PandoraPartyProject

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無慈悲な雷光

「俄かには信じられぬ話だが」
 フィッツバルディ本邸、アーベントロート動乱に際して王都(メフ・メフィート)から離れていたレイガルテは報告書を片手に一人ごちた。
「信じられぬ話だが、結局はこれが真実なのであろうな」
『有り得ない』情報の数々を並べられたとて、レイガルテはそれを否定するような硬直した思考の持ち主ではない。心理的に有り得ないよりは、物理的に有り得ない方がまだ釈然とも取れる。どれ程信じ難い内容であろうとも、どれ程屈辱的な内容であろうとも、冷静にピースを並べ、論理的に正しくない前提を排除し、最後に残ったのが荒唐無稽であるならば、その悪い冗談は真実と呼ぶ他は無い。
 つまる所、シラスドラマヘイゼル、その他フィッツバルディ派とされるローレットの腕利きがこの報告書を上げてきたとするならば、『それは有り得なくても真実なのだ』。
「不快な男だとは思ったが、まさかわしを侮り、謀っておったとはな」
 一連の動乱、ヨアヒム・フォン・アーベントロートについて。
 その『真相』なる記述はレイガルテをしても驚く他は無い情報だった。
『当人の語った事を信じるとするならば』。あれは勇者王の直接の友人であり、『初代』だったという。
 神代の魔術をもって自身だけではなく先代国王も、その前も。幻想という国自体を騙し続けてきた梟雄だったと言うではないか。
「……アベルトは少し気の毒な事になったな。フン、わしも耄碌したものよ」
 非常に珍しく幾分か自嘲気味に呟いたレイガルテは『この後』を考えた。
 夜の執務室は彼の冴え渡る思考の場である。最も信頼する部下であるザーズウォルカも、後継者本命とされてきたアベルトも立ち入れない老竜のルーティーン。こうした時間で彼は幾多の政敵を葬ってきた。毒蛇の跋扈する幻想にて常に最高の勝者で在り続けてきたのである。
(正体は兎も角、『ヨアヒム』は退場し、小娘はクリスチアン・バダンデールを失った。
 いや、そも奴は己を魔種と名乗ったというではないか。ならば、飼い主たる小娘にも責があるは必然。
 一連の動乱で傷んだ薔薇十字機関は分裂状態で、彼奴めの武力は大いに殺げておる。
 いや、それ以前にアベルトだ。彼奴めが大禍にあった事もアーベントロートの筋と指弾出来よう。
 堕ちたアーベントロートにわしの意向を食い止める術等あるまいよ――)
 アーベントロートはフィッツバルディにとっての仇敵だ。
 この政治の怪物、黄金双竜は千載一遇の好機を掴んでいると言う他は無い。
 故に、レイガルテの結論は一つであった。この機会にアーベントロートを追い落とし、幻想における支配力を我が物と確定する『べき』。

 ――『なのだが』。

「……………」
 どうしてかレイガルテはそうする気にはなれなかった。
 幻想蜂起の北部戦線といい、近年のやり取りといい――三貴族の緊張状態は随分緩和されてしまった。
 その中心にイレギュラーズ――ローレットがある事をレイガルテは理解している。
 近年は自身が余りに甘く、温い裁定を出す羽目になっているのも彼等の所為と承知している。
 傲慢な黄金竜は誰にも自身の世界を侵させない。誰かを理由に影響を受け、自身の判断が歪む等、そんな事は唾棄するべき事実の筈なのだが。
「……………フン、本当にヤキが回ったものだ」
 実に不思議な連中はどうしてかレイガルテに感じて然るべき強烈な不快感を余り覚えさせていなかった。
 故に彼は思うのだ。否、『思ってしまうのだ』。
(……アーベントロートの件は……精々動けぬ連中の代わりに『仕事』をしてやるとするか。
 さすれば、この借りに彼奴等めもフィッツバルディに大きな顔は出来まい。
 不本意ではあるが、様子見ならばその程度にしかなるまいよ)
 収穫は不足だが得るものがない訳でもない。
 精々、小娘を苛めてやるとするか――

『繰り返すがこの結論はこの上なくレイガルテ・フォン・フィッツバルディらしくない』。

 有り得ない事なのだ。力ある貴族同士が融和的に動き、団結する等。
 フォルデルマン三世の統治以降、誰が夢見ても叶わなかった奇跡なのだ。
 それはイレギュラーズの持つ力が、悪辣な幻想という国にもたらした希望の萌芽であったかも知れない。
 だが、しかし。
「……っ……! ッ……!」
 珍しくその口元に温和な微笑みを浮かべていたレイガルテの表情が突然激しく引き攣った。
 声にならない声を発した彼は左胸を抑え、執務室の椅子から床に転げ落ちた。
 皺だらけの顔は蒼白を通り越した土気色であり、口をパクパクと動かした彼の言葉は空気を振るわせる力さえ失っていた。

 ――好事、魔多し。

 結論から言えば『これ』に裏は何もない。
 唯、酷く意地悪な偶然は――晴天を引き裂く無慈悲な雷光は。
 潜在的なリスクとして老竜が抱えていた『発作』という形でこの夜に顕現しただけだった。

※幻想を揺らし続ける『政変』は終わりそうもありません……
※豊穣にて、羅刹十鬼衆との最後の対決が始まります


 ※<大乱のヴィルベルヴィント>二つの期間限定クエストが開始されています。



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