シナリオ詳細
<アンゲリオンの跫音>烈日のホワイトローズ
オープニング
●
法は罪の自覚によって生じ、信仰は義となり地へ満ちる。
聖印を受け入れた者、その名を信じた人々は幸いです。
絶望も退廃も虚栄もない世界を。
私達は何度でも救いの御手を差し伸べましょう。
――――『遂行者』テレサ=レジア・ローザリア
●
――国境。
鉄帝国からはベーアハルデ・フォレスト、天義からは殉教者の森と呼ばれる場所だ。
帝国軍強襲揚陸戦隊の元戦隊長ガハラ・アサクラは、小さな教会を制圧していた。
国境沿いということもあり、夏というのに大気は肌寒いほどだ。
名をサン・アドルフィト教会という。近くの小村の墓地を抱き、司祭は普段畑を耕す温厚な人物だった。時に巡礼者が立ち寄り、祈り、一泊していくといった程度の、どこにでもある教会だ。
礼拝堂には真っ赤な赤が飛び散り、数名の人々が倒れている。
「さあ、正しきを祈りましょう。救済の時は迫っています」
美しい少女――遂行者テレサ=レジア・ローザリアが、祭壇の前で歌うような声音で述べた。
傍らには、やはり美しい少女が控えている。天使のような姿をしており、悲しげな表情を浮かべながら。
「興味はないが、我が隊はお眼鏡にはかなったろうか?」
「ええ、もちろん。今後とも、どうぞよしなに」
直立不動のガハラが、テレサへと敬礼する。
ガハラは元新皇帝派の将校で、要するに残党だ。
構成員共々に多くの罪を犯しており、ほとんどが極刑を免れまい。
多数のならず者を抱えるが練度は高く、戦後は帝国を離脱してカルト結社『綜結教会』と手を結んだ。
この日は、とある兵器の運用試験を行っていた。カルト結社が幾度か行ってきたもので、この教会は哀れな犠牲者ということになる。
(狂っているのだろうな、私は――)
ガハラは眼前のテレサという少女が、魔種であることを知っている。
だが自身が『原罪の呼び声』というものに晒されているのかは、よく分からない。
実のところ、そうではないという気もする。
何せ帝国内乱の際にも、かの憤怒の呼び声すら届きもしなかったと思えるからだ。
(……道は、いつ違えたか)
ガハラが率いる部隊は、ならず者あがりばかりだった。
街を歩けば暴行や窃盗を繰り返してきた、どうしようもない者達だった。
新皇帝派に所属し、配属された彼等を見てガハラは目も耳も疑った。
けれどあの時、ガハラは――どんな人間でも生きていける社会が来るのだと考えていた気がする。
戦いは終わり、何も出来ないまま、何者にもなれぬまま、全てが終わった。
そして綜結教会に拾われたのだ。
彼等は多くの宗教団体と同じく救済を掲げているが、このたび『遂行者』に力を貸すのだと言う。
救済と魔種と、どう結びつくかなんてまるで分からない。
(私には、どうでもいいことか)
結局のところ――
(――今や世界の敵、か)
ガハラは紙巻き煙草を咥えて火を付けると、小銃の点検を始めた。
辺りの死体も、錆びた生臭い臭いも、これまで何度もやってきたのと同じこと。
いまさら感慨もなければ、感傷すらない。
だが遂行者とやらの考えは、まるで理解が出来なかった。
(魔種は狂気の産物なのかもしれんが)
わざわざこの教会を潰したことに、何ら益があるとは思えなかったからだ。
「これは貴様等の望みを叶えたまでだが、いずれにせよ交戦は避けられまい。こちらにも用意はあるが」
「ええ、助かります」
述べたガハラにテレサが頷いた。
おそらく事件を追うローレットのイレギュラーズがやってくるだろう。
もっとも――ガハラ達にとっては(逆恨みに近い)復讐相手とは言えるのだが。
(死に場所なんて、今更どこだっていい)
ふと聞こえた声に、ガハラが視線をあげた。
「あなた方『遂行者』の理想には、我等が異神も協調なさっております」
一人のシスターが、犠牲となった司祭の遺体を見下ろしながら述べた。
穏やかそうな女性であり、この教会に尽くしてきたはずの人物だが――
「――この第二ノ乙女『統一卿』エヴァが、力をお貸ししましょう」
「そうですね、見せて下さいな。我等が『真神』を前にして、なお『異神』を名乗る存在の御業を」
「もちろん。全てを究極の一つとするまで、私達は共にあるでしょう」
「救いの先は、同じですものね」
テレサは艶やかに微笑んだ。
●
石造りの質素な部屋は、聖都フォン・ルーベルグに設けられたローレット支部の一室だった。
タペストリーに描かれたのはとある聖人の奇跡で、近くには向日葵の花瓶が飾られている。
清貧と質実剛健を併せ持つ、いかにも『この国らしい』会議室だ。
「お仕事です、私の死神さん」
「……ああ」
シスター服の少女――エリカ・フユツキは、ひもで閉じられた紙束をローテーブルへ差し出すと、クロバ・フユツキ(p3p000145)へ座るように促す。
そしてクロバが硬いソファへかけると、寄り添うように隣へ腰を下ろしてきた。
クロバは僅かに離れるが、エリカはぴたりと付いてきた。
「エリカ……君な。普通は正面に座るだろう」
「家族が仲睦まじく過ごすのは、この国の正義にも適いますよ。私の『保護者』の死神さん」
エリカは表情を崩さないまま、口元だけでくすくすと笑った。
「私、雷が怖いんです」
それは確かに、ひどく轟いていた。
彼女は数年前にクロバが保護した少女だ。
かつては天義国内の小さな修道院で暮らしていた。
だが今亡きアストリア枢機卿に、目を掛けられていたようだ。
アストリア枢機卿は天義決戦の際に討伐された悪辣な魔種である。
しかし妙に人間らしい所があった。
少女と枢機卿は、おそらく善意で結ばれた不思議な関係だったのだろう。
枢機卿は身寄りの無いエリカにとって、心の支えだった。
けれど戦後、魔種と懇意にしていた少女というのは『不正義の象徴』として、あやうく『やり玉』にあげられそうになったという。
一部の過激派からは異端審問の話まで吹き上がったが、もちろんエリカには全く罪などなかった。
天義上層部は、そうした理不尽な行いを硬く禁じている。
だが誤って『事』が起ってしまえば、後から罰しても遅い。
そこでクロバは少女を保護して、深緑にある自身の領地へと逃がしたのである。
枢機卿を斬ったクロバ自身が、彼女のトラウマそのものであると知りながら。
ともかくほとぼりが冷めた今、エリカは当人たっての希望で勉学ついでに天義へ戻り、黒衣の騎士団を支える役目を担っているのだった。
エリカは多感な時期にもさしかかっており、精神的にクロバへ強く依存しているらしい。
いずれどうにか自立させてやらねばとは思っているが――それはさておき。
「やっほー! セララだよ! こっちはお土産のドーナツ!」
クロバがどうにか少女の正面に座り直した頃、仲間達がやってきた。
一同はセララ(p3p000273)に礼を述べ、茶と菓子を囲みながら本題に入る。
「やはり気になるのは『神の国』、そして『遂行者』であろう」
資料をめくったリースヒース(p3p009207)に、一同が頷く。
彼等は恐らく冠位傲慢の先兵と思えた。
「しかもターゲットは天義のみならず、全世界と来たものです」
そう返したディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)は、練達政府筋だ。練達を初めとして世界各国を巻き込んだ事態にあたって、天義の騎士団へと出向している。
「あやしい宗教もありまスね」
「あーなんか、あの長い名前の詐欺店とか経営してた」
佐藤 美咲(p3p009818)に普久原・ほむら(p3n000159)も頷いた。
カルト結社『綜結教会』が、練達で資金調達用のフロント企業を経営していた事件もあった。
ともかく世界全体へと魔の手を伸ばすほど、敵の陣容は厚いようだ。
さすが七つ罪の代表格たる『冠位傲慢』といったところか。『神の国』なる権能といい、ひょっとしたら神でも気取っているに違いない。
「しかしこの部屋、クーラーでも売り込めそうだね」
そう述べたマキナ・マーデリックはディアナと同じく練達からの出向人であり、具体的な組織としては美咲と同じになる。
詳細はともかくとして、これは世界中が向き合わねばならない問題の様相を示し始めていた。
「相手はなかなか厄介な兵器を有していると言えるよ」
マキナが言うには、敵は対人戦車などという訳の分からない兵器を保有するらしい。
元は帝国が南部戦線に配備するための代物だったが、幻想の兵士相手に戦車とは過剰にも程がある。
結局利用されないまま、戦乱のどさくさでテロリスト達の手に渡ってしまった。
元新皇帝派の残党だ。これも綜結教会に与するらしい。
「対イレギュラーズ戦車、ね」
戦車には厄介なカスタマイズが施されているようで、なかなか面倒そうだ。
「そのカルト宗教については、情報が入ったわ」
切り出したのは長月・イナリ(p3p008096)だった。
彼女もまた『杜』という独自の強力なネットワークを有し、事件の背後を探っている。
情報によると、どうも綜結教会は、まるごと『遂行者』達に肩入れするつもりらしかった。
その背後には杜が『狂神』と呼ぶ恐るべき存在が居るようだが、これも結びつくだろう。
「どっちみち、放っておける事態じゃないわね」
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)もまた、ラサで天義出身の魔種と交戦していた。その背後もこの事件へとつながるらしい。
「そして遂行者テレサ=レジア・ローザリアと……」
なるほど「考えることが多い」と新田 寛治(p3p005073)が唸る。
どうやら事件は同時多発的に発生している。
一つはこの聖都、もう一つは――「帝国との国境沿いですか」。
ふと寛治が隣を見ると、スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が首を傾げている。
「うーん、なんだろう」
スティアは先程から指輪――リインカーネーションの様子を気にしている。
これは彼女の家が代々受け継いできた聖遺物だ。
それがこのところ、どことなく違和感を覚えるのだ。
こうなってくると、遂行者達が行う『聖遺物を汚染する』という現象も気になってくる。
指輪には聖霊が宿るとされるが、それが『失われてしまっている』と思えてならないのだ。
いずれにせよ、まずは目下の事態を収拾せねばなるまいが。
- <アンゲリオンの跫音>烈日のホワイトローズ完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月25日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
白樺の群生林を歩く。
盛夏の緑は、しかし淡く。
低い気温もまた、この地が帝国との国境沿いであることを肌身に感じさせている。
空はやけに近く感じられ、日差しそのものは強い。
けれど肌を撫でる風は涼しく、いかにも高原らしかった。
そんな木漏れ日を進む『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)の楚々とした情調は、正に自然体と見える。清廉な心を抱く数々の巡礼者が歩いた、この道を思えばいかにも相応しい。
けれどそんなアンナの内心は、燃え上がるかのようだった。
(半年前に邪神を倒したと思ったら真神に異神に……)
今年は神様のバーゲンセールでもしているのだろうか。
それとも言ったもの勝ちのルールで生きているのか。
(……何にしても気に食わない連中ね)
この日、イレギュラーズは天義からの依頼を受けていた。
(問題は尽きないが……エリカからの依頼となるとはな)
依頼主は、心の中でぼやいた『真意の証明』クロバ・フユツキ(p3p000145)が保護する少女だ。
諸々のいわくはあれど、天義における黒衣の聖騎士団に所属する真面目な司祭である。
その後ろを歩くのは『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)だった。
(お師匠……クロバさんが来ようとしてたから勝手についてきたけど)
見えてきたのは墓地を抱く、ひっそりとした教会だ。
なんだか寂しい場所に思える。
「では偵察を引き受けよう」
使い魔を放ったのは『影編み』リースヒース(p3p009207)だ。
情報によれば、この教会が神の手先を名乗る不逞の輩共に占拠されたということである。
とはいえこんな場所、シキに言わせれば「100歩譲っても防衛の要所には見えない」。
「やはり予定通り、正面から制圧する他にないか」
「こんな辺境の教会を制圧する意味……目的は釣り、ですかね」
リースヒースから情報を受けた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が首を捻る。
本件は類似するものが同時多発的に発生しており、本命は聖都フォン・ルーベルグと思えた。
「わたくしも、それ自体は間違いないとは思いますが」
同行するディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)も考え込んでいる。
「――アサクラ隊、か」
腰に手を当てた『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の言葉は、吐き捨てるかのようだった。敵には帝国の脱走兵の一団が混ざっており、その名自体は大佐であるエッダも知る所だ。
「……」
「教会の中は、残念だが」
リースヒースが亡者の霊から『聞き出した』情報によれば、一人を除いて皆殺しの有り様らしい。
内部は完全に虐殺の様相であると。
一方でリースヒースと共に黙々と偵察を続ける『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は、どこか心ここにあらずといった雰囲気もある。おそらく思う所があるのだろう。
「どうにか奇襲路線でいけそうスけど」
「あーそれは、ありがたいと言うか」
振り返った美咲に普久原・ほむら(p3n000159)が頷いた。
美咲は仕事自体については、もちろんのこと着実にこなしている。
「綜結教会の連中、他の組織と手広く交流しているわね」
それに――
「AIT-1の生産も順調に生産しているみたいだし」
溜息ひとつ、『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は一行に情報を展開する。
敵の陣容を組織単位で分解すれば、イナリの分析通り複雑なものとなる。
まずは本命。おそらく冠位傲慢派の魔種と思われる『遂行者』の一派。これらは『帳』『神の国』などと呼ばれる現象を引き起こしている。過去を塗り替えうる権能の行使を目指しているようだ。
遂行者のテレサは何らかの意図をもって『救済』と呼んでいる。
次に『綜結教会』。カルト結社であり、目的はやはり『救済』。この世界に存在するありとあらゆる全ての統一という胡乱な教義だ。あがめられているものが『狂神』であり、これは世界滅亡からの再誕が目的であるらしい。イナリが所属する杜はその状態を『グレイ・グー』と称した。それは自己増殖する人工生物が全てのバイオマスを平らげてしまうという『終焉』を意味する架空の事象だが、果たして――
そして先程アンナが憤っていたが。綜結教会は遂行者があがめる存在を『真神』、綜結教会があがめる狂神が『異神』と呼んでいる。
おまけに加えてアサクラ隊。鉄帝国新皇帝派の亡霊だ。
「気になることはいっぱいだよね」
とはいえ――『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は思う。
スティア個人にとっても非常に気になる懸案が存在していた。
だが『まずは事態を収拾せねばなるまい』とも。
「そうだよね。それじゃあ、そろそろ行こうか!」
ドーナツを飲み込んだ『魔法騎士』セララ(p3p000273)に一行が同意し、一気に駆け出した。
●
「――敵襲ッ! 迎撃を開始せよ!」
敵軍の鉄帝国元少佐ガハラ・アサクラが叫んだ。
小型戦車の砲塔が旋回し、軍人達が小銃を構える。
場慣れした即座の十字砲火は見事なもので、互角条件であれば聖騎士団でも苦戦は免れまい。
――だが。
美咲の素早いハンドサインを横目に、エッダ達は一気呵成に敵陣へ浸透する。
誤射を恐れてにわかに止んだ銃撃と、即座の陣形立て直しは――しかしエッダが放つ雷撃の拳を阻むことは出来なかった。
「今日の『黒現のアバンロラージュ』は、いつもよりよく走る!」
敵陣中枢に踊り出た漆黒の馬車を駆るリースヒースは高揚を隠さず。
放つ術式は魔力の流れを最適化するものであり、予測される長期戦を下支えするものだ。
セラフと雷をインストールしたセララが聖剣を構えた。
「行くよっ! ギガ! セララ! ブレイク!」
迸る雷撃の軌跡が敵陣をなぎ払う。
寛治の銃弾が追うと同時に数名が続き、イレギュラーズの猛攻がはじまった。
美咲を中心に組み立てられた連携は強固かつ迅速なもので、立て続けの攻撃に敵軍は戦力をまるで発揮することが出来ていない。特にアンチイレギュラーズタンクなる厄介な代物は、恐ろしいはずのスペックをカタログ上の喧伝に押しとどめられていた。
まずは奇襲が成立している。
「――ッチ、さすがはローレット。一筋縄ではいかんか」
ガハラが小銃の引き金を引くが、滑り込んだエッダが押し上げるように靴底を当てる。
蹴り抜くと同時に十数発の銃弾が青空へ消え、小銃は回転しながら宙を舞う。
愛銃を即座に見捨てたガハラはコンバットナイフを突き込む。だがエッダは刃を手甲に滑らせ、そのままガハラの顎へ雷撃を纏う掌底を叩き込んだ。即座に跳ぶことで脳震盪を防いだガハラだが、ガラ空きとなった胴にエッダの蹴りを受けて吹き飛ぶ。
しかし身を捻って着地しながら、ちゃっかりと距離をとったあたり、さすがは元帝国将校である。
「よりにもよってフロールリジまでお出ましとは、これはいよいよヤキがまわったか」
「一から十まで被害者面だな、少佐」
「……貴様には分かるまい」
「だが安心しろ。貴様の行いに罪はあるが、この邂逅はそれとは無関係だ」
「……」
「ただ、過去が貴様らに追いついた。それだけの話だ」
「そうなんだろうさ」
「アサクラ隊――あぁ、あの懲罰部隊ね」
「ンダトコラ!」
イナリの挑発に、軍人崩れの男達が敵意を剥き出しに吠えた。
「虐殺に強奪に、帝国政府の自浄作用はどうなっているのかしら」
「まあ、言ってくれるな。その役目は私の責任において全うする」
「――そうだったわね。もちろん力添えはさせてもらうわ」
イナリのカービンが至近から火を吹き、アサクラ隊の一人が倒れた。
目を開けたまま仰向けに倒れた男に、美咲は思う。
(……普通に言って、死んで当然でしょうね)
マフィアやチンピラ、粗暴犯などの不適格者ばかりを集めた隊だ。
昔のガハラ自身は真っ当な軍人だったようだが、新皇帝派として数々の戦争犯罪に手を染めたこともまた事実である。自国民すら手にかけた隊は、ガハラを含め少なくともほとんどが極刑を免れまい。
対人戦車の砲塔を殴りつけ、軌道を逸らした美咲は思う。
彼女等との戦いに際して――
(……私はどうなんだ?)
――だからこそ思ってしまう。
自国民を手にかけることが罪だというならば。
美咲が所属する『諜報機関』という代物は、時に国益のため自国民をも犠牲とする。
機関にとって都合のいい技能を持っていたとして、ある意味では利用されたとして。
(あの世界に罪を置いて逃げた私は……)
――私は、そんなに偉いのか?
美咲はゲバルトで剥がした誰かの爪の感触を覚えている。
機関に殺されたセクトの誰かの悲鳴を覚えている。
訣別とした左腕が幻痛に疼く。
喉の奥に絡みつくようで、息を絞る。
「え、マジ、なんかその、だいじょぶですか?」
剣を抜き、背中合わせに立っているほむらの声がした。
「……ああ、また考え事でス」
「……えぇ」
「神絵師の腕とはよく言いますが、どこ食べたらほむら氏の代謝が手に入るかなーって」
「は!?」
「食べる? そのお話、詳しくお聞かせいただけますか?」
「意味ちがいまス、ディアナ氏」
「ご存じとは思いますが、普久原様も身体だけはドタイプですの」
「ちょ、を、ま」
ほむらが頬を真っ赤に染めて、目を白黒させる。
軽口はともかく、やはり美咲の気は晴れず。
「……顔色が悪いぞ、美咲。戦いを前に余計なことを考えるんじゃない」
「そスね、スイマセン。つい気が散って」
もっとも発破をかけたエッダとて、これには自戒も大いに含まれよう。
ガハラは腕も立つ上、練度も高い。
イレギュラーズに押されているのはガハラの不足と言うより、自身が勝っただけのこと。
帝国は結局ガハラ・アサクラという指揮官を、失うことに違いはない。
それはやはり、やりきれない気持ちにはなる。
――そんな時だった。
●
「――ッ来るわ」
イナリの銃弾が教会の戸ごと悪霊へ蜂の巣を穿つ。
悪霊の絶叫が迸る最中に、数名の新手が姿を見せた。
「エミリア、可哀想に。痛かったでしょう」
遂行者――テレサ=レジア・ローザリアが悪霊を撫でる。
「正解だったみたいね」
「本当に抜け目ないのね」
イナリへ、テレサは残念そうに肩をすくめた。
「ああ、戦況は上々といったかしら、アサクラ様?」
「……遅すぎる。この状況を見てわからんのか?」
交戦開始から、既にいくらかの時間が経過していた。
一行は敵陣をなぎ払い、天使や兵士達は徐々に数を減らしつつある状況だ。
そんな中で、ようやく教会から姿を見せたテレサの物言いに、ガハラは不快さを隠しきれなかった。
「いえ、上々は上々です。物事が予想通りに運ぶことを喜ばない者はいないでしょう」
「……貴様!」
「お控え下さい、ガハラさま。テレサさまもお戯れを」
続いて姿を見せたのは、おだやかそうなシスターである。
青い光を戴く錫杖で地を打つと、美しい白の装束に姿を変えた。
「お初にお目にかかります、イレギュラーズ。綜結教会『第二ノ乙女』エヴァと申します」
だが何よりスティアの目を引いたのは――
「もしかして」
一瞬、声が詰まる。
「そう――なんだよね?」
「……」
テレサの背後に浮かぶ翼の天使に、スティアは確かな覚えがあった。
伝家の指輪――ヴァークライトの聖遺物リインカーネーションに温かな熱を感じる。
ずっと失われていたと思えた聖霊の姿だ。
だが翼は先端から徐々に黒く染まりかけている。
おそらく遂行者による聖遺物の汚染という現象だろう。
初めて見たが、すぐに分かった。
自身をずっと見守ってくれていた存在に、自然な感謝の念が浮かぶ。
そして一目見ることの出来た嬉しさと――その瞳を見て感じる悲しみと。
「……」
「もうしわけありませんが、こうして分断(シスマ)させていただいておりますので」
テレサがリインカーネーション・シスマの肩を抱き寄せた。
「待って!」
スティアへ向けて、聖霊は一粒の涙をこぼしてテレサの影へと消えた。
テレサの指にスティアと同じ形をした指輪――ただし黒い――が現われると同時に、その魔力が一気に膨れ上がるのを感じる。こうして利用されているのだろう。
(なんとか、しなきゃだよね)
けれどスティアは聖句を紡ぎ、決然とテレサを見据えた。
「それでは、お手並み拝見と行きましょう」
テレサの指先が導くまま、顕現した数体の霊がスティアを襲った。
「正しき歴史を導きましょう。過去の過ちを塗り替え、やがて救済へと至る」
「させないよ」
叩き付けられるような魔力に、両手を突き出して結界を展開したスティアの踵が地を抉る。
だが――その瞳は力強い煌めきを湛えたまま。
この程度で決して倒れようはずはない。
「歴史を変えて何となす?」
癒やしの術式を紡ぎながら、リースヒースが問う。
戦場を蝶が舞い、輝きが一行の背を温かく支えている。
「歴史は、死者は、記憶されるからこそ、尊く、大事なものとなる」
「そうでしょうとも」
「人はそこから学ぶ。人は常に過去を弔いながら、生きている」
「ええ、それで?」
「故に、歴史に『もし』はなく、蘇りもあってはならぬ」
「ええ、きっとそうなのでしょう」
「たとえ御身らから見て壊れた歴史であっても、我々はそれを生きてきたのだから」
「ですが、だからこその『奇跡』。神の超常」
テレサが微笑んだ。
「常世の理を越えるからこそ、神の御業と言えましょう」
「御身はそう言うが、人の世を外れたものが人の神とは言えまい」
「ええ、だってこれは地上の教会が定めるのではなく、天の教会の意思なのですから」
「なるほど、それが御身等の理屈というわけだ」
「それを天の意思だなんて呼ぶことには、抵抗どころじゃないものを感じるのだけれど」
戦場を駆け抜けたアンナの言は鋭い。
「それで、ご機嫌よう。長閑な教会のシスター様」
踏み込みからの一閃、切っ先が喉元へ迫りエヴァの魔力障壁に突き立つ。
「随分なご挨拶ですね、ミルフィール様」
流石にアンナを知っているか。
「突然暴力に目覚めて宗旨変えでもしたのかしら?」
「宗旨変えも何も、私はここを利用させて頂いていただけですので」
「つまり、潜伏してたって訳ね」
「はい、仰る通りです」
ということは、天義のシスターではなく、綜結教会の手の者なのだろう。
「たぶんだけれど、こうやってネットワークを拡大してるんじゃないかしら」
「……厄介極まるわね」
イナリの推測に、アンナが答えた。
いずれにせよ手口は分かってきた。
やはりフロントを偽装する手腕には長けているらしい。
長年異端審問の目をかいくぐってきただけはある。
アンナが踏み込む。
突き立てた剣の切っ先から、結界へ網目状の綻びが生じた。
「ねえ、絵空事なら誰でも描けるけれど。全てを一にするなんて本当に出来るつもりなの?」
アンナが問う。探りはいれておきたい所だ。
「もちろん、我等が異神であれば成し遂げられましょう。私はそれを体現する存在でもあるのです」
「体現? ぜひやり方を聞かせて欲しいわね」
四度目の剣撃に結界が爆ぜ、即座に突き込んだアンナの剣がエヴァの頬を掠める。
赤い血は、流れなかった。
こぼれたのは瘴気だ。
間違いなく、これは人ではない。
「そうだとは思っていたけど、なるほどね」
そんな攻防の後方。
爆音と共に加速した剣の軌跡が、対人戦車の砲身を斬り裂いた。
「大丈夫、こっちは任せて」
「助かる」
それにしても――シキは地を縫うような機銃掃射の先を駆け抜け、アサクラ隊の一人を斬った。
悪名高いとは聞いているが、なぜこんなにやる気がないのだろうか。
こちらを殺そうとするのは、単に『命令された』からというだけなのだろうか。
世界を変えられる者など、『何者か』など。
敵を自分自身で決め、自分自身で拳を振り上げた者だけだ。
戦いながら、刃で、視線で、問いかける。
ならず者には、流儀すらないのかと。
逆上するかとも思った。
撤退してくれるかもとも思った。
けれど問わずにはいられなかったのだ。
だってあまりに『つまらなそうに生きてる』と思えたから。
そして伝わってくるものはあった。
どうしようもない、やるせなさと、後悔だ。
こんなものを抱えたまま、戦っているのかと思う。
キャタピラが地を抉り、引き裂かんと迫る中。
シキは怪物天使の突進速度に合わせるように二刀の一振り、神刀を横薙ぎに払う。真っ二つに斬り裂かれた天使に目もくれず、旋回する機関銃がシキを狙うが、シキはあえて更に一本踏み込んだ。
機銃掃射がシキを襲う直前、寛治の銃弾が銃座を穿つ。
「ご注文のお品はこちらでよろしかったでしょうか?」
「うん、最高だよ!」
ひしゃげて震えるばかりの機銃など恐れるに値しない。
爆音と共に加速したシキの剣が、対人戦車を斬り裂いた。
「――ラスト一機」
戦車の装甲を蹴りつけたクロバは真上に飛び、制御中枢に剣を突き入れる。
「こいつで終わりだな」
灼熱を始めた戦車を再び蹴り、クロバがとびすさる。
後背で爆発する様を尻目に、クロバはその剣の切っ先をガハラへと向けた。
もはや戦車も、あの怪物じみた天使共も動くものはない。
「それじゃあ、次はどっちかな?」
「……そうだな」
シキとクロバが敵陣を見据える。
敵は未だ倒れぬ数名の兵士とテレサにエヴァ、それからガハラだけだ。
「あいつが頼みの綱だったんじゃないか。そろそろ降伏勧告と行きたいが」
「ええ。死に場所に拘りは無くとも、ここで死ぬ理由もまた無いのでは?」
寛治もまた、そう続ける。
アサクラ隊は練度こそ高いが、士気自体は低い。
それは隊長であるガハラも同じであり、ならばさっさと撤退願いたい所だったが。
●
しかしガハラ・アサクラは撤退しなかった。
「さしずめ、亡霊の悪あがきといったところでしょうか」
「……だったら終わらせてやるだけさ」
寛治の言葉にクロバが頷く。
「ったくスね」
美咲がガハラを見据え、吠える。
「戦いなさいアサクラ少佐!」
「何?」
「旧皇帝は降伏命令を出していません」
その言葉に、ガハラの肩が微かに震えた。
「新皇帝に下らないのなら…どうか、『先帝バルナバスの隷下部隊』として責を果たしてください」
そうだ――美咲は思う。
(同じクソとして、私は彼らが何者でもなかったと認めてはいけないはず)
瞳に暗い影が灯り――
「美咲、無駄だ」
エッダが制した。
ガハラにせよ、美咲にせよ。手間がかかるものだ。
「こいつらは既に死兵だ。あきらめ切っている顔だ」
きっとここに至っても、「どうしてこうなった」と思っているだろう。
確かに、バルナバスの治世であればこうした者達も生きやすかったに違いない。
その点においては同情しない訳でもない。
だが自国の民に手を出した時点で――
「――詰んでいるんだよ。貴様は」
「ハッ!」
ガハラが鼻を鳴らした。
「私の矛盾を嗤うか?」
「……」
「弱者への愛を謳いながら、南部戦線で幻想の兵と矛を交えていた私を」
「いや、笑わんよ」
「当然だな。この矛盾を呑むことが軍人の義務だからだ」
「笑えるのは、私自身に対してさ。貴様と違い、何者にもなれなかった、この――」
――何者かになれるかなんて。
そんなことを期待するのが間違いなのだと。
「阿呆め」
「阿呆で結構」
ガハラが背負っていた魔道具を構えた。
「あれは危険よ」
イナリの言は鋭く、短かった。
膨大な魔力が集積を始めた。熱波が押し寄せ、近寄ることも出来そうにない。
「物質の元素的融合による熱放射の兆候を検知したわ」
「もしかして。自爆、しようとしてるんじゃないかな」
シキが息を飲む。
「では、こうするとしましょう。行けますか、ディアナさん」
「もちろんですわ、あのスットコドッコイ。皆様の柔肌に傷でもついた日には、わたくし」
魔力はいよいよ灼熱を帯び、ガハラの表情を凄惨な笑みが彩った。
「終わりにしよう」
「――言葉自体には同意しますが」
だが、阻止しようとする一行の前に、ガハラの部下達が次々に飛び出してくる。
「じゃあ、こっちは任せて。クロバさん!」
「ああ」
クロバとシキが踏み込み、アサクラ隊をなぎ払った。
そして道は拓け――銃弾がガハラの腕を穿つ。
肩に、脚に、脇腹に、それから魔道具に。
ディアナが放った宝珠から射出された光線もまた同じく。
寛治とイナリ、そして美咲が放った弾丸が次々とガハラの身体を踊らせた。
「――ッ!」
巨大な魔道具を支えきれず、ガハラが膝をつく。
取り落とした魔道具が灼熱し、一行は素早く飛び退いた。
戦場に爆風が吹き荒れる。
「私、は。死に場所すら、も」
爆音と灼熱の後に残ったのは、呆然と俯く満身創痍のガハラだった。
「馬鹿め」
エッダが吐き捨てる。
同じ帝国佐官の癖をして、とことん世話の焼ける奴も居たものだが。
●
未だ戦闘は続いている。
敵のほとんどを撃破することには成功した。
一行が負ったダメージもまた小さくはない。
エヴァの放つ熱魔術は威力こそ先程のガハラの魔道具ほどではないが、あんなに不安定なものではない。
そしてテレサがあやつる悪霊と結界の術にはずいぶんと苦しめられてはいる。
しかしイレギュラーズの戦いと連携は、極めて堅牢なものだった。
「大丈夫、大丈夫だよ。支えきってみせるから」
だがテレサを前にスティアは一歩たりとも引かず。それどころか仲間の傷さえ癒してのけていた。
「やはり魔種(デモニア)、か」
黒影の馬車を駆るリースヒースもまた、戦線の下支えに勤しい。
「結構、だが戦線はようやく閉じつつあるが。御身の見解は如何か」
「本当、分からず屋ばかりで嫌になるというものだわ」
テレサは未だ余裕の姿勢を崩さない。
リースヒースの推測では、この戦場の趨勢はテレサの持つ聖遺物が鍵となるだろう。
どうアプローチをかけたものだろうか。
ならばあの指輪に、念話してみようか。
『御身に尋ねる。その悲しみは、如何に祓わんや』
『――』
返ったのは、胸の奥底をかき乱す、悲痛そのものとも思える思念だった。
だが辛うじて交信自体は叶った。だとすれば――
(そうか……なるほどな……)
エヴァとテレサを守る結界術式が、僅かに弱まった気配を感じる。
「リインカーネーション――っ!」
スティアもまた、呼びかけた。
おそらくリインカーネーションは、テレサの支配に抵抗している。
そうしてくれていると、確かに感じる。
(ありがとう、けど)
傷みが、苦しみが、伝わってくるかのようだった。
「これって貴女がやったの?」
それとも、聖女ルルなのだろうか。
「これは私よ、元の持ち主さん」
「『元』でも『持ち主』でもないよ。リインカーネーションは、いつも見守ってくれていたんだ!」
それは決して『物なんか』ではない。
美しい光が花開き、スティアの魔力が一行の傷を癒す。
今ならばはっきりと分かる。
リインカーネーションはテレサの放つ滅びのアークによって、限界以上の力を行使させられている。
そんなことを、許せるはずがない。
リースヒースとスティアの語りかけによって、けれど微かな意思を取り戻したかに思える聖霊は、テレサが操る強固な結界術式を弱めていた。
エヴァの結界を砕いたアンナの剣が、セララと共に十字を刻む。
「キミ達がこの田舎の教会を占拠した理由は分からないよ」
セララが述べた。
許せないと言えば、この世界の書き換えもそうだ。
遂行者を放置すれば、神の国によってこの世界が上書きされてしまう。
それは断じて阻止しなければならない。
けれど。
(今の僕は――)
「でも殺す必要はあったの? 追い出すだけじゃダメだったの?」
――教会の人々を殺したことが、許せない。
「キミはこの教会のシスターなんだよね。本当にこれで良かったの?」
「どちらでも構いませんでしたが」
頭の中心が、灼熱を帯びたような気がする。
セララは――分かってはいたが――望んだ回答ではありえなかった。
「だったら、ボクは魔法騎士セララ。皆の笑顔を守るため、キミ達を倒す!」
これ以上の被害は許さない。
遂行者達を富めるのだ。
この決意は決して揺るぐまい。
「もう一度、行くよ」
「合わせるわ」
セララが地を強かに蹴り、宙へ舞う。
同時に肉薄したアンナの斬撃が、エヴァを斬り裂いた。
そして雷撃が迸り――
「ギガセララブレイク!」
二人で五閃を刻み、駆けつけたシキとクロバも刃を合わせる。
全身から瘴気を溢れさせたまま、エヴァが笑った。
「撤退するかと思ったけれど」
銃撃を重ねたイナリが問う。
「そんな必要はありませんから」
不思議な答えに、イナリの胸中にかすかな焦燥が生じた。
「統一される……ということ?」
「ご明察です。より厳密には、既に『されている』」
美しい肢体が泥のようにぐずぐずと崩れ、消え去った。
「こうして、私達は更なる進化を遂げるのですから」
エヴァの気配は消滅した。
「あとは、キミだけだ」
セララがテレサを睨む。
「ようやく御本人にお目通りが叶いましたね、テレサさん」
「あなたは、新田様でしたっけ」
「それで、次はいつお会いできますか? ああいえ、あまりにお美しいもので」
どうせ撤退すると決め込んだ寛治に、テレサはくすくすと微笑んだ。
「私、百合の間に割り込むのを躊躇わないので」
「なんですか、それ?」
テレサが首を傾げ、なぜかディアナが鬼の形相で寛治を睨んだ。
「素晴らしいギャラリーを一目拝見させて頂いてから、同好の志と信じておりましたのに」
「ディアナさんは、お互い正義とは縁遠いですが、仕事ですからね。片付けて一杯やりましょう」
「奢りですわよ」
なぜだかそういう事になったのだが、それはさておき。
「世界を塗り替える事がお前らの狙いだとするなら、その先にある救いとは何のことだ?」
二振りの斬撃を見舞いながら、クロバが問う。
「絶対の救済は『死』以外にあり得ないでしょう」
悪霊を放ちながら、テレサが答える。
「なるほど『死』へ」
襲い来る瘴気を斬り裂き、クロバが飛びすさった。
「あぁ、名乗るのが遅れたな。俺は”死神”、君の行いを確かめたかったのさ」
そして切っ先を向ける。
「積み重ねた歴史は失敗の繰り返し。即ち絶望や罪や、過ちと血に塗れたものであるだろう」
戦場に朗々とした声が響いた。
「けれどそれは”罪の根源を断つ”事にはならない」
「……」
「罪に塗れた手だとしても、お前らの行いだけは肯定したくない!」
「あらためて、宣戦布告と受け止めましょう」
一行はテレサを包囲しようと地を蹴った。
「かのレディ・スカーレットが手を焼く理由も分かりましたし」
その言葉に、アンナとリースヒースが視線を合わせる。
だが一行の猛攻が迫る瞬間、テレサは指輪――リインカーネーション・シスマを撫でる。
瞬間――顕現した結界が得物を弾いた。
そして多量に解き放たれた悪霊が渦巻く中、テレサの気配が遠ざかる。
「――待ってッ!」
スティアの声に、僅か一瞬だけ聖なる気配が振り返った。
「いつも見守ってくれて、ありがとう。でも、絶対」
助けを求める悲痛な思念に、スティアの言葉は胸につかえた。
「絶対に助けるから!」
どうしても伝えたかったことだけは、それでも伝えることが出来た。
聖なる『何か』が失せていた指輪に少しだけ、温かなものが戻ったのを感じながら――
●
魔種は去った。
乙女は消えてしまった。
けれど血の臭いは、当分拭えそうにない。
教会の内部は、凄惨極まる有り様だった。
リースヒースはスティアと共に遺体を弔い、静かに祈りを捧げている。
失われた命は二度と戻らず、ただ安らかにあれかしと願って。
ガハラと息のある数名の部下はエッダによって捉えられ、処遇は彼女に任される。
「結局、ここに居た理由は何だったんだろう」
辺りを調べながらシキは思う。
おそらく寛治が述べた通り、ここは『囮』ではあったのだろう。
だがそれは遂行者テレサの事情であり、別途カルト結社の思惑もありそうだ。
エヴァの『消え方』にも、かなりの数の疑問符を付けざるを得ない。
「そうでスね」
シキの疑問は当然だが、答えた美咲はどこか上の空だった。
「残留異物なんかは回収、解析しておくわね」
イナリの提案に一行が頷く。
杜の竹駒あたりがうまくやってくれるだろう。
「それにしても『テレサ=レジア』で『ローザリア』ね」
ステンドグラスを見つめるアンナの視線は鋭い。
「……覚えがあるのよ。大昔に不正義で廃絶された天義貴族の家名に」
「美咲様は、何をうじうじとしておられますの? ちょっと失礼してー」
「どさくさに紛れて変なことしないでくれまスか」
尻へ伸びてきたディアナの手を、美咲がぴしゃりと振り払う。
アンナは(ああなるほど不正義だな)と思い知った気がした。
というか客員とはいえ騎士団に入れておいて大丈夫だろうかとも。
「……大した事考えてませんよ。過去も未来も思うようにならないなぁ…とか、そんな当たり前の事でス」
期待してはならないと、分かっている。そのつもりだと、ぽつりと零し。
「そういう日は、呑みに行く一択でありますな!」
エッダが美咲と、なぜか寛治をラリアットするように肩を組んだ。
眼鏡が弾けたような錯覚に囚われる。
「今夜は予定が少々立て込んでおりまして、ねえディアナさん」
「わたくしは大勢が楽しくてよろしいかと」
「後悔先に立たずスよ、ディアナ氏」
「エッダさんて、たまに突然ジオルドさんみたいなこと言いますよね」
ほむらのぼやきに、美咲は梅干しでも口に含んだような表情を返した。
そんな時ふとシキの視界に見えたのは、一行に背を向けたクロバの姿だった。
(……今でも俺は、あいつを討ったことを忘れたことはないよ。一度も、な……)
白薔薇の飾られた花瓶に、そっと片手を添えている。
きっと何か考え事をしているのだろう。
遠く聖都で烈日の陽を浴びる少女を、構ってやるつもりに違いない。
だからそんなクロバを、今はそっとしておこうと思えた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
偶然と必然の織りなす結果になったかと思います。
MVPはそんな起点となった方へ。
ガハラ・アサクラ達の処遇はエッダさんに一任されています。
特に何も決めなかった場合は鉄帝国に送還され、妥当な裁きを受けるでしょう。
なにかアプローチしたい場合はアフターアクションあたりでお願いします。
それではまた皆さんとのご縁を願って、pipiでした。
GMコメント
pipiです。
天義な感じです。
なぜか田舎の教会を占拠した敵をぶん殴りましょう。
あやしい奴等の尻尾を掴んでおきたいところです。
●目的
敵勢力の撃退
生死は不問です。
●フィールド
天義北部。鉄帝国との国境沿いに広がる寒々しい森。
巡礼者の街道上にある、占領されてしまったひなびた教会です。
教会の人々は、一人のシスターを除き全員死亡しています。
建物正面には敵兵や怪物、超小型戦車などがあり、中にも敵が居ます。
たぶん交戦が始まれば出てくると思われますが。
●敵
『遂行者』テレサ=レジア・ローザリア
おそらく非常に強力な魔種です。
なんらかの『救済』をあまねく広めたいようです。
『???』???
テレサと行動を共にする、天使のようにみえる存在です。
翼が先端から黒く染まりかけており、とても悲しそうに見えます。
スティアさんは、何者なのか分かったのであれば、気付いても構いません。
『鉄帝国元少佐』ガハラ・アサクラ
かつて新皇帝派に所属していた将校です。
戦闘能力や指揮能力は優秀です。
部下共々、非戦闘員への虐殺や略奪(それも自国への!)を含んだ数多くの犯罪に手を染めており、国から部隊まるごと逃亡しました。
練度は高いですが、士気はあまり高くありません。
銃やナイフなどの戦闘の他、背には巨大な魔道具を携えており、非常に強力と思われます。
『第二ノ乙女』
この教会のシスターだったはずです……。
統一卿エヴァを名乗る、謎の女性です。
おそらく非常に強力な存在です。人間なのかもあやしいところですが。
『量産型天使』×4
鎌を持った、つぎはぎのような怪物です。飛行しています。
物至と神遠の単体攻撃を行います。どちらも出血系のBSを伴います。
『アサクラ隊』×4
ならずものあがり、軍人崩れといった者達です。
機関銃や軍用ナイフなどで武装しています。
ガハラの手腕によって練度はかなり高いですが、士気はあまり高くありません。
『多脚戦車AIT-1』×4
精霊制御式の蒸気駆動の無人超小型戦車です。
対人戦車などという設計思想が狂った兵器を改造して作られたようです。
高いEXAがあり『ブレイクを伴う中距離扇掃射』から『大威力の主砲発射』から『必殺を伴う命中の高い狙撃』という挙動が組まれています。
嫌な動きですが、とはいえいくらでもやりようはあります。
そもそも当らなければ意味もなく。
●同行NPC
・普久原・ほむら(p3n000159)
皆さんと同じローレットのイレギュラーズです。
両面戦闘型アタックヒーラーで、闘技用ステシよりは強いです。
・ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
練達の依頼筋であり、普通に味方です。
練達実践の塔に所属し、天義へも出向している人物です。
かわいい女性に目がなく、黒衣の騎士団内では『歩く不正義』と呼ばれています。
両面戦闘型アタックヒーラー。割と普通に戦えます。
●他の味方
・『Kyrie eleison』エリカ・フユツキ
クロバさんが保護する少女です。
今回の天義の依頼筋にあたります。
黒衣の騎士団や皆さんのことを応援してくれます。
・マキナ・マーデリック
美咲さんと同じ練達諜報組織の所属です。
上層部の命令によって『神の国』に関する事件を追っています。
・リインカーネーション
スティアさんの家に伝わる指輪の聖遺物に宿る聖霊です。
スティアさんは、しばらく前からその気配を感じ取ることが出来なくなっています。
・杜
イナリさんが所属する謎の組織です。
敵が『異神』と呼ぶ存在を、『狂神』と呼んで、情報を追っています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●『歴史修復への誘い』
当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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