PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<信なる凱旋>壊れたアイが繋ぐモノ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●尾行は関わりの始まり
 天義内での依頼を終え、少しばかり傷を負いつつも帰り道の事だ。
 木々の茂る道を進みながら、イレギュラーズの一人――――エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が目を細めて「ん?」と呟いた。
「どうかしましたか?」
 雨紅(p3p008287)が、彼女の視線が木々の奥へと向かっている事に気付いて問う。
 「あれ」と短く告げて彼女が顎で指し示す。その視線を追い、視力に優れた者はすぐに気付いただろう。木々の合間を縫って歩く一人の騎士の姿に。
 見覚えのある騎士の姿だ。確か、そう、遂行者リーベに従っていた者のような。
「……ついていくか?」
 イズマ・トーティス(p3p009471)の問いに、誰もが頷いた。
 彼が行く先にリーベが居るかもしれない。この状態で戦う事になれば些か不利だが、そうなったらその時はその時だ。
 気取られぬように距離を取ってついていく。まだここは天義の領内。もしかしたら帳の下りた場所に出くわす可能性もある。
(もし、リーベさんが居たら…………もう一度、お話がしたいのです)
 キルシェ=キルシュ(p3p009805)は胸の前で両手をギュッと握る。まるで聖女の祈りのように。
 追いかけている内に、騎士の姿が消えた。視力の良い者が居れば、開けた場所――村のような場所の中に入っていったとわかるだろう。
 木々の間から見える家の屋根に、結月 沙耶(p3p009126)がふと浮かんだものを口に出す。
「リーベ教の拠点、か?」
「可能性はあるな」
 彼女の疑問に松元 聖霊(p3p008208)が答えるが、断定は出来ないと付け加える。
 拠点であれば潰すまでだし、もしかしたら、またリーベ教の布教先として貧しい村が標的にされているのかもしれない。
「中 入ル。ソノ方ガ 早イ」
「そうですね」
 フリークライ(p3p008595)の言葉に頷く水月・鏡禍(p3p008354)。
 戦いになる事を予想して、村と思われる場所へと足を踏み入れた。

●壊れたアイが繋ぐモノ
 中に入った彼らを待ち受けていたのは、貧しい人々でもなければ、武力を磨く騎士達でも無かった。
 家を抜けた先に見えたのは、農作業もしくは酪農業に勤しむ健康そうな大人達と、無邪気に走り回る子供達の姿。
 呆気にとられるイレギュラーズを見つけた村人らしき年老いた男が、「旅の人かい?」と人の好い笑顔で尋ねてきた。
 背丈の近い鏡禍が困惑を隠しきれないまま尋ね返す。
「そのようなものですが。ええと、ここは……?」
「ここは最近出来たばかりの名も無い村だよ。もう半年近くになるかねえ……。
 先日にも新しい命が生まれてねえ。これもリーベ様が村を作ってくれたおかげだよ」
「リーベが、ですか……? つまり、ここはリーベ教の村なのですか?」
「うーん、どうだろうねえ」
 鏡禍の質問に対し、老人は首を傾げる。その様子は演技のようには見えず、本心と思えた。
 キルシェが「あの……」と割って入る。
「皆さん、リーベお姉さんを慕っている、んですよね……? なら、リーベ教の村じゃないのですか?」
「あの方の信念は分かる部分もあるが、あの方は別にそれを儂らに強要はしとらんよ。信じるも信じないも自由だと仰った。
 此処にいる大半の大人は、一度は死にたかった者ばかりでな。かくいう儂もその一人だよ。一度は薬を受け取ったが、やはり生きたいと最後には思っての。だが、生きようにも居場所が無い。
 そんな儂らの為にリーベ様が似た境遇の者を集めた村を作ってくださった。ここはそんな村だよ」
 老人の言葉に、イレギュラーズの困惑が深くなる。
 リーベ教に触れつつも、結局生きたいと願った者達の村。それを建設したのが当のリーベとは。
 彼らの困惑に気付いているのかいないのか、老人は「かっかっか」と笑う。
「気になるなら見ていくといい。皆、生き生きとした顔をしておるよ。
 今日はたまたまリーベ様がいらっしゃる。あの方にご用があるなら、この奥に進むといい。
 なんでも、今日は子供達の健康診断とやらをしに来たそうだ。産まれたばかりの子と母親の状態も後で見ると仰っていたなあ、そういえば」
 もう一度声を上げて笑い、老人はいずこかへ行ってしまった。
 困惑を深め、顔を見合わせるイレギュラーズ。言われた通りに奥へ進む事にした。

 歩いてすぐに、整備された小さな丘に出た。丘の上にポツンと立つ大樹があり、その木の下で、一部の子供達がリーベに話をせがんでいる様子が見えた。彼らに対して微笑むリーベの顔は、年相応の女性の顔をしていた。まるで遂行者とは思えない程に穏やかな顔で微笑む彼女に、誰もが呆気にとられた。
 彼女の近くでは騎士が子供達に木剣の振り方を教えたり、追いかけっこをして遊んだりしている。鬼役らしい騎士の動きが大変そうだった。
 子供の一人がイレギュラーズの集団に気付き、リーベに振り返る。
「リーベ様ー! 誰か来たよー?」
「……あら、貴方達……」
 途端に子供達を後ろに庇うように立つ騎士達。腰の剣に手を掛けそうになる彼らをリーベが「おやめなさい」と制して立ち上がる。
 子供達に離れているよう進言し、単身でイレギュラーズの元へと歩むリーベ。
「何をしに来たの? 戦うつもりなら止めてほしいわね」
「……いや、ここを見つけたのはたまたまだ。お前の騎士がこっちに向かっていくのが見えて追いかけてきた」
「聖霊さん」
「事実を言ったまでだ」
 雨紅の咎めるような声に聖霊は真面目に返す。
 イズマが困惑を隠しきれない顔で彼女に問う。
「リーベさん、あなたはここで一体何を……?」
「見てわからない? 慰問だけど……」
「い、慰問……?」
「そうよ。私が関わってきた、生きたいと願った人達を集めた村よ。たまには顔を見に来ないといけないじゃない。
 今のところは元気そうでホッとしてるけど」
 彼女の返答に、誰もが言葉を失う。
 リーベという女は遂行者だ。その肩書きと、彼女の信念の元に、自覚なく人の命を弄んだ。
 だというのに、この村を作り、生かしている。今までとのギャップに脳がバグを起こしそうだ。
 フリークライは、首というか体ごと傾げながら、一つの質問を投げる。
「リーベ コノ村 何 願ウ?」
「……生存戦略、かしらね。
 そうだわ。あなた達、良ければ子供達とか村の人達に文字なり戦い方なり農作業なり、何でもいいから教えてくれない? 遊び相手でも構わないわ」
「は?」
 素っ頓狂な声がエクスマリアと沙耶の口から零れた。
 彼女の反応は他の面々を代弁するかのようで、実際、同じように口をぽかんと開けている者が数名居た。
 そんな彼らを見つつ、リーベが振り返って子供達へ声を掛ける。
「皆ー! この人達が色々教えてくれるそうよー!」
「……ちょっと、待て、リーベ」
「そういう事だからよろしくね。まさか、ここまで来て何もしないで帰るなんて、お人好しで傲慢なイレギュラーズじゃないでしょう?」
 ニッコリと笑ってみせたリーベに呆気にとられる。
 彼女はこんな女だったか。いや、もしかしたら素はこんな感じなのかもしれない。彼らはリーベと戦った時の怒りと悲痛の顔しか知らないのだから。
 踵を返す前に、「ああ、そうだわ」とリーベが大事な事だと前置きしてイレギュラーズを見る。
「もし、この村の事を忘れたいのなら、終わった後に忘却の薬を用意してあげる。その場合は言ってくれれば渡すわよ。
 それから、私個人と話したいなら、それもどうぞ。多分、村のあちこちを回ってるでしょうから、その時に話せば良いわ」

GMコメント

 遂行者との戦いの合間に、こんな話があってもいいでしょう?
 という訳で、リーベが作った村での日常に関わるのが今回の目的です。
 リーベ本人と話したいならそれもヨシ。
 子供達と遊ぶ、もしくは子供や大人達に何かを教える(文字、戦い方、農作業)でもヨシ。
 交流を目的としたのが今回のシナリオとなりますので、戦闘はお控えください。
 また、ここでの関わりを忘れたい場合は、リーベに言えば忘却の薬の薬を支給されますので、その場合は申請してください。
 今回はEXシナリオとなるため、文字数一杯に心情なり話したい事なり、やりたい事なりと色々と詰めると描写しやすいかと思います。
 それでは、よろしくお願いいたします。

●成功条件
 この村と関わる事

●リーベ
 リーベ教教祖にして、遂行者。今回で、村を作った事が判明しますが、彼女は村長ではありません。
 彼女は今回、村の慰問として訪れました。
 イレギュラーズと一旦別れた後は、子供達の健康診断や最近出産したばかりの母娘の様子を見に行きます。その後は子供達と遊んだり薬学を教えたりする予定です。
 また、これはイレギュラーズが村人達に聞いたりすれば判明する事ですが、村の外れには小さな墓があり、そこに手を合わせるリーベに遭う事も有り得るでしょう。何の墓かは、遭遇時、本人に聞けば分かります。

●村人達
 未だ名も無き村に住む者達。
 かつてリーベの恩恵を受けようとしたものの、直前になって生きたいと願い、けれど居場所を失っていた者達が寄り合って村となった。
 リーベ教の思想に大人達はある程度共感はするが、子供達にまではその思想は浸透していない。
 けれど、居場所を作ってくれたリーベに感謝はしている。
 割合は大人>子供で、大人も子供も男女比は半々である。
 イレギュラーズの事について、リーベからは「ただの客人」として説明されており、因縁の事は何も知らない。

●騎士達×四名
 リーベの護衛であるが、村人達と交流もしている。
 イレギュラーズに対して思うところはあるが、リーベより「村人達に余計な事を言わないように」ときつく厳命されている事もあり、今回は剣を向ける事はなく、ある程度イレギュラーズとも交流する事が可能。
 彼らの交流内訳は、次の通り。
 農作業が得意な騎士×一名
 子供達の遊び相手な騎士×二名
 戦闘の仕方を教える騎士×一名

●忘却の薬
 リーベがかつての親友の為に開発した薬。現在は改良され、一部の記憶を抜かす事に成功している。
 村の事を忘れたい場合は申請すれば支給される。
 なお、現在の所その薬を飲んだ村人や騎士は居ない。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <信なる凱旋>壊れたアイが繋ぐモノ完了
  • それは束の間の交流
  • GM名古里兎 握
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月17日 22時45分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
雨紅(p3p008287)
愛星
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女

リプレイ

●その聖女はお手伝いをする
 一軒の家の前に、子供達の列が並んでいる。彼らが列から逸れぬように数名の大人達が声を掛け合いながら子供達の気を引き、列の形成を維持している。
 村の中では一番大きなその家は、普段は集会所の役割を持っていた。だが、今回は子供達の健康診断を実施する役割を担っている。
 騒がしい子供達は中からする女性――リーベの声に従って一人ずつ入っていく。診察が終われば出て、入れ違いに新しく一人入る。それを繰り返す流れだが、一人ずつなので時間もかかる。
 子供というのはジッとしていられないもので、時に大人達の手を焼く。
 列を乱しかねない様子の子供達もチラホラと現れ始め、大人達に若干の焦りが見られた頃、救世主が現われた。
 長いピンクの髪を持ったハーモニアの少女――『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)は、列に並ぶ子供達に笑顔を見せながら声を掛けた。
「こんにちは! みんなは何してるのかしら?」
「健康診断だよ!」
「リーベ様が診てくれるの!」
「えっ、今日はもう一人お医者様が来てるから、その人に診てもらうって言ってたよ」
「あたしも聞いたー! リーベ様も一緒にやるけど、今日はお手伝いになるんだって」
 お医者様と聞いてキルシェには心当たりがあった。彼とリーベがしている仕事がスムーズに行くよう手伝う意味も込めて、彼女は子供達の気を引く。
「健康診断の順番待ちなのね! だったらその間にお話ししても良いかしら?」
「いいよー! お姉ちゃんのお話も聞きたーい!」
 年齢が近いのもあるからか、子供達はキルシェに注目してくれた。そうでなくとも、滅多に人が訪れないのだろう。外の話という刺激は子供達にとって魅力的で。
 「じゃあ、私からね!」と前置きして、彼女から質問を投げる。
「ねぇ、普段はどんな風に過ごしてるの?」
「普段は遊んでるよー!」
「お姉ちゃんぐらいになったら畑仕事とか一緒にやるようになるんだよー!」
「あとねー! 牛さんとかお世話するのー!」
「ねー!!」
 矢継ぎ早に返ってきた子供達の言葉は、キルシェの脳内で整理するまでに数秒を有した。
 子供達もこの村での仕事に協力的のようだという事は分かった。
 次の質問をする前に、子供の一人がキルシェの服の裾を掴む。振り向くと、キルシェより年下と思われる少年がキルシェを見上げていた。
「ねえねえ、お姉さんはどんな風に過ごしてるの?」
「ルシェ? ルシェはねえ、家族のお手伝いをしたり、お出かけする事が多いわ!」
「お姉さんもお手伝いするんだね!」
「ねえねえ! どこにお出かけしたりするの?!」
「お家からちょっと離れた場所に行ったり、他の国に行ったりよ!」
「他の国?!」
「ねえ、どんな国があるの?!」
 村の外の話――――特に、別の国の話は子供達の興味を引くようだ。キルシェが他の国の話を聞かせると、子供達の目が光り輝く。
 気付けば、子供達も呼ばれるとすぐに建物の中に駆け込んで、終わればキルシェの居る場所に戻ってくるようになっていた。
 そんな流れの中、キルシェはどうしても聞きたかった事を尋ねた。
「リーベお姉さんはよく様子を見に来てくれるの?」
 彼女が、居場所の無い者を集めて作ったという村。
 この場所に彼女がどれだけ訪れているのか。
 その質問に対し、子供達は素直に答えてくれる。大人達は見守るだけで口を挟もうとしない。
「えっとね、そんなに来ないかな?」
「前に来たのいつだっけ?」
「三ヶ月くらい前じゃない?」
 どうやらそんなに頻繁に訪れているという訳では無さそうだ。
「ルシェお姉ちゃんは、リーベ様と知り合いなの?」
 子供の一人から唐突に投げられた質問に、キルシェは「そうよ」と素直に答えた。どういった経緯で知り合いになったのかは言わないのが賢明だろうし、キルシェもそれを敢えて口にして子供達を怖がらせたくはない。
「リーベお姉さんとはちょっと前に知り合ったんだけど……。
 色々あって喧嘩しちゃって、ここで会えるとは思ってなかったんだけど、良い機会だから謝ろうと思ってるの」
「喧嘩しちゃったの?」
「そうなのよ」
「キルシェお姉ちゃんが謝ったら、リーベ様も許してくれるよ。僕ね、前にリーベ様が来た時に転ばせちゃった事があって、ごめんなさいってしたら許してもらえたよ!」
 笑顔で話す男の子に、リーベへの恐怖を抱いている様子は無い。
 「そうするわ」と笑ったキルシェは、一度建物の中を見やる。健診を受ける子供の数は少なくなっているとはいえ、この後リーベはあちこちを回るのだろう。まだ落ち着く様子は無さそうと思い、キルシェは謝罪する機会を後回しにする事にした。
「今は忙しそうだから、落ち着いた頃に謝りに行くわ。
 それまで、ルシェも一緒に遊んでも良いかしら?」
「いいよー!」
「何して遊ぶー?」
「追いかけっこがいいー!」
「おままごと!」
 遊ぶ話になると、子供達は更に声を張り上げた。
 子供達の笑顔に釣られて、キルシェも笑う。
「どんなのでも、全力で遊ぶのよ!」
 それがどれだけ大変か、彼女は終わった後で身をもって知る事になるのだけれど。

●医神の望み、薬師の望み
 子供達の健康診断を終えて、一息をつく。ひとまずはこんな所か、と『医者の決意』松元 聖霊(p3p008208)は記録した紙を年齢順に分けて、改めて束ねて纏めた。集会所の役割を果たしている家だけあって、テーブルは大きい。紙を纏め直すのに丁度良い広さを有していた。
 診察した限り、子供達が毒を摂取している様子も無い。彼女がああ言った手前、大丈夫だろうとは思っていたが、杞憂で済んで良かった事に安堵する。
「お疲れ様。おかげで助かったわ」
 リーベの手が彼の横に現われる。置かれたコップにはお茶が入っていた。
「安心して。毒なんて入っていないから」
「だろうな。今そんな事をして得は無いだろ」
「あら、よく分かってるじゃない。ああ、そうそう。そのお茶、初めて会った時にあなたに振り掛けたやつよ」
 彼女のサラッと告げた言葉に、口の中へ少し流し入れたお茶が喉の変な所に入って噎せた。咄嗟に横を向いて紙にかからないようにした自分を褒めたい。
「……お、まっ!」
「安心して。流石に粉末はあの時のとは別よ」
 そういう事ではない。
 じろりと睨んだ視線を受けて、リーベは笑う。意地悪い笑みではなく、「ふふっ」と、悪戯が成功した子供のように。
 噎せをどうにか落ち着かせ、深呼吸を一つする。
「はー……俺の両親に余計なことしやがって、次会ったらはっ倒してやると思ってたけど。
 今日は止めとくぜ、毒薬配ってるわけでもねぇみてぇだしな」
「あら、配ってたらはっ倒してたの?」
「茶化すんじゃねえよ、馬鹿。こっちは真面目な話をこれからするつもりなんだよ」
 真剣な顔でアメジストのような瞳が、今は狂気を潜めた彼女の瞳と視線をぶつけあう。
「なぁ、単刀直入に聞くけどよ、お前反転してんのか?
 より正確に言えば、魔種になったのかって事なんだが」
 少しの沈黙の後、リーベは「そうよ」と簡潔に答えた。その回答に、知らず口を軽く結んだ。
 これまでにも彼女が話していた言葉の端々から予想はしていたものの、いざ肯定されると、やはりという思いを抱く。
「それで? 今更それを確認してどうするつもり?」
「……今のお前みたいに、周りに害を成さずに生きられるなら、生命は奪わなくてもいいんじゃねえかって思ったんだよ。まあ、隔離は必須だろうけどな……」
 魔種。
 呼び声を発し、周りの者達を巻き込む存在。
 世界の敵と認定されしモノ。
 だが、もしもその存在が、周りに害を成さなければ?
 少なくとも危険性は無いのではないか。
「両親には話したが……俺は魔種ってだけで治療も試さず殺すのは疑問に思ってるんだよ。
 あ、言っとくが元に戻る為に他者を犠牲にするって意味じゃねぇからな、そこは勘違いするなよ」
 己の両親の所業を自分もするつもりは無いと明言する。
 先日両親に会った際に彼は語った。「俺も魔種から原種に戻す治療法があればって思うし、探してる」と。
 父の、母を原種に戻したい気持ちはわかるが、他者の生命を犠牲にしてまで治療したいとは、彼には思えない。それ以外の方法で魔種から原種に戻したい。その為の治療を諦めたくない。
 それが、松元聖霊の考えだった。
 彼の言葉を聞き、リーベは少しの間唇を結んで、開く。彼の隣に座る許可を貰い、座る。
 向かい合うように座り、視線を合わせる。まるで医者と患者が向き合うように。
「つまり、私を治療したいのね。原種に戻したい、と」
「ああ」
「分かってるの? 原種だった時の私が何をしたか、忘れた訳ではないでしょう?」
「覚えてる。
 なぁ、リーベ。
 俺は前に俺の傲慢でお前を救うって言っただろ。諦めてないぜ、俺はよ。お前が生きてる間に治療法が見つかる可能性は、100とはいえねぇが0でもねぇ。結果見つからなかったとしても、それは決して無駄にはならねぇ。後の世の誰かを救う手がかりにもなる筈だ」
 紫の瞳は揺らがない。確固たる信念を携えて輝く。
 その視線を受けてリーベが目を細める。眩しいかのように。
「その上でお前に聞きたいんだけどよ」
 リーベを見つめ、言葉を重ねる。
「お前は生きたいのか?
 『遂行者』でもなく『薬師』でもない、『リーベ』としてはどう思ってる?」
「っ……!」
 彼の質問に、リーベが言葉に詰まる様子を見せる。茶色の瞳が揺れて、唇が震えた。
 少し俯いてから、彼女は「背中を貸して」と告げた。
「は?」
「いいから! 貸してちょうだい!」
 何なんだとか、言いたい事があるなら正面から言えだとか、言いかけた言葉を飲み込んで、溜息をついて背中を向ける。
 椅子が動く気配。それから、背中の真ん中一点に当たる重み。リーベの頭だと気付いた時、後ろから声がした。
「…………生きたいわよ。
 戻れるなら、原種に戻って、好きな人の隣に立ちたいとさえ思う程に。だから私はあの人達に協力したのよ。あなたのお父様の思想と理念に共感したし、もしあなたのお父様が治療法を見つけたならそれを教えてもらいたくて」
「なら」
「でも、ダメなのよ。黒は白には戻れない。どれだけ黒に白を足しても、白に近い灰色になるだけで、完全な白には戻れないの。
 だから、もう戻れない私には、この願いを持つ事すら烏滸がましい」
「リー……」
「なのに、こんな私を救おうとするなんて、本当、あなた、傲慢だわ……」
 声が、震えている。嗚咽はまだ無い。同時に聖霊に届く、「助けて」という内なる声は、いつだったかに聞いた時と同じもの。
 彼女がどんな感情を抱いているのか、聖霊には推し量る事しか出来ない。その上で、自分が思う言葉を紡ぐ。
「それが俺だ。
 お前が生きたいと願うなら、俺は諦めるつもりはねえ。医神の傲慢だと嗤われようがな」
「……あなたらしいわ。本当、傲慢で、眩しい人ね……」
 言葉の中に含まれた、聖霊を称賛するような単語に、思わず名前を呼びそうになる。
 彼の声を遮るように、彼女は更に言葉を紡いだ。
「忘れないで。魔種は魔種。原種に戻る事は無い。私を救おうとして失敗したとしても、私という魔種を、あなたがご両親と向き合う為の踏み台になさい」
 先程までの震えた声が嘘のように、しっかりとした声が聖霊の耳に届く。
 背中の重みが消える。椅子から立ち上がったリーベが、聖霊の背中を押した。
「さ、次はこの前産まれたばかりの母親と娘を見に行くわよ。先に行ってちょうだい」
「おい、待て、リーベ」
「いいから、先に行ってて。私も後から行くから」
 半ば強引に押される形で外に出される。すぐ後ろで閉まったドアの向こうから、聖霊の耳に微かに届いた言葉。
「ありがとう。私の――――の人」
 肝心の部分は聞こえなかった。だが、追求は出来ない言葉だと、理解はする。そうでなければ、正面切って彼に言えるはずなのだから。
 色々と言いたい言葉はあれど、溜息を一つついて、空を見上げる。白い雲が浮かぶ青い空があった。
「……お茶、一口しか飲んでねえんだがな」
 ああ、もったいねえ。

●覗いた過去に、過去で返して
 『救済に異を』雨紅(p3p008287)が遭遇したのは、リーベと聖霊が、出産したばかりの母娘が居る家から出た時だった。
「あ……」
 そう零したのは、どちらの声だったか。
 雨紅は赤い口紅が塗られた唇を一度結ぶと、家と彼らを見比べてから問いかけた。
「この家に、出産したばかりの母と娘が居るとお聞きしました。容態の方はどうでしたか?」
「問題無かったわ。一応この人にも診てもらったから大丈夫だと思うけど」
「安心しろ。何の問題も無く、元気そのものだ。ただまあ、出産したばかりだから一ヶ月は必要動作以外安静にしてろとは言っておいた」
「そうですか。良かったです」
 産まれたばかりの命は儚くなりがちだ。ともすれば、母親すらも。
 医者である聖霊が太鼓判を押すならば大丈夫だろう。
 胸を撫で下ろす雨紅に、リーベが「何か用だったの?」と尋ねる。
 雨紅は「あ……」とのみ呟いて、口を結ぶ。何かを察したか、聖霊が「そうだな」と考え込む振りをする。
「リーベ、他の奴らの家には俺一人で向かうが、いいな?」
「どうぞ。私の知り合いって言っておけば大丈夫よ」
「助かる。じゃあまた後でな」
 そう言って離れていった聖霊の背中に、胸中で「ありがとうございます」と雨紅は感謝を述べた。多分、気遣ってくれたのだろう。自分がリーベと話したいという思いがギフトのおかげで伝わった事に、安堵する。
 彼女の方も聖霊の行動から察したのか、「場所を変えましょうか」と告げて、歩き出す。慌てて後をついていき、辿り着いたのは健康診断に使われたという一軒家。彼女によれば、集会所だという。
 中の一部屋に通される。リーベがお茶を用意しながら「それで、どういう話をお望みなの?」と問いかけてきた。
 椅子に腰掛けた雨紅は、彼女が差し出したお茶を受け取って一口飲んでから本題に入る。
「……フェアではない、と思ったので。少し私のことをお話しても大丈夫でしょうか」
 以前彼女と会った時、雨紅はリーベの信念を作る事になった過去を聞いた。
 相手の情報を自分が得て、自分の情報を相手に得させないというのはフェアではない。
 人が見ればなんと真面目な、と見るだろうが、生憎とそういうものではないのだ。
 リーベはお茶を出してから自分もテーブルを挟んだ向かい側に座る。
「お好きにどうぞ」
 己の分のお茶をすする。雨紅もそれに倣った。薬草茶だろうか、少し冷静になったような気がする。
 話したい内容を脳内で整理してから言葉を唇に乗せて、喉の奥から言葉を紡ぐ。
「私は本来、戦闘の為に作られた秘宝種です。当時は主に従い、血に塗れた日々を送っていました。
 ですが、ある日それが恐ろしくなり、当時見惚れた舞が好きになった事で戦う事から逃げ出しました。それからは、召喚されるまでずっと、主によって強制停止されていました。召喚されて漸く再起動して、今に至ります」
 雨紅の語りを、リーベは茶々を入れる事も無く静かに耳を傾けていた。
「帳の先では、そもそも生まれないのでしょうね」
 唐突に触れられた帳の話題に、形の良い眉がピクリと一瞬だけ上がる。
 生まれない、とは何か。
 それを問う前に、雨紅は話を続けていく。帳が落ちた先での可能性を。
「仮に私が生まれたとして。この辛さも幸福も持たないなら、それは私ではないです」
 全く別の誰かだと、そう語る。
 「ですが」と続けて、彼女はリーベを見つめる。仮面の下、表情は分からない。けれど、赤い口紅を塗った唇が、彼女の感情や想いを目の前の女性に伝えていく。
「私は、死による救いを否定できません。でも、帳は受け入れられない。
 帳の先で幸福であろうと、こちらでの大切な記憶がなかったことになってしまう。
 それは、寂しい」
 リーベのやっている事――――死を望む者に救済という行為について、一部では肯定出来るのだ。
 けれど、帳は違う。
 そこで生まれたものは全くの別物であるし、その存在にはそれまでの記憶が無い。
 相手と自分の大切な思い出を持っているのは自分だけなのだ。
「死にたいほど辛いこともあれば、辛くとも手放したくないことだってありますから」
「…………そうね、そういうものでしょうね」
「ですから、私はリーベの救済方法には異を唱えます。今までも、これからも」
「私のやり方が万人に受け入れられるとは思っていないわ。一度受け入れたものの、結局生を望んだ者達がこの村に多く居るのだし。
 だけど、変える気は無いわ。手の届く範囲で出来る限りの救いをしていくつもりよ」
「そうですね。だから私達は対立するのでしょう」
 それぞれの意見や思想が異なり、ぶつかり合う故に。
 けれど、それでも。たった一つだけ彼女に願うのならば。
「もし、帳が落ちた時は。私のこと、覚えていてくださいね」
 彼女の願いに、リーベが目を見開く。すぐに平静を取り戻した彼女の口元が緩く弧を描き、肩をすくめた。
「そんな目立つ姿に、今の話を聞かされて、忘れられるとでも思う?」
 概ね好意的な回答に、雨紅は「それもそうですね」と肯定する。
 残った薬草茶は少し温くなっており、それをゆっくりと、だが一気に、喉に流し込んだ。

●戦いに必要なものとは一つだけではない
 雨紅の話が済んだ所で、集会所を出た二人。リーベの腕には勉学としての資料があり、一人では抱えきれなさそうな量をしていた。雨紅が一部を請け負い、共に運ぶ。
 その途中で、二人は一部の村人達を相手している『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の姿を見つけた。
 向こうも二人の姿に気付いたのか、「やあ」と手を振る。
「偶然とはいえ、会えて良かった」
「何かあったの? ……というよりは、何を教えているの、かしらね?」
 穏やかに笑うイズマに対し、リーベは彼らの足元にある物を見て彼に問う。
「村を守る為の知識だ。あって損は無いだろう?」
「坊主の言う通り、今なら防衛への余力も十分あるからな」
「道具作りは子供にも教えられるしの」
 村人達がイズマの言に賛同する理由は、足元の物体にある。
 草で作られた罠だけでなく、地面に描かれた絵。その内容は、木や土嚢で作る柵やバリケードなどの説明だった。
「生存戦略を望むなら、こういった事もアリだと思うが」
「そうね。良いと思うわ。私やあの子達ではそこまで気が回らなかったもの。ありがとう」
 素直な礼の言葉にイズマの赤い目が数度瞬く。それから、目を細めて「どうしたしまして」と微笑んだ。
「こういった物があれば何かあった時の時間稼ぎにもなるからな」
「ああ、でも、やはりそれだけじゃ心許ないから、戦う力も欲しい」
「さっきあの騎士さん休憩に行ったじゃろ。戻ってきたら教えてもらうか」
「そうなると、二手に分かれるか? まず希望を……」
 村の男達が望む戦う力について話し合う中で、雨紅が「あの」と手を上げた。
「私も戦闘なら教えられるかと思います。その騎士様と共にお教えしましょうか?」
「おお! 助かる! 女でも戦えるなら、村の中で強い女達にもあんたが教えてくれれば戦力になりそうだな!」
「俺ちょっとあいつら呼んでくるわ!」
 雨紅の申し出に村人達の顔が綻ぶ。
 一部が誰かを呼びに行く。
 イズマが罠を見つつ、そういった小手先の事に興味のある村人達へ声を掛ける。
「こっちの罠は上手く使えば食糧調達も可能だと思う。何なら、今からやってみるか? 慣れてくれば食糧にするだけでなく、稼ぎにも出来るかもしれない」
「そうだな。食べ物はあって困るものでもないし」
「この辺だと――」
 話が尽きぬ彼らを見て、リーベは安堵するように密かに息を吐き出したのを、イズマの耳は聞き逃さなかった。
 見守る者としての微笑みをリーベに向ければ、彼女は視線を逸らしてツン、としてみせた。「照れくさいのかな」と考えたら、ますます微笑ましい気持ちになってきたのだが、胸中のみに留める。
「それじゃあ、私は子供達に勉強を教えに行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
 イズマが手を振る。雨紅が持っている資料をどうしようかと思っていると、ちょうど騎士が二人来た。一人はリーベを迎えに来たようで、資料を彼に渡す事で解決する。
 見送って然程時間もかからずに女性の村人が数名やって来た。予想外に屈強そうな女性達を見て雨紅が目を瞠るのを横目に、イズマは実践の為に何人かの村人達とその場を離れる。
 残った騎士が雨紅に対して困惑を隠しきれない様子で、声のかけ方に迷う様を見せた。彼に対し、雨紅は「リーベから、色々教えてくれないかと言われたのですよ」と声を掛ける。
「私は槍や棒術の類が得意なので、そちらの扱いを伝えるつもりです。あなたは?」
「剣のみしか振るえる物がない」
「では、あなたは剣を、私は槍や棒術を。……この村、槍はありますか?」
「棒の先に石や包丁の刃をつけたものぐらいになるけど」
「十分です。では、棒術と合わせてお伝えいたしますね。先に棒術の方ガ良いかもしれませんね」
 村人の回答に頷くと、手頃な棒の用意を頼む。
 すぐに用意された物で雨紅と騎士がそれぞれ順番に教えていく。
 ある程度基礎を教えた所で、素振りなどを村人達にやらせる。その様子を離れた所で騎士と共に見守りながら、雨紅が騎士に問う。
「リーベとはどういう出会いをされたんですか?」
 言ってから、辛い記憶を思い出させたかもしれないと気付いたが、意外にも騎士はすぐに答えてくれた。
「妹が不治の病でな。手の施しようがないと医者に言われたんだが、それでもリーベ様が尽力してくださった。
 症状を抑えはしても、どうやっても快方に向かわず、妹が救済を望んだ。それにリーベ様が応えた。
 苦しまず穏やかに、眠るようにして亡くなったよ。俺はそれで、彼女に感謝している」
「……辛い事を話させて、失礼いたしました」
「いや、いい。こうしてあっさり話せるようになった自分にも驚いている。気持ちの整理がついているのだと教えてもらえた。ありがとう」
「……あなた様は、忘却の薬を飲んでいないのですね」
「ああ。大事な記憶だ。忘れるものか。それに文句でもあるのか?」
「いいえ、文句などありませんよ。その思い出、大切になさってください」
 指定された回数分の素振りを終えた者達が二人を呼ぶ。
(それにしても、あれ程の方々ならば居場所などいくらでも作れそうですが……)
 共に向かいながら、雨紅は屈強そうな女性達を見てそんな疑問を抱くのだった。
 この半年近くでここまで成長したのだと教えられるのは稽古後の話。

●幼子ほど、よく見えるもの
 時は少し遡る。
 健康診断を終えた子供達を引き連れたキルシェが、リーベと再会した小高い丘のある場所まで戻ってくると、『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)と『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)、それから騎士が二名佇んでいた。
「あら、皆も一緒に遊ぶのかしら?」
「そのつもり、だ」
「遊ぶ人数は、多い方がいいだろう」
 頷く二人と対照的に、騎士達は何も言わない。しかし、彼らが子供達と一緒に遊ぶつもりでいるのだろうという事は、子供達が纏わり付いているのを止めない事からも分かる。
 騎士達とキルシェだけでなく、エクスマリアと沙耶も加わると知って、子供達から歓声が上がる。「やったー!」「何して遊ぶ?」などと話す無邪気さが微笑ましい。
「じゃあ、何がいい?」
「騎士様が転んだ、やりたい!」
「……何だ、それは?」
 沙耶の質問に返ってきた言葉に、エクスマリアが首を傾げた。

 まず、騎士を敵(かたき)にする敵役一名を選び、残りは騎士役とする。
 敵が騎士に対して背を向け、「騎士様が転んだ」と言っている間に騎士が近づき、敵が振り向いたら動きを止める。この際に少しでも動いてしまうと、敵に捕まってしまう。
 捕まった騎士を解放するためには、敵と騎士を繋いでいる指を手で切る事。そして、敵が振り向いて「止まれ!」と言うまで逃げる。
 なお、誰も捕まっていない場合は、敵にタッチを行ない、先述と同じようにするのだとか。
 そして、一番近い騎士役まで何歩歩けば良いのかを問い、返ってきた数字以内で届けば次の敵役はその者になり、届かなければもう一度敵役を務める事になるという。

 複数で話す子供達の言葉を要約すると、こういう遊びらしい。
「楽しそうなのです!」
「ふむ、そういう遊びが、ある、のか」
「やってみるか」
「じゃあねー! まずはじゃんけんで敵を決めるよー!」
 初体験な彼らに遊びを教えるのが嬉しいのか、リーダー格らしい子供が拳を振り上げる。
 騎士達も含めて輪になって、結果、最初の敵役を務めるのはエクスマリアになった。
「『騎士様が転んだ』と、言えば、いいのだな?」
「うん!」
 丘の上にある大樹を敵役の居る場所とし、残りの騎士役達は丘の麓から登っていくのだそう。
 大樹の前に立つエクスマリアが「始めるぞ」と合図をして、背を向ける。
「騎士様が、転んだ!」
 振り向く。登ってきた距離は僅かだが、すぐにピタッと動きを止める彼ら。
「きーしーさーまーが、転んだ!」
 今度は調子を変えて臨んでみる。距離は先程よりは伸びたようだが、バラつきが見え始めていた。
(なるほど、こうやって、調子を変えつつ、相手を少しでも動かすように、してみるのだな)
 やり方が分かってきたぞ、と得心がいったエクスマリアの策略により、その後、二名ほどの騎士役を捕まえる事に成功した。
 結びを解かれた後も、反射で「止まれ!」と言う事で、騎士役との距離を然程空けずに済んだ。
 言われた数を大きな歩幅で進み、次の敵役を生み出す。その役を、沙耶は甘んじて受け入れた。
 先のエクスマリアの様子から彼女もどうやればいいのかは分かってきたようで、エクスマリアのように調子を変えて騎士役の子供達を翻弄する。
 そうしてその遊びを何度か繰り返し、飽きた頃には次の遊びへと移るのだった。

 次の遊びは氷騎士。こちらも先程のように氷騎士役が存在する。そしてその氷騎士役が全ての獲物役を捕まえるまで終わらない、というのがその遊びだった。
 とはいえ、基本的に子供の遊びである。バテたり飽きられたりする事が無いように範囲が定められ、その中で動き回る事になっていた。
 氷騎士に捕まえられた獲物は、檻として区切られたスペースに入れられる。
 その中に数名の子供達と共に放り込まれたエクスマリアが、名乗りを上げながら手加減して子供達に付き合ってくれる沙耶を見やる。もう暫くは子供達と話して大丈夫そうだ。
 傍らの少女に話しかけてみる。
「少し、色々と、聞いても良いか?」
「なぁーに?」
「その、リーベと初めて会った時とか、この村で暮らし始めてからの生活とか、そういう話を、聞いてみたいのだが」
「んー、僕、父ちゃん達と一緒にリーベ様に案内してもらってたから……。前に居たところよりは居心地がいい、ぐらいかなー?」
「そう、なのか。では、リーベは、好き、か?」
「好きだよ! だって、今ね、前のとこよりも楽しいんだ! リーベ様ね、勉強も教えてくれるんだよ!」
「そう、か。それは、良かった」
 少女の眩しい笑顔に、エクスマリアの口元も僅かに緩む。柔らかい雰囲気を察したのだろう。少女も笑顔を崩さない。
「お姉ちゃんも、リーベ様の事、好き?」
「……好きかは、わからない、が。
 助けてほしいと、願うなら、助けたいと、思って、いる」
「? そっかぁ」
 曖昧な返事に首を傾げたものの、深くは考えない事にしたようだ。少なくともリーベを嫌っている訳ではないとわかったからかもしれない。
 視線を戻すと、沙耶は残りの子供達を捕まえるべく、手加減から本気へと移行する様子だった。「私は氷の騎士、結月 沙耶! 君達を全員捕まえてやる!」などと叫んでいる。キルシェが「きゃー! 沙耶お姉さんが本気なのよー! 皆逃げるのよー!」と笑いながら子供達と一緒に逃げていく。
 リーベの関わるこの村で、このように微笑ましい時間を過ごす事が、なんだかとても不思議で。
 金の髪を風に遊ばせながら、青い瞳を持つ目を、細めた。

「……貴方達、大丈夫?」
 資料を持ち、迎えの騎士と一緒に戻ってきたリーベが見つけたのは、エクスマリアと沙耶とキルシェが丘の上に倒れていた姿だったとさ。

●勉学の合間に楽しみを
 『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は、『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)と共に村の中を見て回っていた。
 霊魂の類いがあるか調べていたが、今の所その気配は無さそうだった。村の設立から現在までの間、幸いにして儚くなった者は居ないらしい。
 村人達にも村を作ってからのこれまでを尋ねたりもしたが、得られた回答は様々な種類の薬草や野菜の畑を開墾するのが大変だった事や、乳牛の飼育で四苦八苦している事ぐらいだった。リーベについての話も尋ねてみたが、誰からも好意的な回答ばかり。リーベ教に入信している訳ではないというのも、彼らの言だった。
(彼女といずれ決着をつけるでしょうから、と思って、その前に彼らに聞いて周りましたが、これは……)
 概ね好意的な回答に、もし彼女がこの世から居なくなったらどうなるのだろうという考えが頭をよぎり、被りを振った。そこまで考えていては、彼女との決着に障りが出る。
(とはいえ、今の所、村も貧しい様子は無いみたいですし、少なくともすぐにリーベがこの村にどうこうする事は無さそうでしょうか)
 村の中を回って、一先ずはそう結論づける。
 戻ろうかと思った時、村の外から、一部の村人達と一緒に戻ってきたイズマと奇しくも合流する事になった。
「これからどこへ?」
「リーベさんの所へ行こうと思ってる。そろそろ子供達へ勉強を教えている頃だろう、と村人達から聞いたよ」
「そうですか。では、僕達も行きましょうか」
 鏡禍が傍らのルチアを見やり、彼女も無言で頷く。
 夫婦な二人の邪魔になるようで申し訳なさを感じつつも、イズマも共に歩くのだった。

 小高い丘に到着すると、教鞭を執るリーベの声が聞こえてきた。
 彼女による薬学講座を、子供達は興味津々で聞いている。参加者の中にはキルシェも入っており、ふんふんと頷いていた。
 少し距離を置いてはいるが、エクスマリアも聞いているようだ。彼女としては、毒薬関連をリーベが教えようとしていないかの見張りも兼ねていたのだが、どうやら彼女が教えているのは喉の痛みや熱冷まし、それから傷を負った時に効果的な薬草についてのようだった。
 実際に薬草を見せたりして教えているリーベの様子から、根は真面目なのだろうと思った。その様子だけ見れば、とても彼女が命を弄び、狂気の目を見せていたとは思えない。
 それを見て、イズマはほんの少し目を伏せる。
(リーベさんが、あのような行為をするようになったり、遂行者になったりしなければ、今のようになっていたんだろうか)
 そんな考えが頭に浮かぶ。
 けれど、彼女の立場は自分達との敵対者だ。今のような、誰かに何かを教えるただの薬師になる未来は、無いだろう。……万が一にも、起こりえたら、その時は――――
「イズマさん、この後何かやる予定でもありますか?」
 鏡禍に話しかけられて、イズマはハッと顔を上げた。
「……あ、ああ。折角だから音楽を子供達と一緒に演奏しようかと思っている」
「そうですか。僕はマジックを披露しようと思っているので、先に僕のマジックをやって、次にイズマさんの音楽をやるのが良さそうですかね?」
「そうだな。参加型は後の方が子供達も入りやすいかもしれない」
「では、それでいきましょうか」
 鏡禍が前に進み出る。前を見ると、リーベが薬草を片付ける所で、どうやら一区切りがついたようだった。
「勉強お疲れ様です。息抜きに、マジックでも見てみませんか?」
 鏡禍の申し出に子供達がざわつく。普段こういう催し物に触れる機会が無いだけに、反応してしまうのだろう。
 「いいですよね?」とリーベに問えば、「好きになさい」と素っ気ない返事。それから、彼女はイズマを見て、「あなたもやりたい事があれば好きにしていいのよ」と言った。
 大樹の前へと上り、鏡禍は集まった子供達に向けてマジックを披露する。
 まずは何も無い両手をひらひらと振ってみせて、子供達に確認させる。
 次に、拳を作った。下げて、上げて、拳の形を子供達に見せつけた後に両手を開くと、一輪の花が一つずつ収まっていた。
 驚く子供の一人に花を一輪渡す。残った一輪をもう一度拳に閉じ込めて、今度は色とりどりのハンカチを数珠つなぎのようにして取り出し、伸ばしていく。五、六枚のハンカチを出し切って、端と端を両手で持つ。勿論、その際に拳に閉じ込めたはずの花が無い事も手を広げて見せつけた。
 歓声を上げる子供達の前で、ハンカチをくるくると丸める。広げると、ジュースを閉じ込めた瓶容器が現われて、子供達だけでなく騎士達からも「えっ?!」という声が上がった。
 妖精印の林檎ジュースと名付けられているそれを子供達に一つずつコップを渡して一口分を注ぐ。余す事なく行き渡らせた事に、鏡禍の顔はドヤ顔だ。
「僕のマジックは以上です。ところで、皆さん、音楽は好きですか?」
「好きー!」
「良かったです。では、次はイズマさんによる音楽です。どうぞ、イズマさん」
「ありがとう」
 鏡禍からのバトンタッチに感謝して、入れ替わりで大樹の前に立つ。
 彼は持っていた小物打楽器セットからカスタネット、ホイッスル、タンバリン、マラカス、トライアングルといった小物の楽器を、ランダムで選んだ子供達の手へと渡した。
「それじゃあ、まずは慣れる為に、簡単なリズムから。皆も手拍子で合わせてみてくれ」
「お兄ちゃんはー?」
「俺はコレだよ」
 爪先を上げて、地面を叩く。ピアノのような高い音が流れて、子供達から「えっ、何それ?!」という声が上がる。
「どうやって鳴らしてるの?!」
「それは秘密だな。少しの不思議を、楽しんでくれると嬉しいかな」
 笑って、靴音からピアノ音を奏でる。
 子供達も手拍子や楽器音を合間に流せるような曲を靴のピアノで奏でる。リズムを教え、タイミングを教えれば、飲み込みは早かった。
 まずはゆっくりと鳴らして、慣れさせる事から始める。何度か繰り返し、慣れてきた所で少しずつテンポを速くする事を伝え、その通りにやってみせる。
 子供でも追いつきやすい速度で曲を奏で、手拍子と楽器が合間に響く。
 視線を子供達以外にも移してみる。キルシェも、エクスマリアも、鏡禍もルチアも、それからリーベと騎士達も、一緒に手拍子をしてくれていた。
 なんだか嬉しくなって、思わず笑顔が綻んだ。
 曲の終わりに、イズマの一度の手拍子が鳴る。シンバルのような音を出す事で締めくくった音楽の時間は、子供達の笑顔と拍手で締めくくられたのだった。

●彼女が見つめるいくつかの事
 時をだいぶ遡る。
 村に入り、リーベに頼まれて村人達と交流する事になった時点にまで。
「そうだな、ここは話に乗ってみるとしよう。――まずは、全てを見る。話はそれからだ」
 初めてリーベに遭う事になった『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の一言に皆が頷いた。
 そして、汰磨羈は皆とは別の行動を取る事にして、彼らから離れたのだ。
 彼女が最初にしたのは、料理を担当する者達を探す事。幸いにして、すぐに女性の村人を見つけた彼女は、この村の料理について尋ねる事に成功した。
 が、返ってきたのは、意外なものだった。
「あんたがリーベ様の知り合いかい?」
「? 私ではなく、仲間が、になるが……」
「そうかい。じゃあ、どっちにしろ、問題無いね! 周りの女衆にも声かけるから、あんたも手伝いな!」
「ん?」
「団体さんで来たって話は聞いてんだ! となりゃ、夕食は宴だろ!
 人手が要るんだから、手伝ってもらわないとね!」
「それは、構わないが」
「よしっ! じゃあ、ついておいで! こっちだよ!」
 ハキハキと話す威勢のいいその女性に半ば引きずられるような形でついていく事になった汰磨羈。
 小さな村の中、話が伝わるのは早い。気付けば、広場と思われるような場所に連れてこられており、何人もの女性が材料や調理器具を抱えて慌ただしく準備をしていた。
 並ぶ女性達の中に屈強そうな女性も数人程見られ、目を瞠る。
(何故彼女達はこうも力強そうなのだ……? まさか、リーベとやらが何かを?)
 勘ぐる彼女だが、その予想は外れる事を教えられる。女達は単純に滋養のつく薬草を教えられ、それを摂るついでに己を鍛えた結果筋肉が大いに付いたらしい。その話を聞いて若干困惑した事は否めない。
 とはいえ、最初の目的である料理をする事にした。
「この村にある食材を教えてくれ。それに合わせた料理を教えてやるからな」
「へえ! 頼りにさせてもらおうじゃないかい。ちなみに、一般的な野菜しかまだ栽培出来てないよ」
「ふむ、ならば……」
 芋類が若干多めな食材を一瞥し、汰磨羈は炒め物と鍋物を提案する。
 美味しくするポイントだとかを教えつつ、共に調理を行なっていく。途中、男性に呼ばれて屈強そうな女性達がいずこかへ行ってしまったが、調理を行なう分には問題無く。
 手際よく進めていく女性陣を見ながら、汰磨羈は頷き、呟く。
「この状況下で刃を交えるような無粋な真似はしないさ。代わりに、これの味で勝負させては貰うがな?」
 誰に言うでもない独り言を口にして、調理を進める。
 大体完成した頃、汰磨羈は女性陣に村のあちこちをもっと見てくれと言われ、笑顔で見送られた。「夕飯を楽しみにしてなよ!」と先程の女性に笑顔で言われれば、こちらも笑顔で返さねば無作法というもの。
 調理場と化した広場を後にして、彼女が次に向かったのは小高い丘の方である。
 鏡禍とイズマの催し物で休息を取った子供達が再び勉学に勤しむ姿を見て、「ふむ……」と一瞬思案する。
「リーベ、私も教鞭を執る事は可能か?」
「……子供達に教えてくれるものが増えるのは有り難いけど、何を教えてくれるのかしら?」
「何、そう難しいものもない。科学や舞踏といったものを教えられる」
 首を傾げるリーベ。
 どうしたのかと思っていると、横から鏡禍が助け船を出してくれた。
「多分、こっちだと科学って言っても通じないんじゃないかと……」
「あぁ……」
 指摘の通り、科学という分野は混沌では活かせる場所が限られている。今回のこの場所では科学の概念を説明しても大人達どころか子供達にも伝わりづらい可能性は高い。
 ならば、舞踏のみに絞るのが良いだろうとすぐに切り替え、汰磨羈はその旨を伝える。
 補助をイズマが買って出てくれた。彼の手拍子から奏でられる楽器の音に合わせて舞を披露する。子供でも大人でも踏めそうなわかりやすいステップを踏んだ舞に加えて、微笑みながら踊る汰磨羈の表情よ。涼しげな切れ長の目を流し、引き締まった体で踊る姿は、子供達からの注目を浴びる。心なしか、騎士達からも見惚れるような視線を貰っている気がする。兜に隠れてよく見えぬが。
 特に女子達からの食いつきが良く、教えを請う者が多かった。
 ステップの踏み方、音に合わせて踊る術。
 それらを惜しみなく教えていく汰磨羈。
 踊りを繰り返したからか、心なしか息の上がっている彼女に「お疲れ様」と声を掛けたのは意外にもリーベだった。
「初めて会うのに、全力でやってくれるのね」
「村の事を知りたいのならば、最も手っ取り早く、確実な方法がある。
 本気で村の一員になりにいく事だ。一切の妥協抜きでな」
「なるほどね。そういう姿勢、嫌いじゃないわよ」
 わかりにくいが、どうやら褒められたのだろう。
 「ありがとう」とだけ返し、子供達を見る。
 イズマの奏でる音に合わせて踊る子供達に、知らず、口元が緩んだ。

●それは静かに、けれど確かな繋がりで
 沙耶は後にした丘の方から聞こえてくる音楽に、「楽しんでいるな」と微笑んだ。
 先程まで子供達やイレギュラーズと共に遊んでいた彼女は、今あの場を離れていた。向かうのは、村の中。
 農業関連も力になれるはずだと思い、村人を探す。
 意外にも、すぐに見つける事が出来た。鋼の巨人の周りに集う数人の村人達と一人の騎士の姿があった。
 鋼の巨人――――『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)。
 彼の名を呼び、沙耶はその輪の中に加わった。
「今どんな事を教えているんだ?」
「植物ノ気持チ 教エテ イタ」
「気持ち?」
「水ガモット欲シイ トカ 栄養ガ多スギル トカ ソウイッタ モノ」
「ああ」
 植物との意思疎通が何となく程度ではあるが分かる事がある、というのがフリークライの弁で。
 その力を使用して、畑などの自然改善を試みるつもりらしい。
「となれば、私はその適宜な肥料の量の教え方などが良さそうだろうな」
「助カル。フリックダケデハ 難シイ 思ッテイタ」
「任せてくれ。二人で協力してやっていこう」
 沙耶の言葉に、頷くフリークライ。
 彼らという助けを得て、村人達や騎士が畑に手を加えていく。改良ないし、改善出来るのであればこれほど有り難い事もないだろう。
「騎士サンモ アリガトウ」
「村に協力してくれるのであれば、受け入れる以外に無いのでな」
 仕方ないという風を見せる騎士であったが、それでもフリークライには十分だ。受け入れてくれるだけでもだいぶ違うのだから。
「ソウイエバ フリック 薬草モ詳シイ。
 ケド リーベノ方ガ ソレ 教エテイルカ?」
「ああ、薬草か? 一応教えて貰っちゃいるが、薬草の育成はこっちでやるからなぁ。
 あんた、良けりゃ、良質な薬草の育て方も教えてくれんか?」
「フリックニ 任セル」
 薬草畑を教えてもらい、村人達の案内でその場所へと進む。
 沙耶は野菜類を育てている畑に集中する事にした。
「この村、特産品とかはあるのだろうか?」
「まだ半年だからな。今は食糧になりそうなものを育てるので精一杯だ。
 最近は芋類が多く採れてしまったから、他にも何か作れないかと思っていてな……」
「それならば、次はこの野菜をどうだろうか?」
 提示したのは枝から生る野菜類。
 次に行商が来た時にでも購入し、試してみると返答を貰った。
 触れる事で土の状態を確認し、ここで行なっている肥料の作り方も教わる。分量及び割合について伝え、実際に新しい肥料を作らせてみる。
 対してフリークライは、薬草畑でも植物の意思を聞いていた。断片的なものではあるが、栄養過多や薬草の植え方などを教えてもらい、それを村人達に伝える。
 そうしてある程度の時間が経ち、気付けば夕刻も近くなろうという頃になっていた。
 作業も一段落した頃に、フリークライが村人に尋ねた。
「ソウイエバ リーベ コノ村デ教エテイル事以外ニ 何カシテイルノカ?」
「あったっけか?」
「いや、あっただろ。村の外れに墓作ってたし、来る度あそこに墓参りしてるぞ、リーベ様」
「墓?」
「何の墓かは知らんが、この村で亡くなった者は居ないから、リーベ様の個人的なものだと思う」
「ソウカ。情報 感謝スル」
 フリークライと沙耶の視線がそっと合わさる。
(行ってみるか?)
(行コウ)
 アイコンタクトで伝わる互いの意思。
 行動を決定したところで、村人達から声がかかる。
「まあ、折角だ! 教えてくれたお礼もあるし、今日は宴も楽しんでくれ!」
「えっ?」
「こんな時間まで居てくれたんだ。暗くなるんだし、泊まらずにどうする。
 それに、リーベ様の知り合いならもてなすのが礼儀ってもんだ!」
 半ば押し切られるような形で、宴に参加する事になったのだった。

●互いの意志を墓前に添えて
 宴も終わり、夜も更けて暫く。
 暗闇の中、ランタンの明かりだけを頼りに村はずれへと進む人影が一つ。
 整理された区画の中央に佇む小さな墓。
 人影――――リーベは、灯りを地面に置き片膝をついてもう片方の手に持っていた花束を墓前に供えると、両手を組んで祈る。少し冷たくなった夜風が茶色の髪を撫でていく。
 両手から顔を上げた彼女は唇を開いた。
「……宴の主役が、どうしてこんな所に来てるのかしら?」
 ふわり、と暗闇に灯りが点いた。浮かび上がる鋼の巨人。それから、人影が続々と。今日訪れたイレギュラーズ全員がそこに立っていた。
「覗き見なんて、いい趣味してるじゃない」
「そちらこそ、供も連れずに一人とは、余程の自信でもあるのか?」
 汰磨羈の返しに、リーベが答えたのは溜息のみ。
「それで? ここに来たという事は、私と何か話でもあるのかしら?」
「そうだな。今日この村で過ごしていて、感じた事とかを話したくて来た。
 こんな村を作っておきながら、長には収まらずに慰問で済ます。リーベよ。御主は、この村の中に何を見ている?
 何を望んでいる?」
「言ったでしょう、生存戦略よ」
「そうだったな。では、別の質問をしよう。
 ――何に、想いを馳せている?」
 一瞬だけ瞼が閉じる。
 開いたと同時に唇から紡がれたのは、「さぁ、何かしらね」という曖昧な返答だった。
 尋ねた汰磨羈はその質問すら予想の範囲内というように、頷く。
「御主がこの村を、何の理由もなしに気まぐれで作るとは思えない。
 余程の事情を抱え込んだ者の所業にしか思えんのだ。
 ――生存戦略、と言ったな。
 『何から』生かすつもりで、この村を作った?」
「……そうね。強いて言うなら、『運命』かしらね」
「運命?」
 意外な返答に声を上げたのは、エクスマリアだった。
 あれだけ歴史を修正するだとか言っていた女の口から真逆の言葉が出てきたのだ。驚かない方が無理だろう。
 尋ねる言葉を考える中で、次に声を上げたのは鏡禍だ。
「僕にはリーベがわからないです。
 ただのリーベ教教祖なら別に何とも思わなかったでしょう。ただの遂行者として活動するのだとしても、同じように。
 でも、遂行者としての姿と教祖としての姿が矛盾してるように見えてるんです。
 リーベは、どうして遂行者になったのですか? 帳の向こうにご友人の姿でも見ましたか?」
 ぶつけてくる疑問に、リーベは一度空を仰ぎ、それから彼を見た。
「以前にも話したけれど、数多の命が死という救済を望むのが歪められた歴史の結果なら、修正すべきだと思っただけよ。
 修正した世界で、出来るだけ死という救済を求める命が減るように。
 ただ、それだけ。別にあの子の姿を見た訳じゃないわ。……見れたら良かったでしょうけど」
 どこか遠い目をして言葉を紡ぐリーベに、キルシェが進み出て名前を呼ぶ。
 小さな聖女へ視線を向けた彼女に、キルシェが真っ先に話したのは、謝罪だった。
「ごめんなさい。
 あの時の素直な気持ちだったけど、ルシェの気持ちを押し付けてリーベお姉さんを傷つけたわ」
 小さな聖女の本心からの謝罪に、リーベの目が僅かに開く。
 一つの成長を遂げたキルシェの緑の目が、聖女らしい輝きを放つ。
「だから、ルシェは……リーベお姉さんの考えとか気持ちとか知りたいの。
 もう二度と、傷つけたくないから」
「…………ほんと、傲慢ね。小さな聖女様?
 でも、その成長は、素直に認めるわ。それから、私もごめんなさい。大人げない怒り方をしたわね」
 まさかリーベからも謝罪が来るとは思っておらず、イレギュラーズの誰もが息を呑む。何故だか、初めて話が通じたような気さえする。
 顔を綻ばせたキルシェと、僅かに口元を緩ませたリーベが微笑み合う。
「リーベさん」
 イズマが呼ぶ。
 ほんの少し申し訳なさそうな声で、彼は彼女の後ろの墓へと視線をやる。
「その墓は、誰の墓だ?
 以前言ってた、救えなくて自死されたという人のもの、なのか?」
「いいえ。これは、貴方達イレギュラーズによって斃された私の可愛い子達の墓よ。
 あの状況では埋葬も出来なかったし、少しでも人の多い場所の近くで眠ってもらいたくて」
「リーベさんの居る場所じゃダメだったのか?」
「私の周りは人が減ってきているのよ。そんな中で眠らせたら、この子達が寂しがるでしょう。
 だから、生きている人達の近くがいいの。いずれ私も居なくなるもの」
 墓を撫でながら遠い目をする彼女の言葉に、息を呑んだのは誰だろう。
 「居なくなる」という事。それはつまり、そういう意味だ。
 悟ったイズマは、一度目を閉じてから、開ける。
「……生きるって辛い事も多いよな。でも消せない過去を抱えて俺達は生きてる。
 その在り方こそが修正され得ない唯一無二の歴史の大切さを証明してると、俺は思う。
 俺の覚悟は、全てを公平に見つめ、信念を歪みなく貫くものだ。
 だから今日は話せて良かった。ありがとう。
 そしていつか貴女の正義が俺とぶつかる時には……戦おう」
「それならば、私も。
 私は、あなたの心と大切なものは否定したくありません。それは正しさの為でもなく、信念だからです。
 だから、次にお会いする時は、お互いの大切なものの為に戦いましょう」
「……そうね。その時は、互いに悔いなく」
 イズマと雨紅、リーベ。三者共に覚悟を決めた目で見つめ合う。
 「失礼」と一言断りを入れて、沙耶が言葉を重ねる。
「この村で過ごしてみて思ったのだけども。君はこの村の者のように生を求める者には生を与え、死を求める者には死を与える……立派な薬師なんだろうなと。
 だが、だからって手は止められない。リーベ教に遂行者……それはきっと私達と相容れない」
「それは当然の事だわ」
「けど、これはただの正義の押し付け合いだ。どちらが正義かはきっと歴史が決める」
 彼女が口にした「歴史」の根拠に、リーベは何も返さない。
 それを見た上で、沙耶は続ける。
「それでも……リーベ、君が人々をこうして救っているという事に、私は一人の人間として、心から敬愛するよ」
 思いがけず称賛の言葉を貰い、目を瞬く。
 フリークライが、同感だというように大きくゆっくりと頷いて見せた。
「村ノヒト達 君ニ救ワレタケレド。
 君モコノ村ニ救ワレテル 思ウ。
 生存戦略 生キテ欲シイトイウ願イ。君自身生キ続ケラレル理由」
 鋼の巨人の音は機械のそれだというのに、言葉には命が――心が宿っている。
「キット 村 大人達。
 死ネナカッタ 死ヲ救イニ出来ナカッタヒト達ニトッテ。
 死ヲ救イトスル リーベ 生キテイイノダト居場所 用意シテクレタコト。見捨テナイデイテクレタコト。
 ソノモノガ救イダッタノダロウ。
 ダカラ 今 笑エテル。活キ活キシテル。
 形 違エド 彼ラニ リーベ救ワレタ。
 リーベ 君達 救ッタ。
 ソレデ イイト 思ウ」
「…………馬鹿ね。気まぐれかもしれないのに……」
 言葉に詰まりそうな彼女の声に、フリークライの言葉が彼女に刺さった事は明らかだった。
 俯いたリーベへ、エクスマリアが声を掛けるべく口を開いた。
 今なら彼女に届くだろうか。以前にも話したこの言葉が、どうか、届いて欲しいと祈りながら。
「教祖でも遂行者でもなく、ただの薬師として、生きていく道はないのか。
 この村は、それが許される場所ではないのか」
 今日、ここで見たリーベは年相応の女性のようだった。遂行者でも教祖でもない、ただの一人の薬師に見えた。
 子供達から伝わる嘘偽り無い言葉は、彼女の本質に思えるのだ。
(本当にやり直せないことは、きっと命だけのはずだから)
 償いをしつつ生きていくのなら、自分は彼女に――――
「ルシェは……ううん、ルシェも、やっぱりリーベお姉さんには笑顔を守る薬師になってほしいわ。
 だって、笑顔を守れるってすっごく素敵なことだもの!
 子供達も、大人も、騎士達も、笑っていたのよ! リーベお姉さんのおかげなのよ!」
 キルシェの叫びはエクスマリアの言葉を後押しする。
 届け、届けと祈りながら紡がれた言葉は、リーベの瞳を揺らがせるのに十分すぎた。
「無理よ……だって私は、魔種だもの……貴方達の、敵だもの……!!」
「こんの、馬鹿!」
 今まで黙っていた聖霊が、我慢ならないと声を上げた。
「本当は生きたいんだろうが、お前は。助けて欲しいならちゃんと口にしろ。
 助けてって言え、この馬鹿野郎!」
 この期に及んで本音を隠そうとするリーベを叱り飛ばす。
「たとえお前が魔種だろうがな、俺は生きたいと願う患者を見捨てる気は無いぜ」
 傲慢。されど、それは確かな信念。
 それを受けたリーベの目が揺らぎ、零れたものを、誰もが見た。
 頬を伝い落ちたものをなぞって拭き取ると、彼女は笑った。悲しげに、さみしげに。
「…………馬鹿ね。本当に、傲慢で、お人好しなんだから」
 その真意を、イレギュラーズに伝わったかどうかは定かでは無い。
 それからすぐに、その場を追い返されたから。

 翌朝、先に村を出たリーベから預かったと、村人達からイレギュラーズにある物が渡された。
 その中に入っている物を、どう受け止めたかは、その者次第だ。

成否

成功

MVP

キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女

状態異常

なし

あとがき

皆様のプレイングのおかげで、リーベの気持ちにも変化があったようです。
今後彼女がどうなるのかは、次の登場を楽しみにお待ちください。
MVPは、彼女から意外な言葉を引き出した貴女へ。

PAGETOPPAGEBOTTOM