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シナリオ詳細

<クロトの災禍>約束はまだ見ぬ地へ行く前に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 黄昏の地に花が咲いている。
 美しき白き大地に穏やかな日差しが降り注いでいる。
 秋晴れに包まれた穏やかな空気が、かつて風光明媚であったその地を照らしている。
 黄昏の地――ある男の夢、その1つは崩れてしまっていた。
「……おじ様」
 もういない、世界の敵だった彼の名前を呼ぶ。
 最後の最後、たくさんの人に愛されながら、彼はこの地に眠りについた。
 翠璃はぼんやりとその場所に戻ってきていた。
「……ふふふ」
 小さく、笑みをこぼす。
「この地は壊れてしまったけど、おじ様の夢は、叶ってるみたいなのよ」
 人と竜が、手を取り合える世界を。
 必ずしもすべての竜がそうではないけれど。
 そんなことは人同士でさえ無理なのだ、少しずつ、人と竜が歩み寄っている。
 それだけで、十分なんだろうと思う。
「……良かったのね、おじ様」
 綺麗な陽の光に目を細めながら、翠璃はぽつり、ぽつりと呟いた。
(人と、竜は歩み寄れるのよ。でも――魔は違うのよ)
 人であるイレギュラーズが、歩み寄ってくれる。
 それでもこの世界を滅ぼす因子を持つ魔種は、人と竜の歩み寄りを遠くから眺めるしかない。
(……私も、いろいろなところを、見てみようと思ったのよ)
 冠位暴食の中に足を踏み入れ、この地で死ぬ――あの日、その選択を取らなかったのは他ならぬ翠璃の決断だ。

 かつて、翠璃は『帰らずの森』で竜に踏みつぶされて死ぬことを耐えきれなかった。
『どうしてこんなところで死なねばならないのか』と、理由を問うた翠璃は『無尽蔵の知識欲』は暴食の罪に堕ちた。
 冠位を討ち果たさんと森を抜けようとした特異点たちと、翠璃は数度の交流を得た。
 暴食の胎を抜け出して、『おじ様』が眠るその時を見つめて、一度はその場を後にした。
「……お前たちは、そんなおじ様の覚悟を、また踏みにじるのよ」
 ――あぁ、その問いかけは、迫りくる終焉の獣への、怒りにも似た気持ちであった。


「えへへ、こうしてまたお姉さんたちに会えて嬉しいのよ」
 ころころと嬉しそうに少女が笑っていた。
 純真なまでの笑顔には悪意の欠片もありはしない。
 愛らしい少女だ――と、それぐらいにしか思わなかっただろう。
 ここが『覇竜領域』――その西方『ヘスペリデス』でさえなければ。
「こんにちは、翠璃君。私もまた会えて嬉しいよ」
 そう笑いかけたのはアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)である。
 鞄の中には彼女に上げるために持ってきた一冊の本が入っている。
「……無事だったんだね」
「私も魔種なのよ、そう簡単には死なないのよ」
 ほっと胸を撫でおろす炎堂 焔(p3p004727)に、翠璃はくすくすと可笑しそうに笑ってからそう答えるもので。
「そうか……今日はなにをしにきたんだ?」
 そんな彼女の様子に頷いて見せた恋屍・愛無(p3p007296)は、改めてそう問いかけた。
「えへへ、お姉さん達との約束。
 また一緒にお話ししようって、あの約束を果たしに来たのよ」
「ふむ、そうか……それなら、覇竜『らしい』遊びをしよう」
「覇竜らしい、遊び、なのよ? ふふ、楽しそうなのよ。
 それなら、ここで最後のお茶会をするのよ。
 それで、後で一緒にヴァンジャンス岩山に行くのよ。
『滅気竜』を倒してどっちが早く倒せるかの競争なのよ」
 柔らかく、穏やかに少女は笑う。
「……最後のお茶会」
 焔は確かに、その言葉を聞いた。
「えへへ、そう、最後のお茶会、なのよ」
 柔らかに、どこか切なげに、目の前の魔種の娘はそう言って笑った。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『滅気竜』の撃破
【2】翠璃と交流を続ける。

●フィールドデータ
 当シナリオでは前半と後半に別れることになります。

 前半はヘスペリデスの一角。
 砕け、荒れ果てた黄昏の領域でひっそりとお茶会をしましょう。

 後半はヴァンジャンス岩山の一角。
 何やら翠璃は岩山の向こうが気になっているようです。
 一緒に行ってあふれ出てくる亜竜をぶんなぐっておきましょう。

●エネミーデータ
・『滅気竜』ワイバーン×10
 覇竜領域の亜竜が滅びのアークに触れて変化した存在です。
 炎を吐き、咆哮や羽ばたきによる足止めを行います。

 本来は脅威足りえますが、魔種が友軍であること、数が少ないこともあり、今シナリオはさほど脅威ではありません。

●友軍データ(?)
・『翠月の暴風』翠璃
 10代前半と思しき緑髪碧眼、緑の鱗を持つ女の子の元亜竜種です。
 知性的で優しく穏やかな性格をした『無尽蔵な知識欲』を罪とする暴食の魔種。
 その罪の影響か、魔種にしては非常に理性、知性的な面が目立ちます。
 覇竜編ではイレギュラーズの皆さんと遭遇後、数度の交流を経て最終戦後に行方を眩ませました。

 冠位暴食を里おじ様と慕っておました。
 今回も敵意はなく、ベルゼーのお墓参りやお話しをしたり、皆さんと一緒に終焉の侵略を受ける『ヴァンジャンス岩山』の様子を見に行きたいとのこと。

 何やら覚悟を決めようとする気配も感じます……
 きっと、このシナリオが友達、隣人、一時的な仲間として最後のお話になる……そんな空気を感じるかもしれません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <クロトの災禍>約束はまだ見ぬ地へ行く前に完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月31日 23時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

リプレイ


「初めまして。名前……おれは、チック。チック・シュテル、いう。
 よろしく、ね。翠璃。ヘスペリデスに来るの、実は……今日が初めて。
 だから、お茶会や翠璃の話から……色々知る、出来たら。嬉しいな」
 翠璃と視線を交えて『雨を識る』チック・シュテル(p3p000932)は少女へと声をかける。
「チックお兄さん……うん、初めましてなのよ」
「……陽の光と、咲いている花達……綺麗で、とても素敵な場所……だね」
「そうね……少し前まで、もっともっときれいだったのよ。
 またいつか、そんな景色が取り戻されたら……その時にまた、来てみてほしいのよ」
 目を細め懐かしむように、それはまるで父親の仕事を褒めてもらえた子供のようにチックには見えた。
「この先にどんな未来が待っているかはわからないけど、今だけは何もかも忘れて楽しんでいたいよね」
 そう少女へ声をかけたのは『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だ。
(最後……か。魔種だからというだけで滅ぼさねばならない世界なんてイヤで、どうにかしたいと色々探ってきてはいるけど……また、取り零してしまうんだね……)
 何も気にしてなさそうに笑顔でいる翠璃を見ながら『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は少しばかり目を伏せた。
(最後の……そっか、そう、だよね、いつまでもこんな風にっていうわけにはいかないんだよね……
 でも! だからこそ今日は思いっきり楽しまないと!)
 ぱちりと頬を叩いて『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は気持ちを入れなおす。
(縁は異なものなどとは、実際よく言ったモノだが。翠璃君と会うのも、五度目だろうか。
 単に戦ったというなら、まだしも、こうまで交流を重ねると、流石の僕でも思う処があるな)
「君が望むならモラトリアムを続けることもできるのだろうがね」
 思いを馳せる『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)がぽつりと零した言葉は翠璃に届いているか。
(野暮なことを言ったか。やれやれ。実際、僕らしくもないな)
 振り返った少女が小さく首を傾げて曖昧に笑ったのを見て愛無はそっと肩をすくめた。
「翠璃さん……また会えて、嬉しい。みゃー」
 ギフトで作ったシュネーバルを入れたお菓子用の袋を差し出しながら、『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はそう声をかける。
「ありがとう……えへへ、私もまた会えて嬉しいのよ」
 嬉しそうに笑って、少女は尻尾をゆらりと動かした。
「初めまして。ユーフォニーです。こっちはドラネコさんのリーちゃん。翠璃さんはドラネコさん好きです?」
「初めましてなのよ……嫌いになれってほうが無理なのよ……」
「良ければ抱っこしませんか?」
『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)の言葉に翠璃が目を輝かせ。
「あ、でも。やっぱりやめておくのよ」
 殺さないよう恐る恐る撫でて微笑む。


(ねぇ翠璃。これからどこへ行くの…なんて聞くべきではないよね。
 だから私は、君が憂いなく望む場所へいけるように力を尽くすよ。最後まで、一緒にいてくれる?)
 ヘスペリデスの一角にて『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は思う。
「ほら、翠璃。ここに座って、美味しいもの沢山食べてね!」
「わ、ありがとう、シキお姉さん。お姉さんも座ってほしいのよ?」
「もちろん」
 促されるままに座り込んだ翠璃の隣へと、今日という日を忘れられない日にするために。
「おれ、お茶会って聞いて……お菓子、作ってきたんだ。
 くるみのクッキー。サクサクして……少しほろっとした食感、お茶にも合うかなって。
 もし良かったら、どうぞ……だよ」
「くるみ! 覇竜の奴よりも小さくて柔らかいって聞いたのよ」
「柔らかい……?」
 目を輝かせて「いただきます」と一口食べた少女を見ながらチックは思わず首を傾げた。
「お兄さんの言う通りほろほろしてて美味しいのよ! あれがこんなにおいしくなるのよ……!」
「何か興味を持っている事とか好きな事ってあったりするの?」
 紅茶を飲みながらスティアも問いかけると、少しだけ悩んだ様子を見せる。
「ええっとね、本当はね、海の向こうにあるっていう国とか、練達? とかいうところとか。行ってみたかったのよ。お姉さんは?」
「私はねー! 紅茶が好きだから色々な種類を探してみたり、面白い本を探したりするのが好きかな?」
「面白い本! 本は私も好きなのよ! いろいろなことが知れて楽しいのよね!」
「あとはねー最近は友達が甘い物が好きだからたまに探したりもしてるかな!」
「甘い物といえば、ヘスペリデスが壊れちゃったからもうほとんどとれないけど、デザストルキビのお団子が美味しいのよ。
 もちもにゅふわってなって、つるんと飲めちゃうのよ」
「そうなんだ……今度探してみるね」
「どういう本がいいかなって思ったんだけどさ……やっぱり、私の故郷のことを知ってもらいたいから、深緑のおとぎ話を集めたものを持ってきたんだ。
 読みやすいから、そんなに時間もかからないと思う。貸してあげるね」
 アレクシアは約束していた本をそっと手渡した。
「良いの?」
「……本当なら、読んだ感想をこうしてまたお茶会で聞かせて欲しいのだけれどね」
「それは……」
「最後というなら……私の話より、翠璃君のことを聞かせてほしいな。
 忘れちゃわないように、たっぷりと、君の想いを聞かせて欲しい。
 きっとそれを、この先の未来へと連れて行くから」
 言いよどむ気配を感じて、アレクシアはその手を取って視線を交えた。
「憧れ……えっとね、私のあこがれは――えへへ。
 ずっとずっと、昔、帰らずの森であいつに殺されかける前は、お母さん、だったのよ。
 でも、今は……今は内緒かもなのよ。思い出はあるのよ。たくさん、たくさんできたのよ。
 お姉さん達と一緒に遊んで、お姉さん達と一緒に秘密基地を作って――それが全部、思い出なのよ」
 そうどこか照れくさそうに翠璃は笑った。
「ボクの好きなもの……やっぱりパルスちゃんかな!」
「パルスちゃん……?」
 首を傾げる翠璃に焔が説明をしてあげてもピンとこないのか首を傾げたまま。
 見せた方が早いかと、焔は覚えている限りの唄とダンスを披露してみせる。
 ちょっとしたカバー曲コンサートの終わるころ、翠璃の目は楽しそうに輝いていた。
「これ……頑張って作った、猫さんモチーフのアイシングクッキー、気に入ってもらえると嬉しいな」
「かわいいのよ……えっと、ドラネコとは違うのよね? 覇竜の外で初めて見たのよ」
 祝音の手渡したクッキーの形を見て、少女は首を傾げる。
「……正確には、違うみたいだよ」
「そうよね、あんな可愛い小動物は覇竜では生き残れないのよ。美味しそうなのよ。後で食べるのよ!」
 そっと両手で包み込んで、翠璃は嬉しそうにしまい込んだ。
「あぁ、そうだ。カメラを持って来たから記念写真でもとらないかね。
 人間という物は、こうした時に写真を撮るらしい。思い出という物は何時だって綺麗なモノだからね」
 立ち上がろうとしたところで、ふと思い出した愛無が声をかける。
「写真……?」
 翠璃が首を傾げる中、ほかの面々が説明をすると、少女は驚いた後、ひとしきり感心したように愛無のカメラを見て。
 それが落ち着いたころ、黄昏の地にて、一枚の写真が残される。
「……あの。どうして最後のお茶会なんですか?
 魔種とひと、いつか相容れなくなるかもしれません。でも、どうして今なのかなって。
 終焉に……向かうんですか?」
 ユーフォニーの問いかけに翠璃は驚いた様子を見せる。
「……そうね。そのつもりなのよ」
 そっと、声を殺すようにそう言った。


 滅びの気配を纏うワイバーンが咆哮を上げていた。
「――10匹ぐらい、なのよ。ふふ、よーいスタート、なのよ!」
 ふわりと舞い上がった翠璃が動く。
「競争ですか……わかりましたっ」
 続くようにユーフォニーが彩波揺籃の万華鏡を打ち込んだ。
「わぁ……お姉さんのとっても綺麗なのよ!」
 目を輝かせて言った翠璃が気付けばユーフォニーを見ていた。
「亜竜退治の競争って覇竜らしい遊び、なのかな? よくわからないけど、競争するからには負けないよ!」
 そう首を傾げながらも、焔は翠璃の方を見た。
(そういえば、翠璃ちゃんは帰らずの森で暮らしてたんだっけ……)
 思い返してみれば、あの竜だの亜竜だのが闊歩している空間で出来る遊びは限られよう。
 炎を振るい、ワイバーンたちの注意を引き込みながら何となく納得していた。
(……もっと話、したかったな)
「不思議な歌なのよ……でも、きっと素敵な意味なのよ」
 チックが濃霧を作り出すと、いつの間にか同じ高度にいたらしい翠璃が目を輝かせていた。
「みゃー! 負けてられない……僕も精いっぱい頑張ろう」
 祝音は戦場に到着して翠璃が元気に暴れ始めたのを見上げ、気持ちを入れなおす。
 究極の破壊魔術の一、極めて合理的な魔力砲撃は世界を轟音を立てながら波を打ってワイバーンを叩き落とす。
「無粋なお客様がいなければ、もう少しお話もできたんだけれどね……」
 静かに告げたアレクシアはヴィリディフローラに魔力を注ぎ込みながらワイバーンたちを見上げていた。
 周囲の魔力を掌に集めれば、そこには赤い花を象る魔力塊が構築されていく。
 そっとそれを握りしめた刹那、炸裂した花の花弁は戦場を迸り、ワイバーンたちの身体を貫いていく。
 体の内側をいじられたような感覚に悶え、怒れるワイバーンの咆哮がアレクシアの耳を打った。
「勝負事なら負けないよ! このくらいならヨユー!」
 そう答えるままに負けじと飛び出したシキは短く息を切った。
(……はずなのにね)
 撃ちだす斬撃は確かにワイバーンを叩き斬る。
 けれど、その手は自然と緩んでいた。
(これが終わったら、翠璃とさよならしなくちゃいけない?)
 視界が潤み、ぼやけていた。
「お姉さん? どうしたの? どこか痛むところあるの?」
 驚いたような心配そうな、翠璃の声だった。
「……この先の、翠璃の行く道に幸せがたくさんあるように、道を拓くよ。
 だからちゃんと覚えていて! 翠璃は一人じゃないってこと。
 いつか……いつか。また会えたらその時は。また、一緒にお喋りをしよう。約束だよ」
「……ふふふ」
 振り払った斬撃の後ろから、翠璃が笑っていた。
「その言葉だけで、私には十分幸せなのよ、シキお姉さん」
「うん、あの調子ならフォローとか特に気にしなくて良さそう」
 スティアはセラフィムの出力を高め、その魔力を自らの身体を通じてネフシュタンへ通していく。
 地面を叩き、波紋のように広がる魔力は神の福音となってワイバーンたちを魅了する。
「お姉さんの光は優しくて綺麗ね!」
 引き寄せられてくるワイバーンについてきた翠璃にお礼をすると嬉しそうに翠璃の方も笑っている。
「こういう勝負なら何の気兼ねも無く、そして勝負するからには勝ちを狙っていくとしよう」
「あー! 私が次に倒そうとした奴!」
 愛無が粘液の尻尾でぶん殴った刹那、翠璃からそんな声があがる。
「勝負の世界とは非情なモノなのだ。悪く思わないでくれたまえ」
「むぅ……正論なのよ……何も言えないのよ……」
 頬を膨らませて抗議をしていた少女がぷるると唇を揺らして。
「次はお姉さんに渡さないのよ!」
「あぁ、その息だよ」
 飛び出していった少女を見送りつつ、愛無は既に次の一手を見据えている。


「翠璃さん……元気でね」
 祝音は翠璃へと短いながらにそう声にする。
「ありがとうなのよ。わたしもなるべく元気でいたいのよ」
 薄く微笑んだ翠璃はそう言って首肯した。
 そんな少女を見やり、祝音は思う。
(翠璃さんは暴食の魔種だから、ベルゼーと同じで、愛しい存在すら食べかねない苦悩もありえるけど……
 彼女の幸せを、きっとベルゼーも願っていると思うから……)
 祝音はそっと翠璃の手を取った。
「……どうか翠璃さんが、今持つ思いや願いを全うできますように、お祈りしておくね」
「うん、嬉しいのよ」
 祝音に頷いた翠璃が緩やかに笑って、そっと握手を交わす。
「……翠璃」
 シキは少女に歩み寄り、その小さな体をそっと抱き寄せた。
「お、お姉さん?」
 驚いたようにシキを呼ぶ声がする。たぶん、眼をぱちぱちと瞬かせて。
「……君が望む場所へいって、君が君らしく生きていけるようにと、ずっと願い続けてる」
 声が震えてしまわないように、堪えながら、シキはそっと少女の肩をとって視線を交えた。
「大好きだよ。どれだけ離れたって、どんな関係になったって、私たちは友達だ」
「お姉さん……えへへ、そうね、どれだけ離れても、どんな関係になっても、私達はお友達なのよ」
 照れくさそうに嬉しそうに、少女が笑ってくれた。
 チックはそれに続くように翠璃へと声をかける。
 これが最初で最後になってしまうかもしれないひと時、だとしても。
 ここで結んだ縁は大切にしたかった。できることなら――次があればと思いながら。
「今日は、楽しい時間をありがと……翠璃。
 ……その。今日お別れ……したら、もう君とこうしてゆっくり過ごす、出来なくなっちゃうの……かな。
 思い出を紡ぐ、出来たからこそ。『またね』が叶わなくなってしまうのは……寂しい様な、気がして」
「……そうね、『またね』は、出来るかもしれないのよ。ゆっくりとは、できないかもしれないのよ」
 チックの言葉に翠璃が少し考えた後で頷きながら言った。
「だって――また、会えた時に……私は私なのかも、わからないのよ」
 そうぎこちなく彼女は笑った。
 ユーフォニーは翠璃の方へと歩み進めた。
「終焉に向かうなら……私も連れて行ってもらえませんか」
「それはできないのよ」
 迷いなく告げたユーフォニーへ、翠璃は少し驚いた様子を見せた後、迷いなく否定する。
「……ベルゼーさんが前に言っていたんです。
 産みの父、いいや、全ての根源たる『唯一』を救いたいだけ……と。そのひとの力になれることはないかなって。
 覇竜を護り続けてくれたベルゼーさんに感謝してるから」
「……お姉さんは優しいのね。でも、駄目なのよ。お姉さんは、パンドラの側の存在なのよ。
 何があるのかも、何が起きてしまうのかもわからないのよ」
 ユーフォニーの言葉をまっすぐに受け止めた翠璃はくしゃくしゃと表情を歪めて声を震わせる。
「それにね、お姉さん。私も正気を失うかもしれない、自分のことが誰か分からなくなるかもしれないのよ。
 でも、おじ様が愛し、守ろうとした国を滅ぼすと決めた覚悟を、踏みにじった。
 そんな終焉が嫌いだから、魔種の私なら多少は生きていけるかもしれないから……だから行くのよ」
「……それなら私、翠璃さんとまた会いたいです。こうやって一緒に覇竜を守った仲間だから」
 何とか紡いだユーフォニーの言葉もまた、本心だった。
「……それなら、私は翠璃さんが無事でいられるようにお祈りするね」
「えへへ、ありがとうなのよ」
 スティアが微笑むように心がけてそう言うと、翠璃が切り替えるように笑った。
「お茶会でゆっくりお話して、一緒に遊んで、これで約束は果たしちゃったね……」
 焔は小さく声を漏らす。
「でも、でもね! お話出来てないこともいっぱいあるし、翠璃ちゃんに見せたいものとかだってまだ!」
 あぁ、そうだ。いろいろな冒険の話も、何よりも叶うならパルスちゃんのステージを見に行くのだって。
「だから、またこうやって……ううん、ごめんね、こんなこと言ってたら困らせちゃうよね」
「うぅん、いいのよ。それよりも、そう言ってもらえるのが嬉しいのよ」
「もうこんな風に一緒にお茶会をしたり、協力して戦ったりなんてことは出来ないかもしれない。
 それでも、きっともう1度は、会わなきゃいけない、よね……」
「……そうね、お茶会は、もうできないと思うのよ。
 多分、協力して戦ったりもできないかもしれないのよ。
 でも……きっともう一度は会えるのよ」
 翠璃は焔を宥めるようにそう言って微笑んだ。
「ふむ、では今日撮った写真はその時に渡すことにしよう。次の約束だ」
 愛無が言えばきょとんと首を傾げた少女が思い出したようにうなずいた。
「ふふふ、楽しみなのよ……覚えていたら、その時は貰うのよ」
 ころころと楽しそうに、けれど最後は少しだけ悲しそうに言って、翠璃が誤魔化すようにふるふると顔を振った。
「翠璃君!」
 アレクシアは今にも旅立とうとする少女の名を呼んだ。
「さっきはああ言ったけど、『蒼穹の魔女』はとにかく頑固なのがウリでね。
 まだ、本の感想を聞かせてもらうのは諦めていないから。
 またね。それまで、あんまり無茶はしないよーに!」
「それは――きっと約束はできないのよ。でも忘れないでいようと思うのよ……その時まで、」
 そうぎこちなく笑った魔種は何かに堪えるように深呼吸をして目を伏せた。
「もしも、覚えていられたら――きっと、お姉さん達の役に立ってみせるのよ」
 それっきり、こちらに視線を向けず終焉の空へと消えていく。
 どこか鳴いているようにも聞こえる声の震えは、気のせいではないのだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
皆様から頂いたプレゼントや思い出は終焉の地へ旅立った少女の確かな支えとなることでしょう。
再会はいずれ。

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