PandoraPartyProject

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『弟君』

「――旦那様のご容態は未だ予断を許さぬ状況だ」
 厳めしい顔に乗った面白くも無い鉄面皮を微動だにする事無く男は言った。
 仕立てのいい礼服を完璧に着こなした彼の名はエンゾ・アポリネ・バイヤール。
 フィッツバルディの筆頭家令を数十年に渡り勤め上げ、武のザーズウォルカと並んで『両輪』と称される男である。
 そんな彼が現在の幻想における最重要情報の一つであり、厳しい箝口令の敷かれているレイガルテの病状について口を開く相手は限られている。
 当然ながらそれはフィッツバルディが――或いはエンゾ自身が絶対的な信頼を置く極少数の人間に他ならない。
「……お労しい。何と言う事か。私が代わって差し上げられれば良いものを……」
 大袈裟ではなく心底から痛恨の嘆きを漏らした巨漢の男は人身に獣面を備えていた。
 特徴的な黄金の甲冑が無くば『誰』だったかは分からない者も居るかも知れない。
 その位に、その立ち姿は幻想の中枢にあるにしては些か異質であると言わざるを得ない。
 バルトルトの家の者が長く受けた屈辱と不遇は『違う』事からのみもたらされ、それを払ったのがフィッツバルディである。
 故にザーズウォルカ・バルトルトは間違いなく『神』たるフィッツバルディを信仰している。
 故に彼は主より賜ったフルフェイスアーマーを特別ならぬ他人の前で脱ぐ事は殆ど無いのだ。
「嗚呼、病魔よ。蝕むなら私を殺せ!」
「……」
「……その気持ちは察するよ、イヴェット」
 傍らの彼の横顔をアメジストの瞳でじっと見つめたイヴェットにエンゾは幽かな苦笑いを浮かべていた。
 否、彼の苦笑いは恐らくはイヴェットを向いていない。間違いなく「我が身命捨てても、神よ。主君を救いたまえ」と大仰に嘆くザーズウォルカの方を向いている。
 フィッツバルディの家令と騎士、そしてその『忠実なる』副官。
 僅かなやり取りから伺える人間関係と『ままならなさ』はさて置いて。
 三者は自身が貴族の当主ではないが、フィッツバルディ家における重鎮と言って間違いない。
 極めて難しい舵取りを余儀なくされている現在のフィッツバルディの浮沈を握りかねないキーマン達であるとも言える。
「坊ちゃま等の動きはより遠慮無く過激になっておる。
 元よりそう仲の良い兄妹では無かったが、互いに『犯人』を兄妹の誰かと思い込んでおるのが厄介だ。
 なれば、特に相手の話は聞く耳持つまいな」
「エンゾ殿の言葉になら多少は耳を傾けて頂けるのでは?」
「然り。『そうして食い止め続けて漸く今現状なのだよ』」
 強い薬が耐性を持つのと同じように、エンゾによる『制止』も難しくなってきた頃合いという事だ。
 元より様々な事情で上昇志向の強い後継候補達は虎視眈々と『当主』の座を狙ってきたのだ。
 レイガルテの健在とアベルトの存在は彼等の心に蓋をしていたに過ぎないのだから。
「アベルト坊ちゃまの様子は?」
「はい。アベルト様の容態も回復が遅く……
 これはイレギュラーズの魔法医によれば何らかの呪いの差し金だと。
 何分、相手が相手だった為、この先何が起きてもおかしくないと申しましょうか」
 イヴェットの返答に男二人が唸り声を上げていた。
 この情勢での最良はレイガルテが快復し、子供達を一喝する事だ。
 次善を言うならアベルトが存在感を取り戻し、主導的に状況を落ち着かせる事である。
 されどレイガルテの病状は芳しくなく、『何時死ぬかも分からない重傷者』は決定的な支持を集める事も出来ないだろう。
「一部過激な連中がレイガルテ様に面会させろと騒いでいる」
「貴族派か」
「或いは『死』を隠匿していると見る者も居るやも知れませんな。
 主に不遜な――つまらぬ間諜共はこの私が全て斬り捨ててやりましたが」
「……」
「どうした? イヴェット」
「……いえ」
 カッコいい、ではなくて。
 咳払いをしたイヴェットは再度エンゾに水を向けた。
「それで、エンゾ様。レイガルテ様の御様子、弟君には――」
「――馬鹿な。貴様も分かっておろう?」
 エンゾの表情はここまででも一番渋いものになった。
 フィッツバルディの後継者候補は無論レイガルテの息子達だ。
『しかしながら息子達以外にもたった一人だけ後継候補たる人間が存在する』。
 それは、レイガルテ・フォン・フィッツバルディの実弟。
 今の今まで唯一残った兄弟であるフィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディその人である。
「弟君は……」
 フィッツバルディという『家』に強い忠誠心を持つザーズウォルカは何とも歯切れの悪い調子を見せていた。
 フィゾルテはその血統はお墨付きで、派閥における実力は子竜達より余程抜きん出ている。
 しかしながらその悪評は高く、彼がおかしな動きをすれば事態は更に悪化する事は火を見るよりも明らかだった。
「フィゾルテ様は『レイガルテ様にだけは忠実』だ」
 エンゾの言葉の意味は重い。
 フィゾルテは『最悪の門閥』に違いないが、例外的に実兄に対してのみは相応の敬愛を捧げている。
 そのポーズは或いは兄への恐怖から来るものだったかも知れないが、事これに到っても彼が動きを見せない理由にもなる。
 つまる所、彼は疑っているのだ。鬼謀神算の兄が自分を、子達を試しているという可能性を捨て切れていない。
 自身が滅多な動きをした時、下るかも知れない沙汰を恐れているからこそ目立った動きを見せていないのだ。
「……特に知られてはならぬ相手だが、何時までもは誤魔化せまいな」
 幻想伏魔殿なるフィッツバルディの『レース』は文字通り骨肉の争いでもある。
 やがてはかの弟君も安全を十分確認し、状況をかき回し始めるのは間違いない――
「兎も角、これよりが当家の正念場である。
 貴様等にもこれまで以上に働いて貰う事になるだろうが――くれぐれも『頼む』ぞ」
「……は!」
「命に代えても!」
 金色と銀色の騎士の敬礼にエンゾは少しだけ安堵の溜息を零した。
 事態は何も好転していなかったけれど、少なくともフィッツバルディにはそれを守る騎士達が、居る。

 幻想でフィッツバルディ派の対立構造が急激な悪化の兆しを見せています!
 ※ラサに存在する『月の王国』にて大規模な儀式が行なわれています。反撃し侵攻しましょう――!


 ※天義騎士団が『黒衣』を纏い、神の代理人として活動を開始するようです――!
 (特設ページ内で騎士団制服が公開されました。イレギュラーズも『黒衣』を着用してみましょう!)


 ※覇竜では『ラドンの罪域』攻略作戦が行なわれています――!

これまでの覇竜編ラサ(紅血晶)編シビュラの託宣(天義編)

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