PandoraPartyProject

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綜結教会にて

 その建造物自体は壮麗といって差し支えない。
 役目は巨大な複合施設であり、神殿でもある。
 主をラバトーリと言い、率いる団体を綜結教会と呼んだ。
 教義は『あまねく全ての合一』である。

 実のところラバトーリは異端であり、邪悪な存在と見なされている。
 世界を滅びへ導く魔種とさえ手を結ぶ教義は、なるほど異端中の異端ではあろう。
 カルト結社と見なされる上、数々の犯罪行為に手を染める彼等は、当然ながらその結社の上層部共々にあちらこちらから指名手配されている。
 つまり彼等は身を潜めているのであり、この華美な建造物は目立ちすぎるとも言える。
 自己顕示を抑えきれないのだろう。あるいは己の正当性を疑わない姿勢の現われとも言える。だが建造物自体は綿密に隠蔽されており、そのあたりに理想と現実との狭間に揺蕩う矛盾を感じざるを得ないが――

 鏡のように磨き上げられた大理石の祀室がある。
 天幕の裏には彼等のあがめる神『異神』が居るのだろう。
 傍らには数体の存在――側近『メタトリア』や魔種『レディ・スカーレット』『ファティマ・アル=リューラ』等がおり、また『遂行者』テレサ=レジア・ローザリアも客人として招かれている。
 そんな礼拝堂の供犠壇を背に、ラバトーリは信徒達へと問う。
「人に幸あれかし、されど能わぬ訳は何か」
 眉目秀麗な男――ファタール・ファムは跪いたまま答えた。
「人は元より幸福となる権利がありましょう。しかし現実は必ずしもそうではない」
ロス・キューブラは如何に」
「はい。時に大いなる自然は試練を与え、時に病あり、また老いあり。人々の幸福は常に脅かされている」
「左様、だがそれだけではあるまい。ジャック・カリギュラよ答えよ」
「もちろんです、猊下。そこに善と悪、聖と魔、正と邪の分断あればこそ」
「如何にして抗し、合一へ導くか」
「それではこの私が一例をば」
 ファタールは彼自身が救済の道へ導いたとする信徒の話をはじめた。
 一月ほど前の事だ。信徒には些細な悩みがあり、まずはそれを真摯に受け止めたという。
 この信徒は家族関係に問題を抱えていた。
 信徒の両親は家業を継ぐように迫ったが、信徒自身は学業の道を選びたかったという話だ。
 しかし現実問題として学業には金がかかり、なおかつ両親はその間の生活を支えねばならぬ。
 両親は老いてきていた。そろそろ子の面倒まで負担しきれない。
 そこでファタールは信徒に自立を促した。
 昼は教団の労務を行い、夜に教団の施設で勉学するようにと。
 そして親への恩返しは自己実現を終えてからでよかろうと諭した。
「やがて勉学の研鑽は、日々の糧を得ることへ合一も果たせましょう」
「よろしい、そこに綜結は成る」
 ラバトーリは鷹揚に頷いた。

 しかるに、そして驚くべき事に。
 この異端カルト結社を構成する者達の心根は、善良と言えるのかもしれない。
 彼等自身も、あくまで世のため人のために行動していると信じ込んでいる。
 そして実際に、一人の信徒を導いてさえ見せたではないか。
 教団は東に貧しい者があれば働き口を作り上げ、西に病める者があればいってこれを癒した。北に非難される者があれば擁護し、南に排斥される者があれば居場所をこしらえてやる。
 全て世のため、人のためである。
 彼等は善良であり、なおかつ優れた行動力があった。
 だから拡大したのだ。
 そうでなくば、世にこれほど広まらない。
「しかして人の世に悪意あり」
 ラバトーリは言う。
「なぜ魔種は排斥されるのか」
 この世界に生きる者にとって、魔種は不倶戴天の天敵である。
 だがラバトーリの考えは違った。
 魔種と人種とて、合一せねばならないと。
 故にこの教団は、初めて『異端』と呼ばれることになった。
 もう何十年も前のことになる。
「滅びへの恐怖にございましょう、猊下」
 魔種は滅びのアークを蓄積し、やがて世界へ不可逆の破滅をもたらす。
 これは絶対の事実であり、他の解答はない。
 それでも『認めろ』というのが、ラバトーリの姿勢なのだ。
 たとえ世界が滅ぼうとも、その教理は乱されない。なぜならば教理は絶対であるからだ。
 当然ながらあまりに尖ったイデオロギーでは多くの理解は得られまい。
 だが彼等に救われた者は、彼等を支持するようになる場合が多い。
 そして『世の中』と『信徒達』との間に生じた対立は、教団を先鋭化させていく。
 信徒は新たな信徒を獲得せんとし、勧誘は拉致監禁へと変わり、教化は洗脳へと変貌した。
 正義を行動することは、正義でさえあれば手段を問わない事になっていったのだ。
 信じることも正義であれば、いかな手段で信じさせても構わないのだと。
 そしてついに『不信信者の排斥』さえ、これ以上の邪に手を染めぬよう『救済すること』へ至る。
 即ち『対立したものは殺して構わない』という話だ。
 彼等にとっての悪人とて、死ねばこれ以上の邪悪を為すことはないのだから。
 それもまた『救済である』のだと――
ガハラ・アサクラ神敵の手に堕ちたとの報告もございます」
「ならば救済せよ」

「邪なる者、それは天義、ギルド・ローレット、そして杜となりましょう」
 跪いていたファタールは立ち上がり、振り返る。
 そこには純白の装束を纏う多数の信徒達が居た。
「神敵『邪教国』ネメシス!」
「然り!」
「神敵『ギルド・ローレット』!」
「然り!」
「神敵『杜の邪神』!」
「然り!」

「然り!」
「然り!」
「然り!」

 彼等は口々に叫んだ。
 冠位魔種を滅ぼした者は悪であると。
 綜結を遠ざける邪であると。
 神敵であると。

「あまねく合一へ導かんとする我等」
「歴史取り戻さんとする遂行者」
「その理想も一つに」
「綜結は成る!」

「ならば我等が神のため」
 ラバトーリが杖で床を打つ。
 辺りがしんと静まりかえった。
「やがて来る聖戦へ向け、再び統一の乙女と戦術天使を遣わそうではないか」

 ――我等が綜結のため、悪を排し、邪を滅せん!

ガハラ・アサクラの場合

 ――それは数日ほど前の事となる。
 鉄帝国最東部の港街ベデクトの軍事刑務所に、エッダ・フロールリジ(p3p006270)の姿があった。
「ガハラ・アサクラ『中尉』、貴官には二千四百三十八年の刑期があるが、承知しているな」
「……ああ」
 厳重な牢を挟んだ対面には、力ない視線でうな垂れるガハラ・アサクラ元少佐の姿があった。
 中尉と呼ばれたということは、軽く二階級は降格していることになる。
「私には刑期減免の懲罰作戦遂行が義務づけられたことも承知している」
「ならばよろしい。では同行願おうか」

 ガハラは新皇帝派の将校だった。
 成り行き上、犯罪者や反社会勢力上がりの部隊を率いて、数々の犯罪に手を染めてきた。
 極刑免れぬ状況で帝国を離れ、死に場所を求めてカルト結社『綜結教会』の傘下に入る。
 そして自爆兵器を持たされ、ローレットと交戦後に、エッダによって手を差し伸べられたという訳だ。
 牢を開き、エッダはガハラの手枷足枷を外してやる。
「貴官は正気か」
「正気だとも、中尉。綜結教会の性質を鑑みるに、貴官は今後その命を狙われ続けるだろう」
「……」
「離反した上に情報提供したと見なされるのも必定」
「――はっ。違いない」
 皮肉げに鼻を鳴らしたガハラを一瞥し、エッダは続けた。
「貴官の武装だ」
「馬鹿なのか!?」
 並べてあったのは、拳銃、小銃、サーベル、ナイフ。そして巨大な魔道具だった。
「威力は下がるが、出力が安定するように調整してある。火炎放射程度の役にはたつだろう」
「……」
「帝国軍人なら、自分の身は自分で守れ、中尉」
 おし黙ったまま、武装を身につけたガハラがぽつりと返した。
「だがなエーデルガルド大佐。貴様を手土産とすれば、その限りではないかもしれんぞ」
「――ッ!」
 その瞬間、ガハラの喉元に軍刀の切っ先がピタリと止まる。
 突きつけたのは、帝国陸軍少佐のリーヌシュカ(p3n000124)だ。
「そういじめてやるな、少佐」
「でもこいつ! エッダを!」
 リーヌシュカはガハラを睨み付けていた。
 ガハラは確かに武装している。
 しかし完全に無防備であることも分かる。
 もしもその気なら、これほど隙だらけではあるまい。
「……うん。分かったわ」
 エッダに頷き、リーヌシュカが剣を納める。
(――ガハラ・アサクラ。貴官とて守るべき国民だっただけだ)
 歩き出しながら、エッダは思う。戦いで死んだなら戦場のならいだが、生きて虜囚となったからには、それは罪人ではあれど守るべき国民でもある。
 手配に些かの感傷があったことは否定しきれまいが、しかしそれは理念を曲げるものではないのだと。
 こうしてリーヌシュカに見守られるように、エッダとガハラは帝国を離れて一路、天義の聖都フォン・ルーベルグへと向かったのだった。
 目的は教団が保持する多脚戦車製造工場の破壊作戦を行うためだった。

 ※遂行者と手を結ぶ邪悪なカルト結社『綜結教会』が蠢いています。
 ※天義、海洋方面で遂行者の行動が続いています――天義は対応に動いている様です。

これまでのシビュラの託宣(天義編)プーレルジール(境界編)

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