PandoraPartyProject
『魔王座』V
振り下ろされた開闢のパンドラは混沌に残された最後の希望だ。
文字通り、定められた運命を撃ち抜く鮮烈な光と闇は目の覚めるようなコントラストの奔流を以ってそこに在りながら何処にも無い門を侵食する。
「……っ、く……っ……!」
歯を食いしばったルカの、剣を手にした彼の隆起した筋肉から血が噴き出す。
その切っ先を一ミリ前に進めるにも全身の生命力を根こそぎ吸い取られるかのような『重さ』は目の前に横たわる壁が如何に厚く高いかを告げていた。
(ざんげ……)
『大本、どうしてあの退屈な女に惚れたのかは分からない』。
ルカ・ガンビーノは砂漠の王子様だ。ラサの名門ガンビーノ・ファミリーの跡取りとして育てられた彼は見目も良く、若いながらに腕っぷしも立ったから――さっぱりとした性格もあって言い寄る女は多かった。だが『師匠』であるディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071)からは呆れられたものだが、ルカはそういう事に彼程積極的ではない方だった。
それがどうしてか。あんな打っても響かない女に惹かれてしまった。
まるで一つの運命のように魅入られて、まったく変わらない女とこの数年の時を過ごしてきた。
今、尚ルカの心の内には一つの疑問が燻る。
――果たして、ルカ・ガンビーノという個はざんげという女にとって『特別』なのだろうか、と。
(ああ、分かってるよ。そんな事……!)
他ならぬ誰がレオンを嘲ろうとルカだけはその気になれない。
自分よりずっと長い時間を『それ』で過ごした彼の気持ちを恐らく世界で一番理解出来るのはルカだったからだ。
神託の少女(ファム・ファタル)の寝ぼけ眼が見るのは混沌の未来だけだった。
『神』なる身勝手な老害にそう作られたから。言ってしまえば、義兄(イノリ)の気持ちさえ、このルカには幾らか分かる!
「っ、く……あああああああああ……ッ!」
咆哮は強くなり、圧力に押されたルカの拮抗はその分だけ弱まった。
イノリが「ゼロよりはマシ」と称した可能性はこの奇跡の実現性を欠片程も約束していない。
刃を突き立てればその先があるのかも知れない。
終焉の門を破り、混沌にその先を見出せるのかも知れない。
だが、それ自体さえも不明瞭であり、それ以上に――ルカ一人ににそれを成し遂げる力が無い事は確定的に明らかであった。
それでも可能性が幾らかでも存在すると言うのなら。それは『開闢のパンドラ』という最大の横紙破りが見せる一時の幻影だったに違いないだろう。
――え……?
終焉の門のその先の世界が乱れた。
在り得ざる空間同士を繋いだその扉の先には困惑顔をしたざんげ(p3n000001)が立っている。
『空中神殿に繋がった影の城』でざんげとルカの視線が合った。
「……い」
「……どうして、何で……?」
「……て、こい」
生命力を、気力を削られながらもルカは振り絞るように言った。
「降りてこい、ざんげ!」
――そうしたらまだ幾らでも戦えるから。
おまえがその場所から降りて来るのなら、どんな奇跡だって叶えてやるから――
『神託』の成就を前にざんげは逡巡した。
彼女の役割は神託を伝える事であり、空中神殿を守る事である。
だが、彼女が絶対的に防ぐべきはその神託の成就であり、それに立ち向かうイレギュラーズ――ルカの支援である。
それは恐らくは開闢のパンドラと積み重ねたイレギュラーズが起こした今日最大の奇跡だった。
――世界が割れる。神託の少女の鳥籠が、崩れて落ちる。
醜悪な神の施した『機能制限』は少なくともこの一時に砕け散ったのだ。
「……っ……」
珍しい程に露わな反応を見せたざんげの中におかしな感情が浮かんでいた。
『本来はそれをそうと考えるように作られて等いなかった少女は初めて本当の意味で迷っていた』。
それは、世界を助く判断をするべきであるかどうか『だけ』ではない――
(……レオン)
相変わらずの『観客』を決め込む『少年』にこの時、ざんげは胸が潰れそうな想いがした。
こうなって初めて気付いたこの物語の残酷さは霧が晴れつつある世界の中に彼女の心を惑わせていた。
――彼は何時から笑わなくなっただろう。
覚えていない。
――自分の前で夢を語らなくなったのだろう。
覚えていない。荒唐無稽だと思っていたから。
――会いに来なくなったのだろう。
ハッキリと覚えていない。自分に飽きたのだろうと思っていた。
――きっと、許してはくれないのだろう。きっと。
きっと、きっと。
「……わ、たしは……」
「ざんげ!」
「……っ……」
声に身を竦めるその姿は年相応の見た目に怯えた少女のようであった。
『ルカの言葉が響いたからこそざんげは自縛を禁じ得なかった』。
鳥籠が崩れて、爆発的に襲い掛かる感情の渦に翻弄されている。
「……こい、ざんげ!」
呼びかける彼に応じる足は虚しく凍り付き、その視線は彷徨って――ルカの後にレオンを見つめた。
「……は」
嗚呼、運命は残酷だ。
怯えるような、赦しを乞うようなその視線の意味は知れていた。
「笑えるぜ」
それはレオンがかつて願った意味を持たない。そして同時に、今のレオンはそれさえも望んでいなかった。
小さく鼻を鳴らした彼は生憎と。今も昔も少しの運命も持ち合わせていない。
おためごかしで「構わないさ」等と言える程の度量も無い!
「『今更』かよ」
それも、他の誰かの――『運命』とやらを持ち合わせる誰かの手によってだって?
両者のやり取りの本当の意味を本質的に知る人間は決して多くは無いだろう。
だが、少なくともドラマだけは違う。烏滸がましいと言われようと彼女だけは酷い悲喜劇の舞台の、その真ん中に居る。
「……くん」
薄い唇を僅かに戦慄かせたドラマの声は恐らく隣の彼にさえ届かなかっただろう。
唇を血が滲む程に噛んだ彼女はそれでも、何処までもドラマだった。
二十数年前と変わらず。かつてあんなに澄んでいた青色は、傷んで色褪せたまま。
――でも、だって! だからって!
※マッチョ ☆ プリン(p3p008503)が――切なる一時を紡ぎました。
※<終焉のクロニクル>Pandora Party Projectが終結しました!
※幻想各地にダンジョンが発見されたようです。
これまでの天義編|プーレルジール(境界編)|Bad End 8(終焉編)
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