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シナリオ詳細

<尺には尺を>壊れたアイの理想郷

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

⚫︎彼女の軌跡
 フード付きの白いローブに身を包む女は目を閉じていた。
 新興宗教リーベ教教祖にして、遂行者でもある、リーベという女は、これまでの人生を思い返す。
 始まりは、親友が亡くなった事。生きていても辛いというなら死で救うしかないと決める事になった出来事。
 故に彼女は自分の故郷であった村の人々全てを殺し尽くしてから旅に出た。井戸に遅効性の毒薬を投げ込み、飲んだ者達は皆、眠るように亡くなった。今思えばアレは暴挙だったかもしれないが、自分のしようとしている事を知られては追われると思ったのでやった事である。
 そして方々を回り、貧困や治せぬ病によって苦しみ、それ故に死を望む者達に死を与えた。勿論、薬師であったから病を治す為に尽力する事も忘れなかった。それでも、一向に治らぬ者が望んだから彼女は死を与えたのだ。
 眠るようにして苦しまずに逝く。残った人々からは「本人が苦しまずに済んだ」と感謝された。
 居場所が無いと言うから一緒に旅する事を提案すると、いつの間にか護衛として付き添い、騎士になった。同時に少しずつ彼女の事を祀りあげるようになり、気付けば「リーベ教」なるものが出来上がっていた。
 リーベはそれを止めなかった。自分という存在が何かしらの気力になるのならそれで良いと思った。
 死を望んだものの、結局は生を望んだ者達もいた。生きたいが居場所が無いという彼らを集めて、良さそうな場所で一時、一緒に暮らした。今はもう、彼らは自分の手を離れて生きている。
 イレギュラーズと出会ったのは旅の合間だった。新興宗教が出来て暫くして、彼らに出会った。何度か言葉を交わす内に、自分の内に秘めた想いに気付いて。だけど言う事は出来ずに。
 今、彼女の周りに、以前まで側に控えていた騎士達は居ない。殆どの者がイレギュラーズとの戦いで命を落とした。命と忠誠を彼女に捧げて。
 教祖としては、彼らの生き様を見届ける事と、魂の安寧を祈る事しか出来なかった。

 そして今、リーベはリーベ教教祖としてではなく、遂行者として立っている。

 遂行者リーベは、目を開けた。それから、周りに立つ人々を見て、微笑んだ。
 手のひらから溢れた命、間違った歴史では共に過ごせぬ程に親愛の情を抱いた者達。
 彼らの姿が彼女の前にあったのだから。

 楽園。
 理想郷。
 それは誰にとって?

⚫︎そこは楽園のような
 遂行者達の本拠地とされる『神の国』があった。
 その入り口部分に広がっていたテュリム大神殿の攻略を行なったイレギュラーズは、奥に進んでいく。
 更なる『深層』へと至る為に踏み入れたのは、何重にも『施錠』されている階層であった。
 様々な人々が、風景が、場所ごとに異なるのは遂行者の望みなのか、それともーーーー

 若干の戸惑いを覚えつつも、探索の為に足を踏み入れたその場所は、あまりにものどかな場所だった。
 見渡せば、あちこちに見られる木造の家。野菜などを育てる畑。草だらけの畑は、もしや薬草を育てているのだろうか。
 村としての規模はありそうな広さだった。けれど、そこに村人らしき者の姿は見えず。
 暫く歩くと、前方に人影があった。細身で、質素なワンピースを着た女だった。成人した女、だと思う。彼女はイレギュラーズの姿を認めると、「お待ちしていました」とだけ告げた。
 一礼する女に、水月・鏡禍(p3p008354)が「誰ですか」と問う。警戒の視線を崩さぬ鏡禍に臆する事なく、女は答えた。
「トラオアと申します」
「……トラオアさん、あなたは一体……?」
 正体を問う雨紅(p3p008287)に、彼女はややふっくらとした唇を開いた。
「リーベの親友、と言えば分かりますか?」
 瞬間、緊張がイレギュラーズに走る。
 リーベの親友という単語を聞いた事のある者なら知っている筈だ。もう既に亡くなったと、自死したと聞いている、リーベの親友。
 結月 沙耶(p3p009126)が困惑した顔を浮かべて、「どういう事だ」と呟いた。それに答えを持ち合わせる者は居ない。目の前の女も答えなかった。
 愛用の杖を握りしめて、松元 聖霊(p3p008208)は浮かんだ一つの考えを口にした。
「リーベがこの先に居るんだな?」
「はい。皆様の特徴を聞き及んでいましたし、来たら案内するよう頼まれていました」
「……あの馬鹿は、今度は何しようとしてる?」
「……それは、彼女に直接聞いてください」
 被りを振るトラオアに、仕方ねえと嘆息する。行くしかなさそうだ。
 「こちらです」と歩き出す彼女についていく。

 案内された場所は野外の集会所のようだった。
 開けた場所に円形のテーブル。並べられた人数分の椅子の数は、イレギュラーズとリーベの分だろう。
 テーブルの上にはいくつものお菓子が籠いっぱいに入っていて、その近くにはワゴンを持ってきたリーベが居た。
「あら、いらっしゃい」
 ワゴンにはティーポットと人数分の陶器のカップが載っており、リーベは丁寧な手つきでカップに紅茶を注いだ後、銀の小さなスプーンで掻き回した。スプーンに何の反応も無い事から、毒が入っているという様子は無さそうだ。
「お招きありがとう……でいいのかな?」
「そうね」
 イズマ・トーティス(p3p009471)の質問に、リーベは微笑みを崩す事無く穏やかに返した。
 「あら」と何かに気付いたように、リーベがフリークライ(p3p008595)の方を見て尋ねる。
「そこの巨人さんは飲めるのかしら?」
「フリック 飲メナイ。スマナイ」
「わかったわ」
 これまでを考えると嘘のような穏やかな会話だ。否、あの村でも穏やかな会話はしていたか。
「さぁ、席についてちょうだい」
「その前に、聞かせてくれ。
 お前は、何をしようとしている?」
 何かを始めようとするリーベの動きを制止して、エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が尋ねる。
 彼女の質問に対し、リーベの返答は簡潔明瞭だった。
「お茶会よ。聖女様がしたと聞いて、私もやってみたくなったの。貴方も参加したのでしょう?」
「したな。それで、ここでは何を話す。お前を説得しろとでもいうのか?」
「まさか。既に私達の道は分かたれているのに、説得も何もないでしょう。
 私はね、聞きたいの」
「聞きたい事?」
 リーベの言葉に首を傾げるキルシェ=キルシュ(p3p009805)。
 「ええ」と一つ頷いて、リーベは目的を口にする。
「間違った歴史を、貴方達はどうして生きようと思っているのか、聞きたくて。
 思えば、私ばかり身の上だとか気持ちを話してるのだもの。貴方達の話も聞かなければ不公平でしょう? だから、聞かせてちょうだい。私に『生きてほしい』と願う貴方達は、間違った歴史の中でどうして『生きたい』と思えるのか。
 どうせこの辺りを調査するんでしょう? その前に一服するついでと思えば良いわ」
 聞かせて、と微笑む彼女に、「その前に一つ聞かせてください」と切り出したのは、鏡禍だった。
「ここは、何なのですか?」
「私が望んだ『正しい歴史』よ。だから、トラオアも居たでしょう? そうそう、他にも居るのよ」
「ーーーーえ?」
 間の抜けた声が溢れたのは、現れたのが自分達と遜色無い姿をした者達が現れたからだ。
「彼らは『正しい歴史』で生きる者達。私は『間違った歴史』では生きられないから、これなら一緒に生きられる。
 ああ、そうそう。彼らを傷つけても良いけれど、絶対に死なないわ。そこは覚えておいてくれると嬉しいわね」
 絶句するイレギュラーズを前にして、リーベは笑う。
 気になった事が一つあって、イズマが尋ねた。
「あの騎士達はどうしたんだ?」
「騎士達の事? 彼らは招待していないわ。あの覚悟を見届けた後でこのような真似、出来ないでしょう?」
 「は……」と嘆息混じりについた言葉は、聖霊のもの。
(あいつらが最後の防波堤だったんじゃねえかよ)
 矛盾した行動に加えて、彼女の言う『正しい歴史』とやらに傾倒する様は、彼女の心が壊れかけているように思えて、呆れとやり場のない怒りが胸の内をぐるぐる回る。
 彼女を止める存在が居なくなった事で、こんな風に暴走していると感じた。
 そんな胸中など露知らず、彼女は椅子に座るよう促してこう言った。
「さあ、お茶会を始めましょう?」

GMコメント

 リーベとお茶会をしましょう、というお話です。
 以前から自分ばかり話していると感じていたようで、今回、聖女がお茶会をしたと聞いて思いついたようです。
 よろしければ、お付き合いしてくださいませ。
 リーベは皆様の「生きたい」もしくは「生きていく」理由を知りたいようです。
 存分に語れるようにEXプレイングを開けてあります。宜しければ、どうぞ。
 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。

⚫︎成功条件
 自分の「生きたい」「生きていく」理由をリーベに教える事

⚫︎リーベ
 リーベ教教祖にして遂行者。ここには遂行者として立っており、リーベ教についてはどう思っているのかは現時点では不明です。
 トラオアが居る事、イレギュラーズを模した存在が居る事を心の底から喜んでいます。だって、彼女が『望んだ』事ですから。

⚫︎トラオア
 リーベの故郷での親友でした。
 非力な女性で、戦闘能力は皆無です。
 自分が過去に死んだ事は知らされていません。死因を伝えないのはリーベなりの優しさでしょうが……。
 お茶会では控えており、主に給仕の役割を担いますが、話しかけられれば答えたりはします。

⚫︎お茶会
 リーベ主催のお茶会。円形のテーブルなので、好きに座って大丈夫です。
 紅茶を出していますが、望めば他の飲み物も用意してくれます。
 飲み物を出す前にリーベが銀のスプーンでかきまぜており、スプーンに反応が無い事を確認しているので毒の心配はありません。

⚫︎注意事項
「⚫︎彼女の軌跡」はPL情報になりますのでお気をつけください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <尺には尺を>壊れたアイの理想郷完了
  • 理由を語るお茶会をしましょう?
  • GM名古里兎 握
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月25日 23時45分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
雨紅(p3p008287)
愛星
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女

リプレイ

●始まるお茶会
 リーベが用意した円卓にて、主催者である彼女は座るよう促す。主催者の席を避けて一人ずつ座る。彼女の隣の席、時計で言えば一時の場所に真っ先に座ったのは『医者の決意』松元 聖霊(p3p008208)だ。
 彼女が何かするようならすぐ止められる位置に陣取った彼だが、リーベが飲食物に毒物などを入れない事を知っている。村で振る舞われた時もそうだったし、現在も銀のスプーンで掻き回す事で無害を証明をしている。
(こういうとこは信頼できるんだよな、此奴)
 反対隣に腰掛けたのは『救済に異を』雨紅(p3p008287)で、彼女は座る前に、持っていたお菓子をリーベに差し出した。
 先日のファントムナイトを思い起こす彩りある可愛らしいクッキーの数々。その賑やかさは食べると笑顔の魔法がかかるだろう。
「もしよろしければお茶請けにどうぞ」
「ありがとう。私の作ったお菓子だけで足りるかしらと心配してた所だったの」
 円卓のどこからでも取れるよう、籠を二つに分けて置いてあり、平等な数になるようにクッキーを足した。
 二時の方向から『薔薇冠のしるし』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)、『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)と『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)の夫婦、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)、『青樹護』フリークライ(p3p008595)、『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)、『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)、そして雨紅を最後にして着席が完了する。
「お話する前にリーベさん含めて先に聞いておきたいんですけど、『正しい歴史』の僕、顔とかそっくりです?」
「あら、自分の顔を知らないの?」
「ちょっとね。鏡とかに姿映らないので自分の顔を知らないんですよ」
 「似てます?」と再度問われて、イレギュラーズと遂行者は交互に見比べる。
「怖いぐらいに似てるわよ」
 妻の言葉に鏡禍の顔がこれ以上ないぐらい明るく輝き、自分の姿を模したソレを凝視する。
「こんな形で見られるの新鮮だなぁ。ありがとうございます、リーベさん」
「……え、ええ」
 意外な所で感謝されて、やや困惑気味の表情を浮かべるリーベ。ある意味レアな表情であった。

●五千年の鏃
 紅茶を一口飲み、初手を名乗り上げたのは汰磨羈だった。
 彼女はカップをソーサーに置くと、白髪を耳にかけながら唇を開いた。
「私の生きたい理由は『全ての災厄を滅ぼし尽くすまで、立ち止まる訳にはいかないから』。
 私は、理不尽な災厄の全てを憎んでいる。
 その災厄の一端が、私の主人を殺めたその時からな」
 青の瞳が、過去を見るように遠くを見つめる。
 炎に包まれた屋敷。
 床を濡らす血。その中で事切れた主人と、その傍に立つ憎きあの男の顔。
 汰磨羈が災厄と定めた男。
「憤怒と憎悪に塗れた私は、只の猫から化け猫――仙狸と化して……。
 いや、ここまでにしておこう。この先は長過ぎる」
 全てを語ろうと思うには長すぎる年月だ。人の身には数えきれぬ程の。
「全ての災厄を滅ぼす事は無理かもしれんが、私は眼前にある数多の災厄を斬らずにはいられんのだ」
 カップを持ち、紅茶を一口啜る。
「存在意義なんだ。私は最早、そういう存在……『止まらぬ鏃』だ」
 激しく燃え上がった感情は、今も燃え盛り続けている。
 あの男に対する憤怒と憎悪が形を変えた、稚拙な八つ当たりかもしれないが、それでも、災厄が他者を不幸にするのは許せず、また、他者が不幸に陥る様を見たくはないのだ。
「リーベよ。一つ聞かせてくれ。
 御主は、災厄と成り果てるのか?」
「過去に何度も、死を望んだ者に手を差し伸べた事はしたわ。だって、死は救いだと思っているから。
 それを災厄と呼ぶのかどうかは、貴方の判断に任せるわ」
「そうか」
 次に会う事があるならば。
 その判断を下せるだろうか。

●墓守ノ理由
 二人目として挙手したのはフリークライだ。
 墓守はリーベの言い分は尤もであると納得し、自身の語る言葉を整理する。
「フリック トテモ古イ レガシーゼロ。メモリー破損大。忘レテルコト 多イ。
 ソレデモ忘レズ 覚エテルヒト イル。
 我ガ創造主。我ガ主。
 Dr.こころ。主 天才科学者」
 メモリーの中でハッキリと浮かび上がる少女。
「フリック達ノヨウナ心ヲ持ッタ存在 産ミ出ス 育テル トテモ上手カッタ。
 心持ッテナクトモ 心芽生エル程ダッタ。
 デモ 主 感覚派。理論化 苦手」
 天才の唯一の欠点。
 だが、周りが助けてくれた。可能性を広げ、未来へと繋げた。
「ダカラカ 主 縁 大事ニシテイタ」

 ――これも縁だよ、フリック。

 メモリーを再生して紡がれる主の声と口癖。
 色々な事に首を突っ込む彼女の活発さも思い出す。
「主 寿命近ヅイタ時 聞イテキタ。
 『フリックはどうしたい?』ッテ」
 共に眠る選択肢もあっただろう。
 だが、選んだのは――――
「フリック 主 墓標 護ルト決メタ」
 永く墓標を守ってきた墓守は、一度は機能停止をした。
 だが、墓守は再起動したのだ。
「コノ世界 コノ歴史コソガ 主ノ墓標。
 我 フリック。我 『フリッケライ』。我 墓守。
 主ノ墓標 護ル者。主ノ死 護ル者。
 其レコソガ 我ガ心。生キル理由」
 語り終えて、彼はリーベを見る。
 彼女は唇に微笑みを浮かべて、感想を述べた。
「それじゃあ、私の墓守になってほしい、なんて頼めないわねえ」
 フリークライの意思に眩しさを感じるようで、目を細めていた。

●青き瞳の挑戦者
 リーベ手製だというお菓子を飲み込み、紅茶を一口啜る。
 それから、エクスマリアは口を開いた。
「故郷からこの世界に呼ばれた時点で、本来あるはずだったマリアの人生からは、既に大きく外れている。
 それでも、故郷に帰るために。友が居るこの世界を守るために。故郷に帰っても、またこの世界にも来られるように。
 生きていたい理由は、こんなところ、か」
 簡潔明瞭に終わった彼女の理由の後、リーベにある質問をぶつけた。
「リーベにとっては、いつからが『間違った歴史』、だ?
 トラオアとの事がそう、なら。マリア達と出会ったのは、既に間違った後の、はず。
 リーベの『正しい歴史』では、マリアとリーベは、どうやって出会えたんだ?」
 彼女は無言のまま答えない。答えが無いのか、或いは、何か考えているのか。
 更に言葉が重ねられる。
「なあ、リーベ。ここはまさに、理想の世界、なんだろう。
 だが、此処に『正しい歴史』のマリア達がいるというのなら。
 マリア達に出会えた事は、正しいのか。間違いなのか。いったいどちら、だ?」
 そこで初めて、彼女の瞳が揺れた。
 それを見て、謝罪の言葉を口にする。
「……すまない。そこにいるもう一人のマリアに嫉妬したとでも、思ってくれ」
 エクスマリアは紅茶を数口啜った後、リーベを見つめる青き瞳を、力強く輝かせた。
「マリアは、お前との出会いも、『間違った歴史』とは思いたく、ない。
 だから、マリアの歩んだ道筋こそが『正しい歴史』だと、証明しよう。
 神気取りから、勝ち取って、な」
「……そう。ふふ、やれるものなら」
 リーベが笑う。それは馬鹿にしたような笑みではない。
 挑戦する意思を後押しするような微笑みだった。

●小さな聖女は希う
 キルシェが砂糖とミルクを入れてもらった紅茶を飲む横で、ジャイアントモルモットであるリチェルカーレがリーベに近付いていた。
 愛らしい家族を聖女はにこやかな笑顔で紹介する。
「ルシェの相棒のリチェルカーレです!
 良かったらリーベお姉さん達もリチェの事撫でてあげてね!」
 恐る恐る触れるリーベの手が柔らかな体毛に沈む。
 手触りが良いのか、少しの間撫でるのを見て、良かったと嬉しそうに笑うキルシェ。
「じゃあ、次はルシェの番ね!
 ルシェはね、生まれつき体が弱くて、小さい頃はすぐに熱を出して寝込んでたの」
 今では考えられないぐらいに病弱であった。
 不調故にかギフトも上手くは使えず、外に出ればすぐに発熱して寝込み、部屋で過ごす日々。
 何度、窓から覗く子供達の遊ぶ姿に羨望を抱いた事か。
 それでも、リチェを含めた家族は常にルシェを大事にしてくれた。
「リーベお姉さんと同じ薬師さんにも沢山お世話になったわ。
 薬師さん、『早く元気になって、笑っていてほしいから』って言ってたの」
 ぴくり、とカップを持つ指が小さく震えた事に、隣の席に座る雨紅と聖霊が気付いた。
 気付かぬ少女は語り続ける。
「成長して、体も少しは丈夫になって、ギフトに助けられながらだけどお外に出られるようになったわ。お薬もそこまで要らなくなったけど、薬師さん、『元気になってくれて良かった』って笑ってくれたの。
 そこから色んな出会いをして、大切なものが沢山出来た。
 中には辛い事もあったけど、生きていくって嬉しい事だけじゃないから」
 笑顔の下にどれだけの悲しみを埋もれさせているのか。
 それを微塵も感じさせぬ彼女の強さに、目を細めたのは誰だろう。
「この先も沢山の大切なものを見つけたいから、ルシェはこの先も生きていきたい。
 リーベお姉さんもこの先の人生で新しい大切なものを見つけてほしいの。
 それとね、リーベお姉さんのおかげで笑顔になれた人のことも忘れないでほしいなって」
 そう語った彼女の顔を、リーベが見つめたのは一瞬。
 すぐに視線をカップに落とした彼女は、「……そう」と短く呟いた。

●鏡の中に潜む愛
「僕が『生きていく』理由はルチアさんがここにいるからですね」
 唐突に切り出した鏡禍の言葉に、少し照れたような顔を見せたのはルチアだ。
「そっちの世界にもルチアさんはいるのかもしれませんけどそれが僕の愛した彼女とは限らないじゃないですか。
 彼女を失っていたのなら考えたかもしれませんが……残念ながら僕は彼女を護る事にかけては命を差し出す所存なのであり得ませんしね」
 人によっては愛が重いとも取れるだろう。だがそれが何だ。
 こちとら人間ではなく妖怪なのだ。感性など、人間と異なる場合だってあるだろう。
 隣の妻を愛おしげに見つめて、彼は「僕は今のこの関係が好きなんです」と迷いなく話す。
「思い通りに行かなくても、苦労ばっかりしても、それがこの世界だって理解しているから。
 そばにいてと願って居続けてくれるのはどれだけ幸せでも彼女じゃない。
 危険な方はしないでと願って叶えてくれるのはどんなに嬉しくても彼女じゃないんです。
 理想郷が、正しい歴史が、それを作ってしまうなら、僕はそこでは生きていけないんです」
 テーブルの下で触れる手の温もり。
 この世界に来て知り、そして得た愛で、鏡の妖怪は生きている。たとえそれが執着だと揶揄られようとも。
 妖怪とは人と異なるものである。リーベが妖怪というものを理解出来るかはさておき。
(あなたの隣にいてもよい世界を想われているのは光栄ですけどね)
 友としてなら、隣に立つ事も出来ただろうか。
 事情を知ってしまった今では、もう彼女を嫌いには思えなくなっていた。
「それでも、友として居てほしいと願ったのが私だから」
 それが、微笑んだ彼女の答え。
 鏡の妖怪は「そうですね」と、微笑み返すのだった。

●自称『怪盗』の宝
 リーベから出されたお菓子も紅茶も幾つか喉に流し込んでから、沙耶が「……さて」と呟いた。
「私がリーベにとっての『間違った歴史』で生きる理由は……。
 繋がってきた縁を、そして大切なお宝であるあの子を。『なかったこと』にしたくないっていうのが大きな理由かもな」
 縁から生まれた、彼女にとっての宝が脳裏に浮かぶ。
 思わず口元に微笑みが浮かぶ彼女だったが、気を取り直して言葉を続ける。
「……リーベ程ではないかもしれないが――私の過去っていうのはそうそういいものでもなくてな? 私も遂行者の歴史をやり直すって目的聞いて遂行者になろうか迷ったものだ」
 だが、そうせずに、今ここに立っている事。遂行者と敵対する歴史を歩む選択をしている事。
 その理由は、ひとえに繋いだ縁まで『なかったこと』にはしたくないから、という事が大きな理由。
「そんなに大切なのね」
「ああ、『なかったこと』にするには私には大切なものができすぎた……もう帰れない者の想いとか、そういうのも含めてな」
 その大切なもの、というものに、リーベが含まれているとしたら、彼女はどんな顔で自分を見るのだろう。
 敢えてそれは口にせず、悪戯っぽく笑って語る。
「まあ、もし私にとって一番大切な『あの子』が死んだら……私も遂行者になって歴史をやり直そうかと思うかもしれないがな?」
「あら、その時は同僚になるのか、後輩になるのかしらね」
 茶化すように返して、リーベが笑う。
「そうなったら、な?」
 言葉を返して、クッキーに手を伸ばす。
 リーベの作ったクッキーは、優しくて甘い味がした。

●紡いだ願いが繋ぐのが
(ここまで招いて謀殺めいた事はしないでしょ)
 周りとは別の意味で信頼を抱いて、紅茶とお茶請けを貴族らしく口にする。隣では夫が自分を飽きる事なく見つめており、それを気にする事なく、彼女は自分の番だと口を開いた。
「これは推察だけど、遂行者が創る世界はその望み通りになるんでしょう。だから、死んだはずの存在だって生きている」
 トラオアを一度だけ見やってから、リーベを見つめる。
「――でも、そんな世界、面白くも何ともないじゃない。
 私の生きがいはね、知の探求なの。
 言い換えれば、未知を既知に変えていく事、かしらね」
 自分が望む通りの世界。それは本質的には「全てが既知である世界」と言えよう。
 未知なる知識を求められるなら、それを知る事は可能だろう。
 だがそれは、
「誰かにお膳立てされたものでは、私の望みは満たされないの。この世界が儘ならないからこそ、時に思いもよらない学びを得ていくのだから」
 己は学者では無い。知識を得たいだけの人間だ。
「この世界にね、父も来てるらしいわ。どこで何してるか知らないけど。私より前に来ていたらしい妹もイレギュラーズだったらしいけど、死んでしまったみたい。
 それでもね、私一人じゃなく、皆の願いが今日より良い明日を導くんだって、信じているの。
 世界を生きる全ての人が、より良き未来を願って紡いできた最大公約数が、今の歴史だと思っているから」
 それは、自分が生きていた世界でもそうだと、彼女は信じている。
「なかなかに面白いお嬢さんね」
「……そりゃどうも」
 微笑みながら言われては、そう返すのが精一杯だった。
 これで良かったのかと思いながら、次のクッキーを一枚頬張った。

●自我、感情、好意の先に
「リーベには先日少しお話しましたね」
 そう前置きして、雨紅は唇を開く。今は、ギフトに頼らずにいたい。
「私は元々戦の為に兵器として作られ、それを厭い逃げ出した秘宝種です」
 集まった面々の中には幾度か一緒した事がある。だからか、信頼、というものを多少は抱いていた。
「その上で、どう『生きたい』か……いざ言葉にしようとすると、わからない、というのが正直なところです。
 今の私には、舞で多くの方々を笑顔にしたいという気持ちはありますが、これは少々受動的で人任せな感情ですし」
 まだ己というものが確立されていないのだろうか。けれど、ささやかな自我が生まれているのは自覚している。鋼の巨人のようにもう少し確立出来ていたら、また違っただろうか。
「……でも、だからといって、生きていてはダメということは無いでしょう?」
 視線は、リーベに。
「私の生まれは『間違い』で、きっと正しい歴史では戦なんてなくて、なら私も生まれてないのだろうと思っていました」
 今は違うと、話していてやっと形になった気がした。パズルが埋まったような、そんな感じだ。
「私は、間違いから生まれたとしても、この命は間違いではないと。そう証明していたいから『生きていたい』のでしょう」
 リーベは間違いを許さぬ世界を望んでいるのだろう。
 そうではない。間違いからも正しさを生み出せる今を、自分は望むのだ。
 「リーベ」と呼べば、彼女は真っ直ぐに自分を見つめてくれた。
 赤い唇に緩く弧を描き、言葉を紡ぐ。
「リーベと出会った事そのものは、決して間違いではないと思うのです」
 それに目を見開いた彼女を、やはり、好ましいと思ってしまうのだ。
 敵対している関係だというのに。
 これも、自我に振り回されている、というものなのだろうか。

●救いに生を
 隣のやり取りを見ていた聖霊は密かに息を吐く。
「偉そうな事言ってるが、俺はまだ医神じゃねえし、実力不足で救えなかった患者は数え切れねえよ。
 一番最初に救えなかったのは、この世で最も尊敬してる父さんだった」
「……でも、生きてたんでしょ?」
 彼の父や母を知るリーベの言葉に苦笑する。
「そうだな。
 で、まあ、色々あったさ。説得の結果、混乱して目の前で殺し合いした奴らとか、死にたいと願う人を生かす事を人殺し以上の人殺しだと罵られたりもな」
 「けど」と、瞳に強い力が宿る。
「生きる道を選んでくれた奴だって何人かいる。
 最後まで手を伸ばしたから最期に救われたんだと言ってくれた奴もいる。
 一生この場所から出られず生きていくと諦めてた奴と話したり色々あったりする内に、晴れた空の下を歩いていったのを見送った事もある。
 だから俺は今生きてるこの時間が『間違っている』とは思わない」 
 あの時こうしていれば、というたられば理論を論ずるのは簡単だ。
 けれど、何度も反省して前に進めば、次こそはと道も出来るはず。
「その時最善を尽くして、一人でも救う。生きていたいと思わせる。
 それが俺の生きる理由かな」
 穏やかに語る彼の理由に、リーベはポツリと呟く。
「……眩しい人」
 それの意味する所を、彼女は語る事をしなかった。

●苦しくとも得たものは
 話せる機会をまた得た事に感謝をしつつ、最後の一人であるイズマは理由を語り始める。
「そうだな。俺は自分の興味と正義に従って生きたい。
 そして何より、心ゆくまで音楽をしたい。
 音楽を楽しみ尽くすまでは死ねない。
 ……そんな所かな」
 青き音楽家の言に、「貴方らしいわね」と肩を竦めてみせるリーベ。
「冠位魔種の手の中で世界ごと消されるのは御免だからだな。
 そして俺が関わった歴史を無かった事にされるのも望まない。
 仲間を何人も失った過去も含めてだけどな」
 彼等の末路に至るまでを彼は見ていた。
 苦悩の末の反転や、命を捧げて道を切り開いた彼等を、忘れはしない。
 彼等のように死ぬ覚悟が出来ない自分が出来る事といったら、せめて生き残って先へと時を歩む事。
 一度目を閉じて、再び開けた目でリーベを見やる。
「なあ、この理想郷はさ、貴女が助けたいと思う新たな誰かも現れないと思うんだ。
 貴女はそれで満足か?」
「…………ええ」
 「嘘だ」と、なじる事は容易だろう。だが、それをして彼女を追い詰める真似はしたくなかった。
 だから、せめて、自分の想いを。
「……本当は俺も、時々辛くなるよ。
 でも生きなければ何も楽しくないし、貴女にも出会えなかった。
 そういう日々の小さな奇跡に、俺は生きる価値を見出すよ」
 小さく笑ったイズマを見つめて、リーベも同様に笑う。
「面白い人」
 多分、それは彼女なりの好評価なのだろう。

●茶会は締めて
「今日は、有意義な話を聞かせてくれてありがとう。私はこれで失礼するわ」
 立ち上がる彼女に、沙耶が礼を言う。
「ごちそうさまだ、リーベよ。
 ……次に会う時は、互いに正々堂々、正義をぶつけあおう」
「ええ」
 円卓から離れるリーベの背にエクスマリアが声を掛ける。
「……次の茶会は、あの村でしよう、か」
「……そんな夢が、叶うと良いわね」
 エクスマリアからの誘いに、リーベが笑う。寂しげな表情と共に。
 音を立てて椅子から立ち上がり、聖霊がリーベに話しかける。
「なぁ、リーベ。俺の診療所に来ねぇか?」
 唐突な誘いに、半身だけ振り返って目を瞬く。
「別に魔種が生きてたっていいだろ。薬師として働きながら治療法探せばいいじゃねぇか。
 不安なら、はなれでも作りゃ問題ねぇさ」
 それは確かにありがたい提案だろう。だがそれは、彼女が魔種でなければ、だ。
 女は自嘲気味に笑う。
「あら、熱烈なプロポーズ? 嬉しいわね。
 でも、言ったでしょう? 私は『間違った歴史』では一緒に生きられないって。あなたが私を救いたいなら、これまでにも言ったように、死で救うしか出来ないのよ」
 返された言葉に、聖霊は口を結ぶ。
 まだ言うのかと思う。格好つけてるだけで、魔種である以外はどこにでもいる普通の女が、生きたいと泣きながら言ったくせに。
 「だったら」と、彼は呟く。
「ローレットである限りどうやっても魔種を、お前や母さんを殺すことでしか救えないってんなら」
 前髪で片側を隠し、残したアメジストの瞳がリーベを見つめる。そこにある決意に揺らぎは無い。
「辞めてやるよ、ローレット」

●優しい怒りと彼女の願い
 空気がざわつく。
「っ……!」
 彼の母の事情を、彼とリーベ以外で知っているのはイズマのみで。だからこそ、その発言に一番動揺した。
 立ち上がり、その肩を掴みに行くよりも先に、白いローブがはためいた。
 華奢な体のどこからと思う程に、力強い、乾いた音が響いた。聖霊の片頬を叩いた手は僅かに震えていて。
 両手が彼の胸元を掴み、顔を引き寄せる。彼女の顔は怒りに歪んでいた。
「ふざっけんじゃ、ないわよ……!!」
 腹の底から出た声は静かに怒りを孕み、茶色の双眸は真っ直ぐに聖霊を射抜く。
「散々言ってるでしょうが! 黒は白には戻らないって!
 貴方、もし友人の身内が魔種になって、それを討つ事を友人が決意してるのに、その魔種が命乞いしたら助けるつもり?!」
「それ、は……」
 例えに近い事を最近経験している彼は即答できずに口を閉じる。
 それを見て、大きく溜息をつく。
「貴方が言ってる事は、子供の我儘よ。
 いつだったか、貴方、私に言ったわよね。私は目を逸らし続けたって。……今の貴方にその言葉、そっくりそのままお返しするわ」
 リーベの瞳が揺れているのが、聖霊からよく見える。
「……私はもう、覚悟してるの。殺す覚悟に殺される覚悟、自分が死ぬ覚悟も全部!」
 だから、と彼の目を真っ直ぐに見つめながら、その目の端に雫を溜めて、言葉を続ける。
「私を死で救って。医者なら、最期まで私を見つめてよ、松元 聖霊!!」
 力無く笑ってから手を離す。「お願いね」と呟いた声を聞いたのは目の前に居た聖霊のみだ。
 白のローブを翻して去っていく彼女を、見送るしか出来ず。
「……見捨てられるわけねえの、分かってて言ってんのかよ、馬鹿女」
 顔を見られたくなくて、片手で顔を覆う。
 事の成り行きを見守っていたキルシェが、トラオアに尋ねる。
「リーベお姉さん、大丈夫かしら……?」
「大丈夫ですよ。いつものように礼拝堂に行ったのかと」
「礼拝堂?」
「ええ。リーベはいつも、一人になりたい時、そこに行くんです。
 大丈夫です。また皆さんの前に顔を出しますよ」
 また彼女に会う時。それは、一つの意味を持つ。
『……私はもう、覚悟してるの。殺す覚悟に殺される覚悟、自分が死ぬ覚悟も全部!』
 彼女は確かにそう言った。きっと、その決意は固い。
 次に会った時が、彼女との最後の戦いになる。そんな気がした。
「トラオアさん」
 そっと、雨紅が彼女に話しかける。
「リーベは、助ける側のことが多かったでしょう。
 どうか、支えてあげてください」
「ええ。勿論」
 その返事に、彼女は少し安堵したように微笑んだ。

成否

成功

MVP

雨紅(p3p008287)
愛星

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
皆様のお話を聞けた事でリーベは満足したようです。
彼女は、自分の前で名乗った者の名前を記憶していたりします。次回会った時に名前を伝えると、呼ばれる機会があるかもしれませんね。
MVPは、彼女の親友の事も気遣ってくれた貴方へ。

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