PandoraPartyProject

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すいこまれるほど黒い空

「え。あ、専務。どうも普久原です。ご無沙汰しております」
 スマートフォンを持ったまま、普久原・ほむら(p3n000159)は誰も居ない方向へ軽くお辞儀した。
 探求都市国家アデプトの『希望ヶ浜』という地域に住まう者達の、ちょっとした癖である。
「あ、はい。学校は出たんですが電車動いてなくて。今、カフェの方に――あれ。あ、通話切れた」
 電話もロクに繋がらない。
 辺りは暗闇に包まれていた。
 まばらに点在する非常用の電灯だけが、路地裏に青白い光を落としている。時間は昼頃のはずだったが、不思議なことに真っ暗な空には星一つ見えはない。機械式の腕時計を付けていないことを、少し後悔する。
 探求の塔周辺に層を成すこの一帯『再現性都市群』は、実のところ『屋内』である。まるで異世界(旅人達の故郷)をそのまま写し取ったような風景は、今やまるで機能していない。

 ――気をつけ。小さく前へならえ。直れ。

 近くの校庭では小学生達が整列していた。
 こんな状況だというのに律儀なもので集団となって避難しようとしている。緊急避難速報さえ聞こえないような状況であるにも関わらず――

「普久原君だったかな?」
「燈堂さんでしたっけ。あ、ども。ひよのさん」
 こんな道ばたで、思わぬ二人に出会ったものだ。
「いやーしかし。大変なことになったねえ」
 のんきな口調の燈堂 暁月(p3n000175)は、けれど日本刀を帯びている。
「あちらに特待生が集まっていますよ。合流されては?」
 ほむらを促した音呂木・ひよの(p3n000167)もまた、この緊急事態に際して巫女装束に身を包んでいた。
 特待生というのは、彼女等流の『ローレットのイレギュラーズ』に対する呼び名である。
 来てくれているのだ。イレギュラーズが。ほむらはどこか心が軽くなる気がした。
 ひよの達へスマートフォンを向けた数名の若者は、困惑した表情で画面をタップし続けている。機能が動作していないのだろう。平和に慣れきったこの地域の人々は、突如都市インフラの全てが停止した状況を、受け止め切れていない。何が出来て何が出来ないのかを、把握しきれていないのだ。

 ――練達は今、未曾有の危機に瀕している。
 事の発端は国家事業であるIDEA:Projectにおける、R.O.Oというフルダイブ型仮想世界の誕生にあった。
 この小さく密集した不思議な都市は、元々は異世界から空中神殿へと転移させられた旅人達――つまりイレギュラーズとその子孫達が興した国家である。彼等は混沌における数々の理不尽な法則を打破し、元の世界へ帰還するための研究を重ねてきた。
 R.O.Oはそのための実験設備として、混沌を精緻にコピーしたものである筈だった。しかし何らかの悪意により異常な情報増殖を引き起こし、ネクストと称するゲームのような世界を形成してしまったのであった。そしてその世界に意識をダイブさせた者を『プレイヤー』と称し、ゲーム攻略を要求してきたのだった。

 練達はイレギュラーズに協力を求め、ログアウト不能にさせられた者をゲームのトロフィーとして救済させられるなどの、悪意あるゲームを攻略してきた。
 けれどいつまでも敵の手の内で踊っている訳にはいかない。そこでついに希代の大魔術師シュペル・M・ウィリーの協力へとこぎ着けたのである。
 練達首脳部、そしてイレギュラーズが知ったのは、R.O.Oが原罪たる『大魔種イノリ』をもコピーしてしまったということだった。とはいえイノリといえども、シミュレート上の存在に過ぎないはずだった。しかしあろうことか、彼は現実へと仲介出来る存在と繋がりを得てしまったのである。
 その名はHades-EX、或いはクリスト。
 練達全ての情報を掌握するマザー(クラリス)の兄機である。
 そして悪夢が始まった。マザーがイノリと接続されてしまったことは事態を急変させた。マザーは原罪の浸食を受けてしまったのだ。
 そして本物の原罪と同様に世界(ネクスト)を終焉させようとするイノリに呼応し、世界にバグをまき散らしたのである。パラディーゾ、シャドーレギオン、真性怪異神異、大樹の嘆き――これまで、R.O.Oに発生していた数々の問題であった。そうした多種多様な『あり得ない物』を実現するほどにイノリの力は強大であり、Hades-EXの演算能力は高いということだ。

 浸食を受けたマザーは、管理していた練達のインフラ等、国家の根幹を制御しきれなくなっている。
 それがこの異常事態の原因である。
 近くの地区では警備ロボットやドローンが暴走をはじめ、すでにかなりの被害が出ているらしい。

 こうした深刻な事態を察知した練達首脳部とクラリスは自己防衛を最優先し、時間を稼いでいる。クリストとクラリスの性能は互角であるが、しかし先制攻撃を受けた上にイノリという助力を持つクリストが有利なのは自明であった。崩壊は時間の問題だ。行きつく先は即ち――練達という国家の滅びである。

 不思議なことに、都市機能の多くを喪失した練達だが、R.O.Oへダイブするためのルートやインフラ類だけは、正常に動作しているようだ。
 悪意のゲームマスター『Hades-EX』は、どこまでもゲームマスターを気取る腹づもりであるらしい。

 マザーが浸食されている以上、ネクストのイノリを倒さねば、練達は終わりである。
 その一方で浸食されたマザーにも、どうにか対処しなければ、やはり練達は終わりである。
 練達とイレギュラーズは、極めて厳しい両面作戦を強いられているのだった。

「とにかく急いで、ダイブしないと……」
 ひよの達と別れたほむらは、駆け足でカフェ・ローレットへと向かった。

 ――探求都市国家アデプトに、未曾有の危機が訪れています。
 ――R.O.O Ver.4.0 『ダブルフォルト・エンバーミング 』を直ちに攻略開始して下さい。

これまでの再現性東京 / R.O.O

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