PandoraPartyProject

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双彩が交わる

双彩が交わる

 手の中にぬるりとアガットの赤が流れて行く。
 視線を下に向ければ、腹に深々と刺さる光槍が見えた。
 仄かに明るい槍身に照らされて自分の傷口が、どうしようもなく致命傷だと分かる。
「何度目、だ」
 息をするのも苦しくて、痛みに視界が歪んだ。
 頭の中で響くシステムエフェクトは先ほどから警告を繰り返している。
 喉の奥から血が嗚咽と共に吐き出され、地面を真っ赤に染めた。
「はぁ……痛ぇ。訳わかんねぇ。何で、お前が俺を殺すんだよ。なあ、テアドール」
 赤くなったヒットポイントのバーが一ミリを割って消失すれば、龍成の意識もブラックアウトした。

 明滅する意識は浮上し、酷い頭痛と共に目を開ければ、先ほどまでと変わらない景色が広がる。
 背中には虹色に光るサクラメント、眼前には黄緑の光を纏った『妖精』テアドール。
「おはようございます。24回目の目覚めは如何ですか?」
 何度も繰り返された寝起きのコールにうんざりしながら龍成はテアドールを睨み付けた。
 R.O.Oの新しいパッチが更新され、ヒイズルのイベント『帝都星読キネマ譚』へと参加しようとログインした龍成は、バグホールの隙間に入り込んでしまったのだ。幸いダンジョンクエストとして攻略が出来る類のものらしく警戒しながらゴールの『脱出ポット』か途中退場用の『サクラメント』を目指した龍成。
 古びた研究所を彷徨い、ようやく見つけたサクラメントに手を触れた瞬間、背後から『殺された』のだ。
 何度も、何度も殺されて。
 攻撃を躱し逃げても、追いつかれて殺されれば。一番近くのダンジョン内サクラメントに戻される。
 ゲームの中とはいえ、痛みは現実世界と同じだ。
 突き刺さる刃の感触、それが身体の奥に突き進む痛みは、脳が焼き切れそうな程に耐えがたいもの。
「最悪だ。クソ野郎ッ! いったい何なんだよ!? なあ、テアドール! 何で俺を狙うんだよ」
「……そうですね。最も効率的な方法だからでしょうか」
 テアドールは龍成の足に槍を穿ち、地面に縫い付ける。痛みに思考がかき乱された。
「ぐっ……ふざけんな! 何が目的だか知らねぇけど、俺はこの世界の住人とは違う。『アバター』だから何度殺しても意味ねぇって事ぐらい分かってるだろ!?」
「ええ。龍成さんがこの世界の住人で無い事は理解していますよ。でも、もう『ログアウト』出来なくなってるでしょう?」
 龍成はテアドールの言葉に眉を寄せる。
 目の前の妖精はヒイズルで出会ったこの世界の住人――NPCのはずだ。
 自らの世界から別の世界へ行く事をログアウトするという表現は使わないだろう。

 小さいテアドールの光槍が人間を貫くサイズに変幻し、龍成に矛先を向ける。
 足を貫くもう一つの槍で身動きが取れない。
 龍成は迫り来るテアドールの攻撃に歯を食いしばった。
「――見つけましたよ、テアドールさん」
 愛らしい声と共に花蝶の幻術が龍成の視界を覆う。
 目の前に現れたのは幼い少女のアバター『花蝶』ファディエだ。
「お二人とも手助けお願いします!」
 ファディエの後ろには龍成にとって『見慣れた』顔がある。

暁月、廻! 助けに来てくれたのか!?」
「おや? 私の事を知っているのかい? 君とは初めて会ったのだけど」
 テアドールと龍成の間に割って入った燈堂暁月は彼を一瞥した。
「龍成さん、彼等はネクストのお二人です」
 ファディエはヒイズルの夜妖や裏事情に詳しい祓い屋にテアドールの情報を請うたのだ。
 その中で龍成がこのダンジョンクエストに落ちたと知った。
「テアドールさん。どうして、貴方が『アバター』まで用意してR.O.Oに居るのか聞いても良いですかネ? 自らの意志ですか? それとも誰かの手引きでしょうか」
 ファディエの言葉にテアドールの動きが止まる。

 回復を龍成に施しながら、視線を上げた儚げな青年。廻のネクストの姿を龍成はじっと見つめる。
「廻、ありがとな」
「……えっと? あの、僕は廻という名前ではないです。神路結弦といいます」
 不思議そうに龍成を見上げた『神路結弦』は廻と全く同じ顔をしていた。
「かみじゆづる?」
 名前が違う事に首を傾げた龍成に「それよりも」と手を引っ張る結弦。
「今は脱出する事を考えましょう」
「あ、ああ」
 走り出した龍成と結弦を確認して、暁月とファディエも彼等に続く。

 追いかけてくるテアドールの後ろに銀髪の金銀妖瞳が見えた。
 テアドールの前に出て、手にした神書から龍成に向かって紅蓮の焔が放たれる。
レイチェル!?」
 龍成は赤き焔を寸前の所で躱した。熱せられた頬が焦げ付くように思える。
 アバターの補正はあれど、獏馬の夜妖憑きでは無くなり弱くなった龍成がレイチェルの焔を避ける事が出来たのは、彼の為に『特訓してくれた友達』が居たからだ。
 レイチェルの焔を間近で目に焼き付けたからだ。
「危なかったですね。今の攻撃が当たっていたらこの脱出作戦はここで失敗していましたヨ」
 ファディエは「良いお友達をお持ちなんですね」と微笑む。
「その友達に追いかけられてんだけどなぁ!? おい! レイチェル!」
「……」
 龍成の声に反応を示さないレイチェル。しかも、彼女のアバターは『赤髪青瞳』だったはずだ。双子の妹と同じ姿を気にしていたのを龍成は覚えている。
 それが今目の前に居るレイチェルは現実世界と同じ『銀髪の金銀妖瞳』なのだ。
「俺と同じようにテアドールに罠に嵌められたのか?」
「分かりません。しかし、この場は撤退する他無いでしょう。脱出ポットが見えて来ました。龍成さんと結弦さんは先に行って下さい!」
 ファディエの声に頷いた龍成と結弦は脱出ポットに飛び乗りハッチを閉める。
 ガタリと滑走する脱出ポットは発射台に接続され、空高く射出された。


 長く飛んでいたような一瞬だったような浮遊感と、高度を落し始めたポット。
 あっという間の降下と、激しい着地の衝撃にポットは破壊されてしまった。
 幸い搭乗者を守る機能は備わっていたらしく、龍成と結弦は生きて居る事に安堵し笑い合った。

「所で此処はどこだ……? は!?」
 龍成はマップを開いて現在地を示す表示に目を疑った。
 ヒイズルのダンジョンクエストから飛ばされて、着陸したのは『翡翠』の森の中だったのだ。
 そんなに長距離を飛んだようには思えなかったが。バグで着地点を塗り替えられたのかもしれない。
 頭を掻いた龍成はシステムメニューを開いてログアウトボタンを探す。
「やっぱりログアウト出来ねぇか。フレンドメッセージも……だめだ。使えねぇ」
 デイジーアオイベルアダムアレキサンドライトのフレンドリストに触れて見ても反応はしなかった。この場所自体が特別な制限エリアなのかもしれない。
「連絡取れないと心配してるんじゃないかって不安になりますよね。僕も暁月さんに見つけて貰いやすいように使い魔の夜妖を飛ばしました」
「ああ。心配させちまってるだろうな。前は自分の事なんて誰も気に止めて無い、疎ましく思ってるって思い込んでたんだけど。あいつらが、気付かせてくれたからな」
 龍成の言葉に目を細めた結弦は首に掛けてある組紐を手に取り瞳を閉じた。
 ゆっくりと優しい光が広がり、簡易的な結界を作り出す。
「魔除けの結界です。見つけて貰えるまでここで大人しくしてましょう」
「すげえな、こっちの廻は」
 廻という名にくすりと笑った青年は地面に腰を下ろした。

「ふふ、貴方が知ってる僕は『廻』って名前なんですね。……少し羨ましい」
「どういうことだ廻……じゃねぇ。ええと、こっちのでは結弦だっけか」
 結弦の隣に座り込んだ龍成は羨ましいという言葉に首を傾げる。
「全てを忘れて新しい人生をやり直せるならって思った事があります」
 覗き込めば辛そうに伏せられた睫毛の影が頬に落ちていた。現実世界の廻よりも、もっと儚げで折れてしまいそうな結弦の心に龍成は戸惑う。
「……自死を選択しようとしました。暁月さんに止められて無ければ、僕は橋の上から身を投げていた。だから、全てを忘れた『廻』さんが羨ましい」
「何があったんだ?」
 龍成は指先を強く握った結弦の頭を優しく撫でた。
 言葉を口にしようとして唇を震わせる結弦に「ごめん」と龍成は謝る。
 自死を願うほどの辛い事があった。
 結弦とはそれを容易に聞き出せる程の仲ではない。廻とは違うのだからと龍成は素直に謝罪した。
「……無理に話さなくていい。大丈夫だ」
 R.O.Oは混沌のデータを取り込んでいる。
 もしかしたら、希望ヶ浜に来る前や元いた世界で廻にも忘れたいような記憶があったのかもしれない。

「すみません。龍成さんは優しいですね。貴方みたいな友達が居て『廻』さんは幸せ者ですね。他にもお友達がいますか?」
「ああ、沢山の友達に囲まれていつも笑ってる」
 辛い事はあるだろうが、友達の前では笑顔で居たいと思っているだろうから。そして、結弦はその言葉を望んでいるだろうから。
「良かった。友達が沢山居て笑ってる幸せな僕が存在してくれて」
「結弦には暁月が居るだろ?」
「はい。僕には暁月さんが居てくれます。暁月さんの隣に居られる事が幸せです。でも、お友達はあまり居ないから眩しくて羨ましかった……ふふ、少し感傷的になっちゃいました。さあ、寝ましょう。結界に近づいて来る者が居れば分かりますから安心してください」
 背後にあった木に寄りかかった龍成は小さく頷いて瞳を閉じた。
 テアドールに殺され続け摩耗した精神。張り詰めていた糸が解けて眠りに落ちる。

これまでの再現性東京 / R.O.O

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