス=クーも限界値に落としている。
あとは、一撃。
意地を通すかそうでないかの、話だ。
「お姉ちゃんのやり方は間違ってたけど、想いは間違ってない、と思いたい」
そう、ンクルスが言った。
「止める。ここで。私が、此処と、向こうで、繋いだ縁で、ここに立っているのならば」
駆けだす。その手。何かをつかんできた手。何かをこぼしてきた手。
ビーン=ニサが、盾を構えた。全てを拒絶してきた楯。
ンクルス=クーの手が、盾をつかんだ。ぐ、と力を籠める。ダメージの蓄積していた盾は、それだけで砕け散った。ビーン=ニサが、身をよじる。盾の破片にぶつかりながら、ンクルス=クーが、もう一歩。
胸ぐらをつかんだ。そのまま、地面にたたきつける。
それだけで終わる。
それだけで、終わってしまった。
「そうですね」
ビーン=ニサが、笑った。
「わたくし達も……」
その後の言葉は、何を紡ごうとしたのかはわからない。
ただ……。
その魔は、笑って逝ったのだ。
「お姉ちゃん」
ンクルス=クーは、そうつぶやいて、祈った。
何をだろうか。
姉が、安らかならんことを、だろうか。
すべての同胞が、幸せであらんことを、だろうか。
祈りは静寂に乗って、どこまでも飛んでいくような気もした。
救えたものと救えなかったものの価値を噛みしめながら、イレギュラーズたちは、勝利の戦場の上にいる。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
ヴェルギュラを押し付けられたゼロ・クール――『役割』をはがされ、現在昏睡中。なお、『役割』たる『終焉獣、ヴェルギュラ』は消滅。
嫦娥――死亡。
ラピスラズリ――死亡。
信濃――正気に戻り、逃走。
ビーン=ニサ――死亡。
公式には、そのように報告されています。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
決戦です。ヴェルギュラ派をここで殲滅します。
●成功条件
以下全てのターゲットの撃破or無力化
『四天王』ヴェルギュラ
『エルフレームの観測者』嫦娥
『偽りの解放者』ビーン・ニサ
『彷徨いし航空母艦』信濃
『エルフレームTypemelt』ラピスラズリ
●排他制限
こちらのRAIDに参加した場合、他のRAIDには参加出来ません。
※複数のRAIDに優先がある方は、特別に両RAIDに参加可能です。
※片方のRAIDに参加した後、運営にお問い合わせから連絡いただければ、両方に参加できる処置を行います。恐れ入りますがご連絡いただけますと幸いです。
●サハイェル城攻略度
フィールドが『サハイェル城』のシナリオにおいては城内の攻略度が全体成功度に寄与します。
シナリオが『成功』時にこの攻略度が上昇し、全体勝利となり、プーレルジールにおける『滅びのアーク』が減少します。
●状況
サハイェル城攻略作戦が開始されました。
この作戦(シナリオ)における、あなたたちローレット・イレギュラーズたちの目標は、ヴェルギュラ派の完全壊滅です。
ヴェルギュラ派は、サハイェル地下の『扉』からゼロ・クールたちを混沌世界へと送り込むつもりのようですが、それは絶え間ない滅びを混沌世界に送り続けることに他なりません。
ヴェルギュラ派は、これによりゼロ・クールたちを解放すると謳っていますが、しかしそれは決して、許してはならない蛮行なのです。
皆さんには、ヴェルギュラ派の軍勢と戦闘し、とりわけ強力な将クラスの敵をすべて撃破、或いは完全無力化していただきます。
戦場に関しては、下記に選択肢として記載しますので、そちらもご確認ください。
戦場は、サハイェル城内。特に戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。
●エネミーデータ
ツイン・モデル ×???
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)さんとンクルス・クー(p3p007660)さんの、両名の製作技術を用いて作られた、量産型ゼロ・クールたちです。ここに現れるのは、オーソドックスモデルであり、特筆すべき能力のない代わりに大量生産が可能な量産型中の量産型といったモデルです。
数が多いことが最大の武器な敵です。主に取り巻きや、道中の邪魔ものとして現れるでしょう。思う所はあるかもしれませんが、速やかに撃破してください。
トライ・モデル ×少数
上記のツイン・モデルに、大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)さんの旅人(ウォーカー)世界の技術を追加して生まれた試作モデルです。
砲撃による高い攻撃能力と、装甲による高い防御力を誇る、ツイン・モデルたちのリーダータイプになります。
前述したように攻撃能力と防御力は高いですが、急増試作品のためバランスが悪く、鈍重になっています。
とはいえ、指揮をとられると厄介なので、優先的に撃破してしまいましょう。
『四天王』ヴェルギュラ
非常に強力な闇魔法の使い手です。小柄な少女のように見えますが、実際には上記ツイン・モデルの中でも最上級の出来のハイ・モデルとでもいうべきゼロ・クールです。
『ヴェルギュラの役割』を付与されているため、実質的に操られている状態になっています。
救う方法はあるにはありますが、それでも多少は弱体化させなければ、四天王の役割は引きはがせないでしょう。
『エルフレームの観測者』嫦娥
実質的なこのシナリオの大ボスです。
狂気に陥った旅人……というか、元々あまり善良な人物ではなく、というより『基本的に人間を面白いおもちゃとしか思っていない』タイプの人物です。
たまさかプーレルジールへとおとされてしまった嫦娥は、混沌世界へと帰還するために魔王派閥に協力しています。ヴェルギュラの調整や、ツイン・モデルなどの製造もこの人の仕業。
自分で動くタイプではありませんが、それでも強力です。味方へのバフや、敵へのデバフなどをメインとした行動を行ってくるでしょう。
味方がいればいるほど厄介に出強くなるタイプです。
『エルフレームTypemelt』ラピスラズリ
ブランシュさんの姉妹機であり、遊撃アタッカーです。
嫦娥のサポートを受けて、自由に動き回り強烈な一撃を加えてきます。
彼女の目的は、ゼロ・クールたちに完全なる自由を与えること。
それは、彼女たちを無秩序な生命にすることと同義です。
『偽りの解放者』ビーン・ニサ
強力なタンク型ユニットです。
ンクルス・クーさんの姉妹機であり、狂気に陥り、創造主である『創造神様』を殺害しています。
今は、すべてのゼロ・クールの解放を目的にしているようです。
前述したとおりのタンク型ユニットであり、皆さんの攻撃を自身に引き付け、他の味方をフリーにして遊撃させるのが得意戦法になります。
『彷徨いし航空母艦』信濃
武蔵さんと同じ世界からやってきた旅人(ウォーカー)。艦姫という、軍艦の記憶や力を持つ存在なのだそう。
航空母艦、と呼ばれる通り、ファミリアーのような使い魔を大量に使用した制空権確保や、味方への援護、バフ、爆撃などを行います。
ファミリアーと同一定義をされているようで、ファミリアーへの対策が効きます。が、完全無効化することは難しいでしょう。
以上となります。
それでは、皆様のご武運を、お祈りいたします。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】ヴェルギュラ襲撃
ヴェルギュラ本人を攻撃するために、サハイェル城の研究施設へと突入します。
ここでは、主に以下のユニットと遭遇することになるでしょう。
ツイン・モデル 少数
トライ・モデル ごく少数
『四天王』ヴェルギュラ
『エルフレームの観測者』嫦娥
『エルフレームTypemelt』ラピスラズリ
雑魚や取り巻きであるツイン・モデル、トライ・モデルの数は少ないですが、その分強力なユニットであるヴェルギュラ、嫦娥、ラピスラズリを相手にしなければなりません。
雑魚戦よりも、ボス戦を意識した戦法や、高いレベルのPCが必要になる戦場になります。
【2】ビーン・ニサ&信濃遊撃
場内に潜むビーン・ニサ、および信濃を攻撃します。
こちらで遭遇する敵は、以下の通りです。
ツイン・モデル 多数
トライ・モデル 少数
『偽りの解放者』ビーン・ニサ
『彷徨いし航空母艦』信濃
こちらでは、大量の雑魚と、それを指揮するビーン・ニサ&信濃、という構図になります。
雑魚の対処をしつつ、ビーン・ニサと信濃のコンビを撃破しなければなりません。
対多数戦を意識し、より多くのPCが参加することが勝利への近道になるでしょう。
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