PandoraPartyProject

PandoraPartyProject

歯車仕掛けのパラダイム

 棚と見まがうほど狭いベッドから起き上がり、小さな窓から差し込む光に目を細める。
 窓辺に置かれた手のひらほどのプランターには赤いキンセンカ亜種の花が咲いている。
 ベッドから出て一通りの身支度を済ませる。和室換算で四畳半あるかどうかという小さな部屋だが、個室が存在しているだけで『彼』は贅沢だと考えていた。
 だが大司教という立場は、二段ベッドを沢山並べた宿舎で一緒に寝起きすることを許さない。
 そんな偉そうなシロモノになったつもりはないと、彼自身は思っているのだが。
 カップに金属製フィルターを乗せ、代用コーヒー粉末を入れる。上から沸いた湯を注ぐと、なんともそれらしい香りがした。
 彼は贅沢を嫌う。抱える難民キャンプに配給する以上のものを受け取らない。故にこの部屋に贅沢消耗品があるということは、同等のものがキャンプ全体に行き渡っているという証左でもあった。
 できあがった代用コーヒーに口をつけ。
 彼……クラースナヤ・ズヴェズダー大司教、ヴァルフォロメイは呟く。
「悪くない」

 そう、悪くない。
 このゼシュテル鉄帝国における『皇帝を倒した者こそが次の皇帝になる』という絶対のルールがおそらく史上最悪の形で発現したのがついこのまえのこと。
 冠位魔種バルナバスが前皇帝ヴェルスに決闘をしかけ、そしてバルナバスが勝利してしまったのだ。
 この国は災厄の代名詞である冠位魔種を皇帝に戴く国となり、新皇帝バルナバスは国家に『弱肉強食』の勅令を下した。
 元から多少その傾向こそあったものの、鉄帝国は過剰なまでの弱肉強食主義が広まり、街に暴徒が溢れ新種のモンスター天衝種(アンチ・ヘイヴン)が闊歩している。
 まさに、修羅の国である。
 こんな状況下で、行方どころか生死も不明な前皇帝ヴェルスを探そうとする者がいて、武力を背景にシェルターを築く者がいて、軍を編成し戦う者がいて、ギリギリの均衡を守ろうとする者がいて、空から人々を助けようとする者がいる。
 どれも正しく、そして別々の道へ向いている。
 ヴァルフォロメイが代表を務めるクラースナヤ・ズヴェズダー革命派(通称『革命派』)もまた、この現状において最も虐げられる弱者を救済するという教派元々の理念のもと、その活動を広めていた。
 当初それは首都北東部に鎮座する歯車大聖堂(ギア・バジリカ)を中心としたごく小さな範囲にしか届かなかったが、教派内における真の革命派ともいうべき派閥の代表となったアミナを筆頭にニコライ、ハイエナ、ギュルヴィ、そして魔種ブリギットといったこれまでにないほどの軍事的背景を獲得し始め、彼らの『弱者救済』の規模は飛躍的に拡大した。
 結果として何がおきたかといえば、大量の難民の受け入れとそれをまかなうための労働力と資源の確保である。
 難民はそのまま労働力になるとしても、ギア・バジリカ周辺に密集させてもまかなっていけるだけの土地対効果の高い資源獲得方法はなく、冬を前に民間に不安と恐れが広がっていた。
 鉄帝の冬は、死と隣り合わせだ。作物はとれず動物は土に隠れ、海や川は凍り付き食料となるものは殆どとれない。
 大量の備蓄をもたなければ飢えることは必至であり、飢えた人間がおこしてきた数々の悲劇を……クラースナヤ・ズヴェズダーという組織は心がすりきれるほど見てきたのだ。
 だがそんな中、突如として画期的な事態が起きた。

「『改造装置』が稼働したのか! いいぞ、やってくれた!」
 革命派に突如としてどこからともなく大量の技術者や技術書が入り込み、爆発的に高まった技術力はブラックハンズ隊からもたらされた情報を元にギア・バジリカへ搭載されていた『改造装置』の完全稼働を実現したのである。
「ギア・バジリカはモリブデン地方の地下に埋まっていた古代兵器だといわれていますが、この『聖堂のバケモノ』がもとから埋まっていたわけではありません。
 コアとなる存在がモリブデン地表部の建物を食らいつくし、更にはいくつかの村々を食らい尽くした結果、その資材を用いて己を改造し尽くしこの姿となったのです。もちろんそれには当時反転してしまった聖女アナスタシアの思想が大きく含まれていることは間違いありませんが」
 これがブラックハンズ隊の隊長ボリスラフ少佐の言葉である。
 彼のいうとおり、ギアバジリカは反転した聖女の力と思想によって作られたものであり、彼女が倒された後に残った巨大な殻だけが利用されていた状態だったのだ。
 だがそれが、鉄帝各地に散った古代兵器群や遺物を様々な形で組み合わせたことで稼働し、犠牲なく自己改造を行うことができるようになった。

 多くの瓦礫を回収し、まずギア・バジリカは大量の歯車兵を生み出した。
 所謂機械仕掛けの人形であり、命令に対して従順に動き眠ることも疲労することもない。定期的に魔力を補充することで動き続ける莫大な労働力だ。
 それらが何をしたかと言うと、極めて手間の多い食料確保を行い、難民キャンプの増築や改築を行い、武器をとりそれぞれのキャンプに駐留する兵力となった。
 つまり、技術力による軍事力、生産力の内部的代替である。
 また、これによって難民キャンプに暮らす人々の間で安心が広まり、求心力にも大きな貢献を果たしていた。
 ヴァルフォロメイはこれを、一種のパラダイムシフトと考えていた。完成に至るまであと少しだけ足りなかった技術力が、そのラインを越えたことで決定的に見方を変え、悪魔の兵器が慈善と救済のための道具へと変わったのである。
「これでようやく、北部の山岳地帯の調査や資源確保ができますね」
 徐々に数値が潤沢になっていく資料を読みながら、革命派のシンボルたるアミナは満面の笑みを浮かべた。
「イレギュラーズの皆さんがやる気満々だったのですが……あの方々には重大な役目が沢山あります。日々を山狩りや登山で消費しきるのは現実的ではありませんでした。
 けれど歯車兵を動員できれば、これらの問題は解決します。何より、これだけの『兵力』を得たと言うことは私達もいくつかの大きな戦いに参戦できるということ」
「戦い……?」
 物騒なワードが出てきた、とヴァルフォロメイは内心で思ったが、今この国で戦わないという選択肢はない。革命派が今の規模に拡大したのだって、大きな軍事的背景を得たからだ。
「はい。はまだ難しいですが、いずれはこのギアバジリカの『全盛期』のように自ら動き出すことだってできるかもしれません。
 今すぐにだって、『プチバジリカ』を作り出して歯車兵たちを遠方に送り出したり、遠い土地に軍事拠点を素早く築いて戦線を構築することだってできます。
 近く、北辰連合やアーカーシュの皆さんが不凍港の調査を終えるとも聞いていますし、帝政派や南部群によるボーデクトン駅やゲヴィド・ウェスタン駅の奪還も進んでいると聞きます。大きく情勢が動く中で、私達に選択肢が増えるのです」
「ふむ……」
 ヴァルフォロメイは手元の資料をまとめ、そして深く頷いた。
「そうだな。我々も、大きく動き出すことになる……か」

革命派に大量の技術力がもたらされ、大きな変化が起きました

鉄帝動乱編派閥ギルド

これまでの 覇竜編シレンツィオ編鉄帝編

トピックス

PAGETOPPAGEBOTTOM