シナリオ詳細
美しきは旅人の
オープニング
●旅人(ウォーカー)よ
旅人よ、旅人よ。
その美しき、肌の滑らかさよ。
我々人と同じ。されど人と違う。
爪があるものもいる。色の異なるものもいる。姿かたちの違うものもいる。
あらゆるものがいる。
蝶の羽より美しく、
鳥の羽より気高く、
駿馬の足よりも荒々しく、
獅子の牙よりも鋭い。
内に秘めたる、その神秘を見せておくれ。
内に秘めたる、その美しさを暴かせておくれ。
ああ、旅人よ、旅人よ。
美しき、芸術品よ。
●
市井には妙なものたちがいる。旅人(ウォーカー)という存在は混沌世界の住人にとって『別の世界から来た人間』ではあるのだが、『当たり前に世界に存在する人間』に間違いないのだ。つまり、どこまで行っても『種族は違えど同じ人間』であり、混沌世界もその様に許容しているわけだ。
それでも、ごくまれに例外は存在する。例えば、旅人(ウォーカー)というものに著しいほどの嫌悪や憎悪を抱く者もいる。一例と名前をあげるならば、バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインという幻想貴族は反旅人主義を持つものであり、実際にその延長線上でローレット・イレギュラーズと関係を持ったこともある。これは彼の個人的な体験からのヘイト思想だが、そのように『旅人』を特別視する者はいないわけではない。
――というようなことを、アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト (p3p009438)はぼんやりと脳裏に浮かべていた。成程確かに、そんなような話だったか報告書だったかを読んだ記憶がある。旅人を恨んでいるものもいるし、崇拝しているものもいる。まぁ、人間など千差万別である。世の中にはいろんな人間がいる。それはどこの世界でもそうである。
と、いう事は、である。アオゾラの目の前にいるこの人間も、多分そういう『様子のおかしい人』なのであろう。というのも、アオゾラは、目の前にいるこの男の手によって、拘束具に縛り付けられていたのである。
「あなた様は」
と、アオゾラが言った。
「反旅人思想の方デスか」
ぼんやりと尋ねる。どうにも頭がはっきりしないのは、妙な薬をかがされたからだろうか。
アオゾラの周りには、どうにも、他にも仲間がいるような、そんな気がした。それは、『あなた』かもしれないし、あなたの仲間であるかもしれなかった。目がかすむアオゾラには、やはりどうにも、確信が持てなかった。もしかしたら誰もいないかもしれない。
「反旅人?」
と、その男は言った。
おそらく30過ぎのやせぎすの男である。『変態趣味を持つ悪辣な男を想像してください。よーいどん』と言われ、偏見と差別心をまったく隠さずに思い描くならば、おそらくこういった顔が思い浮かぶのだろうな、という男である。
「反? アンチ? ヘイト? そういったのかね」
と、男は驚いたように言った。
「冗談じゃない。私は君たちを愛しているんだ」
「愛」
と、アオゾラはぼんやりとつぶやいた。
「愛とは、このように縛り付けるものデスカ」
目を細める。
「些か倒錯しているかと」
「例えばだ。キミが帳を愛しているとして」
男が言う。
「まぁそれでも、蝶は君の傍から飛んで離れていってしまうだろう。
そうならないように、まず虫かごに入れるのだ。わかるだろう?」
「わかりまセンが」
アオゾラが、動かない頭でぼんやりと答える。拘束具は、相応に硬いらしい。自力で脱出しようとするならば、破壊にしばし時間がかかりそうである。ということは、この状況においては、破壊のための時間はとれず、すなわち絶体絶命である、という事は明らかである。
「私はね。旅人たちを愛している。
君たちは、虫の羽、天使の羽も、宝石よりも尊い輝きだ。獣の形の爪や毛皮、鱗をもっと撫でてみたい」
そう、うっとりと、男は言った。手には、どうにも、ナイフだか出刃包丁だかを握っているのが分る。
「ワタシには羽も爪も毛皮も鱗もないタイプデスが」
「もちろん。時に人の形を取りながらも、内に秘めたる人の道の及ばざる神秘の美しいことよ」
なるほど、人の話を聞かないタイプだ、とアオゾラは思った。
「嗚呼、旅人よ。君達はなんて素晴らしいんだ」
ついでに、多分頭がおかしいのだろうな、とも。
アオゾラの記憶をもう一度紐解けば、この世界において、旅人とはすなわち、いち人間にすぎないわけで、その、いち人間について美しい、というのはまぁわかるが、こう、ナイフをもって諸々と迫るのは、やっぱり、
「様子のおかしい人デスね」
思わず口にする程度には、つまりおかしい奴なのである――。
さて、ローレットから緊急の依頼を受けたイレギュラーズ一行は、ゼナレス・レンブラント卿の貴族屋敷に向かっていた。その中には、もしかしたら『あなた』の姿があったかもしれないし、『あなた』を助けるべくの仲間たちの姿があったかもしれない。
「反旅人もいれば、親旅人もいるし、そうでなければやべぇ奴もいるか」
イレギュラーズの一人がそういう。というのも、情報によれば、ゼナレス・レンブラント卿はどうやら『旅人を解体してコレクションするのが趣味』という、おそらくこの世で手に染めてはいけない類のものを趣味としており、実際にその毒牙にかかったものが多数いるらしい。と、ここでアオゾラのいる『作業場』に視線を移せば、なるほど、周囲には、ホルマリン漬け、のようなものがたくさんある。中身は想像するに難くはないと思われるので、詳細は記載しない。
さて、再び屋敷へと向かうイレギュラーズに視線を戻そう。とにかく、前述したとおり、イレギュラーズたちはローレットから緊急の依頼を受けていた。どうにも、アオゾラが、そのゼナレス卿に捕まってしまった――というのである。ほかにも捕まってしまった仲間もいるかもしれないが、少なくとも確定しているのが、アオゾラである、という事だ。アオゾラは、誘拐される直前にローレットに情報を残したらしく、それから発覚したらしい。
「理解できない」
そう言うものがいる一方で、
「まぁ、世の中にはおかしな奴がいるからな」
と、達観する者もいる。
「で、なんで今回のは、いわゆる『悪依頼』なんだよ」
「どうも、状況が急で、周囲に根回しができてないらしい。だから、ひとまず貴族屋敷に向かった賊ってことにしてくれ、と」
そう言いつつ、
「逆に、中にいる人間には、もう何をしてもいいらしいからな。皆殺しにしてしまっても構わない、と。
まぁ、それだけのことをやってきた連中だ。文句もいえまい」
「へぇ、やりやすいもんだね」
そう言って、イレギュラーズの一人が笑った。
いずれにしても、相手は悪党である。得られる名声は暗かろうが、正義の執行には違いあるまい。
さて、一行はあいさつも名乗りもあげるまでもなく、さっさと内部に踏み込んだ。片っ端から扉を開けていくに、どんどん遠くへと進んでいく。やがて、どうにも露骨に胡散臭い扉を見つけると、一行は一気に踏み込んだ。
そこは大きなホールのような場所になっていて、何人もの人間が大暴れしても問題ないくらいの広さと、あちこちに散乱した椅子だのテーブルだのを持ち合わせている。
部屋の奥の方には手術台があって、そこには、少なくともアオゾラが拘束されているのが分った。
「敵襲だ!」
と、誰かが叫んだ。それは、ゼナレスの集めた用心棒であろう。手術中の『念のため』に集めていたようだ。
「そうだよ。じゃ、さっさと悪党退治と行くか」
イレギュラーズの一人の言葉に、彼らはうなづいた。
『あなた』は、その言葉にうなづき武器をとったかもしれないし、手術室の上で脱出の算段を練り始めたのかもしれない――。
- 美しきは旅人の完了
- GM名洗井落雲
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年11月29日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●趣味・人
「イイ趣味してる……」
そう言ってのけたのは、『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)である。
幻想貴族、ゼナレス・レンブラント。元々後ろ暗い噂のある、『ごく普通のありふれた幻想貴族』であるわけなのだが、その後ろ暗い噂が『事実』であったため、『イカれた幻想貴族』にランクアップだかダウンだかしたわけである。
ゼナレスの趣味は『旅人(ウォーカー)』の蒐集である。人集めではない。物のように、人形のように、或いは標本のように、蒐集して収蔵するのだ。
「弊社のスタッフにも似たような趣味の男が居るがここまではいかねェ。財力の差か。
だがま、センスってヤツはいくら金があっても磨かれねえってコト!」
ケタケタと笑いながら、近くにあったテーブルを蹴っ飛ばした。ここはゼナレスの屋敷である。侵入したローレットイレギュラーズは、ひとまず『賊』ということになっている。些か緊急の依頼であったため、周辺への『根回し』がすんでおらず、とにかく『賊の侵入』ということで屋敷に乱入してくれ、ということにだった。
何故かといえば――『芽生え』アルム・カンフローレル(p3p007874)と『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)の両名が、よりによって当のゼナレスにさらわれてしまっているからである。
「俺からしたら、混沌に生まれた人達の方こそ、多様で、不思議で、だからもっと知りたいんだけどなあ。
……尤も、そのように蒐集しようだなんて全く思わないけど」
理由は当然のごとく、『旅人(ウォーカー)』であったからだ。異色肌を持つアオゾラに興味を持つのはかろうじて理解できるが、アルムは幻想種に近い外見をしているため、見た目に関していえばありふれているかもしれない。が、ゼナレスにとっては、既に『旅人』であること自体が特異な価値を持つ。
だからなのだろうか? と、『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)は思う。大地にしてみれば、その言葉通りに、混沌の人間の方が不思議だ。とはいえ、逆に、混沌の人間から見たら、旅人の方が不思議なのだろうな、とも思う。
だが、混沌の人間にとっても、旅人という人々が、『同じ人間』という認識であることに変わりはない。だから、ゼナレスのやり口は、間違いなく『異常』であることには間違いない。
「で、スは、何、する?」
『混じらぬ水』ス(p3p004318)がそう言うのへ、答えたのは『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)だ。
「そりゃお前、行ってぶっ殺してくりゃいいんだよ」
「ぶ、ころ?」
「そ。あー、なんていうんだろうな? たたく?」
「たたく、おー!」
スが何か納得がいったような声を上げた。ことほぎは肩を竦めた。
「伝わって良かったぜ。
で、此処にはなにもねぇな。証拠みたいなもんも、金目のモンもねぇ。
今日のオレらは賊だから、金目のモンがあったら貰っててもいいだろ? それくらい役得だ。
何せこっちは、大切な大切な仲間、をさらわれてるわけだからなァ?
迷惑料ってもんだろ?」
「アー、そう言う考えかた好きー!」
キドーがけらけらと笑った。『夜闇を奔る白』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)は、そんな会話を聞きながらにこりと笑う。
「人と人の違いか。果たしてどういうものなのだろうね?」
『新たな可能性』ミスト=センテトリー(p3p010054)が静かにつぶやく。
「外見が違うもの。外見こそ同じで内面が違うもの……。
この混沌世界においては、どれも同じ『人間』だ。
では、本当の『人ならざるもの』とは」
「難しいことはわかんねーけどさ」
キドーが言った。
「まぁ、今回のやつは、外道とか、人間じゃないわー、とか、そう言うのでいいんじゃねぇの?
ま! 俺らも賊なんだけどさ!」
そういうものである。
いずれにしても、これだけは確かだ。
相手は外道であり、こちらの仲間をかどわかしている。加えて、おそらく、『蒐集』しようとしている。
となれば――。
この『仕事』の属性がなんであろうと、やることは一つ。
「たおす、おー!」
ス、のいう通り。
倒して、とりかえしてやればいいのだ。
「うーん……」
と、困った表情を浮かべるのは、アルムである。全身を拘束されていて、僅かに手が動かせるのみだ。
処置室、手術室、作業室、そう言った風に呼ばれる、有体に言ってしまえば『蒐集するための部屋』である。周りんには、ホルマリン漬けのように、防腐剤の入った液体に着けられた、人のパーツが綺麗に蒐集されていた。
「気持ちのいいものではないねぇ」
アルムが言う。隣に、同様に拘束されたアオゾラが頷いた。
「彼のような趣味はありませんカラ」
彼、つまりゼナレスである。今、ゼナレスは席を外していた。作業のための準備だ。とはいえ、すぐに戻ってくるだろう。
「アルムさん、拘束を壊せそうデスカ」
尋ねるアオゾラに、アルムは答えた。
「たぶん、魔術系の力も加えた特注品だと思う。少し時間がかかるんじゃないかな……。
さすがに、いろんな人を拘束するためのものだね……」
おそらく、体を蝕む拘束具は、見た目以上に硬いのだろう。鍛えられたローレット・イレギュラーズである二人でも、目算、一分ほどは破壊に時間がかかるかもしれない。
「……ワタシが、元の世界同様の不死性を持っていたら、よかったのデスガ」
アオゾラがそういう。
「……ばらばらになって拘束から抜け出すみたいな? あんまり気持ちのいいものではないよね……」
「まぁ、そうデスネ。
……逆に、不死性に興味を持たれて、そっち方面の実験をされるよりはよかったカモデス」
「……そうだね……」
アルムが些か顔を青ざめながらうなづいた。死ぬとわかっている相手にもこういうことをする相手である。死なないとわかったら、本当に、何をされるかわからない。
「ああ、お待たせ、蝶よ」
ぱたん、と、奥からゼナレスが改めて登場した。あとを追うように、用心棒たちも現れて、部屋の彼方此方に立つ。用心棒たちの表情は死んでいたが、内心は吐き気を催していたに違いない。雑なことを言えば、『ドン引きしていた』という奴だ。とはいえ、金払いはいいから、この仕事をやめるつもりはないようであはあったし、旅人に同情する様子もない。
「やめた方がいいよ」
アルムが言った。
「仮に、僕らがここで死んでも……ただじゃすまない」
脅しの言葉は、しかし狂った男の耳朶を震わせることはないのだろう。
「君の喉は、どのように世界を震わせているのだい?」
ゼナレスが言った。
「無駄デス」
アオゾラが言う。ゼナレスへも、アルムへも。
「やむをえまセン。少しでも、抵抗はシマショウ」
アオゾラが言った。アルムが、す、と息を吸い込んで、意識を集中する。拘束具には、神秘的なジャミングの要素もあるのだろう、術式を編み上げるのにも一苦労だ。おそらく、発現する攻撃は、すべて弱化しているに違いない。
「それでも……ただで蒐集なんてされてやるものか……!」
アルムがそう決意した瞬間! 前方の入り口ががたんと開き、一気に六名の人間がなだれ込んだ!
「敵襲だ!」
と、誰かが叫んだ。それは、ゼナレスの集めた用心棒たちだった。
「そうだよ。じゃ、さっさと悪党退治と行くか」
それは、誰の言葉だっただろうか。イレギュラーズの内の一人の言葉には間違いない。そしてそれが、仲間たちが行動を開始する合図になって、悪漢たちが動き出す合図になって、果たして脱出のための決死の開始の合図であった。
●逃げる
「拘束されてるな……アオゾラ、アルム……!」
大地がつぶやいた。同時に、仲間たちに目配せをする。
「俺が、二人を救出する。最優先に確保しないとまずい」
「そうだな。あいつらがナマスにされて蒐集されたんじゃ意味がねぇ」
ことほぎが声をあげて、煙管をかん、と叩いて音を鳴らして見せた。同時、薄暗い作業室内に、呪詛のほの暗い光が満ちる。アンジュ・デシュと名付けられたその呪いは、固まっていた用心棒連中を一息で蝕んだ。まるで凍り付くように、石化したかのように体が動かなくなる。
「く、くそ、呪術師か! さっさと治せ!」
半ば恐怖共に叫ぶ用心棒に、術師タイプの用心棒が頷いた。聖句を唱えれば、愚図だろうとクソ野郎だとひとまず癒してやるのが神の愛というものだろう。とにかく、似つかわしくはない聖なる光を、術師用心棒は編み上げる。
「ほら、あれが厄介な奴らだぜ。雉も鳴かずば撃たれまいが、雉は鳴かねぇと仕事ができねぇからな」
キドーが笑って言う。
「ほれ、ス、たおせ」
「たおす、おー!」
スが叫んで、なだれ込むように進みだした。
「俺は記憶喪失だから、この世界の人たちとどう違うのか、自分でもよく分かってないんだけど……君たちならなにか分かるのかなぁ?
調べてみるかい?」
一方、アルムはゼナレスの興味をひくように、挑発の言葉をあげて見せた。ゼナレスにとってみては、本来ならば、ここは逃げるのが正道であるといえるが、しかしゼナレスはすでに狂っていたので、その言葉に解体を優先することを決意した。
「では、君の一片たりとも、私のコレクションに加えて見せようか」
とはいえ、アルムはその明確にいかれた瞳に怖気を覚えたのも事実だ。ニンゲン、ここまで壊れられるものなのだろうか。なんとも……なんともである。
「どうも、大地君がきてくれるみたいだ。それまで耐えよう」
「ええ、了解デス」
アオゾラが言う。さて、救出チームに視線を戻せば、既に乱闘は始まっている。スは敵を引き寄せて、その体をこん棒のように振るってみせたし、ことほぎは呪詛をまき散らし、キドーも悪しき妖精のワイルド・ハントを呼び出し、その狂暴なる笛の音のうちに用心棒たちをうち沈めて見せた。
「やー、なんか社長だからな、現場仕事で暴れんのも久しぶりって感じかもな!」
ケタケタと笑う。
「ま、でも、俺もさ、社長だからさ。見えるものがあるんだが――ちと、敵の勢いが強いな」
そう、キドーが言った。
「あー、ま、そうだな……」
ことほぎがほほをかいた。
「大地が向こうに行くにしても、少し出遅れてるな。
となると、全滅はしんどいかもしれねぇな」
「ど、する?」
スが尋ねるのへ、
「撤退か?」
ミストが続いた。
「確かに――それも一考するべきだと思う」
ミストの言葉は、なるほど、他のイレギュラーズたちの脳裏にも浮かんでいた。
「おい、大地」
キドーが言った。
「退くのを考える! 救出を最優先! 多少傷ついても!」
「わかった」
そうとなれば、多少の傷も損害も、ここは度外視するべきだった。大地は多少無理をして敵陣に突っ込む。すると、ほどなくして、病的な男の姿と、囚われた二人の姿が見えた。
どうも、ゼナレスは、挑発に乗ってアルムに執拗な攻撃を向けているようだった。アルムがアイコンタクトを入れる。「アオゾラ君を優先して」。その意志をくみ取った大地は、滑り込むようにアオゾラの拘束具にとびかかった。
「大丈夫か」
「はい。おかげサマデ」
アオゾラが言う。
「すぐに救助する。すまない、アルムを助けるのに、ゼナレスを押さえてほしい」
「はい」
かしゃん、と、アオゾラを拘束していた鉄が落下した。数時間ぶりの自由を満喫する間もなく、アオゾラは、毒手をゼナレスへと叩きこんだ。
「……やはり、羽をとっておくべきだったのかな、蒼き蝶よ……!」
ゼナレスが言うのへ、アオゾラは本当に、顔をしかめた。
「それ、気持ち悪いデス。変な本の読みすぎデハ?」
アオゾラが再度の攻撃を叩きつけるのを、奇跡的にもゼナレスは手にしていた肉切り包丁のようなナイフで受け止めた。一方で、大地はすぐにアルムに飛び込む。あちこちにけがを負っていて、こちらは少々傷が深い。
「すまない、遅れた」
「いいや、助けてに来てくれると思ってたよ」
アルムが苦笑する。すぐに拘束を解放するが、僅かによろける。無理もあるまい。これまでの攻撃は、ほとんどアルムが受けていたようなものだ。
「敬意を」
「ま、僕も……なんだろう、守る側の、存在……な様な気がするし」
アルムがふらつきながらも、アオゾラを援護する。ゼナレスが振るう刃が、アオゾラを襲った。その体に傷が走り、しとどに血が流れだした。
「ああ、やはり、美しい……」
うっとりとしたように言うゼナレスへ、大地は声を上げた。
「何故だ。俺等は、殆ど見た目も人間種と変わらないというのに。旅人の何が貴方を壊したんだ」
「何も変わらない? 君は審美眼というものが欠如しているのか?」
不思議なものを見るように、ゼナレスは言った。
「何もかもが違う! 見てわかるだろう! 違うんだ……ああ、その在り方からして、すべてが!
君たちは、生ける芸術品なのだよ! 神の生み出した、至高の……!」
アオゾラが、嫌そうに表情をゆがめた。
「本当に、様子のおかしい人デスネ」
「じゃなきゃ、俺達を誘拐とかしないでしょ……!」
「おい、大地!」
ことほぎが叫んだ。
「もうそっちはすんだな! 可能な限りサポートすっから、とにかく戻ってこい! 死なないのだけを最優先にしろ!」
ことほぎが、煙管をふかした。吐き出した煙が呪詛の色を帯び、それが魔弾となって解き放たれる。ミスティカの魔弾。
「くそ、悪しき魔女の極楽院か! あの魔女め!」
用心棒の一人が叫ぶ。ことほぎが嫌そうに顔をゆがめた。
「バレちまった。顔が売れてるってのは厭だね。悪党にとってはさ……」
「やりづれぇもんなぁ」
キドーが頷く。ひとまず、そう叫んだ用心棒の喉元にククリを突き刺した。ぐえ、と悲鳴を上げて、用心棒が絶命する。
「口封じ。ダメ?」
「ん、あんがと。ほら、ス! もうちょっと暴れてこい!」
「あばれるー!」
スが、手近にいた用心棒に殴りかかる。どがん、と、振り下ろすその手は、それだけで強烈な凶器であるといえる。ぐちゃ、と用心棒がつぶれて死体になるが、スは特に気にしない。
「……ああ、彼も気になるところだが……」
ゼナレスがうっとりというのへ、用心棒の一人が叫ぶ。
「あとでさらってくださいよ! 今は追い返すのでいっぱいいっぱいだ!」
混沌とした戦場ではあるが、しかし戦局という天秤は徐々に、イレギュラーズたちの不利に傾いていたのは、イレギュラーズたちが察したとおりだ。じわじわと追い詰められているのは、それは確かだった。
「戻った」
大地が言う。大地自身も深く傷ついていたが、やはりアオゾラ、さらにアルムの消耗は激しい。
「すまないな、少し手間取った」
「しょうがねぇよな。んじゃ、最後に一発殴ってから撤退すっか」
キドーが声をあげて、
「おら、スちゃん~! ぐるっと回ってきな!」
「はーい! やるー!」
その言葉通り、スは回転しながらラリアットをする要領で、周囲を薙ぎ払った。落ちていたテーブルなどが乱雑にふっとばされて、用心棒たちの足を止めた。
「うし、じゃ、逃げるぞ!」
ことほぎが叫ぶ。にげる、となれば、判断は早い。入ってきたときと同様に、勢いよく扉を蹴っ飛ばして、イレギュラーズたちは作業室から飛び出した。
侵入してきた経路と、まったく同じ道を逆走する。
「あー、くそ、あの変態の身ぐるみはいで、小銭稼ぎたかったんだけどな!」
「ことほぎちゃ~ん、命あるだけましだぜ、俺らみたいな悪党はさ!」
キドーがケタケタと笑う。
「無念なのハ――」
赤羽が、言う。『同胞』の魂とでもいうべきものは、結局救えなかった。未だあの狂気の男の懐には、無数の旅人たちの『体』が眠っているのだろう。
「そうだな。回収してやりたかったが」
ミストの言葉に、仲間たちはうなづいた。
「彼、今後はどうなるのかな?」
走りながら、アルムが言う。
「……捕まるのかな、ちゃんと」
「さぁ。ここは幻想デスカラネ」
アオゾラが言った。
彼がこの後、罪を裁かれるのかは、何とも言い難い。何せここは幻想であり、彼は貴族だった。もちろん、三大貴族のような有力なそれではないにしても、何らかの政治的取引で、自分の罪を隠すことなどは容易だろう。
「……どうなのだろうな」
大地が言った。どうなるのだろう。それは全く、暗闇の中のように不明だった。
「ただ……ありがとうございマス」
アオゾラが言った。
「助けられたことは、事実デスカラ。
ありがとうゴザイマス」
「ああ、それは、俺も」
アルムも言う。
「……ひとまず、命は拾ったよ。あはは」
仲間は、助けられた。ひとまず、それを今日の成果としてみるのがいいだろう。
「ス、どうする、すればいい?」
スが尋ねるのへ、キドーが応えた。
「ま、逃げる……走れ、おもいっきり!」
「走る、する!」
と、スが速度をあげるのへ、仲間たちも追従した。
依頼自体は失敗であるが、こちらも失ったものはごく軽微だ。
ならば、痛み分けと見るのが丁度いいだろう。
そのようなことを思いつつ、イレギュラーズたちは離脱の途へとついていた――。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
後日、彼は裁かれるのでしょうか。
GMコメント
リクエストありがとうございます。
いささかヘビーな話になるかと思われます。
●成功条件
すべての敵の撃破。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●状況
ゼナレス・レンブラント卿。幻想貴族の男ですが、元々後ろ暗いうわさもあり、その中でも特に、『旅人を捕まえて解体し、コレクションしている』というものがありました。
これが事実であり、イレギュラーズであるアオゾラさんが捕まってしまいました。同様に、『あなた』も捕まってしまったかもしれません。
アオゾラさん、そして捕まってしまった場合の『あなた』は、誘拐される直前に、ローレットへ情報を残しました。その情報を得たローレットは、幻想貴族たちへの根回しも間に合わぬうちに、アオゾラさんたちの救出を、イレギュラーズたちに依頼します。
さて、救出を依頼されたものの中には、『あなた』の姿もあったかもしれません。あなたは助けに来たものであるかもしれないし、助けらえるものかもしれませんが、いずれにしても、この危地を乗り越える必要があることは事実です。
作戦決行タイミングは昼。作戦エリアは『作業室』。内部は広く、明るく、戦闘ペナルティなどは特に発生しないものとします。また、内部にはテーブルなどが散乱しているため、うまく使えれば、敵の攻撃を回避する際の手助けになったりするかもしれません。
●特殊ルール
このシナリオでは、以下の『被救助者』を選択したキャラクターは、戦闘中に以下のペナルティを受けます。
拘束による移動不可――移動できません。
拘束による性能減――すべてのパラメータが少々低下します。
拘束による威力減――使用するすべてのスキルの性能が少々低下します。
これらは、『救助者が隣接して、主行動を用いて解放する』ことですべて消滅します。
また、『行動:自力脱出』を、主行動を用いて6回行うことで、すべて消滅します。
●エネミーデータ
用心棒 ×15
腕っぷしの強い傭兵たちです。そこそこ名の知れた冒険者らしく、皆さんに匹敵するとは言わないまでも、それなりの力を持った面倒くさい連中です。
10名のアタッカーと、5名のサポーターで構成されています。
10名は、近接アタッカー。大太刀を利用した、荒々しく激しい攻撃を行ってきます。
5名は、サポート術師。回復と、バフ、デバフなどを使用してきます。
出血系列など、いくつかのBSも持ち合わせているため、こちらも何らかの対策は行った方がよいでしょう。
ゼナレス・レンブラント卿 ×1
狂気の旅人偏愛者。
手にしたナイフで襲い掛かってきます。見た目に反してそれなりに動けるようです。
ゼナレスの近くには、アオゾラさんをはじめとした、『捕らえられたPC』がいます。捕らえられたPCは能力値などが半減しているため、ゼナレス程度でもそこそこ脅威です。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
所属チーム
救助チーム(助けに来た方)か、被救助チーム(助けられる方)かをお選びください。
被救助チームは、フレーバー的に『旅人』であることが望ましいですが、お好みで構いません。
【1】救助チーム
助けに現れました。特にペナルティなどは発生しません。
【2】被救助チーム
助けられる方です。上記の『●特殊ルール』によるペナルティが発生します。
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