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シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>そして救いがやってくる

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。
 ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。故に、われらはその御心に応えるべく献身するのだ。

         ――――ツロの福音書 第一節

 聖都フォン・ルーベルグ。
 清廉なる真白き都、その玉座の前には一人の女が立っていた。
 緊迫した空気の中で『彼女』だけは余裕を浮かべている。近衛騎士達は教皇シェアキム六世を護り、眼前の女を睨め付けている。
「睨むことなくない?」
 いけしゃあしゃあとその様な言葉を発したのは『神託の乙女』の称号を有する女『聖女』ルルであった。
 ヴェールを被り、白き衣に身を包む彼女は単身でこの地にまで乗り込んできたのだ。誰の目にも止らず、メッセンジャーの役割を担い用事を果たすが為だけに。
「……其方とて警戒される謂れは理解しているだろう」
「勿論。けれど女の子を迎え入れるにしては空気が悪いわ。こんなにも美しい聖女が逢いに来たのよ。
 喜んでケーキの一つでも用意なさいな。私は丁重に扱われる間は大人しくて良い子なのよ?」
「……」
 シェアキムが唇を引き結んだ。この様な場でケーキや紅茶を用意して持て成す訳もない。
 だが、彼女がそう言うのであればその様な行動をとるべきか。シェアキムは「聖女ルルと言ったか」とその名を呼んだ。
「ええ。そう呼んで頂戴」
「なに故に此処に?」
「私は『神託の乙女』。詰まりはメッセンジャーなの。
 我が神はあなたがたにも神託を齎すことを決めたわ。ええ、預言書の一つを差し上げましょう」
「……その理由は?」
 遂行者とは即ち冠位魔種(仇敵)の手の物だ。それがどうして手の内を曝け出すというのか。
 シェアキムは一つ一つ、紐解くように問い掛ける。何か、見過ごしてはならぬ事があるような気がしてならないからだ。
 だが、聖女は笑う。聖女らしからぬ明るい笑みで、まるで何処にでも居るような少女の顔をして。
「馬鹿ね」と。「決まっているじゃない」と。さも当たり前の様に言うのだ。

「――私達は、永遠不変なるいきものである。それに、劣った者に施しを与えるのも勤めでしょう?」

 シェアキムは彼女の言から全てを察知した。それが傲慢の在り方だ。女が『メッセンジャー』と名乗った以上そうなのだろう。
 預言を知らしめる事で彼女は宣言したに他ならない。
 今からこの国を滅ぼしてやる、と。その準備を整えているのだ、たと。
「……頂こう」
「聞き分けのいい人は好きよ。キスしてあげましょうか」
 シェアキムが眉を寄せた。ああ、嫌な気配とは『女の唇』か。
 べえと舌を見せた女が笑う。舌先には王冠を思わせる紋様が浮かび上がっていた。
(――聖遺物『頌歌の冠』を表す紋様に良く似ている。アリスティーデのあれは行方知れずだったが。よもや……)
 シェアキムは女をまじまじと見た。聖女ルルは肩を竦めてから「そんなまじまじ見るもんじゃないわ」と不機嫌そうに言った。
「私は主に言われてやってきたの。おまえたちに正しき歴史を教えてやれと。
 偽の神託になど惑わされる愚かな預言者。おまえたちに本来の預言を与えてやりましょう」
「その為に単身で乗り込んできたと? 危険を顧みずに?」
「主が望まれているというのに己の身を可愛がる必要がある?」
 シェアキムはない、と答えることしか出来なかった。強き信仰の徒は絶対的な神の存在を信じている。
 彼女の言う神が『同じもの』でなくとも、その志をシェアキムが否定する事は出来まい。
「此処で私が死んだならお前を連れて行くけれど」
「此処までの対話で良く分かった。遣りかねないだろう。理解している。帰るが良い」
「ありがとう。……またお会いしましょうね。貴方が私に居たくなったときにでも」
 笑った女の背後に大きな鋏が顕現した。空間を『切り取って』彼女は消え失せる。

「如何なさいますか」
 騎士達にシェアキムは頷いてからゆっくりと女の立っていた位置へと近付いた。
 地には一冊の本が落ちていた。その背表紙にはルルの『舌』とは別の紋様が描かれている。
 じいと見下ろしてからシェアキムは息を呑む。手にしたそれは、何も恐れる事も無く手の内へと納まった。
 刹那、神託が降った。三つの預言。
 第一の預言、天災となる雷は大地を焼き穀物を全て奪い去らんとする。
 第二の預言、死を齎す者が蠢き、焔は意志を持ち進む。『刻印』の無き者を滅ぼす。
 第三の預言、水は苦くなり、それらは徐々に意志を持ち大きな波となり大地を呑み喰らう。
「……何と」
 それがコレより遂行者達が『傲慢にも降す裁き』であるというのか。
 その神託の声は先程まで自身が相対していた女の声音だ。
「聖女ルル……『神託の乙女』か……」
 ――『偽の神託になど惑わされる愚かな預言者。おまえたちに本来の預言を与えてやりましょう』
 その言葉が真実だというならば、これから起こるのは最悪だ。
 しかし、食い止める機に恵まれたとも言えるだろう。
「騎士を配置せよ!」

 主は真実、正しい存在である。わたしたちが罪を犯したとき、主は必ず見て居る。
 救済の光は天より雪ぎ、全てをきよめてくださることだろう。
 疑うことは、罪である。すなわち、疑わず願うことこそがわたしたちに与えられた使命である。
 願いなさい。祈りなさい。わたしたちの未来を開く光の再来を待ちなさい。
 それは波となり、全てを覆い尽くす。
 わたしたちがあるがままに生きて行く為に、主は全てを導いて下さるのだ。

         ――――聖ロマスの書 『天による叫び』


 フォン・ルーベルグ近郊に位置する都市ペルデス。その地に一人の娘が立っていた。
 結い上げた銀の髪。色違いの眸、そして腰から下げた『穢れの剣』。彼女は名をリスティアという。
 リスティア・ヴァークライト。『預言者ツロ』の騎士である。
「どうするの? ルルちゃん」
「あ、私の相手はリスティアなのね。良かった。アリアは真面目にしろって怒るし、オウカは冷たいもの」
「ルルちゃんが不真面目だからだよ」
 困った顔をしたリスティアに『聖女』ルルはからからと笑った。
 リスティアも知っている。預言者ツロは幾人かの遂行者を『呼び出した』。リスティアとてその一人だ。
 その中でも特に力が強く、予知と神託の力を有した『聖女』のレプリカ。『頌歌の冠』を頂く遂行者ルルはツロに言わせれば失敗作だ。
 彼女は人間らしすぎる。人を人たらしめるのが心だというならば、その心が育ちすぎてしまっているのだ。
 己と同じような境遇であった娘に同情をし、人と心を汲み交す。未熟であった『人間未満』が人格を得るに至るまでの速度が速すぎたのである。
「……なあに」
「ううん。今日はルルちゃんに従うよ。この場所を滅ぼすんでしょう?」
「リスティアは良い子ね。文句も言わない」
 リスティアはルルに微笑んだ。それは当たり前だ。リスティアにとっての正義とは即ち『神様』の言葉の遂行である。
 聖女ルルが神の言葉を代弁しているならば彼女の意志は天の囁きであるのだから。
「『もう二度とは我が家門は穢れない』から」
「そう。じゃあ、ペルデスを滅ぼしましょう。天の怒りによってこの地全てを更地に戻すの。
 ツロのお目当ての女はアリアがどうにかするわ。海の巨人はアドレがお迎えに行ったでしょう?
 大丈夫、すべてを書き換えてしまえば我々の求める『未来』を得る事が出来るわ」
「……そうだね」
 ルルにリスティアは頷いてから目を伏せた。彼女はスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)にそっくりな外見をしている。
 だが、辿ってきた歴史は何もかもが違うのだ。会いたくない、とリスティアは考える。会ってしまえば屹度、『私が私を殺す』事になる。
(……嫌だな)
 リスティアはため息を吐いた。
(私は、もう二度とは違えないのになあ)
 迷いたくはない。だからこそ、願わくば――『知らない所で死んで欲しい』。
 リスティアは知っている。遂行者として作られた自身達にはそれぞれのモデルがいる。それが個人ならばいざ知らず、そうでは無かった場合。
『その存在を上書きして消し去らねばならない』のだ。一番に容易であるのは殺してしまうことなのだから。
(お願いだから、私に私を殺させないでね。……言って居ても、意味は無いけれど)
 前を行くルルの背中を追掛けてからリスティアは『穢れの剣』を引き抜いた。
「神のご意志の遂行を――」

GMコメント

 夏あかねです。第一の預言。

●成功条件
 ・聖女ルルの撤退
 ・都市ペルデスの定着率を50%以下に留めること

●ペルデス
 フォン・ルーベルグの近郊都市。美しい片田舎の都市ですが、雷が降り注ぎ、踏み入るだけでBS【感電】相応が永続します。
 都市の中心部には【聖遺物】が設置されており帳が降ろされようとしています。
 その聖遺物に近付くことを防ぐ為にルルやリスティア、雷や影の天使が配置されているようです。
 周辺には一般人の影も見え、誰もが怯えているようです。幾人いるかは不明です。戦場付近や聖遺物付近にも人影が疏らに見えます。

●聖遺物
 帳の定着率を上げるための核。ターン経過で定着率が上がっていきます。
 2%からスタート。地の国への定着率は加速していきます。何時、どの様にぐんと伸び上がるかも不明です。
 フィールド上には無数に様々な聖遺物のレプリカが置いてあり何れがホンモノの核となる聖遺物であるかは分かりません。
 ホンモノにのみ『冠』のマークが描かれています。
 偽物は別のマークが刻まれ、呼び声を発生させているようです。一般人達に影響が齎される可能性があります。

●エネミー
 ・『遂行者』カロル・ルゥーロルゥー
 聖女ルルと呼ばれる少女です。甘い桃色の髪に、金色の眸の少女。
『神託の乙女(シビュラ)』とも呼ばれ、遂行者の中でも特に強い力を有していることが推察されます。
 非常にお喋りです。お話ししている間は気を良くして攻撃の手が止るときが多いです。人間的な感性を有しているのも確かでしょう。
 リスティアに都度都度注意されているかも知れません。基本は後衛です。

 ・『遂行者』リスティア・ヴァークライト
 スティアさんの姿をしている遂行者です。騎士でありカロルの護衛を行って居ます。
 スティアさんを見た場合は非常に悲しげな顔をするでしょう。ただ、カロルの指示がない場合は動きません。
 カロルには「聖遺物が壊さそうになったら容赦せずに倒しなさい」と言われています。

 ・『影の天使』30体
 全てが翼の生えた獅子の形をしています。カロルの趣味です。ペルデス内を走り回っており、狩りを行なっています。
 攻撃方法は個体によってそれぞれであり、差が大きいようです。

 ・『ワールドイーター』2体
 カロルの傍に居ます。
 その姿は六枚翅の男性を思わせます。カロルは何故かそれに対して「かっこよすぎるから顔面作れなかった」と指差しています。
 どうやらカロルの大切な人を模そうとしたようですが上手くいかなかったようです。知性は余りないのでカロルの周りをうろうろしています。

●一般人 20人程度
 ペルデス内に存在する一般人です。逃げ遅れた人々であり、瓦礫の影で雷から身を隠していたり、瀕死であったりします。
 20人程度であると云うのはペルデスの領主が逃げ遅れた者達の数の概算を教えてくれただけに過ぎません。
 それ以上である可能性は高く、特に幼子の姿が見えないと言います。

●NPC
 ・イル・フロッタ
 天義の騎士。騎士の名門ミュラトール家の血が流れてる旅人のハーフ。
 母はミユラトール令嬢でしたが旅人の父と結婚するために駆け落ちし、不正義だと家門の名を名乗ることを禁じられています。
 ですが、自身が騎士となることで家門に認められるはずだとイルは現在邁進中。好きな人はリンツァトルテ先輩(伝わらない)
 騎士として剣で戦います。イレギュラーズの皆さんを尊敬しています。指示があれば従います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <アンゲリオンの跫音>そして救いがやってくる完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年08月25日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)
花に集う
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
一条 夢心地(p3p008344)
殿
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り

サポートNPC一覧(1人)

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃

リプレイ


 神の軍勢は、等しくその力を行使すべきである。
 何故ならば、それこそが神の望むべきことであるからだ。

         ――――ツロの福音書 第三節

 聖女ルル――カロル・ルゥーロルゥーにとってリスティア・ヴァークライトという娘は実に不憫な女あった。
 古くから続くヴァークライトの家門に産まれた令嬢は騎士となった父が過ちを犯したという歴史だけはどう足掻こうとも変わらなかった。
 カロルとてその存在を認識している『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の映し鏡のような姿。何方が本来の存在なのかと問われればカロルは応えることを拒絶しただろう。
(あんまりだもの)
 唇を引き結んだまま『罪過の剣』と呼ばれる剣を引き抜いた娘の背を見ていた。
 スティア・エイル・ヴァークライトは母をその出生時に亡くしている。産後の肥立ちが悪かった、というのが端的な死因を表す言葉だろう。
 母を亡くし、その養育は騎士であった父と叔母に委ねられたか。貴族令嬢らしく家令達も甲斐甲斐しく一人娘を育て上げただろう。故に、貴族の家門でありながら当主アシュレイは娘に対してより深い愛情を有していたのだ。
 だからこそ、同じ年頃の何ら罪のない娘を『不正義の子供』として断罪せよと命じられた時に渋り、その神勅に叛いたのだ。
 それがスティアという『イレギュラーズ達の現実を共にする少女』の在り方だ。
 カロルの目の前に居るのはリスティア・ヴァークライト。出生時に母を亡くさず、3つ下の弟にアリスティが存在する普通の貴族令嬢だ。
 いや、普通の貴族令嬢であったのは8つ頃までである。やむを得ない事情で父は必ずしも不正義と断罪された――が、その全ての悪意を被ったのは長子であるリスティアであった。
 彼女は父の『断罪執行』を経て、聖騎士となった。家門は弟に任せ、自らは神を支える徒として剣を戴いている。
(ああ、あんまりだわ)
 カロルはそもそも天義という国が嫌いだ。
 何か改心したように正義とはそれ一つのこだわりではなく、神の声一つで裏返る白と黒などないような振りを為ているが。
(なら、過去の亡霊は?
 虐げられた者達の苦しみも美談に丸めて納めるというの?)
 スティアの父は今の世ならば罪になど問われなかっただろう。そもそも、罪人の娘だから殺せなどとは誰も言わないはずだからだ。
 カロルとて『聖女』などと持て囃されることはなかっただろう。ルゥーロルゥーという名字さえ与えられたものだった。
 聖女が竜と共に在るとき、『美談』となるか『悪意ある象徴』となるのかはその時の世によるものだ。
 少なくとも、カロル・ルゥーロルゥーにとっては良い思い出ではないのは確かだった。

「ルルちゃん」

 カロルは顔を上げた。高く髪を結い上げているリスティアのマントがはためいた。
 白い手袋に包まれた指先に力がこもっていることが見える。
「来たよ」
 ここ都市ペルデスはテセラ・ニバスよりも聖都フォン・ルーベルグに近く、それなりに栄えた場所である。
 美しい片田舎の街には聖堂が存在し、巡礼者達の姿も見えていたが『リスティアが追いだしている』様子だけが見えた。
(まあ、そいつらをどうしろなんて『今は』言われてなかったものね。ツロにバレたら怒られそうだけど)
 カロルは一歩ずつ踏み出してから笑って見せた。
「ようそこ、ペルデスへ」
 眼前に立っていた『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)はまるで友人へと語りかけるように微笑んで見せた。
「また会いましたねキャロちゃん! ルルバトルもついに3回目! 今度も勝たせて頂きますよ!」
「アンタも懲りないのね。大名。そろそろ私のファンクラブがあったら名誉会員にでもしてやりたいもんだわ」
「大名って呼ぶのやめて下さい! ルル家ですよ!」
「夢見大名」

 ――そっちはルル取られても本名になれば良いですけど拙者なんて家になるんですよ! 家って! 夢見家ですよ! 大名ですか!

 いつかの日にルル家がカロルへと告げたその言葉は大層お気に入りであったようだ。聖女らしくない、むしろ、普通の少女のように振る舞うカロルは楽しげに声を弾ませる。
「聖女ルル。自分達でこれから実行する事を預言と称するのは、如何なものかと思いますよ。
 即ち、遂行者のスケジュール以上でも以下でもないという事ですから。
 神の使徒を名乗りながらそれは、些か……まるで演劇のよう。『預言者』は宛ら脚本家という所ですか」
 囁く『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)に「ぶふ」と勢い良く吹き出してからカロルは壊れた玩具のように両手を打ち合わせた。シンバルを打ち鳴らすぬいぐるみがするような端的な動作で大笑いをしながら両手を打ち合わせるその様は『聖女』らしからぬ姿だ。
 眉を顰めた『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)に気付いてからカロルは「あ、私は聖女、聖女」と何度も繰返した。
「でもね、うふふ、そう、そうね! 預言者ってよりも脚本家の方が、ブフッ、似合っているわ。
 だって、神の真意を耳に為て、その言葉を当たり前の様に当て嵌めていくの。歴史パズルのようじゃない?」
「……言い得て妙、ですが」
 アリシスはカロルは『預言者』と呼ばれた存在とは良い仲では無いようにも感じていた。
 歴史パズルというならば大した影響を及ぼさないただの戯言なのであろう。そう言われた方が幾分かレイチェルにも理解出来る。そも、彼女は神や預言を信じていない。信じたところで救いがないならばそれこそ戯言か歴史パズルである。
「……はぁ? なんだこいつ。絶対許さない」
「何? 凄い怒ってるじゃない」
 低く囁くように『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)が声を響かせた。酷く苛立った様子の茄子子を前にしてカロルはリスティアの傍にそそくさと寄ってから「あの子、怒ってるんだけど何?」と囁いている。
「ルルちゃん、恨み買うタイプだからなあ」
「あ、私が恨み買ったの? あー、私は美少女だものね」
「……」
 リスティアがそういう所だというようにカロルを見るが、彼女はあっけらかんと笑っている。
 カロルのそうした性格を嫌ったわけではない。ただ、カロルの『行動』が許せるものではなかったのだ。
「聖女もどきが。こっちはホンモノの神託の乙女と友達だぞ」
「その『ニセモノ』の神託の乙女も可哀想ね。使命に雁字搦めになって『七つの大罪(かんじょう)』が与えられてないのに。
 ホンモノだって崇め奉られて、いるんですものね」
「は?」
 茄子子はぎろりと睨め付けた。ああ、腹立たしい。
 彼女は、シェアキムの元へと姿を見せた。アリシスの言った様に此れより起こる事態を態々予告したのだ。
 挙げ句の果てに国を滅ぼすと口にした。それは――
(私の行動が二番煎じみたいになるじゃん!!!!)
 茄子子はぎりぎりと奥歯を噛み締めてカロルへと叫んだ。
「あと私より先にシェアキムにキ、キスとか言ったり見つめあったり連れていくとか言ったり!! 絶対許さない」
「えっ、好きなの?」
 さらりとカロルは問うた。リスティアは頭が痛くなったが、眼前の茄子子は予想だにしないほどに『普通の少女同士の恋愛トーク』に発展しそうになるカロルをまじまじと見詰めてから「そういうことじゃなくて!」と叫んだ。
「そこの! 何だそれ! お前の大事な『多分』冠位傲慢――名前は何だったか、ルスト! もどきにもキスしてやろうか!」
「あら、そう見えるのなら最高。お友達になりましょう。キスしてあげるわ」
「どうして」
 茄子子はお前のコミュニケーションはキスなのかと問い質すような声音で問うた。
 ルル家とスティアは「あ」と声を漏して気付く。べえと舌を魅せ付ける彼女は『聖痕』を覗かせて囁いた。
「印を上げるっていってるのよ、愛らしい『嘘つき』さん」


 ――さあ、気を取り直して滅びを始めましょう。

 さも当然のように滅びを齎そうとする聖女の声音に直ぐさまに反応したのは『想光を紡ぐ』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)であった。
 カロルは『話している間』は戦う事を放棄する。まるで、戦う事をよりも対話を楽しんで居るかの様でもあった。それを上手く活かす事が出来ればこの都市ペルデスに取り残されている民草を救うことも出来るだろうか。
(ええ、全員を直ぐさまに把握することは幾ら領主と言えども難しいでしょう。20名という概算。その差異を確認しなくては。
 ……幼子の姿がないというのは気に掛かります。幼子に狙いを定めたのか、それとも……)
 都市中心部付近の民達を出来る限り一部分に集約し、聖遺物を破壊することでペルデスへの定着を阻止することが目的だ。
 瓦礫に、雷の気配に、悪天候を思わせた曇天を行くマグタレーナのヴェールがひらりと動いた。
「む、む? なにやらモタモタしていたらヤバい雰囲気じゃが……」
『殿』一条 夢心地(p3p008344)はきょろりと周辺を見回した。遂行者と名乗ったのはあの娘だ。そしてその背後には無数に聖遺物と思わしきものが点在している。一度薙ぐだけで壊せぬようにと広範囲に存在している事は目に見えて明らかだ。当該エリアの観察を行なう夢心地の傍らうおりスティアは「イルちゃん!」と名を呼んだ。
「私は領民の人達を護りながら聖遺物を! イルちゃんは護衛をして貰っても良い? 危険が迫ったら合図をしてね」
「了解した!」
 銀色の髪を揺らがせるスティアとすれ違うように『凜なる刃』イル・フロッタ(p3n000094)は先陣の後方へと下がる。
(予言の遂行はさせないよ――全力で阻止する!)
 こんな事が間違っていると彼女は言うだろう。何が正しくて、誰が間違っているのか。思えば自分が正しいと『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)は信じられた事が無いような気がするのだ。
(だからといって彼女らの言う『正しさ』に同調できるわけもありませんが……大丈夫。大丈夫です。為すべき事は、分かって居ます)
 静かに息を吐いた。シルフォイデアは7歳にして『積荷』であった少女だ。ただし、それ以後は大切な家族に恵まれている。
 その義姉が亡くなったという知らせを聞いてから、斯うしてローレットの依頼を一つずつ熟している。独り立ちを為ねばならぬと考えた少女の前に存在して居るとすれば余りにも酷な光景だ。
 雷が天より打つ。迷いを払い除けるようにして夢心地の『目』による情報を元に落雷危険のある箇所を優先して創作するとシルフォイデアは決めて居た。
「あちらです」とアリシスが告げるその補佐を行ないながら『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は呟いた。
「人の滅びを示す預言など、知った事か。私達は、私達の手で未来を掴み取る。その未来を潰そうとするモノ共は、悉く叩き潰すのみ――!」
 そうだ。悪辣たる存在であると『割り切った方が良い』のだ。彼女達は世界の停滞を求めるようにして滅びへと向かう。
 彼女達の歴史には神託の乙女であるざんげが存在して居ないというのが最たる象徴だ。『彼女は産み出されてはいけなかった』と告げるのだ。それは『彼女がいなければイレギュラーズ』は――汰磨羈はこの世界に呼び出されていないというのと同義である。
『紅風』天之空・ミーナ(p3p005003)とて同じだろう。この世界の人間ではないミーナは、否、記憶の欠落を自らも認めているミーナは、この世界の本来の姿というものに深く関与はしない。だが、気に食わないのだ。
「……人々が積み重ねてきた歴史を、気に入らないからって勝手に書き換える真似は誰もしちゃいけないんだよ。例え本当に神だとしてもね」
 睨め付けるミーナはカロルに構う事は無く周辺の聖遺物と民の救出に尽力していた。まじまじと見詰めているカロルは「つまらないわよねえ」とぼやく。
「なら拙者と話しますか? ほら、キャロちゃん! 勝負しましょう!」
「勝負?」
 カロル・ルゥーロルゥーは饒舌な娘だ。故に、話し出せば『彼女は指揮する手さえ止めてしまう』のだ。だからこそ、気を惹かねばならない。
 レイチェルが地を踏み締めてカロルの傍に佇んでいたワールドイーターへと叩き込んだ破邪の結界は顔のない『天使』の気を惹く事に対して十分であったか。
「あーー! 私のルスト様お人形に何てことを!」
「ル、ルスト……? ほの良い男が本当に冠位傲慢を模したものなのか……? それが聖女ルルのナイト様だってのか?」
 レイチェルは叫ぶカロルに目を剥いた。憤っているようぶに見えたが『聖女ルルのナイト』に気を良くした様子で聖女はまんざらでも無さそうだ。
 カロルの意識は釘付けになっている。その後英訳のように立っているリスティアもそれ程大きく動きは見せない。――が、影の天使達は領民を追いかけ回しているだろうか。
(影の天使の方が、まともに仕事をしていると言わざるを得ない状況ですが……成程、主が遊んでいても良いほどの余裕と見るべきか)
 アリシスはちらりとカロルを見た。影の天使を薙ぎ払う仲間達と共に幾人かの民を保護しイルに任せる。
 ペルデス内に散らばっている一般人と聖遺物の分布は似通っているのだろうか。
「キャロちゃん! 余所見ですよ!」
 出来る限りカロルを釘付けにすべきだとルル家はカロルの前へと滑り込んだ。『印を持たない者』を屠るべき。それこそが遂行者達の行動の一つだ。ならば、散らばる領民達の命が『定着率』に関係する可能性がある。
「やだ、大名ってそんなに私が好き?」
「じゃあ、そういうことにしておきましょうか! この戦いに拙者が勝ったら拙者とお茶会して下さい!敵とか味方とか打算とか関係なくただのお茶会を!」
「は?」
 カロルは予想もしていなかったのだろう。ぱちくりと瞬いてからルル家を見た。敵だろうと味方だろうと『遂行者との茶会』を邪魔することは許さなかった。
 邪魔をするならばぶっとばしてやる、と考えたのだ。カロルは「何言ってるの、ばかじゃないの」と呆然と呟いた。
「その言い方、本音っぽいのがアレなんですけど……拙者が負けたら拙者に遂行者の印とかいうの刻んで良いですよ!
 ほら、これなら勝負になるでしょう。拙者が勝ったら来て貰いますからね。とっておきのケーキとお茶もちゃんと準備しますから!」
 ルル家が明るくその声を弾ませればカロルは小さく笑った。
 この『白き衣』を着ることはなく可愛らしいパーティードレスに身を包んで幻想に遊びに行く?
 そんな馬鹿な。ケーキを食べてお茶をして。何気ない話をするのか? 馬鹿みたいな、夢の様な話だ。
 カロル・ルゥーロルゥーには『そんなことをした記憶なんてない』のだ。物語の中に存在して居る、在り来たりな日常というものが敗者に渡されるのか。
「……ルルちゃん」
 リスティアが囁いた。
「分かってるわよ、リスティア。私は『遂行者』――神のご意志を遂行する為だけに、此処に存在して居るのだから」
 ――あそこに居るのは、私?
 リスティアとスティアは対面する。一方は困惑に満ち溢れ視線を逸らし、もう一方はまじまじと眺める。
「どうして悲しそうな顔をしているの?」
「あなたが来て仕舞ったから、かなあ。スティア・ヴァークライト」
 ミドルネームは母の名前だった。それはリスティアもスティアも同じだ。
「……私が?」
「私は、私を殺したくないんだもん。あーあ、此処に来なかったらなあ」
「……そっか。でも死んであげる訳にも殺されてあげる訳にはいかない!
 貴女に大切なモノがあるように私にだって大切なモノがある!」
 睨め付けるスティアに対してリスティアはふ、と小さく笑みを浮かべた。
 ならば、その『大切なモノ』を守れば良い。影の天使達の凶手が幼い子供へと伸ばされた。
「ッ――おっと!」
 ミーナが滑り込む。頬を掠めた天使の黒き一撃に、続き全てを覆い込むシルフォイデアの暖かなる風光がひだまりのように辺りを包み込んだ。


 眼前のワールドイーターは冠位傲慢を模しているらしい。それを自分自身のナイトと定義して喜ぶカロルの姿は何処からどう見たって乙女そのものだ。
 だが、だからといってそれを見逃すわけには行かない。
 顔面がつるりとした能面であるのは『精巧に作ることが気恥ずかしかった』と彼女は語るが真意はどこにあるのか。
 レイチェルは示し合わせたタイミングで一気に動き始めた。その身に刻まれた術式に魔力が廻り始めた。
 真白き翼を有する女の金色の瞳にまでも這う術式は血色に輝きを帯びた。緋色の奔流がぶつかったワールドイーターの『唇と思わしき部位』が吊り上がったようにさえ見えた。
「……何とも言えない存在だな」
 レイチェルは思わずぼやく。その背の近くにシルフォイデアがやってくる。聖遺物の破壊を試し見るタイミングへの移行は『経過時間』だ。
 放置していればこの地への定着率が上がる。余裕綽々とした笑みを浮かべるカロルに構い続けて居る訳にも行かないか。
「イルさん、宜しくお願いします」
「ああ、分かった! シルフォイデア!」
「……はい?」
「む、無理をせずに。その、何処か思い詰めたような顔に見えたんだ」
 ぱちくりと瞬いてからシルフォイデアは頷いた。落雷や流れ弾から人々を守るべく周辺保護のまじないをかけたシルフォイデアはイルに領民を任せ、黒き星を放った。
 ――思い詰めているか、と言われればそうなのかは分からない。ただ、この地図のない航海に迷いが無いとは言い切れなかった。
(あっちのリスティアさんは……指輪はしていない。いえ、もしかすると『ヴァークライトの聖遺物』だけは別なのかも知れない)
 シルフォイデアが二体のワールドイーターを睨め付ける。
 ああ、そうだ。この胸には痛みがある。喪失は、別離は、強い痛みを残して言った。強敵へと立ち向かう恐怖心だって此処にはある。
(……ええ、ただ、負けたくもなかったのでしょう。囀る聖女の言葉でも、強敵による暴虐でもなく、きっと『自分自身』の弱さに)
 唇が震えた。挫けてしまうことが出来れば良かったのだろう。自らの行く末が分からないシルフォイデアにとっては、それさえも光明に思えたから。
 恐ろしさなんて、どこかに置いてきてしまった。
「此方へ」
 マグタレーナは囁いた。足を挫いた幼子を担ぐ。歩けますかと問えども、動きに制限がある者が多く感じられた。
「助けて」と泣きじゃくる幼子をあやしながらも主戦場として定めた都市中心部で見付けた領民だけでは最低数である漠然とした20名は満たせない。
「あ」
 カロルの声がやけに近くに聞こえた気がしてマグタレーナは振り向いた。
「私がこの区域に降ろした帳の外周付近まで捜索に向かうなんてマメねぇ。当てが外れたわ」
「あはは、ルルちゃん、意地悪をしたんでしょう?」
「まあね」
 マグタレーナは何が言いたいのだと直線状で見ることが出来たカロルを振り返る。ルル家と相対する女は、にんまりと微笑んだ。
「『印のないものが死んだら』定着率が上がるって予測したんでしょう。それはあたり。
 けど、もう一つあるの。それらが『帳の外に出てしまっても』ダメだったのよ」
「……まさか。私達の存在もこの帳の定着率の増加を遅らせる要因にしていた、と?」
「子供は、親元に帰りたがるものでしょう。だから、自分自身で勝手気ままに動き回って『帳の外に飛び出そうとする』事を狙ってみたの。
 まあ、でもネタバラシをしたのは当てが外れたからよ。あなたってば、目に見える相手以外にも捜索しようとするのですもの」
 カロルが唇を尖らせてから「あーあ、あとは聖遺物宛てゲームね」とからからと笑った。
「ゲームだと? ああ、そうだろうな。お前にとってはゲームみたいなもんだろう」
 ミーナは鼻先を鳴らした。実に意地が悪い作戦だ。帳の外へと向けて戦線を離脱してしまえば定着率が上がるのだ。
 イルに対して『戦陣後方』での保護を指示していなかったならば――?
 マグタレーナは外周沿いの民の保護に走りながら冷たい汗を掻いた。この行いでイレギュラーズは戦力を裂くことになる。それはそうだ。
「つくづく相手が貴女であったことを喜ぶべきでしょうか、聖女ルル」
「まあ、私って優しいものね」
 楽しげに笑ったカロルを前にして、アリシスは周辺へと散らばっている聖遺物を眺めた。
「随分と多種多様なレプリカですが、よく用意しましたね。貴女の作品ですか、ルル?」
「ええ。私ってこういうのを簡単に用意できるくらいに結構強くって凄い女なのよ。褒めても良いわ!」
 ミーナが破壊して回っている聖遺物は、発見報告の相次いだ聖遺物『もどき』と同類なのだろうか。『聖痕』と呼ばれる遂行者独自のマークが刻まれることによってそれらは効力を発揮しているようにも思えるのだ。
「一つ、私からもお話をさせて頂いても?」
「いいわよ。大名が私を独り占めしたいのは分かるけど、ファンサは必要だものね」
「……アリスティーデが天空神殿の代わり、聖女ルルがざんげ様の位置なら、其処に繋がりがある。ならば彼女の核たる聖遺物は……」
 その言葉にカロルの唇が吊り上がった。アリスティーデ大聖堂に嘗て存在し、行方知らずになったそれ。
(どうも遂行者の基は天義に隔意のある方が多い様子……カロルは聖女か異端か。定かではないけれど――)
 アリシスは真っ向からカロルへと問うた。
「頌歌の冠は『聖女カロル』由縁の品でしたか?  ルル、貴女の核ですね」
「核という言葉は少し、違うかも知れないわね。私はそれが滅びのアークと結びついたもの。つまり、それそのものよ。
 この人格は、そう。名前は……まあ、どうでもいいわ。私は聖女ルル。良いわね。ルルよ。カロルじゃないの」
 その言葉の通り頌歌の冠と呼ばれた聖遺物に結びついているこのお喋りでとんちきな人格は『ルル』そのものなのだろう。
(故に、名を変えたか。聖遺物と滅びが結びついて生まれた終焉獣の類似品……中々、難しいものですが)
 アリシスはリスティアを見た。考えられる可能性は聖遺物にスティアが関わっている可能性だ。
「そちらの方も遂行者ですか? 視た所、ルル、貴女と御同類のようですが」
「うーん、まあ、そうかなあ。ツロ様が、私達を『呼んでくれた』んだ。あ、アリアちゃんはちょっと違うよ。あれは、ツロ様が作ったし」
「リスティアって結構おしゃべりよね」
「ツロ様が私とルルちゃんがセットって聞いて詰めが甘そうっていってた」
 その評価はどうなのか、とアリシスは思わなくはないが、だからこそ二人の相性は良いのだろうとさえ感じられた。
「貴女は何の為に騎士になったの? 私は力無き人達を守る為に聖職者になったよ……少しでも親をなくす子が減れば良いなって」
「私はヴァークライトを存続させるため」
「そう……家族の為。お母様はそれで喜んでくれているの? 貴女が私に見せるような顔をしてるんじゃない?」
「そうだね。けど、アリスティと家を護る為ならば、私は騎士として戦わねばならない!
 あなたは叔母様に全てを押し付けているだけ。そうでしょう? スティア! 叔母様が全ての罪を被るくらいなら私は、私が家族を守る道を選んだ!」
 スティアは瞠目する。唇が震えた。エミリア・ヴァークライトはスティア・エイル・ヴァークライトを生かすため、育てるため、そして『彼女の道を開くため』に全ての罪を被った。
 それはリスティアの言葉の通りだ。理解は出来る。否定をする言葉を持たなくとも行動で示すことは出来る。
 スティアを目掛けるリスティアが小さく息を吐いた。広範囲を対象に為た刃の雨が降り注ぐ。標的はアタッカーとして動き回っているミーナか。
「どうして、そっちを見てるの?」
「簡単だよ。スティアを殺したくないから……なんて、私も未だ未だかなあ」
 肩を竦めたリスティアは指先をくい、と動かした。無数の天使達がアタッカーを一人ずつ落とそうと考えて居るのだろう。
 ヒーラーである茄子子が支えるべきはワールドイーターやリスティア、カロルを抑える役割を担う者だ。遊撃を行なう者はその次になりがちだ。
 敵の数が多く、且つ、『カロルのねたばらし』によって戦線の離脱を行ないにくくもなったのだ。
 汰磨羈は天使達を薙ぎ払いながらも、聖遺物そのものを巻込むように攻撃を続けて居る。
「バラけたままで倒していくのは面倒だ。幾らか纏めていくぞ……!」
 だが、気がかりなのはマグタレーナであった。外周を廻り、出来る限りの人間を中央に集めながら進むのだ。
(救援要請、か……!)
 汰磨羈はくるりと振り向いた。アリシスが索敵している。だが、それだけでは足りていない。
 走り始めた汰磨羈は領民を庇うマグタレーナを狙う天使達を薙ぎ払った。
「汰磨羈さん」
「ああ、任せてくれ……!」
 ――大いに疑いましょう。
 マグタレーナは民に告げて居た。願い祈れば誰かに導かれるものか、と。そして信じるのだ。自分自身の力と未来を。
 人は自らの足で歩けるのだと。独りではなく手を取り合うのだと。
 庇うマグタレーナを支えながら領民保護の支援を行なう汰磨羈の気も急いていた。アリシスが『奇妙な気配のする聖遺物』を示したならば、それを壊すだけだ。
 幸いにしてカロルも、リスティアも、ワールドイーターさえ今も抑えられているのだから。


「今回はいつもと違って積極だね。その影の天使って貴女と同じ世界のペルデスの住人だったりするの?
 本物を殺して代わりに世界に定着する……その為にこんなことをしたのかなって」
「いいえ、この子は……そうね、私達の欠片みたいなものかしら」
 カロルの背後に浮かび上がった『鋏』がちょきん、と音を立てた。赤い糸が周囲へと伸び上がって行く。まるで動きを阻むようだとスティアは感じた。
 雁字搦めになったルル家が脚を動かした。奥歯を噛み締めるルル家は「うして直接やり合うのは初めてですね! 拙者のCT力、見せて差し上げますよ!」とその声を弾ませた。
 何処までも楽しげな彼女を引付け『遊び相手』になるルル家を一瞥してから夢心地は「あれじゃな!?」と声を弾ませ走り出す。
「ああ、……くそ、天使が多い!」
 影の天使。そう呼ばれたそれらを前にしていたミーナは奥歯をぎりぎりと噛み締めた。
 無数の攻撃がその身に降り注ぐ。希望を束ねた剣が閃いた。全てを薙ぎ払う。紅色の翼が揺らぎ、地を蹴り付ける。
 夢心地は諸共ビームを放ち、アリシスが示した者をたたき切るためにじりじりと距離を詰めた。
「汰磨羈! 任せて欲しい」
「ああ」
 汰磨羈はイルとマグタレーナに任せ、聖遺物へと走る。夢心地とミーナが道を開いてくれている。だが、二人とも傷を負っているか。
 ルル家とスティアがそれぞれ遂行者達を。シルフォイデアとレイチェルはワールドイーターを抑えている。
「これだ―――!」
 ミーナが叫んだ。その横面へと天使が捨て身で飛び込んでくる。指先を動かしたのはリスティアか。
「ルルちゃん!」
「分かってるわ。『首をお刎ね!』」
 叫んだルルの後方に巨大な鋏が浮かび上がった。紅色の糸が四方八方へと広がっていく。それに四肢を囚われたミーナが手を伸ばし藻掻いた。
「あとちょっとだろ、動け!」
 叫ぶ。その足を動かすミーナの背を押した夢心地は勢い良くその剣を振り上げて――
「チェストオオオオ!」
 叩ききった。しかし、其の儘、身を引き摺られたミーナが地へと叩きつけられ、巻込まれるように夢心地もごろりと転がる。
 構えたアリシスを前にしてからカロルは「私と、私の聖遺物が別行動じゃなかったら危なかったわぁ」とからからと笑った。
「ネタバレですか」
「優しさですよ」
 アリシスにカロルがうっとりと笑う。その背後で大きく翼を揺らめかせたワールドイーターは自身に蓄積したダメージも顧みず構えを作った。
「……来いよ。俺はまだ余裕だぜ?」
 呟いたレイチェルは荒れ来る炎をその身に纏わせるように魔力の奔流を制御する。至近に迫ったワールドイーターが腕を振り下ろした事に気付き、シルフォイデアが目を瞠った。
「はい。任せて下さい」
 絶対に死守してみせる。茄子子はそう決めて居た。そうとも言えども、イレギュラーズは傷だらけだ。
「預言者ごっこはここまでにしておけ。――と言って止まる輩ではないよな、御主は」
「あら、結構私のこと知ってる。ファン?」
 好きに言えと汰磨羈は眉を顰めた。線上に残ったワールドイーター一体が地を踏み締める。破壊された聖遺物によってこの場の帳が徐々に晴れていくのを汰磨羈は気付いて居た。
 カロルに向き直るが、その前のリスティアはまだ健在だ。カロルを相手に戦い続けていたルル家を支える茄子子は「本当に口が減らない」とカロルを称した。
 汰磨羈は「どうする」と問う。ワールドイーターの腹に深々とレイチェルの一撃が突き刺さった。紅色の魔力が赤き気配を残し、消え失せる。
 これ以上は『ムダ』だろうと汰磨羈はカロルへと向き直った。
「このまま戦い続けるか?」
「まさか。帳が消えるんですから帰りますよ。うふふふ。まあ、まあ、独りくらい殺してもいいかも――」
 つかつかと歩み寄ってくる夢心地は「おしゃべりが続くようならばのう、考えがある」と真剣な表情を浮かべてゆっくりと向き合った。
 膝を付いたルル家が「何を!?」と顔を上げる。大名と呼ばれた娘が『殿』と呼ばれた白塗りの男を見上げている光景はカロルのツボに入った。
「んふ……知ってるわ。豊穣の国でつづりって女と演劇を見たのよね」
「仲良くなっているのが気に掛かる」
 汰磨羈はお前は本当に敵なのかと呆れ半分で問うた。カロルはつづりを気に掛けていた。それは『彼女も使命に翻弄されている』存在だからだろうか。
 夢心地は自然な仕草でカロルの顎を掴み上げた。
「お喋りな唇には仕置きが必要じゃ」
「ああ」
 合点が言った様子でカロルは唇をぎゅっと引き結んだ。彼女の聖痕は『舌』にある。その口ぶりから見れば舌先が触れれば印が移る可能性がある。
 アリシスはカロルは夢心地がやけに真面目な仕草で唇を重ねる行為を食い止めることはしなかったが、舌を触れさせる事だけは拒絶したのだと理解した。
「ええ――――――!? ちょ、っと待って!?」
 夢心地とカロルの唇が重ならんとした時に、リスティアが叫んだ。勢い良くその間に割って入る。
「あら、残念ね。殿。こういうのは拒否しちゃダメだって豊穣で学んだわ。」
「そうじゃな。次回に持ち越しよ」
「そうじゃなくって!? ががーん! 違うよ、ルルちゃん! そういうのはダメなんだよ!
 どうして、殿? 殿さん? もそう言う……ふ、不正義だ……断罪しなくちゃ……『もう二度とは我が家門は穢れない』『私は二度とは違えない』!」
 リスティアの剱がぎらりと輝いた。はっとしたように顔を上げてからスティアが「下がって!」と声を張り上げる。
 リスティアが勢い良く振り下ろした一撃が夢心地の胸を裂いた。だが、それは確かな痛みというよりも、幻惑のように身を蝕んで行く。
 膝を付く夢心地にリスティアは「ああいう事、し、しちゃ、ダメなんだよ!」と叫んだ。
「……ルル。こんな事して楽しいと思ってるの?
 これまでの事を思い返すと乗り気じゃないのかなって、なんだかんだ優しいからね」
「あはっ! 良い評価。そうね、楽しくはないかもしれないけれど、良いかしら。これって本当に単純な話よ。
 生きる為に家畜を殺すのと同じでしょう。私は、生きていたい。『もう二度と』はあんな思いをしたくない」
 スティアはまじまじとカロルを見た。アリシスとて気付いて居る。他の遂行者達と比べれば彼女は実に隙の多い娘だ。
 作戦は杜撰なことが多く、戦いにも隙を見せる。命の危機をも感じれば、積極攻勢を見せるがそうでなければ楽しく対話をして全てを終る。
『此処に居るのがカロル』でなかったならば、領民の保護を優先している作戦では瓦解していた可能性がある。カロル・ルゥーロルゥーは邪魔をすれども、本格的な妨害を見せないそんな女だ。
 それこそ、いつ首を掻ききられても可笑しくないというのに夢心地の口吻を阻まず、彼に害が出ぬようにと気を配ってしまうほどの。
「……っていうかさ、あんた、自分はまだ死なないって思ってない?」
「殺すの?」
 茄子子の苛立ちは、膨れ上がるばかりだった。ああ、そうだ――ここでコイツを殺すと決めて居る。掠り傷でも良い、一撃を叩き付けてるとそれだけを胸にやってきた。
「あははは、アンタには無理よ」
「どうして?」
「だって、女の嫉妬って見苦しいですもの」
 茄子子が手にした白紙の免罪符へと文字が浮かび上がった。赦免の言霊ではない、それは――
 我が身をも省みずに放たれた収束した砲撃を滑り込んだリスティアが受け止める。
「ルルちゃん! 意地悪を言わないの!」
「だって、可愛いんだもの。大丈夫、私はルスト様一筋だもの。……そうじゃなきゃ生きていられないとも言うけど」
 呟いたカロルが一瞬だけ下を向いた。ならば――ルル家は地を踏み締めて肉薄する。
「キャロちゃん!」
 その手が、カロルの手を握り締めた。
「大名、何よ!」
「言ったでしょう。拙者が勝ったならば此処に来て欲しい、と!」
 無理矢理にでも握らせた名刺には幻想に存在するルル家の居所が記載されていた。
「直接訪問して頂いても構いませんし、勿論、手紙で待ち合わせ場所と時間を送って貰っても大丈夫ですよ!」
「それ、私が行く保証あると思う?」
 カロルは呆れた調子でそう言ったが、ルル家は「勿論」と笑った。
 彼女の事を何か知っているわけでは無い。敵である彼女がのこのことお茶会にやってくるとも認識していない。
 それでも、だ。彼女を知りたいと思った。願わくば、そんな穏やかな時間を過ごしたいとも――
「ルルちゃん」
 叱るようなリスティアの声に気付いてからカロルははっと天を仰ぐ。唇が唱えた聖句と共に浮かび上がった鋏がルル家に向いた。
「期待せずに待っていなさい! さあ、首を刎ねておしまい!」
 カロルは其の儘後退する。守るように立っていたリスティアの手にした剱に何らかの細工が施されていることに気付きながらも、一行がその地を後にする所だけを見送っていた。

成否

成功

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

夢見 ルル家(p3p000016)[重傷]
夢見大名
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
祝呪反魂
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)[重傷]
花に集う
一条 夢心地(p3p008344)[重傷]
殿

あとがき

 お疲れ様でした。
 カロルも皆さんと随分と長い付き合いになりました。が、そろそろ、綻ぶところが出て来そうですね。

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