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シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>わたしは鳥籠で囀らない

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


『乙女の手紙』

 あなたさまがわたくしをたすけるというならば、いますぐにこの体を掻き抱いてくださればよろしいのに。
 そんなこともせずに、あいしているとばかり口にするのだ。
 ああ、ああ、なんて不幸――!


「セナ様」
 星穹(p3p008330)は天義騎士団の詰め所にてフォン・ルーベルグ内の見回りに出る準備をしているセナ・アリアライトの背中に声を掛けた。
「予言が降された。騎士は皆、任が与えられている。無論、私もだ」
「セナ様」
「……大丈夫だ、せら」
 せら。セラスチューム。そう呼んだ幼い日の誰かが頭に過った。
 星穹は自らの記憶が薄い。それはセナとてそうだ。だが二人は自身達の血が繋がった兄妹(かぞく)である事を漠然と知っている気がしていた。
 だからこそ、互いに向けた感情の応えは「いかないで」「無理をしないで」としか言い様がない。
「セナ様は直ぐに何かを抱え込んでしまわれる」
「……もしかすると、血筋なのかも知れないが」
 ああ、あなたがお兄様だったならば、今すぐにその腕に縋り付いてしまいたい。
 長らく存在していない血の繋がりを見付けられた気がするのだ。
 血が通わぬ家族との愛情は知っている。その尊さも、子ども達の愛おしさだって分かった。
 けれど――血の繋がりを知ってしまえばその人を愛してしまうのだ。それは何方も同じであったのかもしれない。
「ふふ……ご一緒させて頂いても?」
「ああ」
 共に、騎士団の詰め所を出たところでアーリア・スピリッツ(p3p004400)の姿を認めた。
 彼女の背後にはしがみ付く浅黒い肌の少女が立っている。

「マー……ブーケ……?」
 セナの唇がざらりとした音を立てて動いた。星穹ははっと目を瞠る。
 アーリアの前にはアーリアと瓜二つの娘と――あれは――ああ、いやだ。駄目だ、認識したくはない。此方を見ないでくれ。
 星穹の前にセナが立った。その眸は大きく見開かれ、星穹と同じ人物を見詰めている。
「ロイブラック、お知り合いですか?」
「……いいえ、遂行者アリア」
 僅かに笑った。だが、首を振った幻想種を思わす長耳の男はアーリアと瓜二つの女を『アリア』と呼んだ。
 セナが庇うように星穹の腕を掴む。それ以上は動くなと言いたげな力の強さに、何かがあることを察知し身を堅くする。
「どうやら、余計な介入が。改めての自己紹介をさせて頂きます。
 預言者ツロの産み出した『三人の娘』、その一人のアリアと申します。どうやら『本来の私』を語る者が居るようですが」
「……嫌なことを、言うじゃない」
 アーリアは後方にブーケと呼ばれる少女を隠しながら身構えた。
 怯えながらアーリアにしがみ付くブーケは「怖い気配がします」と唇をかたかたと鳴らしている。
「ツロ様はどうやらあなたを求めていらっしゃるのです。けれど、私は許したくはない。
 だって、あなたが来て仕舞えば私は用済みでしょう? あの人が愛するのは私で良いのに……なら、代りを用意すれば良いかと思って」
 アリアはにこりと微笑んで傍らの男を見た。ロイブラックと男は恭しく一礼をし『客向け』の笑みを浮かべた。
「ご機嫌よう。ロイブラックという。どうやら知り合いもいるようだけれどね」
 びくりとセナの肩が跳ねた。星穹は嫌な気配に吐き気をも催す。ああ、だって、体が、体が震えている。知っているのだ、あの男を。
「……今日は愛しき星雛鳥に会えただけでも嬉しいさ。
 遂行者アリアが『アーリア・スピリッツ』という娘を排除する手伝いをすれば、雛を捕まえる協力をしてくれるそうなんだ」
「雛?」
 セナが睨め付けた。アーリアはロイブラックから視線を外さぬままである。
「ああ、愛しい雛だよ、セアノサス」
 セナが唇を噛み締めた。
 アーリアは、まだ、前を見ている。
 アーリア・スピリッツという女が『幼い少女がいれば助ける』のは当たり前のことだった。
 アーリア・スピリッツという女が『泣いている子供』を見詰めてから大丈夫かと微笑みかけたのは彼女らしい行動だった。
 ――アーリア・スピリッツという女が『初恋の人』にも似た気配を何処からか感じてこの場所に来たのだって。

「さあ、始めようか。『ブーケ』」

 呼ばれた少女はアーリアの背後に立っていた。
 振り向いた女の腹にはブーケの腕が突き刺さっている。
「……え?」
「おねがいします。しんでください。そうじゃ無いと、ブーケはおうちにかえれないの」
 泣き出しそうな顔をして、少女の唇が吊り上がった。

GMコメント

 夏あかねです。第二の予言。

●成功条件
 ・遂行者『アリア』の撤退
 ・『ブーケ』の撃破or撤退及びロイブラックに「帰宅」の意思を示させること。

●フィールド情報
 聖都フォン・ルーベルグ内部。都は騎士達による避難も始まっており、一般人を巻込む可能性は引くそうです。
 一般的な家屋が建ち並んでいる広場を想定してください。何故、フォン・ルーベルグ内部を狙ったのかと言えばそこにアーリアさんが居たから、そして『それだけの自信がアリアにはあった』からでしょう。

 アーリアさんが参加された場合はお腹にちょっと風穴を開けさせて頂きます。
 HPは1/2程度削らさせて頂きます(回復可能です)。またブーケが背中にぴったりと張り付いていますので直ぐに引き剥がす必要があります。

●エネミー情報
 ・遂行者『アリア』
 アーリア・スピリッツを亡き者に使用と目論んでいる女です。アーリアさんを執拗に狙います。
 魔女を思わせる他、薬学知識も高く聖職者の素養もあるため基本的には『何でも出来る』と言った様子です。
 協力者としてある邪教の教祖であったロイブラックという男を連れています。
 彼が求める為、セナ・アリアライトや星穹さんに対して『歴史修復への誘い』を行なう可能性があります。
 アリアは家族愛などが大嫌いですので、胸焼けがした場合は何も手出ししない可能性もあります。
 ブーケが倒された時点で撤退します。此処で死んでは元も子もないためです。

 ・???『ブーケ』
 幼い少女です。セナ曰く友人の妹であり本来の名前をマートルと言います、が、事情があり離れて暮らしているようです。
 人間とは思えぬ力を有しており、ぐずぐずと泣きながらアーリアさんを執拗に狙ってきます。
 ただし、幼い子供であることや『自分自身で考える能力が低い』為に苦戦を強いられる相手ではなさそうです。
 歌声を武器にするほか、手脚を使ったアクロバティックな戦いを見せます。どうして戦えるのかは……。

 ・ロイブラック
 アリアに誘われてやってきた協力者です。セナが警戒をしています。
 今は微動だに動きません。
 どうやら星穹さんに対して思い入れがあるようですが……。
 ブーケが殺害されたorブーケが戦闘不能かつイレギュラーズが撤退を促し『ブーケを回収できる場合』は帰宅の意思を示します。

●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●NPC
 ・セナ・アリアライト
 天義聖騎士団の青年。セラという妹が居たような――そんな記憶のある騎士団員です。剣での戦闘が中心。
 傲慢な正義を遂行し続けた己の矜持が歪んでしまった気がして、非常に不安定な立場にあります。
 が、其れを出さぬようにと務めているようです。出さないだけでもの凄い不安定です。危うい男です。
 自身の親友であるライナス・ファーレラインという聖職者(騎士の家系ですが落ちこぼれて聖職者になりました)がマートルという名前の妹を喪ったというエピソードを話していたことから、ブーケがそうでは無いのかと疑っています。
 ……ですが、もしも、ブーケが生きた人間ではないのならば『その命を正しい場所に戻してやりたい』とも考えて居るようですが……。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <アンゲリオンの跫音>わたしは鳥籠で囀らない完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月23日 21時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
プエリーリス(p3p010932)

リプレイ


 赤い血潮が滴り落ちていく。背より深く突き刺さった『腕』は見下ろす『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)でも良く分かった。
 ぽっかりと開いた大穴のように。女の身体に突き刺さったそれが目の前で泣きじゃくっていた幼い少女の腕だったとき、どの様に理解をすべきだったのだろうか。
「ア、アーリア、さま」
『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)の唇が震えた。戦慄く唇に困惑が載せられた。理解も出来ない。ブーケとアーリア、その状況に竦んだ脚を奮い立たせた。

「今すぐその手を退けろ――」

 静かに――地を這いように 『真意の証明』クロバ・フユツキ(p3p000145)の声が響いた。アーリアとブーケを引き剥がすように慎重に、それで居て迅速にクロバはガンブレードを振り下ろす。圧倒的速力を前にクロバは『幼い少女の腕を切り落とした』筈だった。
 だが、掠った程度だったのだろうか。たらりと血潮を一筋流してからブーケと名乗った娘が泣きじゃくる。痛いよお、痛いよお、と。余りにも現実離れした光景に『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は目を瞠った。
(小さな女の子がイレギュラーズの攻撃を避ける……?)
 それは『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)とて同じだった。クロバが咄嗟に見せた行動を避けた時点で『それ』が普通の幼い娘ではないことは理解出来た。それでも見た目があれだけ幼い娘なのだ。ヴァレーリヤの感じた戸惑いは一般的な感性によるものである。
(見た目だけであれ、小さな子供を手に掛けるのは気が進まないけれど……アーリアの危機ですもの。仕方ありませんわよね)
 痛いよおとノイズのように子供が泣き叫ぶ。火が付いたようにその声が響き渡り呆然としていたアーリアとその間に割って入ったクロバの警戒する瞳が冷たくブーケに降り注ぐ。
「ええい、もう! 痛い目に遭いたくなかったら、大人しくお家に帰りなさい!
 アーリア、大丈夫でして!? ここは私達に任せて、下がっていて下さいまし!」
 ヴァレーリヤは叫んだ。ブーケは何処からどう見ても子供だ。自身で思考し、戦闘を行なっているわけではないとヴァレーリヤは理解した。だからこそ、彼女を引き離しておけば良いのだ。
「あら、まぁ。この展開はちょっと予想してなかったわね」
 仲間達とは対照的に穏やかな声を発する『レインボウママ』プエリーリス(p3p010932)はこてんと首を傾げる。その鮮やかな紅色の瞳は泣き叫ぶブーケを捉えて放さない。クロバが直ぐさまにブーケとアーリアの距離を開けた――ならば、ここからが自らの役目であると手を伸ばす。
『母』は郷愁を誘う声音でブーケへと囁いた。その響きにブーケがつい、と顔を上げた。気配を察したように白髪の男の方動いたことを『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は見逃さない。
「……一体何がどうして……色々と問いただしたいことはあるけれど、まずはこの場を制してからだろうか……!
 俺は知人を傷つけられて怒っている。これ以上好きに出来るとは思わないことだね」
 苛立ったヴェルグリーズの声音に『アーリアと同じ顔をした』女が小さく首を傾げた。鮮やかな紫色の髪を有する『アリア』は「偽物を排除することに何の間違いがあるのですか」と冷ややかに言った。
「偽物……だと……?」
 ヴェルグリーズは『自らの仲間』を偽物と称されたことに目を剥いた。三人の娘とは何か、この場を統率するように姿を見せたのはどうしてなのか。何もかもがわからないことだらけだ。
 相棒は、ヴェルグリーズにとっての半身たる『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は震えていた。足がかたかたと震えを帯び、腕が動かない。涙が滲み本能的な恐怖がその体を支配する。
「ッ――」
 それは、白髪の男を見たときからソウだった。星穹を庇うように、守るようにその腕を握り締めたセナ・アリアライトも震えている。
 ――愛しき星雛鳥。
 その呼び名にどうしたって星穹は覚えがあったのだ。
「……セナ様」
 呼び掛ける。嗚呼、違うのだ。彼の震えを感じて、彼の心を理解した。逃げるわけには行かないと知っている。
 どうしてイレギュラーズとしての力を手に入れたのか。何も持たずとも自らを護る為に立ち振る舞うその人が『どうして強くあれた』のか分かって居る。
「いいえ、お兄様」
 ゆっくりとセナが振り向いてから目を瞠った。星穹(せら)。セラスチューム。それは『セアノサス』と呼ばれたセナ・アリアライトの本来の家族だ。
「セラスチューム」
 呼び掛けてからセナは涙を滲ませた。ああやっと、君をそう呼ぶ事が出来たのだ。


 弾き飛ばされたブーケの前にはプエリーリスが立っている。その一撃を放った張本人であるクロバは己の手許をまじまじと見てから顔を上げる。
(命令に従って動く少女……いや、この純粋さ。作り物か? いや、そうでもないのか。分からない。
 分からない、ならば仕留めるよりも理解することに重きを置いた方が良いはずだ。彼女の存在が何らかの影響を及ぼす可能性がある)
 ガンブレードを強く握り締めたクロバはヴァレーリヤに気遣われるようにして後方へと下がったアーリアに気付く。
 涙を流しながらも人を傷付けることを厭う少女。彼女はアーリアを狙っている。涙をぼろぼろと流しているくせにアーリアの命を奪う事ばかりに注力するのだ。
「……どうしたことなのか分かりませんけれども、友人を傷付けられるのは我慢なりませんわ」
「理解は出来ますよ」
 アリアは静かな声音でそう言った。まるで同情でもしたかのように声を潜め苦しげにそんなことを言うのだ。メイメイは思わず理解出来ないと言いたげに眉を顰める。
「……ならば、どうして……?」
「それでも為さねばならないことがあるでしょう」
 アリアはこてんと首を傾げた。その少女めいた仕草に、長らく忘れてしまった『幼き日の自分』を思い出してからアーリアは振り向きざまに一撃を放つ。アリアの頬を掠めたそれは後方へと飛び入った。
 ああ、頭が痛い。傷口よりも尚も、頭痛がするのだ。本来の『私』だと彼女は言う。
(私は私で、私を求めている『ツロ様』って、ねぇ。
 そんな事を言おうとしたのに――どうして、視界が歪むの? そして、この胸のざわめきはなぁに?)
 嫌な予感がしたのだ。これは痛みなんかじゃない、心が悲鳴を上げて軋んでいる。混乱を吐出すようにしてアーリアはアリアに向き直った。
「もう一度聞かせて頂戴、貴女の名は?」
「アリアですよ。アーリア・スピリッツ、『私の名前を捨ててしまった臆病者』」
 ああ、なんて悪い冗談だ。そうだ。アーリアは『アリア』の名を一度は捨てた、のかもしれない。
 けれど――「私はアーリア・スピリッツ――そして、欲張りだから『アリア』の名も捨てないことにしたの!」
 誰かに譲って良いものだとは思ってなどいないのだ。アーリアが腹を押さえ堂々と宣言すればアリアの目の色が変わった。はっと気付いたようにしてウェールはその身を滑り込ませる。
 アリアも、ブーケもアーリアを見ている。攻撃目標を『己』に改竄する細菌を放つ。弾丸がアリアを掠めたか、それだけでも注意はウェールへと向けられる。酷く嫌悪を擽るような苛立ちがその瞳には滲んでいる。
「あんな幼い子に何を指示した!」
 アリアは「偽善者め」と呟いた。歴史を正す遂行者たる娘にとって幼子一人の身柄で反抗的態度とをる事は許せる事ではなかったのだろう。
「籠主様、アリア様」
 しくしくと涙を流すブーケが地を踏み締める。ウェールは幼子の言葉を思い出して忌々しげに眉を顰めた。

 ――おねがいします。しんでください。そうじゃ無いと、ブーケはおうちにかえれないの。

「ブーケちゃん、どうしたの? ママはおうちで待っているの?」
「ママはいないの、ママ、ママァ。どこぉ」
 プエリーリスはブーケの一撃を受け止めながら優しく優しく声を掛ける。裏表はない。それは分かる。彼女を引き寄せて攻撃を重ねるだけで心がずきりと痛んだ。
 悪い事をしたらお仕置きをしている。それだけなのかもしれない。ママに変わって躾る必要がある、と考えたが『ママはいない』とはどう言うことなのだろうか。
「あなたの帰る場所は、どこ? ママのところじゃないの? あなたにこんなことを教えたのはだぁれ? 教えてちょうだい」
「わからないよぉ」
 ぐずぐずと涙を流すブーケを前にしてクロバは「セナ・アリアライト」と呼び掛けた。
「何か知っているか?」
「……ブーケと名乗る少女ではない。ただ。知り合いの『妹』に良く似ている。ライナス・ファーレライン……その妹のマートルだ」
 マートルと呼ばれてからブーケはぶるぶるとその身を震わせた。「ブーケ」とロイブラックが呼ぶ。
「大丈夫だ、ブーケ」
「籠主様」
 呟いてからブーケの眸の色が変わった。プエリーリスは彼が指示をしていると理解してからブーケ越しに睨め付ける。セナと星穹が怯えた様子で見詰めていた男――ロイブラックと名乗ったスーツの幻想種だ。
「なあブーケ……聞いてくれ。それから、落ち着いて欲しい。おうちに帰りたいのは分かる。
 俺も我が子の元へ帰れるならなんだってできる……でもな、おうちの人がブーケのおてて、お洋服が血に汚れていたら心配する。
 おうちに帰るためにお姉さんに死んでもらったの! なんて言ったら、おうちの人が泣くぞ」
「ううん」
 ブーケが首を振ったことにウェールは眉を顰めた。攻撃されていたいのは嫌だろうと告げれば彼女はまたも首を振る。
「理解できなくても覚えていてほしい……殴ったら殴り返されて、どちらも悲しくなって涙が出ることを」
「でもね、おじさん。あ、思い出した。……『お母さんは魔種だからブーケが誰かを殺して強くなれば喜ぶ』んですよ」
 ああ、なんて事だろうか。少女はさも当たり前の様にそう言った。それと同時にクロバはブーケと呼ばれた娘が偽の両親を宛がわれた致命者か何かだろうと察知する。
「ブーケさまは、致命者か、それに近い存在……? ……あなたは『ディアスシア』……『シア』さまを、ご存知です、か?」
「シアお姉ちゃん!」
 嬉しそうに声を弾ませたブーケは何かを一つずつ思い出しているかのようだった。痛みを覚える度に、記憶を一つ取り戻しているかの如く。
 彼女はメイメイの問い掛けにきらりと瞳を輝かせてから何かに気付いたように声を潜めた。
「――殺したの?」
 メイメイは引き攣った声を漏す。なら、ブーケも殺さなきゃ。


「兄様!」
 貴方がそうである事は分かった。
 星穹は過去の名前も、何もかもは分からない。ただ、アリアにもブーケにも、『目の前の男』にだって渡したくはないのは確かだ。
 彼がセラスチュームと呼ぶならば、それが自身の本来の名前なのだろう。
 セアノサスと彼が呼ばれているならば、それだって彼の名前なのだ。
「大丈夫。セラが、ついております。私の兄様なら、私に微笑むくらいの度胸はある筈です」
「セラ……」
 セナは囁いた後、可笑しそうに笑った。繋いだ手をそっと離す。
「お前が『星穹』なら俺は『雪涙(せな)』とでも名乗ろうか。家名も捨てて、何処か遠くでやり直せるように」
 目を瞠った星穹の傍らでヴェルグリーズがふ、と笑う。ああ、なんて幸せな光景だ。
 何もかもが直隠しにされて本人さえ知らない過去。それがゆっくりと詳らかになって行く。彼女が不安であれば自身が傍で手を握ってやろうと、そう考えて居たけれど――(どうやら、セナ殿は良い兄のようだ)
 アリアが胸焼けしたような顔をして居るがそれは今問題ではない。ヴェルグリーズはブーケに肉薄して声を掛けた。
「ロイブラック殿と言ったかな? キミに聞きたいことがある。彼女は致命者……つまりは『遂行者』等に作り出された存在なのか」
「……だとしたら?」
「彼女は今、どう言う状態なんだ。キミの目的がセナ殿や星穹を害するのであれば俺はそれを見過ごせやしない。
 先ほどから言っている雛とは何のことなのかな。色々と話を聞かせてもらおうか」
 睨め付けたヴェルグリーズにロイブラックがはははと明るい声を漏した。余りにもお可笑しそうに笑う事にヴェルグリーズは眉を顰める。
「セアノサス、そろそろ全ての記憶が戻ったんだろう? ほら、『コッチに戻って来なさい』」
「兄様!」
 兄の手を握り締めた星穹が唇を震わせる。アリアがまたも苛立ったような顔をしたことにアーリアは気付いた。
「……星雛鳥」
「貴女が何を仰って居るのかは分からない。今はまだ何もかもがわからないけれど……何も怖れるわけがない。
 この手に指輪の煌めく限り。……貴方も居てくれるでしょう、ヴェルグリーズ」
 ああ、とヴェルグリーズは頷いてからロイブラックを睨め付けた。彼は動かない。自在に動かんとするブーケを阻むプエリーリスも居る。
「……兄様、見ていて。私、うんと強くなったのよ。
 大事な家族が増えたのです。この手で守りたいものが、増えたのです。だから兄様。帰ったら、子供達と……彼のこと、紹介させてくださいね」
 一体何の話だと目を見開いたセナにヴェルグリーズは小さく笑った。ああ、妹が突然家族の話を為たのであれば驚くだろう。
「大丈夫。ヴェルグリーズは『私の剣』だから。どんな壁だって切り開いてくれるのよ。素敵でしょう?」
「あ、ああ……」
 セナの視線に気付いてからヴェルグリーズが構える。
「星穹は俺の大事な家族だ、そうであればセナ殿も同じこと。俺の家族は例えこの身に代えても守ってみせる」
 驚愕に目を見開いたままのセナを背にヴェルグリーズが一歩踏込んだ。ブーケの瞳がギラリと光る。
「邪魔をしないで! シアお姉ちゃんを殺したのに! こうしなきゃっ、良い子じゃなきゃ! お母さんを返さなくちゃいけなくなる!
「子供を戦わせておいて、そこの貴方は高みの見物かしら? いいご趣味ですわね」 
 ヴァレーリヤが弾かれたように叫ぶ。ロイブラックはやれやれと首を振った。
 プエリーリスは歌い続けるブーケの体に一撃を叩き込み、その身がぐらりと揺らいだことに気付く。
「大丈夫よブーケちゃん。あなたはおうちへ帰れるわ。私たちがおうちへ返してあげる。だからいまは安心してお眠りなさい」
 殺さずに居た。彼女が致命者ならば裏で糸を引く人間がいる。
 それがこの男ならば――殺す事は出来ない。事実を詳らかにするまでは。
「ロイブラックさま、どうかお引き取りを」
 ブーケをそっと差し出すメイメイはロイブラックを常とは違う気配を纏わせながら見詰めた。
「この子をどうなさるおつもりです、か?」
 また戦いの道具になるのだろうか。ロイブラックは何も言わず「有り難う」とだけ返してブーケの身を抱え姿を消した。


「ねぇ貴女、少しお喋りに付き合ってよ」
 アーリアは敢て彼女の名を呼ばなかった。アリア、などと呼んでその存在を認めてしまうなど許せることではない。
「貴女は何者? ……魔種、ではない雰囲気だけれど」
「簡単な分類なら遂行者とでも名乗りましょう、アーリア」
「記憶はあるの? 幼い頃大好きだった絵本の題名は? お父さんが日曜日に作ってくれる、大好きなお菓子は?
 妹と大喧嘩した時にあの子がいつも行く場所は? ……私の、初恋の相手は?」
「あの絵本は妹にあげたでしょう? ほら、大喧嘩したときに礼拝堂の裏で何時も泣いていたから、大切な本名のよって。
 お父さんのおかし、あの緑色のやつだけ美味しくなかったですよね。ええ、けど嫌いじゃなかったな。
 あの人は商売人だったから、何処までも旅に出てしまうのに。その手を取らなくってよかったの? 『私』」
 アーリアは唇を噛み締めた。己の記憶と彼女の記憶は近しいものまで重なっている。ただ、イレギュラーズとなってからのことは彼女も知らないだろう。
 いや、違う。アーリアは嫌な気配を噛み締めながら敢て、言った。ああ、お願いだから――予測が外れていれば良いのに。
「貴女は遂行者のツロに生み出されたって事だけど、その親を愛してるなんて随分辛い恋ねぇ。
 大体ずーっと裏でこそこそ、いい加減姿を見せなさいよ、もう!」
「貴女だって同じ人を好きなくせに」
 はた、とアーリアの中の時間が止まった。
「――ほら、全ての歴史を修復しましょう」
「歴史修正? 笑わせるな、今の歴史が間違いだから直す? ……傲慢だな、とびっきりの。確かに間違いだらけだろう。
 だがそれを否定まではさせない。歴史とは、人が積み重ねた時間と想いそのものだ!」
 至近距離へと飛び込んだクロバは『アーリアと同じ顔をして居たとて』アリアを一刀両断することに躊躇いなど無かった。
 アリアが苛立ったように手を前へと向けるが、その指先にするりと何者かの手が重なった。クロバの刃を受け止めたのは指先一本だ。
「アリア、帰ろうか」
 声が聞こえてからアーリアは顔を上げ、酷く引き攣った声を飲み込んでから座り込んだ。ああ、今更傷が痛む。
「ツロ様ッ!?」
 ツロ――じゃない。彼は。
「ティル、」
 ティルス。初恋の人。
 アーリアは酷い頭痛を感じてから意識を手放した。倒れるその体を受け止めてからメイメイは『神の国』へと帰って行くアリアの背を見送った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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